私の同居人は、ちょっと不思議な人です。
「ふぁあ…… ん」
その人は、とても努力家で、いつも私が目を覚ました時、隣のベッドは空で、冷たくなっています。毎日朝練で走りに出ているんです。それだけなら私もそうなんですが、多分、私よりも一時間は早く出ているんじゃないでしょうか。
「はっ、はっ…… ! アヤベさーん!」
大抵、外に走りに出て、しばらく走ったところにある河川敷に行くと、その人――
その立ち姿は、なんというか、まさしく孤高という言葉が似合って、勇ましくて、とてもかっこいいのです。普段は孤高から一番遠い人なのですが。
「……おはよう、カレンさん」
「おはようございますっ!」
私の朝の挨拶に、アヤベさんは必ずこたえてくれます。無愛想に、だけど、暖かさを感じる声で。
「おっはよー! カレンちゃん!」
そして、人が変わったように、無表情に弾けるような元気な声でアヤベさんは口を開きます。実際、喋っているのはアヤベさんではありません。
「おはよう!
私がそれを、アヤベさんが“アドマイヤベガ”であって、“アドマイヤデネブ”でもあることを初めて知ったのは、入学したての時、つまり、一年前のことになります。
別に驚かなかった、と言ったら嘘になるでしょう。私自身、色々と経験を積んできたと自負していますが、アヤベさんとデネブちゃんのような人には、リアルでも、ネットの世界でも、とんと会ったことがありませんでしたから。世界の広さというものを痛感したものです。
アヤベさんは、感情を表面に出さないけれど、その実、誰よりも他人を見ることができていて、面倒を見ることができる包容力、いや、お姉ちゃん力を持っています。そして、フワフワなモノに目がありません。
デネブちゃんは、常に感情を表に出して、快活明朗、元気いっぱいで、私たちを振り回します。でも、その人所作一つ一つが可愛くて、妹力というべきでしょうか。もちろんフワフワ好きです。ただ、二人は少し、フワフワに対しての価値観が違うようですが、基本的にいつも仲良しです。
ファーストコンタクトは気圧されたものの、打ち解けるのに時間は必要ありませんでした。
「姉さん〜、ちょっとは私にも走らせてよねっ」
「はいはい」
二人は、物心ついた時からこうだったそうです。元々双子としてお母さんのお腹に宿ったものの、デネブちゃんの身体は弱く、産まれる前に死んでしまったそうで、魂だけがアヤベさんの身体に宿って、一人で二人という状態になったのだと。
当然、両者とも体を動かすことができます。しかし、例えば、自動車の前輪が別々の挙動をすれば、前進すらできなくなるのと同じで、アヤベさんとデネブちゃんが同時に動こうとすると、それはとても面白い状況になってしまうのです。
ですから、二人は約束事を設けたそうです。それが、片耳につけた青いカバー。
「よーぅしっ! 今日は私と走ろっ」
「あまり飛ばさないでね? デネブちゃん」
「はーい」
左耳にカバーが付いているときはアヤベさんが、右耳のときはデネブちゃんが、それぞれ体の主制御を担う、そういうサインの役割を果たしているのが、あのカバーなのです。
不思議なもので、魂が違えばこうも変わるのか、となるほどに、アヤベさんとデネブちゃんの体の使い方は乖離しています。
アヤベさんの時は、無駄な所作は取らず、淡々とした行動なのですが、デネブちゃんの時はとにかくオーバーリアクション。走り方、脚質すら異なるのです。それは、制御を分けなければ
「姉さん、昨日の夜に私が寝たところを見計らって、新しい布団乾燥機を買ってたらしいのよ?」
「性能を確かめなきゃならないでしょう? あぁ安心して。カレンさんの布団でも試すから」
「邪魔なんだよぅもー…… そろそろ三世代前のは捨てていいでしょ?」
「何言っちゃってるの……? あれはね____」
そんな二人の周りに集まる人たちは、みんな一癖も二癖もある人たちばっかりです。
私に関しては、想像に任せましょう。
ともあれ、二人といると、退屈という言葉を忘れそうになるのです。
「カレンさんは、これを聞いてまだ捨てる気が湧くかしら」
「邪魔だしカワイくないから捨てましょうよ〜」
「聞いてなかったみたいね……」
「2対1だよ姉さん」
「まだわからないでしょ!?」
「決まりきってますよアヤベさん」
今日は、この人を台風の渦に、それとも、この人の友達に巻き込まれて、一体何が起こるのか。それは、私たちの未来よりも予測がつかないのです。
「待って、話を聞いて」
今日は、何が起こるのでしょうね?