獪岳と善逸   作:山筋

58 / 63
節目

 隊士三人と上弦の鬼二人の戦いは、全くと言っていいほど動いていなかった。状況も概ね変わらない。善逸が血鬼術全てを請け負って、残った二人がそれぞれ上弦の鬼へと挑みかかっている。

 一応、戦況は悪くない。いいとも言えないが……。

 基本的に時間は鬼の味方だ。人間の体力には限りがあり、対して鬼は無尽蔵。お互い決定打がなければ、ほぼ必ず勝つのは鬼だ。

 

(そうなってないって事は、いい事の筈なんだ。うん)

 

 と、善逸は無理矢理自分を納得させた。

 実際、現状は文句をつけていいものではない。特にカナヲと玄弥は、鬼にとって予想外の強さだっただろう。

 上弦の鬼は、柱以外を敵として認識していない節がある。事実、血鬼術なしでも、下手をすれば柱すら下すほどの実力を持っているのだ。思考が、あながち傲慢とも言いがたい。だからこそ、要所要所で善逸が割り込んでいるとはいえ、柱以外に拮抗されるとは思わなかった。

 玄弥は全隊士の中で、唯一妓夫太郎と真正面から殴り合える存在だ。カナヲも、柱を除けば最強である。彼らと遭遇できたのは、本当に運が良かったとしか言い様がなかった。

 鬼の対応が鈍いのも、今を作っている大きな要因だ。

 二人のしぶとさ故に、鬼達は上手い手段を見付けられないでいる。善逸が言えた義理でもないが、童磨のように頭が回る方ではないのだろう。いや、あんな奴がそうほいほいいてたまるかという話ではあるが。

 幾度か善逸を完全に無視した捨て身の攻撃も試していたが、同じだけの回数、善逸がそれを潰した。

 単純な解決法の利点は、実行が簡単で確実性も高いという事。欠点は、誰でも思いつくが故に、察知も簡単だ。後はいつ実行するかさえ見極められれば、全くどうしようもない等という事はまずない。

 ある意味、不気味な沈黙が続く。こちらは能動的に鬼を倒せるとは思っていないし、相手もこちらが致命的な失敗をするなどとは期待していない。

 こちらは最初からそうだったが、こうなると、鬼側からしても、外部からの干渉に頼らざるを得ない。

 善逸達にとって勝算の高い賭けとは言えない。なにせ、相手は下級の強化鬼が来ただけでもこちらを崩せるのだから。まあどのみち、元よりと言ってしまえばそれまでの話だ。

 他力本願と信頼は似ている。どちらも他者に運命を預けなければならない。

 そして、いくら今が永遠に思えたとしても。終える時は必ずやってくる。

 唐突に、何の前触れもなく。憎珀天の体が崩れだした。

 これに一番驚いたのはカナヲだった。何せ憎珀天は顔色一つ変えず、まるで自身の崩壊すらないかのように戦いを続けてている。当然、血鬼術を生み出す速度より崩壊が早いため、今までのようになど戦える訳もないのだが。

 善逸は瞬間的に、攻撃を憎珀天へと集中した。正確には、彼の血鬼術たる樹竜へと。いかに上弦の鬼と言えど、死の淵に立たされた状態では、血鬼術の性能や出力などたかが知れている。それを玉壺との戦いで学んでいた。

 そして、十分に隙間ができれば。カナヲが舌と頚を斬るには、十分な余裕だ。

 ただでさえ崩壊が始まっている体、その上弱点を突かれては為す術もない。血鬼術の動きは極端に鈍り、憎珀天自身も、もはや動くことすらままならなくなっていた。頚を斬る時、ついでとばかりに連鼓も斬っているため、新たに血鬼術を発動することだってできない。

 

「なあっ、半天狗ううぅぅうう!?」

 

 いきなり消えた相方に、妓夫太郎が驚嘆の声を上げる。

 彼の手が持つ鎌には、玄弥が吊されていた。大技を食らったのだろう、全身がズタズタに切り裂かれている。残った四肢は右腕だけであり、そんな状態でも妓夫太郎の喉を握っているあたり、強烈な執念を匂わせる。

 

「カナヲちゃんは前に出すぎないで!」

 

 一言だけ忠告して飛び込む。

 頚を狙った攻撃は鎌に弾かれたが、これは元から防がせるのが目的だ。本命の一撃で腕をもぎ玄弥を解放し、蹴って距離を取らせた。今までの様子から、ほとんど死んでいる状態でも、十秒ほどあれば回復するだろう。切り取った腕なり鎌なりを喰えば、もっと早いかも。復帰までは、眺めに見て二十秒。

 玄弥は一個人としての戦闘能力は、決して高いとは言えないが。こと盾役としては、誰かと比べるのも烏滸がましいほどの能力だ。ましてや毒という副次効果を持つ妓夫太郎が相手の場合、戦うなら必須と言っていい。

 相性の問題だ。毒の効かない玄弥、攻撃の手が追いつかない善逸はまだいい。速度と防御力の足りないカナヲは、前を任せるのに不安が強かった。

 案の定、攻撃の圧が強くなる。血鬼術の多重発動、かなりの負担があるはずだ。

 

(ぐえぇ)

 

 内心で、思わず漏らす。攻撃の拍というか方向性というか、とにかくそういったものは嫌でも体で覚えた。質が上がっただけで変化があるわけではないため、まず喰らうことはないだろうが。しんどい攻撃であるのは変わらなかった。

 今まで手を抜いていたのではない。単純に、消耗が激しいのだ。不可領域に足を踏み入れるなら、相応の反動があるというのは分かりやすい話だ。

 逆に言えば、それだけなりふり構っていられない状態という意味でもある。

 善逸と一対一で戦った時、一方的に嬲られたのがよほど堪えたのだろう。あんなものは、運が味方しただけなのに。

 内心などどうであれ、相手が焦ってくれるというのは悪くない。相手の大きさを見誤れば、判断を間違える。この場で善逸が最大戦力であるというのは、一応間違っていない。しかし、真っ先に仕留めるべきは玄弥だったのだ。死なないのだから善逸など無視して、血鬼術が唯一効かない玄弥を吸収してしまうべきだった。それさえ成していれば、カナヲがほぼ戦力外な以上、戦いは振り出しに戻る。

 血液の刃を竜巻のようにして放つ技。先ほどは複数方面に使っていたが、今度は善逸に集中させている。嵐を思わせる奔流は、木造の建築物など容易く吹き飛ばし、ただの通路を巨大な部屋みたく作り替えていく。攻撃範囲がやたらに広い上、挟み込むように放ってくるので、逃げるのはかなりしんどかった。

 これを隙と見て踏み込まなかったカナヲは、褒めるべきだろう。妓夫太郎は彼女を無視はしているものの、忘れてはいない。意識をほんの僅かにだけ向けており、いつでも切り替えられるようにしていた。さすがに血鬼術を掻い潜りながら、カナヲを助けるのは無理だ。

 

(八、九、十……)

 

 上下左右、あらゆる場所を飛び回りながら、数を数える。見れば、玄弥の体は再生をほぼ終えていた。今は落ちている妓夫太郎の手を鎌を放し、食らいつこうとしている所だ。

 これ以上摂取して強くなるのか、それともあの時のように血鬼術を使えるようになるのか、善逸には分からない。だが、再生能力が向上するだけでも価値は十分。

 

「玄弥が前でカナヲちゃんが後ろ!」

 

 その一言だけで、意図を理解してくれる。彼らと、同時に妓夫太郎も。鬼の顔が苦々しく歪み、血鬼術が中断された。いや、中断せざるを得なかったと言った方が正しいか。

 妓夫太郎はカナヲの実力を理解している。だからこそ、脅威度を一番低く設定した。彼にとって、血刃を避けきれない相手は優先順位が低い。

 しかし、玄弥が壁の役割を果たすなら、条件は根底から覆る。剣技だけが取り柄の無力な女が、一気に自分を切り刻みうる敵になるのだ。

 

(こういうのって、やっぱり経験が出るよな)

 

 善逸は無数の敵と戦った。特に獪岳の刀を受け継いでからは、準十二鬼月相当、ないしは格上との戦いばかり。

 強者とどれだけ戦ったか。明暗を分けたのはそこだ。彼には、限られた条件のなかでより良い状況を作る能力が育たなかった。

 

「クソ! クソ! クソがああぁぁ! なんで上手くいかねええぇ!」

「お前達がそうしたように、こっちも準備してきたからだ、よ!」

 

 癇癪を起こす妓夫太郎に、そう返す。

 彼ほど大規模な血鬼術を使えるならば、相手が何人だろうと関係が無い。ましてや遭遇した隊士が一人だけばかりだったという事はないだろうし。が、それは対多数を得手とするという話に直結しない。それは、手練れが複数方面から襲ってくる事態に戸惑っている様子からも明らかだった。

 善逸が徹底して手足を狙うのに対し、カナヲは頚を中心に攻めている。玄弥はカナヲへの攻撃を一手に引き受けているせいで、ほとんど攻撃には参加できなかった。

 一番厄介なのは善逸なのに、一番されたくない攻撃を仕掛けてくるのはカナヲ。この差異が、妓夫太郎に「どちらかへ意識を集中させる」という選択を取らせなかった。おかげで攻めるも受けるも中途半端だ。と言っても、最初のように細切れにされるような愚は犯してくれなかったが。

 安全を見込んで、今以上に深く攻め込む事はできる。ただし、相応の危険もあった。最大の難点は、長続きしない事。善逸とカナヲが入れ替わり攻撃を加えたとしても、疲労で途切れるのはすぐだろう。妓夫太郎の頚を長時間切り離し続けるには、多分、今を維持する方が長続きする。

 だが。結果論ではあるものの、どちらであっても変わらなかった。

 どれほどもしない内に、妓夫太郎の体が、憎珀天と同じくぼろぼろと崩れ出す。一つ違うのは、彼は呆然としながら立ち尽くした点だった。

 

「おい……嘘だろ堕姫……。あ? 堕姫、だったかぁ? 何か、違う名前が……何か、正しい、名前が……」

 

 ぼそぼそとした呟きの意味を、理解できる者はこの場にいない。ただ、死者の安らぎまで奪おうという者は、この場にはいなかった。

 玉壺のような例があるため、警戒は解かない。三人で囲むようにして、しかし誰も、頭を潰そうとはしない。

 

「ごめん、なあぁ……兄ちゃんが弱かったせいで……。せめて……独りじゃあ……逝かせね……」

 

 言葉は、そこで終わってしまった。

 間もなく、妓夫太郎の全てが消えた。彼の死に様が灰ではなく雪のように見えたのは、多分、どうしようもなく切なそうな顔をしていたからだろう。

 

(あんたの事情なんて分かんないけどさ、せめてあの世では静かに暮らせよ)

 

 そんな事を願って。

 気が抜けたのだろう、どっと疲れが押し寄せてくる。倒れ込む程ではないが、今すぐ座ってしまいたい程度には疲弊していた。

 息つく暇も無く妓夫太郎をみじん切りにし、その後、憎珀天を押しつけられた為に一方的に逃げて。隊士の一団と合流した後も、なんだかんだ、ずっと二人を気にしながら戦ってきた。これで元気いっぱいだと言う方が、無理がある。

 戦闘用の呼吸から、回復のそれへと切り替える。体から無駄な力が抜けていった。その程度で体力が回復するわけもないが、脱力した事で、いくらかは楽になる。

 カナヲも善逸と似たような状態だった。

 玄弥は鬼化の為に肉体的な消耗はないだろうが、精神的なそれは善逸以上だったのだろう。頭を抑えてふらついている。

 

(俺はさすがに無理だけど、二人は休ませてやりたいな)

 

 とは思うが。当然、そんな事は無理だった。

 

「急報! 急報ゥ!」

 

 鎹鴉が飛んでくる。そう言えば、戦っている内は一度も見なかったが。まあ、巻き込まれないように距離を置いていたのだろう。

 飛んできた鴉から、ざっくりと現状を聞く。こういう時、喋れる鎹鴉は有り難い。善逸に割り振られたチュン太郎(最近、正しい名前はうこぎだと知った)は何故か雀であり、会話が出来ない。こちらの言葉を理解しているふしはあるのだが。

 現在、杏寿郎は上弦の伍と交戦中。相手はこの空間を生み出しているらしき相手でもあるとのことだ。攻撃能力は低いが、守りが極端に堅い。上弦の壱である黒死牟は、柱三人がかりで挑んでいるものの劣勢。先に遭遇していた伊之助と無一郎は無茶が祟って休んでおり、回復次第、再参戦するらしい。

 

(俺の手が空いたって事は、炭治郎と伊黒さんも自由に動けるって事だよな。伊黒さんは分かんないけど、炭治郎は真っ直ぐ上弦の壱へ向かうはず。煉獄さんの方は、聞いた限り緊急性は低そうだな。なら俺は、音の怖い方へ行かなきゃ駄目か……)

 

 消去法で、黒死牟には行冥、実弥、天元が挑んでいる。あの三人が同時に挑んでなお負けているような相手など、冗談じゃないと思うが。柱である以上、そうも言っていられない。

 なんだか最近、貧乏籤ばかり引くな、などとぼやきつつ。すべきことは決まっていた。

 善逸は柱の顔を作って(実弥曰く、中途半端に格好を付けた間抜けな顔)、二人に指示を飛ばす。

 

「玄弥とカナヲちゃんは上弦の伍の方に向かって。俺は上弦の壱討伐に参加するから。なあ鴉、二人を道案内できるか?」

「当然ンンッ!」

 

 答えにほっとする。

 これで案内できなければ、最悪、二人を上弦の壱まで連れて行かなければならなかった。無論、途中で別部隊を見付けられればそこに編入させるつもりではあったが。さすがに遠回りというか寄り道はできないし、ここに置いていって「勝手に戦って」と言う事はもっとできない。

 とはいえ、上弦の伍に向かわせるのだって不安がない訳ではない。上弦の伍は攻撃能力が低いという話だが、それも杏寿郎基準の判断だとあまり意味が無かった。杏寿郎に一撃を入れられるのも、ただの一発すら守れるのも、柱を含めて鬼殺隊ではひとつまみだ。

 こちらが最優先撃破対象としている相手は、鬼版柱だと言う事は、決して忘れてはならない。

 

「じゃあそういう事で」

「あ……おい!」

 

 声に、思わず立ち止まる。振り返れば、こちらを案じる視線が二つ。

 

「俺程度が言う事でもねえんだろうけどよ……死ぬなよ!」

 

 不意打ちに、きょとんとする。

 善逸は、玄弥はもっと冷えた人間だと思っていた。心にではない、人の生死観にだ。

 

(よく考えれば、当り前に……そんなわけないんだよな)

 

 人の死を許せるなら、鬼殺隊になど入らない。目的が復讐であれ、金であれ――人の死を許せないから、鬼殺隊に入っている。

 金銭が目的だとして、それだけでやってられるほど安全ではない。ただ稼ぐだけなら、手元に残るものが少なくとも、安全な方法はいくらでもあるのだから。いやまあ、ごく稀にそういった簡単な勘定さえ出来ない奴もいるが。

 もう誰にもこんな痛みは感じて欲しくないという気持ちと、そのためならば命も惜しくないという断固たる決意。そういった人達が、鬼殺隊を形作っている。

 

「こんなことで死んでたまるか! 石にかじりついてでも生き残ってやるよ!」

 

 自分で言っておいて、ずいぶんな強がりだと思う。それが見抜けていない訳ではないだろうが、それでも二人は、ぎこちなく笑って返した。真似るようにして、善逸も笑みを作る。多分、不細工な笑顔だ。

 

「また――ええと、なんだろ。こういうとき、気の利いた事って思いつかないな。とにかく、生きてここを出よう」

「そんときゃメシでも驕ってくれ」

「……また」

 

 言葉に見送られて、善逸はその場を跳ねた。

 幸運、かどうかは分からないが、入ったばかりの頃とは違う状況が二つあった。一つは、戦闘と破壊活動があらかた過ぎ去った後のため、音を辿りやすくなった事。もう一つは、戦いの最中な為か、上弦の壱の悪魔が如き音が、とてもよく聞こえる事。ああそう言えば、転移の頻度が極端に鈍化したというのもあるか。

 ともかく、今ならば辿るのは至極簡単だ。

 近づく音と遠ざかる音の二つを意識しながら、善逸は、誰にともなく呟いていた。

 

「みんなで帰るんだ……」

 

 

 

 息を切らしながら、輝利哉は走っていた。

 

(胸が苦しい……僕はこんなにも体力がなかったのだな。まだ父上のように、本格的な『発病』はしてないのに。これでも、訓練はしてるんだけどね)

 

 自嘲する、が、苦笑を浮かべる程の元気は残っていなかった。

 産屋敷に生まれた子供は男女の例外なく、代々剣術を義務づけられている。しかし、まともに剣を振れる者はほとんどいなかった。それは年齢を重ねるごとに顕著となり、いずれは刀を持ち上げる事すらできなくなる。数少ない例外すら、隊士になれるような者はいなかった。

 披露の理由は、体力の欠如だけではないだろう、と自己分析する。戦場の空気、常に命を脅かされている恐怖、何十人という隊士の命を預かっている重圧。そういったものが、体力の消費で一気に顕在化した。

 輝利哉は生まれながらに嘘が得意だった。特に自分を騙すのは。

 父のような天才にはどうしたって敵わない。ならばせめてと修めたのが嘘だった。完璧な、他人から見抜かれない嘘は、外側からは超然としているように見える。たったそれだけの事で安心感を与えられるなら、いくらだって嘘がつけた。

 だが、そんなもの、所詮は鍍金でしかない。心身共にすり減らしたせいで、徐々にボロが出始めていた。

 

「十時、七時ノ方向ヨリ襲撃ィ! 十五、三二!」

 

 鎹鴉が、鬼が襲ってくる方向と、それぞれの距離を教えてくれる。こうなった時、輝利哉にできるのは義勇のすぐ背後に立っている事だけだ。

 義勇は再起不能の怪我を負っている。踏み込みも一歩だけが限界であり、それすら倒れ込むの前提と言う有様だ。しかし、相手が自分に向かってきてくれるのであれば。敵が理性無く、ただ強いだけで直進するしか能の無い獣ならば。彼の腕は未だ、上位の隊士に劣る物ではない。

 輝利哉程度では到底視認できないような斬閃。鬼の咆吼とは裏腹に、音もなく薙がれる刃は、あっという間に鬼の一団を始末して見せた。相変わらず超人じみた技の冴えだ。さすがはかつて、煉獄杏寿郎と双璧とまで言われただけある。

 

(これで後ろ向きな性格でさえなければな)

 

 そう思わずにいられない。

 彼はまま、性格と口数の少なさが災いして、特に小芭内と実弥から煙たがられている。

 義勇は自分のことばかりだとか口が悪いとか、そういった批難をまま受けていた。輝利哉はそうではないと思っていた。彼は悲観的すぎるのだ。何もかもを溜め込んで、自分のせいだ、自分が弱いのが原因だと思ってしまう。だからどれだけ悪態をつかれようとも、反論だけは絶対にしなかった。それが勘違いに拍車を掛けているのだが。

 善逸の一件で、過去のわだかまりからは多少解放された。それでも、根本から正すには至っていない。

 

「お館様……」

「大丈夫……僕の事は……気にする必要はない」

 

 息も絶え絶えに、そう答える。

 公的な場では意図して変えていた私という一人称を使うのを忘れていたと、後から思い出した。それに義勇が気付いていない訳もないが、指摘しないでくれているのは有り難い。

 義勇は言葉に、首を振った。と言っても、肯定否定どちらとも取れない、いかにも曖昧なものだったが。

 

「近辺に鬼は?」

「確認デキズ!」

「分かった」

 

 正直、人より鎹鴉との方がよっぽど意思疎通できているのはどうかと思う。全部終わったら対話の訓練をさせようかな、と思うくらいにはアレな光景だった。

 ともあれ、付近の鬼は一掃できたらしい。これで休めるとまでは言わないが、思考に余裕を回せはできるだろう。

 

「お館様、少しゆっくり進みましょう」

「しかし……」

「現段階で、無理をして出る成果はないと愚考します」

「いや……そうだな」

 

 こちらを慮ってという意図があるのは明らかだった。しかし、釣り餌としての役割を全うした以上、強行する理由がないのもまた事実だった。後は、監視に気をつけながら妹たちとの合流を目指すだけ。もしくは、あちらが壊滅してる可能性に備えて、本部の機能を再構築する。

 いくつかの可能性と仕事を考慮している内に、偵察用の鎹鴉とは別の鴉が飛んで来た。見るからに慌てており、最初は凶報かと身を縮めたが。

 

「上弦の肆、及ビ上弦の陸撃破ァ!」

「ッ! そうか、彼らはやってくれたか! 柱は無事なのか!?」

「柱ニ被害ナシ!」

 

 思わず拳を強く握りしめる。

 上弦の肆と上弦の陸。戦闘能力で言えば、先んじて倒した上弦の弐や参には及ばないだろう。しかし条件付きの不死というのは、この異空間において、ある意味上弦の壱を超える厄介さを持っていた。

 

「潮目が変わった。確実にこちらへと」

「はい」

 

 義勇と共にうなずき合う。

 この戦いにおいて、最大の戦果を上げたのは、間違いなく我妻善逸だ。

 彼が死なずの上弦相手に、戦力として数えられる方を二人同時に足止めしてくれた。ここが最大の分岐点だっただろう。鬼殺隊最速を誇っていた宇髄天元をも超える俊足を持つ彼でなければ、負けはしなかったとしても無事では済まなかっただろう。

 おかげで上弦の鬼二体を同時に屠り、さらに柱が三人も手が空いた。

 

「我妻善逸、竈門炭治郎、伊黒小芭内の三名はどうしている?」

 

 聞きはしたが、別に命令をしようというのではない。順調に行っていれば、既に妹たちが本部を立て直しているだろう。ここで下手な事を言えば、現場を混乱させる。問いかけたのは単に、現状を知らなければ安心できないという心の弱さ故だった。

 

「全員、上弦の壱ニ向カッテ移動中! 我妻善逸ニ協力シテイタ栗花落カナヲ、及ビ不死川玄弥ハ鳴柱ノ指示デ煉獄杏寿郎トノ合流ヲ目指シテイル!」

「ふむ」

 

 いい判断だ。文句の付けようがない。

 届いた情報を整理するに、新上弦の伍は完全な補助型だ。防御こそ硬いものの、単独で柱を討ち取るような力は持っていない。あれの真価は、多数の鬼を率いてこそだ。柱を抜いた隊士の中では図抜けているカナヲと玄弥が杏寿郎を助ければ、彼らだけでの討伐も見えてくる。

 その間に、柱八人がかりで上弦の壱を倒す。さすがにそこまで都合良く行くと夢は見られないが、それでも現実味を帯びてきたなら、あながちただの夢物語とも言えない。

 一瞬考え込もうとして、輝利哉はすぐに悩むのを辞めた。今は巧遅より拙速の時だ。

 

「義勇、予定を変更する。本部へ最短で合流しよう。今は少しでも機能を上げるべきだ。私達に鎹鴉を裂く余分が余りにも惜しい」

「はっ」

 

 短い返事と小さく下げた頭を確認して、すぐに走り始める。

 先ほどまで感じていた疲れや、剥がれかけていた仮面は、嘘のようになくなっていた。

 

 

 

「不甲斐ない……」

 

 眼前の光景に、怒りを露わにするでもなく、無惨は嘆息した。本当に、全く以てつまらぬ幕引きだった。せっかく目を掛けてやったのが馬鹿みたいに思えてくる。

 鳴女はいい。元々戦闘力になど期待していなかったのだから。柱を相手取りながら、この無限城を維持しているだけでも、最低限の役割は果たしていると言える。

 黒死牟も、まだ許せる。強者を求めるあまり、最初は様子見をしてしまうのは難点だが。それでも彼は、常に確実な結果を出していた。今も、事実上五人の柱を相手にしているのだから、及第点をくれてやれる。

 問題は負けた二匹だ。

 半天狗と妓夫太郎、堕姫の二人は、それぞれ明確な欠点を持っていた。

 半天狗は、鬼の中でもぶっちぎりで多彩な血鬼術を持っていた。ただしどれもが素直すぎる上に、最大戦力、というか上弦の鬼たる所以の憎珀天は制御不能だ。まあ、一度放てば扱えないのを代償に、距離による弱体化を防いでいるのだが。とにかく、半天狗は単独になった場合、あまりにも弱すぎる。

 妓夫太郎も状況は似たり寄ったりだ。不死身の根本たる堕姫との相互作用は、半身も強くなくては片手落ちだ。事実、堕姫は山のように傀儡鬼を従えておきながら、耳飾りの小僧にあっさりと負けていた。とはいえ、上弦の陸に関して言えば、妓夫太郎が終始押し巻けていた為、どのみちという気はする。

 堕姫が、もしくは半天狗本体がもっと強ければ、彼らはさらに上を目指せたかも知れないのに。所詮は、期待した事こそが間違いか。

 

「今更でしかないが、どうやら甘やかしすぎていたようだな」

 

 頭を軽く押さえながら、呻く。

 無惨は十二鬼月、とりわけ上弦の鬼はかなり厚遇してきた。それこそ己に忠実でお気に入りだけを集めた親衛隊よりも。そうしただけの理由も(今となってはただの言い訳でしかないが)、無論ある。大きな基準として、血鬼術の希少性もしくは強度が上がる。

 異能の鬼は、超常的能力を持っていながら、大半が単純な直接攻撃しかできなかった。長らく理由が分からなかったが、無惨は一つの結論を出した。知恵もしくは想像力の欠如。つまるところ、血鬼術は具体的に思い描ける以上のものは生み出せないのだ。

 だからこそ、他者に血鬼術を譲渡する能力を持った累や、精神を分裂させ己を新たに作り出した半天狗、鬼になってもなお強い絆を持って命を相互にやりとりした妓夫太郎と堕姫を厚遇した。それこそ気色の悪い童磨でも、あれで血鬼術の扱いに関しては随一だ。純粋な戦闘力だけで評価したのなど、黒死牟と猗窩座くらいのものだった。

 だが。この有様を見れば、そもそもの間違いはそこだったと言わざるを得ない。

 血鬼術を重視するのではなく、もっと徹底して能力主義にすればよかった。貴重な血鬼術を収集、保存したいならば、十二鬼月とは別に編成すればよかったのだ。

 

「……いや、それだとどのみち童磨が出しゃばってくるな」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべて、心にもない佞言をほざく様がありありと目に浮かぶ。つくづく邪魔な男だ。いっそ切り捨てられるほど弱ければ良かったのに。

 せっかくの上弦の鬼、肝心要の場面で役に立たない。しかも、下手をすれば全滅すらしかねなかった。

 

「ふん……まあいい」

 

 切り捨てるように呟く。

 上弦の鬼は確かに貴重な存在だ。優秀な血鬼術を持ちながら、柱に為す術もなく殺されていった下弦共とは違って。そのうち何割かの愚か者は、柱とみるや一目散に逃げてすらいた。

 十二鬼月という制度を作って、およそ三〇〇年。とりわけ二〇〇年近く前からは、上弦の鬼は圧倒的な力を持ち、内部で序列の変化はあれど、顔ぶれは変わらなかった。殺した隊士は、それこそ数千にもなるだろう。まあ、柱以外はいてもいなくても同じ存在でしかないので、あまり参考になる数字でもないが。

 そう、彼らは貴重な存在、()()()

 失望はあっても、落胆はない。今ならば、所詮はその程度のものだと割り切れる。

 一昔前ならば、鳴女だけは是が非でも確保しようとしただろう。何せあれほど便利で、かつ強大な血鬼術を持つ者は存在しなかった。しかし、今となってはそれほど重要ではない。それこそ代用すらも。精々、ここまで拡張した無限城を崩壊させるのは惜しい、といった程度だ。無限城を構築するにあたって、主が内部に存在し続けなければならないというものがある。一度出てしまえば白紙に戻り、四畳半ほどの大きさから再度作り直しだ。そうなれば、便利な転移術しか残らなかった。まあ、それだけでも十分ではあるのだが。

 もはや上弦の鬼は熟れすぎた実だ。腐った果実は地に落ち、残るは二つのみ。これらが残るかどうかは本人次第。

 

「さて」

 

 呟きながら、無惨は重い腰を上げた。

 正直に言って、今更鬼殺隊と素直に戦ってやる義理などなかった。目的はあくまで太陽の克服であり、そのための素材たる竈門禰豆子。鬼殺隊抹消を目論むのは、余分とまでは言わないまでも、わざわざ相手してやる理由もない。

 それでも動き出してしまうのは、散々邪魔をしてくれたからだろう。要は苛立ちだ。

 感情の起伏すら悪だと思っている。集ってくる蟻にいちいち腹を立てるべきではない。ただ理屈としては、二度と目障りな連中にのさばらせないため、根絶やしにするという選択も正しい。つまりはそんなものだ。

 どちらでもいいなら、後顧の憂いを断つ。今なら負けない自信があるとはいえ、継国縁壱のような存在が生まれる土壌を残すべきではない。

 近場の通路に足を乗せると同時に、肉腫の玉座が崩れ落ちていった。肘掛けに乗せておいた、愈史郎を模した肉の塊も同時に落下する。

 

「まずはどれから始末するか」

 

 洋服を再生成し、ゆっくりと歩き出す。急ぐ理由など無い。上弦の鬼が全滅しようとも、自分一人残っていれば、何も問題ないのだから。

 何歩か進んだところで。

 

「まあ、悩むような話ではないな」

 

 どうせ、皆殺しにするのだから。

 あっさりと見付けた端から鏖殺する事を決断し、やがて彼の体は、薄暗い通路に同化していった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。