【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

34 / 54
27話 キミだけの旅路

 

 

 

 

 

 

「すぅぅ……ふぅぅ……」

 

 

 『有記念』の出走ウマ娘控室で、マリンアウトサイダは精神統一の為に鏡台の前で深呼吸をしていた。

 

 彼女はすっと目を開く。目の前の鏡に映るのは特別製の袴の上から緑色のパーカーを羽織った自分の姿。

 

 

(懐かしいな……トレーナー室でみんなにお披露目したのが、昨日の事のよう……)

 

 

 鏡の中の彼女が悲しそうに微笑んだ。

 

 

(多分……このレースを走り切ったらもう、私はこの袴を着ける事は無いだろうな。眩しい思い出が邪魔をして、着る事を躊躇いそうだ)

 

 

 マリンは再び深呼吸する。いつまで経っても、彼女の胸の中の重しは消えなかった。

 

 

(パドックの時間までまだ少しある。あと少しで、私の最後のレースが……)

 

 

 

 コンコン

 

 

 

 と、控室のドアがノックされる。以前の『宝塚記念』と似たようなシチュエーション。あの時入って来たのは今年の皐月賞ウマ娘アカネダスキだった。しかし、今回は違うだろう。誰が入ってくるか、マリンには予想がついていた。

 

 

 ガチャリ、とドアが開く。入って来たのは灰髪に紅碧の瞳を携えたウマ娘。

 

 マリンの幼馴染みのルリイロバショウだった。

 

 

「……邪魔するね、マリン」

 

 

 ルリイロバショウは足元を確かめるかのように、ゆっくりとマリンに近付いた。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「ルリ……来てくれてたんだ」

 

 

 マリンは立ち上がって、ルリと向かい合う。ルリは沈痛な面持ちでマリンを見つめていた。

 

 

「……体調、大丈夫なの? これから雨も降るって予報で言ってたし……身体冷やしたらさ、もしかしたら……」

 

「ウォーミングアップをしっかりやれば大丈夫だよ。何にも調子が悪い所は無いし、絶好調って感じ」

 

「っ…………」

 

 

 ルリは目を細めて、絞り出すように言う。

 

 

「ねえマリン……今からでも、このレース走るのを止めない?」

 

「………………」

 

 

 マリンは、ルリがそう言うだろうと思っていた。マリンの心臓の支障が公表されてから、誰よりもマリンを心配していたのは、他ならぬ彼女だったのだから。

 

 

「マリンはさ、私との約束は果たしたじゃん……マリンが言ってた先輩の『夢』も叶えたじゃん……マリンはG1レースを勝ったんだよ!? レースウマ娘の中の強者しか集まらないグランプリレースで、1着を取ったんだよ!? これ以上、走る必要なんて……!」

 

 

 ルリの目には既に涙が溜まっていた。マリンは静かに彼女を見つめている。

 

 

「心臓、どうなるか分かんないんでしょ!? もう……もう十分だよ! 私は……命を賭けてまで、マリンに走って欲しくなんかない!!!」

 

「っ…………」

 

 

 思いの丈を叫ぶルリを、マリンはそっと抱きしめた。

 

 

「ごめんね、心配かけさせて。私はいつもこうだな。いつもルリに甘えてしまってる」

 

「嫌だよマリン、私マリンに何かあったら……嫌だよ……! 何で走るのよ……」

 

 

 暖かかった。ルリの体温が、気持ちが、何よりも暖かいと、マリンは感じた。

 

 

「ルリ、聞いて欲しいんだ。私ね、『夢』が見つかったんだ。いや……本当はもう自分の背中に乗っかってたのに、気付いてなかっただけ……」

 

 

 ルリは啜り泣きながら、マリンの言葉を聞いていた。

 

 

「『思い』を乗せて走ること……それそのものが私の『夢』だったんだ。影で涙に濡れるウマ娘たちの、先輩の、そしてルリの『思い』を乗せて走る時、私は1番強くなれた。私はもっと、もっと多くのウマ娘たちの『思い』を背中に乗せて走りたいんだ。何となく感じるんだ、そんな忘れ去られていく悲しい思いが、たくさん……何処かにあるのを」

 

 

 マリンは更に強くルリを抱き締める。

 

 

「私はその為に走りたいんだ、それが私の『夢』なの。ルリが気付かせてくれたんだよ。あの時、トレセン学園に突然やってきて、初めてルリと想いをぶつけ合って『喧嘩』した。あれがなかったら、私はここまで走れなかったかもしれない。ううん、絶対に無理だった」

 

「でもっ! そのせいでマリンは……心臓を……!」

 

 

 マリンは優しい声で続けた。

 

 

「ルリ、それは違うよ……私は誰よりも誰よりも、ルリに感謝してるんだ。ルリのお陰で私は走る意味を見つけられたんだ。心臓が悪かったのは生まれつきだよ、ルリは何も悪くなんかない。罪悪感なんて、絶対に抱かないで」

 

 

 マリンは抱いていたルリの身体を離して、正面から向き合う。彼女に『思い』を伝える為に。

 

 マリンの目尻にも、涙の粒が浮かび、溢れ落ちた。

 

 

 「ルリ……」とマリンは優しく呟く。

 

 

 

「ありがとう、私に『夢』を見てくれて……

 

 ありがとう、私の『夢』になってくれて……

 

 この有記念が最後のレースだとしても

 

 ルリのお陰で、みんなのお陰で

 

 私は今……『夢』を翔けているんだ」

 

 

 

 ルリイロバショウは、子供のように泣きじゃくる。それでもずっと、マリンの瞳を見つめていた。

 

 

「この有記念はね、ルドルフ会長も、オグリさんも、スペさんも、ゴルシさんも、他にも私が尊敬するたくさんのレースウマ娘たちが『夢』を乗せて走ったんだ。だから私も走りたい。例え、実力も何もかもが……心臓さえもが足りない……不完全なレースウマ娘だもしても」

 

 

 マリンはニコリと笑う。その笑顔はとても儚げだった。

 

 

「だからね、ルリ。このレースが終わったら私はレースウマ娘じゃなくなる。そしたら、あの時の『夢』を一緒に叶えよう。2人で、日本一の格闘ウマ娘に……」

 

 

「いいの!!! そんなのは、もういいの!!!」

 

 

 ルリイロバショウはマリンに抱き付く。マリンはそれを驚いた表情で受け止めた。

 

 

「お願い……無事に……無事に帰ってきて! それだけでいいの……私の『願い』は、それだけで……マリン!」

 

「っ…………うん。分かった、約束だ。私は無事に帰ってくる……約束する」

 

 

 時間の許す限り、控室で2人は抱き合う。ルリの啜り泣く声だけが、控え室に響いていた。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 マリンアウトサイダとルリイロバショウが控室で会ってから暫く後、中山レース場のパドックでは出走ウマ娘たちが紹介されていた。

 

 観客席ではこの一年の締め括りという事もあり、1人紹介される度に熱狂が沸き起こっていた。16人のウマ娘で争われる有記念、そろそろマリンの紹介が始まる頃だった。

 

 

 

「次だね、マリンの紹介は。みんな、気合を入れて応援するぞ!」

 

 

 『シリウス』のトレーナーがチームのウマ娘たちに檄を入れる。しかし、皆一様に暗い雰囲気のままだった。あのゴールドシップさえも、ルービックキューブを持つばかりで回してさえいない。

 

 

「ちょっとー、『シリウス』のみんな暗いよー! こんなんじゃマリンちゃんだって絶不調になっちゃうよ、しっかりしてよー!」

 

 

 そう声をかける小柄なウマ娘は『シリウス』のメンバーではなかった。彼女の名はトウカイテイオー、以前からの縁で今日はマリンの応援に来ていたのだった。テイオーの声に、メジロマックイーンがしょんぼりと答える。

 

 

「そうですわね、私たちが暗い顔をしていては駄目ですわよね……でもどうしても、顔と心が笑ってくれませんの。マリンさんの努力を思い出せば出すほど、胸が苦しくなってしまって……」

 

 

 他の皆も同じ気持ちだった。マリンの心臓の事が発覚した後も、皆時間の許す限り必死にトレーナーと共に策を練り、案を捻り出し、マリンのレース続行の為に奮闘していた。それが、仕方がないとはいえこの『有記念』がラストランとなってしまうのだ。消沈してしまうのも無理はない。

 

 

 だが、トレーナーだけは違った。彼は知っていた。マリンがトレーナー室で見せた、彼女の瞳の奥に灯火のように耀く『思い』を。だから彼は、誰よりもマリンを信じていた。

 

 

「テイオーの言う通りだぞ。みんな目に焼き付けるんだ、マリンの姿を。きっと……大丈夫だ」

 

 

 

 前のウマ娘の紹介の後、ついにパドックにマリンが現れる。トラックジャケットを肩に掛け、悠然とした足取りで中央に歩み、観衆の前に立つ。そして……

 

 

 バサァァァ……!!!とマリンがジャケットを放る。

 

 

 過酷の道を征く武術家のイメージの体現である下から燃える赤と青の炎の刺繍を施した袴と、ミスマッチのように見えてこれ以上ない程彼女にフィットしている緑色のパーカー。

 

 

 もう1つのグランプリレース『宝塚記念』で劇的な勝利を収めた、レースウマ娘でもあり、格闘ウマ娘でもあるマリンアウトサイダの威風堂々とした姿がそこに在った。

 

 

 その眼差しには、一切の迷いも、憂いも無かった。

 

 

 観衆は息を呑んだ。『シリウス』のメンバーも、覇王世代とBNWも、伝説の世代の4強も、VIPルームのシンボリルドルフたちも、ネオユニヴァースもゼンノロブロイも、マンハッタンカフェやアグネスタキオンも、トウカイテイオーまでもが一瞬我を忘れて魅入っていた。

 

 彼女がこれからラストランを走るウマ娘だと言うことが、皆の頭から消えた。

 

 その雰囲気と風格は、これから何処までも……この先をずっと何時までも駆けていくかの様なイメージを、彼女を見た全ての者の脳内に植え付ける程に雄々しい。

 

 

 

「ほら、見てごらん」

 

 

 『シリウス』のトレーナーが呟く。

 

 

「あのウマ娘が、チーム『シリウス』のマリンアウトサイダだ」

 

 

 

 ワァアアアアァァァーー!!!!!

 

 ウオオオオオオオオーー!!!!!

 

 

 

 会場に、嵐のような声援と拍手が沸き起こった。

 

 

 

『7番、マリンアウトサイダ!!! 今年の『宝塚記念』で劇的な勝利を果たしたグランプリウマ娘が、『有記念』にも姿を見せた!!! 彼女はこのレースがラストランとなると発表されています……ですが、その様な事を微塵も感じさせないくらい雄々しい姿です!!!』

 

 

 マリンが手を振ると、更に観衆たちは盛り上がる。それを見て、メジロマックイーンがため息と共に微笑んだ。

 

 

「情けないですわね、応援する側の私たちが励まされてしまいましたわ……皆さん、他の観客たちに負けていられませんわよ! 精一杯マリンさんを応援するのです!」

 

「へっ……そうだな、頑張れええええマリーーーーーーン!!!! 他の奴らなんか蹴散らして行けええええええ!!!!」

 

「マリンさーーーーん!!! ライスたちが1番応援してるからねーーーーー!!!」

 

「うああああああああああん!!! マ゛リ゛ンざぁあああん!!! 思いっぎり頑張って下ざいいいいい!!!」

 

「スペちゃん、泣くのと応援するのは同時にしない方が良いと思うわ……」

 

「行け!!! お前の真の力を見せてやれ!!! 姉貴と山で修行したんだろ、お前ならやれる!!!」

 

「「「マリンさーーーん!!! 頑張れぇーーー!!!」」」

 

 

 『シリウス』のメンバーは誰よりも大声でマリンを応援した。他のマリンを応援に来ていたウマ娘たちも、精一杯の声を送った。

 

 VIPルームのルドルフも、驚きの表情から、安堵した笑顔に変わる。

 

 

「ああ……私が思い悩む事など、何も無かったのだな。彼女は立派な、誇り高い『レースウマ娘』だ」

 

 

 

 

 これから出走ウマ娘たちはゲート前に移動する。レース開始時刻まで、あと僅かだった。

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 ゲート前のターフに16人のウマ娘たちが集合する。天気は薄暗く、ポツポツと小雨が降ってきていた。勝負服を着ていてもこの季節だと、濡れるとかなり寒い。だが、その場のウマ娘たちは闘志で身体から熱気を放っていた。

 

 そんな中、1人のウマ娘がマリンに近付いた。マリンは一度しか彼女と会った事がないはずなのに、馴染み深く感じた。それだけレースで競い合った相手は特別な存在なのだろう。

 

 

「よお、マリンアウトサイダ。久しぶりだな」

 

 

 そうマリンに気さくに話しかけたのは、今年の皐月賞ウマ娘、アカネダスキだった。マリンと宝塚記念で鎬を削った最大の強敵だった。彼女ももちろん、このグランプリレースに出走していた。

 

 

「ご無沙汰してます、アカネダスキさん。あなたの出走するレースは全て拝見していました。非常に胸の熱くなる走り……参考にさせて頂いてます」

 

「堅っ苦しいねぇアンタは。でもそうかい、ありがとよ。俺も三冠を目指してたんだが、厳しいもんだねぇ。今年は本当に強え奴らが勢揃いだったからなぁ」

 

 

 アカネダスキは皐月賞の一冠を得た後は、日本ダービーと菊花賞は1着は勝ち取れていなかった。やはり三冠は非常に厳しい道のりである。本当に選ばれしウマ娘でないとなれない。厳しい現実だった。

 

 

「そうですね、今年のクラシック級は群雄割拠だったとトレーナーさんもおっしゃってました。ですが、その中で皐月賞を勝ったのは誇るべきことですよ。私はクラシック期はそもそも参加していませんが……」

 

「なーに言ってんだ、マリンアウトサイダ。俺が言ったのはクラシック級だけの事じゃねえよ」

 

 

 トン、とアカネダスキはマリンの肩に拳を当てる。「え?」とマリンが声を上げるのを見て、彼女は爽やかに笑った。

 

 

「アンタもその本当に強え奴らの内の1人だよ。今年の俺のレースは全部苦しい戦いだったけどよ。1番胸が高鳴ったレースは、アンタと走った『宝塚記念』だった」

 

「……そう、でしたか。私にとっても『宝塚記念』が、最高のレースでした」

 

 

 マリンも笑顔で答えた。それを聞いてアカネダスキは満足そうに頷く。そして、ほんの少し下へ俯いて残念そうな声で言う。

 

 

「……これがラストランだってな」

 

「……ええ、そうなります」

 

 

 アカネダスキはキリッと前を向く。そしてマリンの瞳を覗き込むように見つめた。

 

 

「アンタの心臓の事は聞いている。けどよ、俺は堅苦しい事を言うのは苦手なんだ。だったら最後にアンタにこれだけは言っておきてえ」

 

 

 アカネダスキは握手を求めて手を差し出した。マリンは同じ光景をかつて見た事があった。

 

 

「オレはアンタを見くびっていない……1人のレースウマ娘として、アンタと本気で勝負をする! 良いレースをしよう、マリンアウトサイダ!」

 

「………!!」

 

 

 そう、それはかつて阪神レース場の控室でアカネダスキがマリンに言った言葉。マリンがレースウマ娘の強さを知った、あの言葉だった。

 

 マリンの胸に熱いものが込み上げてくる。アカネダスキはマリンの心臓の事を知ってなお、あの時と変わらず本気で立ち向かって来てくれる。マリンは涙が出て来そうなくらい、嬉しかった。

 

 

 ガシッとマリンはその手を掴む。力強く、2人は握手を交わした。

 

 

「はい、良いレースをしましょう。私も全力で行かせて頂きます、アカネダスキさん……!」

 

 

 それを聞いて、アカネダスキも歯を剥いた笑顔になる。野性味の溢れる眼で、マリンを睨み付けた。

 

 

「リベンジだ! 今度は負けねえぞ、マリンアウトサイダ!」

 

「こちらこそ、私の持てる全てであなたに勝ちます……!」

 

 

 

 マリンは幸せを感じた。このような強者が自分のような不完全なレースウマ娘と、本気で戦ってくれる事に。叶うのなら、もっと力を付けてから……アカネダスキと本気で勝負をしたいと、胸の内で思った。

 

 

 

 そして、16人のウマ娘のゲートインが完了する。

 

 緊張の数秒間が過ぎてから……

 

 

 バンッッ!!!

 

 

 と、一斉にゲートが開かれた。

 

 

 今年最後のG1レースがついに幕を開けた。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 全てのウマ娘の出だしは好調だった。

 

 16人という大人数でのレースはマリンも初めてのはずだ。バ群の後方につくかと思われたマリンアウトサイダは、なんと中段の方につけていた。マリンを応援していた者たちの間でざわめきが起こる。

 

 しかし、『シリウス』のメンバーは知っていた。皆、この有記念をマリンのただの引退記念レースにするつもりはなかった。

 

 短いトレーニング期間に皆で知恵を絞り、今のマリンが勝つ可能性の最も高い作戦を立てていたのだ。

 

 

「何とか遅れずに中段につけましたわね。後はとにかく落ち着いて走れれば上出来です。無茶にペースを上げたりしたければ……可能性はありますものね」

 

 

 マックイーンが声には心配の色が混ざっている。それはトレーナーも同じだった。

 

 

「うん、後は周りに流されずに一定のペースを維持できれば身体への負担は少なくなる筈だ。無茶さえしなければ……」

 

 

 トレーナーとチームメンバーがマリンの為に考えた作戦は、『先行寄りの差し』だった。トウカイテイオーのように先行策を使えれば良いが、マリンはそれに慣れてない上に中山2500メートルは先行が有利なのでその数も増える。そこで揉まれて負担になるよりも、差しで行くのが現状ギリギリ出来る作戦変更だった。

 

 

「それでもかなり無茶な作戦変更だと思うケドねー。まあ、ボクが教えられる事は教えたし、後はマリンちゃん次第だね。ホント……奇跡でも何でもいいから、勝って欲しいな……」

 

 

 テイオーも、マリンの引退に無念を感じていた。彼女もかつて1度は、同じように引退を決意したウマ娘だったのだから。

 

 そして、今回もまたトレーナーはトウカイテイオーに助っ人を頼んだのだった。天才的なセンスを持つ彼女に、マリンの身体への負担を限りなく減らす走りの研究を手伝って貰っていた。トレーナーの調査と併せて、何とか本番までに最低限の形には出来たが、不安はどうしても残ってしまう。

 

 

「神様、仏様、シラオキ様……どうかマリンさんをお助けください……!」

 

 

 スペシャルウィークが祈りながらマリンを応援する。他の皆も同じ気持ちだった。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 レースはその後、特に順位が変動する事なく中盤を過ぎた。先頭が第3コーナーの手前に差し掛かる。そろそろレースが動いてくる頃だ。

 

 ここまでマリンの走りに特に支障はなかった。その事に彼女を応援する皆が胸を撫で下ろしていた。

 

 しかし、油断はまだ出来ない。マリンの心臓がどこまで耐えられるのか、それは誰にも分からないのだ。

 

 

 

 ダッダッダッダッダッ!!

 

   ダッダッダッダッダッ!!!

 

     ダッダッダッダッダッ!!!!

 

 

 

 足音が幾重にも重なって響いていた。マリンはここまで自分がバ群について行けてる事に安堵する。しかし、裏を返せばついていくのがやっと、と言う事だ。ここから先、仕掛ける事が出来なければ後は置いて行かれるだけなのだ。

 

 

 バ場は荒れているが、マリンにとっては何も問題にならなかった。

 

 

 ウマ娘たちがお互いの出方を探っていた。マリンよりずっと前方にいるアカネダスキも逃げウマ娘にプレッシャーをかけ続けて、抜け出す機会を窺っていた。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……クッ……ハァッ!!」

 

 

(少し苦しい……でも、行ける!)

 

 

 脚はまだ十分に残っているとマリンは感じた。トウカイテイオーと練習した走りが効果を発揮しているようだ。これから第3コーナーを通過する。バ群はやや前方が団子状態。マリンの位置は恐らく前から10番目くらいだ。

 

 

(ここから位置を上げないと勝てない、だけどそれは他のウマ娘たちも同じ。きっとぶつかり合う様な勝負になる……)

 

 

 マリンはあの宝塚記念の時のように、再び『覚悟』を決める。

 

 

(トレーナーさん……チームのみんな……クラスの友達……先輩たち……ダンスレッスンのみんな……おじいちゃん……ルリ……!)

 

 

 マリンの脳裏に、支えてくれた全ての人の笑顔が浮かんだ。勝ちたかった。その人たちの為に、この夢を背中に乗せて、勝ちたかった。

 

 マリンは控室でトレーナーと別れる前に言われた言葉を思い出した。

 

 

『マリン……何かあったらすぐに競争を中断して良いんだ。無茶はしないでくれ、無事に……帰ってきてくれ』

 

 

(ルリにも、同じことを言われた……でも、ごめんなさい。少しだけ、本当に少しだけ無茶をします。私は……勝ちたい……!)

 

 

 マリンの胸に、彼女の祖父が縁側でかけてくれた言葉が蘇る。慣れ親しんだ景色とお茶の香りとともに。

 

 

『お前だけの道を進め、ミドリ。大丈夫だ、お前は俺が鍛えたんだ。お前はヤワじゃない、お前は走れる、思いっきりな』

 

 

 スゥゥとマリンは息を吸い込む。

 

 

(大丈夫だ。私は……走れる……ッ!!!)

 

 

 第3コーナーの終盤、マリンは勝負を仕掛ける。トレセン学園で過ごした、輝く日々に応える為に。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

『先頭はダンゴ状態のまま第3コーナーを過ぎる! まだお互い様子見か、ここから仕掛けてくるウマ娘はいるのか!』

 

 

 そして、実況アナウンサーの目に1人のウマ娘が映る。アナウンサーの声に期待と喜びの色が混じる。

 

 

『マリンアウトサイダだ!!! マリンアウトサイダが後方から先んじて仕掛けてきたぞ!!! 後続も上がってくる、これは大混戦になりそうだ!!!』

 

 

 マリンの仕掛けるタイミングは完璧だった。宝塚記念での勝利という経験を積んだ彼女の戦略眼は、このレースでも十分に通じるレベルに達していた。

 

 その大奮闘に観客たちも盛り上がる。もしかすると、と期待が抑えられない。マリンの応援に来たウマ娘たちも声を張り上げる。

 

 前方のウマ娘たちも後方の空気が変わったのを感じたようだ。皆徐々にスパートに入る体勢を整えていた。

 

 

(あと少し……あと少しだけ保って……! ここから、ここからなんだ……!)

 

 

「うぁああああああ!!!」

 

 

 

 バ群の中をマリンが更に前へ進もうともがく。彼女はあと少しで先頭集団に追いつけそうだった。

 

 

 マリン自身も、観客たちも……『夢』を見た。

 

 

 レースウマ娘であり、格闘ウマ娘でもある彼女の走りに……その先の未来に……

 

 

 

 

 

 

 

 だが、運命は容赦なくその刻限を告げる。

 

 マリンの心臓は、ついに限界に達してしまった。

 

 

 

 

 ドドクンッ!!!

 

 

 

 

「ッ!!! ぐぅッ……!!!」

 

 

 

 ドドクンッ!!! ドドクンッ!!!

 

 

 

「クッ………ソオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 実況席、観客席から見えるマリンの姿が、目に見えて失速した。

 

 

 

『マリンアウトサイダ、苦しいか!? そこから先が伸びない!!』

 

 

 

 マリンは足掻いた。胸の苦しさと込み上がる恐怖を必死に抑えつけて、無理矢理脚を前に出し続けた。

 

 だが、彼女の身体は走ることを拒否し始めていた。トレーナーや他のウマ娘たちも、応援よりも心配の表情になる。ルリイロバショウは涙を流して、俯いていた。

 

 

 

 彼女の視界に映るターフが、段々と闇に変貌していく。

 

 周りの景色を侵食するように、黒色の暗幕が広がっていく。

 

 

 

『もう……もう十分だよ! 私は……命を賭けてまで、マリンに走って欲しくなんかない!!!』

 

 

 

 マリンの耳に、控室でルリが言っていた言葉が反響する。

 

 彼女の呼吸が乱れ、詰まったような声が混じり始めた。何もかもが、限界に達していた。

 

 

 

 

「ハァッ! ハァッ! カハァッ……! ハァッ!」

 

 

 

 段々と、マリンの手足の感覚がなくなっていく。彼女の気力も……尽きかけていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (もう……十分なのかな?)

 

 

 

 

 マリンの脚が緩やかに減速していく。

 

 

 

 

 (私は……走れたよね?)

 

  

 

 

 マリンの腕が上がらなくなっていく。

 

 

 

 

 (先輩から預かった『夢』を叶えた…

 

 ルリと交わした『約束』を果たした…

 

 ダンスレッスンのウマ娘たちの『思い』を抱いて踊った…

 

 私は全部に……報いる事ができたよね……?)

 

 

 

 

 もうマリンの目の前には、闇しかなかった。

 

 

 

 

(もう、十分だよね……私の『夢』は……果たせたよね? 私の旅は……『寄り道』はここで……)

 

 

 

 

 ここが終着だ……とマリンは悟った。

 

 

 

 

 しかし……

 

 

 

 

 ポゥ……

 

 

 

 

(………………えっ?)

 

 

 

 

 彼女は闇の先に、『光』を見た。

 

 それはゴールだった。

 

 第4コーナーを抜けたずっと先。

 

 全てが闇に染まっているのに何故かそこだけが明るく、鮮明に見えた。

 

 

 

 

(っ……ああ……)

 

 

 

 

 何故、忘れていたのだろう?

 

 マリンは曖昧になった意識で考える。

 

 

 それは『レースウマ娘』としてのマリンアウトサイダの原風景。

 

 トレセン学園に転入するきっかけとなった景色。

 

 

 

 

(……そうだ……)

 

 

 

 

 

 ゴールの先に、緑色のパーカーを着た『誰か』が立っていた。

 

 

 

 

 

(私の……『願い』は……)

 

 

 

 

 

 マリンは光に向かって、手を伸ばした。

 

 

 

 まるで、星を掴もうとする少年のように。

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

『バ群を抜けて最初に駆けてきたのはアカネダスキだああああ!!!』

 

 

 レースは終盤に入っていた。アカネダスキは先行策の有利を活かしきり、2番手から3バ身話して直線に入った。観客席から嵐のような声援が飛び交う。

 

 

『最終コーナーを曲がって最後の直線に入る! 中山の直線は短いぞ! 後ろのウマ娘たちは間に合うのか! ……え?』

 

 

 実況アナウンサーは目を疑った。アカネダスキの後方から、バ群の隙間を縫うように駆け抜ける影があった。そのウマ娘は失速して争いからは外れたはずだった。誰の目から見ても、彼女は限界のはずだった。

 

 

 なのに……そのウマ娘は先頭集団に追い付いていた。それどころか、並ぶ事さえなく追い抜いて行く。緑色のパーカーを靡かせて、黒髪のウマ娘は全てを置き去りにするが如く疾駆していた。

 

 

 そのあり得ない光景に、観客たちは幻覚を見てるのかとさえ思った。マリンの応援に来ていた者たちも、呼吸の仕方を忘れて、その様子を眺めていた。

 

 

 

『マ……マリンアウトサイダだあああ!!! マリンアウトサイダがバ群を掻き分け2番手で直線に入ったあああ!!! 先頭との差は凡そ3バ身、宝塚記念とは逆にアカネダスキを追う形だあああ!!!』

 

 

 

 ゾクリと、アカネダスキの背に冷たいものが走った。その気配には覚えがあった。間違いなくマリンアウトサイダだが、彼女はここまで禍々しい威圧的を放ってはいなかった。

 

 

(だけど、んな事どうでもいい……大事なのは、本気で楽しめるかどうかだ! アンタはやっぱり飽きさせてくれねえ……!)

 

 

 アカネダスキは口角を上げて犬歯を剥き出しにする。

 

 

「いいぜぇ……! やっぱり最高だよ、アンタ! 勝負だ、マリンアウトサイダ……今度こそ勝つのは俺だあああ!!!」

 

 

『アカネダスキがスパートをかける!!! マリンアウトサイダは既にギアを上げ切っているようだ!!! まだどうなるか分からない、分からないぞ!!!』

 

 

 トレーナーも『シリウス』のメンバーも、覇王世代もBNWも、伝説の世代の4強も、シンボリルドルフたちも、ルリイロバショウも皆、冷や汗をかいていた。

 

 何故なら、どう見てもマリンの走りは身体の限界を超えて、入ってはならない『領域』に踏み込んでいたからだ。

 

 

 だけど皆、目が離せなかった。マリンの走りには異質だが、美しく、そして……悲しい雰囲気があった。

 

 

「何だコレは……まるで鎮魂歌(レクイエム)……だ……」

 

 

 テイエムオペラオーの目には、彼女が多くの悲しみを浄化しながら走っているように見えた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 ネオユニヴァースは謎の頭痛に見舞われていた。

 

 それはちょうどマリンが『ゴールの先』の景色を見た時からだった。

 

 両手で頭を押さえる彼女に、ゼンノロブロイが心配そうに寄り添う。

 

 

「ユニさん……お加減が悪いなら、帰って休まれた方が……!」

 

「……ネガティブ……ネオユニヴァースは”見届ける”をするよ……」

 

 

 ネオユニヴァースは首を横に振ると、顔上げて苦しそうな表情で激走するウマ娘たちを見た。その中に、全てを置き去りにするが如く疾駆する黒髪のウマ娘が見えた。

 

 

「……”交錯(コリジョン)”が……発生している……観測は困難……”彼女(マリンアウトサイダ)”は今……『何処』を走っている……?」

 

 

 一瞬、ネオユニヴァースの瞳にレース場ではない何処かの景色が映った。

 

 青空と草原らしき風景が見えたが、それはすぐにブレて見えなくなった……

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「……ッ、マリン……!」

 

 

 ルリイロバショウは叫びたかった、「もう走らないで!」とマリンを無理にでも引き留めたかった。

 

 それ以上走ったら、彼女が帰って来ない予感がしていた。

 

 だが、同時にルリはトレセン学園で『喧嘩』をした時に見たマリンを想起していた。

 

 マリンアウトサイダというレースウマ娘の背中を『綺麗』だと思った、あの時の感情が蘇っていた。

 

 

 「走れ……」

 

 

 ルリは思わず呟いていた。

 

 

「走れえええええ!!! そのまま行けええええ!!! マリーーーーーン!!!」

 

 

 涙で滲む視界の中、ルリは確かに見た。

 

 

 そこには、『夢を翔ける』ウマ娘の姿があった。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 アカネダスキは全身全霊で疾走している。だが、背後の気配は更に詰め寄って来ていた。彼女は理解できなかった、限界を超えた先の『領域』を走るマリンを。

 

 

(これが本当に、あのマリンアウトサイダなのか!? 何故、どこにこんな力が!?)

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ウマ娘の存在しないとある世界……そこには、かつてマリンアウトサイダという競走馬が居た。有馬記念を駆け抜けたその牝馬について、ある人物が語っていた。

 

 曰く『頭の良い競走馬はその全力を10とすると、6か7程度の力だけを発揮して勝つ。その賢さゆえ、手の抜き方を知っているからだ。だが、あの有馬記念でマリンアウトサイダは……11を出した。その命を燃やして、限界を超えて走っていた』……と

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

『まるで流星だ、黒い流れ星だ!!! マリンアウトサイダがアカネダスキを捉えたあああ!!! 並ばない、並ばない!!! こんな展開、誰が予想できたでしょう!? マリンアウトサイダが、ついに先頭に躍り出たあああ!!!」

 

 

 

 中山レース場のスタンドが熱狂に沸き上がる。

 

 その中にスーツ姿の老人、角間源六郎は静かに佇んでいた。

 

 観覧席への通路の出口近くで、陰からひっそりと、このグランプリレースを見守っていた。

 

 

 己の孫の走りを見届ける為に。

 

 

 源六郎はレースを走るマリンの姿を初めて直接見た。今までのレースは映像だけで見ていたが、このレースだけはこの目で見なければならないと、マリンに隠してレース場に足を運んでいた。

 

 

 そして……ターフを駆け抜ける彼女の姿を見て、満足そうに呟く。

 

 

 

「そうだ……それで良い。

 

 行け、『マリンアウトサイダ』

 

 そこが……お前だけの旅路(みち)だ」

 

 

 

 源六郎は、初めて彼女の真名を呼んだ。

 

 その声は観衆の声援にかき消されたが、確かに彼女に届いていた………

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 黒髪のウマ娘が、緑パーカーを靡かせ駈ける。

 

 その姿は、まるで白い炎を纏っているかのようだった。

 

 それは燃え尽きる流星が魅せる……刹那の耀きだった。

 

 

 

「ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 マリンは走った。

 

 限界を超えて、極限を超えて、

 

 ゴールの先に誰よりも早く辿り着く為に。

 

 

 その命を燃やし尽くして、駆け抜けたのだ。

 

 

 

 彼女だけの……旅路(みち)を。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

『今、マリンアウトサイダが1着でゴールイーーーーーーン!!! レコードです!!! この雨天の中、レコードタイムを0.4秒更新して、格闘ウマ娘であり、レースウマ娘でもあるマリンアウトサイダが『有記念』を制したあああ!!! 『宝塚記念』に続いて、グランプリレースを2連覇、これをフロックと呼ぶ者はいないでしょう!!! 今年最後のG1レースの覇者は、マリンアウトサイダだああああああ!!!』

 

 

 

 観衆が過去に例を見ないくらいに、大声と絶叫でマリンアウトサイダを讃えていた。観客は総立ちだった。彼女のあまりの凄まじい走りに、皆座ってなどいられなかった。

 

 そんな中で、アグネスタキオンは信じられないものを見たという表情で立ち尽くしていた。

 

 

「……なんてものを目撃したのだ、私は。あれは、本当にウマ娘の走りなのか……?」

 

 

 タキオン自身も自分の言葉が理解できなかった。それほどまでに、マリンの走りは異質だった。

 

 

「ん……カフェ、どうしたんだい?」

 

 

 マンハッタンカフェも同じ様に立ち尽くしていた。しかし、彼女はレース場ではなく空を見上げていた。その目には涙が溢れていた。

 

 

 

「『お友だち』が……泣いています」

 

 

 

 マンハッタンカフェの前に浮かぶ『お友だち』の目から雫がこぼれ落ちていた。そしてカフェは、レース場から無数の光の球が舞い上がっていくのを見た。悲しい輝きを発していたそれらは一際輝いたあと、次々と空へと昇って行く。

 

 彼女にはそれが何なのか全く分からなかった。まるでこの世界の光景ではないような気がしていた。ただ、その光景に胸を打たれ、涙が溢れるのを止められなかった。

 

 

「まるで……『供養』……マリンアウトサイダ、あなたは一体……っ!?」

 

 

 突然、カフェは客席の最前列へ向かって走り出した。それを見たアグネスタキオンも慌てて彼女を追いかけた。

 

 

「すみません……! 通してください!」

 

「カフェ!? 一体どうしたんだ!? カフェ!!」

 

 

 マンハッタンカフェは最前列の柵から身を乗り出して、レースを終えて立ち尽くすマリンを見た。

 

 

「ッ!!! あ…………っ」

 

 

 そして、悲痛な表情を浮かべた後に目を逸らし、俯いた。

 

 

「カフェ、一体どうしたんだい? あのウマ娘……マリンアウトサイダに、何かあったのか」

 

「彼女は……」

 

 

 マンハッタンカフェは震える声で答えた。

 

 

「彼女は……もう……”此処”……には……っ」

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

 ザァァァーーー……

 

 

 

 雨が降っている。

 

 レース開始から降り始めていた雨は、レースが終わった後もなお、勢いを増していた。

 

 まるで祝福するかのように、まるで泣いているかのように。

 

 

 

 

 

 

「……会い……った」

 

 

 

 マリンは虚空に向かって、手を伸ばす。

 

 

 

「ずっと……て……た」

 

 

 

 力無く、1歩を踏み出す。

 

 

 

「ど……にも……なかっ……た」

 

 

 

 何かを掴もうとした彼女の手は

 

 そのまま……空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おと……さ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシャリ、と糸が切れた人形のように、マリンは地に膝を着いた。

 

 彼女の身体は、左肩からゆっくりと濡れたターフに倒れ込んだ。

 

 『シリウス』のメンバーも、覇王世代も、BNWも、シンボリルドルフも、皆何かを叫んでいる。

 

 

 

 

 雨は、冷たく降り続いていた。

 

 

 

 

 

 





次回

28話 懐かしい場所、懐かしい温もり

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。