【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
「買い忘れは無い……かな。うん、大丈夫」
ある日曜日、マリンアウトサイダはトレーニングに使う諸々の消耗品を買いに出掛けていた。良いスポーツ用品店があると小耳に挟んだので、少し遠出をして来たのだった。
今の彼女は私服姿で、暑い日でも腰にいつもの緑のパーカーを巻いていた。
マリンはスマホのメモで買い残しがないかチェックする。時間はランチタイムを過ぎた頃、特に予定もないので、この辺りを少し散策してから学園の寮に帰ろうか、と考えていると……
「あ、ここにもレース場があるんだ……」
あえて駅とは逆方向へ進むと、府中と比べると小規模だが立派なレース場があった。
「………………覗いてみようかな」
それは気まぐれてあり、彼女の内面の変化の顕れだった。以前の彼女ならさっさと帰って自主トレをしていたはずだ。
マリンは横断歩道を渡ると、その建物の入り口へと向かっていった。
…
……
………
マリンはレース予定表を見ていた。今は未勝利戦が行われる時間らしい。案内図を記憶し、コツコツと足音が鳴る通路を進むと、観客席エリアに出た。そこで見たのは……
『各ウマ娘、一斉にスタートしました!』
ちょうど、ゲートが開いてレースが始まったところだった。応援席にはそこそこの人だかりが出来ていた。
(このレースは確かダート、マイルだったはず。あっという間に決着がついてしまうな。急がなきゃ……)
座席にはなぜか高齢の方々が集団で座っていたが、それを横目にマリンは急いで最前列へと向かう。人混みを抜けて、何とか手すりまで辿り着いた。
すると、観戦客の声援の中に、一際大きな声が聞こえた。
「行きなさい、ウララさ……ハルウララ!!! そうよ、そのペースを保つのよ!!! この私が応援に来てるのよ、今日こそ1着を取れるわ!!!」
マリンの隣で、高級そうな帽子と薄手のコート、それにセレブが掛けそうな色の薄いサングラスという何だか怪しい人物が大声で誰かを応援していた。尻尾があるからウマ娘だと言う事は分かるが、しかし応援に来る格好ではないのでは……?とマリンが考えていると……
(ん? ハルウララってもしかして……)
『………続いて6番ハルウララは現在先頭から3番手! 今日こそ勝利を掴み取れるか!? しかし後ろから☆☆が前を狙っているぞ!!』
(やっぱり、ダンスレッスンで一緒だった娘だ。このレースに出ていたんだ……走っている姿は初めて観るな……)
『トップは依然2番〇〇〇〇!! その後ろを5番◇◇◇が追いかける!! 3位争いが激しいぞ!! ハルウララ粘り切れるか!!?」
「ああっダメェッ!! 耐えるのよ、ハルウララ!! あと少し、そのままぁ!!! 根性よ、こんじょおおおーーーー!!!」
隣のウマ娘が凄く熱くなってるのが気になりつつ、マリンは黙ってレースの行方を見守る。
『〇〇〇〇が1着でゴーーーーール!!! 続いて◇◇◇!!! 3位争いはまだ続いている!!! ハルウララ、☆☆どっちだーーーーー!!!」
「行けーーーーーウララさーーーーーーん!!!!!」
『☆☆だーーーーー!!! ハルウララ、惜しくも4着ーーー!!! ハナ差で差し切られたーーー!!!」
ワアアァァァーーー!!!と会場が沸き立ち、上位3人に拍手が起こる。マリンも同じように拍手をした。
隣のウマ娘はあんなにハルウララを応援していたのだからきっと落胆しているだろう、とマリンは予想していたが……
「ハルウララーー!!! ナイスファイトーー!!! 最高の走りだったわーー!!!」
「……………!」
彼女は少し面食らってしまった。予想していたのとは違う反応だった。そして、後方の座席からはお年寄りたちが精一杯の声でハルウララを讃えていた。
「ウララちゃん〜! 頑張ったわね〜!」
「おーー、今日も元気いっぱい貰えたぞーー! ありがとぉー!」
「次こそ1着だあぁ! また応援に来るからなあぁ!」
その声はしっかりとハルウララに届いていたようで、彼女は応援席のお年寄りの方を向いて、満開の桜のような笑顔で両手をブンブンと振った。
「うん!! 応援ありがとー!! ウララも元気いっぱいもらっちゃったーー!! 次のレースも思っ切り走るからねーー!!」
「……っ…………!」
マリンは思わず息を飲んだ。拍手する手も止まっていた。マリンは自分の中の何かが揺さぶられるのを感じた。一つの想いが、彼女の心を支配していた。
(あのウマ娘は、レースに負けたはずだ。4着でライブステージに立てないはずだ。なのに……なのに)
どうしてそんな、見る者全てを幸せにするような笑顔ができるのか
どうしてそんな、春の桜のような暖かい笑顔を人に送れるのか
先輩ウマ娘のことで心を打ちのめされていたマリンは、しばらく手を振るハルウララの笑顔をただただ茫然と見つめていた。
そして、唐突に聞こえた声で彼女は我に帰った。
「はぁ……でも惜しかったわ。あと少しでウララさんのダンスを見れたのに……」
隣に立っていたウマ娘が残念そうに呟いた。無意識に、マリンも答えるように呟いてしまう。
「そう、ですね……ダンスレッスン……あんなに頑張っていたのに……」
「え?」
くるっと隣のウマ娘がマリンの方を向いた。薄めのサングラスの奥の瞳がジッと黒髪のウマ娘を見つめている。その謎のウマ娘の顔立ちは整っていて、間違いなく美人と呼ばれる類である。
「あなたは…………ふぅん。ウララさんの事、ご存知なのかしら?」
ニコリと笑って、そのウマ娘がマリンに尋ねる。
「ええ……何度かトレセン学園の教官の合同ダンスレッスンで一緒になりました。彼女はどんなポジションでも、一生懸命で……この間も……」
マリンは先日の、自分にとって何度目かの『あの』ダンスレッスンを思い出して語り始めた。
〜〜〜〜〜
「…………そんなことが」
マリンの隣のウマ娘は呟いた。
「はい、それ以来ハルウララの参加するダンスレッスンには、多くのウマ娘が集まるようになりました。皆、中々レースで勝てずに苦しんでいる娘ばかりです」
「……そう。あの娘……私の知らない所でも、誰かを救っていたのね」
そのウマ娘は優しく微笑んだ。
マリンはターフでまだ手を振り続けてるハルウララの方を向いて言った。
「私は今日、ハルウララが走るレースを初めて観ました……」
隣のウマ娘がマリンの横顔を見つめる。
「あら、そうなの? あの娘のレースって意外と人気あるのよ。特にお年寄りたちに。孫を応援してる気分になるのかしらね。でも、いつも今日のように負けちゃうの……ライブに参加できる時もあるのだけど……」
そのウマ娘は少し悲しそうな顔で語る。しかし、次に彼女は思いもよらない言葉を聞いた。
「……ハルウララは……『強い』……ですね。
本当に……『強い』……私よりもずっと……」
それはマリンの本心からの言葉だった。レースウマ娘の暗く冷たい現実を知った今、彼女はハルウララの輝きがどれほど尊いのかを心で理解できた。
隣のウマ娘は驚いた表情をする。自分くらいしかそう考える者は居ないと、思っていたのに目の前のウマ娘が同じことを言ったからだ。
そして、その言葉に偽りがないと感じられた。
「へぇ……なかなか見る目があるじゃない、マリンアウトサイダさん」
そのウマ娘は優雅に帽子とサングラスを外した。ファサッと髪がなびいて帽子の下から緑色の耳カバーが現れる。
その動作すらも気品が漂っていて、美麗に整った顔立ちのウマ娘がこちらを見つめていた。マリンはもし自分が男なら、この瞬間に彼女に惚れていたに違いないと思った。
「キングヘイローよ。私の知らないウララさんを教えてくれたお礼に、私と語り合う権利をあげるわ」
キングヘイローが右手で握手を求めたので、マリンはその手を握り返した。
………
……
…
「キングヘイロー……さん、あなたが。スペさんからお話を聞いてます。よろしくお願いします」
マリンがそう言うと、2人は手を離す。
「スペシャルウィークさんから? そっか、同じチームなのよね、あなたたち……えっと……彼女、何て言ってたのかしら。別に気になってる訳ではないのだけど……」
キングヘイローは髪の毛先をいじって、マリンに尋ねた。
「誰よりも、誰よりも、諦めが悪い人だと。どんなに負け続けても絶対に俯かない、黄金世代の中で1番の努力家で、G1レースを勝ち取った凄いウマ娘だと。自分の自慢の『仲間』だと……言ってました。あ、これ、本人には言わないでって言われてたの忘れてました」
「…………!!!」
キングヘイローの瞳が一瞬潤う。
「お……おーっほっほっほっほ!!! 当然よ、このキングと共に歩んだ功績が一生の自慢にならないはずがないわ!!! まあ、あなたに免じて、今のことは特別に聞かなかったことにしてあげるわ」
「……助かります」
マリンは何となく、この高飛車なウマ娘が多くの人に慕われていると直感した。
「……でもね」
キングヘイローから先の高飛車な雰囲気は消え去る。
「私が諦めずにいられたのは……黄金世代の、彼女たちが居たからよ。そして、ウララさんが側に居てくれたから……さっきのあなたのお話の様にね」
キングヘイローは思い出を愛しむように言った。
と、そんなところでピンポンパンポーン!とアナウンスが流れた。
『ウイニングライブ観覧希望のお客様は併設のライブステージへご移動お願い致します。詳しい場所は係員に……』
いつの間にか、会場から観客の数はすっかり減っていた。残っているのはお年寄りばかりだ。
「あれ? このレース場はそのままライブするわけじゃないのか……」
マリンが意外そうに口にした。
「そりゃそうよ。府中のような大規模な設備は、そんなに多くはないわよ」
はぁ……それもそうですよね、とマリンが言ったところで
「あーーーー!!! キングちゃんだーーー!!! 応援に来てくれてたのーーー!?」
観客席の入り口から目をウラランランと輝かせて、ハルウララが駆け寄ってきた。
「マリンちゃんも居たのーーー!? 2人は友達だったの? 知らなかったーーー!」
キングヘイローはしまったとばかりに焦り始めた。
「ウララさん……?! くっ、迂闊だったわ。マリンさんとの語らいに夢中で……ハッ!?」
すると、いつの間にゾロゾロと観客席に居たお年寄りたちが周囲に集まってきていた。皆、ハルウララが来るのを待っていたようだ。
「あれまぁ〜、キングちゃんじゃない。久しぶりだねぇ〜」
「おおー、キングちゃん、来てるなら言ってくれれば良いのに」
「相変わらず可愛いね〜キングちゃん。ほら、お菓子をあげよう。あたしの手作りお菓子は一流にも負けないよ〜」
ご老人たちの歓待に、キングヘイローはたじたじになる。
「あ、ありがとうございます。お爺さま方、お婆さま方。ご機嫌麗しゅう……」
まあ〜可愛い
雅だこと、見てるだけで心が美しくなるわ〜
そのお召し物も可愛いわ〜、流石一流のウマ娘ねぇ〜
とお年寄りたちは口々にキングヘイローを褒めまくった。当のキングは顔を赤くしてモジモジしている。先程の高飛車な様子はどこかへ飛んでいで行ってしまったようだ。
「キングちゃんはね、おじいちゃんおばあちゃんたちに褒められると照れちゃうんだって! もっと喜べばいいのにねー!」
ハルウララが元気いっぱいに説明した。
(ああ、なるほど。だからあんな格好で応援していたのか。別にご老人たちを嫌っている訳でもないみたいだし、きっと歳上に素直に褒められることに慣れていないのだろうな……)
キングが取り巻きのウマ娘たちから称賛を浴びるのとは、性質が違うのかもしれない。
「そ、そうだわ! 今日はお友達も一緒なの! ご紹介するわ、こちらマリンアウトサイダさん! 去年トレセン学園に転入してきたの!」
キングが汗々と、ご老人たちの注目をマリンに向けた。マリンは後輩としてお力になって差し上げないといけない気がした。
「マリンアウトサイダと申します。どうか、マリンとお呼び下さい」
そう言ってマリンは頭を下げる。以前、生徒会室でルドルフにした時と同じ、非常に綺麗な挨拶だった。
「あれまぁ〜、こちらのウマ娘ちゃんもお綺麗だこと!」
「所作が美しいわね〜、マリンちゃんもご令嬢なのかしら」
「姿勢がしっかりしてるわね〜、何か習い事でもしているのかしら?」
ご老人たちが次々と反応する。
「ええ、武術を嗜んでおりましたが、今はレースウマ娘として奮闘しているところです。先日デビューさせて頂いて、未だ白星はありません。とても厳しい世界だと痛感しております」
あらあらそうなの〜、とご老人たちは口を揃える。
「それなら、ウララちゃんと一緒だねえ。2人は良いライバルになるのかもしれないな。大丈夫、いつかきっと勝てますよ」
優しそうなおじいさんが柔らかい笑顔で言った。
「えっ! ライバル!?」
と、ウララは目をキラキラさせる。
「ライバルってずっと憧れてたんだー! マリンちゃん、ウララのライバルになってくれるの!?」
マリンアウトサイダは少し驚いていた。しかし、キリッと微笑んでハルウララに答えた。
「ええ、もちろんです。いつか必ず、レースで競い合いましょう」
マリンが手を差し出すと、ウララもガシッと握って握手をした。
若いって良いわね〜
これはまだまだ長生きしないといけないな
2人とも応援してるぞお
周りのご老人たちが、やんややんやと、はしゃいでいる。
キングヘイローも2人を優しい笑顔で見つめていた。
マリンアウトサイダとハルウララ
この2人の直接対決は、ずっとずっと先だということを、この場の誰も知らない。運命だけが、その行く末を知っていた。
ーーーーー
幕間 とある競走馬と厩務員
「なぁ、ミドリ……あ、マリンアウトサイダって名前になったんだったな。ハルウララって馬は知ってるか? いや、すまない。お前が知ってるはずないんだけど……そんな競走馬がいたんだ。高知競馬場で活躍してたんだ」
それは魂の奥底に眠る、自覚出来ない記憶。
「活躍と言っても、その実1回も1着になったことがないんだ。113戦0勝。それでも当時は凄い人気があってね、ハルウララの馬券を買えば『当たらない』から交通安全の御守りになるって言われてたくらい勝てない馬だったんだ。でも、負けても負けても、一生懸命に走る姿にみんな勇気をもらっていたんだ。もちろん、俺もな」
緑のパーカーを着た私服の厩務員はその牝馬の顔を撫でながら言う。
「お前もそんな競走馬になれると良いよな……負けて欲しい訳じゃない。誰かに勇気を与えられる馬になって欲しいんだ……俺のちょっとした願いだ」
その厩務員はポケットからラミネートされた古い馬券を取り出した。
「ほら、これがその馬券……親父から譲ってもらったものだ。昔、小学生になる前にたった1度だけハルウララの実際のレースを観に行ったことがあるんだ。俺は心臓が弱いから、御守りとしていつも持ち歩いてる。だから、すまん。マリンアウトサイダ。俺はお前のファンになる前にハルウララのファンだったんだ」
牝馬は厩務員の袖に噛み付いた。
「うお!?」
「ハッハッハッ! お前さんよ〜、ソイツの前で他の馬の話なんてすんなよ。嫉妬してるぞ」
中年の厩務員が可笑そうに笑いながら言った。
「ええ、馬ってそう言うの分かるんですか!?」
「言葉は分からんと思うが、まあ何か感じててもおかしくないだろ。ソイツはかなり頭が良いからな。ハッハッハッ!」
それは別の世界のとある風景、魂に溶け込んで、消え去った断片。今もそれは『彼女』の中で眠り続けている……
次回
第3章
9話 芦毛の怪物と『誰かの夢』
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