【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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 本作主人公の時系列的には最後の物語です。よろしくお願いします。


After Story:~ The Outsider on the Green ~
prologue: 記念館


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

After Story

アフターストーリー

 

The Outsider on the Green

アウトサイダー・オン・ザ・グリーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そこは図書館ほど静かではなく、デパートの中ほどの喧騒もない場所だった。

 

 そこに集う人々は過去の名バのレースに想いを馳せ、懐旧の念を胸に当時の思い出を語り合う。

 

 

『近代ウマ娘レース史記念展示館』

 

 

 トレセン学園より8キロほど離れた地区に建設された都営の公共施設であり、そこには毎日多くの人々が訪れている。

 

 過去のトゥインクルシリーズ、ドリームトロフィーリーグ、そしてプロフェッショナル・グレードリーグで活躍したウマ娘たちの資料や写真・映像などが展示されており、寄贈される例は少ないが、引退したレースウマ娘の勝負服も飾られている。

 偉大な功績を残したレースウマ娘なら個別の展示ブースが用意される事もあるのだが、今回注目するのはそれではない。

 

 

 記念館内の一角には『Seasonal Legends』と表記された展示コーナーがある。一年を通しての季節ごとの主要なレースと、それを走った歴代のウマ娘の記録が展示されている。

 

 訪れる人々は、長い廊下の壁に沿って、春夏秋冬と季節の変化に合わせて展示物を眺めていく。進む先の1番奥、冬のコーナーには1着の勝負服がショーケースの中に飾られていた。

 

 

 それはレース用の衣装と言うにはあまりに不釣り合いだった。燃え上がる紅碧の炎の刺繍が施された袴と純白の上衣、どう見ても武術家の道着であるが、それを見たファンは皆『あるウマ娘』がターフを駆ける姿が目に浮かぶという。

 

 

 この物語の主人公である黒髪のウマ娘が有記念を走ってから、実に十余年の月日が流れていた。レース写真や優勝レイに混ざり、歴代のレコード記録が額縁に記載されて飾られていた。

 

 その1番上、現最速レコードタイムの欄には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『マリンアウトサイダ』の名は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、おとうさんっ! あれだよね? おとうさんが1番応援していたウマ娘の勝負服って!」

 

 

 ビューーン!と幼いウマ娘が走り出すと、その後を彼女の父親が追いかける。

 

 

「ちゃんと周りを見て走るんだぞー! ぶつからないようになー!」

 

 

 分かってるー!と幼いウマ娘が返事をするが、それでも心配だと父親も必死に彼女の後を追った。そのエリアにはこの親子の他にもまばらに見物客の姿が見られたからだ。

 

 

「はぁっ……ふぅっ……最近運動不足かな。ちょっと走っただけで疲れてしまうなぁ」

 

 

 父親が娘に追いつくと、彼女は目をキラキラと輝かせてショーケースの中を覗いていた。

 

 

「わぁっ……すごいすごい! 本当にこれを着てレースを走ってたんだよね!? あっ、写真もたくさんある! 他にもあるけど漢字がいっぱいで読めない! すごーーーい!!」

 

 

 耳と尻尾を激しく動かして喜んでいる娘の様子を見て、父親も口元を緩める。興奮しすぎて疲れないだろうか、と彼は少し心配になった。

 

 

「あれ〜? ねえ、おとうさん、これ間違ってるよ!」

 

「え、何だって?」

 

 

 父親は娘の側に来て、彼女の指差す方を見た。そこには、有記念の歴代レコード記録保持者の一覧があった。

 

 

「わたし、カタカナ読めるもん! 『レコード』って一番速く走ったってイミだよね? マリンアウトサイダがてっぺんにいないよ。おとうさん、ありまきねんはマリンアウトサイダが一番速いって言ってたじゃない!」

 

 

 小学校に上がる前のその幼いウマ娘は、プンプンと頬を膨らませる。

 

 父親はそんな娘を見て困ったような笑みを浮かべると、マリンアウトサイダの勝負服とレース写真、レコード記録を見て懐かしそうに目を細める。

 

 

「はは……そうだったね。ごめんね、マリンアウトサイダの記録はもうずっと前に破られちゃったんだ」

 

「えええーー!? じゃあ、おとうさんウソついてたの!?」

 

「ううん、そうじゃないんだ。お父さんは本当に今でも……マリンアウトサイダが一番速いって思ってるんだ」

 

 

 父親は当時を思い出す。社会人になりたての頃に観戦に行った年の瀬の中山レース場の事を。そこで見た、ラストランだとされていた、マリンアウトサイダの流星の如き走りを。

 

 当時の有記念レコードを更新した彼女の記録は、その数年後に別のレースウマ娘によって塗り替えられた。しかし、その記録は絶好の良バ場で、逃げ脚質が多い状況での記録更新だったので、ファンの間では「あの不良バ場で、後方から追い込みでバ群を抜け出したマリンアウトサイダの方が実質的に速いんじゃないか」という意見もしばしば聞かれたのだった。

 

 父親はその事をかいつまんで娘に説明した。しかし……

 

 

「ふ〜〜ん、よくわかんない」

 

 

 と、父親はバッサリ一刀両断されてしまった。幼い子供の興味は引けなかったらしく、その娘は「あっ、あれってテンノーショーだよね!」と他の展示に興味が移ったようでまた駆けて行ってしまった。

 

 

 父親はふぅ……とため息をつくと、再びレコード記録とその横のレース写真に目を移した。

 

 

「あの有記念を超えるレースに、僕はまだ出会っていないんだ……レースに『たられば』は無いのは頭では分かってるけど、やっぱりマリンアウトサイダの方が速いんじゃないかって、そう感じてしまうんだよなぁ……」

 

 

 彼はショーケースの中の袴を見ながら呟いた。

 

 すると……

 

 

 

 

 

「それは違いますよ」

 

 

 

 

 

 突然聞こえた女性の声に、彼はビクンと身体を震わせた。彼が横を見ると、いつの間にか隣に誰かが立っていた。

 

 

 リブタンクトップにジーンズという服装、手に大きな革製のトランクケースを持つその人物は、見るからにヒッチハイカーの様な出で立ちである。

 

 頭にはスポーツキャップを目深に被っていて目元が窺えず、黒い長髪はゴムで束ねられていた。しかし、帽子から突き出る耳と腰の尻尾を見れば、彼女がウマ娘だということは分かる。

 

 背はそこまで高くはないが、その姿勢は美しく、体幹は整っており、肌は少し日に焼けていた。ジーンズやトランクケースの傷、そして彼女自身の露出した肩と腕にある生傷が、彼女が平穏ではない旅路を歩んできたことを物語っている。

 

 

 彼女はジッとレコード記録の額縁を見つめたまま、父親に語りかける。

 

 

「レースウマ娘は、開催されるレースに己の全てを……運命を賭けて挑みます。その日のバ場状態など無関係です。ゲートが開き、全力でゴール板の前を駆け抜けたのなら、その日その時の結果が全て。最も速かったのはマリンアウトサイダではなく、トップに記録された『彼女』……それが事実です」

 

 

 そのウマ娘は淡々と語った。まごうことなき正論である。それを聞いて父親は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 

「ははは……そうですね、全くその通りです。厄介な中年マニアみたいな事を言ってしまいました、お許しください。思い出補正というか、今になってもあの時の感動を忘れられなくて」

 

「ですが……」

 

 

 そのウマ娘は目深に被っていたキャップを少し上げて、父親の方を向いて笑みを浮かべた。

 

 

 

「そのようにおっしゃって頂けるのは、とても……『嬉しい』です。観て下さっていたのですね。あのレースを、中山レース場で……」

 

 

 

 そのウマ娘の顔を見て、驚きに父親の呼吸が止まる。

 

 帽子の下に見えるその眼差しは、彼の思い出の中のものと寸分も違わなかった。ラストランと叫ばれる中、あのレース場のパドックで見せた彼女の瞳を、彼は忘れるはずがなかった。

 

 

 運命を乗り越えてなお、彼女だけの道を走り続け、成長した『黒髪のウマ娘』の姿がそこに在った。

 

 

 想像だにしなかった邂逅に、父親は口を上手く動かせなかった。

 

 

「あっ、まっ、マ……ッ!?」

 

「シィーーー……」

 

 

 そのウマ娘は唇に指を当て、騒がぬよう彼に伝える。

 

 

「ここに居る方々は皆レースファンなので、あまりうるさくなると色々な方にご迷惑がかかるかもしれません。私、今回の帰国はお忍びなのです。明後日の早朝には再び日本を発つので、友人にも誰にも伝えてなくって」

 

 

 ふわり、とマリンアウトサイダは微笑みながら小声で言った。彼女の背は当時より少し伸びて、その整った顔立ちは年相応に美しく成長していたが、レースウマ娘としてターフを走っていた頃の面影は今も残っていた。

 

 

「は……はいっ……」

 

 

 父親は辛うじてそう声を絞り出すので精一杯だった。

 

 

「あれー? おとうさん、どうしたの?」

 

 

 タタタッと幼いウマ娘が父親の側に戻っていた。そして、目の前に立つ大人のウマ娘を見上げる。彼女はレースで走るマリンを映像では知っていたが、どうやらその当人が目の前に居ることには気付かなかったようだ。

 

 

「こんにちはっ! おねーさんもレース好きなの? ここっていろーんなモノがあるからすっごく楽しいよね!」

 

 

 ニコッと幼いウマ娘は人懐っこい笑みを浮かべるので、マリンも微笑み返す。マリンはトランクケースを床に置いてかがみ込み、目線をその子に合わせた。

 

 

「うん、お姉さんもレースが大好きなんだ。君はもしかして、大きくなったらレースウマ娘になりたいのかな?」

 

「う〜〜〜ん」

 

 

 そう言われると、幼いウマ娘は考え込んでしまった。

 

 

「まだ分かんない。走るのも大好きなんだけど、バレーボールも好きだし、絵を描くのも好きだし、あと動物が大好き! あ、でもダンスも好きだからやっぱりレースした方が良いのかな? ウイニングライブってダンス踊るでしょ!」

 

 

 マリンは「ふふっ」と微笑むと、その子の頭を優しく撫でる。幼いウマ娘は大きな目を爛々とさせて彼女を見つめていた。

 

 

「好きな事がたくさんあるのはね、とっても良いことなんだよ。1つだけやるんじゃなくて、たくさん『寄り道』をしてね。きっと、色んな楽しいことが見つかるから……」

 

 

 彼女はトランクケースを持って立ち上がる。

 

 

 

「頑張ってね。君がどんな旅路を進んでも……お姉さん、応援してるよ」

 

 

 

 そう幼いウマ娘を激励する彼女の瞳には、余人には想像も及ばない深い思いが込められているように父親は感じた。

 

 

「それでは、またどこかで会えると良いですね」

 

 

 そう言って父親に会釈して、黒髪のウマ娘は去って行く。トランクケースを手に颯爽と歩むその姿は、まさに何にも縛られない自由な旅人の理想像であった。

 

 

「んー? ねえねえ、おとうさん。どーしたの? ねえってばー!」

 

「……お父さん……夢を見てるみたいなんだ……」

 

 

 その父親はただただ呆然と、その背中が見えなくなるまでジッと、彼女を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「う〜〜〜んっ! 偶々近くを通りかかったから入ってみたけど、まさかあの時のレースを観に来てくれたファンに会えるなんて……この巡り合わせに、全力で感謝だ……」

 

 

 記念館を出た所にあるちょっとしたスペースで、マリンアウトサイダは背伸びをする。空港に降り立った彼女は、直通のバス便を使わずに散策しながら自らの足でホテルに向かっていた。久々の日本の空気を思いっきり味わいたかったのだ。

 

 

「やっぱり、飛行機に長時間乗るのは疲れるな。ビジネスクラスでもキツいものはキツいよ。EUだったら走って国境を越えられるのに……さてと」

 

 

 マリンは腕時計で時刻を確認する。

 

 

(まだ午前10時半過ぎ……ホテルにチェックインして、早めのお昼ご飯にしよう。せっかく日本に帰ってきたんだから、美味しいもの食べないとね)

 

 

 よしっ、と気合を入れてマリンはトランクケースを右手に持ち、背負うように背中に回した。

 

 

「フフフフーン、フンフンフーン……♪」

 

 

 懐かしい思い出に触れて、彼女はトレセン学園で習った『初めての曲』のメロディーを口ずさむ。

 

 

 もしかしたら他にも誰かと出会えるかもしれない、という淡い期待を胸に

 

 少し日焼けした黒髪のウマ娘は、故郷の道を一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 





次回

episode 1:思い出は遠い日に
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