この常識の通用しない世界に祝福を!   作:仲美虚

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はじめに

前回終盤の描写を修正しております。
続きから読まれる方は先にそちらをご覧ください。


第四話『この寒い季節に儲け話を!』

アクアの使い込みが発覚して以来、垣根たちはギルドでクエストを物色し、その日暮らしの生活をしていた。当初の予定通り、家を買うお金を貯める為の金庫を購入したのはいいものの、財産の管理をするにはそれなりの寝床を確保する必要がある。馬小屋生活では、家を買う程の大金を置いておく事などできないのだ。

この世界に居住を持たない垣根とカズマ、そしてアクアは馬小屋生活を避けることはできていたものの余裕の無い日々を送り、今日も今日とてパーティメンバーたちと雁首を揃え、クエスト掲示を眺めていた。

 

 

「しかしあまりいいクエストが無いな……」

 

 

張り出された依頼を見てカズマが呟く。季節は冬。モンスターもあまり活動しなくなり、依頼そのものが減っている。その結果、残っているクエストは厳しい冬の寒さにも耐えるような、強すぎて誰も相手にしない超危険モンスターの討伐くらいしか残っていない。魔王軍幹部(ベルディア)を一人で圧倒した垣根であれば大抵の敵は難無く倒せそうなものだが、ここは異世界。相手が普通の生き物とは言えないこの世界で、常に垣根の能力が通用するとも限らない。加えて、垣根に完全に依存するのは申し訳ないというカズマの中の良心が、あからさまに無茶なクエストを選び難くさせていた。

 

 

「流石にこうも寒くちゃカエル狩りも限界か。――出来ればあんまり相手したくはねえが」

 

 

垣根はかつて初見でジャイアント・トードに丸呑みされた事を思い出す。

 

カズマたちは冬が来るまでは主にジャイアント・トードの討伐で生活していた。無駄に爆裂魔法を放ち動けなくなったところを飲み込まれるめぐみん。自ら飲み込まれに行くダクネス 。何故か目を離したら飲み込まれているアクア。そしてそれを救出する垣根とカズマ。散々な思い出ばかりが蘇る収入源であったが、遂にそれすら無くなってしまった。

 

諦めてこれを機に、白狼の群れだの、一撃熊だのの討伐といった高難易度の依頼に手を付けるしか無いのか。カズマがそう思っていた時、一つの依頼が目に入った。

 

 

「――ん? 雪精の討伐? なあ、この雪精って何だ? 名前からしてそんなに強そうに聞こえないんだけど、一匹報酬十万エリスだってよ」

 

「雪精は雪深い雪原に多くいて、一匹討伐する毎に春が半日早く来ると言われています。とても弱いモンスターで簡単に倒すことができますが――」

 

「そのクエスト受けるなら私準備してくるわね!」

 

 

アクアがめぐみんの説明を遮り、どこかへ駆け出す。カズマの制止も聞かず、ギルドを飛び出してしまった。そしてダクネスは何故か恍惚とした表情を浮かべている。違和感を覚えるカズマに、垣根が声をかけた。

 

 

「カズマ、ちょっといいか?」

 

「ん?」

 

「このクエスト、雑魚狩りにしては報酬が高いのに誰もやらないってのは妙だ。きっと何かあるに違いねえ。――とはいえ、一発稼ぐチャンスなのも確かだ。この際受けても構わねえが、十分注意しろよ」

 

「ああ……そうだな。ありがとう。帝督も気を付けろよ」

 

 

心配して注意喚起する垣根に礼を返すカズマ。互いに思い遣る、冒険を共にする仲間らしい会話。

この時、垣根はまだ己の変化に気付いていなかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

雪精討伐の依頼を受け、雪原にやってきた一行。アクアは厚着に虫網という季節感が反発作用を起こしそうな装備で、雪精を捕まえて酒を冷やすのに使うのだと息巻いており、ダクネスはこの極寒の中、軽装で寒さに悶え悦んでいる。まともな格好をしているのはカズマとめぐみんくらいのものである。一方――

 

 

「――なんでお前は普段と同じ格好なんだよ! 見ているこっちが寒くなるわ!」

 

 

垣根は着崩した臙脂色のスーツ――つまりいつもの服装で、涼しげ(体感温度的には暖かそう)な表情で雪上に佇んでいる。カズマの言葉にふっ、と鼻を鳴らし、マウントを取るように答えた。

 

 

「俺の未元物質(ダークマター)の前では寒さなんて無いに等しい。無意味なんだよ、そんなバカみてえな重装備は」

 

「羨ましいなクソ――じゃなくて、TPOを弁えろって話してんだよ! 常識で考えろ!」

 

「俺に常識は通用しねえ」

 

「それは最早常識がないだけの人ではないだろうか……」

 

「「お前が言うな!!」」

 

 

男二人からのツッコミを受けさらに悶えるダクネス。カズマがドン引きしていると、ふわふわとした白い雪のような、小さな物体が浮遊しているのが目に入った。

 

 

「おっ……? こいつが雪精か! みんな、やるぞ!」

 

 

カズマの合図を皮切りに、一斉に各々の武器を振るう。しかし雪精は小さく、ちょこまかと動き回る上、剣を振るう際に起こる気流で舞い上がってしまう。その為、カズマの短剣はともかく、大振りな垣根の翼や、ノーコンのダクネス の攻撃は思うように当たらず、数に対して中々成果は振るわない。

 

 

「クソ、ちょこまかと……!」

 

 

小さい的に苛立つ垣根。どうやって纏めて始末してやろうかと考えていたその時だった。

 

 

「カズマ、カズマ! 爆裂魔法であたり一面消し飛ばしても良いでしょうか!」

 

「よーし、一掃してくれ!」

 

 

カズマの許しを得ためぐみんが詠唱を開始する。雪精たちが集まる空間に魔力が収束され、光の柱となる。

 

 

「――《エクスプロージョン》ッ!!」

 

 

爆裂魔法が炸裂し、爆心地にいた雪精たちが魔力の熱で次々と消滅していく。爆発が収まると同時にめぐみんは地面にうつ伏せに倒れ伏した。爆風で周囲の雪精のいくらかは散ってしまったが、それでもそれなりの数を仕留めることができた。今までのクエストの中では最も爆裂魔法が成果を出した瞬間と言っても差し支えないだろう。

 

 

「い、今ので九匹討伐できました……ちなみにレベルも一つ上がりました」

 

「おお、よくやっためぐみん!」

 

(……おかしい。いくら何でも話が美味すぎる)

 

 

垣根は違和感を抱く。この短時間で既に百万エリス以上の報酬が確定している。相手は逃げ回るとはいえ反撃もして来ず、短剣で撫でるだけで討伐できる上、大量に湧いてくる。時間さえかければいくらでも稼げるのだ。こんなクエストを何故誰もやらないのか。疑問に思っていたその時、目の前の丘の上で雪が靄のように舞い上がり始めた。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

動揺するカズマ。垣根もまた周囲を警戒している。警戒ついでに仲間の様子を見れば、めぐみんは倒れたまま微動だにせず、まるで死んだふりでもしているかのような状態で、ダクネスは何故か歓喜に打ち震え興奮し息を荒げており、アクアは地面に座り込んでいる。

 

 

「カズマもテイトクも、日本人なら聞いたことがあるでしょう? 雪精達の親玉にして、冬の風物詩――冬将軍の到来よ!!」

 

 

アクアのその言葉と同時に、舞い上がった雪が止み、中から人型のモンスターが現れる。その姿は大柄の人間大程で、日本風の甲冑に刀と、まるで戦国武将のような出立ちであった。

 

 

「いや、冬将軍ってそういう事じゃねえだろ?!!」

 

 

思わずツッコミを入れる垣根。コントじみたやり取りをしている間に、ダクネスは現れた強敵に興奮しながら剣を構えていた。しかしその剣を振るわんと踏み込むより先に冬将軍の居合切りが炸裂。ダクネスの剣を刀身の中程で切断(・・)してしまった。

 

 

「け、剣が!?」

 

「な、なんて強さだ……!」

 

 

一瞬で武器を失い、戦闘不能に追い込まれたダクネス。冬将軍のその恐るべき力にカズマは驚愕する。そのスピードもそうだが、刀を切断するなどという馬鹿げた切れ味も相当な脅威だ。どう戦うか、いっそ逃げるか。迷っていると、アクアが土下座の姿勢を取り始めた。

 

 

「冬将軍は寛大よ! 武器を捨てて心から謝れば許してくれるわ! 土下座よ! 謝って!」

 

 

瓶に詰めた雪精を解き放ち、アクアが平伏す。プライドの欠片も感じられない元女神とやらの姿にカズマは思うところがあったが、ぐっと飲み込んだ。何故ならこの状況でまだ問題児が二人残っている。

 

 

「は? 誰がそんな真似するか。……まあ見てろよ。秒で片付けてやる」

 

「先程の一撃……この身で受けたらどうなってしまうんだ!」

 

 

垣根とダクネスである。プライドの塊である垣根が土下座など許容するわけもなく、ドMのダクネスは寧ろ冬将軍の攻撃を受ける事を望んでいる。この二人をどうにかしなければ冬将軍は止まってはくれない。

 

そこからのカズマの判断は早かった。

 

まず垣根。こちらは今は翼を出していないし、見た目だけなら武器を持っていない。態度は不遜極まりないが、まだ現段階では狙われる要素は少ない。さらに言えば、本当に冬将軍を倒してしまえるかもしれない可能性がある。

 

そしてダクネス。こちらが問題だ。折れているとはいえ冬将軍に武器を向け、対峙している。最も危険な状態である。

 

――ここまでコンマ一秒。カズマは咄嗟に駆け出し、ダクネスの頭を押さえつけた。

 

 

「くっ……そんな無理矢理頭を押さえつけて謝罪を強要するなどっ……!」

 

「悶えてる場合じゃないんだよこの変態が! 帝督、お前もわざわざこんなの相手にする事ない! お前なら勝てるかもしれないが、不要な戦いは避けたっていいんだ! いのちだいじに!」

 

「あ? だからってこの俺に頭下げろってのか? 冗談じゃ――あっ」

 

「カズマ! 武器を捨てて!」

 

 

アクアが叫ぶ。カズマはダクネスを抑えるのに必死で武器を手放すのを忘れてしまっていた。しかし、気づいた時にはもう遅かった。

 

剣がカズマの首に振り下ろされる。一瞬の出来事に垣根は動くことができず、身体が固まってしまったかのように、ただ見ている事しかできなかった。切り落とされた頭部が宙を舞う様子がやけにゆっくりに映る。めぐみんとダクネスが悲鳴を上げているようだが、その耳には届かない。

 

 

『――結局テメェは俺と同じだ』

 

 

代わりに、頭の中に声が響く。

 

 

『誰も守れやしない』

 

 

それはかつて自分自身が放った言葉。

 

 

『今までだってこんな風に大勢の人間を死なせてきたんだろうが!』

 

 

額に脂汗が浮かぶ。カズマの頭部が地に落ちる。

 

 

『かきね……の、はね……きれいだね』

 

「――ッ!!」

 

 

垣根の背中に十数メートルはあろう翼が展開される。すると次の瞬間、冬将軍の全身が炎に包まれた。

 

 

「ああああああああああッ!! ふざけるな!! ふざけるな!! クソッタレがぁッ!!」

 

 

炎に加えて放電現象が起こる。周囲の雪が一瞬にして昇華し、土すらも燃える。明らかに通常の炎とは異なる現象にさしもの冬将軍も耐えきれず、その姿を消した。完全に倒し切った手応えは垣根には感じられず、どうやら撤退しただけのようである。

 

垣根は能力を停止し、その場に膝から崩れ落ちる。虚な目で、ぶつぶつと言葉を漏らし始めた。

 

 

「……ははっ、最初からこうすりゃ良かったんじゃねえか。いつもそうだ。気づいた時にはもう遅えんだ。畜生ッ……! 俺の、俺のせいで『あいつ』も、林檎も、今度はカズマまで――」

 

「俺が何だって?」

 

 

垣根の背後からあり得ない声が聞こえる。まさかと思い振り返ると、そこにはピンピンとしたカズマの姿があった。めぐみんとダクネスが泣き喚きながら縋りついており、その様子を見るに、カズマが死んだように見えたのは垣根だけの気のせいではなかったことが窺える。

 

 

「カズ……マ? なんで……」

 

「テイトクが暴走しているうちに私が『リザレクション』で蘇生させたのよ! どう? 女神たる私にかかればこれくらい――」

 

 

アクアが得意げに言いかけたその瞬間、垣根がアクアの胸ぐらを掴み上げた。顔を伏せており、周囲からその表情は読めない。

 

 

「テイトク!?」

 

「な、何をするんですか!」

 

「おいどうした帝督!?」

 

 

突然の行動にカズマ達が声を上げる。しかしこれ以上手を出す様子は無く、下手に刺激してはならないと、各々様子を見守っていた。

アクアもまた、理不尽に対する怒りより動揺が勝っているのと、垣根のただならぬ様子に、暴れるでもなく口調が穏やかになっていた。

 

 

「あ、あの……テイトクさん? どうして怒ってるの……? 私、何か気に障る事――」

 

「――んで……」

 

「へ?」

 

「――なんでお前にできて俺には何も掴めねえんだよ……何が第二位だ……何が『未元物質(ダークマター)』だ……!」

 

「帝督……」

 

 

後悔と無力感。普段の垣根からはとても想像できないような感情の乗った慟哭に、カズマたちはそれ以上何も言うことができなかった。

 

やがて垣根は突き放すように手を離し、最後まで表情を見せることなく背を向けた。

 

 

「……悪かった。先に戻ってクエスト完了の報告をしてくる。――少し一人にしてくれ」

 

 

一人帰路に着く垣根。雪に消えて行くその姿は、冬の風のように虚しく冷たかった。

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