【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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 オリジナル設定多めです。じっくり展開なストーリーですがよろしくお願いします。


第1章
1話 辿り着けないゴール


 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた

 

 それはあるウマ娘の旅路

 

 そこは多くの悲しい思いで満ちていた

 

 

 

『勝てないレースの……取れもしないポジションのダンス練習なんてして、意味あるんですか!?』

 

 

 誰かが悲痛な声で叫んでいた

 

 

 

『約束したのにッ……一緒に……日本一の……ッ』

 

 

 誰かが悲しみに泣き崩れていた

 

 

 

『夢を見ることが……こんなに辛いって……思いたくなかった……!!! 思いたく……なかったのに……!!!』

 

 

 誰かが失意に打ちひしがれていた

 

 

 

『そうだ……私の……願いは……』

 

 

 『私』はただ、走ることしか出来なかった

 

 それだけしか、報いる方法がなかったから……

 

 

 

 

 

=================================

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 

 長閑な田園風景が広がる山間の集落

 

 その畦道を、ランニングウェア姿のウマ娘が肩に大きな道着袋を抱えながら1人駆けて行く。

 

 陽は燦々と照りつけ、彼女が一歩踏み出すごとにその肌で汗が弾け、つたり落ちていく。

 

 

 彼女は何故、こんな片田舎の畦道を走っているのか? 

 

 理由は単純、彼女は遠く離れた都市で開催される格闘技大会の会場へ

 

 『徒歩で』向かっているのだ。

 

 

 彼女の自宅のある山を出発して早2日、日はまだそこまで高くない。

 

 今朝起きて地図とコンパスで確認したところ、目的地まで後100km程度、明日の午前中には何とか間に合いそうだと、彼女は経験から推察した。

 

 

 

(そういえば、昨夜は何か夢を見ていたような……うまく思い出せない。けど、夢ってそんなものか)

 

 

 

 彼女は思い出せない夢のことよりも、現実のことに思考を割くことにした。

 

 実際問題、飲み水が心許無くなってきたので、どこかで補充する必要があった。

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 

 リズム良く、そのウマ娘は弾む様に走る。

 

 レースの様な走りではなく、超長距離を移動する為の走り。

 

 マラソンや駅伝の走りに近い。

 

 ただ、彼女はフルマラソン数回分の距離を『ちょっくら行ってきます』のノリで走る。

 

 夜は野宿して、朝陽が昇るとともに再び走り出す。

 

 

 彼女はとある格闘ウマ娘の統括団体に所属しており、その待遇で新幹線やその他の移動手段、宿泊施設を無料で利用できるはずだが、それらを一度も使った事がない。

 

 幼き日に師であり育ての親でもある老人にこんな話を聞かされたからだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

『お前、飛脚って聞いたことあるか?』

 

 老人が幼いウマ娘に尋ねる。彼女がううん、と首を振ると彼はそのまま話を続けた。

 

『江戸時代にな、荷物や手紙を届ける為に、野を越え山を越え走ったヒトの男たちの事だ。リレーみたいに荷物を受け渡して走り続けるんだが、それでも1日1人で100km近くは走るんだ。

 ウマ娘の半分も速く走れねぇヒトの男がだぞ。凄えだろう。それを考えればお前、ウマ娘が高々300kmを移動するのに新幹線を使うってのは情けねぇと思わねえか?

 俺が武者修行してた若い頃は、ウマ娘たちはもっと野生味が溢れる獣の様な奴ばかりだったが、最近のウマ娘は根性が足りねぇ。

 今時こんな事言ったら、口うるさいジジイがって思われるだろうがよ』

 

 師である老人を尊敬していた幼いウマ娘は憧れに目を輝かせた。

 

 『おじいちゃん……あたしもヒキャクになる!!!』と叫ぶと、制止する老人の声には耳もくれず一目散に走り出した。

 

 そしてその翌日、無事5つ離れた町の交番で保護されたのだった……

 

 しかし、飛脚への憧れは彼女の中から今も消えてはいなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……ん?」

 

 

 畦道の先、そのウマ娘の視界に不自然に傾いた軽トラが見えた。どうやら溝にタイヤが嵌まってしまっている様子だった。

 

 横で老夫婦らしき2人が困った様に立ち尽くしている。彼女は軽トラまで近付くと、老夫婦に声をかけた。

 

 タッタッタと軽快な足音に気付いた老夫婦も近付いてくるウマ娘をじっと見つめていた。

 

 

「どうしたんですか? ああ、後輪が……それでトラック、動けなくなったんですね。私、多分お力になれますよ」

 

 

 お爺さんが手を合わせて近付いてきた。

 

 

「おお、渡りに船とはこの事じゃ、ありがてぇ……! べっぴんなウマ娘さんや、どうか手を貸して下さらんかね」

 

「ええ、もちろんです。横から持ち上げますので、少し離れていて下さい……ふっ!!」

 

 

 ウマ娘は溝のある方に回り込むと、車体を下から持ち上げる様に踏ん張った。

 

 少しずつそれを移動させると、ドスンという音とともに下ろす。そこにお婆さんが近寄ってきた。

 

 

「まあ〜ありがとねぇ、ウマ娘のお姉ちゃん。本当に助かったよ。こんな細いのに、ウマ娘ちゃんは凄いねえ。何かお礼が出来れば良いのだけど」

 

「いえ、それには及びませんが……もし出来るなら……」

 

 

 ウマ娘はお婆さんが腰に付けている竹筒をチラリと見ると、お婆さんはその視線に気付いた。

 

 

「こいつかい? 水筒代わりに使ってるものだけど、アンタ水が欲しいのかい? ちょっと待っとれよ、トラックにも何本か乗せてたからね。おーい、爺さんやー」

 

 

 お婆さんはエンジンのチェックをしていたお爺さんのところへ行くと、竹筒を何本か入れた袋を手に戻ってきてウマ娘に渡した。

 

 

「すみません、飲み水が切れかかっていたので助かりました。ありがとうございます」

 

 

 お婆さんはにっこりと笑った。

 

 

「ええんよ、ええんよ。助けられたのはこっち。まだお礼したりないくらいさ。ところでウマ娘ちゃん、こんな辺鄙なとこを通るなんて、よっぽどの物好きだね。それ道着袋だろ? 武術家かいね、どこへ行くんだい?」

 

「この先の山の向こうの町です。『ちょっとした武術大会』がありまして、それに出場するんです」

 

「ええ、山の向こうって、走って山を越えるつもりかい? ウマ娘ちゃん1人で危ないよお」

 

 

 お婆さんは驚き慌てるように言うが、ウマ娘は「ここまで同じようにして来たので大丈夫です」とはにかむ。

 

 すると、プップーと軽トラックに乗ってお爺さんがやってきた。2人の側で停車させると、彼は運転席から降りる。

 

 

「おうい、婆さんや。そのべっぴんなウマ娘さんならきっと大丈夫だ。ワシの若い頃、この辺はよく旅するウマ娘たちが通ったもんよ。

 

 ワシは何人も見てきたから分かる。そのウマ娘さんは『慣れている』奴だ。今時珍しいこった。

 

 しかし、ほんとありがとうなぁ。山向こうへ行くんなら、急いでるじゃろ? 引き止めて悪かったなぁ」

 

「いえ、お力になれて良かったです。お水、ありがとうございます。それでは!」

 

 

 ウマ娘は頭を下げて礼をすると、再び走り出す。道着袋の膨らみが少し大きくなっていた。

 

 

「ああー! お待ちんしゃいウマ娘ちゃん、名前を聞かせておくれ! あんた、名前はーっ!?」

 

 

 お婆さんの声にウマ娘は走りながら振り返った。

 

 

 

「『マリンアウトサイダ』! 私は『マリンアウトサイダ』と言います!」

 

 

 

 彼女の左耳の短冊を2枚重ねたような髪飾りがフワリと揺れると、

 

 畦道の上を、軽快に走り出したウマ娘は次第に遠ざかって行った。

 

 

 

 その後日、新聞を見た老夫婦は「ちょっとした武術大会じゃねぇぞ! こりゃたまげた! あのべっぴんウマ娘さん、こんな腕の立つ格闘ウマ娘だったのかぁ!?」と驚愕したのだった。

 

 彼女が制したのは『石楠花杯』という、年に1度開かれるジュニア・シニア混合の武術大会だった。

 

 レースで言うところの宝塚記念、つまりは世代最強の格闘ウマ娘を決める大会だった。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武術大会終了から3日後、マリンアウトサイダは地元の町に『徒歩』で戻り、日が沈み月が出てきた頃にやっと帰宅した。

 

 東京郊外のとある山の奥、古びた道場の裏手の母屋が彼女の家だった。

 

 今回の遠征は過去最長距離だったので、スタミナに自信がある彼女も流石に疲労困憊の様子である。

 

 

「ハァ……ハァ……やっと、着いた」

 

 

 彼女はガララッと玄関の引戸を開け中に入ると、ドスンと道着袋を置き、ボロボロになった靴を脱ぐ。

 

 

(うわっ……耐久性重視で選んだのに、1回の遠征で履き潰したの初めてだ……どうしよう)

 

 

 捨てるべきか、それとも洗えばあと1回くらいは使えるかと彼女が思案していると、奥から微かな足音とともに甚平を着た小柄な老人が現れる。

 

 

「おう、帰ってきたか『ミドリ』。今回はだいぶ遅かったな。兎にも角にも、お前まず風呂に入りな。泥まみれの雑巾みてぇだぞ」

 

 

 年頃の娘を雑巾呼ばわりするのはいかがなものか、だがこの老人は平生こんな調子なのでマリンは気にしていない。

 

 

「ただいま、おじいちゃん。今日は流石にクタクタだから、風呂に入ったらすぐに寝るよ。ところで大会の結果は知ってる? 新聞は見た?」

 

「新聞は見てねぇ。だが勝っただろう? 俺の弟子なんだ、その辺のウマ娘がお前に勝てるワケねぇからな」

 

 

 ぶっきらぼうだが、その言葉の裏には固く温かい信頼があった。マリンもそれを感じ取り、にこりと笑みを浮かべる。

 

 

「うん、最年少チャンピオンだってさ、私。正直あんまり実感ないけどね……ねぇ、おじいちゃん。そろそろ『マリンアウトサイダ』っで呼んでくれても良いんじゃない? やっぱり、いつまで経っても『ミドリ』って変だよ」

 

 

 マリンの言葉に老人は鼻を鳴らして腕を組む。

 

 

「まだまだ半人前以下のお前なんざ幼名で十分だ。チャンピオンだってんなら、俺から一本でも取ってみやがれ。風呂は沸かしてあるから勝手に入りな、俺はもう寝るぞ」

 

 

 ふあぁと欠伸をして老人は奥へ歩いて行く。高齢なはずだが、その背筋はびしっと伸びていて、体幹が安定しているのが一目で分かる。

 

 それはマリンアウトサイダが憧れ追い続けている『武術家』の背中だった。

 

 

 

 

 

……

………

…………

……………

 

 

 

 

 

 カポー……ン

 

 

「はぁ……生き返る……」

 

 

 マリンアウトサイダは身を清めた後、湯船にゆったりと浸かっていた。しっとりと濡れた肌に湯の雫が滴り落ちる。

 

 

 走り通した後の湯船はまさに天国だろう。天国にいるのに生き返るという言葉は矛盾している気がするが、その心地よさの前には瑣末な事だと、彼女は思考を放棄する。

 

 

「……半人前以下、か。そりゃ、おじいちゃんには逆立ちしても勝てないけど……少し期待してたんだけどな、名前を呼んでくれるの」

 

 

 マリンは揺れる水面を見つめながら、祖父の背中を思い出す。

 

 

 彼女の師であり、育て親でもある老人。

 

 彼の名は『角間源六郎』

 

 ある筋ではその名を知らぬ者はいないと言われる程の武術家らしいが、彼女は詳しくは知らなかった。

 

 彼は過去について多くを語る性質ではないので、彼女が源六郎について知っているのは「若い頃は武者修行で日本全国を渡り歩いた事」「ウマ娘の嫁がいたがずっと昔に亡くなっている事」「死ぬほど強い事」くらいだった。

 

 

 

「ふぅーーー……」

 

 

 

 マリンはぱちゃぱちゃと波を立てて足を動かす。疲労がお湯に溶けていくようのを感じた。

 

 彼女は己の手を見つめる。修行で手の甲は皮膚が所々硬くなっていた。乙女の手とは少し言い難い。

 

 しかし、彼女はあまり恋愛に興味が無いので、それを気にしていなかった。

 

 

 

「……本当の孫だったら、名前で呼んでくれるのかな……」

 

 

 

 加えてもう一つ、彼女が祖父について知っているのは

 

 『彼がこの山で赤ん坊のマリンアウトサイダを拾った事』だった。

 

 

 角間源六郎とマリンアウトサイダに血の繋がりは無い。

 

 ある雨の日に緑色のパーカーに包まれたウマ娘の赤ん坊を源六郎は山中の木の側で見つけた。警察にその事を届け出たが両親は見つからず、結局そのまま彼が赤ん坊を引き取った。

 

 緑色のパーカーが赤ん坊の唯一の持ち物だったので、彼は安直にその子を『ミドリ』と名付け育てたのだった。マリンアウトサイダがその真名を思い出すのはもっと後のことだが、未だに源六郎は頑なに彼女を『ミドリ』と呼び続けている。

 

 

 

「ふぁああ……ああ、このまま眠ってしまいそう……そろそろ、上がるか」

 

 

 大きなあくびをして、マリンアウトサイダは湯船から立ち上がる。

 

 パチャパチャと浴室に水音が反響し、水滴が彼女の身体からしたたり落ちる。

 

 彼女の身体は細身で武術家らしく所々に筋肉は付いているが、女性らしく丸みを帯びていて、まるでルネサンス期の彫刻の様に艶やかで美しかった。黒毛の耳と尻尾がコントラストとなり、その肌の美しさを一層際立たせた。出る所は出ている体型のウマ娘は多いが、マリンアウトサイダの体型は控えめと言って差し支えないだろう。

 

 むしろ武術家としては丁度いいくらいだと本人は思っている。大きく膨らんだ胸はきっと邪魔だろうなと町中で見かけるウマ娘を見て考える事さえあった。

 

 ザバァ……と湯を掻き分けて、彼女は浴槽から出る。その後、身体を丁寧に拭き、寝巻きに着替えてドライヤーで髪を乾かし、1つだけ取っておいた竹筒に水を入れると、水分補給をしながら寝室に戻った。

 

 彼女はとにかく、早く眠りたかった。

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 マリンは部屋に戻ると、真っ直ぐに押入れに向かい布団を取り出す。

 

 畳に敷く為に運びながらチラリと横を見ると、そこには彼女は物心つく前から肌身離さず持ち歩いている『緑色のパーカー』がラックにかけてあった。

 

 それを見つめていると、何故だか安心感で胸がいっぱいになり、眠気が加速していく。

 

 

 

(学校には、明日まで休むと伝えてあったよね……ねむ……)

 

 

 

 マリンは布団を敷くと、目覚まし時計をセットせずにそのまま横になった。眠い、彼女の頭にはその単語しか浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワァーーー

 ウォーーーー

 走れーーー!

 いいぞ、そのまま行けーーー!

 

 

 

『彼女』は夢を見ていた

 

 

 

 たくさんの人の声が聞こえる……

 あれ……私は、何をしてるんだろう?

 ここは……どこ? レース……場?

 一度も行ったことないのに……どうして?

 

 

『彼女』は自分の脚が大地を蹴っているのを感じた

他に大勢が一緒に走っているのも分かった

でも不思議なことに、その姿は見えなかった

自分は今、誰と走っているのだろうと『彼女』はぼんやりした意識で考える

 

 

 

『最終コーナーを曲がって最後の直線に入る! ……の直線は短いぞ! ……は間に合うのか!』

 

 

 

どこからか実況の声が聞こえた気がした

 

 

 

 私は……こんな台詞を知っていたっけ……?

 誰も見えない、自分の姿すら

 ただ、自分が走っていることだけは分かる

 コーナーを曲がるとあとは直線だ

 その先にはゴールが……きっと、ゴールが

 

 

 

「え?」

 

 

 

『彼女』はゴールの先に、本来ならあり得ないものを見た

 

『緑色のパーカーを着た誰か』が立っていた

 

 

 

 

 

「誰……?」

 

 

 

 ドクンと自分の心臓が鳴る

 ドクン、ドクン、ドクンとうるさいくらい

 

 

 

「あ……」

 

 

 

『会いたい』 それ以外の言葉が彼女の中から消え去った

 

 

 

「あ…あ…」

 

 

 

彼女の胸の中を様々な感情が去来する

 

 

懐かしい……悲しい……寂しい……嬉しい……寒い……温かい……『会いたい』……『会いたい』……『会いたい』……

 

 

 

 

「あ、ああ……!!」

 

 

 

 走る ただただ走る

 

 

 

「はぁ……はぁっ……っ!!」

 

 

 

 走る 走る 

 

 でも、何故かゴールに届かない

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!!」

 

 

 心臓が潰れてしまいそうなほど苦しい

 いっそ潰れてしまってもいい

 それでも行きたい

 ゴールのその先……『あの人』のところへ

 

 

 

『彼女』は手を伸ばす

 

まるで星を掴もうとする少年のように

 

しかし、激流のような思いが先走るだけだった

 

どれだけ走っても、『彼女』はゴールに辿り着けなかった……

 

 

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!! はぁ……あっ!! はぁ……あ……あ」

 

 

 マリンアウトサイダは飛び起きて、辺りを見回した。

 暗闇の中に差し込む月明かりで、彼女は自分の部屋に居ることに気付く。

 夜明けはまだまだ先のようだ。

 

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ……水……」

 

 

 

 彼女は呼吸が荒く、とても喉が渇いているようで、すぐに枕元に置いた竹筒に口をつけた。

 

 ぬるい水が白い喉を滑り落ちる。彼女の身体は水を欲していた。

 

 

 

「ん、んぐ、はぁ……はぁ……」

 

 

 

 残った水を一気に飲み干して、ようやく落ち着いた。

 

 

 

(あれは、何だったのだろう? ただの夢にしてはあまりにリアルだった。あまりに、感情が揺さぶられて……)

 

 

「あ、れ?」

 

 

 

 いつの間にか彼女の頬が濡れていた。

 薄暗い闇の中で気付きづらかったが、視界も黒くぼやけていた。

 

 

 

「私、なんで、泣いて……?」

 

 

 

 途端に、彼女の胸がギュウと苦しくなる。

 

 喪失感で骨も内臓も、身体の中身が全部消えてしまったかのように。

 

 

 

「なんで……どうして、こんなに、胸が……」

 

 

 

 せっかく飲んだ水が全部流れ出てしまう。そんな事を考えながら、マリンアウトサイダは再び横になった。

 

 眠っているのか、起きているのかも分からない状態で、彼女は朝を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回 

間話『走る理由』
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