【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
満開の桜が咲いているかの様な不思議な瞳で、サクラローレルはディープインパクトを見つめている。ディープインパクトはそのギュッと力強く握ってくる手を振りほどく事なく、落ち着いてローレルの顔を見つめ返していた。
「…………ご無沙汰しております、ローレルさん。手、離してもらえますか? 痛いので…………」
「あっ、ごめんなさいね! 私ったらつい……ふふ。でも、ディープちゃんが立派に成長して、私とても嬉しいのよ!」
『サクラローレル』、トウカイテイオーと並びトゥインクルシリーズで奇跡の復活劇を遂げたウマ娘として群を抜いた知名度を誇る『不撓不屈の桜花』。怪我や故障と戦い続け、壮絶な苦難を乗り越えて来た彼女は、現在もPGリーグで走り続けていた。
ローレルはPGリーグ走者でありながら応急手当普及員の資格も取得しているので、度々特別講師としてトレセン学園に招かれていた。ディープインパクトもその指導を受けていたので、彼女たちは顔なじみだったのだ。
「ディープちゃんの気持ち、とてもよく分かるわ……自分の運命をかけて挑むのは、その相手が最も獰猛でギラついた時代でないと意味がない……舞台の幕引きを見て満足する観客じゃいられない、魂を焦がす闘いが出来るのなら、シャンデリアを堕とす怪人にだってなれる……そう、その者が最期に見る光は『自分』でないといけないの……ふふふ……ディープちゃんって、健気なのね」
『サクラ』の名を冠するウマ娘は只者じゃない事が多いとよく言われるが、サクラローレルはその中でも特に『異質』だった。さしもの『歴史の結晶』も、大先輩のその雰囲気におどろおどろしいものを感じ取り、脚がこわばった。
ディープインパクトは、サクラローレルの瞳の奥が深淵へと繋がっていそうだと錯覚した。端的に言えば、彼女の目が滅茶苦茶怖い。
「っ…………あの、ローレルさん…………」
「私もね、ブライアンとレースをする事にとっっっっっっても恋い焦がれていた時代があったの。ううん、今でもそう……以前の両脚の大怪我の事もあって私はPGリーグへの加入が遅れてしまったけど、前回のリーグ変動でCランクに到達できたの。それなのにひどいのよ、ディープちゃん! ブライアンったら同じタイミングでAランクに行っちゃうんだから! やっと一緒のレースで走れると思ったのに! ああ、でもAランクはその先がないから、大丈夫よね。サスペンスドラマでよくある海に切り立った断崖みたいなものかしら……私、ああいう場所って好きなの。まさに命の瀬戸際って感じで、生を実感できるから……ブライアンとそこに行けるって考えると、なんだか素敵よね……ふふふふ……」
そのなんだかドロリとした雰囲気のまま、サクラローレルはプンプンと怒って、そしてウットリとしている。『あの』ディープインパクトが若干引いてる様子に、皆珍しいものを見たと内心思っていた。
同じ舞台上に居たトウカイテイオーは「ローレルは相変わらずだなぁ」とゆるキャラみたいな笑顔で、ナリタブライアンは心底嫌そうに顔を背けていた。
すると……
「……コホン!」
と、シンボリルドルフが咳払いをした。
「君たち、私とディープインパクトに気を遣って貰えるのは有難いが、そろそろ彼女との対話を再開しても良いだろうか?」
そう言いながら彼女はディープインパクトに向かって歩みを進める。トウカイテイオーとナリタブライアン、サクラローレルが皇帝に道を譲る。
今、ディープインパクトの目の前に史上初の無敗の三冠ウマ娘が立っていた。
「すまないな、ディープインパクト。さて、どこまで話したかな……そう、君は『皇帝の時代』を自らの脚で終わらせたいと言っていたね」
「………………」
ディープインパクトの鉄をも穿つ眼差しは変わらずに『皇帝』へと注がれている。
『歴史の結晶』を眼前にしても、シンボリルドルフはなお涼しい顔を崩していない。
「その意志はまさに勇猛無比だ。唯一に同じ頂に到った者として誇らしく思っている。レースから退いた我が身の内から、魂が君の挑戦に受けて立ちたいと叫んでいるよ。しかし遺憾ながら……今の私の実力は全盛期の半分にも満たない。時間というのは、かくも恐ろしいものだな」
舞台脇でテイオーが「半分近くもあったら十分デショー」って呟くのをブライアンが拳で諌めた。
「だが……ディープインパクト、君の望みは果たされる。見るがいい」
ルドルフはそう呟くと、ディープインパクトの視線を促すように自らの後方を振り向いた。その先には、3人のウマ娘が居る。
「トウカイテイオー……ナリタブライアン……サクラローレル……皆、全盛期の私でも勝てるか分からない強者どもだ」
舞台上でライトを浴びる3人が清爽な笑みを浮かべる。先達として胸を貸してやろう、とでも言いだしそうな泰然自若とした大人の余裕が見受けられる。それぞれがトレセン学園時代とは比べ物にならないほどに、己を強く鍛え上げてきた証左である。
「この場に出席している中でも……もう1人の三冠ウマ娘は、また抜け出して何処かで散歩でもしているのだろう。そこに居るメジロマックイーンも言わずもがな傑物だ。長距離のみで量るなら、その実力は間違いなくAランクトップ級……次回のランク変動が楽しみだ」
テーブル席に座るマックイーンは、突然ルドルフに名を挙げられて目をパチクリとさせる。
「そして、向こうのテーブルにはオグリキャップ、タマモクロスに……スペシャルウィークも居るな」
舞台から少し離れた位置のテーブル席に視線が集まる。
そこにはテーブルに片肘つき足を組んで座るタマモクロスと、山盛りの豪華料理をガツガツもぐもぐと美味しそうに味わっているオグリキャップとスペシャルウィークが居た。3人ともパーティ用の正装だが、健啖家の2人のドレスの腹部がはち切れないのは仕様なのかは謎である。
「お前ら……こんな時くらい食事の手ぇ止めーや! 学生の時からそこんとこだけはホンマ変わらへんな、全く」
タマモクロスは呆れたように横目でオグリキャップとスペシャルウィークを見て言った。スペシャルウィークはハムスターのように頬を膨らませて、よく聞こえない声で何かを言っている。
「モガモガモガモガ!(だってやっとシーズンが終わってトレーナーさんから今日は食事制限無しって言ってくれたし、ここの料理ってものすごく美味しいんですよ)」
「もぐもぐもぐもぐ」コクコクコクコク
オグリキャップも全力で同意だと食べながら頷いている。この2人はディープインパクトが舞台で挨拶を始めた時からずっと変わらずに料理を食べ続けていた。ちなみにオグリキャップとタマモクロスはAランクのプロランナーである。スペシャルウィークはDランクだったが、今期の活躍でCランクへと昇格したのだった。
「っ……………………」
ディープインパクトは眉をしかめる。その視線はスペシャルウィークに向けられていた。そんな事は意に介さず、『日本総大将』はもぐもぐと幸せそうに料理を胃に送り続ける。
PGリーグ上半期のレースで、ディープインパクトはほぼ全てのレースで1着を勝ち取り、最速でDランクへと昇格したのだが、そんな彼女に唯一土をつけたのは何を隠そう、このスペシャルウィークなのであった。
培った実力もさることながら、運命力も主人公級である『日本総大将』は、先輩としての威厳をターフの上でディープインパクトに見せ付けた。それ以来、ディープインパクトは少しだけスペシャルウィークを目の敵にしていたが、当の本人は何も気にしていないようである。
「ディープインパクト」
皇帝は『歴史の結晶』に呼びかける。
「トレセン学園での、私のレース走者としての人生の全ては、彼女たちと今この場には居ない多くのウマ娘たちによって築かれている」
皇帝は誇りを胸に言い放った。
「彼女たちこそが紛れもなく『皇帝の時代』であり、
君がこれから挑む高き壁だ。
彼女たちに挑む事は、即ち私に挑む事だ。
彼女たちは『強い』ぞ……
なにせ、私と共に走ってきたウマ娘たちだからな」
ディープインパクトは無言で偉大な先達を一望する。そして、静かに目を閉じた。
「…………多少屁理屈に思われますが、良いでしょう。『理解』は可能です」
深い紺色のドレスを着たウマ娘は、ゆっくりと目を開ける。
「私にとっては、彼女たちは皇帝の時代の残滓です。私の脚でPGリーグの頂点に立った時が、皇帝の時代の真の終幕となりましょう…………」
彼女の若々しい剥き出しの闘争心が、トレセン学園の先輩たちに向けられる。彼女たちも溢れ出る野性を隠しきれないという風に微笑み返した。
「でもさ〜〜」
と、場の空気感を真っ向から裂くようにトウカイテイオーが声を上げる。
「ディープちゃんって、カイチョーの事が大好きなだけだよね? ローレルがブライアンの事好きなみたいにさ。ボクもそうだったから何とな〜く分かるんだよねぇ。絶対カイチョーのグッズとか沢山持ってるでしょ〜」
そんなテイオーの言葉にギロリとディープインパクトは目を剥く。
「…………別に、シンボリルドルフの事が好きという訳ではありません。私の知る中で最強のレースウマ娘なのですから、関連するデータや資料を全て収集するのは当然の事です。出走レースのBDはもちろん、テレビで放映されるものを全てチェックして録画していますし、皇帝のインタビューが載る雑誌も全て購入してます。一縷の情報も逃さぬよう、パカぷちやプライズグッズ等も全て抜かりなく入手しますし、皇帝が言及した書籍や映像作品、歌劇や音楽も抜かりなく鑑賞していて、皇帝が訪れた東西諸国も時間の許すときに歴訪していますが、全てはレースで勝利するための布石でしかありません」
クールビューティーな彼女は表情を崩さずに、淡々と述べた。舞台上でローレルは「まぁ、素敵」と両手を合わせて感心していたが、テイオーとブライアンは「うわぁ……」と引きつった顔をしていた。
「そうか……私も現役時代はレース資料の収集分析は人一倍していたつもりだが、君ほど周到熱心ではなかったな。恐れ入るよ。流石は現代の『無敗の三冠ウマ娘』だ」
いや、そういう事じゃないから……と皆ルドルフの言葉に心の中でツッコムが口に出さなかった。
「そしてだ、ディープインパクト。君は世界を知らない……私の背を追うのも良いだろうが、世界には君の想像を超えるレースウマ娘も存在している」
ディープインパクトは眉を顰める。
「これはまだ一般には公開されていない情報だが、TOKYO:premiumの海外枠募集条件を広げることがURA理事会により決定された。その性質上、リーグポイントの変動がないことを受けて更にウマ娘レース界の発展を目指してな。次回の海外枠には『海外を拠点に活動している日本出身のウマ娘』も出走可能となる。URAは秘密裏に何人かのレースウマ娘と交渉を重ねていた」
会場のトレーナーや関係者がざわつく。
「そして先日、1人のウマ娘との交渉が完了した……『サイレンススズカ』……彼女は次回のプレミアムレースへの出走が確定している」
ざわつきが更に大きくなる。ディープインパクトもその名には一瞬目の色を変えた。そんな中、とびきり大声をあげたのは……
「スズカさんと走れるんですかっっ!? ホントに本当ですかっっ!?」
目をキラキラと輝かせるスペシャルウィークだった。喜びのオーラが身体中から溢れ出ていた。
「本当だとも、スペシャルウィーク。サイレンススズカの実力は間違いなくPGリーグAランク級だ。出走する資格は十分にある。どうだ、ディープインパクト……世界には彼女のようなレースウマ娘がまだまだ居る。それを知っているのなら、本来息つく暇もないはずだが?」
ディープインパクトはその鋭い眼光を未だに皇帝に向けたままだった。だが、その威圧感は幾分か収まっていた。
「…………良いでしょう。サイレンススズカがPGリーグに籍を置いていないことも、長年疑問に思っていましたから。かつての『皇帝』ほどではないでしょうが、彼女も十二分に脅威となり得るウマ娘です」
ふぅ……と、シンボリルドルフはひとまず場を収められたと安心する。
「ディープインパクト、今の私は君の真の望みを叶えることは出来ない。だが……並走トレーニングくらいなら、付き合えないこともないぞ。もし君が望むのであればな」
その言葉にディープインパクトの目がキランと光る。
「…………その言葉、本当ですね? 私は鮮明に記憶しました。後で取り消すのは決して許しません。『皇帝』との並走トレーニングは確定事象となります。後ほどスケジュールについて打ち合わせを。トッププライオリティーとして処理しますゆえ、よろしくお願いします」
何事にも動じず、感情を表に出さないと有名なディープインパクトの尻尾が揺れる。それを見たナリタブライアンが頭痛がするみたいに手を頭に当てた。
「ルドルフ……こういう奴には、そんな餌は与えないほうが身の為だぞ」
「??? 餌とはどう言う意味だ、ブライアン」
「……いや、お前が気にしていないならいい……」
そう言ってブライアンは遠い目をして、切っても切れない縁で結ばれてしまった、あの『サクラ』のウマ娘と競い合ったトレセン学園時代を思い出すのだった……
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ちう……と、マリンアウトサイダは一瞬ストローで炭酸水を吸うと、ルドルフに向かって言い放つ。
「やっぱり喧嘩売られてるじゃないですか、ルドルフさん」
「……喧嘩を売られているとは思わないが、なんと言うか……ブライアンの言葉の意味が少しわかった気がするよ。ディープインパクトと約束通り並走トレーニングをしたのだが、年甲斐もなく興が乗ってしまい、本番さながらの競り合いを繰り返してしまってね……以来、彼女はなおのこと輪にかけて私に『貴方は今からでもPGリーグに加入するべきです』と恐ろしい眼圧で詰め寄って来るんだ。この前も勤務先で私を待ち構えていてな……社員たちは彼女の来訪に喜んでいたがね」
「嫌われていないだけ良しとすればいいんじゃないですか。むしろ、滅茶苦茶に好かれているし。私もターフを走るルドルフさんの姿をもう一度見たいですよ」
「ふっ……君も茶化すんじゃない」
と言ったところで、ルドルフのスマホの着信音が鳴り響いた。失礼、と言って彼女はポケットからそれを取り出して画面を確認する。
「……ああ、私の部下からだ。事情を説明せずに仕事を任せっきりにしていたから、随分と心配させてしまったようだ。名残惜しいが、語らいの時間はここまでとしよう」
「そうですか……日本でルドルフさんと会えて本当に良かったです。またいつか、こんな風に話せると良いですね」
そう言って2人は席を立つ。マリンがスポーツキャップを被り直すのを見て、ルドルフは尋ねる。
「マリン、君はこれからどうするんだ? あまり長く日本に滞在しないのなら、行ける所は限られているだろう」
「……実は、寄りたい場所がありまして」
「そうか、どこに行くんだ?」
マリンは爽やかな笑顔で、ルドルフに言う。
「私たちの母校へ……『新しい時代』を生きるウマ娘たちを一目見ておきたいのです」
次回
episode 5:学び舎の庭にて