【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
ヤエノムテキの攻撃に吹き飛ばされたマリンアウトサイダは、乱雑に倒れた椅子の側に仰向けに横たわっている。
ぶつかったテーブルの縁で、先程彼女が食していた蕎麦のどんぶりがグラグラと揺れていた。そのバランスが崩れ、床に向かって一直線に落ちていく所を……
パシッ
と彼女は目視せずにどんぶりを片手でキャッチした。
「……ああ、ツユも全部飲んでて良かった。溢れてたら制服が汚れていたかもしれないな」
ガガッ、ズズズ……とマリンは倒れていた椅子を除けて立ち上がると、コトッとどんぶりをテーブルに戻した。
「……………」
ヤエノムテキは静かにマリンを睨み付ける。見た感じではダメージを受けた様子は全く無い。そのタフさは流石はUMADのトップ選手と言ったところである。
マリンもゆっくりとヤエノムテキに向き直り、おもむろに言葉を紡いだ。
「『火水合一』……金剛八重垣流の極意であると、風の噂で聞いた事があります。なるほど、私の師匠が2つの武術を極めて漸く至った領域を、金剛八重垣流は既に通過していたと……」
マリンはジッとヤエノムテキを見つめる。
「先の一撃、見事でした。ヤエノムテキさん、あなたなら今からUMADに移籍しても間違いなく上位層に食い込めるでしょう。そして……」
スッ……と、マリンはヤエノムテキに頭を下げる。周囲の観衆も静かにそれを見守っていた。
「先の私の数々物言い、大変無礼でした……謝罪いたします。私は、あなたが『武から離れ、レースで競い合う生活をしていた』と口にしましたが、そうではなかったと、この身を以て理解しました。あなたはレースを走りながらも、武人で在り続けていた……」
マリンはゆっくりと顔を上げ、ヤエノムテキへと向き直る。その瞳には……
先よりも濃く、煮えたぎる岩漿の様な闘志が渦巻いていた。ゾワリと、その闘志とは反対にマリンを中心に空気が凍ついてゆく。
「ッ…………!!」
ヤエノムテキは無意識に身構える。マリンアウトサイダの異様な闘気に当てられ、周囲のウマ娘の中からも「ヒィッ……!」と小さな悲鳴が口々に上がった。
黒髪の武術家ウマ娘は、言葉を続ける。
「あなた程の武術家に、始めから全身全霊で挑まなかったのは完全に礼を失していました。ヤエノムテキさん……同じ『武を志すウマ娘』として、お手合わせ願います」
一切の侮りを捨てたマリンを目の当たりにして、ヤエノムテキの額に一筋の汗が垂れてゆく。
(っ……分かっていた。神童と謳われたあの『マリンアウトサイダ』があの程度で倒れるはずがない。この事態を引き起こしたのは私だ。『覚悟』を決めるより他は無い……!)
カツ……カツ……とマリンは歩みを進める。
ヤエノムテキは歩み寄る『怪物』をただ迎え撃つのみだった……
…
……
………
…………
戦闘を再開しようとする2人を見ていたチヨノオーが手を振って慌てふためく。
「まだ終わってないんですかぁ!? あわわわわわわわわわ!! アルダンさん、私の提案が大変なことを引き起こしてしまってますーーーー!! 助けてマルゼンさーーーん!!」
「あらあら、これは予想外の展開ですね。どう致しましょう。ん? あのお方は……」
アルダンの視界に『あるウマ娘』の姿が映る。するとアルダンはニコリと微笑み、落ち着いて優雅に目の前のティーカップを口につけた。その洗練された動作はまさに令嬢の鑑であった。
「アルダンさん! 紅茶を飲んでる場合じゃないですよ!? なな、何とかしないとー!!」
「チヨノオーさん、落ち着いて下さい。きっと大丈夫ですよ」
年長者の余裕か、アルダンは優しい視線で事の顛末を見届けるのだった。
…………
………
……
…
「ボーノ!!!」
「ッ……!?」
ヤエノムテキへ向かって行くマリンアウトサイダを、突如何者かが背後から抱きつき、拘束した。
マリンは油断をしたつもりは無かった。しかし、背後にはいつのまにか『巨大』としか形容できないウマ娘が立っていた。
「……何者……ですか?」
「あたしはね、ヒシアケボノっていうの! キミ、あの転入生のマリンアウトサイダちゃんだよねっ? あたし、ずっとキミとお友達になりたかったんだっ☆」
ヒシアケボノ、身長178cmの巨躯のウマ娘。マリンには聞き覚えのない名だった。しかし、足音も無く接近し、背後を取るその動きは武芸者としか思えなかった。マリンはがっちりと腕ごと胴を締め付けられている。振り解けそうな気配は全くしない。
「……すみませんが、離していただけませんか。私はヤエノムテキさんに用があるので」
ん〜〜、とヒシアケボノは思案顔だ。
「ここはね〜、みんながハッピーな気持ちで、お腹い〜っぱい食べて、元気モリモリになるための場所なのっ♪ だから、マリンアウトサイダちゃんにも、ハッピーな気持ちでヤエノちゃんとお食事して欲しいな☆」
「……そうですか」
マリンはグッと足を踏ん張る。
「ですが私はもう、食事は済ませたので……!」
ズンッ……!!!!!!
「えっ?」
ヒシアケボノは驚いた。抱き止めていたはずのマリンの身体が突然『重く』なったのだ。
まるで、自分の身長を遥かに超える巨大な岩石がマリンの体積まで縮み、しかもその足元に穴が開いて下に引き摺り込もうとしているかのように感じた。
マリンは合気の技をかけていた。彼女の筋力ではヒシアケボノの拘束を振りほどけない、ならば『ヒシアケボノ自ら腕を離させれば良い』と考えたのだ。
「ふぅッ……んん〜〜〜ッッ!!!!」
ヒシアケボノの額に汗が浮かぶ。初めて体験する『合気』、マリンに抱き付くことはむしろ技をかけて下さいとお願いしてるのと一緒である。あまりの重さにマリンを拘束する腕を解きそうになるが、ヒシアケボノは気合いと筋力で踏ん張っていた。もしマリンを離せば、再び拘束する事は不可能だろう。
マリンにとって、自分よりも大きな相手と闘うのは日常だった。全く同じ状況に陥ったことも何度もあった。彼女は今回も同じく『合気』で乗り越えられる、そう思っていた。
しかし……
「ボォォーー……ノォォーーッ!!!」
「な、にっ……!!?」
僅かだが、マリンの足裏が床から離れそうになる。どんな怪力だ!?とマリンは驚愕する。
柔よく剛を制す、という言葉は有名だが、その後は『剛よく柔を制す』と続く。合気道は相手の力を全て利用してしまうことで知られるが、その利用できる力にも許容量がある。
合気道の天敵は、純粋に強大な力である。自分が制する事のできない圧倒的な怪力の前には、敗北を喫する他ない。
マリンはそんな怪力を持つ者は噂に聞く『ばんえいウマ娘』くらいのものだろうとたかを括っていた。しかし、現実は違った。
トレセン学園には常識を超えた強者が存在していた。
(このような怪力のウマ娘が……なぜトレセン学園に……!! 武の素養もある……何故、私は彼女を知らなかったんだ……!?)
グ…グググ……!と徐々に均衡が崩れてゆく。
ヤエノムテキは武術家としても有名だからマリンも知っていたが、ヒシアケボノはあくまで相撲好きとしか知られていない。彼女の格闘ウマ娘としてのポテンシャルを評価しているのは、常に才覚あるウマ娘を探し回っているUMAD副理事長くらいだった。
「ふぅっ……ぐっ、ぬぅっ……!!!」
マリンアウトサイダの表情が曇る。一方、ヒシアケボノは汗こそかいているが笑顔は崩していなかった。
その時点で、勝敗は決していたのだ。
今……その均衡は崩れた。
「ボォォーーー……ノォォーーーーッッッッ!!!!☆」
ズァァァァァァァ!!!と、ついにマリンの身体は持ち上げられ、ヒシアケボノに抱っこされた状態となった。
初手から組みつかれていたという条件はあったが、持ち上げられたマリンは、己が絶対の信頼を置いていた『合気』が押し負けた事実に驚きを隠せない。
マリンは己の技があれば、どの様な状況からでも少なくとも脱出する事は可能だと自負していた。
しかし、この様な怪力の持ち主に相手に、拘束されたまま頭突きや踵蹴りをしても無意味であるとマリンは分かっていた。それが意味する所は、彼女の守護たる合気の完全敗北である。
「な、何という剛力……!! アケボノさんが、これ程とは……!!」
『技』と『力』の純然たる真っ向勝負を眼前で見ていたヤエノムテキは、胸を熱くし目を輝かせていた。
その勝負結果は、ヒシアケボノの勝利だった。
「ボーノ☆」
…
……
………
…………
「マリンアウトサイダちゃんっ! アタシとお友達になってくれる〜? もちろん、ヤエノちゃんともだよっ☆」
「っ……はい、分かりました。お友達に、なりましょう……」
マリンは俯いて、完敗だという表情。逆らえる気力など残っていなかったので、脱力してされるがままになっている。
「それじゃ〜、3人でこの食堂名物の限定メニュー『超巨大山盛りウマぴょいパフェ』を食べよっか♪ ほっぺがトロトロ〜って落ちそうなくらい美味しいんだよっ☆」
「あの、ヒシアケボノさん……分かりましたから、降ろして貰えませんか? 流石に恥ずかしいです……」
「ダ〜メ〜♪ マリンアウトサイダちゃん、何だか抱っこしやすいんだもんっ☆ このまま注文しに行こう〜!」
ぶらんぶらーんとヒシアケボノがマリンを揺らしながら歩いていく。その後ろをヤエノムテキは笑顔でついて行く。
そしてその後、3人は仲良く巨大なパフェを囲んで食べた。
後日マリンが言うには「味は本当に美味だった」とのこと。
それを見ていた周囲のウマ娘たちは「もしかしたら殴り合いという意味では、あのテーブルにはトレセン学園の最高戦力が集まっていたのではないか?」と密かに噂するのだった。
…
……
………
…………
「ほら、チヨノオーさん。貴方の作戦が見事に大成功しましたよ。皆さま、お友達になりましたね」
ニッコリとメジロアルダンは微笑む。
「こ、これは作戦成功……で良いのかなぁ……あはははは」
チヨノオーはポリポリと頬を掻いて、ひとまずホッとしたのだった。
…………
………
……
…
チヨノオーたちのテーブルから更に離れたテーブルで、4人のウマ娘たちが一連の騒動を見物していた。
「かぁーーーーっ! 良いね、良いねぇ、良いものが見れた! 『火事と喧嘩は江戸の華』ってなぁ! 今日はここで昼飯を食って正解だったなぁ! そう思わないか、タマ?」
「まぁ、最初はド突き合ってたみたいやけど、結局ヒシアケボノが来て転入生抱っこして終わったやんか。ウチもぎょうさん喧嘩は見てきたけど、大阪の夜店の酔っ払いの方がオモロい喧嘩しとんで。派手さが足りへん」
「かーーーっ! 分かってねぇなぁ、タマ! あれが武道家同士の立ち会いってヤツだぜ、渋いじゃねえか! ほら、背景で龍と虎がお互いを食い合ってるみたいな感じさ! そんな熱い駆け引きがあったに違いねぇ!」
「漫画の読みすぎや、イナリ」
タマモクロスがつまらなそうな顔で言い返す。対してイナリワンはむかっ腹を立てた。
「なんでぃ! この面白さが分からないたぁ素人だねぇ、タマ。大体、抱っこされてるのはお前さんの方じゃないか」
「喧嘩が素人なのはお前も同じやろ、イナリ。てか、クリーク……そろそろ降りてもええか? もう十分やろ」
「ダメですよぉ、タマちゃん。今日はい〜っぱい抱っこするって決めたんですからぁ♡」
「はぁぁぁ……たまにこうやってガス抜きさせないと、溜まった後でエラい事になるもんなぁ」
タマモクロスはランチタイム中ずっと、クリークの膝に乗っかってる状態だった。クリークはここぞとばかりにそれを堪能している。
「しっかし、あの転入生……格闘ウマ娘の中じゃあ世代でてっぺんくらいの実力者らしいじゃねぇか。それがなんだってトレセン学園に入ったんだ? 格闘技続けてりゃもっと大物になったかも知れねぇのによ」
イナリワンが肩肘ついて、遠くでパフェを突いているマリンを見やる。
「知らん。興味ないわ、そんなん。誰だって勝手にレースやったり、格闘技やったり、好きにすればええねん。まあ、オグリだったら今すぐ『ウマ娘フードファイター』に転向してもええと思うけどな?」
モグモグモグモグモグモグとハムスターみたいに頬に食べ物が詰めこんでいるのは『芦毛の怪物』オグリキャップ。ゴクン、とそれを飲み込む。
「タマ……突然褒めるのはやめてくれ。照れてしまうだろう……」
「褒めてへんわ!!!」
顔を赤らめるオグリキャップに、タマモクロスが鋭くツッコむ。
「まったく、オグリは相変わらずやなぁ。しかし……」
とタマモクロスが一呼吸入れる。
「あの転入生……実際んとこどうなんや? イナリはなんか知ってへん? 末脚が凄いー、とか何でもええ」
「うーん、トレーニング中にたまたま近くのグラウンドで教官の指導受けてるのは、見たことあるんだがねぇ」
イナリワンは数秒、言葉を選んだ。
「ハッキリスッパリ言っちまうと、『あたしらの敵じゃねぇ』……だな」
それを聞いてタマモクロスは腕を組んだ。
「ふーん……『天は二物を与えず』ってことか……」
「まぁ、あくまで今のところはって話だな。結局のところ、どうなるかは御天道様しか知らねぇよ。もしかしたらトンデモなく化けるかも分かんねぇモンだぜ」
イナリは咥えた爪楊枝をクイクイ動かす。
「なぁタマ……『天かす煮物を和えず』ってどういう意味なんだ?」
「うっさいわ!! お前はさっさと食い終わらんかい、どんだけ待たせるつもりやねん!!」
ツッコマれたオグリキャップはモグモグモグと食事を再開する。何故か分からないが、ほんの少し、あの武術家の転入生のことが気にかかるのだった。
自身がマリンアウトサイダが成し遂げる奇跡に深く関わる事になるのを、この時の彼女はまだ知らなかった……
次回
第4章
16話 ミドリ色のパーカーに包まれた赤ん坊
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