【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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21話 山編:まるで星を掴もうとする少年のよう

 

 

 

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 マリンは緊張で唾を飲んだ。目の前に立つウマ娘が、自分の知るあのナリタトップロードとは思えなかったのだ。

 

 

(……でも、間違いなくトップロードさんだ。何が起こったのか分からないけど……)

 

 

「は、はい。私は大丈夫です。この程度、怪我のうちにも入りません……」

 

 

「………………そうですか。でも、後でちゃんと治療しないとダメですよ」

 

 

 トップロードは静かに振り返る。そして高台に立つドトウを見つめ、言った。

 

 

 

「ドトウちゃん…………やり過ぎだよ?」

 

 

 

 

 ゾアァァッ!とマリンの全身に鳥肌が立った。その声には恐ろしいほど冷徹な怒りが込められていた。その声が自分に向けられていなくて良かったと、心の底から安堵した。それは恐らく、捕まっているBNWの3人も同じだろう。

 

 野性に支配されたドトウも虚な目を見開いて恐怖に硬直していた。

 

 一瞬にして洞窟内が絶対零度にまで達したかのように、その場の全ての生き物が静止した。

 

 その声は、静かな洞窟内に鈴の音のように響いた。騒いでいた動物たちは既に沈黙し、その空間は静寂に包まれていた。

 

 

 

 カツーン……コツーン……

 

 

 

 トップロードは歩き出す。彼女の足音だけが洞窟内に響き渡る。

 

 

 

 

 巨大な熊に攻撃される正にその瞬間、トップロードは初めて、『自分の為』に願った。純粋な生命の危機により、彼女の生存本能が刺激された結果だった。

 

 しかし……ナリタトップロードは、やはりどこまで行っても『ナリタトップロード』だった。

 

 

 

 ディクタストライカに会いたい

 

 そして、みんなでサッカーがしたい

 

 それが彼女の『自分の為だけ』の

 

 精一杯の欲望だった

 

 

 

 しかし、彼女が『領域』に入るにはそれで充分だった。

 

 その内に秘めた激情が身体を迸り、彼女の肉体は怒りによってリミッターが外れている状態だった。この瞬間、『ナリタトップロード』は間違いなくこの山で最強の生物だった。

 

 

 

 BNWの3人もトップロードの変貌ぶりに驚き、同時に思い出していた。トレセン学園内でのみ囁かれる、ある噂についてだ。曰く、『ナリタを怒らせてはいけない』というものだ。

 

 

 トレセン学園で特に有名なナリタは3人居る。1人は三冠ウマ娘のナリタブライアン、1人はBNWのナリタタイシン、この2人は目付きも鋭く、一匹狼気質で近寄り難い雰囲気がある為、怒らせてはいけないと聞くと誰もが彼女たちを真っ先に思い浮かべるだろう。

 

 逆に、最後の1人のナリタトップロードは怒りとは無縁な雰囲気さえある。明るく朗らかで真面目な性格で、ファン人気は学園屈指のものなのだから。

 

 しかし、知る人は知っているのだ。  

 

 

 本当に怒らせてはいけないナリタは……

 

 『ナリタトップロード』である事を。

 

 

 これが彼女が良バ場の『鬼』と呼ばれる所以、キレたトップロードはその許せない対象を地の果てまで追い詰めて、その者が恐怖で心より反省するまで、決して逃す事は無い……

 

 彼女の激情がほんの片鱗を見せただけでも、その様な事態を引き起こすのだ。

 

 

 

 

「ア……アア……」

 

 

 コツーン、と足音が止まる。ついにドトウの元にトップロードがたどり着いた。

 

 ドトウは眼前に恐怖そのものを見ていた、トップロードの『鬼』の形相を。冷徹で魂を芯まで凍てつかせるような『鬼』の眼差しを。

 

 トップロードは、今や蒼い炎をオーラの様に全身に纏っていた。彼女の真のポテンシャルを示すかの様に。

 

 マリンと捕まっているBNWの位置からは、彼女の後頭部しか見えなかった。今の彼女の顔を見ろと言われても、絶対に見たくはないと皆思っていた。

 

 

「ドトウちゃん…………」

 

 

 再び鈴の音のような声が響く。綺麗な声なのに、皆聞いているだけで背筋が凍りつくような錯覚を起こした。

 

 

「『ごめんなさい』……は?」

 

 

 トップロードは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「誠心誠意謝れば、みんな許してくれますよ……そして仲直りの印にサッカーをしましょう……ディクタ先輩も呼んで……ね?」

 

 

 しかし、暴走した野性の王者ドトウも、今やトップロードへの恐怖に支配されていた。涙を流してカタカタと震えるばかりだった。

 

 

 

 それを見てスゥ、とトップロードは右足を上げた。そして……

 

 

 

 

 ズドオオオオオン!!!

 

 

      ビキビキビキッ…………

 

 

 

 

 とドトウの目の前の地面を踏みつけた。地響きがマリンやBNWの場所まで伝わった。ドトウの目の前には、ボロボロにひび割れた地面があった。

 

 

 

 

 

 

「『ごめんなさい』……は?」

 

 

 

 

 

 

 ガタガタと震えるドトウは、涙目で叫ぶように言った。

 

 

「ゴ、ゴメンナサイイイイイ!!!! きゅう…………」

 

 

 ドサリ、とドトウは倒れ込むように気絶する。それをトップロードは優しく抱き上げた。

 

 

「はい、それで良いんですよドトウちゃん! 心から謝れば、どんな人にも誠意はきっと伝わります! ですよね、皆さん! ドトウちゃんが謝ったのなら一件落着です、もう蒸し返すのもナシですよ!」

 

 

 クルッとトップロードはマリンとBNWへと振り返る。その笑顔はいつもの太陽の様にニッコニコなトップロードのものに戻っていたが、なんだかそれが逆に怖い。コクコクコク、と4人のウマ娘は無言で頷く。

 

 

「お猿さんたちも、オペラオーちゃんを降ろしてくれますか? 怪我をしないように、優しくお願いしますね」

 

 

 トップロードのお願いに猿たちは快く応じた。逆らえば殺されると本気で思っているからである。

 

 気絶したオペラオーが地面に降ろされると、トップロードはドトウとオペラオーの2人を両肩に担いでスタスタとマリンとBNWの元へ向かって歩き出した。大蛇はいつの間にか捕まえていたタイシンたちを解放し、どこかへ去っていた。

 

 

「では、日が暮れる前に帰りましょう! すみませんけど、ハヤヒデさんはアヤベさんを背負って貰えますか? タイシンさんとチケットさんはマリンちゃんを支えてあげて下さい。彼女、怪我をしているので」

 

「あ、ああ分かった……任せてくれ」

 

 

 ハヤヒデはすぐに駆け出すと、アドマイヤベガを背負って戻ってきた。タイシンとチケットは言われた通りマリンに肩を貸した。そうやって、8人のウマ娘は無事に洞窟から脱出した。

 

 本当に嵐のような時間だったと、マリンとBNW3人は心の中で思った。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 その後、マリンとクラスメイトたちは当初の予定通りキャンプを楽しんだ。

 

 結局ドトウは何も覚えておらず、動物に運ばれた後の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。それが山の気に当てられて野性が暴走したせいなのか、トップロードの恐怖への防衛反応のせいなのかは定かではない。

 

 気絶していたアドマイヤベガとテイエムオペラオーには、その後何とか隙を見て脱出できたのだと端的に伝えた。トップロードはドトウを『叱った』ことは口に出さなかったので、マリンとBNWの間には余計なことは言うまいと暗黙の了解が出来ていた。

 

 皆がキャンプを満喫していると、いつの間にか陽が落ちて辺りはすぐに真っ暗になった。昼間の壮絶な体験で皆疲れ切っていたのか、マリンとアドマイヤベガ以外のウマ娘たちはテントの中で力尽きたように眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 アドマイヤベガは、自前のキャンピングチェアに座って天の星々を見つめていた。ようやく、彼女は本当の目的である『星空観察』が出来た。満点の星空を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。

 

 

(綺麗……ここで暮らして、毎晩この星空を眺めていたなんて羨ましいわ……マリンさん)

 

 

 アドマイヤベガはキャンプマグに入れたコーヒーをちびりと飲む。すると、足音が彼女に近づいてきた。

 

 

「隣、良いですか? アヤベさん」

 

 

 アドマイヤベガが振り返ると、そこには脇に何かを抱えたマリンが立っていた。

 

 

「ええ、もちろん」

 

「ありがとうございます。うちの倉庫に似たような椅子があったので持ってきちゃいました。多分、まだ使えます」

 

 

 そう言うと、マリンは古ぼけたキャンピングチェアをアドマイヤベガの隣のスペースに設置する。見た感じはまだまだ使えそうである。マリンはゆっくりとそれに腰を下ろした。

 

 

「うん、大丈夫そう。何だか普通の椅子と違って、ちょっぴり変な感じがします」

 

「ふふ、そう。でもすぐ慣れるわ。コーヒー、飲む?」

 

 

 頂きます、とマリンが言うと、アドマイヤベガは小さな紙コップにコーヒーを注いで渡した。2人は暫く、ゆったりと無言で星空を眺めていた。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 15分ほど経った頃、2人はポツポツと会話を始めた。何気ない会話も満点の星空の下だと特別な事のようにマリンには思えた。

 

 彼女にとって、この星空は小さい頃からずっと見てきたものだが、友達とそれを眺めながら会話するのは初めての経験だったのだ。新鮮で、心落ち着く、とても楽しい時間だと彼女は思った。

 

 

 そして不意に、アドマイヤベガはかねてよりの疑問をマリンに問いかけた。それは、ほんの気まぐれだった。

 

 

「……ねぇ、マリンさん。1つ、ずっと聞きたいと思ってた事があるの」

 

「? ええ、何でしょうか」

 

 

 アドマイヤベガは手元のマグを見つめて、呟くように言った。

 

 

「マリンさんは……どうしてレースの世界に来たの?」

 

 

 その問いに、マリンは息を呑んだ。

 

 

「ごめんなさい、答えたくないならいいの。でも、この山で生活して、武術の修行をしていたあなたは……とても純朴で、レースとは違う魅力のある世界に生きているウマ娘だったと、私は感じたの。だから、気になってしまって……」

 

「……いえ、答えたくない訳ではありません。ただ、今思えば我ながら呆れるような理由なのです。今までルドルフ会長にしか話した事がないのですが……笑わずに、聞いてくれますか?」

 

 

 アドマイヤベガはコクンと頷いた。マリンはそれを見て、陽の落ちた山中の涼しい空気を肺に吸い込む。それをゆっくりと吐いて星空を見上げた。

 

 

 

「……夢を……見たのです」

 

 

 

 その言葉に、アドマイヤベガは不思議そうな顔をする。

 

 

「夢……?」

 

「はい、夢です。とても不思議な……まるで現実のような夢を見たのです」

 

 

 マリンは語った。行った事も無いはずのレース場で自分が走っていた事、自分の姿も周りの姿も何故か見えなかった事、そして……

 

 

 ゴールの先に、自分と同じ緑色のパーカーを着た『誰か』が立っていた事。

 

 

 走っても、走っても、ゴールの先に辿り着けなかった事を。

 

 

 

「……夜中に目覚めると、気付かないうちに涙で顔が濡れていました。喪失感で身体が空っぽになった気がしました。今でも、あの夢を思い出すと……胸がとても苦しくなるのです」

 

「…………………」

 

 

 アドマイヤベガはじっとマリンの話に聞き入っていた。

 

 

「トレセン学園に入れば、その夢の意味が分かるんじゃないかって、そんな短絡的な思考で私は転入したのです」

 

 

 マリンはアドマイヤベガの方を向いて、恥ずかしそうに苦笑いをする。

 

 

「おかしい……ですよね。顔も名前も知らない、声すら聞いた事のない『誰か』の為に、私は……」

 

「おかしくなんかないわ」

 

 

 アドマイヤベガが真剣な顔でマリンの目を見つめていた。マリンも同じく見つめ返してしまう。

 

 

「アヤベさん……?」

 

「おかしくなんか、ないわ。私も……同じだもの」

 

 

 え?とマリンが呟く。アドマイヤベガは、じっと手元のマグカップを見つめ、語り出した。

 

 

「マリンさんには、話してなかったわね。私と……私の『妹』のことを」

 

 

 その余りにも真剣な声色に、マリンは口をつぐんだ。

 

 

「マリンさん、私は……私の『妹』に、会った事がないの。彼女は、私が産まれる時に……一緒に産まれるはずだったのに、亡くなってしまったの。双子だったの、彼女と私は」

 

「………!?」

 

 

 マリンは驚きに目を見開いた。そして、申し訳なさそうな顔をして言う。

 

 

「そう……だったのですか。すみません、私、そうとも知らずに……」

 

「そんな顔しないで。あなたが気にすると、私まで緊張しちゃうわ。それに、私はもう……『大丈夫』なの。私のトレーナーが私とあの子の為に、見ていて心配になるくらい頑張ってくれたから。本当、お節介な人なのよ」

 

 

 クスリ、とアドマイヤベガは微笑む。その笑顔は、星空の淡い光のように柔らかく、優しかった。

 

 

「あなたの初ウイニングライブのお祝いにお昼を一緒にした時、マリンさんは私の事を『お姉ちゃん』って感じがするって言ったわよね。とても……嬉しかったわ。妹の存在を感じてくれる人が、他にも居るんだって思えて」

 

「……アヤベさん……」

 

「だからあなたのその理由は、何もおかしくなんてないわ。会ったこともない誰かの為に走る……まるで星を掴もうとする少年のよう……とてもとても純粋な『願い』……恥ずかしがる必要はないわ。少なくとも、私は笑わない。絶対に」

 

 

 アドマイヤベガがコーヒーに口をつける。マリンはその横顔をじっと見つめていた。

 

 

「……ありがとうございます、アヤベさん。この事を話せたのがアヤベさんで、本当に良かったです。私は……友達に恵まれていますね……」

 

「……そうね、きっと私も……騒がしい娘たちが多いけど」

 

 

 そう言って、彼女たちは再び星空を見上げた。眠たくなるまで、静かに星々の煌めきを眺めていた。

 

 

 流れ星が1つ、夜空を横切った……

 

 

 

 

 





次回

最終章

22話 卒業とその先の未来〈PGリーグ〉

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