【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
※未実装ウマ娘が出てきますが、ウマ娘最初期に公表されたビジュアルからイメージしました。それでも大丈夫!って人はよろしくお願いします。
m(_ _)m
ルドルフは珍しく、思い出したくないという風にテーブルに肘をつき、指を組んだまま目を伏せる。こんな態度はよっぽど親しい相手にしか見せない。
「……ああ」
皇帝は低く呟き、そしてその名を口にする。
「『ディープインパクト』
……彼女のことだろう?」
彼女はやれやれとため息をついてマリンと向き直った。
「君が目を輝かせるような話でもないだろうに。あと、別に喧嘩を売られたわけでもないぞ」
「これでも私はレースウマ娘ですから。今は『元』が付いちゃいますけど。話してくださいよ、ルドルフさん。だいぶ
ワクワクとした表情で容赦無くマリンはルドルフを急かす。マリンが格闘ウマ娘らしく喧嘩騒ぎが大好物なのは昔から変わっていないようだった。
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マリンとクラスメイトの仲間たちが卒業した数年後、トゥインクルシリーズを【衝撃】が駆け抜けた。
全てのレースウマ娘が一度は夢見る最上の栄誉、クラシック期に一生に一度しか挑戦できない『クラシック三冠制覇』を達成したウマ娘を人々は敬意と畏怖を込めて『三冠ウマ娘』と呼んだ。
その中でも無敗でその偉業を成したのはそれまでの歴史上ただ1人、『皇帝』シンボリルドルフだけだった。
トレーニングやレース走法の技術が日々進化し、ウマ娘レース界全体のレベルが上がってゆく中で、無敗の三冠ウマ娘は今後現れる事はないだろうとも囁かれていた。
だが……歴史は『特異点』を生んだ。
その年、史上2人目の『無敗の三冠ウマ娘』が誕生したのだ。
その名は『ディープインパクト』
異質としか表現出来ない強さで、彼女はトゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグを走り抜き、トレセン学園卒業後は当然のようにPGリーグへと進出した。
そして格上のDランク選手も多く出走する春の初戦を、彼女は当然のように勝利した。不可能だと言われていたPGリーグ初戦制覇を、彼女はいとも簡単に成し遂げてしまったのだ。
今年度の上半期で圧倒的な戦績を修め、彼女はPGリーグ発足以来史上最速でのDランク昇格を果たした。
マリンが聞きたがっているのは、URAが半年に一度催すPGリーグランクポイント決算報告会にて行われた表彰式での一幕についてである。
…………
………
……
…
PGリーグ加入初年度にて歴史的な偉業を達成したディープインパクトは、その功績を称えられ上半期のベストランナーとして表彰されることになった。関係者たちが見つめる中、彼女はURA理事長から表彰状を授与される。
レースウマ娘として史上初の快挙に、会場からは拍手の嵐が沸き起こっていた。しかし、表彰状を受け取った彼女の顔には歓喜の色など微塵も無かった。元々寡黙で感情を余り表に出さない性格の彼女は、ファンからもクールビューティーな完璧主義者というイメージを持たれていた。
だが、その日の彼女の様子がいつもと違うことに、彼女のトレーナーと他少数のウマ娘たちが気付いていた。その瞳の奥に微かに……怒りのような感情が淡く揺れ動いていた。
ディープインパクトは壇上のマイクスタンドへ向かって歩みを進める。彼女は表彰に当たっての挨拶をと、司会者に促されていた。
腰まで伸びた深く茶色がかった美しく艶やかな鹿毛髪、耳飾りのリボンと同じ深藍色のドレスを着た彼女は神秘的な雰囲気を纏っている。
見るものに畏怖を抱かせるその瞳は、彼女が絶対王者として生まれついたのだと人々に確信させる。
彼女がステージに立つ。ただそれだけで、まるでそこだけが外界から切り離された別世界の様に見えた。
そして彼女は……おもむろに言葉を紡いだ。
「…………果たして、意味などあるのでしょうか」
会場に響くその声は、まるでヴァイオリンの音色のようだった。恐ろしいほどに美しく、しかし聴く者を心の芯まで凍てつかせた。ざわめきすらも起こらない。
「…………人々は口にします。
『きっと皇帝も同じことを成し遂げただろう』
『かつて皇帝が見せたかもしれない光景が見られた』
『第二の皇帝がPGリーグへと挑む』
皇帝、皇帝、皇帝…………まるで枕詞のよう」
あまりの緊張感に、会場は静寂に包まれていた。
「…………そうなるのも理解は可能です。
他ならぬ私自身が、かの『皇帝』の背を追い続けてきたのですから。
しかし、私がここにたどり着いても…………
『皇帝』の姿は無かった。
そんなPGリーグでベストランナーなど…………
私にとっては無位無冠も同じ」
ゾワリと、会場の人々が鳥肌立つ。まるで空間が固体と液体が入り混じった物質に変化したと錯覚させるような威圧感を、ディープインパクトは加減することなく放っている。彼女は言葉と視線だけで人を圧死させられると言っても信じてしまいそうな程である。
そして、その眼光はただ1人、役員席に座るシンボリルドルフに向けられていた。
「……なぜ貴方はターフの上に居ないのですか?
……『皇帝』シンボリルドルフ……!!!」
怨嗟、哀惜、憂戚、敢えて言葉で表現するのならそのようなものだろう。しかし、彼女の慟哭はそのどれでもあって、どれとも違った。ただただ彼女の身体の奥底から深く響いてくる剥き出しの激情そのものだった。
「……………………………」
常人ならば間違いなく気絶するであろう圧を、ルドルフは泰然自若な様子で表情を崩さずに受け止めている。彼女は粛々と立ち上がり、ステージに向かって歩み出した。彼女は自分以外にこの場を収められる者は居ないだろうと判断した。コツ……コツ……と厳粛に足音が響く。
そしてステージ上にて、2人の『無敗の三冠ウマ娘』が合間見えた。
シンボリルドルフの凛と大人びた態度に対して、ディープインパクトのそれはある種の若々しさがあった。つい数ヶ月前まで、彼女はトレセン学園の学生だったのだから当然ではあるが。
その若々しく荒々しい剥き出しの闘志に、ルドルフは懐かしさを覚えた。レースから退いて幾年も経つというのに、斯様に敵愾心を燃やされるとは思ってもみなかったのだ。しかし、彼女も今や責任ある立場を任された社会人である。ここは、大人の対応を取る他ない。
「……そうだな。いつか、このような叱責を受ける日が来るとは思っていた。だが、ディープインパクト……君は……」
と、ルドルフが『歴史の結晶』と称される彼女に語りかけたその時……
「ちょーーーーーっと待ったーーーーーー!!!」
天真爛漫な声と共に、1人のウマ娘が彼女たちの間に割って飛び入った。
スタッ!と彼女は華麗な着地を決めると、翻りそうになるドレスの裾を押さえた。艶やかな髪に皇帝と少し似通った流星を持つそのウマ娘は、まるで熱血アニメの主人公のように腕を組んで仁王立ちになる。
そして不敵な笑みを浮かべて、ディープインパクトと相対する。
「後輩だと思って黙っていたけど、ボクを差し置いてカイチョーに食ってかかるなど笑止千万っ! カイチョーに挑みたくば、まずはこのトウカイテイオーを倒してからにするのだーーーー!!!」
ババン!と効果音が聞こえそうな勢いで、『奇跡の帝王』ことトウカイテイオーは啖呵を切った。
「ちょっ……テイオー! ここはルドルフさんに任せておけば良いですのに、貴方という方は!」
そう言ってステージ下でテイオーを叱咤するのは『ターフの名優』メジロマックイーン、トウカイテイオーと共に現在PGリーグBランクで活躍するプロアスリートである。そんな彼女にテイオーは芝居掛かった鷹揚な口調で言葉を返す。
「止めるなマックイーン……! カイチョーがターフを去った後も、ボクとカイチョーは変わらない絆で結ばれているんだ……カイチョーに喧嘩を売ると言うことは、ボクに喧嘩を売るも同じっ! さぁ、ディープインパクト! お望みならボクが存分にお相手致すっ! ただボクはBランクで君はDランクだから公式レースでは勝負できないし……あっ、そうだ! ダンスで勝負なんてどう? ボク踊るの好きだから学園卒業した後も趣味でダンスは続けているんだ! 今ここでダンスしてカイチョーにどっちの方が上手いか判断…………グェッ!?」
と、突然トウカイテイオーが青いパーティドレスの首根っこを捕まれ引っ張られる。彼女の背後に、また別のウマ娘が立っていた。
「何が変わらない絆だ。お前は変わらなさすぎだ……少しは自分の年齢を考えたらどうだ?」
低くクールな声がステージに響く。大胆に背中を見せるデザインの紫色のドレスを着たウマ娘がテイオーを捕まえている。かつて、ルドルフが生徒会長を務めていた頃によく見られた光景が再現されていた。
テイオーを捕まえたのは、三冠ウマ娘ナリタブライアンだった。
「ちょっと、ブライアンやめてよ〜! ドレス伸びちゃうじゃんか〜! それに20代はまだまだ若者なんだぞ〜!」
「そんな調子だから身長が伸びないんじゃないか? もっと肉を食って身体を作れ」
「あーー! 言ったな、ボクが気にしてる事を! 見てろ〜〜、ウマ娘は30になるまでは身長が伸びるんだぞ!」
じゃれつく2人に、ディープインパクトは眉を顰め、冷徹な声で語りかける。
「…………トウカイテイオー、ナリタブライアン…………偉大な先達方と言えども、他人の会話に割り込むのは無作法なのではないですか? 私はシンボリルドルフと対話をしていたのですが…………」
ディープインパクトは凄みを込めて言い放つ。その気迫はトップ層のウマ娘に比肩するほどだった。
「ふっ……豪胆だな。流石は無敗の三冠ウマ娘だ。私やテイオーなど眼中には無いと言うことか?」
ブライアンも同じくディープインパクトを微笑みながら睨み返す。『シャドーロールの怪物』と呼ばれた彼女はなおも健在、トレセン学園時代の全盛期を超える実力を身につけていた。現在の彼女は姉と並び、Aランクのトップウマ娘の1人である。
テイオーの介入によって一時和らいだ雰囲気が、再び最悪の荒れ模様となった。
「嫌いじゃないぞ、そう言うのは。お前とは胸を焼き焦がすような熱い戦いが出来そうだ。今すぐにでも模擬レースと洒落込みたいところだが……我々はプロだ。トゥインクルシリーズやドリームトロフィーリーグにいた頃とは立場が違う」
ナリタブライアンは不意に悟すような口調でディープインパクトに語りかける。
「お前の『渇望』は理解できる、私もかつてはそうだったからな……だがお前も現代のレースウマ娘なら、シンボリルドルフがレース界に与えた影響と功績をその身で実感しているはずだ。彼女は生半可な覚悟でターフを去ったわけではない。お前はそれを理解した上で、なおも皇帝を叱責するのか?」
ナリタブライアンとディープインパクトはなお睨み合う。2人の見えないオーラがバチバチとぶつかり合っているかの様だ。
「おお〜、ブライアンが凄くオトナっぽい事言ってる〜。トレセン学園時代は生徒会の仕事サボって昼寝ばっかりしてたのに、後輩にはカッコイイとこ見せたかったのかな〜〜グゥエッ!!!」
「煩いぞテイオー、静かにしていろ」
茶化すテイオーをブライアンは黙らせる。『歴史の結晶』ディープインパクトは氷のような視線を彼女たちに向けたままだった。
「…………URA職員としてのシンボリルドルフの功績の数々は確かに大きいでしょう。ですが、私はそれらを認めた事など、一度たりともありません」
ディープインパクトの目に、深く重い感情が渦巻く。
「何故なら皇帝がターフから去った事、その事実こそが、近代ウマ娘レース史における最大の『損失』だからです。願わくば…………」
それは、あまりに純粋な切望だった。
「私の脚で『皇帝の時代』を終わらせたかった…………」
その異様なまでの皇帝への執着に、ブライアンとテイオーは息を呑む。その場の全ての人々が冷や汗を流した。
会場を再び沈黙が支配する。
司会者もマイクを持ったまま固まっている。生ける伝説たちの睨み合いに口を挟むなど、南極海に生身で飛び込むも同じである。
こんな状況を打破できるのは……
「………〜〜〜っ、流石ディープちゃん!!! よく言ったわ!!! そうよね、洛陽が地平線に没するのを只眺めるだけなのは耐えられないわよね。沈めるならば自らの脚で……ああ……素敵だわ」
どこかネジが外れている強者くらいである。
不撓不屈の桜花……『サクラローレル』がいつの間にか舞台の上で、ディープインパクトの手を握っていた。
次回
episode 4:新しい時代