【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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【注意】格闘描写があります。苦手な方はご注意下さい。主人公の知らない出来事なので、飛ばして次の話に進んでも一応、ストーリーの把握には問題ないです。


番外編3 地下会議室の闘乱

 

 

 

 

「さっきから聞いてたら下らないことばかり言ってるな〜!! 『新しい価値観』? 『新しい時代』? そんなものは必要ない! テレビを見ても、新聞を見ても、街中を見ても、みんなレースウマ娘に夢中じゃないか、それでいいじゃないか!! ウマ娘のレース以上のエンターテイメントは存在しない証拠だ〜!!」

 

「M様ー! 私たちは立ち会い人で、あまり意見するのは……」

 

「うるさ〜〜い!! ボクに逆らうのか、K君のくせに!! 大体、走らないウマ娘に何の価値があるんだ!! 走るからこそ、多くの人を感動させるレースの名勝負が生まれるんだ!! 負けたからってなんだ、その名勝負の一部になったのなら十分に価値があるじゃないか!! 走らないウマ娘なんかより、レースウマ娘の方が価値があるのは当たり前だ!! それでURAを悪者にされたのなら、たまったもんじゃないよ!!」

 

「なっ………!!」

 

 

 エアグルーヴは絶句した。否、その場にいるM氏とK氏以外の全員が絶句していた。あり得ないものを見た気分だった。こんな奴がURAにいるのが信じられない、と。

 

 

「そのマリンアウトサイダだっけぇ? 格闘ウマ娘なんて野蛮な奴らに興味は無いけど、レースに出たいってのは頭の良い判断じゃないか! 格闘技なんかより、レースに出た方が名誉も、人気も手に入るんだからさ〜! 格闘ウマ娘なんか、レースに出られなかった落ちこぼれの集まりだろ〜!? ちょっぴり人気が出たところをURAに取られて、僻んでるだけじゃないの〜!?」

 

「貴様ッ! 自分が何を言ってるのか……」

 

 

 と、エアグルーヴが激昂すると

 

 

 

 ボゴン!!!! メキメキッ……べギン!!!

 

 

 

 と爆発のような破壊音が室内に響いた。

 

 皆が振り向くと、ヤマブキドウザンが会議卓に踵を振り下ろして破壊していた。木版は真っ二つに折れ、鉄部分はひしゃげている。

 

 

「テメェ……今、なんつった……」

 

 

 そこには『鬼』としか表現できないウマ娘がいた。

 

 

「テメェ……アタシの『家族』をバカにしたな……UMADのウマ娘たちはよぉ……皆アタシの家族なんだ……」

 

 

 ドウザンが破壊された卓を踏み越えてM氏に近づこうとする。彼女を止めようと、秘書がその肩をガシッと掴む。

 

 

「いけません、ドウザン様! ここでURAと諍いを起こしては」

 

「離せ、ジョン」

 

 

 

 ドン!!! ガシャアアアアアアン!!!

 

 

 

 ジョンが身体が吹っ飛ばされて、M氏と反対側の卓にぶつかり、その卓もひっくり返った。たづなが「キャア!!」と叫んで身を縮ませる。

 

 

「アタシはこのブタをヤると決めたんだ……」

 

 

 ジョンは後方に蹴り飛ばされていた。トモを触られたウマ娘が反射で行うのと同じ動作で。しかし鍛錬を積んだ格闘ウマ娘のそれは比較にならない破壊力を持つ。

 

 

「グゥ、ハッ……!」

 

 

 しかし、受ける側もプロだ。ジョンはダメージを受けただけで気絶はしていない。

 

 コツ、コツ、とドウザンはM氏に向かって歩き出す。

 

 

「お、お前、ボクに何かあったらURAがタダじゃおかないぞ! や、やっぱり格闘ウマ娘は野蛮だな! 聞いてるぞ! UMADは元々、反社会団体だったって! そんな奴らがリーダーだから野蛮なんだ!」

 

 

 ドウザンが立ち止まる。

 

 

「へぇ……ブタにしては良く勉強してるじゃないか。その通りだ、昔の話だがUMADは元々は違法格闘賭博場を生業としていた組織が基になって出来た。その元締めがアタシの一族『ヤマブキ家』だよ。極道一家ってヤツさ」

 

 

 ドウザンがカツンと一歩踏み出す。

 

 

「だがな……その賭博場は、URAのレース興行の裏で落ちぶれていったウマ娘の最後の拠り所だった。そんなウマ娘たちを食わせていく為には違法賭博という商売に手を染めるしかなかったのさ。分かるか? アタシの一族はURAの尻拭いをして来たんだ!! てめぇのケツも拭けねぇ、ウマ娘を使い捨てるゲスな連中のケツをな!!」

 

 

 カツンとまた一歩踏み出す。ヒィィとM氏とK氏が震える。

 

 

「お前のようなブタは早いうちに処分しちまった方が良いよな……まずは歯ぁ全部ぶち抜いて、離乳食しか食えないようにするか……」

 

 

 バッ! タン!

 

 

 会議卓を飛び越えて、ルドルフがドウザンの前に着地し、行く手を阻んだ。

 

 

「ヤマブキドウザン氏、どうか冷静に。ここでその拳を振るっても、何の益もありません」

 

「益があるかないかは無関係だ、シンボリルドルフ。アタシはそのブタをヤる。そう『決めた』んだ」

 

「……いけません。ここはトレセン学園です。どうか、我々の指示に従って……ッ!?!?」

 

 

 バシィン!! 

 

 

 ドウザンの突きをルドルフは辛うじて受け止めた。ビリビリと痛みが彼女の手を伝わる。

 

 

「会長!!」

 

 

 エアグルーヴが叫ぶ。

 

 

「大丈夫だ……エアグルーヴ。心配するな」

 

 

 ルドルフはエアグルーヴに向かって微笑む。その額には汗が一筋垂れていた。

 

 

「邪魔をするな、シンボリルドルフ。お前はそこのブタを庇うのか?」

 

 

 ギリ、ギリと両者の手は震える。

 

 

「ね、ねぇ! K君、アイツ殴ったよね! しっかり見たよね!」

 

「は、はいー! もちろんです! ヤマブキドウザンが暴力を振るう瞬間を確かにー!」

 

 

 M氏とK氏が子供みたいにドウザンを指差す。

 

 

「ああ……ウザってぇなッ!!!!!!!」

 

 

 ドウザンはそんな2人を心底苛ついた大声とともに睨みつけた。アヒィ!と叫んでK氏は気絶し、アワワワァ!とM氏は腰を抜かして動けなくなった。そして、彼女はルドルフと向き直る。

 

 

「フン……流石はシンボリ家のウマ娘だな。護身術くらいは身に付けていて当然……かっ!!」

 

 

 ドウザンは拳を引くと、今度は突きの連撃をルドルフに容赦なく打ち込む。

 

 

 ビュ、ビュ、ヒュン!!!

 

 

「ぐっ、くぅ、あぁ!」

 

 

 それをルドルフは苦しい表情で防ぐ。プロと変わりない拳の射線を辛うじて捉えている。

 しかし、予期していた部分に突きは来ず、空いていた腹に一撃を食らってしまう。

 

 

 ドズン!!!

 

 

「ぐぅぁッ!? か、は……!!」

 

 

 ルドルフは腹を押さえ、身体が崩れ落ちそうになるのをギリギリで踏ん張った。だが、髪の毛をガッと掴まれて顔をドウザンの方に向かされる。

 

 

「会長ーーーー!!!!!」

 

 

 エアグルーヴが叫ぶ

 

 

「くぅ、たづな! 急げ!」

 

「は、はい!」

 

 

 秋川理事長がたづなに何かを指示して、たづなが部屋を出てどこかへ駆け出したが、この場にそれを気にする者はいなかった。

 

 

「ヤマブキドウザン!!! 会長を離せぇーーー!!!」

 

「動くな、女帝。こいつの髪の毛が引きちぎれてもいいのか? しかし、簡単なフェイントに引っかかるあたり素人に毛が生えたくらいか。もう少し楽しませてくれると期待していたんだがな」

 

「ハァ…クッ、ハァ!!」

 

「会長……会長ぉ……」

 

 

 ルドルフが苦しそうに息をする。そんなルドルフを見て、エアグルーヴの目に涙が溜まる。

 

 

「もう一度聞くぞ、シンボリルドルフ。お前はそこのブタを庇うのか? このブタみたいな連中が多くのウマ娘を苦しめているんだぞ」

 

 

 ルドルフは呼吸を整える。

 

 

「ハァ……ウッ……URAには……素晴らしい方々も大勢いる……そこのお方のような者ばかりでは……ない」

 

「そうだろうな。だが、こんな奴が存在していること自体が問題だ……シンボリルドルフ、三冠ウマ娘のお前なら知っているだろう? その栄光の裏にどれほどの数のウマ娘の悲しみがあったのかを。全国でドロップアウトしたレースウマ娘のその後の進学率、非行率、そして……自◯率も知らないワケではないよな? URAがその原因だぞ。守る価値など……あるのか!?」

 

 

 ドウザンはグイと髪を引っ張り、ルドルフを更に立たせる。

 

 

「ぐっ……!」

 

「前から聞きたかったことがあるんだ。お前が生徒会長をしているのは、贖罪のためか? 七冠という最上の栄誉の裏に隠れたウマ娘たちへの償いをしているのか? 答えろ、シンボリルドルフ」

 

 

 グッ……と顔を上げ、ルドルフはドウザンの目を見る。

 

 

「違う……! 私は、私の旅路に誇りを持っている。それは私のトレーナーと共に歩んだ道だ。悔悟などない……そこには一点の翳りも存在しない!!!」

 

「……では、何故だ?」

 

「私の夢を叶える為だ……!」

 

「夢?」

 

 

 ドウザンは目を細める。

 

 

「私は、あらゆるウマ娘が幸福に過ごせる、理想の世界を作る……!」

 

「……なんだ、その現実を知らねぇ甘っちょろいガキみたいな夢は? お前は本当にあの『皇帝』か?」

 

 

 ルドルフは笑みを浮かべる。それは誇らしさから来る笑みだった。

 

 

「笑いたければ……笑え。だが、私は本気だ。共に、同じ視座で夢を見てくれるパートナーもいる」

 

「アタシの話を聞いていたか? 今のURAでは、その夢を叶えることは出来ねぇ。そんな夢になんの意味がある?」

 

「それは……先程あなた自身が言っていたはずだ」

 

「なに?」

 

 

『皇帝』の眼がヤマブキドウザンの瞳を射抜く。

 

 

 

「意味があるかないかは無関係だ、ヤマブキドウザン。私はここで為すべきを為す。そう『決めた』のだ」

 

 

 

「!!! …………そう、か」

 

 

 ドウザンはルドルフの瞳に『覚悟』を感じた。彼女も全てを知った上でレースを走っているのだと……自らと同じ志を持つ者であると気付いたのだ。

 

 たが、ドウザンはUMADとヤマブキ家の歴史と矜持を背負ってきた。それ故に、引き下がる事は己が許さなかった。だから試す事にした。髪を掴んでいるその左手を緩めて、皇帝に言う。

 

 

「その覚悟に免じて、一度だけチャンスをやる。今から、アタシは反撃をしない。アタシの『ヤマブキ』の名に誓ってだ。ボディを狙ってもいい、目潰しをしても構わない。お前がアタシを止めなかったら、アタシはそこのブタをヤる。どうする? URAに、『レースウマ娘至上主義』に賛同するなら、アタシを止めてみせろ」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 ルドルフは力強い眼でドウザンを見つめ返す。

 

 

「会…長っ…………」

 

 

 エアグルーヴの頬を涙が伝う。

 

 ルドルフの眼は燃えたように力強いままだ。

 

 

「……若ぇのに肝が据わっている。その潔さは買ってやる。だが、振るう拳の見つけられないガキは……寝てろ」

 

 

 ドウザンは右手を握って、トドメの一撃を構えた。

 

 

 

 

 

–––––

 

 

 

 

 

「うーむ、このトレセン学園、ちと広すぎやせんか?」

 

 

 スーツ姿の小柄な老人、角間源六郎がトレセン学園の中庭付近を歩いていた。守衛に名前を伝えたらすんなり入れたが、いかんせん道が全く分からない。

 

 

「それにしてもスーツは慣れないのぉ」

 

 

 パタパタと暑そうに源六郎は襟を動かす。

 

 

「理事長のとこまで案内して貰うにも、生徒たちがいないな……今は授業中か?」

 

 

 あてもなく彷徨ってると、とある校舎の木に『誰か』がいるのを感じた。

 

 

「ふむ、やはりいつの時代にも授業をサボって昼寝する奴はいるものだな。こやつに聞くとしよう」

 

 

 源六郎は木に近づくと上に向かって呼びかける。そこからウマ娘の姿は一切見えないが、そこにいる確信はあった。彼の武の達人としての勘が告げていた。

 

 

「おーい、そこのあんたー、ちょいと道を尋ねたいのだがー?」

 

 

 反応が無い。

 

 

「しょーがないのぉ」

 

 

 源六郎はその木の幹に近づくと、右手を当てて、腰を落とした。

 

 

「フゥッッ……!!!」

 

 

 ドズゥン!!

 

 

 老いた武術家は中国拳法の発勁のような技で、木に衝撃を撃ち込み全体を鳴らした。

 

 すると、上方から「な!?うわあぁ!!」と声が聞こえて、枝に引っかかりながら1人のウマ娘が落ちてきた。最後の木の枝に何とか掴まってブラーンと引っかかったタオルのようにぶら下がった。

 

 

「気持ちよく寝てるところすまなかったのぉ。だが他に生徒が見あたらなくてな。この学園の理事長と面談する予定での、案内してくれんか?」

 

「……っ、危なかった……! なんだ、アンタ何者だ。あの枝の上は絶対に周りからは見えない場所だったはず。どうやって私がそこに居ると分かった?」

 

 

 ブラーンとしたまま、鼻にテープを貼り、口に草を咥えたウマ娘が尋ねる。彼女はトレセン学園生徒会副会長のもう1人の三冠ウマ娘、ナリタブライアンだった。

 

 

「ただの勘じゃよ。で、お願いできるかの? お前さん、授業をサボっていたんだろ。客人を案内していたってのは良い口実になると思うがの?」

 

 

 ブライアンはジッと老人を見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「ふっ、面白い爺さんだ」

 

 

 そう言って彼女は枝を離してスタッと着地する。そして源六郎の側まで歩み寄ると、彼の小柄な体躯に驚く。到底あの樹木を揺らせるとは思えなかったのだ。

 

 

「しかし爺さん、アンタ私をクワガタか何かだと思ってないか? さっきのはどうやったんだ? ウマ娘が本気の蹴りでもしない限り、あんなに揺れることはないと思うが……アンタ、武術家か何かか?」

 

「まあ、そんなところだな。挨拶が遅れたな。俺ぁ角間源六郎と言う。お前さんは? 名前を聞かせてくれんかの?」

 

「……ナリタブライアンだ。一応、この学園の生徒会副会長をしている」

 

「ほう……! 三冠ウマ娘の、あのナリタブライアンだったのか! 流石はトレセン学園、有名なウマ娘に会えたもんだ」

 

 

 ふっ……とナリタブライアンが微笑む。

 

 

「ところで爺さん、理事長は今は会合の最中のはずだが、アンタもそれに参加するのか?」

 

「会合? いや、俺は理事長室で面談としか聞いていないが」

 

 

 そうか、とナリタブライアンは考え込む。

 

 

(UMAD副理事長はお忍びで来ると言ってたな。この爺さんがそれを知らないのは当たり前か……まて、武術家……?)

 

 

「なあ、爺さん、アンタもしかして『マリンアウトサイダ』と何か関係があるのか?」

 

「んん?」

 

 

 源六郎は少し目を細める。

 

 

「ああ、ソイツは俺の孫だ。弟子でもある。近々この学園の転入試験を受ける予定でな。恐らく、その事についての面談だと思うんだが……」

 

「そうか」

 

(ならば、恐らく秋川理事長はあの会合にこの爺さんを出席させるつもりだったのだろう。でないと同じ日に呼び出すはずがない。地下会議室まで連れて行くべきか……)

 

 

 あのUMAD副理事長、会うたびに勧誘してくるから面倒なのに、とブライアンが考えていると、誰かを探す必死な女性の声が聞こえてきた。

 

 

「角間さーーん!!! 角間源六郎さんはいらっしゃいますかーー!!!」

 

 

 ん? と源六郎とブライアンはその方向を見る。すると、2人に気付いたたづながこちらに疾走してきた。その速さに源六郎は驚く。

 

 

「はぁっ! 角間さん! ナリタブライアンさんも! お願いです、地下会議室に! はぁっ! はぁっ!」

 

「……どうやって行けばいい?」

 

 

 源六郎はその様子でただならぬ事態になっていると察し、余計なことは聞かなかった。

 

 

「おい、爺さん」

 

 

 ナリタブライアンが低く屈んだ姿勢で源六郎に声をかける。

 

 

「乗れ、場所は私が分かる」

 

 

 源六郎は迷わずブライアンの背におぶさった。

 

 

「たづなさん、緊急事態なんだろう? 走っていいよな?」

 

 

 たづなは息を整えて、大きく頷いた。

 

 

「はい、全力で走って下さい!!! 私が許可します!!!」

 

「爺さん、しっかり掴まってろ……!」

 

 

 ナリタブライアンは疾風の如く駆けて行き、その姿はすぐに豆粒ほどに小さくなった。たづなは祈るように、両手を胸に当てていた。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「爺さん、飛ぶぞ! 少し堪えろ!」

 

 

 ナリタブライアンが地下へ続く階段を飛び降りた。2階から1階へ飛び降りたようなものだが、源六郎は特に動じなかった。

 

 軽やかに着地したブライアンはスピードを落とすことなく走り続ける。彼女は振り向かずに、源六郎に声をかけた。

 

 

「慣れてるんだな、爺さん!」

 

「ああ、修行でアイツにもおぶらせて山を駆け回ったからな」

 

 

 そのまま2人は地下道を駆け抜ける。目的の会議室付近まで来ると、その扉が開きっぱなしになっていた。

 

 

「あそこだ、爺さん! あと少し!」

 

 

 ブライアンが減速しようとすると

 

 

「このまま走れ、ナリタブライアン。ここで良い」

 

「えっ!?」

 

 

 源六郎が一瞬でブライアンの肩を踏み場にして前方に飛んだ。

 ブライアンは信じられないものを見て驚いたが、辛うじて理性で判断し、右に進路をずらした。このままだとその老人に衝突する可能性があったからだ。

 

 そして更に驚く事に、源六郎は着地と同時に肩から地面でクルリと1回転して勢いを殺し、会議室の入り口で片膝をついて止まった。その動きはもはや老人のそれではなかった。

 

 

「なっ!!!?」

 

 

 ブライアンは源六郎の後方から会議室の中を見て驚愕する。シンボリルドルフが髪を掴まれ立たされいた。相手はUMAD副理事長のヤマブキドウザン。一体何が起こったのか分からなかった。

 

 対して源六郎はコンマ0.1秒で状況を把握する。左手に長机と制服を来たウマ娘、その傍に頭に猫を乗せた少女、中央で制服のウマ娘が茶髪のウマ娘に髪を掴まれている、更に奥に腰を抜かした小太りの男性と気絶して横たわる細身の男性、入口の視界から得られる情報はこれが全てだった。

 

 そして武術家の老人は最小限の動作で、室内に跳ね入った。

 

 

 

 

 

–––––

 

 

 

 

 

「……その潔さは買ってやる。だが、振るう拳の見つけられないガキは……寝てろ」

 

 

 ドウザンは右拳を握り、トドメの一撃を構えた。

 

 が、その手首を誰かに掴まれた。そしてドウザンにとって懐かしい声を聞いた。

 

 

 

「ドウザン、お前。年下の子供相手に何やっとるんだ」

 

 

 

「な……ッ!!!」

 

 

 と驚く間も無く、ドウザンの右腕、右肩にまるで重石を乗せられた感覚が伝わる。

 

 彼女は反射でルドルフから左手を離し、振り返ろうとすると、腰の右後ろ側からドン!と体当たりされて重心をズラされた。

 

 老人は流れるような動作で、手のひらでドウザンの顎を下から上へ掲げるように突き上げた。

 

 その場でフワリと宙に放り出される感覚にドウザンは混乱する。自由な左手は宙を掻くしかない。

 

 彼女はこの感覚を知っている。合気道の技だ、受け身を取らねば、なぜこの男がここに、と様々な事が脳裏をよぎるが、次の瞬間には後頭部を会議卓に打ちつけられ、意識が混濁した。

 

 

 

ベキィ!!! 

 

ドガシャアアアン!!!

 

 

 

 と、秋川理事長の目の前でドウザンが叩きつけられる。ひょわぁーーー!?ニャー!?という叫びを卓の破壊音が打ち消す。木製部分が砕けて割れ散った。

 

 

「少し、頭を冷やせい」

 

 

 老人は、イタズラをした子供を嗜めるように呟いた。

 

 

 解放されたルドルフは覚束ない足取りで壁際まで歩き、寄りかかるように地面にへたり込む。

 

 

「会長!!!!」

 

 

 エアグルーヴがルドルフに駆け寄り、肩を抱いて支える。

 

 

「ごめんなさい、会長……私、何も、何も出来なくて……!!!」

 

 

 ボロボロとエアグルーヴは涙を流す。そのような女帝の顔を見るのはルドルフも初めてだった。

 

 

「いいんだ……大丈夫だ……エアグルーヴ。そんなに泣かないでくれ。せっかくの化粧が崩れてしまうぞ……」

 

「会長っ………会長………ぁあ、あああああ!!」

 

 

 秋川理事長が2人に駆け寄り声をかける。ナリタブライアンも遅れて駆けつけた。ドウザンはピクピクと痙攣しながらまだ卓に乗りかかっていた。

 

 

 すると、ズサリと反対側から音がした。ドウザンの秘書、ジョンクルゥシーが立ち上がっていた。

 

 

「……っ、ドウザン様!!! 貴様っ、何者だぁ!!!」

 

 

 ジョンが声を上げて源六郎に突っ込んでくる。ルドルフと周囲の3人はその気迫にビクリと震えた。

 

 

「んん、まだ他にもいたのか?」

 

 

 武術の達人らしく、老人は特に驚く様子もなく彼女を迎え撃つ。

 

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

 

 ジョンが全力の右突きを源六郎に放つ。彼は事も無げに数ミリで見切りそれを避けると、その腕を掴もうとした。

 

 !!!とジョンは本能で危険を察知し、腕をバッと引いた。

 

 

「ほぅ……」

 

 

 と、源六郎は感心の声を漏らした。

 

 ジョンは本能で理解した。この老人は『危険な存在だ』と。

 

 

(先のドウザン様を投げた技は柔道、もしくは合気道、なら掴まれる事だけは避けなければならない……!)

 

 

 ジョンはボクシングのように拳を構えると、腕のバネを使ってジャブのような瞬間的なパンチを連続で繰り出した。腕が伸び切った瞬間に引き戻す。そうする事で掴まれるリスクを最小限に抑えた。ジョンの手のリーチならば、そこから即座に反撃されても判断する余裕がある。

 

 

「シッ!!! シッ!!!」

 

 

 それでも源六郎を捕らえきれない、ギリギリで避けながら、当たりそうなジャブはパシンと叩き落とした。彼は「良い判断だな」と笑顔さえ浮かべて余裕な様子だ。しかし……

 

 

「シィッッ!!」

 

 

 ジョンは源六郎をM氏がいた会議卓まで追い込んで突きを放つ、源六郎も背後は把握してるので横に飛び退いた。

 

 

(今だ!!!)

 

 

 それはジョンの作戦の一部だった。彼女は突きと同時に床に落ちた砕けた卓の木片を更に踏み砕いて、足首の動きだけで蹴り上げた。

 

 

「ぬぅ!?」

 

 

 源六郎は思わず顔を両腕で守った。飛び退いた姿勢のまま腕は木片を防ぐ、そのため一瞬だがボディに隙が出来る。

 そして、ジョンの足のリーチならばその位置から蹴りを入れる事が十分可能だった。

 

 

(そこッ……!!!)

 

 

 

 ジョンはすかさず蹴りを入れようとして、

 

 入れようとして、

 

 

(え?)

 

 

 と、ジョンは自身の思考に驚いた。

 

 

(私は……この老人を……蹴ろうとしている?)

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 格闘ウマ娘がまず最初に教わること、それは『どんなことがあってもヒトを蹴ってはいけない』ということだ。『ウマ娘』の身体能力はヒトの5倍から10倍はあると言われている。その脚力で全力で蹴られることは、普通の人間にとっては死を意味する。格闘ウマ娘たちにとって、ヒトを蹴ることは最大の禁忌なのである。それはウマ娘がヒトと共に生きる為に生み出された規律だった。

 

 例えば、警察や護衛業のウマ娘ならヒトを傷つけたとあっては信用を失くす。だから格闘ウマ娘たちはまず、蹴りを使わずに相手を無力化する術を学ぶ。ウマ娘同士の闘いならば蹴ることもあるが、暴漢などヒトに対しては冷静な判断力が求められる。思わずヒトを蹴ってしまわないように、ヒトかウマ娘かを瞬時に判断する訓練も行われる。鍛錬を積んだ格闘ウマ娘ほど、本能を理性で制御でき、その判断は迅速である。ジョンもプロなので、その鍛錬に抜かりなかった。

 

 だからこそ、この老人を蹴ろうとしている自分に驚愕していたのであった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「迷ったな、お前さん」

 

 

「ッ……!!!」

 

 

 ジョンが気付いた時には、源六郎は視界から消えていた。彼は飛び退いた時に背の会議卓の脚部を蹴って方向を変え、ジョンの足元へ地を這うように移動していたのだった。地面が縮んだと錯覚するほどのスピードだ。

 

 

(マズい、距離を……!)

 

 

 と、ジョンは思考する間も与えられなかった。

 

 

 カクン……!

 

 

 ジョンの姿勢は崩された。源六郎は地面ギリギリを寝そべったような姿勢で移動して、肩と背中を使いジョンの足を払う。合気道の『すかし』という技。ジョンは文字通りに足を掬われた。

 

 この技は相手を転倒させる為の技ではない。よろけさせたらそれで決まりだ。相手のバランスを崩し、重心を不安定にさせる。合気道家にとってはそれで十分。ウマ娘といえど、重心が定まっていなければその膂力を発揮できない。人間との差はなくなる。

 

 蛇が巻きつくように、源六郎の右腕がジョンの脇下から顎に伸びる。腰を押され、知らぬ間に下半身が浮いていた。

 

 『立っているその場で宙に放り出される感覚』をジョンは生まれて初めて味わう。

 

 

「経験不足だな、若えウマ娘さん。そこは、本能に従うところだぜ」

 

 

 ズガン!!!!!

 

 

 と、鈍い音とともにジョンの後頭部が床に叩きつけられる。脳がシェイクされ、彼女は平衡感覚も全て狂わされて動けなくなった。

 

 

 これがトレセン学園地下会議室にて行われた『武術の達人の男vsプロの格闘ウマ娘』の決着だった。

 

 

 

 

 

–––––

 

 

 

 

 

(……!!! こんな男が……この世に居たのか……)

 

 

 ナリタブライアンは驚愕していた。あの老人、只者ではないと分かっていたが、ウマ娘とのタイマンで勝てるとは全く予想していなかった。

 

 

 あの戦闘の後も、老人はいたって涼しそうな雰囲気だ。どれほどの場数を踏めば、ヒトの男がこの境地まで達せるのか、ブライアンには想像もつかなかった。

 

 

「……あの金髪のウマ娘は中々、見どころのある奴だったな。今でもヤマブキの家には良いウマ娘が揃ってるようだ。少し安心したわい」

 

「爺さん、凄いなアンタ。本当に何者なんだ?」

 

「ただの喧嘩バカって奴だ。そこの嬢ちゃんは無事か?」

 

 

 源六郎がルドルフたちのところへ近づくと、ルドルフはゆっくりと顔を上げた。

 

 

「……あなたが、角間源六郎……マリンアウトサイダの祖父ですか。この場を収めてくれて、感謝します。私たちでは……どうにも出来なかった」

 

「いいってことよ。それより大丈夫かい。見たところ顔は殴られてねぇな、腹ぁやられたか。一応、医者に診てもらった方が良い」

 

 

 少し遅れてたづなもやってきた。ひとまず会議室から出て上の階へ向かおうと話がまとまったところで、後ろでガラリと音がした。皆が音のした方を見ると、ヤマブキドウザンが頭を片手で押さえて立ち上がっていた。

 

 

「あぁ……痛え、あの浮かされる感覚、何度体験しても慣れねぇ。おい、なぜお前がここにいる、『角間源六郎』!! UMADにお前の籍は無ぇはずだぞ!!」

 

 

 源六郎は立ち上がり、ドウザンに向き直る。

 

 

「何を言っとるんだ、ドウザン。俺はアイツの保護者だ。よもや俺を『部外者』などと言うまいな?」

 

 

 数秒、2人は睨み合った。先に目を逸らしたのはドウザンの方だった。

 

 

「……ハァ、あんたの事だ。どうせ、マリンアウトサイダの好きにさせてるんだろ? 今まではそれでも良かったが、今回ばかりは話が違う。アイツはアタシの妹分だ、赤ん坊の頃から知ってるんだ……レースの世界へなんざ、行かせたくねぇ……勝ったとしても、負けたとしても、あそこには悲しみが多すぎる……」

 

 

 ドウザンにさっきまでの威勢はなかった。叱られた子供みたいに俯いて、小声になる。

 

 シンボリルドルフはその時初めて、ヤマブキドウザンの真意を理解した。UMADの先導役として、誰よりもウマ娘たちの悲しみに触れてきた彼女は、その愛情ゆえにマリンアウトサイダをレースウマ娘にしたくなかったのだ。

 

 はぁ……と源六郎はため息をつく。

 

 

「ドウザン、お前さんが情が深いのは知っている。お前さんがキレたって事は、そこに寝そべってる男どもが余程の事を言っちまったんだろ? 今回は痛み分けって事で手を打ちな。それに、俺が断言してやる。『ミドリ』に関しては、心配いらねぇよ。アイツはヤワじゃねぇ。この俺が鍛えたんだからよ」

 

「……………………」

 

 

 ドウザンは目を閉じた。緑のパーカーに包まっていた赤ん坊のウマ娘、幼い頃のマリンアウトサイダの笑顔が瞼の裏に浮かんでくる。納得はしていない、だが気持ちの整理は付けなければならない。

 

 

「……ああ、分かったよ。角間の爺ちゃん、アンタがそういうなら、今はその言葉で納得しておいてやる」

 

 

 ドウザンは腰に手を当てて、首をポキポキと鳴らした。

 

 

「…………迷惑をかけたな、トレセン学園。だが忘れるな。アタシはあの問いへの答えをまだ貰っていない。マリンアウトサイダは……今はお前らに預けておいてやる。その間に考えとけ」

 

 

 ドウザンを腕を組み、ルドルフたちの方を見る。そして、部屋の隅でうずくまってる小太りの中年と、いつ間にか目を覚ました細身の男を一瞥する。

 

 

「おい……そこのブタ、アタシはあんたを許しはしない。だが、今回だけは大目に見てやる。次からは口に気をつけな」

 

 

 これで全て決着はついた……かと思いきや、バカはやはりバカだった。これが温情だと言うことも理解しない。

 

 

 

「ふ、ふ、ふざけるな〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 M氏は突然カン高い声で叫ぶ。

 

 

「やっぱり格闘ウマ娘は野蛮だ〜!! ボクらにこんなことしてタダで済むと思うなよ〜!! お前がシンボリルドルフに暴力を振るったのはこの目で見たぞ!! URAに報告してやる!! そうすればUMADは終わりだ〜!! だーっはっはっは!!」

 

「そ、そーだ、そーだ! 報告してやるー!」

 

「M氏、K氏……」

 

 

 シンボリルドルフがゆっくり立ち上がり、2人の前に腕を組んで立つ。

 

 

「私は、何もされていない」

 

「「はぁ?」」

 

「もう一度言う。私はヤマブキドウザン氏に何もされていない」

 

「な、何言ってるんだ〜〜!? 確かにこの目で」「そ、そーだぞ!」

 

 

「……黙れ、痴れ者ども……!!!」

 

 

 ルドルフの威圧感で空気が痺れる。URAの2人はヒィ!と声を上げガクガクと震え出した。

 

 

「M氏、貴様のウマ娘を侮辱する数々の発言は到底許し難いものだ。挙句の果てにヤマブキドウザン氏の温情をも無下にした。URAには私自らが報告させてもらう。そして然るべき処分を受けてもらおう」

 

「な、ひぃ……!」

 

「たづな!」

 

 

 秋川理事長が横目でたづなに確認する。

 

 

「はい、あなた方の発言は全てレコーダーで記録してあります。特にM氏、あなたはレースウマ娘ではないウマ娘を差別し、そして敗北したレースウマ娘をも軽視しました。URA職員にあるまじき発言の数々。あなたには、レースを語る資格はありません……!!!」

 

 

 たづなの気迫も相当なものだった。彼女もウマ娘たちを心の底から愛し、応援し、支えたいと願う者だ。M氏のような人間を許せるはずがない。

 

 カツンとルドルフが一歩踏み出し、子供のように怯える2人を見下ろす。

 

 

「今後、トレセン学園に、レースウマ娘に二度と関わるな。もし関わったならば一生をかけて後悔する事になる。シンボリ家を無礼るなよ……!!!!」

 

 

 ア、アア……ばたり

 

 

 と、2人は気絶した。おっかねぇな、と言う源六郎。ルドルフはドウザンに振り返り、深々と頭を下げた。

 

 

「ヤマブキドウザン氏、この場で起こった事は全てレースに携わるこちら側の失態でした。大変ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。トレセン学園を代表して、この生徒会長シンボリルドルフが謝罪いたします」

 

 

 ……ふん、とドウザンな鼻を鳴らすが、その顔は先と比べれば穏やかだった。

 

 

「ああ、その謝罪を受け入れよう。そして、悪かったな。殴っちまってよ。治療費はこちらに請求してくれ。話はついたな、帰らせてもらう」

 

 

 そう言って、ドウザンはジョンの所まで歩くと、彼女をヒョイと肩に抱えて会議室の出口に向かう。そして出て行く前に、彼女は振り返った。

 

 

「……シンボリルドルフ、お前の甘っちょろい夢は今のURAじゃ叶わねぇ。だが、もしお前がURAを変えられるのなら……その時は、手ぇ貸してやる」

 

「……ああ、楽しみにしていてくれ。ヤマブキドウザン」

 

 

 ふっ、と笑うと今度こそドウザンとジョンは出て行った。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「……決着!!! あぁ……辛うじてだが、丸く収まってくれたな。角間氏、後程改めてお礼を言わせてもらいたい。だが、まずはルドルフ会長を医務室へ連れて行こう」

 

 

 秋川理事長は毅然とした態度を崩していない。老人は「若ぇのに大したモンだ」と感心していた。

 

 

「会長、肩を……」

 

「ああ、すまないな、エアグルーヴ……」

 

「私も手伝わせろ……会長、すまなかった。私が側にいれば、こんな怪我はさせずに済んだかもしれないのに……」

 

「いやブライアン、それは違う。ヤマブキドウザンは相当な実力者だ。君でもきっと無傷ではすまなかった。君は角間源六郎を連れてきてくれた、それが最善の手だった。秋川理事長の慧眼には恐れ入ったよ」

 

 

 URAの2人は後回しにして、皆会議室を後にした。これで今度こそ、全て決着がついたのだった……

 

 

 

 

–––––

 

 

 

 

 ドウザンはジョンを肩に担いだまま地下通路を進む。少しずつジョンの意識がはっきりしてきたようだ。

 

 

「ドウザン様……もう、大丈夫です。降ろしてください。自分で歩けます……」

 

「無理すんな。あの技食らったの初めてだろ? まだ頭の中が揺れてるはずだ」

 

「っ……お手を煩わせて、申し訳ありません……」

 

 

 気にすんな、とドウザンは軽く返す。

 

 

「…………ドウザン様、あの男は何者なのですか? 『ヒトはウマ娘には力で敵わない』……その常識を軽く超えていました」

 

「……これは親父が言ってたんだけどよ。男なら一生に一度は地上最強を夢見るそうだ。だがそのほとんどがウマ娘という存在を目の当たりにして、現実を知り諦める」

 

 

 客観的に見て……そうだろう、とジョンは考える。

 

 

「だが……」

 

 

 とドウザンは続ける。

 

 

「世の中にはそれでもなお、ウマ娘をも超えて地上最強を本気で目指すバカな男たちがいるんだとよ。角間源六郎はそのバカな男たちのうちの1人だ。アタシも他に数人知ってるよ。でもそいつらはほとんどが裏の人間なのさ」

 

「……もう一つ質問が……ドウザン様はあの男とどういう関係なのですか?」

 

「……現UMAD理事長、アタシの婆ちゃんには昔、妹がいたらしい。病弱で長く生きられなかったらしいが……角間源六郎はその妹の旦那だ。アタシは婆ちゃんの妹を写真でしか見たことがないがな。角間の爺ちゃんが赤ん坊のマリンアウトサイダを拾った後、アタシはよく面倒を見に行ってたんだよ。アタシがまだ学生だった時の話だ」

 

「!……そう、だったのですか」

 

 

 2人は暫く黙ったままだった。そして不意に、ジョンが呟く。

 

 

「マリンアウトサイダは……レースで活躍できるのでしょうか?」

 

「……そればっかりは、分からねぇ。ただ、アイツは技で闘うタイプで、身体能力は実は並くらいなんだ。客観的に見たら……厳しいだろうな」

 

 

 すぅー、とドウザンは深く息を吸った。

 

 

「マリンアウトサイダに転向の理由を直接問いただしても、『更なる修行のためです』の一点張りでな。昔から頭の良い子で素直な性格なんだが、いざって時には絶対に言うことを聞かねぇんだ」

 

 

 全く、なんでレースをしたいんだか、とドウザンは困り顔になる。それは妹の心配をする姉の顔だった。

 

 

「まあ、辛いことも多いだろうが、少なくともUMADにはいつでも帰ってこれるようにしておきてぇ。アイツもアタシの『家族』だからな」

 

 

 そう言ってドウザンは優しく、寂しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 





次回

17話 『カワイイ』強者は爪を隠す
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