【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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過去に書いたものを加筆修正してあります。バチバチに戦闘描写ありますので苦手な方はスキップお願いします。




番外編1:前編 トレセン学園の推定最高戦力、邂逅

 

 

 

 

 これはマリンアウトサイダがトレセン学園へ転入して少し経った頃のお話。当時の彼女はレースへの挑戦に向けて、教官による全体指導やルドルフの個人レッスンを受けて基礎を養う段階だった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 BNWと覇王世代の2人のお陰で、マリンが徐々にクラスにも馴染んできた頃、ランチタイムの食堂で蕎麦を啜る彼女を見つめる、目つきの鋭い、凛々しい風格のウマ娘がいた。

 

 

「………………」

 

「ヤエノさん、どうしたんですか? 何だか難しい顔をしていますよ」

 

 

 子犬のような雰囲気のウマ娘の耳がぴょこんと跳ねる。

 

 

「むっ……私としたことが、友との語らいの最中うつつを抜かすとは、申し訳ありません」

 

「ヤエノさんはあちらの噂の転入生の方が気になっているのでしょう?」

 

 

 硝子のような美少女ウマ娘が微笑みながら尋ねた。

 

 

 マリンから少し離れたテーブル席。そこにはヤエノムテキ、サクラチヨノオー、メジロアルダンの3人が座っていた。

 

 

「……はい、アルダンさんのおっしゃる通りです。実は彼女のことが気になっていまして」

 

「噂の転入生って、下の学年に来た武術家のウマ娘のことですか? 名前は確かマリンアウトサイダさん……でしたか。ヤエノさんは彼女のこと、ご存じなのです?」

 

 

 サクラチヨノオーの問いかけに、ヤエノムテキは静かに頷く。

 

 

「私は初等部の頃に、UMADが主催する武術大会に何度か出場したことがあります。そして中等部に上がる手前でレースの道を進む決断をして、以後はあまりそのような大会には参加しませんでした。その後からです。マリンアウトサイダという神童が現れた、という噂を耳にするようになったのは」

 

 

 そして彼女は目を閉じて続けた。

 

 

「……もしも、私が武術家としての道を選択していたのなら、彼女とは必ずどこかで拳を交えていたでしょう。そしてレースを志した後もそれを夢見る時がありました。『世代最強の格闘ウマ娘』……武に生きる者として、挑みたくないと言えば、嘘になります」

 

 

 ヤエノムテキはチラリとマリンを見た。彼女はちょうどこちら側に背を向けてどんぶりを掲げて出し汁を飲んでいるところだった。

 

 

「しかし、彼女も今は『レースウマ娘』……しかも転入して日が浅い。いたずらに勝負を挑むのは無礼ではないのかと逡巡していたのです」

 

「そうだったのですねぇ……う〜ん」

 

 

 チヨノオーが頭を傾けて何かを考えている。そしてピコーンとその頭上に電球が浮かんだ。

 

 

「そうだ! でしたらまず、マリンアウトサイダさんとお友達になれば良いのでは?」

 

「お友達……ですか?」

 

 

 ヤエノムテキはキョトンとした顔で聞き返した。

 

 

「はい! まずはお友達になって、色んな事を話して仲良くなって、それから『私と勝負して下さい』って頼めば良いと思います!」

 

「なるほど……その発想はありませんでした。私は武術家として彼女と相対する事しか考えていなかった。流石はチヨノオーさんです。感服しました」

 

「えっへん!」

 

 

 ブンブン、とウマ娘ではなく犬の尻尾が振られているのが見える。

 

 

「それは妙案でございますね。『善は急げ』と申しますし、早速お声をかけてみてはいかがですか?」

 

 

 アルダンがにっこりと微笑むと、ヤエノムテキもつられて微笑む。

 

 

「はい、そうしようと思います。では、行って参ります」

 

「頑張って下さい! チヨノー、オーです!」

 

「はい、吉報をお待ちしております」

 

 

 ガラ……とヤエノムテキは席を立ち、かの格闘ウマ娘のもとへ意気揚々と向かうのだった。

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 マリンにはトレセン学園に来てから1つ驚いたことがあった。食堂の料理の美味しさがハンパないのである。

 

 

「……美味……!」

 

 

 この蕎麦1つ取っても、都内で普通に店を構えても良いのでは?と思える美味しさである。UMAD本部道場の食堂でもここまでのレベルではない、と彼女は昔を思い出す。流石は中央トレセン学園と言ったところだ。

 

 ゴクッとマリンアウトサイダはどんぶりを掲げて出し汁を最後の一滴まで飲み干す。彼女が蕎麦を完食して一息ついた頃、コツコツと誰かが近づいてくる気配があった。

 

 

(ああ、先程から……いや、転入したばかりの頃から熱い視線を送っていたあの方か……)

 

 

 マリンの中で、何かが熱を帯び燻り始める。

 

 

「もし、食事中のところ、大変失礼致します。少しお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

 凛々しい、澄んだ声でヤエノムテキは黒髪のウマ娘に話しかけた。そしてゆっくりと、彼女は振り返る。

 

 

「……ええ、ちょうど食べ終えたところですので構いませんよ、『ヤエノムテキ』さん」

 

 

 !!!……とヤエノムテキは自分の名を呼ばれたことに驚きを隠せない。

 

 

「私を……知っているのですか?」

 

「知らない方がおかしいです」

 

 

 マリンは目を細めて言う。

 

 

「金剛八重垣流……その流派は武を志す者ならば、知らない者はいません。UMADに所属していた頃も、度々『ヤエノムテキ』の名は耳にしていました。レースで走るあなたの映像を本部道場で見たこともあります。皆、口々に言ってましたよ。『ヤエノムテキ』と闘ってみたい、と」

 

 

 ゾゾ……とヤエノムテキは寒気を感じた。目の前のウマ娘の雰囲気が突然変わった。目の前に獲物を狙う肉食獣が突然出現したと錯覚しそうだった。

 

 

「そして、私もその1人です」

 

 

 その威圧感に、ヤエノムテキは息を呑んだ。

 

 

「そう……でしたか、私は未だ道半ばの未熟者。そのように言われているとは、思ってもみませんでした」

 

 

 呼吸を整え、ヤエノムテキは落ち着いて答える。

 

 

「思惑からズレてしまいましたが、今ならば言っても良いでしょう。マリンアウトサイダさん、同じ『武を志すウマ娘』として、私とお手合わせ願えませんか?」

 

「………………」

 

 

 マリンは黙ったまま、静かな表情でヤエノムテキの目を見つめる。

 

 

「そして、あなたとお友達になりたいとも思っています。いつかお時間のある折に……」

 

「私は、1つ勝手な思い込みをしておりました」

 

 

 ヤエノムテキの言葉を遮って、マリンがスッと席を立つ。

 

 

 

 

「あなたは『格闘ウマ娘』ではなく、『レースウマ娘』でしたね」

 

 

 

 

 ヴォォッッッ!!!!!

 

 

 

 

 突如、マリンの左脚の足刀蹴りがヤエノムテキを襲う。マリンのスカートと腰に巻いた緑のパーカーがバサッとはためいた。

 

 

「ッッ!!!?」

 

 

 ヤエノムテキは即座に反応して、一歩引いてそれを避ける。

 

 遠くで見ていたチヨノオーは「えええ!?」と目を丸くして、アルダンは「まぁ」と口を手に当てた。

 

 

 マリンは左脚をピンと蹴り出した姿勢のまま言う。

 

 

「武技を競い合うのならば……どのような形であれ、それは即ち『喧嘩』である、と私は考えています。『喧嘩』は場所も時も選びません」

 

 

 スッとマリンは脚を下ろした。

 

 

「食事の時も、睡眠時も、入浴時も、怪我をしていても無関係です。武術家として、他の武術家と相対したのならば、拳を交える以外に何の選択肢がございましょう」

 

 

 渦を巻くような、好戦的な瞳がヤエノムテキを捉える。決して逃すつもりは無いという獣の眼だった。

 

 

「ぬ……!!」

 

 

 ヤエノムテキは理解した。自分が彼女に話しかけた時点で、虎の尾を踏んでしまっていたのだと。

 

 

「本気ですか……ここはトレセン学園です。格闘ウマ娘の試合会場ではありませんよ」

 

「『ヤエノムテキ』という強きウマ娘が目の前に、手の届く場所に居るのです……喧嘩をしてみたいという胸の昂りを抑える術を、私は知りません」

 

 

 マリンは、完全にスイッチが入ってしまっていた。

 

 対するヤエノムテキも、マリンの圧倒的な雰囲気に「致し方なし」と構えをとる。食堂に居る他のウマ娘たちもその異常事態に気づき始めていた。

 

 

 

「………………」

「ーーーーーーーーーー」

 

 

 

 2人のウマ娘は瞬きもせず、互いに睨み合う。そして……

 

 

 

「…………フッ!!」

 

 

 

 先に動いたのは、転校生・マリンアウトサイダの方だった。

 

 

「っ……!!」

 

 

 ヤエノムテキは神経を尖らせ攻撃に備える。相手は世代最強の格闘ウマ娘と呼ばれる猛者である。決して油断はできない。

 

 

 ヒュッッ! ヒュオッッ!

 

 

 マリンが繰り出した2連の突きを、ヤエノムテキは揺れ動くススキの様にしなやかに躱す。

 

 

(速い……! だが、見切る事は出来る……今は兎に角、何とかこの場を収めなくては)

 

 

 ヤエノムテキはその後の連撃も躱しきり、再びマリンと睨み合う。

 

 

「……どうされたのですか? 逃げ躱す事に徹するとは、話に聞く金剛八重垣流とは違いますね。それとも、あなたが特別に臆病なだけでしょうか」

 

「……無益な闘いは避けるべきです。どうか拳を収めてはくれませんか?」

 

 

 マリンの好戦的な眼は、未だ渦巻いている。

 

 

「無益……ですか、やはりあなたはレースに主眼を置いておられるのですね。武から離れ、レースで競い合う生活をしていたのなら当然でしょうか。格闘ウマ娘にとっては武技を競い合う事そのものが益です。無益な闘いなど、この世には存在しませんよ」

 

「っ……それは戦闘狂の価値観です。私にも格闘ウマ娘の友は多く居ますが、そう考えているのは極一部の喧嘩狂いだけです!」

 

「問答は無用のはずです。語るならその身で鍛えた武技でお願いします」

 

 

 マリンは再び拳を構えた。それを見て、ヤエノムテキは唇を噛む。

 

 

(マリンアウトサイダ、なんたる狂戦士ぶりだ……理知的で物腰は穏やかなのに、喧嘩の事となるとまるで話が通じない! これが世代最強と言われる格闘ウマ娘……!)

 

 

 タッ! ビュオッッ!

 

 

 マリンは一瞬で間合いを詰めると、先の攻撃を遥かに超える速さで突きを繰り出す。

 

 ビッ!とその拳がヤエノムテキの頬を掠める。

 

 

(っ、更に速く……!? 彼女を相手に、攻撃を躱し続けるのは無理か……致し方なし)

 

 

 ヤエノムテキがその突きを避けると、マリンは即座に2撃目を追い撃つ。それは腹を狙った右手による下段掌底突きだった。マリンの手がヤエノムテキを襲うその瞬間……

 

 

(そこッ……!)

 

 

 ヤエノムテキはその2撃目を完全に見切り、カウンターを狙い踏み込んだ。

 

 格闘技全般に通じる知識として、どんな格闘家でも攻撃の瞬間が最も無防備になると言われている。ボクシングでもカウンターで頭部にパンチが決まれば、相手はほぼ確実にリングに沈む。

 

 ヤエノムテキは反撃の機会を直感で察して、マリンの「右手側」からカウンターを打ち込もうと踏み込んだ。タイミングは完璧だった。これならマリンがガードする前に確実に拳が届く。

 

 そして、ヤエノムテキが脇に構えた拳を繰り出そうとした瞬間……

 

 

 

(ッッッッ!?!?)

 

 

 

 ゾクリと、ヤエノムテキの背筋に緊張が走る。マズイ、攻撃してはいけない、と彼女は本能で理解した。ビタっと、ヤエノムテキは攻撃の手を止める。

 

 仄暗い洞穴の中で毒蛇が牙を剥いているイメージが、彼女の脳裏に浮かんだ。

 

 

(これは……受けるしか……!)

 

 

 このタイミングでは回避への移行は不可能である。ヤエノムテキは辛うじて両腕を交差してマリンの掌底を受け止める決断をした。そして来たる衝撃に備えるが……

 

 

 

 ズドンッッッ!!!!!

 

 

 

「ぐッ……うぅぁ!!!」

 

 

 ズザザァァァ!とヤエノムテキが防御体勢のまま後方へ滑る。想定の数倍重い衝撃に、彼女の喉から呻き声が漏れる。腕を貫通して腹にまで衝撃が通った。

 

 ここが食堂じゃなければ後方に飛び退いて衝撃を軽減する事も出来ただろうが、周りのウマ娘に被害が出ないよう、彼女は気合いで踏ん張るしかなかった。

 

 

(私と殆ど変わらぬ体躯で、なんて重い掌打を放つんだ……!? マリンアウトサイダはフィジカルは中程度で『技』で闘うタイプだと聞いた事があるが、とんでもない! 間違いなく一般的な格闘ウマ娘を遥かに凌いでいる。UMADのトップ選手とはこれ程までに……!)

 

 

 掌底を受け切ったヤエノムテキに、マリンは冷静な視線を向ける。

 

 

「……勘は鋭いようですね。あなたが反撃していたら、あの時点で決着がついてました」

 

 

 ヤエノムテキも同じ視線をマリンへ投げ返す。

 

 

「そうですね……思い出しました。マリンアウトサイダの格闘スタイルは空手と合気道、打撃の中に巧妙に相手を絡め取る蜘蛛の巣を張り、攻防一体となった攻め手で相手を翻弄する戦術を得意とする……と。実際に目の当たりにすると、恐ろしいものがありますね」

 

 

 合気道は独特の動作で最高効率で相手の攻撃を捌き、相手の身体・呼吸を支配する武術である。合気道家に掴まる事は、全身を支配されるのに等しい。空手による打撃の応酬の中で、相手の反撃を絡め取り拘束するのがマリンの制圧手段なのである。

 

 

「私の闘い方をご存知でしたか。まぁ別に隠している訳ではありません、その情報を相手が知った上での戦略ですので」

 

 

 マリンは左手の手刀を突き出し、右拳を脇の下に固め、再び構えを取る。冷徹な雰囲気で、次は無いとでも言わんばかりに闘気を発している。

 

 

「どうされますか? このまま私の攻撃を受け続けても構いませんよ、『終わらせる事』は可能です。かの金剛八重垣流の使い手と出会えたのに、その相手が『なまくら』だったのは残念ですが」

 

「……………」

 

 

 マリンの挑発を無視して、ヤエノムテキも黙して構えを取る。

 

 

(マリンアウトサイダの攻防一体の戦術……理論上は隙が無いが、実戦においてそんな事はあり得ない。打ち合いの最中に隙とは必ず生まれるもの。しかし……)

 

 

 ヤエノムテキは悔しさに唇を噛む。

 

 

(マリンアウトサイダの水準に、私自身が達していない。私の祖父ほどの達人ならば、その僅かな隙を的確に突く事が出来るだろうが、今の私では無理だ。流石はウマ娘格闘界のトップに登り詰めた格闘ウマ娘……レースを走る私とは、積み上げた鍛錬の質と量が違う。ならば、今の私に出来る事は……)

 

 

「……来なさい。聞かん坊な後輩の面倒を見るのも、先輩の務めです」

 

 

(祖父から受け継いだ、己の技を信じる事のみ……!!!)

 

 

 マリンはヤエノムテキの雰囲気が変わったのを感じ取った。

 

 

「良き『眼』になりましたね。やっと喧嘩らしくなってきました。金剛八重垣流の武技、いか程のものか見せて貰います……フッッ!」

 

 

 マリンは一瞬でヤエノムテキに詰め寄ると、脇に固めた右拳で正拳突きを放つ。それは余りに見え透いた『罠』だった。大振りでいかにもカウンターを誘っている。まるでヤエノムテキ試しているかの様な正拳突きだった。反撃すれば、今度こそ合気に絡め取られ、決着がつくだろう。

 

 そんな攻撃に対してヤエノムテキは……

 

 

「……はぁあああッッ!!!」

 

 

 

 実直に、正直に、彼女の性格を表しているかの如く真っ直ぐに、

 

 

 『カウンター』を狙い反撃した。

 

 

 虎の口に自ら飛び入ったのだ。

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 マリンの瞳に驚愕の色が映る。彼女はヤエノムテキがこの初手は回避すると予想していたが、まさかバカ正直に反撃をするとは思っても見なかったのだ。

 

 

(だが……私のやる事は変わらない!)

 

 

 マリンは勢い良く振り込まれた反撃の右腕を、片手で受け流し絡め取る。手首を掴んだのなら、ほぼ勝利は確定したと言っても良い。そうして合気の技でヤエノムテキの呼吸と筋肉の反射を支配しようとすると……

 

 

 フワン…………

 

 

「なっ……!?」

 

 

 マリンは更に驚愕する。合気の技がかからない。掴み取ったはずのヤエノムテキの腕が、まるで実体のない水や火に変化した錯覚に襲われたのだ。その掴んだ腕とヤエノムテキの繋がりが絶たれているかの様だった。対して……

 

 

「コオォォ……」

 

 

 ヤエノムテキは密着しそうな程に、マリンの懐に深く踏み込んだ。まるで全てを侵蝕する火の如く、まるで岩溝に流れ込む水の如く。そして……

 

 

「ハァアアアッッッッ!!!」

 

 

 ドグォンッッ!!!

 

 

 ヤエノムテキはゼロ距離で肩と背中を打ち込み、マリンアウトサイダを後方へ打ち飛ばした。中国武術の鉄山靠と呼ばれる技に似た動き。

 

 

 ガシャアアッッッン!!!

 

 

 マリンは完全に虚を突かれ、防ぐ事が出来なかった。さっきまで自分が座っていた椅子とテーブルの場所まで吹っ飛ばされ、大きな音が鳴り響く。

 

 周囲で息を呑み、見守っていたウマ娘たちから驚嘆の声が上げる。ジュブナイル期・若手最強と謳われる格闘ウマ娘に、ヤエノムテキが見事に大きな一撃を入れたのだ。それを行った当人は……

 

 

 

「くっ……ぅぅ……ぁっ!!」

 

 

 

 観衆の注目が集まる中、痛みに顔を歪めていた。周囲の驚嘆の声の中に、心配の声が混じり始める。

 

 

「ぐぅっ……慣れない事はするものではないですね。元より脱臼癖は有りましたが、闘いの最中で行うのは負担が大き過ぎる……!」

 

 

 ヤエノムテキは左手で右肩を押さえる。彼女の右腕はプラーンと垂れ下がっていた。

 

 そう、先のマリンアウトサイダとの戦闘でヤエノムテキが腕を掴まれる寸前、彼女はわざと肩関節を外したのだった。脱臼する事は、言い換えれば骨格が一時的に変化する事。それによりマリンアウトサイダの合気の効力を途絶させたのだ。マリンにとっては自切したトカゲの尻尾を掴まされた様なものである。

 

 ウマ娘の中には脱臼癖を持つ者が存外多い。ヤエノムテキはそれを利用して世代最強の格闘ウマ娘に一矢報いたのだ。

 

 

 

「スゥゥゥ、ハァァァ」

 

 

 ヤエノムテキは呼吸を整え、左手をテーブルに、右手を床に置いた。そして……

 

 

「フッ!!!」

 

 

 ゴキャッ!!!

 

 

 と、生々しい音を立てて外れた肩関節を自分で嵌め直す、肩の調子を確かめて、ヤエノムテキはゆっくりと立ち上がった。

 

 

「……『火水合一、則ち護成る』。金剛八重垣流は守護に重きをおく流派。守る為の技を、連綿の繋がりの中で幾百年も磨いてきた古流武術です。搦手を狙う武術との闘いの地点は、我々はとうの昔に通過しています」

 

 

 ヤエノムテキは祖父より受け継いだ技への誇りを胸に、マリンアウトサイダに向けて言い放った。

 

 

 

 

 

 





次回

番外編1:後編 トレセン学園の推定最高戦力、邂逅
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