【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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30話 『ようこそ、君のネオ・ユニヴァースへ』

 

 

 

 

 

 晩夏も過ぎ去り、涼しい風が吹き始める時節となった。

 

 秋シーズンのレースがいよいよ開幕されるという事で、世間は浮き足立ち、トレセン学園のウマ娘たちは一層気合を入れてトレーニングに励んでいた。

 

 

 

 そんなとある日の朝。

 

 マリンアウトサイダは正面門から少し入った所に設置された掲示板前に鞄を片手に立っていた。

 彼女は校舎へ向かうウマ娘たちの流れを眺めながら、時折誰かを探すように視線を移動させる。

 

 彼女の『目的の者』はまだ現れていないようだった。マリンは正門の前で生徒たちに挨拶を交わすたづなさんの方をぼんやりと眺める。

 

 

 すると……

 

 

「……”RELF”……もう、大丈夫……だね……」

 

「えっ!?」

 

 

 不意に聞こえた声にマリンは振り返る。彼女の隣に、いつの間にか金碧織り交ざる不思議な髪色をしたウマ娘の少女が佇んでいた。

 

 

(っ……私は校門に一番乗りで来て、ずっと見張っていた。こんな特徴的なウマ娘を見逃すはずがないのに……彼女はいつ校門を通ったんだ?)

 

 

 トレセン学園の制服を着たそのウマ娘は、ボンヤリとした眼差しをマリンに向けると、ニコリと微笑んだ。

 

 

「君は……”UNST”……まだ不安定だった……でも、今は良好……だね」

 

 

 マリンはその不思議な雰囲気に飲まれそうになる。彼女はどうやらマリンには好意的な様子だが……

 

 

「あの、あなたは……?」

 

「……スフィーラ……」

 

 

 彼女はマリンの問いかけには答えなかった。トレセン学園にはコミュニケーションが取りづらい方々も多いが、ここまでのレベルのウマ娘はいないんじゃないか、とマリンは思った。が……

 

 

 

「『君』は……愛されているね……”GATE”は……既に、越境した……」

 

「っ……」

 

 

 

 マリンは、その不思議なウマ娘の言葉に息を呑んだ。

 

 

 

「……”切除(リムーバル)”……持って行ってくれたんだね……”DSTN”……だからその先に、到達出来た……」

 

 

 

 マリンには彼女が何を言ってるのか分からなかった。しかし、彼女の言葉には不思議と聞き入ってしまう謎の引力があった。

 

 

 

「あなたが……覚えていなくても……

 

 『(キミ)』が……忘れなければ……

 

 きっと、大丈夫……

 

 うん、とっても……スフィーラ……だね……」

 

 

 

 フワリと、そのウマ娘は一層の笑顔を見せた。

 

 マリンの右手を、彼女は両手で包むように握る。そしてジッとマリンの眼を見つめ出した。

 

 マリンは彼女の瞳の中に、まるで宇宙が広がっているかのような景色を見た気がした。

 

 

 

 

「ようこそ……キミの……”新たな旅路(ネオ・ユニヴァース)”へ……」

 

 

 

 

 スッ……と、彼女はマリンの手を離した。マリンは茫然と彼女の言葉を聞いていた。胸の奥で、何かが震えるのを感じながら。

 

 そうしていると、今度は校門の方からマリンを呼ぶ声が聞こえた。

 

 マリンが振り返ると、チーム『シリウス』の先輩であるスペシャルウィークが小走りで駆け寄って来るのが見えた。そしてその後ろを必死の形相でもう1人ウマ娘が続いている。

 

 

「マリンさーーーん! おはようございまーーーす!」

 

 

 明るく元気に挨拶をしながら、スペシャルウィークはマリンの側で立ち止まる。もう1人のウマ娘もワンテンポ遅れてやって来る。

 

 

「ゼェェーー……ゼェェーー……スペちゃん……突然……走らないでよぉ! 朝は血圧も低くて……カラダがびっくりしちゃうからぁ……ゼェェーー」

 

 

 そのウマ娘はフラフラで肩で息をしていた。スペシャルウィークはその娘の肩を支えて「ゴメンね!」と謝る。

 

 

「スペさん、おはようございます。それに……ツヨシさん。おはようございます、お久しぶりです。その、大丈夫ですか? ツヨシさん、凄くお疲れな様子ですが」

 

 

 マリンの挨拶に、前髪にルドルフ会長と少し似通った流星を持つウマ娘『ツルマルツヨシ』はバッ!と顔を上げる。

 

 

「マリンさん……私の事、覚えててくれたの?」

 

「? ええ、もちろんです。ツルマルツヨシさん、ですよね」

 

 

 ブワァッ!とツヨシの目から涙が溢れる。何やら感動している様子だが……

 

 

「うう……うわああああん! 私……体調崩したり入院したりで、全然後輩たちとの交流がなくて、影がめちゃくちゃ薄いのに……マリンさんは覚えててくれたんだああああ!(泣) 去年会ったっきりだったのにいいいい!(泣)」

 

 

 そう、昨年マリンとツルマルツヨシはスペシャルウィークを通じて一度会っていたのだが、両名の入院時期がちょうどズレたり色んな偶然が重なってしまって、これが約一年ぶりの再会となってしまっていたのである。

 

 そんな先輩の姿に若干苦笑いしながらも、マリンは敬意のこもった眼差しをツヨシに向ける。

 

 

「私は『黄金世代』の先輩たちを皆尊敬しています。確かにツヨシさんとは、今年に入って会うのは初めてですけど……入院している間はずっと皆さんのレース映像を観てイメージトレーニングをしていましたから。忘れるはずがありません」

 

 

 と、言ったところでマリンは思い出したように耳をピコンと動かした。

 

 

「そうでした。スペさんにツヨシさん、こちらに……あれ?」

 

 

 マリンは隣にいた不思議なウマ娘を2人に紹介しようと振り返ると、彼女の姿は影も形もなく消えてしまっていた。キョロキョロするマリンにスペシャルウィークが問いかける。

 

 

「どうしました、マリンさん?」

 

「いえ、さっきまで……何だか不思議な雰囲気の方と話をしていたのですが、どこに行ってしまったのでしょう?」

 

「グスッ……ウウ……え? 私たちが来た時はマリンさん1人だけだったよ?」

 

 

 ツヨシの言葉におかしいな、とマリンは首をかしげる。

 

 

「そう言えばマリンさんは、ここでずっと立ってたんですか? 誰かと待ち合わせしていたとか」

 

「…………大体そんなところです。待ち合わせではないですが、『待ち人』がおります」

 

 

 マリンは、妙な間をあけてスペシャルウィークに返事をする。そして彼女は再び正面門の方に目を向けると、微かに目を細めた。

 

 

「来ました……」

 

 

 マリンがそう呟くと、黄金世代の2人も彼女の目線を追う。その先には、キングヘイローとハルウララの姿があった。

 

 

「ほらウララさん、もっとシャキッとなさい! そんなフラフラと歩いてたら誰かとぶつかるわよ」

 

「う〜ん、まだ眠いよ〜。えへへ〜、でもキングちゃんが手を繋いでくれてるから大丈夫だよ〜安心したら……また眠くなっちゃったぁ」

 

 

 もう、ウララさん!と言いつつキングヘイローはしっかりとハルウララの手を引いて誘導する。

 

 どうやらマリンが退院してからと言うもの、ハルウララの早朝トレーニングの頻度が少し下がって平常運転に戻ってきているようだった。

 

 2人がたづなさんに挨拶をして正面門を通過すると、キングヘイローは掲示板前に集まっている3人に気付いた。

 

 

「あら? あれは……スペシャルウィークさんとツルマルツヨシさんに……マリンさん? 珍しい組み合わせね」

 

「えっっっ!? マリンちゃん!?」

 

「あ、ちょっとウララさん!」

 

 

 マリンの名を聞いて、ハルウララの眠気は吹き飛んだようだ。目をキラキラと輝かせて今度は彼女がキングヘイローの手を引っ張って3人のところへ駆けていく。

 

 

「おっはよー! スペちゃん、ツヨシちゃん、マリンちゃん!」

 

「もう……ウララさんたら。ご機嫌よう、3人とも。何だか珍しい組み合わせね。何かお話していたのかしら?」

 

 

 ハルウララの天真爛漫な挨拶と、キングヘイローの優雅な挨拶に、3人も挨拶を返す。「ええ、そんなところです」とマリンは言った。

 

 

「そう言えば聞いたわ、マリンさん。貴方、復帰戦が2週間後に決まったらしいわね。おめでとう! 本当……長かったわね……」

 

「……ありがとうございます、キングさん。本当に、皆さんのお陰です……私は、友に恵まれていますね……」

 

 

 キングヘイローは優しく微笑んで、マリンの復帰を喜んでくれた。

 

 

「そうなんだよ、キングちゃん! チームのみんなもトレーナーさんから発表があった時に凄く盛り上がったんだよ! 私も何度でも言っちゃいます! マリンさん、おめでとうございます!」

 

「そうだったんだ……マリンさん! 私、マリンさんの復帰後の初陣、絶対に観に行くよ! 体調悪くても、血ヘドを吐こうが地面を這いずってでもレース場に向かうからね!」

 

「わぁ……ホントォ!!? 良かったね、マリンちゃんっ!!!」

 

 

 スペシャルウィークとツルマルツヨシ、ハルウララも全力でマリンの復帰を祝ってくれた。マリンは再び笑顔でお礼を言った後に……真剣な顔付きになる。

 

 

「ありがとうございます。ですが……そのレースは恐らく初陣にはなりません」

 

 

 え?とマリン以外の4人のウマ娘はキョトンとした。

 

 そして……マリンは、一歩踏み出してハルウララの前に立つ。

 

 

「……ようやく、約束を果たせます。私は、ずっと此処で『あなた』が来るのを待っていました」

 

 

 ピリリ、と黄金世代の3人は空気が変わるのを感じた。先とは打って変わって、肌に刺さるような緊張感が場を支配する。

 その中心にはマリンアウトサイダ、しかしそれを向けられたハルウララはキョトンとしていた。行き交うウマ娘たちからも何事かと注目が集まっていた。

 

 

「ハルウララ……

 

 私はあなたに1対1のレースを、

 

 サシでの喧嘩(タイマン)を申し込みます。

 

 あなたのライバルとして」

 

 

 ピタリ、とスペシャルウィークとツルマルツヨシの時間が止まる。どうやら2人には予想外の事だったようだ。そして、

 

 

「「え……えええええ!?」」

 

 

 と、驚愕の声を上がった。一方でキングヘイローは一瞬だけ驚いた表情になるが、すぐに落ち着いて事の成り行きを見守っていた。彼女はかつての、マリンと初めて出会った日の事を思い出していた。

 

 

ーーーーー

 

『ライバルってずっと憧れてたんだー! マリンちゃん、ウララのライバルになってくれるの!?』

 

 

『ええ、もちろんです。いつか必ず、レースで競い合いましょう』

 

ーーーーー

 

 

 ハルウララは武者震いなのか、プルプルと震えていた。そして満開の桜のような笑顔で、両手をギュッと握り締めてマリンに答える。

 

 

「〜〜〜っ、うん!! 約束だったもんね!! やろう!! 2人だけのレース!!」

 

 

 ザワザワと周囲のウマ娘たちが僅かに騒がしくなる。マリンはもちろんの事、ハルウララも学園内ではかなり名の知られるレースウマ娘である。つまり、皆2人の適正が全く噛み合っていない事も知っていたのである。

 

 果たしてどの様なレースをするのか、周囲のウマ娘たちも気になるようで、皆聞き耳を立てていた。そして、マリンはレースの条件を述べる。

 

 

「日時は1週間後の夕方、場所は学園の練習グラウンドを借りましょう」

 

 

 そして続く言葉に、黄金世代の3人も、周囲のウマ娘たちも驚愕するのだった。

 

 

 

「条件は……『芝』『2500m』『右回り』……1番気合の入る服装を着て来て下さい」

 

 

 

 ざわつきは更に大きくなった。「え、本気?」「嘘でしょ」「だってハルウララは……」と周囲に戸惑いの声が小さく飛び交う。

 

 

「えっ……そ、それって……」

 

 

 ツルマルツヨシも驚きを隠せない様子で呟いた。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「有記念……」

 

 

 その日の昼食時間、食堂の円テーブルにて大和撫子な栗毛のウマ娘、グラスワンダーがスペシャルウィークの話を聞いて耳をピクンとさせて呟いた。

 

 

「そうなの、グラスちゃん! マリンさん、突然ウララちゃんにその条件で模擬レースを申し込んだの! ウララちゃんもやる気満々でそれを受けるし、私びっくりしちゃった!」

 

 

 スペシャルウィークは山盛りのランチを頬張りながら大声で言った。『黄金世代』の仲間であるエルコンドルパサー、セイウンスカイ、そしてキングヘイローとツルマルツヨシも共にテーブルを囲んでいる。

 

 

「私もビックリしたよ! マリンさん、突然雰囲気変わっちゃって。何かオーラみたいなもの出てたし……冗談で言ってる感じじゃなかったよ」

 

 

 ツルマルツヨシもパスタを食べながら神妙な顔付きになる。

 

 

「ふーん、去年のグランプリウマ娘がウララちゃんに『決闘』を申し込んだって事ぉ? いやー、熱い青春ですなぁ」

 

 

 青空の浮浪雲のような自由人であるセイウンスカイが背もたれに寄り掛かり、うーんっ……と背筋を伸ばす。

 

 

「でも有記念と同じ条件なのが、エルには分からないデース! マリンアウトサイダは休養明けとは言え、有記念の現レコード保持者デス。適正外のウララさんでは勝負にならないのは目に見えていマスヨ」

 

 

 マスクを被った快活で情熱的で時々お調子者なウマ娘、エルコンドルパサーは腕を組んで頭を捻っている。

 

 

「キングちゃんは何か知ってるの? 朝、マリンさんがウララちゃんに勝負を申し込んだ時も、落ち着いてる感じだったし」

 

 

 スペシャルウィークはキングヘイローに尋ねた。

 

 キングヘイローは皆より一足先に昼食を済ませ、食後の紅茶を楽しんでいた。優雅な手付きでカップを置くと、落ち着いた雰囲気で言葉を紡ぐ。

 

 

「……もう1年以上も前の話よ。マリンさんがデビューして少し経った頃に、あの2人はいつかライバルとしてレースで競い合おうって約束していたのよ。私はそれを目の前で見ていたわ。だから、いつかこんな日が来るのは知っていたのよ」

 

「へぇ、そうだったんだ」

 

 

 ツルマルツヨシはもぐもぐと口を動かしながら、キングの話に耳を傾ける。

 

 

「なぜ有記念なのかは、私にも分からないわ。でもそれを気にしても仕方がないでしょ。マリンさんがその条件で挑み、ウララさんがそれを受けた。2人がその条件で了承したのなら、それが全て。外野の私たちがとやかく言う権利は無いわ」

 

 

 キングヘイローは再び紅茶に口をつけた。

 

 

「へぇ〜意外。キングがウララちゃんの事を心配するそぶりも見せないなんてね。客観的に見てもアンフェアな条件だし、そういう卑怯な感じの事はキングは許さないかと思ったのに」

 

 

 セイウンスカイの揺さぶりにもキングヘイローは動じなかった。カップから口を離して、真剣な表情で返答する。

 

 

「あの2人はその条件をアンフェアとも卑怯とも思っていないわよ、きっと」

 

 

「ケ? それはどう言うコトデスか? エルには分かりまセーン」

 

 

 すると、グラスワンダーがエルコンドルパサーを宥めるように言う。

 

 

「……私は少し分かる気がします。私もマリンさんには及びませんが、武道を修める身です。真に強者と認めたライバルが居るのなら、自らの全力をぶつけて闘いたい気持ちは……痛いほど理解出来ます。きっとマリンさんは……『本気』なのでしょう。それだけウララちゃんをライバルとして認めている。だからこそ有記念の条件で挑んだ。そう言うことですよね? キングちゃん」

 

 

 そう言いながら、グラスワンダーはチラリとスペシャルウィークに目線を送る。我らが日本総大将はモリモリと食事に夢中でその視線に気付いていなかった。

 

 

「そうね。それに……」

 

 

 キングヘイローは力強く宣言する。

 

 

「ウララさんは絶対に『下を向かない』わ。だから、大丈夫よ」

 

 

 ずっと話を聞いていたスペシャルウィークはムムムと力を溜めると、決意したように皆に言う。

 

 

「私、来週のマリンさんとウララちゃんの勝負、見届けなくちゃ! 何でか分からないけど、そう思うんだ。キングちゃんもだよね?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「私も! 私の事を慕ってくれる後輩って殆ど居ないから、マリンちゃんは大事!」

 

「ふふ……では、私も観戦させて頂きますね」

 

「ムム……エルはまだ納得はしてませんが……仕方ありません、この目で判断する事にしマァス! もしマリンアウトサイダが卑怯な事をするのならば、ルチャリブレと異種格闘技戦をする事になりマース!」

 

「あ、セイちゃんそれちょっと興味あるかも〜。みんなが行くならセイちゃんも行こうかなぁ」

 

 

 そんなこんなで、結局『黄金世代』の皆でマリンとハルウララの勝負を見届ける運びとなったのだった。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 一方その頃、BNWの3人が遊歩道を歩いてた。ハヤヒデがブライアンを探していると言うので、チケットは(タイシンを無理矢理巻き込んで)喜んで捜索に協力していた。

 

 

「ねぇねぇ、ハヤヒデ! 次はどこを探すの?」

 

「そうだな……昼寝が出来るくらい高く大きな木の生えている場所を探そう。ブライアンは高い所で眠るのが好きだからな」

 

「そんな猫探すみたいに言われても……それに大きな木なんて学園内に幾らでもあるし……はぁ、なんでアタシまで……」

 

 

 と、タイシンは文句を言いながらも木を見上げてキョロキョロと探す。なんだかんだヤッパリ仲良しな3人組である。

 

 

「2人の協力には感謝しているよ、後で何かを奢って…………ん?」

 

 

 ハヤヒデは何かに気づいた様子で立ち止まる。彼女の視線の先には、大木とまではいかないが中々に立派な木々が数本生えていた。

 

 

「ハヤヒデー、どうしたの?」

 

 

 チケットがそう言うや否や、ハヤヒデはそのうちの一本に向かって歩き出した。チケットとタイシンは顔を見合わせると、とりあえず彼女後について行く事にした。

 

 

「…………ここだ」

 

 

 ハヤヒデはある一本の樹の前で立ち止まった。他の2人もやってきて3人でそれを見上げるが、枝も梢も折り重なっていて上の方まで見えない。

 

 

「うーん、上の方はよく見えないよ〜!」

 

「ねえ、ハヤヒデ……まさか登って確かめる気? 一本一本そんな事してたら昼休みが終わっちゃうよ」

 

 

 チケットとタイシンがそう言う中、ハヤヒデはそっと幹に手を当てて、呟く。

 

 

「マリン殿のおじい様の山で修行をしたのを覚えているだろう? あの時の経験から学んだんだ。自身が無意識に収集したデータに基づく経験的推論……つまり『野性の勘』も侮れぬとな。どれほど綿密に練り上げたプランも、実行する時間がなければ無意味だ」

 

 

 ハヤヒデは両手を口の横に揃えて、樹の上方に向かって呼び掛ける。

 

 

「おーい!!! ブライアン、居るなら返事をしてくれ!!! お前に用があるんだ!!!」

 

 

 シーーーーーーン………

 

 

「やっぱり居ないのかなー?」

 

「居たとしても返事なんてしないでしょ、ブライアンなら」

 

「…………ふむ、致し方あるまい」

 

 

 ハヤヒデはその樹から数歩離れて、力を溜めるように構える。そして……

 

 

「でええええええええいッッ!!!」

 

 

 ドグォオオオオーーンッ!!!

 

 

 と、ハヤヒデの渾身の回し蹴りによる衝撃が樹全体を打ち鳴らす。知的キャラが発してはいけない声と音が周囲に鳴り響いた。遠くから何事かと視線が集まっていた。

 

 すると、上方から「な!?うわあぁ!!」と声が聞こえて、枝に引っかかりながら1人のウマ娘が落ちてきた。最後の木の枝に何とか掴まってブラーンと引っかかったタオルのようにぶら下がった。

 

 

「気持ちよく寝ているところをすまなかったな、ブライアン」

 

 

 ハヤヒデの眼鏡がキランと光る。

 

 

「……っ、危なかった……! 私をクワガタかなんかだと思ってないか? あの枝の上は絶対に周りからは見えない場所だったはず。なぜ私がそこに居ると分かった? って、なんか昔同じような会話をした気がするな……」

 

 

 ちなみに、ハヤヒデが蹴ったその樹は、奇しくもかつてマリンの祖父が発勁で揺らしたものと同じである。山での修行を経て最も成長したのはもしかしたらハヤヒデなのかもしれない。

 

 

「すごーーーーい! ホントにブライアンが居た!」

 

「……マジ?」

 

 

 チケットとタイシンは驚嘆の声を上げる。

 

 

「マリンの山での修行ってのはそんなに凄かったのか?……姉貴は頭が良いのに勘まで鋭くなってしまったら、誰も手がつけられなくなるだろう……」

 

 

 そう言ってブライアンはスタッと着地した。「ヤッホー、ブライアン!」「……よっ」とチケットとタイシンが挨拶して、ブライアンも「どうも」と返した。

 

 

「それで何の用なんだ、姉貴? BNW揃って私を探していたのか」

 

「まぁ、そんなところだ。チケットとタイシンは捜索の手伝いを申し出てくれてな」

 

「アタシはチケットに無理矢理引っ張られてきただけなんだけど」

 

 

 えー!と言うチケットにタイシンは食ってかかる。それをハヤヒデは「まぁまぁ」と宥める。そんな3人の様子にブライアンは「ふっ」と笑みを浮かべる。

 

 

「相変わらず仲が良いんだな、姉貴たちは。で、用ってのは何だ? 昼休憩が終わる前に頼む。もう一眠りしたいんだ」

 

「そうだな、手早く済ませよう。ブライアン、マリン殿の噂は聞いているか?」

 

 

 ピクンとブライアンは耳を動かした。

 

 

「あの噂の事か、マリンがハルウララとタイマンをする……と、小耳には挟んだが」

 

 

 仏頂面で答えるブライアンに、今度はチケットが話しかけた。

 

 

「アタシたちは観に行く予定なんだけど、ブライアンもどうかなって!」

 

 

 ブライアンは俯いて、数秒間考える仕草をした。

 

 

「……マリンがまた走れるのはチームメンバーとして嬉しいが、結果の分かりきってるレースを見るほど私は物好きじゃない。先輩方のせっかくの誘いだが……」

 

 

「いいや」

 

 

 ブライアンが言い切る前に、ハヤヒデは言葉を被せる。

 

 

「ブライアン、お前も来るんだ。一緒にマリン殿とハルウララの勝負を見届けよう」

 

「……むぅ、姉貴……?」

 

 

 珍しく有無を言わせない勢いのハヤヒデに、ブライアンは驚く。姉がこれほどに強硬な姿勢を見せるのは幼少期以来ではないか、と内心に思っていた。

 

 

「ブライアン」

 

 

 ビワハヤヒデは平生より増して真剣な声でブライアンに言う。常に冷静で知的であるハヤヒデがこの様に言う時は、大抵何かしらの深い思惑がある時だとブライアンは知っていた。

 

 

「その勝負できっとお前は、かつて望んでいた景色が見られるはずだ。絶対に損はしない。姉として、マリン殿の友として……断言しよう」

 

「っ…………」

 

 

 それは、姉としてブライアンの事を深く理解しているからこその、重く力強い言葉だった。そしてそれを無視できる程ブライアンは頑なではない。

 

 

「……はぁ、分かった。観に行けば良いんだろう。暇潰しくらいにはなるんだろうな」

 

「ああ、約束しよう」

 

 

 

 

 秋の日差しを遮る木陰で、最強の姉妹は約束を交わした。

 

 この先に何を見るのか、ブライアンはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 





次回

最終話 私は『あなた』に憧れていたんだ
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