獪岳と善逸   作:山筋

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死なずの上弦

 かつては側近であり、今は上弦の伍に数えられる鳴女が作った、巨大異空間・無限城。そのとある場所に、男は鎮座していた。

 その部屋をどう表現すればいいのか。平面的には普通の八畳間と言った程度だが、上下は極端に広く、天井や底は暗くて見えない。通常ならばあり得ない、作りたくとも作れない間取り。出入り口は一つあるものの、これも床に面していなく、一歩踏み入ればどこまで落ちるか分からない。

 男は、室内のほぼ中間にいた。浮いている訳ではない――飛ぶ事も不可能ではないが、まあ機能的ではないし。部屋の何カ所かに肉の筋を伸ばして貼り付け、中央の、これも肉腫で出来た椅子に繋いでいる。少々不格好で美観に反するが、まあ座り心地だけは悪くない。玉座と定め、鬼舞辻無惨は肘掛けに頬杖を突き、足を組んでゆったりと構えていた。

 目の前にあるのは複数の窓。それら全てに別々の光景が映し出されている。光景は六つ……いや、二つは同じ場所を移しているから五つか。

 上弦の鬼達。正確に言えば上弦のおまけものぞき見しているが、まあとにかく最高幹部とそれに連なる者だ。この空間には他にも山ほど鬼がいるものの、そちらは見る価値もない。なにせ血を与えすぎた為に理性を失い、体を崩壊させながら暴れるだけの塵芥なのだから。そいつらは柱以外の鬼狩りを殺せばいいし、仮に使命を全うできず死んだ所でどうでもいい。

 この上弦の観察は、同時に選別も兼ねていた。

 今のところ、自分が完璧な存在になった後も生かしていいと思っているのは鳴女のみ。太陽さえ克服してしまえば、上弦の鬼に求めていた強さすら必要ない。そうなれば、要点はどれだけ己に有用かつ忠誠を誓えるか、という部分になる。

 これに関して、無惨は上弦の鬼に伏せていた。言われたから命を掛ける、などというのは真の忠誠ではない。命惜しさに地べたを這い回るくらいなら誰にでもできる。

 謂わば抜き打ちの試験だ。合格した者だけが、自分の配下として『新たな世界』へと行ける。

 そういった意味では、黒死牟と妓夫太郎、堕姫の兄妹は及第点をやれた。兄妹は頭が足りないながらも、中々命を張っている。まあ、戦力としては物足りないが。逆に黒死牟はよく考えており、今後の十二鬼月再編成まで頭に入れていた。

 今後は余計な鬼を作るつもりなど無いが、絶対に作らないとまでは思っていない。側付きくらいには血を与えてもいいだろう。そういった意味では、人員を黒死牟に任せるのも悪くないかも知れない。忠誠心は後回しにするしかないが、少なくとも無能や気に障る者を連れてくる事はないだろう。

 半天狗は今のところ落第。まあ生前からして卑しく運が良かっただけの小物でしかなかったのだから、宜なるかな。血鬼術も面白くはあるが、有用さは皆無。死んだ所で被害などない。

 

「……そう私は考えているのだが、お前はどう思う?」

「…………」

 

 無惨の掌から生えている頭は、当然答えない。

 それは少年の頭部だった。年の頃は十五かそこらといった所だろう。とはいえ、縦に割れた鬼特有の目からして、見た目通りの年齢と言う事はあり得ないが。吸い出した記憶に寄れば、二〇〇年ほどは生きている筈だ。

 手の中で頭を転がす。これの記憶は中々に有用だった。残念ながら太陽を克服する薬は研究していなかったため、そちら方面の知識は皆無だが。まあ、薬学の才能に限って言えば自分に次ぐくらいはあると認めてやってもいい。

 

「お前のおかげで解毒が捗った。褒めてやろう」

「…………」

 

 親指で頬を撫でる。やはり反応はない。ただ頭を再現しているだけなので当然だ。

 無惨に盛られた毒は、執拗かつ陰湿だった。最初に人間返りの毒が機能し、分解するごとに老化、分裂阻害、細胞破壊と数珠つなぎに発動する。随分と殺意に溢れたものだ。少し前までの自分だったなら危なかったかも知れない。

 彼の記憶を参照するに、最初の予定では珠世が自滅覚悟で毒を盛る予定だったとか。こちらが毒の解除に集中している間に上弦の鬼を殲滅し、地上へと引きずり出して隊士に戦って貰う。しかも、全てを連続で行って毒の真価に気がつく前に。なんともまあ、他人任せで危険な賭だ。毒の制作に関わった者達――この二人に加えて胡蝶しのぶと言ったか――が、無惨を侮っていた為に成功しなかったが。

 

「毒と薬は表裏一体、改造すれば面白いものが出来そうだな」

 

 呟きながら、愈史郎の頭を握り潰す。

 無惨が確認できている、呪縛を逃れた鬼は珠世と禰豆子だけだが。他にそういった鬼がいないとも限らないし、鬼を作る血鬼術を持った鬼が、無惨のあずかり知らぬ鬼を勝手に作っていた可能性も否定できない。そういった者を始末するのに、この毒は案外悪くなかった。相手を喰らうというのは単純かつ確実ではあるものの、同時に無駄な棄権もある。例えば、今回のように毒を含んでいるとか。

 

「まあいい」

 

 右手を払って、血と肉と脳症の塊を弾いた。

 画面の向こう側では、折良く上弦の鬼が柱と対決を始めていた。上弦が柱をへし折るのか、それとも柱が上弦を叩き潰すか。どちらでもいい。ただ、上弦の鬼が負ければ多少面倒が増える、その程度でしかない。そもそも柱に負ける程度ならば、上弦の鬼など要らないのだし。

 故に無惨は、悠々と彼らの査定を始めた。

 

「さて、誰が生き残る?」

 

 鼠達の必死な喰らい合いに対し、残酷な笑みを以て眺めて。

 一先ずは、一番面白そうな見世物に視線をやった。

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

 善逸は絶叫を上げて、とにかく逃げまくっていた。

 壁やら床やらなど関係あるかとばかりに激しい攻撃。触れるだけで危険な血の刃が縦横無尽に飛び交い、威力を優先した五本首の樹竜が辺り一面を食い散らす。ただそれだけならば、まあ許容できなくもなかったが。人間どころか日輪刀すら両断するような切れ味の鎌まで無限と思えるほど飛び交い、樹竜の口からは射程距離がやたら長い雷撃やら風圧やら音波やら感知がやたら難しい刺突やら、とにかく処理しきれないほど鬼二人とは思えないほど多岐にわたる攻撃が浴びせられていた。

 相手の攻撃は苛烈であり、既に複数の部屋をぶち破って、ただの通路は破壊され尽くした大広間と化している。このやたら広い空間の、数少ない利点はそこだったのだろう。場所が入れ替わるわそこらの城より遙かに大きいわでむやみやたらに混乱するが、強度はただの木なため、一般人でも玄翁を持てば壊せる。そのおかげで簡単に、雷の呼吸の使い手が十分に走れる領域を手に入れられた。正直言って、それがなかったらとっくに圧殺されている。

 

「ィイイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアア!」

 

 なんかもう自分でも喉のどこから出てるか分からない悲鳴を上げて、とにかく跳ね回る。既に攻撃だ型だと言ってられる自体ではなく、常時陰電荷と春雷を発動して逃げ回っている状態だ。

 そもそも上弦の鬼など単独で戦っていい相手ではない。玉壺と戦った時の自分は狂っていた。つまり、上弦の鬼二人を同時に相手取っている今は狂気を通り越して暴走だ。

 よく分からない絶叫を上げている善逸を見て、鬼達は呆れていた。

 

「……おめえよおぉ、本当に俺を馬鹿にした奴なのかあぁぁあ?」

「あんなのお前から冷静さを奪うための嘘に決まってんじゃんバーカバーカ! ぎゃあああああ死ぬううううう!」

「そうかぁ。ええと、そのよぅ、そうかあぁぁ……」

 

 妓夫太郎から、とてもやるせない呟きが漏れる。

 それは、あたらしく現れた(もとい押しつけられた)上弦の肆も同じようだった。

 

「おい、陸の。こいつは本当に柱なのか? いや、我らの攻撃を避けきるのは柱以外にあり得ないのは分かるのだが……」

「間違いねえ筈だぜぇえ。俺をなます斬りにしてたの、お前も見てただろおおぉぉ。いやぁ、まあぁ、多分……」

 

 二人共が、やたらと自信なさげだだった。気持ちはとても分かる。ついでに自分の気持ちも分かって欲しい、と善逸はひっそり思った。

 

「玉壺を単独で殺したってのは伊達じゃねえと思ったんだがよおぉぉ。あー……お前は半天狗、でいいのかあぁぁ?」

「今の儂は憎珀天だ」

「そうかあぁあ。どうもお前の血鬼術は分かりづらくていけねええぇぇえぇ」

 

 二人の会話は、気にはなかった。順当に解釈するなら、上弦の肆、もとい半天狗とやらの名称は血鬼術の状態によって変わるという事なのだろうが。

 まあ、今それを考える事にあまり意味は無いだろう。なんだかんだ言って、小芭内の相手をしていたのだ。今が一番強い状態であるというのを疑う余地はない。だからこそ奇跡が十回くらい起き、始めて生き残れるような場所に取り残されているのだが。蛇柱許すまじ。絶対蜜璃に密告してやる、と強く決意した。

 救いは、どちらも単体の戦闘力という意味では玉壺に及ばない点だろう。多分、どちらも不死性を考慮されて――或いはそちらに大きく力を割いていると推測できる。広域殲滅から決闘まで何でもござれだった彼に比べれば、いくらか御しやすい。無論、単独だった場合の話ではあるものの。

 

(問題は、やっぱりどっちも死なないって事だよ。妓夫太郎は推定命の共有型で、憎珀天は分裂型……本体は伊黒さんが探してる最中。憎珀天は本体さえ殺せば勝手に死ぬから足止めさえしてればいいけど、問題は妓夫太郎なんだよな。絶対に一回ずつ殺したんじゃ死なない。同時に頚を斬らなきゃ駄目何だと思うけど、じゃあやっぱり殺し続けなきゃ炭治郎にも無用な負担がかかり続けてしまう)

 

 本当ならば大きなため息でもつきたい所だが、今はそんな一呼吸すら無駄に出来ない。

 

(妓夫太郎を切り刻み続けたのは正解だった。最初に比べて、明らかに身体能力も血鬼術も弱まってる。やってる時は変な罪悪感があったけど、もし普通に戦ってたらと思うとぞっとするよ)

 

 既に死んでいた、とまでは言わないものの。さらなる苦境に立たされてはいただろう。

 とはいえ、悪運の連続もそろそろ打ち止めだ。弱ってきているのは相手ばかりではないし、むしろ善逸の方が疲労している。相手を殺せない状況で痣は全くの逆効果だし、獪岳の刀はでは赫刀を使えない。赫刀に関しては、血鬼術を自在に引き出せる訳でもないのだから、という気がしなくもないが。とはいえ、勢いで無闇に放棄できるほど安い力でも無い。血鬼術の利点はそれほどだ。

 

(もう手詰まり感あるよなあ)

 

 妓夫太郎の方は、相変わらず何も考えずに戦っているものの。憎珀天は、途中から明らかに善逸の足場を潰し始めている。

 立体的な動きが出来なくなることにそこまで不具合はない。とはいえ、痛手は痛手だ。攻撃を食らう可能性が僅かでも上がるというのは、当り前に楽しい事態ではなかった。

 こちらの最良は、小芭内が半天狗の本体を倒し、再び妓夫太郎との決闘、もとい挽肉製造に戻れる事。最悪は、まあつまり真逆だ。小芭内が半天狗の本体を見付けられず、炭治郎が妓夫太郎の相方を発見しても倒せない状態が続き、やがて善逸が限界を迎えるという結末。

 どうであれ善逸には今以上にやりようがないというのが一番厄介だ。

 

「全く何なんだよこれ!」

「なんだあぁぁ? 大人しく死ぬ気になったのかああぁぁあ?」

「早々に沙汰を受け止めれば良いものを」

「んなわけないだろ! 死ぬのも痛いのも怖いのも全部いやだっての! 全然ままならないって話だよ!」

 

 頚を延長させた樹竜を切り落とし、それを足場にして即座に飛び退く。

 この二人は、連携などまるで頭にないような戦い方をしているにも関わらず、結果的に一番嫌な戦い方をしてきた。ひたすら血鬼術の相性がいいのだろう。強度と物理的な圧力に富んだ樹竜に血を纏わせ、こちらに近づくと血の刃を発射してくる。樹竜そのものも五種類の血鬼術を発動してくるため、単純計算で攻撃量が倍に増えていた。

 樹竜の攻撃性は目を見張る物があるものの、動きという一点だけならば特筆すべき箇所はない。相手がこちらの速度に対応仕切れてないのと、物量ならばどうしたって玉壺や童磨の方が上である事、これらが僅かながら善逸の命脈を繋いでいる。

 ついでに、世の中はもうちょっと自分に優しくなってくれればいいのに、なんて愚痴を盛大に吐き捨てたかった。

 

(いるかは知らないけど、神様なんてものが本当にいたら、全力で恨んでやるからな!)

 

 鬱憤を叩き付けるように、剣を連続で振るう。同じ数だけ血の刃が弾けた。軽く体を捻りながら、肌を着物で隠す。血を着物で防がなければいけない事が増えたのに、恐怖を感じずにはいられなかった。相手の衰弱より自分の死が早いと突きつけられれば、善逸でなくとも背筋が凍る。

 この頃には、実のところ妓夫太郎の毒は、経皮毒ではないと半ば確信を持っていた。執拗に刃として飛ばしてくると言う事は、つまりそうなのだろう。

 とはいえ、さすがに思い切り被っても平気であるとまでは保証できず。前に、しのぶから眼球や口の中など、粘膜のある場所には危険物を接触させないようにと忠告されていた事もあり。憎珀天に上手く感情を利用されていた。

 特別な何かがあるわけではない。ただ、宙を舞う血刃を音波か風圧で巻き込むというだけのものだ。弾かれた血は広域に飛散し、大きな回避を余儀なくされる。という事はつまり、全ての首の向きを警戒し続けなければいけないのだ。

 最初は嫌がっていた妓夫太郎も、善逸が露骨に嫌がっているのを確認してからは、何も言わなくなった。

 反撃の糸口がない。それはまあいい。たった一人で上弦の鬼二人を相手にして勝てる訳がないのだから。問題は、打開の予兆をこちらからは感じ取れない点だ。いつまでという区切りのない奮闘など、長く続けられるものではない。

 鬼に焦る理由はなく、こちらは急ぐ理由しかない。

 回避に手間取って、うっかり樹竜の射程圏内に入ってしまう。当り前に毒血を纏っていて、足場にもしづらい。どの血鬼術にも対応できるように構えた。

 首を延長する血鬼術に、服の端をかじられそうになる。一番回避しやすいものではあるが、下手をしたらそのまま全身を噛み砕かれる危険もあるため、精神的には相変わらずだ。

 善逸の脇を抜けていった首は、そのまま壁を貫通した。よほど威力があったのか、それほど上手く当たったのか、けたたましい音を立てて崩れた。

 崩れた壁の向こう側は、当り前に別の通路だったが。そこを見て、思わず驚愕する。移動中と思われる隊士が七名走っていた。

 唖然とした双方の視線が一瞬交わる。先に立ち直ったのは善逸で、考える暇もなく叫ぶ。

 

「カナヲちゃんと玄弥はここで上弦の鬼と対峙! 他は逃げつつ他の部隊と合流!」

 

 カナヲは柱稽古で突出した成績を出していた。玄弥は彼女に及ばないものの、その体質から妓夫太郎に対しては優位に動けるだろう。

 といっても、一瞬でそこまで考えられた訳ではない。ただ、この二人なら上弦の鬼と戦っても即座に殺される事はないと直感しただけだ。

 予想外の事態に戸惑ったと言えど、ここにいるのは精鋭ばかり。指示さえあれば遅滞なく動く。

 善逸が隊士達を狙った攻撃を全て弾き終える頃には、カナヲと玄弥は二歩ほど後ろで構え、残りは退避を終えていた。上弦の鬼二人も特にその動きを止めようとはしていない。牽制くらいならばあったが、執拗に狙う程ではなかったのだろう。まあ、柱が上弦の鬼の対処を求められているように、上弦の鬼も柱の抹殺を第一に考えているだろう。無意味に拘って逆襲を受けても馬鹿馬鹿しいだろうし。

 

「おい、これはどういう状況だ!?」

 

 じりじりと下がり、散弾銃を撃ちながら、玄弥。前に出ないのは、さすがにそのまま対抗は無理だと分かっているからだろう。

 

「見ての通りだよ! 上弦二人に襲われてるし足止めもしてる!」

「とっととぶっ殺せよ!」

「できるならやってるに決まってるだろ!」

 

 という言葉には、別の解釈をされかねないと気づき、慌てて続けた。

 

「こいつらは頚切っても死なない! 殺すのに条件があるんだ! 炭治郎と伊黒さんが、それぞれ対処してくれてる……はず!」

「なんで自信なさげなんだよ!」

「仕方ないだろ!? 俺だって詳しいこと分からないんだから!」

 

 急所を誤魔化している鬼には辛うじて出会った事があるものの、単独だと殺す手段がない鬼など初めて会うのだ。そんな鬼とは接触してない隊士の方が絶対に多いという自信もある。

 無意味な問答をしている余裕はない。善逸は一呼吸もせずに切り替え、必要な事を述べた。

 

「玄弥は鎌を構えてる方を担当して。最初は前に出ず、隙を見て血を飲んだら少し積極的に。その時、相手の毒に耐性ができたか教えて。妓夫太郎――上弦の陸で一番厄介なのは毒だから。無効化できるかによって位置が変わる」

「おう」

 

 忠告はするものの、多分大丈夫だろうと思っている。

 玄弥の鬼化は、ただ一時的に鬼へと変化するだけでなく、体質を模倣するものだとしのぶから聞いている。その理屈で言えば、毒が血鬼術であってもなくても、玄弥には通じない。

 

「カナヲちゃんは上弦の肆、半天狗だか憎珀天だかの方を。多くの血鬼術を使って説明してる暇はないけど……あの樹竜の口から出てくるし、全部直線的なんだ。だから頭が向いてる方向と、口が開いてるかどうかだけを注意して」

「分かった」

 

 短い返事に、今は頼もしさを感じる(つまり普段は悲しさを覚えるのだが)。彼女は、剣技だけで言えば柱に匹敵するだろう。その証拠に、善逸の柱稽古を一発で合格したのはカナヲだけだ。

 最初は雑に鬼二人を相手取っていた彼らも、即座に理解し、位置取りを変えた。とりあえず一番難しい場所を乗り切ったことに安堵する。鬼と対峙するとき、一番緊張するのは異能の鬼か否か、そして血鬼術がどんなものかだ。特殊な血鬼術は、歴戦の隊士を容易く殺す。先手必勝が推奨されるのは、これが強く関係しているだろう。無論、異能がなくとも、鬼との長期戦はどうしたって人に不利だというのもあるだろうが。

 樹竜の頭一つをかち上げながら、とりあえずこれで守りながら戦う必要はなくなったと判断する。だから、最後に言うべき事を言った。

 

「退避は自己判断で。多分、というか間違いなく、死ぬ前に逃げろなんて言う余裕はないから」

 

 一見、冷淡とも思える宣言だが。他に言い様などないし、余裕は本当にない。

 無論、見えている範囲で助けてやりたいとは思う。しかし、ただのお荷物を抱えて戦えるほど、上弦の鬼というのは簡単な相手ではなかった。彼らだけを特別に守ってやるというのは、間違いなく卑劣な選択だろう。今この瞬間にも、散っていく隊士は山ほどいる。もしかしたらこの空間の外でもそうかもしれない。

 二人は守るべき存在ではなく、共に肩を並べて戦う仲間だ。今はそう自分に言い聞かせるしかなかった。たとえ死なれたとしても。

 

(いちいち自分に念を押さなきゃ戦えないって、つくづく俺って向いてないなあ)

 

 苦笑の一つもできれば楽になれたのだろうか。

 息苦しさを感じながら戦うのは、先ほどまでとは別種のつらさがある。人に優しい人間になるのは難しい。でも、人に厳しい人間になるのは、それと同じくらい難しい。

 

「雑魚がああぁあぁアアァ。二匹増えたからって何だってんだああああぁぁぁ?」

「ああ憎い憎い。数を頼りにして気を大きくするその低脳、もはや憎しみ以外の何も感じられん」

「多分だけど、この二人はお前達が思ってるほど簡単な相手じゃないよ」

「……おめえ、さっきまで泣き叫んでたじゃねえかよぉおぉ」

「……大丈夫か? 憎さが感じられん、ただただ哀れ」

「いきなり梯子外すのやめろよ!」

 

 仲間でもないのに、裏切られた気分になった。

 ともあれ、新戦力によって多少は頭を回す余裕ができてくる。

 カナヲの戦い方は、あえて言うならば水の呼吸に近い。確か、花の呼吸は水の呼吸から派生したものだったか。無論、戦い方まで炭治郎と似るものではないが、それでも立ち回りに共通点は多い。息を合わせるのに、そう苦労は要らないだろう。

 玄弥は行冥の継子だけあって、動きが似通っている。これはある意味、諸刃の剣だった。行冥のやりそうな事を予見して動けばいい反面、鬼殺隊最強の男と同じ働きを玄弥が出来るわけもなく、下手をすればあっさりと死ぬ。少なくとも鬼化するまでは、油断できない。

 

(根津子ちゃんが太陽を克服したのは、上弦の参が倒された直後って話だったよな。なら、玄弥の鬼喰いを無惨が知らない筈もないけど……)

 

 彼に鬼の一部を喰わせまいという動きは、まるで見えなかった。さほど彼を危険視していないのか、それとも単なる見落としか。上弦が歯牙にもかけていない、というのもあり得そうではある。

 まあ考え方として分からなくはない。彼の鬼化は、完全な鬼となるわけではない、つまり下位互換にしかならないのだ。なのに、弱点だけはきっちりと共有してしまっている。単独で弱い鬼と戦うならば、心強い武器であるのは確かだ。ただ、鬼が強くなるにつれて恩恵は相対的に弱まる。

 

「うぐ……」

 

 と、カナヲが小さく呻きを漏らす。距離の調整に失敗して、深く踏み込みすぎてしまったようだ。

 彼女は一般的な基準から言えばそれなりに背丈があり、筋肉の付き方などはしのぶと比べものにならないほどいい。が、それはあくまで普通と比較した場合であり、隊士としては非力の部類に入る。間違っても樹竜と力比べをしていい人間ではなかった。

 

「カナヲちゃん、無理しすぎ! できない分は俺が請け負うから下がって!」

「でも……」

「下・が・っ・て!」

「は、はい」

 

 念を押して言うと、彼女は引き下がってくれた。

 自己主張の弱さは、最近改善したらしいが。融通の利かなさは相変わらずだ。

 

(これもしかしたら、玄弥よりカナヲちゃんの方を気にしてなきゃ不味いんじゃ……)

 

 顔を引きつらせ、玄弥に降り注ぐ血の刃を七割方弾きながら思う。実のところ、七割といって大した量ではない。というのも、玄弥は自分の弱さをよく分かっている。故に無茶も無謀も、無意味な冒険もしない。賭けるべき時をわきまえている。有り体に言えば、非常に手間がかからなかった。

 対してカナヲは、彼と比べものにならない程に強い。ただし、自分より強い相手との戦い方を分かっていない。しのぶがあれこれ気を回していたのも一因だろう。

 

(てことは、分断はやっぱりなしだな)

 

 完全に上弦の鬼を切り離す訳ではなく、単に血鬼術の連携が取れない程度の距離を取らせる。

 妓夫太郎の血鬼術はさほど利便性が高いものではないので、五間も離せば十分だと読んでいた。玄弥が毒を無効化できるか否かで、改めて決定しようと考えていたが。

 五間は善逸にとって一歩未満の距離ではあるが、発動済みの血鬼術を追い越せる程でもない。カナヲが今後も連携に戸惑うようならば、この時間差は致命的だ。

 

(遮二無二突っ込めばいい時と、そうじゃない時の違いくらい教えといてよしのぶさん!)

 

 獪岳に聞かれたら、お前が言うなと指摘されそうな事をぼやく。

 いや、問題はそれより、攻撃の比重が憎珀天に偏る点だろうか。

 不死の特性という意味でも、血鬼術の殺傷力という意味でも、攻撃の重点は妓夫太郎に置きたい。だが今のままだと、善逸は憎珀天に多くの意識を裂かざるを得なかった。接触した時間を考えても、炭治郎が上弦の陸の片割れを見付ける方が早いだろう。先ほどまでのように挽肉にし続ける、とまでは言わないが、ある程度頚を切り離していられる状態には持って行きたい。

 このままだと、小芭内が半天狗の本体を倒してから、妓夫太郎を袋叩きという流れになるだろう。かなり分の悪い賭けだが、これでも最悪ではないというのだからなんと言えばいいのやら。

 引き時に迷っているとはいっても、なんだかんだ柱稽古を抜けた身、連携自体はしっかりしている。まだ優勢と言えるものではないが、少しずつ状況は改善していった。

 これは善逸らが強いわけでも、連携がより高度な訳でもない。単純に状況の問題だ。

 一対一、一対多、多対一と、多対多は戦いに関する感覚そのものが違う。

 とにかく敵を斬りまくればいい、周りには味方しかいないから把握すべきは安心できる味方だけ。自然とそういった区切りが作られる。敵と味方を同時に考慮しなければいけないというのは、恐らく考えているよりも大分難しいのだ。全員が手練れならばなおさら。

 隊士側が上手く機能しているのは、偏に善逸の働き故だ。彼に限った話ではないが、柱稽古夜の部において、敵味方を常時把握するのは必須。故に善逸が、二人が最大限活きるよう要となった。

 確かに上弦の鬼は強い。言葉通り一騎当千と言える化け物だ。だからこそ、上弦同士で連携など取った事はないだろう。

 強さに陰りはなくとも、感覚は狂う。遠からず修整されるものだとしても、狂いは狂いだ。故に。

 ほんの一秒にも満たない隙間を、善逸は見逃さなかった。

 樹竜の顎一つが彼を狙っている状態で、しかし右手から刀を手放した。視線で合図を送る暇も無い。カナヲが同じものを感じ取ってくれていると信じて。

 袂に手を入れても五体が無事だという事は、つまり意図した動きをしてくれた証左だ。

 善逸の服には、刀匠に頼んでちょっとした細工をしてあった。中に革製の帯を縫い付け、そのいくつかに仕込みが出来るように。

 取り出したのは小柄だった。刀身は極端に鍛え上げられたものだが、柄の部分は飾り気などまるでない簡素なもの。それこそむき出しの鋼に紐を編み込んだだけである。ともすれば見窄らしい見た目だが、機能面はむしろ優秀だ。

 手にした小柄を思い切り握りしめれば、赤熱したのを感じる。

 体の複数箇所に仕込んだ小柄は、全て日輪刀だった。つまり、赫刀にもできる。

 これらは全て、一発限りの使い捨てだ。無論、拾えれば再利用は可能だが、それだけの余裕はないと考えている。

 元々は、獪岳の投擲技術を何かに生かせないかと考えてのものだった。最初は普通の鉄製を使おうと思っていたのだが、担当刀匠である金剛寺に待ったをかけられる。決戦にただの鋼を持ち込むのはあまりにも無謀だ、なんとか都合をつけるから猩々緋鉱石製のものにしてくれと。彼の熱意に負ける形で、この贅沢な武器は完成した。

 寸分の狂い無く、小柄が妓夫太郎の指を切り落とす。指四本が、血鎌と一緒に地面へ落ちた。

 

「っでええぇぇえ! なんだああぁ! 焼けるように痛ぇええぇえ!」

「狼狽えるな、愚か者。無惨様のおっしゃっていた赫刀とかいうものだ。指は諦めろ、再生に力を回せ」

 

 一瞬動きを止めた妓夫太郎に、善逸は迷い無く飛び込んだ。と言うか、小柄を握った瞬間から、懐に飛び込む準備をしていた。

 雷の呼吸 肆ノ型・遠雷

 残った方の手が遠雷を防ぐ。が、元より切るための攻撃ではなかったので、むしろ都合がいい。妓夫太郎の体は思い切り弾かれ、憎珀天の近くまで吹き飛んだ。派手に後退したのは、彼が衝撃を受け流すように跳ねたからだ。

 

「…………?」

 

 善逸の不審な動きに、憎珀天が訝る。

 

(まあ確かに上策とは言えないけどね)

 

 上弦二人の不慣れなど、神通力たり得ない。いつ解決してもおかしくないのだから、相変わらず冴えたやり方は両者に距離を取らせることだ。

 しかし妓夫太郎を逆側に飛ばそうとした場合、彼は意地でもその場に留まっただろう。赫刀でもない攻撃では、大した打撃を与えられないと、ずっと証明している。ただ、妓夫太郎と落とした指の距離を取らせるには、この方法が一番確実だっただけで。

 善逸の背後に、今まで間を開けていた玄弥がやってくる。

 

「やっと手に入れたぞ糞野郎」

 

 壮絶な笑みを浮かべながら、落ちた四指を鷲掴みにする。

 血の収集は上手くいっていなかった。正しくは、血は予想より早い段階で鬼の一部ではなくなっていたため、玄弥が手に入れる隙がなかった。

 口を大きく開いた玄弥が、四本の指を一気に飲み込む。

 

「うええぇ、気色悪ぃ奴だなあぁあ」

 

 嫌そうな妓夫太郎を置き去りにして、彼の体はみしみしと音を立てながら作り替えられていく。超人的な膂力と、ありえない再生能力を持った化け物へと。

 

「……おいおい、どういう類の冗談だああぁあ、クソがよおおぉおぉ」

「鬼、しかし半端者。怖気の走る憎たらしさよ」

 

 上弦二人は変化を真っ先に理解していた。同じ鬼であるが故だろうか。共に嫌悪の表情を向けている。

 妓夫太郎ががりがりと、また自分の肉を爪で抉り始めた。体の一部を奪われた彼にとっては、それこそ見るに堪えない光景だろう。まだ再生しきっていない右手の指でも同じ事をするものだから、ぐちゅぐちゅと奇怪な音を立て、頬を血肉化粧していた。

 

「どう?」

 

 善逸は振り向きもせず、短く問いかける。返ってきた答えも、また端的だった。

 

「いけたぜ」

「じゃあ……」

 

 攻撃に転じる、などと皆までは言わない。二人は選抜部隊でもさらに上澄み、この程度察してくれる。

 纏まった鬼に突撃する善逸を迎え撃つよう、上弦達が構える。何をどう言った所で、この場で最大の脅威は依然善逸だ。逆に言えば、善逸さえ倒されてしまえば消化試合となってしまう。相手としては、やっと血鬼術の射程内に入ってきてくれた今、倒したいだろう。

 

(でも……)

 

 今度は血鬼術の合体技を使ってこない。代わりに、正面から左右まで、善逸を囲むように放ってくる。推力を前に集中してしまった以上、ここからの後退は不可能だ。

 

(それは二人を舐めすぎ)

 

 すぐに速度を緩める――攻撃を集中される事は予想できていた。すぐに進路をやや樹竜側へと向ける。単に攻撃密度と考えた場合、そちらの方が薄いためだ。

 交差する音波と風は斬り、雷撃を潜って避ける。背中を追いかけるようにやってきた血刃は、軽く跳ねて樹竜の影に隠れ、守って貰った。血刃は確かに威力が高いものの、強度という意味ではさほどではない。少なくとも樹竜と接触すれば、簡単に割れる程度だった。

 血鬼術を引きつけている内に、二人が鬼へと接近する。

 血鬼術が善逸へと集中されたというのは、血鬼術しか向けていないという事の裏返しでもある。妓夫太郎は鎌で、憎珀天は牙の撥で迎撃をした。

 カナヲと憎珀天の戦いは、ややカナヲの劣勢といった所だろうか。彼女は確かに強いし、剣技単体で言えばしのぶ以上でもある。だが、さすがに上弦の鬼を制圧できるほどではなかった。腕力差で無理矢理弾かれている。

 とはいえ、そこをなんとかするのが善逸の役割だ。隙を見付けて飛びかかる、少なくともそういう様子を見せるだけで、憎珀天は白兵戦をしている相手に集中できない。攻撃の合間合間で太鼓を叩かなければいけないのだから。さすが上弦の肆というだけあって、憎珀天は確かに強い。破壊力だけで言えば童磨にすら匹敵するのでは、と思えるほど。だがそれは血鬼術あってのものであり、不死性とそれが揃わなければ、はっきり言ってただのとても強い鬼だ。厄介ではない。

 樹竜を蹴って上に逃げた、と思わせつつ、小柄を投擲。攻撃は的確に、舌と顎を縫い付けた。

 ぎ、と小さな呻きが聞こえる。同時に、血鬼術が極端に弱まった。

 赫刀に出来ればもっと効果的だったのだろうが、さすがにそこまでの余裕はない。

 いきなり出力の下がった血鬼術に戸惑うカナヲに、善逸は短く一言だけ告げる。

 

「舌!」

 

 彼女はすぐに気がついて、曖昧だった攻撃の狙いを口へと集中した。

 動きの精度こそ変わらないが、憎珀天が嫌そうにしている。これでいい。倒せない相手ならば倒せないで、徹底的に嫌がらせをする。せこくつまらない真似に見えて、案外とても有効だ。

 すぐに視線を妓夫太郎へと向ける。音で、まだ玄弥が接触していない事は分かっていた。

 憎珀天と違い、妓夫太郎は相手を明確に舐めていた。隊士とは思えない動きの遅さなのだから、ある意味当然だろう。だがこの状況に限り、彼の遅さはいい方に働いていた。カナヲと交互に援護するのに丁度いい。

 玄弥が上半身の筋肉を思い切り引き締め、体を庇うように両手を掲げながら突進する。普通ならばそんなことをしても、血刃で体がバラバラになるだけなのだが。鬼化した彼は普通ではない。刃の血鬼術は重たい剃刀を飛ばしているようなものであり、人間の体くらいなら容易く両断する。しかし、さすがに鬼の堅さと再生力を持つ相手であれば同じようにはいかなかった。全身を切り刻まれながらも、速度を緩めない。

 血刃より破壊力に勝る鎌を投げたのは、当然の判断だと言えた。つまりは、誰であってもそうするだろうと思えるもの。後は軌道の予想さえできれば、切り払うのは簡単だった。

 樹竜が暴れたせいで、一面ひび割れている天井を蹴る。玄弥に届く前に、鎌を弾き飛ばした。ちっ、と小さな舌打ちが聞こえる。

 鎌は肉体を変形して生成するため、血刃ほど連発できない。再生成に要する一瞬のうちに、善逸と妓夫太郎の体がすれ違った。中間地点で鬼の右腕が宙を踊る。

 玄弥渾身の振り下ろしが、妓夫太郎の脳天へと走った。鎌と刀が接触し、けたたましい音を立てる。やや力負けしたことに、妓夫太郎は驚愕していた。

 

「おおおおおお!」

「っちいいいぃぃ!」

 

 二つの雄叫びが上がりながら、膂力の比べあいが始まる。

 いくら妓夫太郎が接近戦に卓越した鬼と言えど、同じく鬼へと化した隊士、それも片腕となればこうなるのは仕方ない。ましてや彼は防御の為に鎌の再生成を急ぎ、右腕を後回しにしていたのだ。

 憎珀天へ牽制を一つ入れた後、妓夫太郎の斜め後ろから迫る。善逸は気がついていた。鎌の周囲が渦巻き、血刃が伴った衝撃波の乱流で、玄弥の上半身をまるごと消し飛ばそうとしていた事を。それが発動される前に、左腕を切り落とす。

 玄弥が鬼の頭を真っ二つにする前に、身を捻りながら前に出て避けていた。胴体を深く切られていたが、切断されさえしなければ、大した傷ではないという判断からだろう。やはり咄嗟の動きといい、思いつきを実現する体技といい、才能の塊だ。

 が、才能と言うものは一元的に語れるものではない。玄弥もまた、別種の天才だ。

 彼は筋力にものを言わせて、振り下ろし途中だった刀を横薙ぎにする。切っ先が頭の半ばほどを通り抜けた。本来ならば、そんなもの苦痛も与えられない攻撃だが。

 

「いっ、ぎあああぁあぁ!」

 

 妓夫太郎は大きな悲鳴を上げる。切断面が焼けて、煙を上げていた。

 玄弥の持つ刀が、いつの間にか煌々と輝いている。

 赫刀とは、発動が極端に難しい。かなり大きな圧力ないしは衝撃を与えなければいけないのだ。最高峰の身体能力を持つ柱が、十秒以上全力で、痣を発動していても数秒は棒立ちで握るのに集中しなくてはならない。刀同士をぶつけ合って発動させようとした場合は、刃毀れするほど思い切り叩き付けなければいけないほどだ。

 しかし、一人だけ例外が存在する。

 鬼化した玄弥は隊士の中で唯一、僅かも遅滞なく赫刀を発動できる者だった。

 妓夫太郎は絶叫しながら、思い切り飛び退く。そして、指で頭を深く抉り、焼けただれた断面を無理矢理抉りだした。

 

(予想より遙かに効いてる!)

 

 炭治郎らから話は聞いていたが、当てる場所によってこれほど大きな効果が望めるとは。さすがに痛みで硬直させられる程だとは思っていなかった。

 その隙に、玄弥はさらに接近して刀を振るった。技も何もない、力任せの一撃だ。

 これはわざとだろう。彼に剣の心得がないなどという事はなく、むしろ人一倍努力していた。それでも膂力に任せた叩き付けを行ったのは、赫刀を長続きさせる為だろう。彼の刀ならば、そうする事にも不都合がない。

 玄弥に設えられた刀は、隊士の一般的なそれより、四割ほど分厚い。これは鬼の力で使っても折れないようにするためだ。その分切れ味は下がってしまうが。つまり彼の刀は、刃物としても鈍器としても扱えた。

 ここで善逸も妓夫太郎に斬りかかり、もう少し優位を作りたかった。だが、この時には憎珀天も復帰しており、樹竜がカナヲを押し潰さんとしていた。

 最高加速で飛び、五つの頚全てを切り落とす。

 血鬼術を封じられ、善逸を気にしながらの憎珀天であれば、カナヲも互角に戦える。これは玄弥も同じで、妓夫太郎の両腕をある程度封じておけば、そうそう負ける事はない。

 玄弥とカナヲには、あくまで自由に戦って貰う。基本は遊撃だが、いつでも主攻に切り替えられるようにはしておいた。

 基本的に血鬼術を引きつけつつ、片方を目で、もう片方を音で捉え続けた。どちらも、今の所は大して危なげなく戦っている。

 図らずとも今の攻防で、上弦の鬼分断は成った。樹竜から致死性の刃が飛んでこないだけで大分楽だし、善逸ほどの回避能力を望めないカナヲにひやひやさせられる事もない。

 

(改めて考えると、玄弥の恩恵が凄いな)

 

 彼は相変わらず、嵐の中に体をねじ込んでいる。ちょっとやそっとの血鬼術などものの数ではないと分かってから、徹底的に密着する事を選んでいた。ここに来て、鎌を振るなり貯めを作るなりしなければ大規模な血鬼術を発動できないという欠点が足を引っ張っている。玄弥を殺しかねない一撃は、それこそ善逸が徹底して潰した。

 天と地ほどもある速度差も、善逸のちょっかいと玄弥の愚直なまでの直進のせいで、生かせていない。後は戦術的な思考の差も大きいか。玄弥は援護しやすい戦い方というのをよく分かっている。

 恐らく玄弥は、妓夫太郎が最も戦ってはいけない相手だろう。それでも持ち前の戦闘能力から、斬り合いではほぼ一方的に押しているあたり、やはり上弦の陸だ。

 憎珀天も、余裕があるとは言いがたい。

 樹竜は素早く硬く、人間など一瞬で消し飛ばせるが、密着された状態では取り回しが悪い。こちらは妓夫太郎と違い、接近戦に卓越しているとは言いがたかった。勿論、身体能力を最大限に生かす戦い方は心得ているが、さすがに才能は感じられず、技術もこれといって輝く点はない。

 カナヲに翻弄される、という程ではないが、さすがに技術不足は否めなかった。

 筋力、再生力が妓夫太郎より二回りは上なのは、上弦の肆たる所以だろう。これで長物でももたれていたら危なかった。太鼓と組み合わせる為に存在する撥が武器でよかったと、心底思う。

 二人が上手く戦えるよう、善逸も仕事を遂行する。

 樹竜の頭を切り落としまくり、飛んでくる血の刃は弾いた。血鬼術の合わせ技やら、曲がりくねった血鎌やらもたまに襲ってくるが、失策を恐れる程ではない。血鬼術をこちらに引きつければ引きつけるだけ仲間が楽になるからと、とにかく奮起した。

 これは異能の鬼全般に言える事だが、彼らは大なり小なり血鬼術に頼る嫌いがある。それこそ妓夫太郎のように高度な近接戦闘技能を持っていてもだ。そこを封じられると、自覚なしにかなり調子を崩す。今の彼らがそれだ。

 妓夫太郎の方は近々修正するだろう。しかし、そもそも能力を持たない憎珀天は、それなりに苦境が続くはずだ。その妓夫太郎だって、赫刀を恐れてあまり大胆に攻め込めない。

 

(これが、頚を斬れば殺せる鬼なら、勝てる状況だけど……)

 

 詮無い呟きだ。妄想だとすら言っていい。根本的に、素直に死んでくれる鬼ならば、簡単に頚を斬らせてくれないのだから。破綻した思考だ。

 ここまで状況を揃えてなお、長くは続かないだろう。

 カナヲと玄弥の攻撃密度は相当なものだ。つまり、すぐに息切れを起こす。またもや、人と鬼の根本的な違いが、大きくそびえ立っていた。

 どれだけ今を持続できるか、目算するのも難しい。特にカナヲは体重が軽すぎる。体重は概ね、体力の貯蔵量に比例する。呼吸で誤魔化すのも限界があった。そもそも呼吸がそれほど便利ならば、しのぶが頚を斬れないなどという事はない。

 

(炭治郎でも伊黒さんでもいいから、とにかく頼むぞ。ほんと早くしてくれよ、どっちかが死ぬ前に)

 

 祈る今しかできないもどかしさに歯噛みしながら、二人の負担が少しでも減るように努めた。

 

 

 

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