【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
山中を2つの影が疾走する。今そこでは追う者と追われる者の緊迫した駆け引きが行われていた。
ダッダッダッダッダッ!!!
ザザザザザザ!!!!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
『敵』に追われ、先を駆けているのはナリタタイシンだ。参加したくもなかった修行だが、簡単に捕まるのは彼女のプライドが許さなかった。
そして彼女を追うのは、同じBNWの仲間の1人、ビワハヤヒデだった。普段なら仲間には優しい眼差しを向ける彼女も、今は獲物を追う狩人の顔でタイシンを追う。山中という環境に彼女の中の『野性』を刺激されたのだろうか。
この様な状況になった理由はお察しだろうが、これがマリンの祖父による3番目の修行なのだった。有体に言えば子供の遊びでよくある『ゾンビ鬼』。最初に鬼を決め、捕まった者も鬼となって他の者を追う。
最初はマリン1人が鬼となって他7人を追う予定だったが、アドマイヤベガが山に慣れてないウマ娘もいるからあまり時間をかけると危険だと意見した結果、鬼役はマリンとアドマイヤベガの2人で開始する事になった。
BNWをマリンが追い、他の覇王世代をアドマイヤベガが追った。こと走る事に関してはウマ娘は手加減は出来ない。特に普段はレースで競い合う仲である彼女たちは森の中で白熱のレースを繰り広げていた。
修行開始から数刻、現時点でマリンはチケットとハヤヒデを捕まえていた。後は残すタイシンを3人で追い詰めれば良いだけなのだが、彼女の秘めた才能が開花したのか、山中を逃げるタイシンは3人がかりでも簡単に捕まらなかった。
タイシンは3人を翻弄し、一度振り切った後に再びハヤヒデと出くわしたという状況だった。
ダッダッダッダッダッ!!!
ザザザザザザ!!!!
「流石はタイシンだな! 障害物の多い林の中で体躯を活かした走りはお手のものか!」
「挑発のつもり? 残念だけど、そんな安い手には乗らないよ。ふっ!!」
ダンッ!とタイシンが軽やかに倒木を飛び越える。木々を縫うように走るその姿はどこかの世界のレース中に見た気もするが、気のせいだろう。猟犬のように後を追ってハヤヒデも倒木を飛び越える。
「なに、君の気を一瞬でも逸らせれは十分さ。今だ、チケット!!!」
「っ!!!?」
ハヤヒデの掛け声と共に、タイシンの目の前に木陰からウイニングチケットが飛び出した。タイシンを通せんぼするように、彼女は身体を大きく開いて待ち構える。
「凄い、ハヤヒデの作戦通りだ! タイシン覚悟ーー!!!」
タイシンの走るルートは左右の木に邪魔されて横方向には逃げ場がない。後方からはハヤヒデが迫っている。となると、タイシンが取れるルートはただ1つ。それを彼女は天性の勘で判断する。ある意味で彼女はBNWの中で最も野性的である。
「ふっ!!!」
タイシンはチケットが飛び出すのを見た瞬間からノータイムで『加速』した。彼女の加速力は全ウマ娘の中でもトップと言っても過言ではない。日光が遮られた森の中で、チケットの視界で眼前を迫ってきた彼女が、まるで影のように消えてしまった。
ズシャァアアッッ!!!
「えっ!?」
と、チケットが困惑の声を上げた時にはタイシンは既に彼女の『後方』を走っていた。
タイシンは加速しトップスピードに乗った瞬間にスライディングし、サッカーボールのようにチケットの下を『股抜け』したのだった。
彼女はその速度を維持したまま姿勢を戻して駆けていった。通せんぼしようとチケットが足を広げていたのが仇となった。
「チケット、後ろに逃げたぞ! 彼女を追うんだ!」
「ええええええ!? 捕まえられると思ったのに!」
ダッダッダッダッダッ!
と、タイシンの足音が遠ざかる。チケットが振り向いて走り出した時には既に8メートルは差が開いてた。タイシンが逃げおおせたかと思われたその時……
「策は二重に張るのが基本ですよ、タイシンさん!」
ハヤヒデが想定していた別のルートで待機していたマリンアウトサイダが飛び出して来て、タイシンと並走するように並んだ。あと少しでタイシンは触れられる距離に詰め寄られた。しかし、彼女は動じていなかった。
「それも想定済み! ハヤヒデがチケットだけに大役を任せるはずないじゃん!」
ええーー、ひどい!と後方でチケットが叫ぶがそんなのはどこ吹く風でタイシンは姿勢を低く構えて、瞬間的にマリンとは逆の方へカーブした。マリンはそれに反応出来ず、ワンテンポ遅れて方向転換した。
(癪だけど、アタシは身体が小さい分逃走ルートの選択肢は他のウマ娘より多い。このまま撒いてしまえば……!)
再び追手からリードを得たタイシンは茂みの隙間を潜るように駆け抜けた。この局面は自分の勝利だ、と彼女は確信した。
が、次の瞬間……彼女の視界は反転した。
グインッ!!!
「えっ!? うわああああああああ!!!」
タイシンの左足首に何か蔦のような物が巻き付いて、彼女の身体を宙にグイィィン!と引っ張り上げた。そのままタイシンはブランブランと宙吊りになる。彼女は訳も分からずに足の蔦を外そうともがくが、輪のような構造で締め付けられていてどうする事も出来なかった。
「ウソ!? 何よコレ、トラップ!? こんなのアリ!?」
宙吊りのタイシンの下にマリンが駆けて来てズザザッ!と足を止めた。そのまま彼女はタイシンに向かって話しかける。
「すみません、タイシンさん。さっきのは嘘です。策は三重に張るものですよ。卑怯と思われるでしょうが、山では使える物は全て使わなければ生き残れません。タイシンさんがあまりに手強かったので、私も本気を出さざるを得ませんでした」
タイシンはこれ以上足掻くのは無駄だと悟り、大人しくそのままにぶら下がった。
「はぁ……分かった。降参する。とにかくさっさと降ろしてくれない? 川でも森でもこんな風に宙ぶらりんになるなんて、サイアクの日だ……」
タイシンは先の川での修行でチケットに逆さ吊りにされて死にかけたのを思い出していた。
マリンがタイシンをゆっくりと地面に降ろしたタイミングで、チケットとハヤヒデも駆け付けてきた。ひとまずこれでBNWは全員捕まったのだった。
………
……
…
「それにしても、タイシン凄かったなぁ! 目の前から消えたと思ったらいつの間にか後ろにいたし、魔法を使ったのかと思っちゃった!」
「ああ、私も見ていたが見事だったな。まさか君を捕まえるのにここまで苦戦するとは思っていなかったよ。みくびっていた事を謝罪しよう」
チケットとハヤヒデがタイシンの逃走劇を賞賛した。対するタイシンは肩で息をしながら地面に座っていた。
「……別に大した事ない……ただアンタたちには簡単に捕まりたくなかっただけだし。結局は罠にかかって格好つかないし。」
タイシンはぶっきらぼうに言うと、マリンは感心したように笑みを浮かべる。
「そんな事ありませんよ。ハヤヒデさんとチケットさんと協力して罠を張った場所まで追い込まないと、あなたを捕まえられませんでした。山に住み慣れた者でもあそこまで走るには長い年月がかかるのに……本当に凄いですよ、タイシンさんは」
「……ふぅん。まあ、そう言うならそうだって事にしておく。これ以上走るのも疲れるし、ちょうど良かった」
タイシンは立ち上がってお尻についた木の葉をパッパッと払う。3人の言葉を聞いて尻尾がかすかに揺れている。
「で、後は覇王世代たちを捕まえれば良いんでしょ? さっさと終わらせてキャンプしたいんだけど。本来の目的はそれだったでしょ」
照れを隠す様にそっぽ向いてタイシンは言った。それにマリンが答える。
「最後に別れた時、アヤベさんは確かトップロードさんを捕まえてました。だから後はオペラオーさんとドトウさんですね。もう捕まっているかもしれませんが」
「ふむ、ならばアヤベ君と合流するのが先決だな。日が暮れては危険だし、急ぐとしようか」
そうして、マリンがおおよその当たりをつけて皆を先導した。草を踏み、落ち枝の折れる4人の足音が森の中に響く。
「ふふん、ふんふ〜〜ん♪」
「……何、チケット? 鼻歌なんて歌って」
鼻歌を歌うチケットに、タイシンは振り向いて目を細めて言う。
「だってアタシ今とっても楽しいんだもん! タイシンやハヤヒデとこんな風に遊ぶなんてとっても新鮮だし!」
「そうだな。確かに私たちはトレセン学園で知り合ったからな。だが、こうやって童心に帰って共に野山を駆け回るのも、良い思い出になる。私もチケットと同じ気持ちだよ」
「……まぁ、楽しいのは否定しないけどさ。ほんの少しだけ……だけど」
そんな3人の会話をマリンは先導しながら黙って聞いていた。
(そう言えば、ルリとは修行と称した取っ組み合いばかりをしていてたけど、今日みたいに山を駆け遊び回ったこともあったな……でも今はもう、私はルリとは違う道を進んでしまっている……)
マリンは昔を思い出して、懐かしい気持ちになると同時に一抹の寂しさも覚えた。すると、後方から元気いっぱいな声が聞こえてきた。
「もちろん、マリンさんともだよっ! ねえねえ、そう思わない? アタシやっぱりこの山に遊びに来て良かった! ありがとう、マリンさん!」
ガバッとチケットがマリンに背中から飛んで抱きついてきた。彼女は『シリウス』の皆と初めて会った日もこの様にされたのを思い出した。背中に感じるチケットの体温が、そのまま彼女の元気さと優しさの現れなのだと感じた。
「そうだな、私からもお礼を言わせて欲しい。ありがとう、マリン殿。君と出会え、友人となれた事を私は喜ばしく、そして運命的だと思っているよ」
「何、突然2人とも。こんな時によくそんな恥ずかしい事を言えるね。でも……まぁ、マリンと友達になれたのは……良かった……とは思ってるよ」
いつの間にかハヤヒデとタイシンも並んで歩いていた。性格も何もかもが全く違うBNWの3人だが、何となく彼女たち根底にある優しさは共通しているんだ、とマリンはふと思うのだった。
「私の方こそ、とても嬉し…………
あっ!」
マリンは返事をしかけた時に、とある事を失念していたのに気付いて声を上げてしまう。チケットがその声に驚いてを目を丸くする。
「えっ、えっ! マリンさん、どうしたの?」
「さっき仕掛けたタイシンさん捕獲用の他のトラップを回収するのを忘れていました! ここに他所の人が入ってくる事は殆どないのですが、万が一のことがあってはいけないので回収しに戻らないと……」
その話にタイシンの耳がピクンと動いた。
「え、ちょっと待って、アタシを捕まえる為にどれくらい罠を仕掛けたの?」
「8ヶ所ですね。タイシンさんの通りそうなルートを予測して、後はそのエリアにチケットさんとハヤヒデさんと追い込む作戦でしたので」
「ゲッ……そんなにガチだったの……?」
「設置場所は私にしか分からないと思うので、私が回収しておきます! 皆さん先に行ってアヤベさんたちと合流して下さい」
マリンはチケットの腕を優しく外そうとするが、逆にチケットはギュッと更に強く抱きしめるのだった。
「チケットさん……?」
「もう、マリンさん。もうちょっとアタシたちを頼ってもいいのに」
「そうだぞ、マリン殿。武術家の気質なのか何でも1人で行動しがちなのは良くないぞ。どこかの誰かさんみたいにな」
「ちょっとハヤヒデ、何でアタシを見てんの。もう、1人でやるよりみんなで終わらせた方が効率的って事でしょ。場所さえ教えてくれればアタシたちも手伝えるから、さっさと戻るわよ」
タイシンがくるっと翻って来た道を戻り始めた。彼女を追って他のウマ娘もUターンする。交流に疎いマリンは、何だか心がポカポカするのだった。トレセン学園へ転入して、今のクラスに入ったのは本当の意味で幸運だったんだな、としみじみと感じ入る。
「ねぇ、マリン。トラップ仕掛けるのって、この山ではよくやるの?」
タイシンが振り向いて尋ねた。
「そうですね。あまり頻繁にはやりませんが、定期的に張っている感じです。イノシシが畑を荒らす事もあるので。もしかしたら、過去に設置して回収し忘れたものもあるかもしれませんけど……ウマ娘ならさっきのタイシンさんの様にとっさの状況だったり、余所見しながら歌ってたりしない限りは引っかからないと思います。あくまで対野生動物のものですから」
「へぇ〜歌いながらか〜、なんかオペラオーは引っかかりそうな気がするね!」
「こらチケット、確かにオペラオー君なら引っかかった後も歌っていそうだがそんな言い方は良くないぞ」
「ハヤヒデ、それフォローになってないから」
「オペラオーさんは、ああ見えて洞察力と観察力には目を見張るものがあります、恐らく私たちの中で最も。きっと罠に掛かったりはしません。それらを発揮さえしていれば、ですが」
それを聞いてハヤヒデはふむ……と顎に指を当てた。
「マリン殿は随分とオペラオー君を買っているんだな」
「ええ、そう……ですね。オペラオーさんは本質を見抜く力がずば抜けてます。歌劇の様に豪快で喋々しい振舞いが目立ちますが、その実誰よりも良く周りを観察しています」
そう、マリンは覇王世代と数ヶ月過ごして、オペラオーの洞察力の異常さに気付いていた。何かしらトラブルが起こった時に、彼女は未来を読んでいたかの如く解決策を導き出すのだ。
(私が転入する前の正月に行われた『カルタ大会』では、参加を表明していなかったアヤベさんを勝手に登録していたお陰で難を逃れたとか……そして、彼女は相手を身体面・精神面において把握する能力もある。正直、恐怖を覚えるほどに)
「もし『最も敵に回したくない相手』は誰かと問われれば……私はオペラオーさんを挙げると思います。彼女は格闘ウマ娘としても活躍できるかもしれません……まぁ、殆ど勘のようなものですが」
マリンとBNWがそんな会話をしているちょうどその頃、2人のウマ娘がフラグを回収したかのように、トラブルに巻き込まれていた……
………
……
…
「ハァーッハッハッハッ! 見たまえ、ドトウ! 森の中で草木と戯れる喜びを謳っていたら身体が天へと舞い上がったぞ! でもせめて向きは逆が良かったな。気分が……しかし、今だからこそこれを歌に昇華せねばなるまい、待っていてくれ森の精霊たちよ!」
「オ、オオ、オオオ、オペラオーさああああん!!! 舞い上がったと言うよりは吊し上げられてますうううう!!! ど、どどど、どうすればばばばば!?」
ぶらんぶらーんと地上2メートルくらいの高さで揺れるテイエムオペラオーの下で、メイショウドトウが混乱していた。
「とと、とにかくオペラオーさんを降ろしてあげないと、えっとえっと、どこかの木にロープとか繋がっているはずですうううう! さっきお猿さんも見かけましたし、いたずらされる前に何とかしないとおおお!」
ドトウが周囲の木を見渡していると、彼女の背後の茂みからガサガサと音が聞こえた。その気配に彼女はビクッと身体を震わせた。
「ひぃえっ! だ、誰ですかあぁぁ!?」
ドトウが振り返って後ずさると、茂みから出てきたのは……
「プキー、プキー、プキー」
小さな小さなうり坊だった。目がくりくりとしていて丸っこい体つきの猪の赤ちゃんである。
「か…………可愛いですううううぅ」
その小さな来訪者にドドウは思わず声を漏らした。小さなうり坊はトテトテと草を踏みながらドトウに近づいてきた。
「どぉしたんですか〜、うり坊さん? お母さんとはぐれちゃったんですかぁ〜?」
うり坊に顔を近づけてドトウはバターが溶けたかのような笑顔になる。目が離せないくらい愛くるしいその生き物に夢中になり、彼女は周囲の変化に気付くのか遅れた。
「ド、ドトウ……ボクたちはもしかしたら、カタストロフな状況に身を投げてしまってはいないかい? ゆっくりと周囲を見てくれ、ゆっくりだよ……」
「え? オペラオーさん、今何と言いましたか?」
と、ドトウがうり坊を抱えてオペラオーの方を向くと
「…………え?」
「ブモモモモモモ……!」
巨大な猪がのっしのっしとドトウへ向かって近づいていた。ぷきー!とうり坊はドトウの腕の中から跳ね出てその巨大猪の元へ駆けていく。どうやら親子猪だったようだ。
「ひぃやああああああっ!!!」
ドトウが尻餅をついて後ずさる。だが、そしたらまた背後に何か巨大な気配を感じた。彼女が冷や汗を流しながらゆっくりと後ろを振り向くと……
「ウウウウウウゥゥ……!」
唸り声を上げる、巨大猪よりも遥かに巨大な熊がやってきていた。獰猛な目つきでドトウを睨みつける。森のクマさんなんてメルヘンさはカケラもない、純然たる野生の存在であった。
「ひゃわあああああああああああああああ
!!!!!」
可哀想なドトウ。彼女の悲鳴が森中に響き渡った……
…
……
………
「!? 今のは、もしかしてドトウの声……」
ピクピクと青い耳カバーを付けた耳が動く。山中のとある地点、鬼役のアドマイヤベガはナリタトップロードと共にドトウとオペラオーを探している。
(あの娘たちは放っておくと絶対にトラブルに巻き込まれる。何かが起こる前に捕まえたかったのに……!)
「アヤベさん! 今の声……もしかしたら大変なことが起こっているかもしれません。声が聞こえた方へ行きましょう! きっとマリンさんたちにも聞こえたはずです! そこに向かえば合流できるかもしれません!」
トップロードも真剣な顔付きになる。彼女もドトウとオペラオーの事はよく理解していた。とにかく、今は急いでドトウたちを助けに行かなくてはならないのだと、2人は目線で確認し合った。向きを変えて、颯爽と走り出す。
ダッダッダッダッダッ!
ダッダッダッダッダッ!
駆けていく2人の足音が綺麗に重なっていた。せめて杞憂であれば良いのだが、オペドトは経験上またしても予想外の事に巻き込まれていそうな気がしてならない。そんな思いを胸に、2人は木々の間を走り抜けていった。
………
……
…
「あ、アヤベさん! トップロードさんも!」
アドマイヤベガとナリタトップロードが声のした方へ走ると、マリンとBNWの姿があった。
「マリンさん!? そっちは4人とも居るのね……良かった。さっきの悲鳴、聞こえていたでしょ? ドトウは……オペラオーはどこに居るの!?」
「分かりません……私たちもつい先程ここに来たばかりです。ここにドトウさんとオペラオーさんが居たのは確かですが、今はどこに居るのか……」
悲鳴が聞こえた方向にある開けた場所に、ドトウとオペラオーを除いた6人のウマ娘が集まっていた。マリンは生えている木の1本に近づいて言う。
「この木を軸にして獲物を吊り上げる罠が作動した形跡があります。恐らく過去に回収されなかったものです。どちらが罠に掛かってしまったのか分かりませんが、不可解なこと……残された獣臭が強い。大型の動物が複数匹集まっていないとここまでは匂いません」
それを聞いてアドマイヤベガの顔が青ざめる。
「まさか……2人がここで……襲われて……!」
「いや、その可能性は低い」
ビワハヤヒデが眼鏡の位置をクイっと直して言った。
「襲われたにしては血痕などが残っていないし、この場所が荒れている様子も見受けられない。2人が動物に誘拐された……と言われた方が現状納得がいく」
「えええ!? で、でも誘拐って、この山の動物ってそんな事するんですか、マリンさん?」
ハヤヒデの推測を聞いて、トップロードがマリンに尋ねた。
「……普通はあり得ないですが、山で長年生活していれば、不思議な事の7つや8つは経験します。可能性はゼロだ、とは断言出来ません」
「ねえ、誘拐かどうかは分からないけどさ。時間が経てば経つほどマズいって事には違いないでしょ? とにかく直ぐにあの2人を探した方が良いと思うんだけど」
タイシンがそう言った瞬間、少し離れた場所でチケットが声を上げた。
「おーーーい、みんな! こっち来て!」
どうやらチケットが何かを発見したらしい。皆でそこまで駆けていくと、チケットは手に紙切れの様な物を持っていた。
「みんな、ここにこんな物が落ちてたんだ! 何か手掛かりにならないかな!?」
「これは……」
マリンがチケットからその紙切れを受け取る。そこには……優雅にポーズを決めるテイエムオペラオーの姿と彼女の直筆サインが記してあった。
「これ、オペラオーのブロマイドだわ……こんな山奥にまで持ってきてるなんて、動物にでも渡すつもりだったのかしら」
マリンの手元を覗き込んでアドマイヤベガが呆れた様に言った。
「あ、皆さん! あそこの茂みの方にも!」
トップロードは走り出して、茂みの根元から同じブロマイドを拾い上げた。他のウマ娘もトップロードの周囲に集まる。そして、マリンは他の痕跡にも気づいてしゃがみ込んだ。
「……これは……獣の毛と、微かですが足跡もあります。これらとオペラオーさんのブロマイドを辿っていけば、誘拐された2人の居場所に辿り着けるかもしれません」
「そっかあ! オペラオーはブロマイドを落としてアタシたちにメッセージを送ったんだね!」
「まるでヘンゼルとグレーテルだな。パン屑ではなくブロマイドというのがオペラオー君らしい」
チケットとハヤヒデに顔に笑みが浮かぶ。ドトウとオペラオーが無事だという希望が見えてきた。
「ハァ……オペラオーの変な目立ちたがり精神が役に立つ事もあるのね。流石、鋼鉄のメンタルの持ち主ね。でも、ドトウはきっと怯えているわ。急いで追いましょう。時間が惜しいわ」
アドマイヤベガもいつもの調子を取り戻したようだ。そのキリッとした顔にマリンは頼もしさを感じた。流石はお姉ちゃんと言ったところだ。
「はい、本来なら救助を要請するところですが、アヤベさんの言う通り時間が惜しいです。ウマ娘6人ならば多少の事態には対応できるはずです。万が一、戦闘となった場合は私が前へ出ます。急ぎましょう!」
マリンの言葉に他のウマ娘たちは顔を見合わせてコクンと頷いた。いざ、囚われたドトウとオペラオーを救うべく、6人のウマ娘の救助隊は動き出したのだった。
…
……
………
「……もしかしたら、2人はあの中に連れ去られたのかもしれません」
「あの中って、あの大きな洞窟のこと!? いかにも何かがいそうで怖いよおおお……」
「マリン殿はここへ来たことはあるのだろうか?」
「いえ、初めてです。小さい頃から1人で移動して良い範囲は厳しく教え込まれていたので……まさか、こんな奥まで来なければならないとは思いませんでした」
マリンとチケット、ハヤヒデが見つめる先には、入る者をことごとく飲み込まんとするかの様な大きな洞窟があった。皆も、まさかこの様な場所に導かれるとは思ってもいなかった。6人のウマ娘の間に緊張が走る。
「あっ! あれ、オペラオーちゃんのブロマイドですよ! と言う事は、ここで間違いありません。2人はこの奥に居ます!」
トップロードが入り口付近に落ちていたブロマイドを拾い上げた。ゴゴゴゴゴと奥から音が響いてきそうな雰囲気がその洞窟にはあった。
「……行くわよ」
アドマイヤベガが先陣を切って歩き出した。そんな彼女をビワハヤヒデが呼び止める。
「待つんだ、アヤベ君。ここは慎重に進むべきだ。何が潜んでいるかも分からないのだぞ」
「でも手遅れになったらどうするの! まずは2人の無事をこの目で確かめるのが先よ!」
「ちょっと、口論しても仕方ないでしょ! ここはこの中で1番山について詳しい奴に従った方が良いと思うんだけど」
タイシンの声で皆がマリンの方を向いた。マリンは指を顎に当てて考えていた。
「……まず2人の無事を確認しなければ、その後の作戦の立てようがありません。洞窟の中を行きましょう。獣の棲家なら、少なくとも有毒ガスのような脅威は無いはずです。一列に並んで、安全を確認しながら進みましょう。私が先頭になります」
マリンを先頭に、アドマイヤベガ、ナリタトップロード、ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、殿はナリタタイシンという布陣となった。6人は覚悟を決めて、洞窟に足を踏み入れた。
………
……
…
皆、緊張から無言で洞窟内を進む。独特の冷んやりした空気が肌をくすぐる。入り口からの光で中は見やすかったが、奥の方は闇が続いていた。
「ううう、何だか不気味……あの2人は本当に大丈夫かなぁ?」
チケットが不安そうな声を上げると、先頭のマリンが立ち止まった。連鎖して後ろのウマ娘も次々と立ち止まる。
「マリン殿、どうかしたのか?」
「……この先から空気の流れを感じます。もしかしたら、どこか広い場所へと繋がっているかもしれません」
そして、マリンは再び進み出した。後続も彼女に続く。段々と入り口の光が小さくなってくる。しかし逆に、更に進むと奥の方に微かに光が見えた。
マリンが進むスピードを上げると、他の皆も足元に注意しながら慎重に駆け出した。段々と目の前の光が強くなってくる。一同が光の漏れ出る出口を抜けると、だだっ広い空間が彼女たちを出迎えたのだった。
「わぁ……凄い、凄く綺麗な場所だ。洞窟の奥なのに光が差し込んでる……」
トップロードがつい感動の声を漏らす。他のウマ娘たちも天井から差し込む光を見てため息を漏らした。
「天然の吹き抜け構造になってるのね……って、見惚れてる場合じゃないわよ、みんな。ここにドトウたちが居るかもしれないんだから」
マリンは周囲に目を凝らすが、そこがかなり広いという事しか分からなかった。差し込む光は3段だけの大きな階段のように盛り上がっている場所に当たっており、その周囲はぼんやりとしか見えなかった。
「後少しすれば目が慣れてくるはずです。警戒しつつ進みましょう」
マリンがそう言った後に「ハァーッハッハッハッ!」と高笑いが聞こえてきた。その場の全員の耳に馴染みのあるその声の主を皆が探す。
「オペラオー、どこに居るの!? ドトウも一緒なの!?」
アドマイヤベガが叫ぶ。
「ここさ! 天井に舞う天使が如きボクの姿が見えるかい?」
皆、警戒しながら空洞の中央に向かって進む。段々と目が慣れてきて、天井に何かが吊るされているのが見えた。
それはミノムシの様に木の蔓でぐるぐる巻きにされ、逆さ吊りになっているテイエムオペラオーだった。
「オペラオーさん、大丈夫ですか!? 今降ろします、待っていて下さい!」
マリンが駆け出そうとすると、背中にゾワリとした感覚が走る。
(ッ!! 見られている。しかも、かなり多い……)
「お、おい……これは……なんだ!?」
ビワハヤヒデが恐怖の混じった声で呟いた。周囲の暗がりの中から無数の動物たちが姿を現したのだ。
「目が慣れてきたと思ったら、動物園に来てたのかな、アタシたち……!」
「たくさんの猪たちに、猿たちに……お、大きな熊もいますね……この山の動物たちはこんな群れで行動するんですね……」
タイシンとトップロードが呟くと、ビワハヤヒデの眼鏡がキラーンと光った。
「なるほどな、マリン殿はこの様な野生動物の棲息する山で暮らしてきたから、心身共に格闘ウマ娘として鍛え上げられてきたのだな。確かに、こんな危険な動物たちが群れを成すならば、生半可な覚悟ではこの山では生きていけないだろう」
「すみません、ハヤヒデさん。こんな動物の群れは知りません……何ですかコレ、怖……」
マリンは真顔で答えた。
動物たちは6人のウマ娘を睨みつけるだけで近づいてこない。マリンはいつ襲われても皆を逃す時間だけは稼がねば、と考え身構えた。すると……
カツーン……カツーン……
と足音が響いた。それは空洞の中央から聞こえてきて、皆の視線がそこに集まる。そして、そこに立っているウマ娘を見て絶句した。そのウマ娘は台座の中央に立ち、マリンたちを見下ろしている。空洞内に彼女の厳かな声が響き渡った。
「ヨソ者ハ……帰レ……!!!」
そこに立っていたのは……メイショウドトウだった。
「…………………何でよ!!!」
アドマイヤベガは訳が分からないという風にツッコむのだった。
次回
20話 山編:トップロードとシニア期の回想