【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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13話 勝負服と悪意票

 

 

 

 

 

 ある小雨の降る昼下がりのこと。

 

 トレセン学園の遊歩道をピンクの傘を差したナリタトップロードが歩いていた。『Make debut!』を鼻唄で歌いながら、楽しそうに時々スキップをしている。

 

 

「ふふふふーーん、ふんふんふーーん♪」

 

 

 彼女は午後のトレーニング開始まで少し間があったので散歩をしていた。雨天なので周囲には人影も無かった。遊歩道を独り占めしているちょっとした優越感に、彼女の気分は高まっていく。

 

 

「今日は室内トレーニングは〜、プールだと良いな〜♪ おや……!」

 

 

 彼女は立ち止まる。その目線の先には、それはそれは立派な『水たまり』があった。

 

 

「あ、あれは……大きさも、まん丸さも、雨の波紋も……すごく、すごくすっごく良い感じ! 中々お目にかかれない『水たまり』だ……うん、100点満点!」

 

 

 ふわふわ好きのあるウマ娘はファースリッパを内心レビューするらしいが、ナリタトップロードは良い感じの水たまりを見つけると時々点数を付けていた。大体いつも100点なのだが。

 

 

「……………」ウズウズ

 

 

 トップロードは湧き上がる衝動を抑えきれない。彼女は水たまりは基本的には飛び越す、飛び越すのだが……あまりにも形の良い水たまりを見ると、ついやってしまう事があった。

 

 

「えーい!」

 

 

 ばっちゃーーーーん!と両足を揃えて水たまりを踏み付ける。着地点を中心に飛沫が輪になって飛び散る。そして、靴の所に水が戻らない内にピョンと飛び退いた。

 

 

「〜〜〜! ふふっ」

 

 

 トップロードは気持ちよさそうに口元を綻ばせる。

 

 真面目な委員長の彼女が垣間見せた子供のような一面。こうやって小さな欲望を満たしてトップロードは満足気だった。と、そこへ……

 

 

「トップロードさん、何してるんですか?」

 

 

 黒髪で腰に緑のパーカーを巻いたウマ娘が声をかけた。透明な傘を差して、いつの間にか飛沫がかからない位置に立っていた。

 

 ぴょいんとトップロードが跳ねる。

 

 

「ひゃわあぁっ! マ、マリンさん!? あう……もしかして、見てました……?」

 

 

 水たまりに夢中になっていたのと、雨音で足音が聞こえづらくなっていたのか、トップロードは近づいてくるマリンに気付かなかった。

 

 

「はい、トップロードさんの姿が見えたので、声をかけようと思ったら突然立ち止まってブツブツ言い出したので……」

 

「あう……油断してましたぁ〜。私、良い感じの水たまりを見ると……その、気分が高まっちゃって……」

 

 

 そう言ってトップロードが恥ずかしそうに顔を赤らめてクルクルと傘を回す。すると、マリンも突然……

 

 

「えい」

 

 

 パチャン!と、側にあった小さな水たまりに飛び込んだ。トップロードはそれをパチクリとした顔で見ている。マリンはニコリと微笑んで言う。

 

 

「私も好きです、水たまりに飛び込むの。実家の山では、雨が上がった後はそこかしこに大きな水たまりが出来ました。私は小さい頃からそれに飛び込んだり、中を走ったりしてずっと遊んでいたんです」

 

 

 マリンはまた1度、今度は別の小さな水たまりにぱちゃん!と飛び込む。

 

 

「それで泥に慣れちゃってるのか、私、不良バ場でも全く問題なく走れるんです。トレーナーさんは、それは武器になると言ってくれましたが……中々活かすのは難しいですね」

 

 

 それを聞いて、トップロードのパァッと顔が明るくなる。

 

 

「マリンさんも分かってくれますか!? 水たまりの良さを! 子供っぽいと思われるかも知れないですけど、水たまりとの出会いって一期一会なんです! 同じ水たまりには二度と出会えないんですよ! なら遊んであげないと勿体ないと思うんです!」

 

 

 そう言ってトップロードは別の水たまりまで駆けて行ってピョンと飛び込んだ。すると、今度はツルッと滑って体勢を崩してしまう。

 

 

「ひょうわぁ!」

 

「危ない!」

 

 

 と、間一髪で傘を投げ捨てたマリンがトップロードの身体を支える。トップロードの傘の下にマリンも入る。

 

 

「あ、ありがとうございますっ! すみません、水たまりの良さを分かってくれる人が居て嬉しくてつい調子に……」

 

「怪我をしなくて何よりです。その……水たまりに飛び込む時には、転ばないコツがあるんですよ。ほとんど感覚的なものなのですが」

 

「そ、そうなんですか……! 私はまだまだ水たまりを極めてはいなかったのですね……マリンさんは凄いです! 私よりもずっと水たまりへの理解が深い感じがします! 正に『水たまりの鬼』って風格ですね!」

 

「……何ですか、それ?」

 

 

 マリンは後に知る。ナリタトップロードは一部から『良バ場の鬼』と呼ばれていることを。それは彼女が不良バ場のレースでは極端に成績が落ちるのと、彼女が本気で怒った時はまるで鬼の様になるのが理由だとか。

 

 マリンはトップロードが怒るところが全く想像つかないので、周囲に過去に何かあったのか聞いたら、皆一様に目を逸らして口を閉ざしてしまった。どうやら触れてはいけない話題らしい。

 

 ちなみに本人は『鬼』と呼ばれているのは単に強さの比喩表現だと思っている、とのこと。何やらウマ娘たちの間には、真相を本人に悟られてはならないという暗黙の了解があるようだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 コンコン

 

 それからしばらく経ち、ここはチーム『シリウス』のトレーナー室。

 

 ノックしてからマリンは「失礼します」と声をかけて入室した。室内には既に他のメンバーが揃っていて、皆口々に挨拶をした。

 

 すると突然、芦毛の大きな先輩がズカズカと肩を揺らしてマリンに近寄って来た。

 

 

「おうおう、マリンさんよお! 集合時間までまだ10分あるとは言えよお! 1番の新米が生意気にも最後にご到着たぁ、偉くなったもんだなぁ、ああん!?」

 

 

 ゴールドシップが謎に高いテンションでヤンキー口調でマリンにガンつけて突っかかる。これは戯れの一種だと分かるので、マリンは落ち着いて対応する。

 

 

「すみません、ゴルシさん。ナリタトップロードさんと水たまり品評会をしていたら、盛り上がってしまいまして……」

 

「ん? 水たまり品評会ならしゃーないな、うむ! 許してやるぞ!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 そんな会話をする2人をマックイーンが呆れた顔で見ていた。

 

 

「マリンさんも、もうすっかり学園に馴染んでしまいましたわね。ですが、変わった方々が多いので、変な影響は受けないように気を付けてくださいね?」

 

 

 お前が言うな、とマリン以外のシリウスメンバーは同じことを考えたが誰も口に出さなかった。

 

 

「……? そうですか? 皆、とても優しくて親切な方々ばかりだと思いますが」

 

 

 マリンもあまり細かいことは気にしない性格だった。

 

 

 

「みんな、集まったかな?」

 

 

 『シリウス』のトレーナーがホイールチェアをカララと机から離して立ち上がった。

 

 

「急に集合をかけてすまない。でも、今日はみんなに知らせたいニュースがあるんだ」

 

 

 そう言って、トレーナーはデスクの上に用意していたポスター紙を持って皆の座っているソファーまで歩く。

 

 

「実は、これはまだ関係者にしか伝えられていない情報なんだけど……みんなに見て欲しかったんだ」

 

 

 そしてトレーナーはパサッとそれを広げて皆に見せると、メジロマックイーンが呟く。

 

 

「わざわざ印刷しましたの? これは……宝塚記念のファン投票の順位表……もしかして、後輩たちの誰かが……え?」

 

 

 『宝塚記念』というワードに皆がざわつく。彼女たちの視線がポスター紙の下に向かっていくと、皆一瞬言葉を失っていた。そこに書かれていたのは……

 

 

 『得票数10位:マリンアウトサイダ』

 

 

 

「「「……えええええええ!!!!!?」」」

 

 

 

 ナリタブライアン、サイレンススズカ以外の皆が口を揃えて驚愕の声を上げた。マリンも目を丸くして固まっていた。

 

 

「ま、ままま、マジかよ! マリンはこの前未勝利戦に勝ったばかりだぞ!?」

 

 

 この展開に流石のゴルシも素で驚いていた。そして、トレーナーが皆を宥めて言った。

 

 

「僕も……正直予想外だった。今年の宝塚記念は重賞挑戦組とついでにと思ってマリンも登録はしていたんだ。まさか、選ばれるなんて……マリンの幼馴染みの言葉が現実になったね」

 

 

 トレーナーが一呼吸つく。

 

 

「……マリンは元々12位だったんけど、上位のウマ娘の内、1人は怪我の療養、1人は海外遠征で登録を取り消したんだ。それで、繰り上がりでギリギリ滑り込んだって感じだな」

 

 

 

 ちなみに、宝塚記念で優先出走権があるのは投票で選ばれた10枠、他には海外バの枠が8枠ある。その8枠が埋まらなければレース実績に応じて他のウマ娘が出走する場合もある。最大18人のウマ娘たちで争われるが、今の段階ではまだ確定していない。

 

 

 

 室内が驚愕の空気に包まれる中、ゴールドシップがマリンに、最高に嬉しそうな笑顔で肩を組んだ。

 

 

「やったじゃねーかよ、マリン!!! G1レースだぞ、G1!!! 流石はアタシの後継追込みバだぜえーーーー!!!」

 

「私が…………G1レースに…………?」

 

 

 マリンは未だに驚きを隠せなかった。多くの仲間たちの支えによって、彼女が未勝利戦で白星を挙げたのはつい先日のことだ。武道の世界では個の鍛錬しかしてこなかったマリンにとって、仲間と共に強くなる経験は新鮮だった。そしてそれは彼女の中で、レースの世界そのものへの敬意へと繋がっていった。G1レースの重みを、今の彼女は十分に理解していた。

 

 

「凄いです、マリンさん!」

 

「こんなことってあるのね……」

 

「マリンさんの元々の知名度があってこそですわね。素晴らしいですわ」

 

 

 スペシャルウィークとサイレンススズカ、メジロマックイーンも驚きを隠せない。他のメンバーも各々コメントする。しかし、その中でナリタブライアンは冷静な態度を崩さなかった。

 

 

「だが、仮に出走したとしても……相当に厳しいレースになるだろう。グランプリレースには当然、強豪のウマ娘しか出走しない。特に、この得票数1位の皐月賞ウマ娘。かなりの実力者だ。クラシック期に宝塚記念に出走するくらいにはな……皆もレース映像は観たはずだ」

 

 

 その皐月賞ウマ娘はトレセン学園の生徒ではなかった。レースウマ娘育成機関は中央と地方のトレセン学園だけでなく、その他にも存在していた。その為、彼女についてレース映像以外の情報を集めるのは難しかった。

 

 

 一度、室内がシンと静まり返る。参戦すること自体が名誉だとも言えるグランプリレースだが、その挑戦が無謀だということも皆分かっていた。

 マリンは未勝利戦を1勝したのみ。対して、ポスター紙に並ぶのは重賞レースを幾つも制した名だたるレースウマ娘ばかり。経験も実力も、マリンとは段違いだろう。

 

 

「ブライアンの言う通りだ。そして……」

 

 

 トレーナーは何かを言い淀んでいる様子だった。

 

 

「お兄さま……? どうかしたの?」

 

 

 その様子にソファーの端に座っていたライスシャワーが気付いて心配そうに言った。

 

 

「ああ……これは言うべきかどうか迷っていたんだけど、君たちを信じて、隠さずに伝えよう」

 

 

 トレーナーは真剣だが、同時に残念そうな表情で言う。

 

 

「実は……学園の調査で、このマリンへの投票には悪意票も混じっていることが分かったんだ」

 

「え、アクイヒョー……って何?」

 

 

 ウイニングチケットが首をかしげる。

 

 

「……マリンのレースウマ娘への転向を、未だに心良く思わない人たちも居るって事だ。もちろん、大半の票は応援の気持ちだと思うけど……そうではない、マリンを貶めたくて票を入れた人たちも居るみたいなんだ」

 

 

 トレーナーが険しい表情になった。マックイーンも同じ顔になる。

 

 

「なるほど……つまりその方たちは、マリンさんに屈辱を与える為にG1レースで走らせたい、という事ですか……虫唾が走りますわね。レースを何だと思っているのでしょうか……」

 

 

 珍しくマックイーンは、静かに、そして溢れんばかりの怒気を発して言う。それを感じ取って隣のライスシャワーはビクリとした。

 

 

「へっ、現実を見せつけてマリンの心をへし折ろうってか? 上等じゃねーか、見返してやろうぜ、マリン!!! そんな奴らはチーム『シリウス』の敵だ!!! 逆に後悔させてやるぜ!!!」

 

 

 ゴールドシップが激昂する。他のウマ娘たちも同じ気持ちのようだった。

 

 

「だけど……」

 

 

 と、トレーナーはマリンを見つめて言う。

 

 

「決めるのは君だ、マリンアウトサイダ。今なら出走を取り下げることも出来るけど……どうする?」

 

 

 チームメイト全員の視線がマリンに集まる。マリンは目を閉じて考える。そして、ゆっくりと目を開いた。

 

 

「皆さんのそのお気持ちは、とても嬉しいのですが……客観的に考えて、実力も経験も、G 1レースに挑む為の何もかもが、今の私には足りていません」

 

 

 マリンは目を細め、そのまま言葉を続ける。

 

 

「けれど……私には先輩から預かった『夢』があります。果たさねばならぬ友との『約束』があります。この先、こんなチャンスがいつ訪れるかも分かりません」

 

 

 マリンは迷いの無い目で、トレーナーの目を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「ほんの僅かでも『可能性』があるのならば……私は、挑戦したいです……! G1レースを……走りたいです!」

 

 

 トレーナーは口に笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「君なら、そう言うと思っていた。分かった。厳しいレースになるだろうけど、出来る限りのことをしよう。みんなも、協力してくれるかい?」

 

 

 シリウスメンバーも口に笑みを浮かべて、トレーナーと同じ表情で頷いた。

 

 

「おっしゃーーーー!!! そうと決まれば、今日から死ぬ気で特訓特訓特訓だあああ!!! こういう勝負の方が燃えるだろう、マリン!!!」

 

「はい、よろしくお願いします。ゴルシさん!」

 

 

 ガシッと2人は握手をする。

 

 

「ゴールドシップさん、またマリンさんに変なことを教えるつもりではないでしょうね!? 今回は私も付きっきりでトレーニングをしますからね、監視の意味も込めて!」

 

 

 マリンの決断に、とっくに彼女の背中を押すと決めていた『シリウス』メンバーたちは盛り上がる。その様子をトレーナーは暖かい目で見守っていた。本当に良いチームになったと、彼は誇らしく感じていた。

 

 

 

 マリンが宝塚記念に出走するというニュースに、世間も学園内も小さからぬ騒ぎとなった。OP戦さえ出走していないウマ娘の無謀な挑戦だと揶揄する者も多かったが、マリンを応援する者もそれ以上に居た。

 

 クラスメイトはもちろん、生徒会や縁の出来た『伝説の世代』の先輩たちも応援の言葉をかけてくれた。

 

 そして何よりもマリンを奮い立たせたのは、ハルウララと一緒に参加しているダンスレッスンのメンバーからの応援だった。レースに中々勝てずに苦しんでいるそのウマ娘たちも、心の底からマリンの挑戦を喜んでくれていた。

 

 マリンは一層、シリウスの仲間たちと共にトレーニングに励んだ。宝塚記念まで、そこまで時間は残されていない。しかし、彼女の心に憂いは無かった。ただ、無我夢中で突き進むのみと決心していた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 それから少し経ったある日の午後、『シリウス』のトレーナー室にメンバーが全員集合していた。

 

 今日は特別な日だった。なんと言っても初のG1レース、それに伴うのはレースウマ娘たちの憧れの中の憧れである『勝負服』である。そのお披露目をチームメンバーにする予定なのだった。

 

 

 

「うーーーん、マリンとマックイーンのM&Mズはまだかよぉ。待ちきれないぜぇーーーー」

 

 

 ダラーンとゴールドシップがソファーの背もたれに腹を乗せて干された布団のような体勢でうめいていた。マリンは別室で着替えていて、マックイーンはそれに付き添っている。

 

 

「きっともうすぐ来るわよ。トレーナーさんもまだご覧になってないんですよね?」

 

 

 サイレンススズカがクスッと笑った後、トレーナーに問いかけた。

 

 

「うん、勝負服そのものは見たけどね。着ている姿は、これからみんなと一緒に初めて見るよ」

 

 

 他の皆もソワソワしていた。自分の勝負服でなくとも、『初めての勝負服』というのは胸が躍るものだ。

 

 

「いいなぁ〜〜、羨ましい〜〜! まさかこの前入ったばかりの後輩に先を越されるなんて〜〜!」

 

 

 前髪ぱっつんのウマ娘と他の2人も羨ましいと口々に言っていた。3人組は元々嫉妬深い性格というわけではないが、それでも勝負服というのは憧れの最上位である。悔しいと思うのは仕方のないことだろう。

 

 

「アハハ、確かにこの前って感じがするよね〜。でもしょうがないよ〜。マリンさんって格闘技の全国大会で優勝してたし、元々とっても有名だったんだからね。君たちもいつか、勝負服を着られる時が来るよ、絶対!」

 

 

 ウイニングチケットが3人組にエールを送る。負けないように頑張ります!と3人は気合を入れ直していた。この素直さが彼女たちの強さでもあり、隠れた人気の秘密だった。

 

 

 それから数分して、ガチャリとドアの開くとマックイーンがトレーナー室に入ってきた。

 

 

「皆さん、お待たせしましたわ。さぁマリンさん、入ってきて下さい」

 

 

「ぅぅ…………」

 

 

 ぴょこんとマリンが入り口から顔だけを覗かせている。

 

 

「何を恥ずかしがってるのです? 堂々と入ってきなさいな」

 

 

 マックイーンがクスッと微笑んでマリンを急かした。

 

 

「だって……なんか、照れ臭くて……私あんまり人に見せるための衣装を着るのは慣れてなくて……」

 

「今更何をおっしゃいますの? G1レースに挑戦するのに、そのくらいで恥ずかしがってどうするのです!」

 

「それとこれとは別ですぅ……」

 

「い・い・か・ら! お入りなさい!」

 

 

 マックイーンがマリンの手を引っ張って入室させる。そして、ついにマリンの勝負服姿がお披露目された。

 

 

 トレーナー室にいた皆が一様に「おぉ……」と呟いた。

 

 

 そこには、全体的に「和」で統一された衣装のマリンが居た。ベースは道着の『袴』だった。格闘ウマ娘として活躍していたイメージが勝負服にも取り入れられていた。

 

 袴の脚部は藍色をベースに下から燃え上がる紅と蒼の炎の刺繍が施されている。上衣はシンプルに無地の白、その上から舞い散る桜の模様の入った非常に淡い橙色の羽織りを着ている。

 

 

「マリンさん、カッコいいです! 正に『和』ってイメージが似合って、凛々しい感じがします!」

 

 

 スペシャルウィークが両手を握って褒める。

 

 

「ほぅ……似合ってるじゃないか」

 

「うん! なんか時代劇に出てくる女剣士って感じだー! 新撰組みたいな!」

 

 

 ナリタブライアンとウイニングチケットが言う。

 

 他の皆も口々に感想を言った。そして最後にトレーナーが一言。

 

 

「うん、マゴにも衣装とはこのことだ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 照れ臭そうにマリンは言った。

 

 

「どう? 初めて勝負服に袖を通した感想は」

 

 

 サイレンススズカがニコリと言う。

 

 

「……見た目よりも軽いのに驚きました。羽織りも邪魔な感じが全くしなくて、足の可動域も普段着けてる袴よりも広くて、凄く『計算されて』作られているな……と」

 

 

 トレーナーが微笑みながら言う。

 

 

「『勝負服』には、レースで走る為の様々な工夫が施されているからね。雨天で濡れてもあまり重くならないように素材も特殊なものを使っているんだ」

 

 

 しかし、皆が盛り上がるのに反比例する様に、マリンはどこか浮かない顔をしていた。それを察してライスシャワーが声をかける。

 

 

「マリンさん……どうしたの? どこか変な所あったの……?」

 

「いえ、その……少し試したいことがありまして……」

 

 

 マリンは慎重に羽織りを脱いだ。羽織りに上衣の形が浮き出ないようにする為、ノースリーブと言う程ではないが、袖はかなり薄く短くなっていた。それを側に立っていたゴールドシップに渡す。

 

 

「ゴルシさん、すみません! コレちょっと持ってて下さい」

 

 

 そう言ってマリンは足速にトレーナー室を出て行った。それを見てライスが更に心配そうな顔になる。

 

 

「ど、どうしたのかな、マリンさん……?」

 

「さぁ……」

 

 

 マックイーンが答えると、すぐにタタタタと廊下からマリンが戻ってくる足音が聞こえた。そして、入ってきた彼女を見て皆、もう一度驚くのだった。

 

 

 マリンは勝負服の道着袴の上から、いつも彼女が腰に巻いていた緑色のパーカーを着ていた。それは、表現出来ない雰囲気を纏っていた。決して悪い意味ではない、むしろ正反対に、非常に『似合って』いた。

 

 

「…………!」

 

 

 トレーナーは驚いた。彼女がその姿でターフを駆けるイメージが鮮明に見えた。まるで、その緑色のパーカーが初めから彼女が勝負服として着る為にあったかのように、彼は感じた。

 

 

「あれ……すごい……! 何だか、さっきよりもしっくり来るというか……『マリンさん』だって感じがするー!」

 

「和洋折衷な雰囲気で、カッコいいです!」

 

「そうだな……派手さは減ったが、何というか、今の方が自然な感じだな」

 

 

 チケット、スペ、ブライアンが口々に言う。マリンは申し訳なさそうな表情で、おずおずとトレーナーに尋ねる。

 

 

「トレーナーさん、その……この勝負服、製作して頂いた方に本当に申し訳が立たないのですが、このパーカーの方を着て、レースで走る事は可能でしょうか……?」

 

 

 トレーナーは顎に指を当てて考える。

 

 

「……うん、URA本部で検査をして問題ないと判断されたら可能なはずだ。ただ、そのパーカーはレース用の物ではないから、風の抵抗や雨を吸って重くなる度合いが大きいはずだ。私物を使うのはそれなりのリスクがあるけど、それでも……良いのかい?」

 

「はい、お願いします!」

 

 

 マリンは即答した。

 

 

「うん、分かった。後で手続きをしておくよ。それに、僕もその姿のマリンの方が自然な感じがするんだ。ひと目見て、君がその衣装でレースを走るイメージが鮮明に浮かんできたよ」

 

 

 製作者さんには僕から連絡するよ、とトレーナーは続けた。

 

 

「勝負服って私物を使っても大丈夫だったんですねー。私、知らなかったです」

 

「私物のだるまを背負って走ってるウマ娘もいるのよ、スペちゃん」

 

「え、フクキタルさんのアレって私物だったんですか!?」

 

「身に付けている開運グッズの半分以上はね」

 

 

 そんなスペスズの会話に、フンギャロクション!とどこかで福を呼びそうな名前のウマ娘がくしゃみをした。

 

 

「さて、これで準備は整ったね。宝塚記念まであと少しだ。残りの期間、更に気合を入れてトレーニングするぞ、マリン」

 

「はい、改めてよろしくお願いします、トレーナーさん!」

 

 

 マリンはビシッと礼をした。

 

 

 ちなみに、トレーナーが勝負服の製作者に羽織りではなくパーカーを着たマリンの写真を送り謝罪したところ、その人は快くそれを了承してくれた上に、袴をそれに合わせて調整してくれる事となった。

 

 その人もマリンのその姿に何かを感じ取ったらしく、全く気にしないで欲しいと言っていたとのこと。勝負服の製作に情熱を燃やすデザイナーは流石と言ったところだった。

 

 

 そして月日は過ぎて、いよいよマリンは『宝塚記念』当日を迎える。

 

 未勝利を1勝したのみのレースウマ娘が、G2、G3、OPすらもすっ飛ばして最上位のレース挑む。

 

 運命の時が、近づいてきていた……

 

 

 

 





次回

14話 宝塚記念・前編:私は『Make debut!』しか知らない
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