獪岳と善逸   作:山筋

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血鬼術の極み

 伊黒小芭内は、生まれてからずっと怒りを抱えていた。

 鬼の家畜となって生きる卑しい女系一族が三七〇年ぶりに産んだ男児、それが彼の出自だ。一族がどうやって生計を立てていたのかは至極簡単、鬼が殺した人間の金品を賜っていた。代わりに鬼を匿いつつ、生まれた赤子のいくらかを鬼に『餌』として献上する。そんな汚らしい一族の一人が、伊黒小芭内という汚らしい屑だ。

 人の死を願い人の死を喜び人が死んで歓声を上げ、分不相応な富を得る。豊満の為ならば我が子すら平然と生け贄にする、汚れた血を数百年煮染めた果てに生まれたのが彼だった。

 友と呼べるのは迷い込んだ蛇である鏑丸だけ。鬼は小芭内を肥え太らせて喰おうとしていた。先だって口を切り裂き、流れ出る血を奪われもした。

 全てが嫌で嫌で仕方なかった。しかし何より怒りを覚えたのは、自分自身にだ。

 長い年月をかけて簪で格子を割り、逃げ出す機を得た。当然、そんな子供の浅知恵が成功するはずもなく、ましてや生まれてこの方座敷牢に幽閉されていた子供、あっさり捕まってしまった。

 たまたま当時の炎柱が任務中であり、小芭内を捕まえた鬼がくびり殺されたのは幸運だったのだろう。しかし、そんなものは救いでもなんでもなかった。

 短慮ではない。分かっていたのだ。自分が逃げ出せば、あの鬼はかんしゃくを起こして残りの一族を皆殺しにすると。例えどれだけ卑賤だろうと、それは見殺しにして言い理由にはならない。最後の生き残りである己の従姉妹が、自分達の行いを棚に上げて吐き出された言葉。どこまでも自分本位なそれはしかし、彼の心臓を今になってもなお深く貫いている。

 伊黒小芭内は、親族が皆殺しにされると分かっていて逃げ出した。ただ一人、自分だけ生き残ればいいと。永遠に消えないだろう、心の傷であり汚穢――

 それらを少しでも薄めるべく、彼は隊士として没頭した。皮肉にも、鬼の奴隷一族でありながら剣才に恵まれており、柱にまで上り詰める。柱へ至るまでに、人とはかくあるべきというものを山ほど知った。

 人を助け、仲間に助けられ。自分の汚れが薄まっていく気がした。同じだけ、その程度ではどうしたって禊ぎにならないとも。

 人間が当り前に享受できる全てを受け取る資格など自分にはない。そう思って生きてきた。今も変わらない思い。それを二度も壊したのは、甘露寺蜜璃という女性だった。

 初めて会った時は、無垢という言葉をそのまま体現したかのように見えた。彼女は小芭内の中に巣くっていた、女性に対する嫌悪と不信を一瞬で解きほぐす。

 二度目はつい最近の事だ。

 隊士は戦って当然、死んでも致し方なし。だからといって容易く死は許容できない。小芭内は柱に、いや隊士にひたすら向かないほど心が優しい男だった。故に辛く当たる。発憤してより強くなる事を願って。成果は、残念ながら芳しいとは言えないが。とにかく、一定の割り切りはあった。

 そうできなくなったのは、蜜璃が引退せざるを得ないほどの重傷を負ってからだ。彼女を失うのが怖くて怖くて仕方がなくて、結果、徹底的に避けた。しかし避けられた彼女が納得する筈もなく、延々追いかけられる。最後には捕まって一晩中話し合い、時には事実と本音を吐き出し、最終的に一晩を共にした。つまるところ、まあ、蜜璃に押し負けたとも言う。

 過程はどうあれ、小芭内は愛を知り愛を得た。これにより少しばかり、本当に少しだけ、他者への接し方も変わる。ただし蜜璃を泣かせた獪岳、貴様は許さない。あの世で徹底的に叩きのめしてやる。

 ただでさえ深い情がさらに広くなったからこそ、小芭内はより怒りを増した。なぜ自分の所へ上弦の鬼が来ない。向かってくるのがこちらならば、もう誰も傷つかない。死ぬとしてもただ一人で済むのに。

 竈門炭治郎、嘴平伊之助、我妻善逸。この三人へ露骨に嫉妬する。何か事情があるのか、それともただの運か。彼らはやたらと十二鬼月に縁がある。自分は影すら踏めないというのに。

 守りたい。愛したい。殺したい。見返りなどいらない。

 異空間を走りながらも、それらの焦燥はまるで収まることを知らなかった。むしろこれだけ探していながら木っ端しか見当たらず、思わず噴火しそうになる。

 

「いい加減出てこい、上弦の鬼め……!」

 

 思わず気持ちを吐露する。

 上弦の鬼らしき存在の初期位置は、鎹鴉ごしに分かっている。しかし、情報を頼りにするには、あまりにもこの異空間が邪魔だった。頻繁に位置が変わり、確実に柱を孤立させようと動いている。移動があまりにめまぐるしすぎて、もう何も充てにできない有様だ。

 鬼を移動させる血鬼術。厄介だろうと思っていたが、いざ体験してみれば予想を遙かに上回る煩わしさだ。

 

(もう上弦と接触している者がいると言うのに!)

 

 仕方が無いと分かっていつつも苛立ちはある。

 このめまぐるしく入れ替わる空間の中、断続的に位置を教えられているだけの者と、自らの感覚で位置を探れる者。どちらが上弦の鬼と接触しやすいかなど言うまでもない。さすがにこれまで怒りを向けるのは八つ当たり甚だしいだろう。

 現在捕捉できた上弦は、陸と、つい先ほど接触報告があった伍。大きな匂いを一つ見失ったという連絡は気になるが……さすがに地上へ出されたなどという事はないだろう。主戦力は全て投入されているし、お館様を狙うにしたって、さすがに上弦の鬼は戦力過多だ。

 走り続けていると、目の前に鬼。しかし。

 

(また! 気配が薄い!)

 

 正気らしきものが見えるあたり、異能の鬼か。どうであれ、塵には変わりない。

 錫杖を持った鬼は、異能の鬼如きにしては察知能力が高かった。全力疾走する小芭内の接近に気付いている。が、どのみち遅い。通り抜け様に頚を切り落とす。

 違和感は至極簡単なものだった。首が固い。そこらの下弦より鈍い感触がした。この中にいる鬼は、どれも下弦の鬼相当まで強化されているとはいえ、さすがに違和感がある。元々下弦の壱になれるような才能があった可能性もあり得なくはないが。

 疑問を無視するな。即座に飛び退け。これは、彼がまだ新米隊士だった頃に学んだ事だった。鬼を殺したという油断から死んでいった者を何人も見てきた。

 果たして、それは正解だった。一瞬前まで居た場所を閃光が貫く。

 空中で体を翻す。小さくて軽すぎる自分の体は、嫌と言うほどよく分かっていた。ちょっとした反動で簡単に舞ってしまう事まで。この技術は欠点を利点に変えるため考案した苦肉の策の一つ。

 続けて放たれる血鬼術で、攻撃の正体が分かった。雷撃だ。いくら攻撃範囲が広いと言っても、狙いは単調。予測してあらかじめ退避しておくのに、そう苦労は必要なかった。

 鬼の顔を確かめて。

 

(ふむ……。これは当たりなのか、それとも外れなのか)

 

 腕の中、首に接着しようとしている顔には、確かに上弦・肆の文字。嘘ではないのだろうが、おいそれと肯定もできなかった。上弦の肆というには、あまりにも弱すぎる。

 経験に照らし合わせながら、頭の中で勘定した。頚を斬っても死なない鬼というのは、多くはないが少なくもない。一番確認されているのが、肉体変化により頚の位置を変えている、という場合だ。これはみじん切りにしてやればそれで事足りる。他には血鬼術による擬似的な不死もあったか。これは条件を満たせば、もしくは条件を満たした後頚を斬れば死ぬ。ただしこれでは、弱い理由にはならない。一番あり得そうなのが、上弦の肆本体ではないというものだ。舌に『怒』と入れ墨があるのが後押ししている。つまるところ、血鬼術で操られつつ強化されているだけの上弦とは縁もゆかりもない鬼である場合。考えられる可能性としてはこんな所か。生存に特化した血鬼術だとは全く思っていない。上弦の鬼は柱を殺すための鬼。いくら死ななくとも、この程度に負ける柱はいなかった。

 普通の手段では殺せず、それなりに強い血鬼術。弱いといえども放置出来るほどではないとは、ひたすらに目障りだ。まるで鬼舞辻無惨の眷属である事を象徴しているようだとすら思う。

 

「ああ腹立たしい。この力、この痛み、間違いなく柱のそれよ。人を容易く足蹴にするなど、本当に苛々する」

 

 ぶつぶつと、怒りの鬼が呟く。

 下弦を超える再生速度ではあるが、さすがにこれだけでは判断材料にはできなかった。異空間に飲み込まれてからこちら、例外続きだ。

 首をさすりながら、ぎょろぎょろとした目でこちらを睨んでくる。

 

「しかし不運ばかりでもなさそうだ。いと気高きあのお方に刃向かう蛆虫を見付けられたのは僥倖よ。早々に殺さなくては」

「可能かどうか、貴様の足りない脳味噌で今一度考えてみろ間抜け」

 

 錫杖からあえて狙いを大雑把にした雷撃が迸る。いかにも下手糞が考えそうな手だ。

 蛇の呼吸 参ノ型・塒締め

 明後日の方向でそこら中を焼く雷を掻い潜り、全身を切り刻んでやる。一拍遅れて、ぼとぼとと肉片が床にぶちまけられた。しかし、消滅する様子はなく、小さく蠢きながら再生を始めている。予想はしていたので落胆はない。面倒だと再認しただけだ。

 このまま切り刻むべきかとも考えたが。無駄な労力になりそうなので止めておく。そこらの隊士に任せるとしても、最低限力を暴ききり伝えてからでなければ。

 

「痛い。腹が立つ。が、認めねばならぬ。儂一人では倒せぬか」

「貴様程度が何匹集まろうと相手になるか。どこまでおめでたい頭をしているんだ」

 

 まだ再生しきらぬ中、半端に残った口だけで囀る怒り鬼。言葉に対し、端的に愚かさと浅ましさを叩き付けた。返答は舌打ちだ。

 五つほどに分けられた錫杖が戻った所で、わざとらしい攻め気を見せる。可能な限り早く全てを晒させ、とっととこの程度の鬼は無視したい。柱が相手すべきはとにかく上弦の鬼、上弦一匹を倒すのに柱が二人から四人必要だという計算がされている。ただでさえ数が足りていない現状、普通の鬼に時間を取られている場合ではない。

 攻撃を誘った所で。小芭内は唐突に、体を仰け反らせた。眼前すぐを何かが通り抜ける。

 

(十字槍……!?)

 

 槍には(というか武器全般に)詳しくないが、その形状から使い道は分かる。枝分かれした部分で武器を絡め取ったり、もしくは半端にしか避けなかった時に首を捌いたり。そう、例えば小芭内が首だけで避けていたら、今頃頭が輪切りになっていただろう。

 なぜ。どこから。あらゆる事を考える暇はなかった。

 槍とは反対側に向かって、壱ノ型・委蛇斬りを放つ。斬られた為に大分威力は減衰しただろうが、それでもなおかなりの衝撃が体に響いた。

 危ないと思ったらとりあえず動け。経験が命じる通りにする。ただし、後ろにではない。その場と後方は、間違いなく敵が一番予想するであろう位置なのだから。

 卦体な体術と蜜璃に次ぐ柔軟な体で、無理矢理体を前方へ投げ出す。そちらへの行動も読まれている場合を考慮し、すり抜け様に錫杖を切り落とした。後詰めの雷撃を貰うなど御免被る。

 かくして危惧は正しかった。地を揺るがす振動に、続けて轟音。姿勢を戻して確認すれば、奇妙な形の大穴が空いている。喰らえば生きていなかっただろう。

 

「おお、これを避けるか。楽しい、楽しいなあ」

「……何も楽しくなど無い。仕留め切れなんだ事、ただただ悲しい」

「だがまだ遊べるぞ。久方ぶりの獲物、実に喜ばしい事じゃ」

 

 唐突に現れた三体の鬼。いつの間に湧いて出た、と疑問に思う。

 いや、ただ気づけなかったのだと訂正した。この四体、あまりにも気配が似すぎている。怒り鬼が迷彩になっていたのだろう。似たような気配の鬼は経験あるものの、完全に同一のものというのは初めてだ。

 

「なるほど、な」

 

 目は全て上弦・肆。舌にそれぞれ別の文字。全て合わせれば喜怒哀楽が完成する。

 

「当たりだったか」

 

 分裂型の鬼。極端に珍しい例だ。それこそ可能性として排除していた程に。

 この手の鬼は本体を叩かなければ死なない。分かれた鬼がそれぞれ別の血鬼術を行使する当たりは、さすが上弦の鬼と言ったところか。一体一体の強さは下弦の鬼上位といった程度であり、これだけで上弦の鬼は務まるまい。であれば、ここに本体はいないと考えた方がいい。これ以上の切り札があるとも。

 状況は良くないっていないものの、今までよりは悪くない。ひとまず標的は捕捉できた。

 力を発揮させる前に倒せ。鬼殺しの鉄則だが、根本的に殺す手段が手元にないならば話は変わる。やるべきはのらりくらりと攻撃をいなしつつ、手札の全てをさらけ出させる事だ。さしもの小芭内も、殺せる算段のない上弦と延々切り結べると思うほど自信家ではない。

 最低でももう一人、本体を叩く為の人員がいる。いつ合流できるかも分からない誰かを待ちながら戦う。糞みたいな話だが、最悪ではない。そのことに感謝した。

 強がっている訳ではない。いくつかの確信がある。

 まず分裂型は、本体からさほど遠くへ離れられない。血鬼術は無軌道に見えて、その実常に何かしらの法則に囚われている。小芭内は情報の更新がないから、最初から分かっていた大きな目標へと真っ直ぐ走った。その結果上弦の肆と遭遇した事に、一体どんな意味があるのか。それは、転移()()()()()()()()のではないだろうが。転移させてしまえば、本体から離れすぎてしまうために。

 相手の急所は必ず近くにいる。ある程度筋の通った、根拠ある理屈だ。

 

「まずは」

「貴様を」

「殺して」

「喰おうぞ」

 

 雰囲気こそ似ていないものの、顔立ちはまさしく同一人物といった風体の四人がそれぞれ告げる。

 小芭内は小さく刀を揺らし始めた。彼のそれもまた、天元と同じく普通の剣ではない。端的に、波打った形状を持つ彼の剣は、感覚を惑わす能力を持っていた。

 刃渡りを見間違える。ほんの少しだけ斬られる位置や間が変わる。一つ一つは些細な変化でしかないが、小芭内の詐術と蛇の呼吸、二つが組み合わさればどうかるか。相手が動きを見失うのだ。姿を、ではない。挙動の目算を勘違いする。

 全ての妖術を動員すればどうなるか。

 

「ギッ!」

「当たらぬ、当たらぬぞ!」

「ええい、忌々しい!」

「これは、面白いなどと言ってられぬ」

「……ふん」

 

 惑う上弦の肆を鼻で笑う。

 当たるはずの攻撃が当たらない。居るべき場所に敵がいない。足りない筈の攻撃が届く。守った筈の場所とは違う位置に食らう。そんな事態が頻発した。

 幻惑の剣技。小芭内が先天的に持つ弱視までをも利用した超人的な技法だ。膨大な筋力と柔軟性を要する恋の呼吸と並び、二度と使い手が現れる事はないだろうと言われている特異の剣。これを初見で破られた事はない。

 

(しかし)

 

 まるで蠅が集ってくるように襲ってくる鬼を確認しながら、小芭内は内心で呆れた。

 

(全くなっていない)

 

 四体の鬼は、連携を全く取れていなかった。

 別の力を使う同一人物の集団、これだけで本来ならば洒落にならないほどの戦力を持つのだが。肝心の連携がお粗末どころの話ではなかった。

 上弦の肆分裂体が出現して当初、小芭内は四対一の戦いを覚悟していた。しかし現実は一体一の四連続。それこそこちらを包囲するという行為すら碌に達成できていない有様。

 意図したのかどうかは知らないが、鬼達には明確に適した役割がある。喜怒が広域の血鬼術で足を止め、高い一点集中火力を持った哀楽がとどめを刺す。これが最も効率的だし、少なくとも小芭内ならばそう運用する。

 これでは下弦の鬼がただ群れているだけ。まさに宝の持ち腐れだ。

 とはいえ、だからこそ断じられる事もある。これでは柱を倒すことなど出来ない。上弦である以上、既に幾人もの柱を殺してきただろう。明らかに実力が物足りなさ過ぎる。

 今代の柱がそれだけ優れている、などという驕りはなかった。自分で言うのも空しいものだが、小芭内の実力は下から数えた方が早い。歴代の柱と比べてなお勝っている、などと考えられるほどおめでたい頭はしていなかった。

 移動しながら戦ってはいるものの、向かっている方向に味方がいるかは怪しいものだ。新人三人衆のような超感覚など持っていないため、かなり接近してからでないと誰かがいる事に気づけない。

 

(最低でも柱か甲四人以上でなければ意味が無い……可能な限り引っ張りつつ出来れば隠し札を暴かせ……。ちっ、どれもこれも俺に向かん事ばかりだ)

 

 蛇の呼吸と特殊な刀の組み合わせは、そう簡単に暴ける事ではない。逆に言えば、学習されてしまえば効果は半減するという意味でもある。ましてや蛇の呼吸は、相手に全力を出させない手段に富んでいた。これも慣れられたら不味い要因の一つだ。例えるならば手品といった所だろう。仕組みさえ分かってしまえば、ただ陳腐なだけ。

 斬れば死ぬ相手であれば、いくらでも戦ってやれる自信があるのに。つくづく巡り合わせが悪いというか。

 

(ここまでどれだけ奴の事が分かった?)

 

 見付けられた事はそう多くない。少なくとも弱点と言えそうなものは。

 分裂体の中でも本体に近いのは、錫杖から雷を出す怒りの鬼。喜びの鬼は切り刻んでもその度に小さく分かれ、しかも血鬼術まで使える。ただし掌ほどの大きさになってしまえば、人体に害を与えるほどの威力は出せない。楽しみの鬼は一番身体能力が低い代わりに、血鬼術の出力も一番である。代わりに術を八つ手の葉を模した団扇からしか出力できないという致命的な欠点も持つ。最後に哀しみの鬼だが、はっきり言ってこいつが最弱だ。十字槍で高い威力の突きを放つと言えば聞こえはいいが、やっていることは鬼の身体能力に飽かせて振り回しているだけ。隊士の下位互換である。

 そして全員に共通する欠点。それは口、正確に言えば舌を斬れば、再生するまで一時的に全能力が下がるという事。

 つまるところ、総じて不死性を覆すほどの弱点ではない。むしろここが廊下だという点の方がよほど価値があった。

 

「っづぅ! 可楽、むやみやたらに振り回すな。貴様は悲しいほどに頭が悪い」

「おお、すまんすまん。そう怒ってくれるな哀絶よ」

 

 鬼と人が対峙した場合、基本的に狭ければ狭いほど人の方が不利だ。かすっただけで死にかねない鬼との戦いでは、手が届くという事実そのものが精神を急速に摩耗させる。

 が、強大な血鬼術を使う者が連携もクソもない状態であれば。もはや互いに足を引っ張り合っているだけだ。実際、怒りと喜びはほとんど血鬼術を使えていない。無論、それだけで舐めていい相手では決してないが。

 いくらでも後ろに退けて、相手に大きく展開させない――つまり大規模な血鬼術が使いづらい。なんとも上弦の肆と戦うために誂えたような場所だ。

 

「こうまで逃げられると頭にくる」

「カカッ、そう嘆くな積怒よ。しかし我ら弱きをいたぶるとは、なんとも人の風上にも置けぬ者よ」

「――なんだと?」

 

 相手にとって、それは何気なく出ただけの言葉だろう。挑発の意図など欠片もなかったはずだ。しかし、小芭内にとってはどうしても看過できないものだった。

 怒りは。本来、腹の中に留めておくべきなのだろう。最善の選択は間違いなく、このまま時間を稼いで十分に人が集まるのを待つ事だ。分かっている。分かっているのだ。それでも、どうしても赦せない。

 脳裏に焼き付いて離れない過去。決して拭い去れない汚物が如き一族。誰かが死ぬ事にはなんとも思わないのに、矛先が自分に向かうと途端に怒りを見せた従姉妹。吐き気を憶える、自由を得た、同時に永遠の檻に閉じ込められたあの日が蘇る。

 どこまでも――自分勝手に――背負うべき呪いを――いとも容易く――他者に押しつける――

 悍ましいという言葉すら生ぬるい精神性。

 

「貴様がさんざん殺してきた人間はどうなんだ」

「……? いきなり何を」

「さんざん弱き民を貪っておいて、いざ自分の番となったらいたぶるなだと? 脳髄まで腐っていると見える。いい加減理解しろ。どのような理屈であっても、貴様達が真っ先に排除されるべき屑なのだあと」

「おま――」

 

 まともな言葉にもできなかった。その前に小芭内の腕が消え失せ、喋ろうとしていた怒りの鬼の頭を右上から輪切りにする。

 

「囀るな糞虫が。貴様の口は肥溜めよりも臭う」

 

 鬼は崩れ落ちかけていた頭を支え、元の位置に戻す。あっさりと戻った彼の顔は、まさしく『怒』の文字に相応しい顔をしていた。

 

「……これほど腸が煮えくりかえったのは百年以上前の事だぞ、柱。可楽、空喜、哀絶」

「あの小僧、斯様にも面白くない事を吐いた。いいだろう」

「もはや喜びはない。あるのは憎しみだけよ」

「『合わさる』など反吐が出るが、致し方あるまい」

 

 切り札を出すつもりだ。直感して、一瞬踏み込みそうになる。

 普通の鬼であれば無理にでも潜り込むのが正しいだろうが、未だ弱点を見付けられないとあれば話は別。血鬼術を融合させて強力な一撃という可能性もないではないが、分裂型の場合、一番力を出せるのは一つに纏まった時だ。

 つまり、これから見せる姿こそが柱を殺し続けたもの。迂闊に飛び込むのはあまりに危険だ。

 

(誹るにしてもやり過ぎてしまったな)

 

 本当ならば、こうなる前に本体を見付けたかったが。手がかりすらなかった以上、遅かれ早かれと思うしかない。

 それに、悪いことばかりでもなかった。力が増すということは、それだけ本体が近くに居なければならないのと同義。行動半径が狭まり探しやすくなったと言える。そうでなくとも、ただでさえ分裂型は消耗が激しい。四体を扱うよりは稼働時間が減ることを期待できた。後は、柱数人がかりでも生き残るのに一杯一杯だった上弦の弐や参ほどではない事を願うばかり。

 怒りの鬼、もとい積怒に他の鬼が飲み込まれた後現れたのは、少年ほどの鬼だった。背中に、憎という文字が刻まれた雷神が身につける連鼓を背負っている。

 弱くなったように見える。姿だけを見れば。ただし、正対して突き刺さるような圧力を感じなければ。

 成る程と理解する。せざるを得ない。確かにこれは、数多の柱を殺し続けてきたに相応しい力だ。

 

「安全圏から弱きを批難し悦に浸る極悪人め。貴様のような悪党には死罪こそが相応しい」

「鬼がほざいてこれほど軽い言葉も中々ない。一度貴様の腐った性根を腸ごと引きずり出して確かめたらどうだ?」

「……口の減らぬ犬畜生めが。苦痛の中で果てるがいい」

 

 爪形の撥で太鼓が叩かれる。まだ音すら届ききっていないほんの僅かな間に、小芭内は姿勢を崩された。

 油断などしていない。むしろ最大限にまで警戒していた。その上で、少しだけといえども動きを絡め取られてしまう。

 

(発生が極端に早い……!)

 

 床を割って出てきたのは、樹木で出来た生物だった。竜だか石竜子だかを象っている。それ自体はよくある類いの血鬼術でしかないし、対策も簡単に思いつく。問題は全ての質が極端に高いという点だ。

 頭の数は五本ほど。物量がやたらに多い。一番細い首一本すら、成人男性の胴体よりよほど太いのだ。軽く刃を振るってみた限り、当然のように見た目程度の強度ではない。装甲艦の底を斬ろうとしたらこんな感触になるのではないだろうか。斬れないほどではなが、とにかくひたすらに硬い。

 なにより、石竜子の発生は太鼓と撥が接触したのとほぼ同時だった。もし動き回らず正対していたら、たまたま壁を走っていなかったら。そのまま押しつぶされ死んでいた可能性だってある。

 太鼓を叩かなければ石竜子を運用できない。血鬼術にそういった制限が入る事は多々ある。ただし、どうしたって見てからでは間に合わない。予測に予測を重ねて先んじる必要がある。

 障害物などまるっきり無視して粉砕しつつ、四本首の石竜子が襲いかかってくる。下手に対抗しようとはせず、素直に下がった。一定の所で首は伸びなくなり、床を潰しながら胴体ごと追いかけてきた。

 

(長さは最大で六十尺半ばといった所か……まあこれはどうでもいいな)

 

 重要なのは三尺、つまり刃を振るって届く距離だ。それ以上は、考慮する事にあまり意味が無い。せいぜいどうやればかいくぐれるかと言った程度だ。それすら本体が別に存在する現状では、全く意味を成さない。

 

(他に……何か……有益な情報を一つでも)

 

 頭がガンガンと痛む。通常時でさえ手に余る程の相手を、頭を回転させながら相手取っているのだから当然だ。

 しかし止める事はできない。この分裂体でも本体でも、とにかく任せられる者と遭遇するまでは。

 逃げに徹すればすぐにどうこうなる事はないというのは救いだ。とはいえ、先ほどまで自分に味方してた地形が牙を剥きつつある。後ろにしか向かえる先がない状況で大規模な血鬼術を持つ相手と戦うというのは、是が非でも避けるべき状況である。

 五つ頭の石竜子の内一体が、大きく口を開いた。咄嗟に立ち位置を変えつつ、とにかく危険そうな場所へと刀を走らせる。

 口の中から、さらに石竜子が溢れ出た。外見的には脱皮に近いだろうか。とにかく口の中からさらに石竜子が出てくるという行為を繰り返して、射程距離を延長してくる。勘で振った剣が当たってなければ、今頃捕らえられていただろう。

 

(そうか)

 

 逃げる速度をさらに上げながら、内心で納得する。

 

(首が五つの意味、これは血鬼術の数か。今のは恐らく、本体が持つ分裂する血鬼術の具象。となれば他の四つもあるはずだ)

 

 予想を肯定するように、次々と別種の血鬼術が殺到してくる。雷撃、風圧、音波、刺突の幻影。時には二種以上を組み合わせたものもあった。さすがに避けようのない状況でここまで攻撃の圧が強いと、徐々に追い詰められていく。

 体が重たい。とりわけ血鬼術を切り続けている腕は、そろそろ動かすのが億劫になってきた。痺れも致命的な線にまで達しようとしている。他はともかく雷撃だけは駄目だ。血鬼術だけあって日輪刀で斬ればある程度軽減できるが、さすがに完全とまでは行かない。空気中に放電したものが少しずつ神経を狂わせる。

 

「逃げてばかりの塵め。粋がれるのは弱者に対してのみか。そろそろとどめを刺してやる」

「ちっ」

 

 鬱陶しい鬼の言葉に、舌打ちだけで返す。

 しかし相手の弁も間違いではない。そろそろ決断をしなければならなかった。つまり、このまま上弦の肆を見失うのを承知しながら全力で逃げ切るか、それとも破れかぶれで本体を探すか。

 

(仕掛けるならば今しかない)

 

 相手は小芭内に対して、もう打つ手がないと読んでいるだろう。予想は正鵠を射ている。彼は柱の中で最も体力に乏しい者だ。幼少期にろくな運動をさせて貰えなかったのは、才能で補いきれるものではない。

 痣と赫刀の二重発動。これをもって斬りかかれば、倒せはしないまでも、相当な消耗を期待できる。

 そんな事を考えて、思わず苦笑した。愚かな自分に対して。

 

(馬鹿め。痣も赫刀も既に知られている。切り札にはできても、奇襲としてはなんら役に立たんだろうが。犬死にに意味があると思い込んで特攻、か。いよいよ俺の頭も茹だってきたな)

 

 普段なら掠めもしない選択を真剣に考慮しているのは、同じだけ追い詰められている証拠だ。

 同程度の窮地というならば、柱になる前に何度か経験した。しかし、ここまで勝てる希望のない戦いというのは、さすがに記憶にない。

 建設的に、という言葉は嫌いだ。当り前に理不尽が蔓延る世の中なのだから。なんにしろ現実味がある選択を選ばなければならない。

 必死になって血鬼術の暴風をやり過ごしながら、首筋に手を添えて、心の中だけで囁く。

 

(鏑丸)

 

 指ごしに、小さく否定の返事を確認した。

 唯一無二の相棒、鏑丸はとても優秀だ。それこそ索敵に限って言えば、自分などより遙かに。蛇の視界は人間のそれとはまた別のものであり、小芭内が見逃した何かを捉えてくれる。

 とはいえ、これだけ暴力が荒れ狂う中では厳しかったのか。本体へのとっかかりを掴むにしても、せめて血鬼術の脅威を知らない場所まで移動したい。そもそも振り切っていいのかすら悩んでいるのだから、また堂々巡りだ。

 

「既に威力偵察という役割は終えているのに、な!」

 

 刺突に風圧を乗せた攻撃を、半身になりつつ剣の背中で受け流す。作れる隙間など大したものではないため、背中を軽く裂かれた。

 状況は限りなく詰みに近い。これ以上の出血は、迫る鬼舞辻無惨との対決はおろか、上弦の肆本体の狩りにすら響く。

 

(うぐっ)

 

 胃がひっくり返りそうになったが、なんとか堪えた。上弦の肆融合体を相手にしてから、一時たりとて休めていない。肉体的にも、精神的にも。限界を迎えるより先に、失策を犯して殺される方が早いか、などという弱気が頭を過ぎり始めた。

 馬鹿者が、と己を怒鳴りつけて気付けする。上弦の陸は既に捉え、空間の入れ替えが鈍っているあたり、正体不明の転移術使いも誰かが押さえ込んでいる。未だ何も成していないが、経過は悪くないのだ。この程度の局面で負け、水を差す訳にはいかない。意地でも生きて帰るなどと言うほど意気込んではいないが、それでも鬼舞辻無惨の顔面をへこませてやらねば気が済まなかった。

 可能な限り力を温存しながら耐える。言うは易いが、の典型だ。ましてや上弦の肆など、普通に戦えても勝ち目があるか怪しい相手なのだし。

 鏑丸に軽く引っ張られたのは、伸びる首を切り落としながら雷撃を弾いている時だった。

 当り前に、振り向く事などできない。その一瞬は確実な死を呼ぶ。

 遠くから戦闘音が響いていた。かなり激しい――しかし大人数でもない。片方は間違いなく柱だ。未だ状況が動いてないならば、戦っているのは上弦の陸と善逸だろう。

 このまま進んでいいものか。逡巡する。

 我妻善逸。つい最近柱になったばかりの三人が一人。鬱陶しい小僧だが、ひたすらやかましい伊之助や道理を理解しない炭治郎に比べれば数段マシ。つまりは、三人の中では一番まともだと言える。それは、剣の腕という意味でもだ。

 善逸は強い。業腹だが、既に自分よりも。

 それしか出来ない故に壱ノ型だけを高め続けた善逸と、決定力の欠如から戦術を追求した獪岳。二つの力が上手く絡み合った結果だ、と実弥は言っていた。それは戦い方の面でも効果があり、臆病なのになぜか粗忽で意味なく突撃する面を、慎重で狡猾な思考が補っている。

 これまた腹の立つ話だが、冨岡義勇は柱でも上位の実力を持っていた。彼の抜けた穴は大きい。それを、完全とは言えないまでも埋めたのが善逸だ。

 大きく飛んで、一気に五間近くも距離を取った。作った僅かな隙に周囲を見渡す。

 鎹鴉はまだ戻ってきていなかった。つまりは、柱の助けが来るのはまだ先という事である。

 

「つくづく、何もかもがままならん!」

 

 吐き捨てて、戦場の方へと舵を取った。示し合わせもできないままかち合わせては不味いため、半ば上弦の肆を置き去りにする気持ちで。幸いにも、血鬼術が鈍重なために移動速度はさほど速くない。

 視界に入ってきた戦闘は、大分予想外のものだった。善逸が一方的に上弦の陸をいたぶっている。

 ぱっと見でしかないが、相性に寄るところも大きいのだろう。上弦の陸は鎌と、それから放たれる刃を主兵装にしている。善逸は自分より技術と速度で劣る相手との戦いが滅法強いために起きた結果だろう。無論、善逸の芸術的なまでに上手い位置取りあってこそだが。

 

(あの腰抜けが無意味に戦いを引き延ばすわけがない。と言うことは、あちらも条件を満たさねば死なない鬼か……)

 

 つくづく嫌になる。まさか上弦の壱まで死なない鬼ではないだろうな、とひっそり悪態をついた。

 

「どうする……?」

 

 などとわざとらしく呟くが。

 どうもこうもない。奴は暫く死にそうにはないのだから。最適な選択とはいつだって単純明快であり、同時に非情だ。

 自分の力不足。殺しても死なない鬼。ひたすらに面倒くさい異空間。どこかへ引きこもった鬼舞辻無惨。何もかもが嫌になる。

 何をどれだけ愚痴っても変わらないし、そんな余裕もあとどれほどもせず無くなる。

 全ての感情を振り払い、小芭内は進む先を定めた。もう一つの激戦区を突っ切るようにして。

 

 

 

   ×××

 

 

 

 実のところ。善逸と妓夫太郎の戦いは、端から見るほど余裕があるものではなかった。

 無茶苦茶な機動力にものを言わせて鬼の再生力を上回るというのは、長く続けられるものではない。疲労は着実に溜まっているし、なんならもう座り込みたい心地ですらある。それでも動き続けるのは、偏に炭治郎ならばそう遠からず片割れの頚を斬ってくれるという信頼からだ。

 こんな戦い方は、本来長時間すべきではない。遠からず足を壊すやり方だ。それでも使っているのは安全のためである。とはいえ要因としてはそれ以上に、壱ノ型を全く使っていないからというのがある。

 足に全力を集中して極端な加速からの切りつけというのは、とてつもない負荷がかかる。それこそ、一回の戦闘で回数制限を付けなければならないほどに。壱ノ型を使わなくていい(と言うか意味が無い)のは、かなり負担の軽減になっていた。

 もっとも、だからといって楽な仕事という訳では決してない。

 血と肉片の溜まりから直接鎌を生成して飛ばしてくるし、毒の血に触れないよう気を遣う。何より神経を削いでくるのが……

 

「ぐを……ぉ……でめ……ごろ……ずぅ……ぜっだ……ごろ……ぉおぉ……」

 

 再生する度、寸刻みにされるせいでくぐもっている、怨嗟の声を浴び続けなければならない。これがまた、地味に心を削る。残念ながら、こんなものを楽しめるほど、善逸に加虐趣味はなかった。

 とはいえ、一度型に填めてしまえたのだから止めることも出来ない。

 さすが上弦の鬼というべきか、再生能力は下弦の比ではなかった。もしかしたら玉壺以上かもしれない。放置して五つも数えれば完全復活してしまうだろう。一応の戦闘能力を取り戻すには、多分一秒か二秒。

 が、そんな事情を抜きにしても、そろそろ状況は変わって欲しいと思う。

 全集中の呼吸・深化の維持がそろそろ辛くなってきた。上手く息継ぎをいれて誤魔化していたが、いい加減少し休みたくなってきている。常中を憶えていない場合の全集中の呼吸と同じで、使い続ける為のものではないのだ。

 足に肺にと、どんどんがたつき始めている。

 

(でも、俺が単独で上弦を押さえ込めてるのは存外の幸運だろうし、止める訳にもいかない……)

 

 どれだけ苦しくとも放棄できないのはそのためだ。

 上弦の鬼はおよそ柱三人分の力を持つと予測されている。これはあくまで平均値であり、数字が変われば事情もまた変わるのだろうが。

 つまり、柱と上弦が一対一で封じ込められているというのはいい意味で計算外なのだ。さすがにこれは善逸も出来すぎた結果だと思う。もっとも、運も実力のうち。一度掴んだ女神の手を、わざわざ自分から離す道理はない。

 そんな、簡単なようで危険な勝利を重ねていると。遠くから、穏やかとは言えない破砕音が聞こえてきた。

 

(上弦の鬼、だよな?)

 

 肉体に反して余裕のある思考力で、意識をそちらに向ける。

 無論、上弦でもなんでもない異能の鬼が行っている可能性もなくはない。それを考えないようにしていたのは、単純にそうであってほしくないという願望からだ。上弦の鬼ではないものの、上弦の鬼並に破壊力を持つ。そんな奴までいるとなれば、こちらの戦略は根底から崩れてしまう。

 音は、ほぼ最短距離でこちらへ向かってきていた。どう見ても、あからさまにここを目標にしている。片方の音は、恐らく小芭内だ。

 

(合流を考えてる……んだよなあ。多分だけど)

 

 推定上弦二人と柱二人。一概に言えるものではないが、こちらがやや有利だろうと計算した。相手が無策とは思わないが、さすがにこちらほど徹底した連携訓練は行っていないだろう。いないと思いたい。

 かなり遠くから聞こえていた音も、すぐそこまで迫っていた。柱の脚力ならば当然だ。

 寸前まで交戦の気配があったものの、直前になって一気に引き離す。早めに到着してくれるのはありがたい。簡単にでも、話をすりあわせられるのには意味がある。こちらが不死の鬼を相手しているのならばなおさら。

 小芭内が、善逸の動きを邪魔しない程度の位置で足を止める。急いで声をかけた。

 

「伊黒さ……」

「上弦の肆を引き連れてきた。お前が足止めをしろ」

 

 何言ってんだこいつ。善逸は真顔になった。

 こちらの心情など知らんとばかりに、彼は続けて言う。

 

「分裂型、まあ要するに本体を始末しなければ消えない鬼だ。お前が引きつけている間に探し出して叩く」

「いや、ちょっと……」

「奴は分体の数だけ血鬼術を使うが、どうせ再分裂などしないだろうからどうでもいい。血鬼術は鋼より硬い樹の首が五つある石竜子で、延長、雷撃、風圧、音波、刺突を放ってくる。どれも鬼もしくは石竜子の口からしか出せない。頭の向きにだけ気をつけろ」

「待って! ほんと待って!」

「血鬼術の規模と強度からして、本体はさほど遠くないだろう。可能な限り早く始末する。頑張れ」

 

 伝えるべき事は全て言ったとばかりに、そのままふっと姿を消した。とんでもない速さの転身だ。褒めてない。

 必死に頭の中で整理しようとして、しかしそれだけの時間は与えられなかった。

 小芭内が語っていた木製の石竜子が、辺り一面所構わず粉砕しながら迫ってきた。その規模たるや妓夫太郎とは比べものにならず、危険度の違いはあれど童磨を思い出させる。巻き込まれそうになってやむなく退避し、石竜子に妓夫太郎の残骸が押し潰される。

 失敗の二文字が頭を過ぎり、思わず愕然とした。日輪刀でもない攻撃ですり潰された程度、鬼にとってはどうという事はない。案の定、すぐ元通りになって這い上がった。

 

「貴様も柱だな。つくづく救えぬ罪人ども」

「よくもおおぉぉお……! やってくれたなああぁぁ!」

「えっ」

 

 妓夫太郎は仕方ないとして、何故だか上弦の肆(の分裂体だか)にまで敵意を向けられている。意味が分からない。

 

「なんと、地面のシミは妓夫太郎殿であったか。弱者を嬲るとはつくづく罪深い。我が裁きを受けろ」

「そうだろおぉ? あいつは糞野郎なんだよおおぉぉ。なあ半天狗ううぅ。一緒にぶち殺そうぜええぇ。ぐちゃぐちゃにしたら、きっととんでもなく気持ちいいだろうあああぁぁああ!」

「えっ」

 

 なんだかすっごく気が合ってる。どころか、こちらをどう殺すかの相談までしていた。

 少なくとも半天狗とやらは小芭内に怒りを向けるべきだろうに、すっかり善逸に集中していた。さすがに八つ当たり甚だしいのではなかろうか。

 というか、本当に一人で上弦の鬼二人を相手にしなければいけないのだろうが。話を信じるならば、どちらも条件付きならば死なない相手にも関わらず。

 

「……えっ?」

 

 現実を受け入れきれず。善逸は口を半開きにして、ただ愕然とした。

 

 

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