【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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第3章
9話 芦毛の怪物と『誰かの夢』


 

 

 

 

 

 ダッダッダッダッタ……!!!

 ダッダッダッダッタ……!!!

 

 

 2人のウマ娘の、ターフを蹴る2つ脚音が重なる。

 

 

 それはとある日の午後、本来なら授業時間で使う者が居ないはずのトレーニンググラウンド、そこで『過去』と『現在』を賭けた喧嘩(レース)が行われていた。

 

 

 走者の1人は時期外れの転校生マリンアウトサイダ。そしてもう1人はトレセン学園の生徒でもなければ、レースウマ娘でもなかった。

 

 彼女の名はルリイロバショウ。マリンアウトサイダの幼馴染の『格闘ウマ娘』である。

 

 

 見守るのは『覇王世代』の4人とオグリキャップを含む『伝説の世代』の4人、そして『皇帝』シンボリルドルフ。

 

 

 ある者は心配そうな表情で、ある者は物見遊山の気分で、そしてある者はその転入生の『未来』を見定める為に、500メートルと言う超短距離走を走る2人を見つめていた。

 

 ウマ娘の脚ならば閃光の如く一瞬で決まる勝負。

 

 何故このようなレースが行われているのか。話は少し前、昼休憩の食堂での出来事まで遡る……

 

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 キングヘイローとの出会いから数日経ったある日のランチタイム、マリンアウトサイダは友人たちとトレセン学園の食堂の席に着いていた。

 

 共にテーブルを囲むのはクラスメイトのナリタトップロードとアドマイヤベガ、そして下の学年のテイエムオペラオーとメイショウドトウの4人。

 

 普段このメンバーで昼食を取ることはないのだが、今回はナリタトップロードが(オペラオーも出席すると聞いて嫌がるアドマイヤベガを笑顔で引っ張ってきて)皆を誘ったのだった。

 

 

 

「それでは、ささやかながら『マリンちゃんの初ウイニングライブ祝賀パーティ』を始めまーす!」

 

「い、いぇ〜い、どんどんぱふぱふぅ〜!」

 

 

 トップロードが音頭をとり、メイショウドトウが(目を(> <)にして)頑張って盛り上げる。

 

 

「あ、ありがとうございます……なんか、ちょっと大事になってる気がしますが、嬉しいです」

 

 とマリンは少し気恥ずかしい様子である。

 

 

 先日の未勝利戦でマリンは3位に入着し、初めてウイニングライブを踊ったのだ。そのお祝いにシリウスのトレーナー室で小さな祝賀会が開かれたのだが、それを聞いたトップロードが自分もお祝いしたいと申し出たのだった。

 

 

「……でも、こんなランチタイムにやる事じゃないでしょう。しかも、何でこのメンバーなのよ?」

 

 

 アドマイヤベガがジト目で言う。

 

 

「昨日の夜のシリウスの祝賀会では、聞けばチケットさんが誘ってBNW、ナリタブライアンさんが誘って生徒会メンバーまで顔を出したと言うではないですか! だったら、私たち『覇王世代』もお祝いしなければと思ったのです!」

 

「その『覇王世代』って呼び方、私は好きじゃないのだけど」

 

 

 気乗りしないアドマイヤベガとは対照的に、歌劇口調でテイエムオペラオーが歌うように言う。

 

 

「何を言うんだいアヤベさん! 『覇王世代』……ああっ、まさにボクたちの友情を言い表した最高の呼称じゃないか!」

 

「私はただの同世代で同類とは思われたくないの、あと何で私の隣に座ってるの?」

 

 

 相変わらずオペラオーには辛辣なアヤベさんだった。そんな彼女にメイショウドトウがおずおずと話しかける。

 

 

「で、でもアヤベさん……初めてのウイニングライブって、やっぱり特別だと思うんですぅ。私は、今でもハッキリと覚えてます。何回も転んじゃいましたけど……だから、お祝いしてあげたいトップロードさんの気持ちも分かりますぅ。アヤベさんは、覚えていませんかぁ? 初めてのライブ……」

 

 

 自信なさげに言うドトウを見て、アドマイヤベガは「はぁ」と観念した様に答える。2人はなんだか、お姉ちゃんと妹って雰囲気があるな、と横で見ながらマリンは思った。

 

 

「ドトウ……そうね、私も覚えているわ。初めてのウイニングライブの事」

 

 

 アドマイヤベガがマリンの方を向く。

 

 

「おめでとう、マリンさん。次こそ、1着取れると良いわね。応援しているわ」

 

 

 ニコリと微笑んで賛辞を送るアドマイヤベガ。マリンは初めて彼女の微笑みを見た気がした。

 

 

(わぁ……いつ見ても思うけど、アヤベさんって……凄い美人だ)

 

 

 そんな思いを一旦秘めて、マリンは返事をする。

 

 

「ありがとうございます、アヤベさん。とても嬉しいです」

 

 

 マリンがそう返事をした瞬間、オペラオーが椅子の上に立ち上がって高らかな声で謳い始めた。

 

 

「それでは、ボクからもマリンさんへの賛辞を送るとしよう! まずはボクの輝かしい初ウイニングライブの物語から! あれは太陽の囁きに眠れる草花が目醒める頃、ボクは……」

 

「オペラオーの話はその辺の鈴虫が鳴いてるとでも思ってていいから。無視してお昼ご飯を食べましょう」

 

 

 アヤベが間髪入れずにマリンに言う。転入して来てからこの2人がまともな会話をしているのを見た事がないのだけど、不思議と不仲な感じはしないんだよな、とマリンは心の中で呟く。

 

 

「それにしてもマリンちゃんの初ライブ! 初々しくてすごく、すっごく可愛かったですよ! 私も懐かしい気持ちになっちゃいました!」

 

「え……トップロードさん、会場に来ていたのですか?」

 

 

 マリンが気付かなかった、という風に尋ねる。

 

 

「いえ、行ってませんよ。これを見たのです。ほら!」

 

 

 トップロードがスマホを操作して、画面をマリンに見せる。そこには、少したどたどしく『Make debut!』を歌って踊るマリンがアップで映っていた。

 

 

「へっ……!?」

 

 

 と、マリンは心底驚くと同時に顔が真っ赤になる。初めて客観的に『フリフリのステージ衣装を着て踊る自分』の姿を見たので、ダンスに苦手意識のあるマリンは慌てふためいた。

 

 

「な、何で、これ! え、いつの間に!?」

 

「この映像はファンが撮影してウマスタに投稿したものですよ! 重賞レースのライブは基本撮影禁止ですけど、一部のOP戦や未勝利戦のライブは撮影とインターネットへのアップロードが許可されているんです。これから活躍したいウマ娘たちの絶好のアピールの場ですからね!」

 

「私もマリンさんのダンス、観ましたぁ〜。初めてなのに1回も転ばずに踊り切るなんて、とっても凄いですぅ〜。もう再生回数が2万回を超えそうですよ〜。アヤベさんも、ほら〜」

 

「……コメントも色々書いてあるわね……『武術大会とのギャップパナい』『高等部でここまで初々しいのは良き』『可愛い』……ん?」

 

 

 アドマイヤベガがコメント欄を見てると、中にいくつかマリンに対してかなり強烈な批判をするものがあった。

 

 彼女のレースウマ娘への転向についての否定的な意見は簡単にはなくならないみたいだ。

 

 

「………………」

 

 

 アドマイヤベガは両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏しているマリンをチラリと見る。

 

 

「ドトウ、それ、本人も恥ずかしがってるから、消した方が良いわ」

 

「あ……そうですよねぇ、分かりました〜」

 

 

 ドトウがスマホをポケットに仕舞う。そして、マリンが突っ伏したままくぐもった声で呟いた。

 

 

「私、あまりこういう機械とかよく分からなくて……スマホもメモ帳くらいしか使ってないんです……そんな事になっていたなんて……」

 

「見たくないなら見ないでいいのよ。今は気にせずレースに集中する方が賢明だわ。ウイニングライブはオマケだと思いなさい」

 

 

 アドマイヤベガがマリンに言った。その口調は妹を守ろうとする姉のそれだった。

 

 

 「はい、そうします……」というマリンの返事に心なしかホッとした様子だ。するとマリンは顔を上げて……

 

 

 

「アヤベさんって、凄く『お姉ちゃん』って感じがして、話していると安心します……もしかして、下に妹さんが居たりしますか?」

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 マリンの純真な言葉にトップロードとドトウは言葉を詰まらせる。2人はアドマイヤベガが過去に妹を亡くしている事を知っていた。

 

 

「……ええ、居るわ。たった1人の妹が」

 

「やっぱり! きっと妹さんは幸せですね……私は姉妹も兄弟も居ないので、とても羨ましいです」

 

「そう……ありがとう、マリンさん」

 

 

 アドマイヤベガはとても朗らかに、暖かに微笑みを浮かべて言った。

 

 彼女は既に『自分と妹の2人の為に奮闘してくれたトレーナー』にその心をほぐされていた。マリンの言葉を悲しみとともに受け取る事はなかった。

 

 それを見て、トップロードもドトウも笑顔で安心していた。マリンがアドマイヤベガの事情を知るのは、もう少し先のことである。

 

 

「はぁ……でも私、これ慣れる気が全くしません……レースウマ娘ってなんで歌って踊るんですか……?」

 

「そういうものですよ!」

 

「そういうものですぅ〜」

 

「……そういうものよ」

 

 

 ……そういうものかぁ、とマリンは納得するしかなかった。オペラオーの賛辞はまだ序章も終わっていないようだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 一方、トレセン学園の本校舎から離れた針葉樹林が生い茂る区画に1人のウマ娘がいた。

 

 

「……入れた……ドウザンさんが言ってたこと、本当だったんだ。ここ、トレセン学園のどの辺だろ?」

 

 

 灰髪で紅碧のオッドアイの瞳をしたそのウマ娘はスマホで現在地を確認する。

 

 彼女の名はルリイロバショウ、UMADに所属する格闘ウマ娘で、マリンアウトサイダの幼馴染である。その為、UMAD副理事長のヤマブキドウザンとも小さい頃から交流があった。マリンに勝てた事はないが、それでもいくつかの大会の優勝経験がある実力者だ。

 

 彼女はトレセン学園に侵入する為に、副理事長の酒癖の悪さを利用して、UMADとトレセン学園が秘密裏の会合を開く時に使われる学園の裏口の位置を聞き出していた。

 

 

(うちの親父の差し入れのお酒飲ませたら、色々と話してくれたな。URAとは因縁があるけど、トレセン学園の理事長一家とは繋がりがあるとかなんとか言ってたけど……気にしないでいいや、入れればこっちのもんだし)

 

 

 彼女はスマホでトレセン学園の案内図を確認していた。

 

 

「入ってきた方向がここだから……とりあえずこっち向に進めば校舎にたどり着けるはず」

 

 

 よし、と彼女は歩き出す。次第にその瞳には黒く暗いの渦が巻き始めた。

 

 

「マリン…………」

 

 

 その声には憎悪と哀惜が入り混じった響きがあった。

 

 禍根は、必ず後を追ってくる。

 

 逃げる事は出来ても、隠れる事は出来ないのだ。

 

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした! お祝いって良いですよね、いつもの料理が何だか特別な味に感じます!」

 

「ご馳走様でした。トップロードさん、改めてありがとうございました。私、これからもっと頑張れると思います」

 

 

 マリンはぺこりと頭を下げた。

 

 

「いえいえ、まあ結局パーティじゃなくてただの昼食会になってしまいましたが、喜んで貰えて何よりです! まだ次の授業まで時間もありますし、スイーツでも食べながらゆっくりお喋りしましょう!」

 

 

 トップロードは快活に言った。

 

 

「そうね、今回は最後まで付き合ってあげるわ。ん……何かしら?」

 

 

 アドマイヤベガが食堂の異変に気付く。何だか、どよめきが起こっている。

 

 

「おや、あれは誰だろう? 彼女の制服はトレセン学園のものではないね。外部生かな?」

 

 

 オペラオーは言った。

 

 

「あの、ま、マリンさん……入り口の方で、怖い目付きの人がこちらを睨んでいるのですが……お知り合いですかぁ〜……?」

 

「え……?」

 

 

 ドトウの問いかけにマリンが椅子に座ったまま、後ろを振り返って廊下へ続く扉の方を見ると……

 

 

 

 そこには灰髪と紅碧の瞳をしたウマ娘が立っていた。

 

 

 

 マリンは驚きで目を見開いた。

 

 

 ドクン!……と心臓が鼓動した。

 

 

 

「…………ルリ…………?」

 

 

 

 

 

……

………

…………

……………

 

 

 

 

 

 

「お、何や何や? また騒ぎ起こしてる奴おるんか? って誰やアレ、この学園の生徒ちゃうやん」

 

 

 マリンと覇王世代のいる場所から少し離れたテーブルをタマモクロス、イナリワン、オグリキャップ、スーパークリークが囲んでいた。彼女たちは伝説の世代の4強と呼ばれていた。

 

 

「んん〜あの風貌、ただもんじゃねぇなぁ。てか、なんか雑誌で見たことある顔だぞ。ありゃあUMADの格闘ウマ娘じゃないか? 名前は忘れちまったが」

 

 

 イナリワンが咥えた爪楊枝をクイクイ動かす。

 

 

「ほんなら、またあの転入生がらみの事か? URAとUMADが仲悪いのは知っとるけど、因縁っちゅーのはやっかいなモンやな〜」

 

「いやぁ……」

 

 

 イナリワンが目を細くして灰髪のウマ娘を見つめる。彼女はツカツカとマリンの居るテーブルまで歩いていき、何か話しかけている。遠目から見ても、かなり険悪な雰囲気だと分かる。

 

 

「ありゃ、あの2人の個人的な因縁って感じだねぇ……」

 

 

 それを聞いて、スーパークリークが心配そうな声で言う。

 

 

「大丈夫でしょうかー? 確か、今日はヤエノちゃんも、アケボノちゃんもレースで学園にいませんよねー……」

 

 

 続けてイナリワンは突っ張って言う。

 

 

「だーいじょうぶでぇ! 格闘ウマ娘同士ってのは逆にそう簡単に喧嘩にゃならねぇよ。特にあのレベルの武術家なら尚更だ」

 

「でもこの前、転入生はヤエノに喧嘩売ってたやん」※番外編1参照

 

 

 タマモクロスのツッコミにイナリはビタリと固まる。

 

 

「…………ま、何かあったらアタシら総出で何とかするさ、一応年長者だしなぁ」

 

「イナリ……やっぱお前、喧嘩は素人やろ」

 

 

 そんな会話をよそに、オグリキャップは頬を膨らませて大量の食事にがっついていた。

 

 

「……………………」もぐもぐもぐもぐもぐもぐ

 

 

 しかし、彼女は視線だけあの転入生と外部生に向けていた。今回はどうにもあの2人のことが気になっていたのだった。

 

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

「こんにちは、マリン……久しぶりね。アンタの山の家で会って以来だっけ? 半年と少しくらい?」

 

 

 ルリイロバショウはマリンから2メートルほど離れたところに立っている。テーブルに座る他のウマ娘たちは心配そうに成り行きを見つめている。

 

 

「ルリ……何でここに?」

 

「そんなのどうでもいいでしょう」

 

 

 ルリはマリンを射殺さんばかりに睨みつける。

 

 宝石の様な眼の奥が憎悪で渦巻いている。

 

 

「私はアンタと話をしに来たの」

 

 

 マリンの顔がわずかに険しくなる。

 

 

「随分楽しそうに踊ってたじゃない。観たわよ、あのウマスタの動画」

 

 

 ルリは腕を組んで言った。

 

 

「可愛いステージ衣装を着てさ、『レースウマ娘ごっこ』……そんなに気に入ったの?」

 

 

 む……とアドマイヤベガが口元を歪める。

 

 

「あなた……何が言いたいのよ?」

 

 

 怒りの籠った声でそう言って、立ちあがろうとしたところを隣のウマ娘が彼女の腕を掴んで止めた。

 

 

「オペラオー?」

 

 

 そこにはアドマイヤベガをジッと見つめるオペラオーがいた。普段の態度からは想像できない、引き締まった表情をしている。

 

 

「駄目だよ、アヤベさん」

 

 

 オペラオーは非常に落ち着いた声で言った。

 

 

「この2人のデュオに、ボクたちは割って入れない。今は沈黙の時だ」

 

「っ…………」

 

 

 そのあまりに真剣な声色に気圧されたアドマイヤベガは黙るしかなかった。ルリイロバショウを睨みながら彼女は渋々と椅子に座った。

 

 

「……歓談の邪魔をした事は謝るわ。でもね、私はどうしてもコイツに聞きたい事があるの」

 

 

 ルリはキッとマリンを睨む。

 

 

「何で……格闘ウマ娘(わたしたち)を裏切ったの?」

 

 

 マリンは息を飲み、答える。

 

 

「裏切ったつもりなんて無い……挑戦したかっただけだ、レースに」

 

「挑戦……!?」

 

 

 ルリは語気を強める。

 

 

「アンタの実力は私が1番良く知ってる……アンタは『技』で闘うタイプよ、フィジカルは決して恵まれた方じゃない。それが走る為に身体を鍛え上げるレースに『挑戦』したかった!? 舐めてたの!? レースを!? 言ってみなさいよ!! ここに居るレースウマ娘たちに向かって!!」

 

 

 ルリが食堂にいるウマ娘たちを見回して、腕を大きく振る。

 

 その場の誰もが黙って2人に注目していた。

 

 

「っ……違う! 覚悟は……していた。簡単に勝てるなどと……思ったことは1度もない」

 

「だったら何でよ!? 今更レースウマ娘になるなんて、バカじゃないの!! せっかくの才能を潰して……世代最強の格闘ウマ娘がなんてザマなの? 現実が見えたでしょう。格闘ウマ娘とレースウマ娘は違う、勝てないと分かってる勝負をいつまで続ける気なのよ……!」

 

 

 マリンは押し黙る。

 

 

「今からでも遅くないわ……UMADに戻りなさい。あなたの才能はレース場ではなく、そこで活かされるべきよ」

 

「……それは、出来ない」

 

 

 マリンはルリの言葉を遮って言った。

 

 

「レースを走って、私は知ったんだ。レースウマ娘たちの苦しみも……押し潰されそうな程の悔しさも……格闘技の世界に居た私は、ここに来るまで知らなかった。レースウマ娘たちが『夢』を追う事の辛さを知ることはなかった」

 

 

 マリンは真っ直ぐルリの目を見つめる。

 

 

「私は今……1人のレースウマ娘……だった先輩から『夢』を預かっている。それを叶えるまで、私は格闘ウマ娘には戻れない……!」

 

 

 ルリイロバショウは眉を顰める。

 

 

「っ……それなら、私だって……

 

 私だって、アンタに『夢』を見ていた!!!」

 

 

 

 予想外の言葉に、マリンは目を見開く。

 

 

 

「……世間じゃレースこそがウマ娘の本懐だって言われているのは知ってるでしょう。『走らないウマ娘は無価値』だって、臆面もなく豪語するヤツらも居る。格闘ウマ娘なら誰だって一度は悔しい思いをするのよ……」

 

 

 その場の誰もが、息を呑んでいた。

 

 

「その中でもアンタだけは違ったわ。アンタが闘う姿は、格闘ウマ娘に勇気を与えていた……アンタは私たちの『希望』だった。格闘ウマ娘は『無価値』じゃないんだって、私はそれをアンタと一緒に証明するのが『夢』だった! なのにアンタは突然、レースウマ娘に転向するって言って聞かなくて……!」

 

 

 ルリは唇を噛む。

 

 

「私はアンタのレースは全部観てたわ。アンタは、負ける度にバカにされて、惨めで……格闘ウマ娘の『希望』だったアンタは、もうそこには居なかった……!」

 

 

 ルリは息を溜め、言い放つ。胸の内を吐き出すように。

 

 

 

 

「『私は……もう負けるアンタを見たくないの!!!!!』」

 

 

 

 

 その言葉に、遠くの席の芦毛のウマ娘の耳がピクンと動いた。

 

 

「昔、アンタが初めてうちの道場に来た時……同い年の格闘ウマ娘が居るって知って、嬉しかった。でも、アンタはとんでもなく強くて……私なんて紙クズみたいに投げ飛ばされて……でも、そんなアンタに本当に『憧れた』の。なのに……そんなに、その1人のレースウマ娘の『夢』が大事なの!!?」

 

 

 マリンは、何も言い返せずに口をつぐむ。

 

 

「……それがどんな夢か知らないけど……本格化も終わってる私たちが今更鍛えた所で無意味よ! 勝てるはずがないじゃない!」

 

「っ!!!」

 

 

 ガタンッ!とマリンが椅子から立ち上がり、ルリを睨みつけた。

 

 相対する2人を、周りのウマ娘たちが息を呑んで見つめている。

 

 

 しかし、マリンは黙ったままだった。先輩の夢を無意味と言われた怒りもあった。しかし、ルリの想いをマリン自身が裏切ったのも事実だと分かっていた。

 

 はっきり言ってしまえば、マリンは混乱していた。

 

 走りたいというウマ娘の本能と、武術家としての矜持が胸の中でせめぎ合う。

 

 マリンの心は、そんな板挟みな状態だった。そして……

 

 

 

「…………さい」

 

 

 そしてとても……とても苦しそうに呟き、叫んだ。

 

 

「…………うるさい!! それでも私は、ここで走ると決めたんだ!! 今更……ルリのそんな『夢』を語られても、私にはどうしようもない!!」

 

 

 マリンは動揺していた。

 

 しかし同時に、自分がどれだけ非道い事を言ってるかの自覚もあった。

 

 

「っ!!! 何よ、私の『夢』も……格闘ウマ娘たちの『希望』も……もう昔のことだって切り捨てるってワケ!!?」

 

 

「……………そうだっ!!!」

 

 

 マリンはやけっぱちに言葉を吐く。

 

 

 それを聞いて、芦毛のウマ娘が食事の手を止め、椅子から立ち上がる。タマモクロスは肩肘をつきながら、横目でそれを見ていた。

 

 

 

 マリンは眼前のウマ娘を見据えて叫ぶ。

 

 

 

 

「お前の昔の『夢』なんて!!! 私にはもう何の関係も……」

 

 

「マリンアウトサイダ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂全体に、地震がやって来たのではと錯覚するほどの威圧感が走った。ビリビリと皮膚に電気が流れるような錯覚が全てのウマ娘を襲った。

 

 

 

 

「その先は……言うな……!!!」

 

 

 

 

 マリンの身体はビクンッ!!!と震えた。恐怖で身体が竦むのはいつぶりだろうか。威圧感には慣れているはずの彼女は、久々のその感覚に混乱する。

 

 

 

 ルリも含め、事の中心の2人以外のウマ娘たちも同じく威圧感と恐怖に身体が竦んだ。

 

 

 平静を保てたのは、オグリキャップと同じ時代を駆け抜けたウマ娘たちと他少数だけ。少し離れたテーブルに座っていたメジロアルダンとサクラチヨノオーは落ち着いて事の成り行きを見守っている。

 

 

 マリンの居るテーブルでは、数多のレースを経験したナリタトップロード、アドマイヤベガ、メイショウドトウさえも、身体も強張らせる。

 

 唯一、テイエムオペラオーだけが動揺することなく腕を組んだまま、チラリとオグリキャップに視線を向けるだけだった。

 

 

 

 食堂内の空気が、固体と液体が入り混じった物質に変化したみたいだった。その威圧感による緊張と沈黙がその場を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい」

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、同じ芦毛のウマ娘、『白い稲妻』と称されたタマモクロスだった。彼女はテーブルに片手で頬杖をつきながら言う。

 

 

 

「『怪物』が出とんで……オグリ。あんま後輩たちをビビらせたらあかん」

 

 

 

 ハッ、とオグリキャップはいつもの雰囲気に戻る。

 

 

「す、すまないみんな、大声を出して驚かせてしまった……」

 

 

 食堂内の空気が正常に戻る。ある者たちは酸素を求めて深呼吸し、ある者たちは心臓の鼓動を抑えよう胸を押さえた。

 

 絶対に大声のせいじゃない……と誰もが思ったが口には出さなかった。

 

 

 

「……マリンアウトサイダ」

 

 

 オグリキャップはその場からマリンに話しかける。マリンは先の威圧感で額に汗をかいていた。

 

 

「……君とそのウマ娘の間に、どんな事があったのか。私には分からない。だが……」

 

 

 オグリキャップは真っ直ぐマリンの目を見つめて言った。

 

 

 

 

「君が『誰かの夢』であったのならば……そのことを否定してはダメだ……他ならない、君自身だけは、決して……それがどれほど自分を苦しめていたとしても……」

 

 

 

 

 そう言うオグリキャップの瞳には、後悔とも無念とも違う……拭い去れない悲しみのような感情がこもっていた。

 

 

 

 

「…………………っ」

 

 

 

 マリンは、アイドルホースの代名詞とも謳われたオグリキャップのその言葉の裏に、どんな過去があるのかは分からなかった。しかし……

 

 他のどのウマ娘よりも多くの夢を背負い、走り続けてきた彼女の言葉は、マリンの胸に『重く深く』響いた。

 

 

 

 ルリもオグリキャップの威圧感に、圧倒されたことに驚きを隠せなかった。

 

(あれが『芦毛の怪物』……本物の化け物じゃない……格闘ウマ娘にだって、私とマリンをビビらせる奴なんてそうは居ないのに……)

 

 

 

 

「君たち……そこまでにしておけ」

 

 唐突に高貴な声が響く。

 

 皆の視線が向く先、食堂の入り口に『皇帝』シンボリルドルフが立っていた。

 

 

 

 

 





次回

10話 それは勝負でも決闘でもない
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