【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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24話 武芸者とツキミソウ

 

 

 

 

 この物語の始まりより数十年前、とある違法格闘賭博場……その奥にある胴元の関係者のみが入る事を許される畳張りの一室。その床の間には日本刀が飾ってあり、まさに極道と言った雰囲気の部屋だった。

 

 その上座に、金髪で目付きの鋭いウマ娘が胡座をかいて座っていた。煙管を蒸して、煙を弄ぶその姿はどう見てもカタギ……いわゆる一般のウマ娘ではなかった。

 

 黒を基調とした和装で右耳には金ピカな髑髏の耳飾りをしている。表情は苛ついてるようで、それでいてどこか新しい玩具を買ってもらえた幼子のような楽しげな雰囲気があった。そのギラついて好戦的な眼と体幹の整い方は、見る者が見れば一発で彼女が『喧嘩師』である事に気付く。

 

 その日の賭け試合に『乱入者』が現れたと子分のウマ娘から報告があり、彼女は子分たちがその人物を連れてくるのを待っていた。

 

 それは若いヒトの男だったらしい。話によると、突如その男は2人の格闘ウマ娘の賭け試合に飛び込むと、その2人を挑発したとか。当然試合は中断され、このイカれた男に軽く灸を据えてやろうと格闘ウマ娘たちは掴みかかった。

 

 

 観客たちは盛り上がった。

 

「こんなバカは久々に見た」と。

 

「ウマ娘に、しかも賭け試合に出る喧嘩屋に突っかかるなど命知らずにも程がある」と。

 

 

 しかも、その男の体躯はお世辞にも大きいとは言えなかった。せいぜいが中の小が良いところだ。そんな男がウマ娘2人に羽虫のように潰されるのを見てやろう、と周りはこの乱入者を囃し立てた。

 

 賭け試合の邪魔をされ、本来なら止めるべき子分たちもこの見せ物には興味を持ち、様子を見ることにした。どうせすぐにその乱入者はのされる、その後にとっ捕まえれば良いと考えた。

 

 

 だが、その先の景色は誰も想像だにしないものだった。

 

 その袴姿の男は『両方のウマ娘』を事も無げに投げ倒した。そして最小限の動作で的確に急所を踏み抜き、2人を戦闘不能にした。

 

 

 シンと試合場は静まり返った。

 

 

 そして男は声高に言い放った。

 

 

 「ヤマブキのウマ娘はこんなものかぁ!? 噂に聞いた程じゃねぇや。遠出してきたのにガッカリだぜ」と。

 

 流石に子分たちは、『姉御』の一家の名前を出されてバカにされたとあっては黙っていられない。その喧嘩は死んでも買わねばならない。

 

 そこから先は、まさに大乱闘だった。その中心にいるのは小柄なヒトの男、ウマ娘にヒトは力で敵わないのは当然であるはずだ。それなのに5人6人とその場のウマ娘たちが襲い掛かるも次々と返り討ちにされた。

 

 その男は合気の『技』で戦っていた。相手の力を利用して、膂力で勝るはずのウマ娘を投げ、床に叩きつけ、時には別のウマ娘の方に押し付け、多勢に上手く立ち回る。まさしく域に達した武人の技術だった。

 

 観客はそれを見て更に大盛り上がりだった。流石は根性の逞しい裏社会の住人たちだ、新たにその『乱入者』がどこまで持つかの賭けも始まっていた。

 

 

 だがしかし、いくら武の達人でも1人のヒトだ。喧嘩は数だとよく言われる通り、最後には多勢に無勢で押し負けてしまった。彼はウマ娘5人がかりで両手足と胴を押さえつけられ、最後には縄でキツく縛り上げられて拘束された。

 

 そして、事態を把握した『姉御』から彼を奥に連れて来いとの命令があり、そのままオモチャの引き車のように引き摺られていった。

 

 観客たちも、こりゃ殺されるなと同情のカケラもなくその様子を笑って見送っていた。

 

 

 

 そんな一部始終を高見の観覧席の陰から見ていた1人のウマ娘が居た。

 

 

 

 彼女の肌と髪はまるで雪のように白く、目はほんのりと赤みがかっていた。上物の薄手の青い着物を着て佇むその様子は、とても裏社会の住民とは思えない。

 

 

 一言で言えば『薄弱』

 

 

 そんな儚げな雰囲気を持つウマ娘だった。彼女は引き摺られていく男をじっと見つめていた。興奮と喜びに声を漏らし、胸に手を当てる。

 

 彼女はその男に『希望』を見た。彼こそが自分が求めていた人物に違いないと確信した。雪のような白髪のウマ娘は、その男に会う為にゆっくりと階下へと向かった。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「ハナミの姉御、連れて来やした! コイツがその男でさぁ!」

 

 

 畳部屋の上座に向かって、短髪のウマ娘が縛り上げられた男を投げるように突き出した。

 

 

「痛ってえ!もちっと丁寧に運びやがれ!」

 

 

 と悪態をつく男を、煙管を吸いフゥと煙を吐きながら上座にあぐらをかくウマ娘は興味深そうに眺めた。

 

 

「はっはっは! アンタかい、ウチの若い衆相手に大立ち回りした男ってのは。もしかして噂の道場破りと同じ奴なのかい? アタイの耳にも入ってるよ、数日前にこの近辺に腕の立つ武芸者の男が流れてきたってよ。まさか此処まで来るとは思ってなかったけどなぁ! 正気かいアンタ、ヒトの武術家ならまだしも、ウマ娘にまで喧嘩を売るとはなぁ! こんなバカは初めて見たよ! 若いねえ、見た感じ二十歳かそこらか、アンタ」

 

 

 はっはっはっはっ!も更に笑い声を上げるウマ娘を、床に転がる男は睨みつけるように見上げた。

 

 

「ああ、まだ名乗ってなかったね。アタイは『ヤマブキハナミザケ』ってんだ。ここではハナミの姐御って呼ばれてる。よろしくなぁ、角間源六郎」

 

(……『ヤマブキ』って事は、コイツがここの頭か、しかし……)

 

 

 彼女に名を呼ばれ、源六郎は驚いた顔をする。その顔を見てハナミザケは可笑そうに口を歪めて、煙をフゥゥと吐く。

 

 

「何でアタイがアンタの名を知ってるのか? って言いたいのかい。町で暴れてる奴の情報なんざいくらでも入ってくるもんさ。まさかこのウマ娘の格闘賭博場にまで乗り込む程の命知らずだってのは、流石に知らなかったケドねぇ。アンタ、ウマ娘に恨みでもあるのかい?」

 

 

 へっ!と男はニヤついて声を上げた。

 

 

「何言ってんだ、恨みじゃねえ。俺はウマ娘が気に入ってるからこそ喧嘩を売ってんだ。ヒトと姿形が耳と尾っぽ以外は変わんねえのに、その力はヒトの10倍近くある。修行するのにそれ以上相応しい相手は居ねえだろが!」

 

「あ〜あ〜、ホントに喧嘩バカだねえ。アンタみたいな連中、たまに居るんだよねえ。そこまでして強くなりたいのかい?」

 

「あん? 金ピカのしゃれこうべなんて趣味の悪い耳飾りしてる奴に言われたかねぇなぁ!」

 

 

 武芸者はハナミザケを見上げながら睨みつける。

 

 

「覚えとけ、男ってのはな……産まれて1度は『世界最強』を夢見るもんだ。俺は感謝しているんだ、この世界にウマ娘という産まれついての『強者』が居る事をよぉ!」

 

 

 ゾクリ、とハナミザケの背筋に冷たいものが走った。この男はもはや狂人だ。放っておくと碌なことにならないだろう。

 

 

「……はん! まあ、アンタにそう豪口叩くだけの技量があるのは確かだ。ウチの武術家ウマ娘を6人ほどやったそうだな。大したもんだ。並の男に出来る事じゃねえ」

 

 

 ハナミザケはゆっくりと立ち上がると、源六郎の側まで歩み寄る。

 

 

「アンタの腕に免じて、ウチのウマ娘たちの事と、アタイの耳飾りをバカにした事は水に流してやるよ。強い奴は、アタイも好きだからねぇ……正直、アンタとやり合いたくてウズウズしてんだ」

 

 

 ギンッ!とハナミザケの眼が肉食獣が如き眼光を放つ。源六郎には分かった。間違いなく、この賭博場で最も強いのはこの『ヤマブキハナミザケ』だと。最も強いものがトップに立つのは、野性味の溢れる武術家ウマ娘らしくて良い、と心の中で笑っていた。

 

 しかし、その眼光は一瞬で消え失せた。冷徹な目でハナミザケは言う。

 

 

「だが、それとアンタがウチの商売の邪魔をした事とは話が別だ。落とし前はつけてもらうぜ……そして、この耳飾りの良さを理解できねえ奴に温情は無え」

 

「おい、それ水に流してねえじゃねーか!」

 

 

 ゴゴゴゴゴと、凄みを発してハナミザケは源六郎を見下ろす。どうやらあの髑髏の耳飾りはお気に入りだったらしい。そしていつの間にか他の幹部のウマ娘たちも畳部屋に集まって来ていた。

 

 

 こりゃ流石にまずいな、と源六郎が何とかやり込めないものかと思案していると……

 

 

 

「姉さん……」

 

 

 

 突然、夜の雪原に響く鈴の音のような声が室内に響いた。畳部屋の前の廊下に、白髪のウマ娘がしゃなりと立っている。

 

 

「そのお方とお話がしたいのですが……駄目ですか?」

 

 

 ハナミザケが目を細める。源六郎からは他の子分のウマ娘たちが邪魔で声の主の姿は見えなかった。

 

 

「『ツキ』……何でここに居る? 今日はあまり体調が良くなかっただろう。おい……」

 

 

 ハナミザケが目配せをすると、子分の1人が『ツキ』と呼ばれたウマ娘へと駆け寄った。

 

 

「おツキさん、今ハナミの姐御は気が立ってるんすよ。ささ、お身体に障るといけません。取り敢えず今はこちらへ」

 

「あ、待って下さい……まだ」

 

 

 そう言って、白髪のウマ娘はどこかへ連れて行かれた。源六郎は一体何だったんだ?と怪訝そうな顔をした。

 

 

「……妹かい、ヤマブキハナミザケさんよ」

 

 

 ギロリとハナミザケは源六郎を睨む。

 

 

「……さっき、ウマ娘は産まれついての『強者』だとか抜かしたな。そうじゃねえ奴もいる。走ることすらも難しいウマ娘だっているんだ……まぁ、喧嘩狂いのアンタにゃ一生関わりの無い事だよ。今は自分の身の心配でもするんだな」

 

 

 ハナミザケは更に冷たい声で言った。源六郎の周囲にいかにも極道の者だと言うウマ娘たちが集まる。こりゃあ命運尽きたか、と源六郎は覚悟を決めた。

 

 

 ピシャリ!と畳部屋の障子が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 その違法賭博場は町外れの山麓に位置していた。その裏手に、ハナミザケの子分のウマ娘がボロ雑巾のようになった袴姿の男を担いでやって来た。

 

 彼女はそのまま、ドサリと彼を地面に投げ捨てると「これに懲りたらもう来るんじゃあねえぞ」とセリフを残して去っていった。

 

 

「ぐっ、あああ……クソッ。ウマ娘どもが男1人を囲んでなぶってんじゃねえよ……! 流石に向こう見ずだったか、今度から人数確認して喧嘩売らなきゃ死ぬな……! う、おおお」

 

 

 グググ……と男はフラフラになりながらも立ち上がった。手足の骨までは折られなかったのは温情だと思っていいのか。流石に今日はこれまでだと、彼は寝床を探しに去ろうしたが……

 

 

「ハァッ、ハァッ……お待ち下さい! 角間源六郎様!」

 

 

 ついさっき聞いた声が、また聞こえてきた。源六郎はゆっくりと振り返る。陽はとっくに落ち、月の光が周囲に降り注いでいた。

 

 木陰に隠れていたのか、月明かりに照らされて、白い髪と肌が更に白く輝いて、そのウマ娘はゆっくりと源六郎に向かって歩いてきた。

 

 

 まるで月の精霊か、それともウサギか。ともかく彼女には、風に吹かれれば消えてしまいそうな儚い印象があった。喧嘩狂いのその男が求める『強者』であるウマ娘とは真逆の存在だ。なのに、何故か源六郎はこのウマ娘の事がどうしても気にかかった。

 

 

 

 

「お初にお目にかかります。私は『ヤマブキツキミソウ』と申します。長いので『ツキ』とお呼び下さい。皆その様に呼びます故。どうか、お見知り置きを」

 

 

 

 

 彼女は一瞬頭を下げると、すぐに顔を起こし源六郎の眼をジッと、力強く見つめた。

 

 

 (そうか……眼だ)

 

 

 源六郎は納得した。このウマ娘の赤みがかった眼。その奥に賭博場のどのウマ娘たちにも、あのヤマブキハナミザケにさえも負けない灯火のような強い意志が確かにあると彼は感じた。

 

 『薄弱』なんて言葉も、その眼にだけは似つかわしくないだろう。

 

 

 これが角間源六郎と彼の生涯の伴侶となるウマ娘との出会い。武の道を進む彼の『寄り道』……その始まりだった。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「痛ててて! キツく縛り過ぎだ! そこまでしなくても良い!」

 

「ウチのウマ娘たちはこのくらいで文句は言いませんよ。はい、これで応急処置は出来ました」

 

 

 月明かりが草原に座る2人を照らしている。ツキミソウは嫌がる源六郎に有無も言わせず傷の手当てをしていた。流石に手酷くやられていたので、源六郎は黙って治療を受けていた。

 

 

「すまねえな……取り敢えずツキさんよ、礼は言っておく。だが、アンタあのヤマブキハナミザケの妹だろ。俺に何の用があるってんだ?」

 

 

 ヤマブキツキミソウは更に源六郎に近付く。決して逃しはしない、と言わんばかりの気迫を感じた。だが源六郎にはその理由がとんと思い当たらなかった。仮にも彼女は極道の娘のはず。その彼女が一体何故、自分のような流れ者の武術家に興味を示す?

 

 

「賭博場での貴方の喧嘩を、見ておりました。貴方が舞台に飛び入る所から、縄で引き摺られて行く所まで」

 

 

 ツキミソウは源六郎を見つめて言った。彼はバツが悪そうに目を逸らしたが、彼女はその横顔を見つめ続けた。

 

 

「貴方のその強さを見込んで、伏してお願い申し上げます。どうか……私と共に、この格闘賭博場に代わる武術家ウマ娘の為の『組織』を作る事に、お力添え頂けませんか……?」

 

 

 源六郎は怪訝な顔をする。

 

 

「賭博場に代わる『組織』だと? ツキさん、アンタ自分の姉さんの立場を奪いたいのか?」

 

「違います」

 

 

 そう言って、ツキミソウは悔しそうに目を伏せる。

 

 

「違います……私は姉さんを、私たちの『家族』を守りたいのです」

 

 

 

 ツキミソウは語る。ヒトよりも圧倒的に数の少ないウマ娘は、時代とともに向けられる価値感が変化していった。過去の戦乱の時代や、近年の戦中はその身体能力により兵士として価値を見出された。

 

 しかし、戦後は兵士としての強さはむしろ疎まれる対象となった。そして現在、経済発展とマスメディアの発達により、その価値観は『レース』へと移り変わっていた。

 

 

 

「ウマ娘は良い意味でも、悪い意味でも純粋です。純粋ゆえにレースで駆ける事に順応するウマ娘の一族もいます」

 

 

 ですが……とツキミソウは続ける。

 

 

「純粋ゆえに、かつての時代の闘争心を一族から引き継いで産まれるウマ娘も居ます。ヤマブキ家は……元々はその様な家系なのです。そして、他にもその様なウマ娘が大勢居るのです。ヤマブキ家はそれ故に居場所を失ったウマ娘たちの拠り所を作ってきました。それが世間に認められない形でも……姉さんは亡くなった両親の家督を継いで、今も家族を守っているのです」

 

 

 源六郎はツキミソウの話を黙って聞いていた。やり切れない思いが彼女の言葉の節々から感じ取れた。

 

 

「ですが、時代は変わり続けます。今の様な違法賭博場の形のままだと、いずれその軋轢に呑まれて立ち行かなくなる時が来るでしょう。それまでに、武術家のウマ娘たちが活躍出来る場所を……その為の『組織』を作らねばなりません。日本の全ての格闘ウマ娘を救いたい訳ではありません。せめて、家族の皆が笑顔でいられる未来を作りたいのです」

 

 

 ツキミソウは姉とその子分たちの未来を憂いていた。だが、源六郎はまだ彼女の真意が分からなかった。

 

 

「つまりは世間様に顔向け出来るようになりてえと? 気持ちは分からんでもないが、俺に頼む必要はねえだろ。腕っ節の立つウマ娘が多いなら自分たちでやりゃ良い」

 

「それだけでは駄目なのです!」

 

 

 ツキミソウはズイッと源六郎に顔を近付ける。その勢いに源六郎は目を丸くする。

 

 

「このような現状になったのは、格闘ウマ娘にも落ち度はあります。ヒトよりも優れた身体能力を持つことを鼻にかけ、ヒトを心から信用しない者も多いのです。ですが、ウマ娘はヒトと共に歩まねばなりません! ヒトとの絆に重きを置かぬ組織は、いずれ禍根を生みます。それでは……駄目なのです……!」

 

 

 それは真実だと、源六郎も感じた。世間では『ウマ娘の武術』と『ヒトの武術』は二分されている印象がある。ヒトの身でウマ娘武術界に乗り込むのは彼のような極々一部の喧嘩バカだけである。

 

 

「なので、ヒトの主導で格闘ウマ娘の為の組織を作らねばなりせん。時代が進めば自然とその様な事が起こるかもしれませんが……私は『ヤマブキ』のウマ娘として家族を救いたいのです。時間を掛けてなどいられません。この身も……いつまで持つか分からないのです」

 

「……ヤマブキハナミザケの口ぶりから察してはいたが、ツキさん……アンタ病気なのかい?」

 

 

 ツキミソウはギュッと胸の前で両手を握る。

 

 

「普通のウマ娘より、ヒトより……生まれつき病弱なのです。普通の方の半分の寿命を生きられるかも……分かりません」

 

「…………………」

 

 

 源六郎は黙って立ち上がる。

 

 

「角間様……?」

 

「すまねえが、他を当たってくんな」

 

 

 源六郎はツキミソウに背を向けて、足速に歩き出した。

 

 

「角間様!? どうか、お待ち下さい!!」

 

「俺は武者修行の身だ。治療してくれた事は感謝する。その熱意も買ってやるが、俺は慈善家じゃねぇんだ。すまねぇな」

 

 

 ザッザッザッと足音が遠ざかる。ツキミソウは慌てて立ち上がる。

 

 

「角間様……お願い致します!!! どうか、お待ちを……!!!」

 

 

 源六郎は彼女が簡単に諦めるはずがないと分かっていた。彼はいつ追いかけられ、掴み掛かられても手加減して対応するつもりだった。その可能性も考慮して歩きながら身構えていた。

 

 

 しかし、背後から聞こえて来る足音は弱々しく、源六郎は自分が遠ざかっている事にむしろ違和感を覚え、つい振り返った。

 

 

「ハァ……ッ……ハァッ……!」

 

 

 白髪のウマ娘は、たった数メートル駆けたところで苦しそうに胸を押さえていた。

 

 

 源六郎は悟った。彼女は辛い身体に鞭を打ってこの場に来ていたのだと。慌てて立ち上がって、数メートル走るだけで顔を苦痛に歪める。彼女はそんな状態で源六郎の治療をしていたのだ、と。

 

 

「私は……」

 

 

 ツキミソウは掠れた声で源六郎に言う。

 

 

「私は……この様に、歩き去るヒトにさえ追い付く事が出来ない……そんな欠陥品のようなウマ娘です。闘えず、走る事も出来ない。私にはこの世間の基準で言えば……価値など有りません」

 

 

 直後、ツキミソウは大きく咳き込む。

 その苦しそうな様子に、流石の源六郎も心配が勝った。

 

 

「おい、あんまり無理に喋るな!」

 

「それは事実です、とっくに受け入れています! でも……それでも……『走らないウマ娘は無価値』だと、私の家族がその様な誹りを受ける事だけは我慢がならないのです! 私の家族には皆……私には無い未来があるはずなのです!」

 

 

 ヤマブキツキミソウは涙ながらに訴える。ついには地に膝をついて更に大きく咳き込んでしまう。しかしすぐに顔を上げ源六郎を見つめた。その眼には、その胸の内には篝火の如く燃える『思い』があった。

 

 

「角間様……私の命は長くありません。ほんの僅かな時間で良いのです。一時の『寄り道』をどうか……どうか……!」

 

 ツキミソウは伏すように頭を下げる。2人は押し黙り、辺りには虫の声と風の音だけが鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 源六郎はフゥとため息をついて、足を翻してツキミソウの元へ歩み寄る。

 

 

「おい、手を貸しな。いつまでもうずくまってんじゃねえ」

 

 

 ツキミソウは源六郎を見上げる。まだ呼吸は整っていない様子だった。

 

 

「……ったく、そこまで聞いて断ったら目覚めが悪くなっちまうだろ。少しだけだ、少しだけなら手伝ってやるよ。それから修行の旅に戻る。それでいいか、ヤマブキツキミソウさんよ?」

 

 

 ツキミソウは涙を再び浮かべて源六郎の手を取る。

 

 

「はい……! 恩に着ます、私の全てをかけて、このご恩に報いると誓います。『ヤマブキ』のウマ娘として……!」

 

 

 ふらりと立ち上がるツキミソウを源六郎が支える。彼女は本当に簡単に折れてしまいそうな程に華奢な身体だった。こんなウマ娘も居るのか、と源六郎は驚く。

 

 

「で、具体的には何をするんだ? 俺は喧嘩しか能のない男だ。大した事は出来ねえぞ」

 

「ケホッ……ええ、何をするにしても下準備が必要です。この先、自由に動く為に必要な事があります。その為にまず……」

 

 

 ツキミソウは支えてくれた源六郎の手を取った。彼女はギュッと弱々しく、精一杯に彼の手を握って言った。

 

 

 

「角間様……私と婚姻を結んで下さい」

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ヤマブキの違法賭博場ではツキミソウが姿を消したと大騒ぎになっていた。しかし、暫くすると彼女は無事帰宅したのだった。

 

 賭博場のウマ娘達にとって異常な事はただ一つ、ツキミソウには先程焼きを入れられた袴姿の男が付き添っていた。

 

 すぐ畳部屋に連れて行かれたツキミソウと源六郎は、再びハナミザケと対面した。彼女は最高に苛立っていたがそれも当然である。大切な妹が何処のウマの骨とも知らぬ喧嘩バカと一緒に居たのだから。

 

 源六郎の背後には、警戒のため強面のウマ娘たちがズラリと並び、彼を睨みつけていた。

 

 

「……で? ツキ、どう言うことか説明しろ。何でこの男がここに居る。お前もソイツが何をやらかしたのか知ってるだろうが」

 

「姉さん、彼はすでに落とし前をつけたのでしょう? ならば、今は私の連れてきた『ただの客人』です」

 

 

 ギロリとハナミザケは妹を睨みつける。大の大人でも失禁して逃げ出すような視線をツキミソウは平然と受け止め、真っ直ぐに見つめ返していた。彼女の肝の座り方は、さすが普通ではないようだ。

 

 

「……なに言ってんだ、ツキ。ソイツはウチの子分を6人怪我をさせた。しかもアタイの耳飾りを趣味が悪いと抜かしやがったんだぞ! 客人と呼べるわけねえだろうが!!!」

 

 

 殺気の篭った眼でハナミザケは源六郎を睨む。源六郎はバツが悪そうに目を逸らすだけだった。

 

 

「あっ、そうですね。姉さんの言う通りでした。彼は客人ではありませんね」

 

「……あ? ツキ、お前さっきから何言って……」

 

 

 

 ツキミソウは、吐きたくなるような緊張感が支配する和室の中で、まるで小唄を口ずさむように朗らかに言の葉を述べる。

 

 

 

「彼は私の婚約者です。先程、夫婦となる契りを交わしました」

 

 

「……………………………………………」

 

 

 

 ハナミザケは、時を止められたみたいに静止していた。漫画でいうと、2ページずっと同じ静止画のコマが続いていた感じである。

 

 源六郎の背後のウマ娘たちも、あんぐりと口を開けて絶句している。

 

 

 そして、ハナミザケの時が動き出した。彼女は無言のまま、流れる様な動作で床の間まで歩いていくと、飾ってあった日本刀に手をかけた。当然、それはガチモンのポン刀である。

 

 シャァァァン……と音が鳴り、抜き身の刃が鈍い銀光を放った。

 

 

 

「死ぃに晒せぇえええええええええッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 うおおおおっ!?と叫び声とともに、源六郎とその後ろに立っていた子分ウマ娘たちは飛び退いた。源六郎が座っていた空間をハナミザケの一閃が通過する。回避していなければ、間違いなく袈裟斬りにされ、首が胴とおさらばしていただろう。

 

 

 

「姉さん、駄目ですよ! 源六郎さんは私の夫なのです!」

 

「退けぇ、ツキミソウ!!! ソイツを殺せねえ!!!」

 

「ハナミの姉御!!! 流石にヤベエからそれ置いて下せえ!!!」

 

「くそっ、ツキさんに黙ってろって言われたがやっぱりこうなるよな!? なっ、待て、うおおおおおおおッ!?」

 

 

 そこから先は切った張ったの大立ち回り……と言うのは大仰か。とにかく、角間源六郎にとっての本日2度目の命の危機だった。

 

 

 

 彼はのちに回想した……後にも先にも、あの夜以上に命の危険を感じた日はなかった、と。

 

 

 

 

 

 

 





次回

25話 『寄り道』の果てに旅路は繋がる
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