【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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最終話 私は『あなた』に憧れていたんだ

 

 

 

 

 BNWの3人がナリタブライアンを捜索していたのと同じ頃

 

 トレセン学園の生徒会室にて……

 

 

 

「ふむ、これならば問題ないだろう。では、この書類はこちらから事務の方に回しておこう」

 

「ありがとうございます、ルドルフ会長。すみません、お手を煩わせてしまって」

 

「気にするな、これも生徒会の仕事だ。どうか良きレースを……健闘を祈っているよ、マリンアウトサイダ」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

 黒髪のウマ娘はルドルフに会釈をすると、生徒会室の出口へと向かう。

 

 

「失礼しました」

 

 

 マリンはそう言ってドアノブに手をかけ、扉を開けた。するとちょうど入ってきた1人のウマ娘と鉢合わせになった。褐色の肌に長く美しい髪、好戦的な鋭い目付きの彼女は、マリンが所属する栗東寮の寮長ヒシアマゾンだった

 

 

「おや、マリンじゃないか! 奇遇だねぇ、生徒会に用事でもあったのかい? そう言えば聞いたよ。復帰戦が決まったそうじゃないか! 頑張りなよ!」

 

「こんにちは、ヒシアマさん。ありがとうございます。精一杯、頑張らせて頂きます。こちらにはトレーニングコースの貸切使用の申請の仕方を教わりに来ておりました」

 

「ほぉー、もしかして復帰戦に向けて模擬レースでもするつもりかい……タイマンかい?」

 

 

 ヒシアマゾンはニヤリと笑う。タイマンとは彼女がよく口にする言葉で、ある種彼女の代名詞でもあった。そんな変わらぬヒシアマゾンに安心感を抱きつつマリンも彼女に微笑み返す。

 

 

 

 

「ええ……『タイマン』です」

 

 

 

 

 その静かな迫力に、ヒシアマゾンの背筋がヒヤリとする。彼女はマリンが『本気』なのを感じ取った。

 

 

「では、失礼いたします。応援ありがとうございました、ヒシアマさん。また寮で」

 

「お、おう……またね、マリン」

 

 

 マリンと入れ違いにヒシアマゾンは生徒会室に入った。マリンの事を気にするように、彼女は扉が閉まった後もその方向を見つめていた。

 

 

「やあ、ヒシアマゾン。君も生徒会に何か御用かな?」

 

 

 ルドルフに声にヒシアマゾンは振り返る。彼女はぽりぽりと頭をかいてルドルフの座るデスクへと歩みを進めた。

 

 

「ああ……ルドルフ、寮の備品点検の時期についてちょいと相談が……って、うああ〜〜〜〜!!! マリンの『タイマン』の事が気になって仕方ねえ!!! ルドルフ、一体誰なんだい、マリンとレースするのは!? マリンがあそこまで対抗心を燃やすなんて珍しいじゃないか」

 

「ふふっ、そうだな。彼女は来週、ライバルと1対1の勝負をするのだそうだ」

 

 

 ルドルフは何か含みのある笑みを浮かべる。ヒシアマゾンをそれを見て、熱い勝負が繰り広げられる予感がした。

 

 

「へぇ……! 何だか胸が踊る予感がするねぇ、マリンは誰と勝負するんだい?」

 

「ハルウララだ」

 

「なるほど、そいつは熱い……………って、え?」

 

 

 ヒシアマゾンが目をパチクリさせて数秒間停止した。

 

 

「ルドルフ……アタシの聞き間違いじゃあなければ、アンタの口から『ハルウララ』って聞こえたと思うんだが」

 

「聞き間違いではないよ、ヒシアマゾン。マリンアウトサイダは来週、ハルウララとレースをする」

 

「……あ〜、何というか、ルドルフ。あの2人は距離適性もバ場適性も、何もかもが噛み合わないじゃないか。いくらマリンが療養明けとは言え、勝負になるのかい?」

 

 

 ルドルフはデスクの上に両手を組む、その含みのある笑みは崩れていなかった。

 

 

「どうやら、彼女たちにとって適性の違いは関係ないらしい。『ライバル』として本気で勝負をする事、それ自体を重要視していると私は感じたよ。格闘ウマ娘風に言うならば、彼女たちがやるのはレースではなく……『喧嘩』だろうね。君ならば理解できるのではないか? ヒシアマゾン」

 

「んぅ……まあ、分からなくはないけどさ。それにしても、ハルウララとねぇ……一体どんな条件で勝負するつもりなんだい、その2人は?」

 

「『芝』『2500m』『右回り』だ。我々にも馴染みが深いだろう?」

 

 

 「え……!」と、ヒシアマゾンは再び固まった。彼女は自身のライバルである三冠ウマ娘『ナリタブライアン』に3バ身差で敗れたあのレースを思い出した。

 

 

「おいおい……その条件は……」

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

 噂が広まってから、1週間後の夕方。

 

 紅く染まる空の下、ある1つのトレーニングコースで、集まったウマ娘たちの長い影が落ち始める。

 

 そこはマリンアウトサイダとハルウララによって決戦の場として貸切られたコースであり……

 

 何の運命なのか、シンボリルドルフがマリンアウトサイダを案内した初めてのコースでもあった。

 

 

 

 コースの隅の芝で、小柄なウマ娘がストレッチをしていた。その表情にはやる気と元気が満ち満ちていて、この日を楽しみにしていたんだと言わんばかりに一生懸命身体をほぐしている。

 

 その桜色のウマ娘、ハルウララは体操服の上からジャージを羽織っていた。所々に絆創膏が貼ってあるのは、この日に備えてのトレーニング中に出来た傷だった。

 

 彼女の側では『黄金世代』の1人キングヘイローが見守っていた。そして、コース全体を見渡せる高台の歩道には他の『黄金世代』の4人が観戦の為に並び立っている。

 

 

「ケ? そーいえばツヨシちゃんはどこにいるんデスカ?」

 

 

 エルコンドルパサーはキョロキョロと辺りを見渡して言う。

 

 

「えっと……ツヨシちゃんは……」

 

 

 そして、スペシャルウィークは寂しそうに事情を語り出した。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ……うっ……スペちゃん……私、もうダメみたい……」

 

「そんなこと言わないでよ、ツヨシちゃん! マリンさんとウララちゃんのレースを観に行くって約束したでしょ!」

 

 

 教室でスペシャルウィークが涙を流しながら、倒れ込んだツルマルツヨシを抱えている。さながらドラマのワンシーンの様であった。

 

 

「スペちゃん……お願い……私の分まで、マリンさんとウララちゃんを……応援してあげて……頼んだ……よ……ガクッ(自分で言った)」

 

 

 ツルマルツヨシは息絶え絶えに、スペシャルウィークに遺言(らしき言葉)を伝え、それっきり動かなくなる。

 

 

「ツヨシちゃん……? ねえ、目を開けてよ……ツヨシちゃん……ツヨシちゃーーーーーーん!!!!!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「ツヨシちゃん、貧血で倒れちゃって安静にしてないとダメなんだって」

 

「ああ、そういえばあの時エルは教室にいなかったもんね〜。いつもの事だから伝えそびれちゃってたね〜」

 

「なーんだ、そうだったんデスカ」

 

 

 スペシャルウィーク、セイウンスカイ、エルコンドルパサーは慣れたことの様に会話をしていた。

 

 

「もうっ……皆さん、いくらいつもの事だからって、少しはツヨシちゃんのこと心配してあげないと可哀想で……おや?」

 

 

 とグラスワンダーが学園校舎の方に視線を移すと、遠くから小走りで黒髪のウマ娘がやって来るのが見えた。

 

 

「どうやら来たみたいですね……って、あら? あれは……」

 

「グラス、どうしたんデスカ……って、ケ!?」

 

 

 マリンの姿を見た4人は驚きの表情になる。その中でスペシャルウィークだけが

 

 

 

「マ……マ゛リ゛ンさぁん……!」

 

 

 

 と、涙ぐんだのだった。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、ウララさん。キングさんも、スターターを引き受けて下さってありがとうございます」

 

「え、ええ、それは構わないわ。でもマリンさん、貴方……その格好は……」

 

 

 キングヘイローもマリンの姿を見て驚く。

 

 紅蒼の炎の刺繍が施された袴、純白の上衣、その上に緑色のパーカーを羽織っている。それは彼女の『勝負服』だった。マリンがそれを着るのは、あの有記念以来、実に半年以上ぶりだった。

 

 『黄金世代』だけでなく、遠くの観戦スタンドに集まっているギャラリーの間にもどよめきが起こっていた。

 

 

「ライバルとの勝負ですから。『本気』を出せる服を着るのは当然です。勝負服に袖を通すのは久しぶりなのですが」

 

 

 そこにストレッチを終えたハルウララが駆けてきた。彼女は目を輝かせてマリンを見つめる。

 

 

「わぁ……マリンちゃん、勝負服を着てきたんだ!!! 凄い凄い、何だか本当のレースみたいだね! 向こうのほうにたくさん人も集まってきてるし!」

 

 

 ハルウララは歩道や観戦スタンドに集まったトレーナーやウマ娘たちを見てニッコリと笑う。

 

 だが、マリンはそんなハルウララの視線を遮るように、彼女の正面に立った。

 

 

「ウララさん……」

 

 

 それは果たし合いを望む武術家の表情だった。それを見て、ハルウララもキリッとした顔でマリンと向かい合う。

 

 

「やっと約束を果たせます。私はライバルとして、あなたに勝負を挑みます。私は全力であなたを……『叩き潰します』」

 

 

 ゾクリと、その冷徹な響きを持ったキングヘイローは鳥肌立つ。マリンは殺気にも近い威圧感を放っていた。あのハルウララを相手にである。

 

 キングヘイローは認識を改めた。マリンアウトサイダは本当に『本気』だった。それほどまでにハルウララというウマ娘を、彼女は認めていたのだ。

 

 一方、ハルウララはその空気も凍りつかんばかりの威圧感を、ケロリとツユも気にせずに受け止め笑っている。鈍感なのか、大人物なのか、それとも両方なのか、それは誰にも分からない。

 

 

「アタシだって負けないよ! 今日の為にたっくさんトレーニングしてきたんだ! 気分も絶好調だよ!」

 

 

 その百点満点の笑顔に、マリンは毒気を抜かれたようにふっと微笑んだ。彼女は手を差し出して、ハルウララに握手を求めた。

 

 

「私はあなたを見くびってはいません……1人のレースウマ娘として、あなたと本気で勝負をします。良いレースをしましょう、ハルウララ……!」

 

「っ………!」

 

 

 その言葉を聞いて、ハルウララの胸に熱いものが込み上げてきた。彼女自身は意識してないだろう、だが彼女の魂が理解していた。マリンアウトサイダは『G1レース』に挑む覚悟でハルウララと勝負をするつもりなのだ、と。

 

 ハルウララはプルプルと震える。かつてない程に、彼女の心身ともに昂っていた。そして、力強くマリンの手を握り返した。

 

 

「うん! 私も……本気だよ、マリンちゃん! 良いレースをしようね!」

 

 

 その2人の見て、キングヘイローも胸を熱くする。

 

 

(っ……凄いわね、マリンさん……私でも多分、ウララさん相手にそんな気迫で勝負を挑めないわ。それなのに、貴方は……)

 

 

 

 キングヘイローは嬉しかった。ハルウララを本気で『ライバル』と認めるウマ娘が居てくれた事が。握手を交わす2人を、彼女は誇らしい気持ちで見つめていた。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

 コースは『芝』『2500m』『右回り』、スタート地点はキングヘイローが立つ第2コーナーを過ぎた辺り、ゴールは観覧スタンド前のヒシアマゾンの看板。コースをぐるっと一周して再び看板の前を通過した瞬間がゴールとなる。

 

 観戦スタンドからはスタート地点に移動するのマリンアウトサイダとハルウララ、キングヘイローの姿が見えた。レース開始までの時間は迫ってきていた。

 

 噂を聞いて集まった人だかりには、マリンと縁の深い者たちの姿も多く見られた。もちろん、彼女のトレーナーとチームメイトたちは彼女のレースを観戦に来ていた。

 

 

「……本当に良かったのですか、トレーナーさん? マリンさんは来週に復帰戦を控えているのに、今『あんなにまで』仕上げてしまって」

 

 

 メジロマックイーンは遠くを歩くマリンを見ながら、トレーナーに尋ねた。

 

 

「僕もマリンに頭を下げてお願いされた時は驚いたよ。でも、彼女にとってはこれが本当の『復帰戦』みたいだったからね。思いっきり走って欲しかったんだ。トレーナーとしては失格かもしれないけどね」

 

「んなこと関係ねーよ」

 

 

 トレーナーの隣でいつもの如くルービックキューブをいじるゴルシが言った。

 

 

「マリンの奴、ハルウララが『ライバル』だって言ってたからな。ライバルとの勝負に本気を出させないトレーナーだったら、アタシは『シリウス』に居ねぇよ」

 

「お、珍しいな。ゴルシが僕を褒めてくれるなんて」

 

「気のせいだろ」

 

 

 そんな2人の気の置けない仲な会話をよそに、ライスシャワーは少しだけ寂しそうな様子だった。

 

 

「でも……これがマリンさんの復帰戦なら、チームのみんなと一緒に見たかったな」

 

「仕方ないわ、ライス。私も同じ気持ち。でも、離れてるけど一応『シリウス』のみんなは来ているわよ? スペちゃんはほら、向こうの歩道でグラスさんたちと一緒だし、ブライアンは向こうでBNWの3人と一緒に居るわ」

 

「そうだよ、ライスちゃん! ここは私たちも負けないように一生懸命応援しようよ!」

 

「うんうん、そうだね〜」

 

「久しぶりにマリンさんのレース見れるし、アタシ……それだけで涙が……」

 

 

 サイレンススズカと仲良し3人組がライスを励ます。皆、心からマリンの回復を喜んでいた。

 

 

 一方、観戦スタンドの別のエリアには『覇王世代』の4人も集まっていた。更に、遅れてシンボリルドルフとエアグルーヴ、ヒシアマゾンもやってきて観覧席が騒めき立ち、別の側の歩道の上には『伝説の世代』の4強も並び立っていた。

 

 皆、このトレセン学園内でしか決して実現しない、ある種のドリームレースを見届けに来ていた。

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 観戦スタンドとは反対側のスタート地点で、黒髪のウマ娘はグラウンドを見渡していた。そこは最早、彼女にとっては見慣れた場所となったはずなのに、猛烈な懐かしさが彼女の胸に込み上げてきていた。

 

 

『マリンアウトサイダ、私が君に走りを教えよう』

 

 

 トレセン学園への転入初日に、シンボリルドルフが彼女に掛けた言葉が、どこからか聞こえた気がした。

 

 

(ああ、本当に帰って来れたんだ……)

 

 

 マリンは目を閉じて、鼻からゆっくりと空気を吸い込んだ。

 

 

(山の中とは全く違う草の匂い……レースウマ娘が『走る』為の場所の匂いだ……)

 

 

 マリンは目を開けて、横を向いて『ライバル』の姿を見る。彼女はスタンドに向かってぶんぶんと両手を振っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「俺はそのレースが見たいんだ。お前がハルウララと走るレースを……叶うのなら、見てみたいんだ。なぁ……『ミドリ』」

 

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(っ……目が覚めて以来、胸の奥底から何かが響くような感覚がある。ただ、ハルウララと戦いたいって衝動が湧いてくる……)

 

 

 マリンアウトサイダは声なき声を聞いていた。魂の奥底から何かが彼女を突き動かしいていたのだ。そして……

 

 

 

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「だから、すまん。マリンアウトサイダ。俺はお前のファンになる前にハルウララのファンだったんだ」

 

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「……………………」ムカッ

 

 

(そして何故だろう……時々無性にムカついて何かに噛み付きたくなる……私はどうしてしまったんだろう……)

 

 

 マリンアウトサイダがハルウララと勝負したい理由には、ほんの少しの嫉妬、言うなれば微かな『ジェラシー』があったのは本人すらも気付いていない事だった。

 

 

「マリンちゃん!」

 

 

 ふと気がつくと、ハルウララはマリンの側にやって来ていた。桜の様な不思議な眼をランランと輝かせて、マリンと対峙している。

 

 

「私、マリンちゃんとレースが出来るのがすっっごく嬉しいんだ! 頑張ろうね!」

 

「…………っ!」

 

 

 だが、今この瞬間はその様な衝動や感情は無意味だった。マリンは、1人のレースウマ娘としてハルウララに挑む。その目の前の現実だけに集中した。

 

 

「はい……! 私もです、ウララさん。全力で……戦いましょう」

 

「2人とも、準備は良いかしらー?」

 

 

 少し離れた所から、キングヘイローは2人に声をかけた。マリンアウトサイダとハルウララはアイコンタクトの後に、位置に着く。

 

 

 ビョォォォォ……

 

 と、涼風がターフの上を吹き抜ける。

 

 

 初秋の夕陽に照らされる中、スタート地点でキングヘイローが手を挙げた。2人のウマ娘がスタートの体勢に入る。

 

 

 そして……その手が振り下ろされる。

 

 

 2人きりの有記念の幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 ダッダッダッダッダッ!!

 

   ダッダッダッダッダッ!!!

 

 

 

 

 マリンアウトサイダとハルウララ、2人は綺麗なスタートダッシュを決めた。最初の数秒間は並走状態だった、だが次の瞬間、皆が見たのは……

 

 

「はあああああああああっ!!!」

 

 

 ズヒュンッッッ!!!

 

 

 と、まるで『大逃げ』を仕掛けるかのように急加速し、全力で疾駆するマリンの姿だった。見る間にハルウララとの差がぐんぐんと開いていく。

 

 

「オイオイ、何だあれ!? 初っ端からスパートかけてんじゃんか、マリンの奴『大逃げ』でもする気か?」

 

「トレーナーさん、あれはどういう事ですの?」

 

 

 ゴールドシップとメジロマックイーンは驚きを隠せない様子だった。その横で『シリウス』のトレーナーは腕を組み、マリンとハルウララを観察しながら答える。

 

 

「……僕はこのレースに関しては、コンディション調整以外はマリンに任せていたんだ。一応、レース前に作戦はどうするのか聞いたら彼女は……」

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ウララさんとのレースの作戦ですか? そうですね……『全身全霊』……でしょうか」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「って言ってたよ」

 

「それって作戦じゃありませんわよね?」

 

「サクラバクシンオーがやってそうなやつだな……」

 

 

 マックイーンとゴルシはやや不安な表情になった。マリンの方はというと今はスタートダッシュの驀進は抑えているが、それでもハイペースで走り続けている。

 彼女はすでに1週目の第3コーナーを過ぎており、ハルウララはやっと第2コーナーに入ったところだ。10バ身は離れているだろう。

 

 その実、観衆の誰もがハルウララが終始置いていかれる展開になるのは分かっていた。だが、序盤でマリンがここまでブッちぎるのは予想外だった。

 その鬼気迫る迫力に、誰もがゾクリとしたものを感じた。先ほどキングヘイローだけが感じていた、まるで容赦無く、情け無用でハルウララの全てを否定しようとするかのような『本気さ』を皆が感じ取っていた。

 

 2人の差は更に広がっている。マリンはハイペースを維持したまま第4コーナーを通過し、スタンド前の直線に入った。

 

 

「突っ走れーーーーー!!! マリーーーーーーン!!! 」

 

「うおおおおおおん!!! マリンさんが勝負服着て走ってるよおおおおおお!!!(泣)」

 

「良い気合ですっ!!! 頑張れ2人ともーーーー!!!」

 

 

 スタンドからはパチパチとまばらな拍手と声援が飛んでいた。特にゴールドシップ、ウイニングチケット、ナリタトップロードの声はダントツで大きくその他を圧倒していた。

 

 マリンは観衆をチラリとも見ずにその直線を走り抜ける。彼女は全力で走ることに集中していた。その様子をシンボリルドルフやオグリキャップたちも声を発さず、真剣な表情で見つめていた。

 

 ナリタブライアンもその1人だった。彼女は全力で駆け抜けるマリンと、彼女の後を必死に追うハルウララを交互に見比べていた。

 

 

(……やはりこうなるか。いや、誰しもがこの展開を予想していただろう。姉貴はなぜ私にこれを見せたかったんだ……?)

 

 

 ブライアンは隣でチケットと共に大声でマリンを応援しているハヤヒデを横目でチラッと見る。彼女の表情は真剣そのもので、外のレース場で応援するのと変わらない雰囲気だった。

 

 

(なぜそんな顔で応援できる? 姉貴も分かっていたハズだ。ハルウララの実力ではマリンとは勝負にならない。恐らく圧倒的な大差でマリンが勝つ。元々、ハルウララはダートマイル路線のレースウマ娘だ。勝てるはずがない、それに……)

 

 

 ブライアンは後方の観覧に来ているウマ娘たちの会話に聞き耳を立てる。

 

 

「ねぇ……ちょっと応援しづらくない? ハルウララ、もうあんなに離されているのにまだ1500メートルは走るんだよ?」

 

「あたし、ルドルフ会長やオグリキャップさんの前であんな風に走れないよぉ……」

 

 

 観衆の中には、ただ興味本位でレールを見に来ている者たちも居た。その者たちはこの勝負そのものに戸惑っていた。応援して良いのか迷うほどに、マリンアウトサイダとハルウララの実力の差は開いている。それは事実なので仕方がないのだが……

 

 

(……普段なら耳障りな会話も、今は少し納得できてしまう。今マリンは第2コーナーへ向かっている。ハルウララはやっとスタンド前を通過するところだ。まだ気力は残っている様子だが……)

 

 

 ブライアンはスタンド前を走るハルウララの顔を見る。その表情は真剣で、まだまだ諦めていなかった。

 

 

 そして、ブライアンは追想した。本格的にレースの道を志した駆け出しのレースウマ娘だった頃を。彼女はその頃から『怪物』だった。彼女の周囲のレースウマ娘たちは、その圧倒的な力の差に恐れおののいて、彼女とまともにレースをしようとすらしなくなった。 

 

 その化け物じみた実力ゆえに、ナリタブライアンは孤独だった。彼女に食らいつき、挑戦しようとするものが同世代では居なくなってしまったのだ。そして彼女自身も『強者』以外に興味を示さなくなった。

 

 

(皆、私とレースをすると勝負の昂りを感じるより先に、まず恐怖した。戦意を失いターフを去る者もいた。私はただ、胸を焼き焦がす様なレースを求めていただけだったのに……)

 

 

 ブライアンはずっとハルウララを見ていた。彼女も今、思い知らされたはずだ。圧倒的な実力差の前にはなす術もないことを。前方を走る強敵と比べると、己がいかに非力であるのかを。ブライアンから離れていった者たちのように。この2500メートルという長距離の道中を嫌になるほどずっと……ずっと……

 

 

「…………っ?」

 

 

(なぜだ……?)

 

 

 ブライアンは訝しんだ。自分の無意識の行動を。

 

 

(なぜ私は……ハルウララだけを見ているんだ……? 強者であるマリンではなく、ハルウララだけを……いつの間に)

 

 

「で……でも!」

 

 

 先の戸惑いの声に混じって、別のウマ娘の声が聞こえた。

 

 

 

「でも、あの2人……凄いよ! 

 

 だって、2人とも……全く違うフィールドで走るウマ娘なのに、

 

 距離もこんなに離れてるのに、

 

 決着なんてもうついてる様なものなのに、

 

 今も本気で勝負をしている……本気で戦ってるよ!」

 

 

 

(っ……そうだ……)

 

 

 そのウマ娘の言う通りだった。マリンの走りには、リードを取った余裕など一切無かった。

 まるで背後にピッタリとハルウララが付いて来ているかの様に、全力で疾走している。

 

 一方のハルウララも、全力でマリンに喰らい付いていた。勝利を諦めた様子など、微塵も無かった。

 

 

 ブライアンは気付いた。

 

 

(そうだ……眼だ。ハルウララの眼から闘志が消えていない。あれ程圧倒的な実力差を見てもなお、彼女は……『下を向いていない』)

 

 

 

 すると、遠くの方から『黄金世代』のウマ娘たちの声が聞こえた。ターフを超えてスタンドまで届くほどの大声援だった。キングヘイローもスターターの役目を終えて、彼女たちに合流していた。

 

 

 

「頑張れええええ!!!!! ウララさーーーん!!!!! まだ決着には早いわよ!!!!!」

 

「けっぱれーーーー、ウララちゃーーーーん!!!!! ツヨシちゃんも応援してるってーーーー!!!!!」

 

「勝負は最後の最後までわかりませんよーーーー!!!!!」

 

「気合いデェーーース!!!!! プロレスも最後は気合いの大きい方が勝つんデェーーース!!!!!」

 

「アハハ、頑張れ〜〜〜。かかってる魚は大きいぞ〜〜〜」

 

 

 

 約1名、気合いの入ってない声援があったが、声援は声援である。そして、それにつられるようにスタンドの声援も徐々に大きくなっていく。ハルウララから目が離せなかったのはブライアンだけではなかったのだ。

 

 

 

「頑張れーー!! ハルウララーー!!」

 

「メッチャ頑張ってるじゃん!! 行けーー、まだチャンスはあるぞーー!!」

 

「マリンアウトサイダも頑張れーー!! てかもう2人とも全力で駆け抜けろーーーー!!」

 

 

 

 スタンドの空気が変わりつつあった。先ほどは応援することを躊躇っていたウマ娘たちも、大声で声援を送っていた。

 

 

 

「いっけええええええええ、マリーーーーン!!! 気合いで負けるんじゃねーーぞ!!!」

 

「そうですわよーーー!!! 最後まで気を抜いてはいけませんわーーー!!!」

 

「ウララちゃーーーん!!! ライスはウララちゃんを応援してるよーーー!!! あ、えと、マリンさんも!!!」

 

「「「ガンバレーーーー!!! マリンアウトサイダ ーー!!! ハルウララーー!!!」」」

 

 

 最前列のチーム『シリウス』のメンバーも声の限りに応援する。トレーナーも彼女たちを誇らしい気持ちで眺め、自身も声を張り上げた。

 

 

「そうだーーーマリン!!! 思いっきり走れぇーーー!!! お前は『夢を翔けるウマ娘』だぁーーー!!!」

 

 

 

 それらの声援は2人に届いていた。ハルウララは駆ける。慣れないターフで未経験の距離を走り、彼女の身体はヘトヘトだった。だが、その眼はキラキラと輝いていた。

 

 ハルウララの心には、一点の恐怖もなかった。彼女はただただ、春の陽気に舞う小鳥のように純粋にレースを楽しんでいた。

 

 

(すごい! まるでみんなが走ってるG1レースみたいだ! 楽しい、楽しい、楽しい! やっぱりレースって、とっっても楽しい!!!)

 

 

「よぉーーーーし! ハルウララ、頑っ、張る、ぞおーーーーーー!!!!!」

 

 

 ハルウララは一等賞の笑顔で、声援を身体に吸収したかのように気力を回復させる。第2コーナー後の直線で彼女は加速した。開いていたマリンとの差が、ほんの僅かずつ縮んでいく。

 

 

 ナリタブライアンは更に驚愕した。今の時点で、マリンとの距離差は決して覆らないのは確定している。それなのにハルウララはまだマリンに食らいついていた。

 

 満開の桜のようなあの笑顔で、彼女は心からレースを楽しんでいた。

 

 『桜色は不屈の色』である証左を携えて、彼女は……彼女だけの道を駆け抜けていた。

 

 

 

(そうか……)

 

 

 ナリタブライアンはその時、初めて理解した。『ハルウララ』というウマ娘を。

 

 

(ハルウララ……お前は決して『強者』ではない。だが……)

 

 

「お前はきっと……私と勝負をしたとしても、決して俯かず、全力で食らいついて来るんだろうな……」

 

 

 ナリタブライアンの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。隣に立つビワハヤヒデも妹の様子を見て、同じく笑みを浮かべていた。

 

 

 

 観衆は、今や一体となっていた。その場の誰もがマリンアウトサイダとハルウララを応援していた。そんな中をテイエムオペラオーが、いつもより幾分か落ち着いた厳かな声色で唄うように言う。

 

 

「嗚呼、麗しきかな……!見えるかい? このレースは、この景色は、今ここ……このトレセン学園でしか見られないものだ! この感動を表すのには……言葉は要らないのかもしれないね」

 

 

 ナリタトップロード、アドマイヤベガ、メイショウドトウは衝撃を受けた。しかし、同時に納得もした。あのテイエムオペラオーに言葉は要らないと言わしめるほどの『力』が、このレースには確かに有った。

 

 

 

 

 

 

 その光景をシンボリルドルフ、エアグルーヴ、ヒシアマゾンも目を離さずに見つめていた。

 

 

「へぇ、こりゃ凄いな。こんな『タイマン』初めて見たよ」

 

「ええ……そうですね。この2人でないと、この様なレースには成り得ないかもしれませんね。皆がこのレースには、実力も適正も何も関係がない事を知っている。皆、一体となって2人を応援している……」

 

 

 夕陽に目を細めながら、ヒシアマゾンとエアグルーヴは言った。

 

 

 シンボリルドルフは、走るマリンとハルウララの姿を眼に焼き付け、無言で微笑む。

 

 

(そうか……これが私の『夢の一端』か、マリンアウトサイダ。このレースを、この光景を、もし本物のレース場で見せられるのなら、私は……)

 

 

 この瞬間、シンボリルドルフは人知れず一つの決断を下した。他の者がその内容を知るのは、もう少しだけ先の話であった。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 ダッダッダッダッタッダッダッダッ!!!

 

 

 黒髪のウマ娘は、ターフを踏み鳴らし往く感覚に喜びを隠せない。しかし、それよりも大きな感情が彼女の中に溢れていた。

 

 

(ああ……凄いな。ハルウララは、やっぱり本当に……凄い)

 

 

 マリンには分かっていた。それがどれだけ不利な条件であろうと、どれ程の実力差があろうと、ハルウララは一生懸命に、前を向いて笑顔で走り続けることを。彼女の走りは必ず皆に勇気を与えることを。

 

 自分がどれだけ『本気』で彼女を叩き潰そうと走っても、野に咲くタンポポのように、彼女は決して下を向いたりしない、と。

 

 

 

 

 マリンは走りながら思い出していた。

 

 初めてハルウララのレースを見たときの自分の心情を

 

 あの見るもの全てを幸せにする、春の桜のような暖かい笑顔を

 

 

 

(ああ……ハルウララ、あの時からずっと)

 

 

(私は『あなた』に憧れていたんだ)

 

 

 

 最終コーナーを駆け抜け、マリンは最後の直線に入る。声援が自分とハルウララの両方に送られていることが分かった。皆がハルウララの『強さ』を認めていることも。

 

 

(ハルウララ……あなたは強い、私よりもずっと……だから挑みたかった。夢を乗せて走るウマ娘が集う、有記念の条件で)

 

 

 

 

 ポゥ……

 

 

 

 と、マリンの目に不思議なものが映る。彼女のすぐ隣に、小さな光が集まってくる。それは段々と大きくなっていき、ついには小柄なウマ娘の白い影になった。

 

 それはマリンの中のイメージだった。レースの強さではなく『魂』の強さのイメージ。

 

 マリンの中のハルウララの『強さ』のイメージ。それが形を成して、マリンの隣を白い影となって走っていた。

 

 彼女はやはり諦めてなどいない、今でも『本気』でマリンと勝負をしている。その事実に血が騒ぎ、マリンの口が笑みを結ぶ。

 

 

 

 スタンド前の最後の直線、ハルウララの形を成す白い影はマリンと並んでいた。その速さは、マリンと拮抗していた。

 

 

 その白い影のハルウララは、ひたすら真っ直ぐにゴールだけを見ていた。マリンの事など見向きもしていなかった。

 

 そのことが何故だか、マリンには誇らしかった。だからこそ、マリンは彼女に向かって言う。己の持てる持てる全てを賭けて、『思いっきり』走る為に。

 

 

 

 

「勝負だ……ハルウララ……!!!」

 

 

 

 

 ダァンッ……!!!

 

 マリンは姿勢を低くして地面を抉るように蹴り出し、前方へ加速した。白い影も同じくスパートをかける。

 

 

 2人きりの有記念

 

 

 その最終局面が今……始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 ダァンッ……!!!

 

 

 という轟音に、スタンドの観衆は驚愕した。最終直線でマリンアウトサイダは更に加速し、全力のスパートかけていた。

 

 その走りは、まるですぐ隣で誰かと競り合っているかの様だった。

 

 見えない対戦相手がそこに見えると錯覚しそうな程の気迫だった。

 

 

「おっしゃ行けええええええマリーーーーーーン!!! 流石は『シリウス』の流星だあああああ!!!

お前の全力を見せてやれえええええええ!!!」

 

 

 ゴールドシップの声に呼応するように、皆もマリンに声援を送った。

 

 マリンは『全身全霊』でターフを駆ける。脚も肺も限界まで酷使している。

 

 彼女の隣を、ハルウララの白い影も疾走する。両者のスピードが拮抗する、熾烈なデッドヒートが繰り広げられていた。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 

 

 マリンは叫ぶ。

 

 観衆は皆、マリンのゴールを見届けようとしている。

 

 目印の看板にマリンと……マリンにしか見えない白い影が迫っていく。

 

 

 

(ハルウララ……私はあなたと出会うために、この学園に来たのかもしれない。生まれる前から、あなたの名を知っていた気がする。あなたとライバルになれて……本当に……良かった……)

 

 

 

「『うあああああああ゛あ゛あ゛!!!』」

 

 

 ゴールは目前だった。

 

 『2人』の雄叫びが重なり合った。

 

 応援の声も空をつらぬく。

 

 そして……

 

 

 ダァン……ッッ!!!

 

 

 ゴールへと向かう最後の一歩がターフを揺らした。

 

 

 だが、その刹那

 

 マリンアウトサイダは確かに見た。

 

 

 

 ハルウララの形を成した白い影が

 

 更に『1歩分』……自分より先んじていたのを。

 

 先にゴールしたのは、

 

 自分の憧れた『最高のライバル』だった。

 

 

 

 

 それを見たマリンの口元には

 

 笑みが

 

 浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 スペシャルウィークが目をこする。不思議そうに目をパチクリとさせて、歓声の上がるゴールの方を見ていた。

 

 

「スペちゃん、どうかしたのですか?」

 

 

 グラスワンダーがスペシャルウィークに声をかける。

 

 

「えっと……さっきマリンちゃんがゴールする直前に、ウララちゃんが先にゴールしていたのが見えた気がして……」

 

「何を言ってるんデスか、スペちゃん? もしかしてお腹が空いて幻覚でも見ていたんじゃないデスか〜?」

 

 

 エルコンドルパサーの言葉に、スペシャルウィークは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「えへへ、そうだよね……見間違いだよね」

 

 

「見間違いじゃないわ! 見間違いじゃ……ない……ッ!」

 

 

 キングヘイローがゴールの方を見つめて涙声で言った。彼女の目から、ボロボロと大粒の涙が滴り落ちていた。

 

 

「……キング、泣いてるの?」

 

「泣いてないわよっ! グズッ……こっち見ないで!」

 

 

 心配そうに顔を覗き込んだセイウンスカイから、キングヘイローは顔を背ける。

 

 

 キングヘイローには見えていたのだ。ハルウララの『強さ』のイメージが。マリンがその影と戦っていた事も。

 

 

「ぐすっ……妬けちゃうわね……貴方たち、最高のライバル同士じゃない」

 

 

 夕焼け空の下、キングヘイローは誰にも聞こえない小さな声で、そっと呟くのだった。

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

「良い喧嘩だったなぁ。こんなレースが出来るヤツらが居るんなら、アタシらも安心して学園を卒業出来るってもんだ」

 

「もう自分の卒業の話をしてるんですか、イナリさん? 私達の前に、ルドルフさんやシービーさん、カツラギエースさんの卒業が控えているのに」

 

 

 イナリワンとスーパークリークが、夕陽に照らされるターフを見て呟くように言った。

 

 タマモクロスは不思議そうに目を擦っていた。

 

 

「んんっ……何やったんや、今のは? なんか、白い影みたいなんがマリンと走ってたような……オグリは見てへんか?」

 

 

 タマモクロスは隣に立つオグリキャップに尋ねた。しかし、彼女はブルブルと震えるだけで返事をしなかった。

 

 

「あん? オグリ、どないしたん……って、うわぁああっっ!?」

 

 

 オグリキャップは急にタマモクロスの両肩に手を置いて彼女を拘束した。そして、真っ直ぐに彼女の眼を見つめて、かつてないくらい真剣な顔で、眼を輝かせて言う。

 

 

「タマ……私と走ろう! 今すぐに! 私は、君と走りたいんだ!!!」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 

 突然のオグリの行動に、タマモクロスは混乱する。その己を射抜く眼差しに、何故か目を合わせられなかった。

 

 

「ま、待て! オグリ、一旦落ち着いて……」

 

「タマ! 走るんだ! 私は今すぐに君とレースがしたい!!! この胸の高鳴りが抑えられないんだ!!!」

 

 

 マリンアウトサイダとハルウララのレースを見て、オグリキャップは完全に『当てられ』ていた。

 

 タマモクロスは、ただただ頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 マリンがゴールしてから数秒後に、ハルウララも看板の前を通過した。

 

 スタンドからは空が割れんばかりの拍手の嵐が巻き起こっていた。皆が2人のウマ娘を祝福していた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 

 マリンは力を出し尽くして、立っていられなかったのでターフに腰を下ろしていた。そこに、同じく肩で息をするハルウララが近付いてくる。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 お互い相当に消耗していたのか、2人の間で言葉は交わされない。

 

 そんな状態が1分弱続いた後、先に口を開いたのはマリンだった。

 

 

「はぁっ……はぁっ……全力、でした。今の私が出せる、文字通り全ての力を出し切りました。ウララさんは……ウララさん?」

 

 

 マリンはハルウララの様子がおかしいと思い問いかけたが、彼女は俯いたままだった。

 

 そして突然、プルプルと震え出したかと思うと……

 

 

「〜〜〜〜っすっっっごく楽しかったあーーーーー!!!!!」

 

 

 いつも通りの

 

 満開の笑顔(さくら)が、そこに咲いていた。

 

 

「アタシ、こんなに楽しいレース初めて!!! 芝がクシャクシャで走りづらいし、距離もとっっっっっても長くて疲れたけど、マリンちゃんの背中を見てると勇気が湧いてきて、みんなの声が聞こえると元気が出てきて、気が付いたら夢中で走っちゃってた!!! すごいね、G1レースってこんな感じなのかな!?」

 

 

 ハルウララの勢いと元気さにマリンは圧倒されていた。彼女は息も絶え絶えで、相槌を打つのがやっとだった。

 

 

「ねぇねぇマリンちゃん、もう一回走ろうよ! 今度はさ、キングちゃんとかライスちゃんも呼んでさ! みんなで走ればもっともっと楽しいかもしれないよ!」

 

 

 眼を輝かせて急かしてくるハルウララを前に、マリンは深く息をして天を仰いだ。

 

 

「……ふぅぅぅ……うっ、すみません、ウララさん。私は……無理……です……」

 

 

 ドサァッと、マリンは背中を芝につけて大の字に寝転んだ。

 

 

「今日はもう……指一本動かせません……また今度走りましょう……」

 

 

 それを聞いたハルウララは残念そうな顔になる。

 

 

「え〜〜、そっかぁ……うん、分かった! 明日からも一緒にいっぱい走れるもんね! アタシ、みんなの所に行くね! またね、マリンちゃん!」

 

「はい……またね、です」

 

 

 タッタッタッ!と、ハルウララはスタンドの方へ走り去って行く。マリンは大の字に寝たまま、駆けて行く彼女の背中を見送った。

 

 

 

 

「……強いなぁ……本当に、強い……」

 

 

 

 

 ハルウララの『魂』に勝つべく全てを振り絞ったマリンは、文字通り指一本動かせなかった。

 

 けれど、今の彼女の心の中は『この世界』に産まれ、生きてきた中で、最も晴れやかで澄み切っていた。

 

 

 

 

「はぁぁ……私の、負けだ……」

 

 

 

 

 山の中とは違う、ウマ娘が駆ける為の芝と土の匂いに包まれながら

 

 マリンアウトサイダは満足そうに微笑んで、紅に染まる空を見上げた……

 

 

 

 

 





次回

後日談 空は繋がっているから
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