【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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episode 1:思い出は遠い日に

 

 

 

 

 

 都内の車道をURAの公用車の黒いセダンが走っている。その運転手の女性はバックミラーで後部座席に座る、自分の上司にあたるウマ娘をチラリと見た。

 

 ダークブルーのレディーススーツを着こなす彼女は、完全無欠、十全十美なビジネスウーマンという風格が漂っている。

 

 仕事用の眼鏡を掛けたそのウマ娘は、タブレットPCで何やら資料を確認している様子だった。運転手の部下は心配そうに彼女に声をかけた。

 

 

「専務、何してらっしゃるんですかー?」

 

 

 そのウマ娘は非常に集中した様子で、スッスッと指をスライドさせて画面を速読していた。部下の声は彼女の耳に届いていないようだ。

 

 

「専務ー、シンボリルドルフ専務ー! 今日はもう大した業務は残ってないんですから、移動中くらい休まれてはどうですかー?」

 

 

 先ほどよりも大きな声で運転手が呼びかけると、ようやくシンボリルドルフは顔を上げた。

 

 

「ん? ああ、すまない。到着までまだ多少の(いとま)があるのだろう? その間に宣伝部各所の報告に目を通しておこうと……」

 

「だーかーらー! 暇があるから少しでも休んでて下さいって言ってるんです! 専務、一昨日から働き詰めじゃないですか。昨日だって3時間しか寝てないでしょう」

 

「私は元来ショートスリーパーだから心配は無用だよ。レース走者だった時は筋肉の発達と体内器官の休養に長時間睡眠は不可欠だったが、現役を退いている今はその必要も無くなったからな」

 

「私が言ってるのはそういう事じゃありませんよ! いつか無理が祟るんじゃないかって見てるこっちの心労が半端ないんですから! 専務はレース走者だった時もトレセン学園で生徒会長をしていたんでしょう。働き過ぎて周りに心配かけていたんじゃないですか?」

 

 

 ピクンとルドルフの耳が微かに動いた。彼女の脳裏に『女帝』エアグルーヴが制服姿でため息をつく姿が蘇る。あの輝かしい日々も、今や遠い日の思い出となってしまった。

 

 

「はは……返す言葉もないな」

 

「せめて今だけでも、ゆっくりと景色を眺めて下さい。案外その方が有益な事があるかも分かりませんよ」

 

「……そうだな、お言葉に甘えて外の景色でも眺めていよう」

 

「そうして下さい。今日の挨拶回りだって私1人でも良かったのに、ルドルフ専務が無理に着いてくるって言うから……」

 

 

 部下の小言に「すまないな」と申し訳なさそうな笑顔で返して、ルドルフは背もたれに寄りかかり、窓から流れて行く都会の喧騒を眺める。

 

 ビルの垂れ幕や巨大スクリーンにはちらほらとウマ娘レースに関連する広告が流れている。その中にはルドルフ自身が運営に携わるものもあった。

 

 いつもの彼女ならそこで仕事のことに思考を割くのだが、今は別のことを考えていた。先の脳裏に浮かんだエアグルーヴの姿から次々と連鎖して、かつてのトレセン学園での日々が思い出されたのだった。

 

 

(……私も、皆も、それぞれの道を進んで行った。最近はあの頃が懐かしくて仕方がない。多忙な中でも何とかかつての友たちと交流する暇を作ってはいるが、それでも中々会える機会のない者たちもいるからな……)

 

 

 交差点の手前で赤信号となり、黒のセダンは停止する。ルドルフが広告を見る為に上方を向けていた視線を下すと……

 

 

 

(……え……!?)

 

 

 

 スポーツキャップを目深に被った『黒髪のウマ娘』がちょうどセダンの向かう先と反対方向に歩いて行くのが見えた。

 

 

(あのウマ娘は……)

 

 

 ルドルフは窓に顔を近付けて、そのウマ娘を目で追う。何とか視界にその背中を捉えるが、すぐに人波に紛れて見えなくなってしまった。

 

 

(一瞬しか見えなかったが、あれは……!)

 

 

 ガチャッ!とドアを開けて、ルドルフは車外へ急ぎ飛び出る。

 

 

「すまない、所用が出来た! 残りの業務は君に任せる!」

 

 

 そして部下に一言残して駆け去って行った。

 

 

「えっ!? ちょ、ルドルフ専務!? 突然なんで、専務ーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 カッカッカッカッ!

 

 

 パンプスでアスファルトの上を走る独特の音が響く。

 

 人混みの中を駆けるのは危険なので、ルドルフは車道脇のウマ娘専用レーンを小走りして先のキャップを被ったウマ娘を探す。

 

 超絶美人のキャリアウーマンなウマ娘が走っているので、当然通行人がギョッとしているが、彼女は今はなりふり構っていられなかった。

 

 

(……居た!)

 

 

 ルドルフは目的の彼女を発見し、歩道柵の手すりに手をかけ飛び越えた。

 

 現役を引退しても、体力維持とストレス発散の為にルドルフは週に数回のレーストレーニングを欠かしていない。その身のこなしはレースウマ娘だった当時から陰りを感じさせないくらいに鮮やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、美味しかった……半年ぶりの日本なのに、選ばれたのは立ち食い蕎麦屋でした……っと。でもなんだかんだ言ってやっぱり、これが1番なんだよねぇ」

 

 

 久々の日本の蕎麦で腹を満たしたマリンアウトサイダは、満足そうな顔で食後の散歩を楽しんでいた。

 

 彼女は記念館での思わぬ出来事をきっかけに、かつてトレセン学園で好んで食べていた食堂の蕎麦を思い出したので、目に入った立ち食い蕎麦屋に吸い寄せられるように足を運んだのだった。革製のトランクケースはホテルの部屋に置いてきていた。

 

 マリンは歩きながらチラリとバス停に設置された時計を流し見る。

 

 

(……どうしようかな、『あそこ』に行くにはまだ早いけど)

 

 

 記念館と蕎麦と、懐かしいものに触れた彼女は、当初の予定には無かったある場所へ向かおうかと思案しているところだったが……

 

 

 

 カッカッカッカッ!

 

 

 雑踏に混じって、後方からアスファルトを駆けるウマ娘の足音が聞こえてくる。それ自体は何も珍しくないのだが、マリンは直感でその音の主が自分を目指しているのを感じ取った。武術家としても成長しているマリンは、相手の気配や意図を察知する感覚も鍛え抜かれていた。

 

 マリンが振り返ると、ちょうどキャリアウーマンなウマ娘が歩道の手すりを乗り越えて来るのが見えた。彼女はまっすぐマリンの元へ向かってきた。

 

 

「マリン……! マリンアウトサイダ!」

 

 

 最初、マリンは彼女が誰だか分からなかった。しかし、その声と前髪の流星で、彼女が『自分が最も尊敬するウマ娘』であると気付いた。

 

 

「会長……ルドルフ会長……!?」

 

 

 マリンはつい、かつての学園生時代の様に彼女に呼びかけたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 シックで何やら高級な雰囲気の漂う薄暗い通路を、シンボリルドルフとマリンアウトサイダは歩き進んでいた。ウェイターらしき男性が先頭を行き、幾つかある扉のうちの一つを開き、彼女たちを中へ案内する。シンボリルドルフは慣れた様子で扉を潜ると、マリンは物珍しそうに中を見渡して後に続いた。

 

 室内は中央に木製のテーブルとそれを挟むように革製のソファーが備え付けられており、天井の小洒落たデザインのステンドライトが淡く室内を照らしていた。そこにある全ての物が間違いなく高級品であると、素人目にも分かる小部屋だった。

 

 

「お飲物は、如何なさいますか?」

 

 

 ウェイターが物腰丁寧に2人に尋ねる。

 

 

「私はペリエを」

 

「私も、同じものを」

 

 

 ルドルフに続いてマリンも注文する。ちなみにペリエとはフランス産の炭酸入りミネラルウォーターの名称である。

 

 

「かしこまりました」

 

 

 ウェイターは軽く頭を下げ、退出した。

 

 

「ふぅ……ようやく落ち着けるな。どうぞ、掛けてくれ」

 

「はい、失礼します」

 

 

 そうして2人は向かい合う様にソファーに腰掛けた。マリンは穴に通すために耳を抑えながらチャップを脱いだ。ファサッと彼女の前髪が額に垂れる。

 

 マリンアウトサイダとシンボリルドルフ、名バと名高い2人のウマ娘はしばし無言で見つめ合った。

 

 

「………………ふふっ」

 

「………………っ、ふふ」

 

 

 2人は同時に堪え切れないという風に笑い出す。2人の笑い声が狭い室内に響き、静かな雰囲気が一気に和やかな空気へと変わった。

 

 

「なんだ、今のは? まるでかつてのトレセン学園の生徒会室じゃないか、先ほども君は私を『会長』と呼んでいたしな。そんなに畏まらないで良いだろう。我々は今や立場的には、そこまで差は無いはずだが?」

 

「ふふっ、すみません。ルドルフさんを前にすると、どうしてもあの頃に戻ってしまって。今はURA直属の企画運営会社で専務を務めてらっしゃいましたよね」

 

「ああ、URA役員も兼任しながらだがね。聞こえは良いかもしれないが、体のいい雑用係みたいなものだよ。君はUMADの交渉官を務めながら、副理事長にまで昇進していたな」

 

「それこそ聞こえが良いだけですよ。うちの組織構造はURAほど整然としていませんし、立派じゃありません。交渉官と副理事長を兼任できる時点でお察しってヤツです。『最終的にトップが全部決めれば問題ない』って脳筋思考で、理事長のドウザン姉さんが殆どの事を取り仕切っていますし。少数の有能な管理職の皆さんのお陰で何とか運営出来てる感じなのです」

 

 

 2人の近状の会話に花が咲く。ちなみにこの場所はURA役員御用達の会員制サロンである。ここのオーナーは古くからシンボリ家と親交があり、ルドルフも懇意にして貰っているとマリンは聞いていた。ここでの会話は決して外には漏れないし、邪魔もされないのだという。

 

 マリンは最初に入り口で止められたが、ルドルフの提言とマリンがUMAD副理事長であるということから特別に通して貰っていた。これはかつてのURAとUMADの間柄なら、決して有り得ないことだったのだが、時代は変わっていたのだ。

 

 

 

 コンコン

 

 お飲み物をお持ち致しました

 

 

 と、ドアがノックされ、ウェイターの声が聞こえた。

 

 

「どうぞ」

 

 

 ルドルフの返事で、ウェイターが扉を開け入ってくる。2人の前に細長のグラスを置き、2本のボトルからそれぞれに炭酸水をプロの動作で注ぎ、ストローをさす。そして軽くお辞儀をして出て行った。

 

 

 2人のウマ娘はグラスを手に取り、軽く掲げる。

 

 キィン……と、2つのグラスが清涼な音色を奏でた。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回

episode 2:皇帝の決断
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