【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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後日談 空は繋がっているから

 

 

 

 

 

 

「ごっはん〜ごっはん〜おひるごは〜ん♪」

 

 

 桜色のウマ娘がウキウキとした声で歌っている。

 

 マリンアウトサイダとハルウララの対決から一夜明けた日の昼食時間。学園の食堂の一角でハルウララと『黄金世代』の6人が円テーブルを囲んでいた。

 

 ハルウララは昨日のレース後の疲労は全く無い様子で、むしろ逆に元気になっているみたいだった。

 

 

 

「ウララちゃん、ご機嫌だね〜」

 

「昨日のマリンさんとのレースの後からずっと元気だもんね。慣れないレースを走ったのに凄いなぁ」

 

 

 セイウンスカイとスペシャルウィークがハルウララの溌溂な様子を見て和んでいる。

 

 

「ふふ、そうですね〜。2人とも本気でぶつかり合って……少し羨まく感じました。エルはどうでしたか?」

 

「ウ〜〜ン……あれも1つの勝負の形かもしれませんネ……パパが言ってました。『ボコボコにされて地に倒れながら勝つ喧嘩も有れば、打ち倒した相手を見下ろして負ける喧嘩もある』って。昨日のレースで胸が熱くならなかったと言えば嘘になりマス」

 

 

 エルコンドルパサーの言葉を聞いたツルマルツヨシは、少しションボリした様子で言う。

 

 

「そうなんだ……ああああ〜〜観に行きたかったよぉおおお! 保健室の先生が絶対安静って言って行かせてくれなかったんだよぉおおお……ガックシ……後でマリンさんに謝りに行こうかな。約束してたのにごめんなさいって」

 

「そんな事しなくても大丈夫よ、マリンさんなら気にしないと思うわ。って……あら、あれは……」

 

 

 キングヘイローの声に、皆彼女の視線を追った。

 

 

 カツカツと足音を立てて、誰かが団欒に近付いてきていた。皆がその方を見ると、威圧感を放つ目付きの鋭いウマ娘、ナリタブライアンと彼女の姉のビワハヤヒデがトレーを持ってやって来た。

 

 

「あれ……ブライアンさんにハヤヒデさんまで、どうしたんですか? あ、もしかしてチームメンバーに招集がかかってました!? 私、連絡見逃してた!?」

 

 

 スペシャルウィークが慌ててスマホを取り出す。

 

 

「違う、『シリウス』は関係ない。用があるのは……」

 

 

 ナリタブライアンがギロリとハルウララを睨み付ける。

 

 

「??」

 

 

 ハルウララはモグモグとオムライスを頬張りながらキョトンとした。テーブルの彼女以外の6人に緊張が走る。

 

 ブライアンは背後にゴゴゴゴゴと文字が見えそうな威圧感を放っている。しかし、ハルウララはそれを意に介さず平気な様子でブライアンを見つめ返していた。そして……

 

 

 

「軟弱な物を食べるな。肉を食え。肉を食えば、お前は強くデカくなれる」

 

 

 

 そう言って、ゴトッ……とブライアンはハルウララの前に厚切りのステーキを置いた。

 

 

「ええっ、貰って良いの!? ありがとうブライアンさんっ!!」

 

 

 すると、ハヤヒデも横からハルウララに近付き、声をかける。

 

 

「ウララ君、私からはこちらを差し上げよう。デザートに食べると良い」

 

 

 そう言って、彼女はバナナを一房置いた。

 

 

「身体を大きくするなら栄養バランスも考慮し、効率良く摂取するのが肝要だ。肉などのタンパク質だけでなく、食物繊維も……」

 

「姉貴、私は頭だけでっかちになって欲しい訳じゃないぞ。ハルウララ、肉を食って走れ、それで良い。邪魔したな」

 

 

 そう言い残すとブライアンは去って行く。

 

 

「なっ! 待て、ブライアン! 頭でっかちとはどう言う事だ!? ちょっと、待つんだブライアン!」

 

 

 そうしてハヤヒデも去って行った。まるで台風一過したかのようだった。黄金世代のウマ娘たちもポカンと最強の姉妹が去って行くのを見届ける。しかし、続けて更なる大人物が来客する。

 

 

「ハルウララ……ここのコロッケは絶品なんだ。食べてくれ」

 

 

 今度はオグリキャップが超山盛りのコロッケ定食をトレーに乗せてやって来た。彼女の後ろにはなぜか疲れ気味な様子のタマモクロスも付いて来ている。

 

 

「えっ、ホント!? アタシ、コロッケ大好きなんだ! ありがとう、オグリさん!」

 

 

 オグリキャップがハルウララのオムライスの皿にコロッケを5つ乗せると、周囲からは「オグリキャップが食べ物を分けた……!?」とどよめきが起こる。スペシャルウィークも信じられない、と言う表情だった。

 

 オグリキャップはグゥゥゥと腹の虫を鳴らすと、「それじゃ、私もコロッケを食べなくちゃいけないから」と去っていった。

 

 

「みみみみみ、みんな見た!? オグリさんが食べ物を人にあげるなんて……! ここ、こんな事天地がひっくり返ってもあり得ないよっ! おかしいよっ!」

 

「それ、自分のこと鑑みて言ってますか、スペちゃん?」

 

「スペちゃんはちょっと食い意地張りすぎだと思いマース。この前クリスエスさんにやった事、流石のエルも擁護できないデース」※うまゆる参照

 

 

 動揺するスペシャルウィークにグラスワンダーとエルコンドルパサーが冷静に突っ込む。すると、オグリキャップの後ろにいたタマモクロスがテーブルに近づいて来た。

 

 

「ああ、スペシャルウィークの言う通りやで。オグリの奴、なーーーんか昨日からおかしいんや。マリンとウララんレースの後に、ウチも散ッッッ々模擬レースに付き合わされてなぁ。えらい目にあったわ」

 

「あ〜、だからタマモ先輩そんなに疲れてるんですねぇ〜」

 

 

 セイウンスカイが背もたれに寄りかかりながら言った。

 

 

「ま、いつもの事やけどな。ほな、ウチも行くわ……って思ったけど。オグリがメシあげて、ウチがなんもあげないってのは先輩としての沽券に関わるな。ほい、アメちゃんあげるわ。後でみんなで舐めるとええで」

 

 

 そう言ってタマモクロスはポケットから飴玉を10個ほど取り出してテーブルに置く。

 

 

「ああ、せや……ハルウララ。昨日のレース、むっちゃ良かったで」

 

 

 タマモクロスはハルウララを見て、気持ちの良い笑顔を見せた。

 

 

「ほな、またな。頑張りや、後輩たち〜」

 

 

 プラプラと手を振りながら、タマモクロスは去って行った。

 

 

「あ……あれは、大阪で見られると言う『なぜか子供にあげる飴玉を常備しているオッチャン』!?」

 

「ツヨシさん、先輩をオッチャン呼ばわりするのは失礼ですよー」

 

 

 グラスワンダーに窘められるツルマルツヨシであった。

 

 しかし、来訪者はまだ途絶えない。コツコツとまた別の足音が近づいて来る。最後にやって来たのは……『皇帝』シンボリルドルフだった。

 

 

「やぁ、諸君。食事中に失礼」

 

 

 いつもながら凛々しい生徒会長の挨拶に、ツルマルツヨシが眼を輝かせて興奮した。

 

 

「ルドルフ会長〜〜!!!」

 

「ふふっ……元気そうで何よりだ、ツルマルツヨシ。貧血で体調不良を起こしていた聞いていたが、その様子ではもう心配はなさそうだな」

 

 

 ルドルフは目を閉じると、今度はハルウララの方へ向き直った。

 

 

「実は君に用があったんだ、ハルウララ。ブライアンとオグリキャップに続いて恐縮だが、これを受け取って欲しい」

 

 

 そう言うと、ルドルフは自身のトレーに乗せていた緑色の野菜ジュースらしきものをハルウララの手元に置く。

 

 

「私が時々食堂で作って貰っている特製レシピのグリーンスムージーだ。口に合うと良いのだが」

 

「わぁぁ……ありがとう、会長さんっ!!」

 

 

 ハルウララの満面の笑みに、ルドルフも口元を綻ばす。

 

 

「ハルウララ……昨日のレースは、本当に素晴らしいものだった。あんな新鮮な気持ちでレースを観戦したのは久しぶりだったよ。そして、君の走りは……私の背中を押してくれた」

 

 

 ルドルフの言葉に、ハルウララはキョトンとした。その純粋無垢なウマ娘の姿に、ルドルフは「フッ」と笑みをこぼす。

 

 

「これからも意気軒昂に励んでくれ。では」

 

 

 そう言って、ルドルフも去って行った。ハルウララも黄金世代の6人も不思議そうにその背中を見つめていた。

 

 

「……? あれは、どう言う意味だったのでしょう? 背中を押してくれたって」

 

「さぁ、エルにはさっぱりデース」

 

 

 そんな中で、突然ツルマルツヨシがプルプルと震えだした。そして、ズギュンッ!と物凄い勢いでハルウララの所へやって来て彼女の手を握る。

 

 

「ウララちゃん……いや、ウララ師匠ッ!!! 教えて下さいっ!! どんな走りをしたら、あんなにルドルフ会長に褒められるの!? あんな会長、私見たことないよっ!! ねえねえ、誰か昨日のレース映像撮ってたりしてない!? 保健室脱走しても観に行けば良かったあああああああ!!!」

 

 

 ツルマルツヨシはトウカイテイオーと似て、シンボリルドルフの事となるとちょっぴりおかしくなるのだった。

 

 

「はいっ、ツルちゃんにも分けてあげる! 一緒に食べよー!」

 

 

 ハルウララは興奮するツルマルツヨシの口にズボッとコロッケを突っ込んだ。

 

 

「むがっ!……ムグムグムグムグ……ごくん。美味しい……」

 

 

 ツルマルツヨシも少し落ち着いたようだった。どんな事があっても決して動じないので、こう言う時のハルウララは強いのである。

 

 

「でも、なんでかな? 今日は先輩たちがとっても優しい日だなぁ……あっ、もしかして私、今日誕生日だったのかな!?」

 

 

 嵐のような出来事が過ぎたが、ハルウララは満面の笑みで喜んでいた。それを見て、キングヘイローは穏やかな笑みを浮かべ、誇らしそうに、誰にも聞こえない声で呟く。

 

 

「みんな……認めているのよ。貴方の『強さ』を……」

 

 

 

 そうして、彼女たちは食事を再開した。ツルマルツヨシは終始レースを見に行けなかった事を後悔するのだった……

 

 

 

 

 

 そう言えば……とスペシャルウィークが思い出したように言った。

 

 

「マリンさんは今日、午前中に病院の検診を受けたら、そのまま実家に帰るってトレーナーさんから聞いたよ。マリンさん、おじいさんに長い間心配かけちゃったから、今は月に一度は顔を見せに行ってるんだって」

 

「ふーーん、そっかぁ……」

 

(私もおじいちゃんに暫く会ってないな……今度の連休に帰ろうかな)

 

 

 セイウンスカイは自分の祖父の事を思い出した。あのマリンアウトサイダもおじいちゃんには甘えたりしているのだろうか?と、ふと考えるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドダダダダッ……バダンッ!!!

 

 

 古びた道場の床を黒髪のウマ娘が転がり、壁に激突する。何とか受身を取って衝撃を和らげたようが、それでも痛いものは痛いようで、彼女は顔をしかめて立ち上がる。

 

 

「っ痛〜〜〜……! 帰ってきた孫を言葉交わす前にぶん投げるおじいちゃんって他に居ないよ……?」

 

「バカタレが。気が弛んでいるようだったから気合いを入れてやってるだけだ」

 

 

 老人は腕を組み、ほんの僅かに声のトーンを落として言う。

 

 

「……ミドリ、病院に行ってきたんだろう。医者は何と言っていた?」

 

「それ、投げ飛ばした後に聞く事じゃないよね? 一応、特に問題は無いってさ。レースに出ても良いって」

 

「……そうか、なら良い」

 

 

 老人は安心したように息をついた。そんな彼にマリンは問いかける。

 

 

「ねぇ、おじいちゃん。いつか私のこと、『マリンアウトサイダ』って呼んでなかった? さっきはミドリって言ってたけど、そろそろ真名で呼んでくれても良いんじゃない?」

 

「……ふんっ、半人前が調子に乗るんじゃねぇ。お前なんざ『ミドリ』で十分だ。それ以外で呼んだことなんか無ぇよ」

 

「むぅ……どこかで呼んでた気がしたんだけどな……」

 

「気が弛んで夢でも見ていたか? 良かろう、今日は久々にしごいてやる。覚悟をしろ……『ミドリ』」

 

 

 ええっ……!と叫ぶ間もなく、マリンは再びぶん投げられる。武術家としてのマリンの道のりは、まだまだ果てしなく続いているようだ。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

「よし、忘れ物は……多分無いかな」

 

 

 明くる日の早朝、マリンアウトサイダは制服姿で母屋の玄関でスニーカーを履いていた。腰には、いつもの緑色のパーカーを巻いている。

 

 

「もう出るのか、ミドリ。随分と早えじゃねえか」

 

 

 甚平を着た源六郎がマリンの後ろから声をかけた。

 

 

「うん、トレセン学園まで走って行こうと思って。『飛脚』みたいに……ね」

 

 

 マリンは屈んで靴紐を結んでいる。その背中に、老人は彼女の確かな成長を感じていた。武術家ウマ娘であり、レースウマ娘でもある孫の姿を見たら彼の伴侶は何を思うだろうかと、ふと考えたのだった。

 

 

 そして、老人は彼女に尋ねる。

 

 

 

「ミドリ……楽しいか、トレセン学園は?」

 

 

「……うん、とっても!」

 

 

 

 マリンは老人に、春の桜のような笑顔で返した。

 

 

「行ってきます、おじいちゃん! また来るね!」

 

「ああ、行って来な。夜中に雨が降ったみてえだからな。気をつけな」

 

 

 マリンは玄関を出て駆け出した。あっという間にその姿が小さくなる。老人も外に出て、その背中が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

「行って来な……『マリンアウトサイダ』」

 

 

 

 そう、老人は小声で呟いた。

 

 

 彼は母屋に戻って、茶で一服しようと玄関から上がった。

 

 すると、外からダッダッダッと足音が聞こえて来て、ガララと引き戸が開いた。何事かと思い、振り返ると……

 

 

「あ、あはは……おじいちゃん。走ってる途中に子狸を見かけて、『ドトウさんに似てるなぁ』って余所見してたら……水たまりで転んじゃった……」

 

 

 玄関には泥まみれになったマリンが立っていた。『水たまりの鬼』とナリタトップロードに呼ばれた姿はどこへやら。

 

 源六郎は大きなため息をついた。

 

 

「締まらねえ奴だな、おい。やはり当分、お前は『ミドリ』だな……」

 

 

 老人は呆れ顔だったが、同時に穏やかな優しい目をしていた。

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園の寮から少し離れた一般道の脇に、5人のウマ娘が立っていた。マリンのクラスメイトのナリタトップロードとアドマイヤベガ、そしてBNWの3人だった。待ち合わせをしている様な雰囲気にも見えるが……

 

 

「ねえねえ、ハヤヒデ。本当にマリンさんはここを通るの?」

 

「ああ、彼女の実家の山からのルートを考えると、必ずここを通るはずだ。待っていれば、きっとその内来るだろう」

 

「ったく……普通に教室で待ってりゃ良いじゃん。そろそろ向かわないと私たちも遅刻するよ。良いの、トプロ委員長?」

 

「あと少し! あと少しだけ待ちましょう、タイシンさん! マリンさんをびっくりさせたいんです! ねっ、アヤベさんも!」

 

「私もタイシンさんと同意見なんだけど。はぁ……あと少しだけよ」

 

 

 皆で道の先を見つめる、しかし、黒髪のウマ娘が来る気配はなかった。

 

 待ってる間、何か世間話でもしようかとビワハヤヒデが言ったところで、ウイニングチケットが何かを思い出したように大声を上げた。

 

 

「そうだ、トップロードにアヤベも聞いて聞いて!!! 私もね、『ドリームトロフィーリーグ』への進出が決まったよおおおお!!! 今日の朝ね、トレーナーから電話がかかってきてさ! 私、寮の部屋でジョーダンと一緒に大泣きしちゃったんだ!」

 

「本当ですか!? おめでとうございます、チケットさんっ!!」

 

「そう……おめでとう、チケットさん。あなたなら選ばれると思っていたわよ」

 

 

 「あ゛り゛がどう゛ううう!!!」とチケットが号泣していると、ハヤヒデは困ったように笑った。

 

 

「私とタイシンには今朝方チケットから電話がかかってきてね。その時は教室で皆に伝えるつもりだと言っていたが、もう喜びを抑えられなかったようだな」

 

「ほんっっっと、突然朝っぱらから鬼電してくるから何かと思って出た瞬間に……耳の鼓膜が破れるかと思った」

 

 

 タイシンは呆れたように今朝のことを思い返していた。

 

 

「と言うことは……ここにいる5人全員が、来年から『ドリームトロフィーリーグ』で競い合うライバルということですねっ!!」

 

 

 トップロードがワクワクを抑えきれない様子で言った。

 

 そう、チケット以外の4人は実は既に『ドリームトロフィーリーグ』に挑戦する事が内定していた。その選定条件は秘匿されているため、チケットは不安な気持ちを抱えていたが、ついに最高の仲間たちと次のステージに進める事が決まったのだった。

 

 

「ううううーーーー、嬉しいよおおおお! 嬉しいけど、ちょっぴり残念なこともあって……」

 

 

 グスッと、チケットは涙を拭う。

 

 

「マリンさんと、1度はトゥインクルシリーズでレースをしてみたかったなぁ……ドリームトロフィーリーグに行くと、もう一緒のレースでは走れないし……内定が来たら、重賞レースには出走制限がかかるんだよね?」

 

「ああ……まだ選考途中のウマ娘たちも居るだろうし、彼女たちの活躍の機会を奪ってしまわないよう配慮したルールなのだろう」

 

 

 『ドリームトロフィーリーグ』への内定が決まったウマ娘は、基本的には残りのシーズンのレースには出走せず、次年度へ向けてトレーニングを積み上げるのが通例なのである。

 

 残念そうに落ち込むチケットに、アドマイヤベガが話しかける。

 

 

「……そうね、チケットさん。私もマリンさんと走ってみたかったわ。でも仕方のないことよ。マリンさんは高等部の途中で転校して来たのだし、1年近くも休養していたんだもの」

 

 

 うう〜〜、とチケットは涙目でアドマイヤベガを見つめる。

 

 

「……それにマリンさん、もう進路は決めていると言ってたわ。詳しくは聞いていないけど、少なくともレースで長く走ることはないんじゃないかって」

 

 

 ほう……と、ハヤヒデはアドマイヤベガの話を興味深そうに聞いていた。そして、不意に皆に尋ねる。

 

 

「ところで……君たちは『ドリームトロフィーリーグ』のその先……トレセン学園の卒業後について、何かプランはあるのだろうか?」

 

 

 皆、一斉にハヤヒデに視線を向けた。そんな中で、タイシンが面倒くさそうに呟く。

 

 

「……何? これからもっとバケモノみたいな先輩たちと戦わなきゃいけないのに、もう卒業してからのこと考えるの?」

 

「ふと気になっただけさ。未来へのビジョンを組み立てるのも、悪くないものだぞ」

 

 

 と、そこへチケットが興奮した様子で2人の間に割り込む。

 

 

「アタシはねアタシはね! 色ーーーんな資格取って、色ーーーんなスポーツに挑戦したいんだ!! もちろんレースも大好きだけど、空を飛んだり、海に潜ったり、山を越えたり、世の中にはまだまだアタシの知らないスポーツがたくさんあるからさ、世界中を周って色んなことにチャレンジするんだ!! 最近色んな事に興味が湧いてるんだー、へへへ」

 

 

 タイシンは面食らっていた。まさかチケットがそんな先の事まで考えているとは思わなかったのだ。

 

 

「……へぇ、そうだったんだ……アタシはまだ何も決めてないけどさ。実家の花屋の手伝いでもしてるのかな。そういうハヤヒデはどうなの?」

 

 

 タイシンの問いかけに、ハヤヒデはクイッと眼鏡を上げる。

 

 

「私も既にプランは立てているよ。『プロフェッショナル・グレードリーグ』……狭き門だが、そこに挑むつもりだ」

 

「…………! マジ?」

 

 

 タイシンも、他の3人も同様に驚いた表情になる。

 

 

「ブライアンも間違いなく、そこを目指している。だったら姉として、『背中』を見せてやらないとな」

 

 

 ハヤヒデの言葉に、ナリタトップロードが震え出した。

 

 

「私もです」

 

 

 皆の視線が、今度はナリタトップロードに集まる。

 

 

「私も『プロフェッショナル・グレードリーグ』を目指しますっ! レース界の頂点に立つまで走り続けるって、ディクタ先輩と約束したんです! 私は『ナリタトップロード』ですから!」

 

 

 皆、ナリタトップロードの堂々とした表情に眼を奪われ、そして自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

「アヤベさんはどうなんですか? 卒業した後は。星がお好きですし、その関係のお仕事に就くとかですか?」

 

 

 トップロードに突然話題を振られ、アドマイヤベガはタジタジになる。何かを隠している様子だが……

 

 

「わ、私は…………まだ何も、決まってないわ。とにかく、『ドリームトロフィーリーグ』に集中するつもり」

 

「そうなんですか。あれ、アヤベさん。なんか顔が赤くなってますよ?」

 

「っ……!? 何でもないわ。ちょっと暑くなって喉が乾いて来ただけよ……!」

 

 

 そう言ってアドマイヤベガはバッグから飲料水を取り出してゴクゴク飲み始めた。

 

 トップロードは「そうだったんですねぇ」と気に留めなかったが、ハヤヒデとタイシンは何かに勘付いたようだった。

 

 

 

 そうこうしてると、遠くからタッタッタッタッと足音が聞こえて来た。彼女たちがその方向をじっと見つめていると、道の先から黒髪のウマ娘が走って来ているのが見えた。

 

 

「あっ! 来ましたよ、みなさん! おーーーい、マリンさーーーん!!」

 

 

 ナリタトップロードが両手をブンブンと振ってマリンの名を呼んだ。それに気付いたマリンは皆の所へ駆け寄って来た。

 

 

「ハァッ、ハァッ……トップロードさん、アヤベさん、それにハヤヒデさんたちまで……おはようございます……! もしかしてずっと待っていたのですか?」

 

 

 息が上がっていたマリンは、呼吸を整えながら尋ねる。

 

 

「はいっ、おはようございます! マリンさんをビックリさせたくて!」

 

 

 トップロードは太陽のような笑顔で言った。BNWの3人も次々とマリンと挨拶を交わす。

 

 

「おはよう、マリンさん。あなた、本当にあの山から走って来たのね。これから授業なのに汗だくじゃない、替えの制服は持っているの……って、あら?」

 

 

 アドマイヤベガはマリンの格好に違和感を覚えた。いつもなら見慣れているはずの物を彼女は身につけていなかった。

 

 

「マリンさん……あの緑色のパーカーはどうしたの? 制服の腰に巻いてない姿なんて、初めて見たわ」

 

「あっ、本当だ! どうしたの!?」

 

 

 チケットも他の皆も驚いた様子だ。マリンは「えっと……」と呟き、少し恥ずかしそうに説明した。

 

 

「実は……山の水たまりで転んじゃって、泥まみれになっちゃったのです。制服は必要なので、水で洗って袋に詰めて持って来たのですが、パーカーはそのまま庭に干してあります。また今度戻った時に取ってくるつもりです」

 

 

 え!?と皆が声を上げる。そして、トップロードが言う。

 

 

「マリンさん、確か転入したばかりの時、食堂で間違って誰かにパーカー汚されてから、その日1日は授業に出てませんでしたよね? パーカーが乾くまで絶対に側を離れませんでしたし」

 

「ああ、そんな事もあったね。アタシとハヤヒデとチケットで探しに行ったっけ。あの時は確かマリン、屋上で物干し竿を木の棒で作ってパーカーを乾かしてたよね」

 

 

 ニヤリとタイシンが笑う。

 

 

「うっ……あ、あの時は、あの時ですっ! 私も成長したのです、もうそんな子供みたいな事はしません!」

 

 

 珍しく赤くなったマリンに、アドマイヤベガが心配そうに尋ねる。

 

 

「マリンさん……大丈夫なの?」

 

 

 マリンは彼女の顔を見つめると、穏やかな笑顔で答えた。

 

 

「はい。私は『大丈夫』ですよ、アヤベさん」

 

 

 その顔を見て、アドマイヤベガは安心したように微笑む。マリンの『願い』を知る彼女は少しだけ心配していたのだ。だが、それは杞憂だったようだ。

 

 

「……そう、なら良かったわ。急ぎましょう。みんな揃って遅刻しちゃうわよ」

 

「そうだな、今からなら十分に間に合うだろう」

 

「はぁ……やっとだよ」

 

「でも楽しかったでしょー、タイシン! あ、そうだマリンさん! 教室に着いたら伝えたいニュースがあるんだ!」

 

「そうですね! 行きましょう! 今日も1日、『全身全霊』です!」

 

 

 そうして6人のウマ娘たちは歩き出した。ナリタトップロードとアドマイヤベガが前を行き、次にBNWが続いて、その後ろをマリンが歩く。

 

 前方から「待っていて良かったでしょ、アヤベさん!」「……そうね」という会話がマリンの耳に聞こえた。

 

 

 

 

 マリンはふと立ち止まって、空を見上げた。

 

 どこまでも落ちていきそうな、青く澄み渡る空は、まるで自分たちを見守っているかのように思えた。

 

 出会いが有れば、別れも有る。誰にだって二度と会えない人は必ず居る。

 

 マリンは空を見て、一抹の寂しさを覚えた。だけど、同時に心が穏やかになる。

 

 

 何故なら空は繋がっているから。どれだけその色を変えても、いつか……別れた誰かと、また会えるはずだから。

 

 そんな思いが、マリンの胸の中に溢れていた。

 

 

(私は走れる……思いっきり自由に、駆け抜けて行こう……私だけの旅路を)

 

 

 

「マリンさーーーん! どうしたんですかーーー? 置いて行っちゃいますよーー!」

 

 

 トップロードがマリンを呼ぶ。クラスメイトの仲間たちが、立ち止まって彼女を待っていた。

 

 

「……はい! 今行きます!」

 

 

 マリンは駆けて行く。仲間たちと共に。

 

 

 この先も、ずっと……彼女は走り続けるだろう。

 

 

 またいつか、『ゴールの先のあの人』に会える日まで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある山奥の古びた道場、その側の物干し竿に、1枚だけ洗濯物が掛けられていた

 

 

 どこまでも落ちていきそうな、青く澄み渡る空の下で

 

 

 緑色のパーカーが、風に吹かれて穏やかに揺れていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 -流れ星の転校生- 』

 

Fin.

 

 

 

 

 

 

 






お読み頂きありがとうございます。
この物語が少しでも皆様の励みになったのならば、この上ない幸いです。
m(__)m



−次回よりアフターストーリー始まります−



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