【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
「…………………何でよ!!!」
アドマイヤベガは訳が分からないという風にツッコんだ。
他の皆もアドマイヤベガと全く同じ気持ちで呆然としていた。なぜ連れ去られたはずのドトウが、まるで動物たちのボスであるかのような風格で中央に立っているのだろうか?
「オ、オペラオーちゃん! ドトウちゃんに何があったんですか!?」
ナリタトップロードが逆さ吊りにされたテイエムオペラオーに問う。
「はーっはっはっは! ボクにもさっぱり分からない! ボクが森の中で宙に舞い上がって(罠に掛かって)いると、突然動物たちが現れて、ボクらをここまで運んできたんだ! 途中でドトウが気絶したのだが、彼女が目を覚ましたらまるで別人のようになっていたのさ!」
ええ……と皆の額に汗が垂れる。さしものオペラオーも、この状況ではどうしようもなかったようだ。
「ドトウちゃん! こんな所で何をしてるんですか!? みんなとっても……とってもとっても心配したんですよ!」
トップロードがドトウに向かって叫ぶ。しかし、ドトウの表情は冷たいままだ。いつものあの朗らかな雰囲気は一切無かった。彼女はまるで何かに取り憑かれたかのようだった。
「私ハコノ森ノ動物ヲ統ベル王……余所者ハ……去レ……!!!」
突然の謎のカミングアウトに、彼女の救助に来たウマ娘たちはたじろいだ。
「余所者って……ドトウだって今朝初めてこの山に来たばかりじゃん!」
「何と言うことだ……まさか、この極限の状況下でドトウの中の『野性』が暴走し、彼女はそれに支配されたとでも言うのか!?」
「『野性』が暴走するって何!? ああ、頭痛くなってきた……マリン、あれって何とか出来ないの!?」
「分かりません……ただ、動物たちはドトウさんに従っているみたいです。下手にドトウさんを刺激すると、あの動物の大群に襲われてしまうかもしれません。彼女は本当に『野性の王』と化した様です」
BNWとマリンは緊迫した様子で会話する。そんな中、アドマイヤベガが険しい顔付きで一歩踏み出し、見下ろすドトウと対峙する。
「ドトウ……いい加減にしなさい!!! みんながどれだけ心配したと思ってるの!? そんな所に居ないで、私たちと帰りましょう……オペラオーも一緒に」
『オペラオー』という単語に、ドトウの耳がピクンと揺れた。
「オペラオー……オペラオーサンハ……オペラオーサンハ、私ダケノ『ライバル』デスウウウウウウ!!!!!!」
ブモオオオオオオオオオ!
グァガアアアアアアアア!
ウキー!ウキー!ウキー!
ドトウの叫びに、周囲の動物たちも呼応したかのように騒ぎ出す。マリンたちはビクンと身構えた。
「オペラオーサンハ、私以外ニ負ケチャ駄目デス……オペラオーサンヲ倒スノハ私ダケデス……オペラオーサンハ……ココデ私ト永遠ニ一緒デス……! ソウスレバ、ソウスレバ……オペラオーサンハ私ダケヲ見テクレル!!! ズットズット、最強ノオペラオーサンノママデ!!!」
ゴゴゴゴゴ!!!とドトウのオーラが膨れ上がる。『野性』が暴走したことにより、オペラオーへのライバル心が歪んだ独占欲へと変貌してしまっていた。動物たちも更に騒ぎ立っている。
「ちょっと、これマズくない?」
周囲を見渡してタイシンが言った。マリンは警戒を強めた。
「今のドトウさんに私たちの声は届きません……ですが、オペラオーさんならあるいは」
「っ! そうよ、オペラオー! あなたからドトウに一緒に帰ると言いなさい! オペラオー!」
アドマイヤベガが天井のオペラオーに呼びかける。だが……
「ウッ……ずっと逆さまで気分が……もう、駄目だ……きゅうぅ」
オペラオーは目が渦巻きになって気絶してしまった。
「もうっ! 肝心な時に!」
そう叫ぶアドマイヤベガをドトウが見つめ、バッと手を突き出して言う。
「誰デアロウト……私ノ邪魔ハサセマセン! 行ケ、我ガ僕タチヨオオオオオ!!!」
!!!とアドマイヤベガが洞窟の暗がりを見つめる。何やら沢山の動物の足音が聞こえてくる。
「っ! まだ他にいるの!?」
アドマイヤベガと皆が警戒する中、現れたのは……
メェ〜メェ〜メェ〜
メェ〜メェ〜メェ〜
メェ〜メェ〜メェ〜メェ〜
ふわふわもこもこした羊の群れだった。
「何で山奥の洞窟の中に羊がいるの!!?」
タイシンがツッコむ。
「……………………山では不思議なことの8つや9つは起こります!」
マリンは聡明だからこそ、考えるのをやめた。
「ちょっと、マリン! アンタ考えること放棄したでしょ! やめてよ、ただでさえツッコミの数が少ないんだから! アンタもこっち側のキャラでしょ! ハヤヒデとかイクノとか、なんのバグだかうちの学園の知的キャラはみんなボケ寄りなんだから!」
タイシンとマリンがそんなやり取りをしているうちに、いつの間にかアドマイヤベガが羊の群れに囲まれてしまった。
「しまった、油断していたわ! ふわふわの羊たちを眺めてたらつい……!」
もこもこもこもこもこ
メェ〜メェ〜メェ〜メェ〜
「ああっ、ダメッ、そんな擦り寄らないでっ……! ふわふわに、逆らえな……ああぁぁぁぁぁぁぁ……♡」
アドマイヤベガがふわふわもこもこの海に沈んで行った。羊たちは彼女を乗せて洞窟の隅に移動する。まさに動く羊毛ベッドだった。アドマイヤベガは幸せそうに目を閉じていた。
「ア、アヤベ君ーーー!!! なんと言うことだ……『野性』が暴走していても、ドトウ君はアヤベ君の弱点を理解している! 完全に正気を失っているわけではないのか!」
「どどど、どうしよう! アヤベも捕まっちゃったよ!」
ハヤヒデはキランと眼鏡を光らせ、チケットは涙目になっている。マリンはこの状況の打開策を探していた。
「……この状況、私たちだけでは手に余ります。ひとまず、ドトウさんの身は安全でしょう。ここの動物たちが彼女に危害を加えるとは思えません。問題はオペラオーさんとアヤベさんです。あの2人を連れてここから脱出しなければ……その後なら救助を呼べます。私が囮になりますので、4人はオペラオーさんとアヤベさんの確保をお願いします」
「……うむ、それしかないか。マリン殿、君なら大丈夫だと思うが無茶はしないでくれ。ではBNWでオペラオーを、トップロード君はアヤベ君を頼む」
無茶かもしれないが、それしかないと皆ハッキリ分かっていた。皆頷いて、それぞれ違う走り出した。マリンはドトウへ牽制を、BNWはオペラオーの方、トップロードはアドマイヤベガの方へ。
「無駄デスウウウ……私タチノ邪魔ヲスル者ニハアアアア……チカラヅクデ大人シクシテ貰イマスウウウウ!!!!」
シュルンッ!と何かがBNWに音もなく近づいていた。次の瞬間……
「うわぁ!?」「何だと!?」「きゃッ!!」
BNW3人がひとまとめに拘束されていた。彼女たちに巻き付いていたのは、丸太程の太さもありそうな巨大な蛇だった。
「蛇サン……ソノ3人ヲ捕マエトイテ下サイ。食ベテハイケマケンヨ」
シャーーー!と大蛇が返事をするように鳴いた。
「蛇さんってレベル超えてるでしょ! アナコンダじゃん! 何で日本の山奥にアナコンダが居るのよ! おかしいでしょ! 誰かツッコンでよ!」
「くっ! これもドトウ君の『野性』の力なのか!」
「うあああ! う、動けない……!」
命に別状はなさそうだが、BNWの3人は完全に拘束されてしまった。
「ハヤヒデさん! チケットさん! タイシンさん! っ……せめてアヤベさんだけでも!」
トップロードは焦る。しかし、彼女の横から凄い速度で巨大な影が近づいていた。それはドトウを連れ去った巨大な熊だった。
「トップロードさん、危ないッ!!!」
そのことに気付いたマリンは巨大な熊の前脚による一撃から、トップロードを庇う。
「グオオオオオ!!!!」
「ぐあああああッ!!!」
「きゃああっ!!!」
熊の一撃を食らったマリンはゴロゴロと転がり、洞窟の壁面にぶつかる。しかし、そこは世代最強の格闘ウマ娘、すぐに立ち上がり熊の方へ駆けていく。
だが……彼女は途中でふらついて膝をついた。トップロードを庇った為か、衝撃を受け流しきれていなかった。ジャージの袖はビリビリに破けて血が滲んでいた。
「マリン……ちゃん……?」
そんなマリンの姿を見たトップロードは目を見開いて青ざめている。
「このくらいなら軽傷です……! トップロードさんは早くアヤベさんを……! そこの熊公……私が相手だ……こっちを見ろおおお!!!」
「ウウウガアアアア!!!」
熊がマリンの方へ向かい突進する。熊1匹『だけ』ならば、マリンなら勝てるだろう。だが問題はその他の動物の数が圧倒的に多い事だ。
(今はまだ殆どの動物が動いていない。この均衡が崩れる前に脱出しないと……! 正直、かなりキツい状況だ。でも、まともに闘えるのは私しかいない……!)
マリンは熊を迎え撃つために構え、その間に思考を巡らせる。
だが、1歩踏み出すと彼女の視界がグラリと揺れた。壁にぶつかった時に頭を打ったダメージが回復していなかった。
「ぐッ……! まず……い……!」
マリンに熊が迫る。しかし覚悟を決める以外に、彼女に選択肢はなかった。まさに、絶体絶命の危機だった。
だが……ここで、マリンは予想外の光景を見た。
トップロードが、今度は逆にマリンを庇う様に、巨大な熊に立ち塞がっていた。
「ッ!? トップロードさん!!!」
マリンは叫んだ。なぜ彼女がこの様な事を、と驚愕する。
そして当のトップロードも自分の行動に驚愕していた。襲われるマリンを見て、身体が勝手に動いてしまっていた。
トップロードの目は恐怖に震えていた。しかし、もう逃げる事も出来ない。
彼女の眼前の熊が、攻撃の為に右前脚を高く構える。それが振り下ろされれば、いくら頑丈なウマ娘でもただでは済まないだろう。
「ぁ………」
死の直前には、走マ灯が見えると言う。己が生きた人生の記憶が圧縮された映画の様に頭の中を駆け巡るのだとか。
しかし、トップロードに見えたのはそれではなかった。
彼女に見えたのは、とある日の記憶。
クラシック三冠をテイエムオペラオー、アドマイヤベガと分け合った『その翌年』の、ある秋の日の思い出だった。
ーーーーー
「ほら、見えてきました! 急ぎましょう、きっとあのグラウンドで『先輩』が待ってますよ!」
トレセン学園から少し離れた市街地、その郊外のとある地域を2人のウマ娘が歩いている。
元気な声で、ナリタトップロードは後方をトボトボ歩くあるウマ娘を急かすと、そのウマ娘は心底面倒臭そうな顔で答えた。
「うぅ〜〜〜、なんでわたし、せっかくの休日にサッカーの助っ人なんて引き受けたんだろ……平日はレースのトレーニングしてるのに、休日はスポーツするのって『休み』じゃないよね? あぁ……今すぐ家具屋さんに行きたいなぁ。家具屋さんのウォーターベッドで横になりたい……気持ち良いんだけど、絶妙に要らないかなって思っちゃうよね、あれ」
トップロードと共に行動しているのは、普通という字がある意味誰よりも似合うウマ娘……『ヒシミラクル』だった。
「もう、そんな事言って。ミラ子ちゃんを誘うって連絡してあるんですから、人数が足りなくなったら『先輩』、ガッカリしちゃいますよ?」
先輩という単語に、ヒシミラクルの耳がピクンと動く。
「うぅ、それを言われると……よく困った時に助けて貰ってるし、可愛がってくるしなぁ……あのワイルドさ、憧れるなぁ」
「ほら、行きますよ。急げばそれだけ試合前に練習出来ますから!」
トップロードがヒシミラクルの手を掴んで、彼女を引っ張るように走り出した。
「わっ、わわ! トップロードちゃん、分かったよ、分かったから離してぇ〜!」
そうして、2人のウマ娘は目的地に向かって駆けていった。
…………
………
……
…
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ! トップロードちゃん、もちょっと、ペース落として!」
結局、トップロードはヒシミラクルの手を一度も離さなかった。
「あっ、あそこに居るの先輩ですよ! おーい、せんぱーーい! 『ディクタ』せんぱーーい! おはようございまーーす!」
トップロードの声に、グラウンドのフェンスの側でリフティングをしていたウマ娘が振り返る。トン、と器用に首の後ろにサッカーボールを乗っけてニヤリと笑った。
「おう、来たか。トップロード、ミラ子」
跳ねた短髪に吊り目、ギザギザの歯をした、まさにワイルドと言った雰囲気のウマ娘。
彼女の名は『ディクタストライカ』
群雄割拠の『伝説の世代』の1人として、オグリキャップたちと競い合った名レースウマ娘である。
そして、ナリタトップロードとヒシミラクルが最も尊敬する先輩の1人だった。
彼女の側に、トップロードとヒシミラクルは駆け寄る。
「おはようございます、ディクタ先輩! 本日はよろしくお願いします!」
ナリタトップロードが満面の笑みで挨拶する。
「それはこっちの台詞だっつーの。頼んだのはオレの方なんだからな。ミラ子もあんがとな、せっかくの休みだってのに」
「いやぁ、まあ、ディクタ先輩に頼まれたのなら仕方ないというか、なんというか……」
ディクタストライカはボールを地面に置くと、ヒシミラクルに近付いて彼女の頭をワシャワシャと撫でかき回す。
「ひゃ、わ、せんぱっ!」
突然のことにヒシミラクルは慌てた様子だが、それを見てディクタストライカは鋭くも優しい目付きで言う。
「お前はサッカーが上手いからなぁ、ミラ子。来てくれて助かるぜ。またあのスゲェドリブルテクニック、見せてくれよな。期待してるぜ」
ピクピクン!とヒシミラクルの耳が動く。ディクタストライカに褒められ、期待していると言われてにへらと口元が緩んでいた。
「そ、そんな事ないですよぉ。ディクタ先輩やトップロードちゃんと比べたら全然だしぃ……でも、来たからには……やりますよ! やります、わたし! 3点くらい取って見せます! あ、ごめんなさい、3点は言い過ぎでした……せめて1点アシストくらいします」
そんなヒシミラクルの様子にディクタストライカは「ハッハッハッハ!」と大声で笑う。
「ああ! お前はそれで良い。トップロードも、頼んだぜ」
「はい! 任せて下さい! ディクタ先輩のご期待に応えてみせます!」
トップロードもふんす!と言った様子で気合が入っていた。ディクタストライカを前に、普段より耳と尻尾が揺れている。
「お前も相変わらずだなァ……っと。それにしてもお前ら、随分と早く来たじゃねェか。集合時間はまだまだ先なのによ」
「ディクタ先輩が場所取りをしておくって言っていたので、少しでも練習する為に早めに学園を出発したんです!」
「わたしはホントはギリギリまで寝てたかったのになぁ……トップロードちゃんが部屋のドア、ガンガン叩くから……まだちょっぴり眠いよぉ」
ディクタストライカは2人の後輩を見て、また微笑む。何故だかこの2人をディクタストライカは非常に気に入っていた。性格はハッキリ言えば真逆なのに、何故だか運命的な繋がりがあるように感じていたのだ。
「そうか……よし、なら少しウォーミングアップしとくか! ほら、ミラ子! 動きゃ目も覚めンだろ。行くぞ!」
「ええ〜〜、先輩〜〜、わたしたち今着いたばかりですよぉ! せめて5分、いや10分は休ませて下さい!」
「そしたらミラ子ちゃん、試合開始まで眠っちゃうでしょう! ディクタ先輩の言う通り、ウォーミングアップすれば目も覚めますから! さぁさぁさぁ!」
と、トップロードはヒシミラクルの背中を押して無理矢理グラウンドに入場させる。秋空の下、3人の声と足音がグラウンドに響き渡った。
…
……
………
…………
その日の夕方、空が薄暗くなった頃、グラウンドの近くの公園でナリタトップロードとヒシミラクルがベンチに腰掛けていた。
2人はとてもションボリとした様子で、耳を垂らして俯いている。
そんな彼女たちに、手に3本の缶ジュースを持ったディクタストライカが近寄る。
「トップロード、ミラ子。ほらよ、お疲れさん」
ディクタストライカが2本の缶をそれぞれに放ると、2人は慌ててそれをキャッチした。
ありがとうございます、と2人の弱々しい声が重なる。
「おいお前ら、ンな落ち込むなよ。たかが野良試合だぜ? それに3-4は中々健闘した方だ。大差で負けたワケじゃねェんだ」
「それはそう……ですけど」
トップロードは手元のにんじんジュースを見つめ、呟く。
「ディクタ先輩のお力になれなかったのが残念で……せっかく頼って貰えたのに……」
はぁ……とディクタストライカは小さくため息を吐く。
「何言ってンだ。人数合わせにこんな隣町まで来てくれただけで十分力になってくれたぞ、お前は。ミラ子だってそうだ」
「うぅ……悔しい……あの負け方は悔しいっ。あの時わたしが決めきれていれば……もぉ!」
ヒシミラクルもぷるぷると震えていた。そして彼女はグビッと勢いよくにんじんジュースを喉に流し込んだ。いざ試合が始まると、1番熱中していたのは彼女だったかもしれない。
対してナリタトップロードの方は、かなり消沈していた。ジュースも飲まずに、彼女は缶のプルタブを無言で見つめ続けていた。そんな彼女をディクタストライカはジュースを飲みつつ横目で流し見る。
「………………」グビッ
ディクタストライカには、トップロードが落ち込む理由が先のサッカーの試合の事だけではないのが分かっていた。
「……どうした? 元気ねーじゃねェか、トップロード。いつものお前らしかねェぞ」
そう言ってディクタストライカはトップロードの隣にドカッと腰掛ける。トップロードはピクンと身体を震わせた。
「えっ、その、いえ……さっきの試合の事を思い出してて……もっと上手く立ち回れたんじゃないかって……」
「ふぅん……」
ディクタストライカはベンチの背もたれに腕を回して、再びジュースに口をつける。
「反省するのは良いけどよ、思い詰めてもどうにもなんねェぞ。ほら隣、見てみろよ」
「え……?」
ディクタストライカがジュースを持った手で、トップロード越しにヒシミラクルの方を指差した。ヒシミラクルは何やらブツブツと呟いていた。
「うぅ〜〜、わたしは……何であそこでパスを出したんだ……! あそこをドリブルで突破していればチャンスがあったかもしれないのに……わたしにもっと力があれば……はっ!!?」
頭を抱えていたヒシミラクルは突然顔を上げ、神妙な面持ちで言い放った。
「そうだ……『エゴイスト』になるんだ……わたし!」
「……へ?」
「クフッ……!」
トップロードはポカンとして、ディクタストライカは口元を手で押さえた。
「そうだ……サッカーで勝つ為に、わたしは『エゴイスト』になる! まずはサッカーへの理解を深める為に、あの漫画を最初っから全巻読み直して……あっ、動きも知るならアニメの方も全話観た方が良いよね。Umazon Primeで配信してたっけ。今から帰って徹夜すれば、イケるはず……! 明日早朝トレーニングするってトレーナーさんと約束してた気もするけど、そんなもんに構ってられない!」
ダン!とヒシミラクルは勢い良く立ち上がる。
「わたしは……日本一のストライカーを目指す!!!」
トップロードは変わらずポカンとしたままで、ディクタストライカはずっと笑いを堪えている。
「わたし、やる事ができました! 今日はお疲れ様でした! ディクタ先輩、トップロードちゃん、また明日!」
タッタッタッタッタとヒシミラクルは意気込んで去っていく。
ちなみに彼女は明日、陽が東から登るのが当然が如く、早朝トレーニングをすっぽかしてトレーナーにこってりと絞られる事になる。罰として3日間スマホを没収されて泣きじゃくるのだった……
「クックッ……アッハッハッハッ! あー、ミラ子の奴を見てたら悩んでる事がバカらしくなるよなァ! オレはアイツのそういう所が気に入ってンだ。そう思わねぇか、トップロード」
「ふふっ、そうですね。ミラ子ちゃんと一緒にいると、安心するんですよね。当たり前に過ごせる事が、1番の特別なんだって思わせてくれる、すごく不思議な娘で……それなのにまるで奇跡みたいにレースを勝つ事もあって……本当にすごいです……」
ナリタトップロードは笑顔で言った。しかし、ディクタストライカには彼女が笑顔には見えなかった。彼女が腹の中で泣いているのが、手に取るように分かったのだ。
シニア期に入ってからのナリタトップロードの戦績は……白星はゼロだった。テイエムオペラオーが無敗の快進撃を続ける中、秋になっても、彼女は1度もレースを勝てていなかった。
いくらナリタトップロードがクラシック期で成長し、気丈に振舞えたとしても、彼女の精神は少しずつ擦り減っていたのだ。
トップロードの言葉を、ディクタストライカは黙って聞いていた。殆ど夜空と言っても良い夕焼け空を眺めながら、彼女はジュースを最後まで飲み切る。
(……『エゴイスト』か……)
ディクタストライカは、ヒシミラクルが言った言葉を思い出していた。
(お前から、最もかけ離れた言葉だよなァ……だからお前は……)
彼女はナリタトップロードが勝てない最大の理由を知っていた。
(お前は……『
『領域』とは、時代を作るウマ娘が到達する『限界の先の先』
普段とは比べ物にならないパフォーマンスを発揮できる超集中状態
そして……他の全てを捨て去り、置き去りにする……『1人の世界』
ある種の『エゴイスト』のみが踏み入るのを許される聖域である
(トップロード、お前は『優し過ぎる』ンだ……
お前はどこまで行っても
『誰かの為に』走っちまう
お前のレースに『1人の世界』は決して存在しない
だからこそ、あの覇王の様な先の領域を走るウマ娘に……勝てねぇんだ……)
ディクタストライカはトップロードを横目で見つめる。
(お前はオグリと同じファン人気が爆高いウマ娘だ。だが、オグリとは決定的に違う。アイツは最後は『己の為』に走れる奴だ。お前は最後の最後まで、応援してくれる誰かの為に走る。そんなウマ娘だからなァ……)
「…………勝ちたかったなぁ」
不意にポツリと、トップロードは呟いた。ディクタストライカは息を呑んで顔を彼女の方に向けた。
「ディクタ先輩のチームで……勝ちたかったです。私をサッカーに初めて誘ってくれたのも先輩でしたし、いつも助けて貰ってるのに、私は何もお返し出来てません……」
「…………! ったく……」
ディクタストライカは……まるで息子を見守る父親の様な……普段の彼女からは想像も出来ない様な優しい笑みを浮かべた。
彼女は右腕をトップロードの肩に回して抱き寄せる。今までなかった先輩ウマ娘の行動に、トップロードは目をパチクリとさせた。
「ディクタ先輩……?」
「……優しいなァ、お前は。バカが付くくらい、本当に優し過ぎンだよ……」
普段とは違うディクタストライカの声色に、トップロードは驚く。しかし、その声はじんわりと彼女の胸の中に染み渡っていく。
「別にそんな事は……私はただ自分がしたいようにしてたら、そう見えるだけです……」
そう言ってトップロードは暫く沈黙する。そして、彼女はディクタストライカにほんの少しだけ甘える事にした。誰にも言ってない弱音を吐く事にした。
「…………ディクタ先輩、私には何が足りないのでしょう。どれだけ走っても……追いつけないんです。まるで私だけがオペラオーちゃんや他のみんなとは違う場所を走ってる様な……そんな風に感じる時があって……」
トップロードの手が、キュッと缶を握る。
「……レース映像を見返しても、私の走りにはオペラオーちゃんやディクタ先輩みたいな、鬼気迫る勢いというか……火山の噴火のような『怒り』というか……そんな激情が無いように見えるんです。先輩は私を優しいと言ってくれましたが……だからこそ追い付けないんじゃないかって……」
ディクタストライカはトップロードの分析力に驚く。
(そうだ。コイツは元々センスの塊みたいな奴だった。能力が劣っているワケじゃ決してねぇ。本当に、負ける理由はその一点だけなんだ……)
ディクタストライカは空を見上げて、目を閉じる。
(でも、そんなお前だからこそ……)
彼女は目を開けると、トップロードの肩から腕を戻して、ベンチに背をもたれた。
「なぁトップロード、オレは今からガラじゃねェ事言うかもしれねェけど、引かずに聞いてくれ」
トップロードが息を呑むのが聞こえた。
「これだけは覚えておけ。トップロード、お前に『足りないもの』なんてねェよ。その怒りのような激情ってヤツも、お前の中に間違いなくある」
「え……」
予想もしてなかった言葉に、トップロードは驚きを隠せない。ディクタストライカは続ける。
「表裏一体って言葉あるだろ。知ってるよな?」
「えっと、はい……全く正反対な2つの事柄も、元を辿れば1つだという意味ですよね」
「おう、流石は優等生だな」
ククッとディクタストライカは笑う。
「憎しみは愛情の裏返しってよく聞くだろ? あれはな……『誰かを本気で憎む事が出来ない奴は、誰かを本気で愛する事も出来ない』って意味だ。優しさと怒りも同じだよ。心から人に優しい奴じゃないと、心から人に怒れねェ。逆も然りだ」
トップロードはジッとディクタストライカを見つめていた。
「お前は誰よりも優しい。オレが知ってるウマ娘の中でも、間違いなく1番にな。だからこそ、お前の中にその激情が無いはずが無いんだよ」
ディクタストライカも、トップロードの顔を見て、懐かしむような眼差しで言った。
「オレがお前の歳ん時は、周りにゃバケモンしか居なかった。オグリキャップ、タマモクロス、イナリワン、スーパークリーク……海外からも怪物みてぇな奴らが押し寄せて来てた。他のレースウマ娘はそいつらに蹂躙されてたって言っても、あながち間違いじゃねぇのさ」
彼女の眼が、鋭く光る。
「だからその中で、オレは『
彼女の眼が、優しく細まる。
「……お前の走りは、本当にオレとは真逆なんだ。お前はずっとずっと、応援してくれる誰かの為に走っていた。自分の為に走っていたオレとは正反対にな」
ディクタストライカは囁く。
「オレはな、トップロード……お前の走りに、少しだけ……『憧れて』たんだ」
「…………えっ…………」
トップロードは目を見開く。
「真逆なハズなのによぉ……お前の走りに、オレは不思議と親近感が湧いてたンだ。まるで1枚の紙の裏表みてぇに、同じだって思った。お前がターフを駆ける姿を見ると、オレの半身が走っている様な気がした」
何言ってんだと思うだろ?とディクタストライカは笑う。
「なぁトップロード……お前のそのバカみてぇに真っ直ぐな走りが、小細工なんて考えねぇで前だけを見る眼が、ひたむきに応援に報いようとする姿が、オレは好きなんだ。お前は、オレにはやりたくても出来ない走りをしてくれてんだ」
トップロードの目が潤む。
「お前がその走りで菊花賞を勝った時、オレがどれ程嬉しかったか……お前には想像も付かねぇだろ。誰かの勝利が自分のことの様に嬉しいなんてよ、オレには生まれて初めての経験だった」
トップロードの頬を涙がつたり落ちる。
「……っ……そんな風に……思ってて……くれたんですか……先輩……」
「ああ」
「っ! ……ひぅ……っ……う、ぁぁ……」
トップロードは両手で顔を覆う。その指の隙間から、涙がこぼれ落ちてくる。
ディクタストライカは、両腕でトップロードの肩を抱く。力強く、彼女の震える身体を抱き締める。
「お前に『足りないもの』なんてねェよ。お前は今までずっとそうやって走ってきたじゃねェか。負けたとしても、何も間違ってなんかないんだ。胸を張って走れ、お前は『ナリタトップロード』だろ?」
「ッ……! あ、ぁぁ……うぁ……ああああああぁ……あああああ!!!」
トップロードは、ディクタストライカの背中に腕を回して抱き付いた。その胸に、顔を埋めて大声で泣いた。
「……辛えよな……悔しいよな……ホント、お前はオレに似てんなぁ……」
同期が華々しく活躍する中を、勝てずに埋もれていく苦しさを、ディクタストライカは誰よりも知っていた。
クラシック期の菊花賞が終わってから1年間近く。勝利からずっと遠のいているナリタトップロードの気持ちを、誰よりも深く理解していた。
トップロードがその悔しさを吐き出し切るまで、ディクタストライカはずっと彼女を胸に抱き続けた。
…………
………
……
…
「……落ち着いたか?」
「っ……ずびっ……はい……すみません。上着、汚しちゃって……」
「んなこと気にしてんじゃねェよ、ったく。世話の焼ける後輩だな……」
目を赤くしたトップロードを見て、ディクタストライカは微笑む。
「寮の門限までギリギリだろ? さっさと帰んな」
「……はい、先輩も一緒に……あ、そう言えば今は一人暮らしでしたね……」
「おう、だからこっちの心配はいらねぇよ。ほら、帰った帰った」
「はい……あ! ジュースせっかく貰ったのに。今急いで飲んじゃいますから!」
トップロードはプルタブを開けると、ゴクゴクとジュースを一気飲みする。その様子をディクタストライカは微笑ましく見守っていた。
(走れ、トップロード……オレは頂点に立つお前も見たいけどよ。頂点を目指して走り続けるお前を、何よりも見たいんだ……)
トップロードはジュースを飲み切ると、タタタッとゴミカゴまで走って缶を捨てて、ディクタストライカの方を振り向いた。
「ディクタ先輩! 今日は……ありがとうございました! 私、明日からまたいっぱい頑張れます! それでは!」
「おう、気を付けて帰れよ」
トップロードはペコリと頭を下げると、学園の方へ向かって走り出した。
「……さてと、オレも帰っか」
ディクタストライカも立ち上がり、缶を蹴り飛ばした。それは放物線を描いてカゴに吸い込まれる。それを見届けて、ディクタストライカは自宅に向かって歩き出す。すると……
「ディクタせんぱーーーーい!!!」
名前を呼ばれ、彼女は振り返る。ナリタトップロードが彼女に向かって手をブンブンと振っていた。
「私は……『頂点に立つ私の姿』を! またディクタ先輩に見せます! いつか、必ず!!!」
「っ………!!!」
ディクタストライカは驚いた。まるでトップロードに心を読まれたのではないかと思った。そしてニカっと笑みを浮かべて、トップロードに返答する。
「ああ……!! 期待してるぞ、ナリタトップロード!!!」
トップロードも同じくニカっと笑顔を見せると、振り返って今度こそ帰って行った。
ディクタストライカは、トップロードの姿が見えなくなるまで、彼女を見送った。
「……〜〜♪」
街灯の灯りで照らされた小さな公園で、ディクタストライカは鼻歌を歌いながらリフティングを始めた。
彼女のサッカーボールも、心なしか嬉しそうに弾んで見えたのだった……
ーーーーー
ナリタトップロードの時間は止まったままだった。
(あれ……何で私……あの日の事を……)
眼前の熊が、今まさに前脚を振り下ろそうとしている。そんな中で、ナリタトップロードの頭の中に……『誰よりも尊敬する先輩』の声が響いた。
『これだけは覚えておけ。トップロード、お前に「足りないもの」なんてねェよ。その怒りのような激情ってヤツも、お前の中に間違いなくある』
(あぁ……ディクタ先輩に会いたいな……また一緒にサッカー……したいなぁ。そうだ、このキャンプが終わったら、今度はみんなでサッカーをしよう。ディクタ先輩も誘って、きっと楽しいだろうなぁ……)
トップロードは目の前の獰猛な野生を見つめる。
(それを……この熊が邪魔してるんだ……嫌だな……あぁ……嫌だな……私は、帰りたいのに……ッ!!!)
ナリタトップロードの中で
『何か』が弾けた
「ガァッッッッ!?!?!?」
ビタリ!と巨大な熊の動きが止まった。その熊は、目の前に自身よりも遥かに巨大な猛獣が出現したと錯覚した。なのに、目の前にいるのは栗毛のウマ娘である。巨大な熊は、現実と認識との齟齬に混乱していた。
「…………しないでよ…………」
そのウマ娘が、小さく呟いた。そして……
「邪魔……しないでよ!!!!!」
トップロードは、右脚で眼前の巨大な熊を横に蹴り飛ばした。
「グガァアアアアアアア!?!?」
ドゴォオオオオオオオオオン!!!!!
と、巨大な熊はまるで『サッカーボール』の様にゴロゴロと転がると、洞窟の壁面に激突した。パラパラと、周囲を埃が舞い散った。
「っ………トップロード……さん……?」
マリンは喉から声を絞り出した。その洞窟内の全ての生物が恐怖に固まっていた。
「ふぅ…………ふぅ…………」
ナリタトップロードの息遣いだけが聞こえていた。
彼女の顔は『領域』に入ったディクタストライカの顔と、そっくりだった。
「マリンちゃん……大丈夫ですか?」
トップロードはマリンに向かって振り向いた。マリンは彼女の両眼に……
蒼い炎が燃えている幻が見えた。
次回
21話 山編:まるで星を掴もうとする少年のよう
参考:1999年菊花賞、杉本アナの実況