この常識の通用しない世界に祝福を!   作:仲美虚

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この話は第六話『このぼっち少女と邂逅を!』の夕食の席で、カズマが退室した後の会話をまとめたおまけになります。本筋には全く影響ありませんが、よろしければどうぞ。


閑話『この爆裂少女に超能力講座を!』

「――じゃあさっき話しかけた第一位、『一方通行(アクセラレータ)』から……」

 

「すみません。ちょっと待ってください。いきなり一位から話すのですか? 私としてはやはり最後のお楽しみというか、大トリに持って行きたいというか……」

 

 

話を遮って出されためぐみんの提案に対し、垣根は少々悩む様子を見せる。

 

 

「確かにそうだな……俺としてもそっちの方が説明が楽か。じゃあ第七位から順に話していくが、その前に二つ。――まず俺は第六位の能力については何も知らねえ。悪いが割愛させてもらう。それともう一つ、第七位の能力について可能な限り詳しく説明する為に、まずは俺たちの能力の仕組みについて説明する必要があるが……」

 

「構いませんよ。むしろ私自身それについても興味があります」

 

「えぇ〜? そんな難しそうな話よりもっと楽しい話をしながら呑みましょ〜。ダクネスもその方がいいわよねえ?

 

「いや、確かに難しそうではあるが……私も少し気になってはいた。是非話して欲しい」

 

「そんなぁ〜!?」

 

めぐみんとダクネスから一応の同意を得た垣根は、蟹の脚を一口頬張り、シュワシュワを流し込む。そして一息ついた後、アクアに対し悪いと謝るジェスチャーを入れてから話し始めた

 

 

「――能力を使えるようにするために薬や実験で脳を弄くり回しているって話は前にもしていると思うが、何故脳に手を加える必要があるのか……端的に言えば、俺たち能力者は思い込みで能力を発動している(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「思い込み……ですか?」

 

「ああ。学校じゃよくシュレディンガーの猫に例えて説明されるが……」

 

「猫……?」

 

 

聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべつつも『猫』という単語に謎の期待を抱いている様子のダクネスを見て、垣根はそれもそうかと言葉を漏らす。そして、そんなダクネスの期待を壊すような内容の話をする事に対して湧いた若干の罪悪感を捨て去り話を続けた。

 

 

「別に可愛い話じゃねえぞ。シュレディンガーって学者が行った思考実験だ。……例えば、箱の中に猫と放射線物質とガイガー――説明が面倒だな。要は一時間置きに五〇%の確率で毒ガスを出す装置が入っているとする。一時間後、猫が生きている可能性は五〇%だが、箱を開けるまでは結果がわからない。つまり、箱を開ける前は生きている猫と死んでいる猫が重なり合って存在し、箱を開けた時に波動関数が収束して事象もとい猫の生死が確定する。これが通称『シュレディンガーの猫』だ」

 

「な、なんだその実験は! 猫がかわいそうだ!」

 

「だから思考実験だっつってんだろうが。頭の中だけで完結した例え話なんだよ。……まあ、猫である必要はねえが」

 

 

蟹の脚を折りながら憤慨するダクネスを宥めながら、垣根もふと考える。確かに、思考実験にしても何故猫なのか。一般的な動物実験のように家畜やラットで行えばいいものを、わざわざ猫とするあたりシュレディンガーは余程猫が嫌いだったのか。垣根は脳裏に浮かぶ余計な思考を洗い流すかの如くシュワシュワを呷った。

 

 

「――話を戻すが、俺たち能力者は思い込みでこの箱を開ける前の可能性から任意の可能性を引き出し、物理法則に反した力を行使できるってのがよく授業で言われる内容だ。この物理法則を捻じ曲げる程の『認識のズレ』を専門用語で『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』と呼ぶ。実験で脳みそ弄るのは、その自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)を強くしたり、それを裏付けする緻密な計算を可能にする為だな」

 

「成程、概要は理解しました。使用できる能力に差はあれど、極端な思い込みで現実を歪めるというのがテイトクたち能力者の共通したチカラというわけですね。……しかし最初から(ゼロ)%が確定している可能性は箱の中には存在し得ないのでは?」

 

 

蟹の脚を折りながら何気なく放たれためぐみんの疑問に垣根は目を見張る。一瞬会話が途切れ、蟹を頬張っためぐみんから向けられた視線を受けた垣根はコンロに置かれた蟹の甲羅にシュワシュワを注ぎながら、心底感心した様子で続けた。

 

 

「――前から頭の切れる奴とは思っていたが、普段の言動がアレだからな……正直驚いた」

 

「あ゛?」

 

「ど、どういう事だ……? 私にもわかるように説明してくれ!」

 

「物理に反した現象に最初から可能性もクソもあるかって話だよ。毒ガス装置の箱を開けたら何故か猫が犬になってたようなもんだ。……俺もそこは気になってはいた。この辺に関しちゃシュレディンガーよりはジョン・ホイーラーの学説の方が近いんじゃねえか?」

 

「成程、そういう事か……それは確かにそうだな。それで、ジョン何某の学説とは?」

 

「ああ、『量子力学的現象は観測されるまで現象ではない』――大雑把に言えば『観測できていない現象は起こってないのと同じ』ってやつだ。バレなきゃ犯罪じゃないみたいな馬鹿げた論調に聞こえるが、これがまたかなり有力な説ではある。だとすれば、逆に観測さえできちまえばそれは現実の現象ってことになる……能力の発動の仕組みってのはそういうことだと俺は考えてる」

 

 

改めて説明すると文字通り頭のおかしい連中だな、と自嘲気味に付け加え、垣根は充分に温まった甲羅酒を飲み干す。

一応話を聞いていたらしくこちらに視線を向けながら食事しているアクアをちらと見やってから、垣根は話題を切り替えるように手を叩いた。

 

 

「さて、前置きが長くなったが本題の超能力者(レベル5)、第七位の話だ」

 

「おお、待っていましたよ! 一体どんな能力名なんでしょうか……!」

 

「気にするところはそこなのか……?」

 

「第七位の能力は――」

 

 

めぐみんとダクネスだけでなくアクアまでもが固唾を飲み、垣根の言葉を待つ。垣根はそんな三人の様子を見て、わざとらしく溜めを作って焦らす。

 

静寂の中、垣根が放った言葉は――

 

 

「――正直わからん」

 

 

ズコーッと、ギャグ漫画の如く三人は椅子から転げ落ちた。

 

 

「いてて……何なのよ。うっかり聞き入っちゃた私がバカだったわ」

 

「何なんですか今のは! というかわからないなら第六位のようにそう言えばいいじゃないですか!」

 

「そうだぞ! 大体さっきの能力の仕組みについての話は何だったんだ!?」

 

「わ、悪かったって。理由はあるから落ち着けよ」

 

 

怒り狂う三人を宥めながら半笑いでシュワシュワを呷る垣根。

落ち着いたところで一つ咳払いをし、改まって話し始めた。

 

 

「さっき能力の仕組みについて話したのには一応訳がある。脳を弄って自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)を補強して特殊な能力を得るというのは俺たち能力者共通のプロセスではあるが、一部の例外――『原石』の存在がある」

 

「原石……ですか?」

 

「ああ。先天的な素質で能力開発を経ずとも特殊なチカラを使うことができる存在、それが原石だ。対して俺たち開発を受けた能力者は原石のパチモン……人工物ってとこだな。人工的な能力開発の手段は確立されたが、原石そのものについては研究が進んでいない。第七位はそんな原石故に能力の詳細がわからねえんだよ」

 

 

垣根の説明に対し、アクアがほえ〜、と気の抜けた声を漏らし、めぐみんが何か考え込む様子を見せる。そんな中、ダクネスが何かに引っかかったように声を上げた。

 

 

「ちょっと待て。第六位については『知らない』と表現していたな。それはまだ理解できる。しかし第七位についてはそこまで説明できるのにも拘らず『わからない』と? 誰もその能力を行使しているところを見たことがないとでも言うのか?」

 

「……いや、そうじゃねえ。見てもわからねえ(・・・・・・・・)んだ」

 

 

どういう事かと首を傾げるダクネス 。言葉にされないその疑問に、垣根は蟹を焼きながら答える。

 

 

「そもそも思い込みで能力が発動できるってだけなら、俺たち能力者は極端な話願った全てを現実にできるはずだ。しかし実際の所俺は『未元物質(ダークマター)の生成と操作』しかできない。さっきは説明を省いたが、使える能力は一人につき一種類のみってのが能力開発の原則だ」

 

「確かに……テイトクは未元物質(ダークマター)しか使う様子がないのでそういうものと受け入れていましたが、そのような制約があるのですね。自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)を強固にする為、特定の分野に突出させる必要があるのでしょうか……?」

 

「ま、そんな所だろうな。――第七位とは俺も一度闘りあったことがあるが、マジで何が起きているのかわからなかった。拳からあり得ねえ衝撃を放ったり、謎の爆発を起こしたり、空中で静止したり……挙句生身で俺の攻撃を受けたはずだってのに、数日後手に入れた情報によるとまるで何でもなかったかのようにピンピンしてたって話だ。うっかり跡形も無く消し飛ばしちまったかと思ったが……普通ならいくら学園都市の技術とはいえせめて義肢くらいは必要になるはずだろうによ」

 

 

途中からブツブツとひとりごつ垣根を見て三人は「一体過去に何をやらかしたんだ」「そもそも未元物質(ダークマター)であれば同じような事はできるだろうにどの口が言っているんだ」などと言わんばかりの視線を向ける。

 

 

「――ま、そんな訳で悪いが第七位についての説明はこんなとこで勘弁な。次は第五位だが、能力名は『心理掌握(メンタルアウト)』……精神系の能力者だな。そういやこいつと第三位はめぐみんと同じくらいの歳のメスガキだったな」

 

「今のは聞かなかったことにしてあげます。それにしても精神系、ですか……催眠術等を得意とする能力者ということですか?」

 

「凄まじい力を持つテイトクに並ぶレベルの能力で繰り出される催眠……い、一体どんなしゅごいチカラなんだ……!」

 

 

何故か息を荒げるダクネス。呂律が回っていないのと顔が紅潮しているのはアルコールが回ったせいだと思うことにし、垣根は話を続けた。

 

 

「催眠なんてお粗末なもんじゃねえよ。ありゃ洗脳――いや、最早操作って言った方が正しいな。しかもそれだけじゃねえ。第五位の能力は謂わば十徳ナイフ……精神系能力に於ける『万能』だ」

 

 

例えば、と言いながら垣根は右手を前に伸ばし、正面に座るめぐみんとアクアの距離を測るように親指と人差し指を広げる。

 

 

「俺の知り合いの大能力者(レベル4)の精神系能力は『人の心の距離』を操る事ができた。距離を縮めれば初対面だろうが数年来の親友みてえな気安さを作る事ができるし、広げれば百年の恋も文字通り一瞬で冷める。悪魔みてえな能力の女だった」

 

 

指の間隔を縮めたり広げたりしながら思い出話のように語る垣根に対し、三人はその能力の恐ろしさに息を呑む。やがて垣根は腕を下ろし、シュワシュワを一口飲んでから続けた。

 

 

「――だがそれだけだ。大能力者(レベル4)でありながら、能力でできる事はその一点だけなんだよ。他の精神系能力者も、読心だの念話だの、大抵が特定の用途に特化している。対して心理掌握(メンタルアウト)は精神系に分類されるあらゆる能力を最強の出力で行使することができる。そんな奴を相手するとなると、こっちの考えている事は全て筒抜け。味方どころか自分自身の思考や記憶さえ信用できない。運良く逃げ仰ても物に残った残留思念や通行人の記憶から足がつく。あからさまな戦闘力を振り翳す能力者より数段タチが悪いったら無いぜ」

 

 

「ま、戦ったら俺が勝つけどな」と垣根は何でもないような表情で付け加えるが、話を聞いていた三人は心理掌握(メンタルアウト)の恐ろしさに戦慄する。

そんな中気持ちを切り替えるためか、めぐみんが声を上げた。

 

 

「だ、第五位の能力については理解しました。次は第四位について教えてください」

 

「ああ、第四位は『原子崩し(メルトダウナー)』。他の(超能力者)と比べてわかりやすい火力型の能力だな」

 

「ほう……!」

 

垣根の言葉を聞きめぐみんの目が輝く。

能力のネーミングがセンスに刺さったのか、火力型という点に共感を抱いたのか。いずれにせよ明らかに興奮している様子に、垣根の表情に笑みが浮かぶ。

 

 

「それでそれでっ、どんな能力なんでしょうか!」

 

「ああ、簡単に言えば馬鹿みてえな威力のビームを撃つ能力だ。普段の俺の翼すら撃ち抜く程のな」

 

「なんと……!?」

 

 

ダクネスが思わず驚愕の声を漏らす。未知の物質で造られた、ベルディアの剣を難なく防ぐ強度を持つ翼。それを貫く攻撃が存在するという事は、未元物質(ダークマター)の全容を知らないダクネスからしても驚くべき事実であった。

 

――そしてその攻撃を受けた自分を想像し、再び顔を赤らめ身悶えていた。

 

 

「ビームですか……イイですねえ……!」

 

「ようやくいかにもって感じのが出てきたわね。もっと超能力らしい能力の人っていないの? 念動力とかそういうの」

 

変態の扱い(スルースキル)が板に付いてきたな。――残念ながら超能力者(レベル5)には念動能力者(サイコキネシスト)はいねえんだよな」

 

 

無視されて更に興奮を高める変態を放置し、垣根は話を進める。

 

 

「わかりやすい火力型とは言ったが、能力そのものは一番小難しい事をやってる奴でもある。興味が無けりゃ説明を省くが――」

 

「是非お願いします」

 

 

知識に対し貪欲な姿勢のめぐみんにダクネスとアクアは苦笑する。

垣根は科学知識が皆無な人間に対し素粒子についての踏み込んだ知識をわかりやすく授業する為、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

 

「……まず前提となる知識が必要だな。電気や光といった物理現象には『粒子』と『波』の二種類の性質がある。これを『粒子と波動の二重性』と呼ぶ」

 

「粒子と波……?」

 

「ああ。前に話した『電子』を覚えているか? 物質を構成する素粒子のひとつ――これが電気の『粒子』としての振る舞いだ」

 

「成程……前回の説明のおかげでなんとなくイメージできました。では『波』というのは……この場合『電流』のことでしょうか?」

 

「おっ、やるじゃねえか」

 

 

厳密には異なるのだが、今ここで追求すれば話が逸れてしまう。今回はあくまで能力の仕組みについてが主題の為、ふんわりとした理解で十分と判断し、垣根は話を続けた。

 

 

原子崩し(メルトダウナー)は電子を操る能力なんだが、粒子と波、本来このどちらかの振る舞いのみを示す電子を強制的に『どちらでもない』曖昧な状態に固定する事ができる。そうなった電子はその場に『留まる』という性質を持つようになるんだが……これを集めるとどうなるか――ダクネスわかるか?」

 

「わ、私か!? ……そうだな。話が難しくてよくわからなかったが、要は『流れない電気』という事だろう? となれば恐らく……『壁』になるのではないか?」

 

「おお、正直期待していなかったが正解だ」

 

「ほ、本当か!? それより何やら言葉に棘を感じたが」

 

「気のせいだろ。――ダクネスの言う通り、この状態の電子は何があっても絶対にその場に留まる最硬の壁になる。ただし第四位はこの動かないはずの『壁』を自由に動かし、あろうことか超高速で射出することができる。つまり――」

 

「絶対に弾き返されず押し負けない最強の攻撃……それがビームの正体というわけですね」

 

「そういうことだ」

 

 

よくできましたと拍手を贈る垣根。それを受けためぐみんは満更でもない様子である。

 

 

「さて、残るは二人……いよいよ大詰めってとこだな。第三位の能力は電撃使い(エレクトロマスター)。名前の通り電気を操る能力者だな。能力の応用で磁力を生み出したり機械を操作したり――こっちじゃ縁のない話か。とにかく、強弱だけでなく細かいコントロールも自由自在な電気使いってわけだ。こいつは比較的顔が割れてる有名人で、専ら超電磁砲(レールガン)って通り名で呼ばれている」

 

「レールガン……良い響きですね……! して、レールガンとは一体……?」

 

「ああ。簡単に言えば磁力を使ってモノを音よりも速く射出する兵器だ。普通はエネルギーの変換効率やメンテナンス、単純なサイズや質量といった課題が出てくる代物だが、奴は能力を使う事でその身一つで再現できるってわけだ。ま、仮にも超能力者(レベル5)のとっておきにしちゃあシケたモンだがな」

 

 

発電能力という比較的ありふれた能力であり、二つ名になる程の得意技で以ってやることが既存の兵器の再現でしかないというのは、垣根の感覚で言えばつまらない能力であった。故に出た言葉であったが、奇しくも因縁の相手(第一位)と同じ台詞を言っていた事は当人は知る由もない。

 

 

「それでも七人しかいない超能力者(レベル5)、その第三位なのでしょう?」

 

「まあな。とはいえ、特別な能力じゃなくても出力さえ高けりゃ超能力者(レベル5)だ。それにこいつの『第三位』としての価値は純粋なパワーだとか珍しさだとか、そんなところにはねえよ」

 

 

垣根の意味深な言葉に引っ掛かりを覚えるめぐみん。しかし、次はお待ちかねの第一位についての話題。違和感は逸る気持ちに消し去られ、話の続きを催促する。

 

 

「次はいよいよ第一位ですね! 確かアクセラレータと言っていましたが……一体どんな能力なんですか? とてもビビッとくる響きですが」

 

超能力者(レベル5)の第一位、『一方通行(アクセラレータ)』――その能力はあらゆるエネルギーの向きを自在に操る事ができる、文字通り攻防共に最強を誇るチカラだ。……癪な話だがな」

 

 

かつて自身が挑んだ強敵。脳に損傷を負って演算能力が大幅に低下していたにも関わらず、常識外の物質である未元物質(ダークマター)すら通用しなかった相手。垣根にとって彼は目的の為に倒す必要があっただけで、個人的な恨みのある人間ではない。しかし圧倒的な力の差での敗北による苦い思い出が蘇り、つい顔を顰めてしまう。

そんな彼の様子を知ってか知らずか、ダクネスが垣根の言葉に反応を示す。

 

 

「すまない。いまいちピンと来ないのだが……具体的にどういったことができるのだろうか?」

 

「ああ、運動や熱移動、電流といった、大きさと向きで表すことができるエネルギー量――ベクトルって呼ぶんだが、その向きを体表に触れる寸前で変える事ができる。つまり奴に通常の攻撃が届くことはねえ。剣で斬りかかれば剣が折れる。直接殴れば拳が砕ける。能力で遠距離攻撃でもしようものなら、そっくりそのまま跳ね返されるって訳だ」

 

「成程……それは確かに強力だ。しかし守りは強そうだが、それでどうやって攻めるんだ?」

 

 

ダクネスの言葉に、垣根は呆れた表情でため息を吐く。

その様子を見て何やら変な事を口走ってしまったらしい事に気付いたダクネスは、誤魔化すように咳払いをした。

 

 

「……例えばこのテーブルに置いてあるジョッキ。これの底には今どういった向きの力が発生しているかわかるか?」

 

「それは……ジョッキの重みがテーブルにかかっているのだから、下向きだろう?」

 

「半分正解だ。それだけだとジョッキがテーブルを貫通しちまう。基本的に物体に力がかかる際には必ずそれと釣り合う反対向きの力――反作用が発生する。それがあるからジョッキもテーブルも壊れる事なく安置されているわけだ」

 

「そうか……理解したぞ。殴れば拳に反動が来るのと同じというわけだな。つまりその第一位の能力を使えば、どんなパンチも単純計算で二倍の威力――いや、それどころかどんなに弱く触れても必ず敵の肉体を貫く、最強の矛というわけか」

 

 

ダクネスは身震いする。自身の鍛え上げた耐久力すらも全て無意味と化す圧倒的な力。もしそのような敵が現れた時、騎士としての責務を全うできるのか。

珍しく真面目に考え込んでるダクネスをフォローするように、めぐみんが声を上げた。

 

 

「で、でも流石に不意打ちには弱いですよね? まさか死角からの攻撃にまで対応できるわけ――」

 

「今までの俺の戦いを見て本気で言ってんのか?」

 

「――ですよねー」

 

 

第二位の垣根ですら無意識下で自動的に防御を行える程の演算を常に行なっている。弱体化しているとはいえ――めぐみんたちは知る由もないが――一方通行(アクセラレータ)が常に攻撃を反射できる事は自明の理であった。

 

ふと、しばらく静かにしていたアクアが口を開く。

 

 

「じゃあそんなのどうすんのよ。手の付けられない化け物じゃない」

 

「いや、全く手が無い訳ではねえよ。事実、俺の攻撃で僅かにダメージを与える事はできた。無意識に『有害』を反射するなら、『無害』に誤認させればいい。俺の能力ではそれが可能だった。――ま、結局演算のイタチごっこの末負けちまった訳だが」

 

 

あるいは、と言いながら、垣根は底の見えたジョッキの僅かな残りを流し込む。そして一息吐き、言葉を続けた。

 

 

「――あんだけ無茶苦茶やりやがるんだ。第七位ならもしかしたら拳が届くかもな。ぶっちゃけ第四位よりは手応えがあったしな」

 

「「……ん?」」

 

 

めぐみんとダクネスの声がハモる。

何を言っているのか理解できていない様子の二人に気付いた垣根は、逆に今の発言のどこに引っかかる要素があるのかが理解できていなかった。

 

 

「……んだよ。何か変な事言ったか?」

 

「ええと……『第七位』が『第四位』より強かったって言うんですか?」

 

「ああ……相性の問題もあるだろうが、実力だけなら三番目くらいじゃねえの?」

 

「……? 待ってくれ。では先程から話しているのは何の順位なんだ……?」

 

「……ああ! 悪い。説明を忘れていたなこれは――」

 

「利用価値の順位よね確か。やだもー、テイトクさんが説明し忘れたから二人とも勘違いしちゃって〜」

 

 

セリフを奪われ内心キレている垣根。しかし相手は『アクア』でかつ『酔っ払っている』のだから何を言っても無駄と諦め、深呼吸をして平静を保つ。その様子を見ていためぐみんとダクネスはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「……そう。さっきも話したように第七位は能力そのものがよく分かってねえ。だから研究や利用のしようが無いから最下位なんだ」

 

「はぁ……そういう事だったんですね。しかしその『利用価値』というのは、具体的に何に対してのものなんでしょうか」

 

「ま、単純な技術転用って所も大きいが、一番は――『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』」

 

 

出会ったばかりの頃、アクアも口にしたその言葉。一体どういう意味かと二人は首を傾げる。

 

 

「科学者ってのは何でもかんでも世界の理を暴かないと気が済まない質なんだよ。魔法の分野でもいるんじゃねえの? そういう奴」

 

「それはまあ、確かに……」

 

 

魔法のエキスパートとされる種族の紅魔族であるめぐみんは思い当たる節があったのか、垣根の言葉に納得を示す。

 

 

「だがそんなもん人類には何万年かけたって不可能だ。世の真理を全て見通すなんざ、『神の視点』でモノを見るしかねえ。だったら方法は一つだよな?」

 

「それは、つまり……いや、しかしまさか――」

 

 

垣根の言わんとしている事を察したダクネスは言葉を詰まらせる。

二三〇万人の子供を実験台にしてまで開発する、人間の域を外れた異能の力。それを行っている科学者たちが目指す夢物語のような目標。信心深いダクネスにはとても考えられないような、文字通り神をも恐れぬ所業。それは――

 

 

 

 

「――そう、人間を辞めて神のステージに立つ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

人間を、それも真理を欲する自分自身ではなく、赤の他人の子供たちを(観測者)へと仕立て上げる行為。信仰的にも道徳的にも、倫理が欠如した悍ましい実験。先程まで嬉々として超能力について聞いていためぐみんとダクネスは言葉を失い、ある程度事情を知っているであろうアクアは忌々しげな表情を浮かべている。

 

 

「バカみてえだよな。神なんか信じちゃいねえ連中が大真面目にこんな事抜かしてやがるんだぜ。一方通行(アクセラレータ)は確かに最強だが、奴が第一位なのは能力の方向性が最もそれに近しいからだ。で、第二位の俺は謂わば、都合のいいカミサマ候補。そのスペアってところだな」

 

 

自嘲するように吐き捨てる垣根。同時に空気が重くなり、要らない話をしてしまったと後悔する。

 

しばしの沈黙。そしてついに耐えられなくなった垣根は誤魔化すように立ち上がった。

 

 

「悪いな、湿っぽい話になっちまって。もう遅いしそろそろ片して寝ようぜ」

 

「テイトク……」

 

 

心配するような、申し訳なさそうな目で垣根を見つめるめぐみん。そんな彼女に目をやることなく、垣根は自身の食器を片付けにかかる。

 

 

「……思う事が無いわけでもねえ。戦おうともした。だがもうどうしようもねえんだよ。――とはいえ、もうあの街に戻る事もねえんだし、お前らもあんまり気にするなよ。ま、あそこに残った連中には同情するけどな」

 

 

何でもないように明るい口調で話す垣根。その気まずさ故の素振りを察し、皆垣根に気を遣わせまいと微笑んで頷く。

 

やがて食器をまとめ終わった垣根はそれを抱え上げ、キッチンへと向かう。

 

 

「じゃ、お前らもとっとと寝ろよ。食器は明日洗っておくからよ」

 

 

流しに食器を置き、そのまま食卓を後にする垣根。暫くして残る三人も食事を終え、片付けて休む準備をする。

 

 

 

――夜はまだ、長い。




生存報告を兼ねてのおまけ回でした。
元々6話で書こうと思っていた内容ではあったのですが、本編と関係無い割に長くオチが付けづらかったのでカットしておりました。

それはそうと久しぶりの投稿で全く話が進まなくて申し訳ありません……しかもこんなおまけで過去最長の本文となっております。

次回はちゃんと続きを書くのでお楽しみに。
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