【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
「デアリングタクト……良い名前だね。『大胆不敵な戦術』ってところかな」
「あ、ありがとうございます……でも私、そんな格好良くなんてないです……いつも周りに助けられてばっかりで」
マリンは爽やかな笑顔で、頬を染める美少女デアリングタクトに向かって言った。彼女はまだ緊張が抜けないようで、ぎこちなく頭を下げる。
「でもでも、タクトちゃんの走りってとっても綺麗なんだよ! まるで華の妖精がターフを駆けるみたいで、見ているとウットリしちゃうの! チーム『シリウス』の期待の新人って言われているし!」
いつの間にかデアリングタクトの隣に移動していたリラが笑顔で誇らしげに言い放つ。
「へぇ……リラが言うなら本当にそうなんだろうな。トゥインクルシリーズでタクトちゃんのレースを見るのが今から楽しみだ」
マリンの言葉に華の美少女はまたちょっぴり赤くなるが、嬉しそうにはにかんで「ありがとうございます、頑張ります……!」と返事をした。
「あと、タクトちゃんはどうしてチーム『シリウス』に入ったのかな?」
「えっ? えっと、それは……」
デアリングタクトは一瞬言い淀むが、力強くマリンの瞳を見つめて答える。
「私……スペシャルウィークさんにずっと憧れていて、トレセン学園に合格したら絶対にチーム『シリウス』に入るって決めていたんです!」
キラキラと耀く彼女の目に、マリンは先輩である『日本総大将』の面影を見た気がした。
「タクトちゃん、他の強豪チームにも誘われていたけど全力で断って『シリウス』に入ったもんね。さっすが筋金入りのスペシャルウィークファンだよね〜」
「……でも、スペシャルウィークさんの真似して食事まであんなに沢山食べなくてもいいのに……さっきまで山の様にあった重箱のお弁当を全部食べた後も、私の作ったサンドイッチ食べてたし……」
「あ、あれは別に真似してるわけじゃないからぁ! 私が育った所は風が強い地域で、おじいちゃんとおばあちゃんが『どんな風にも負けないくらい大きくなってね』って小さい頃から沢山ご飯作ってくれてて、それが私にとって普通の食事だったからで……」
どうやらデアリングタクトもスペシャルウィークに負けず劣らず健啖家のようだ。若葉のように瑞々しい3人の語らいを見て、マリンは懐かしさで胸がいっぱいになり目を細める。
「そっか、スペさんに…………」
そう言ってマリンはピクニックシートによっこいしょと腰を下ろした。
「うん、せっかく可愛い後輩たちに会えたんだ。先輩として昔話の一つでもしてあげよう。タクトちゃんの為に、私が居た頃のチーム『シリウス』のスペさんの思い出とかね」
マリンの言葉に、デアリングタクトはキララン!と目を輝かせる。
「聞きたいです聞きたいです聞きたいですぅ!!!」
尻尾と耳を激しく揺らしながらデアリングタクトはマリンの方へズズイと寄っていった。
「あははっ! タクトちゃん何だか犬みたいだよ! でも私も昔のトレセン学園がどんな感じだったか気になる!」
「…………………………」ワクワク
リラとトレミーも興味津々な様子でマリンを見つめている。ルリイロバショウはその光景を微笑ましそうに眺めている。
マリンは一息つくと、かつての思い出を語り始めるのだった。
「そうだな……じゃあ私にとって初めての夏の合宿、その時の事を話そうかな」
「合宿! いいな〜憧れるな〜!」
「リラ、静かにして」
はしゃぐリラをトレミーが宥める。
「その合宿でゴールドシップさんが『くそっ……じれってーな。ちょっとマックイーンとトレーナーをいやらしい雰囲気にしよーぜ!』って突然言い出したんだ。夏の暑さに浮かれていたのか、みんなそれに乗っちゃってね。その2人を合宿最終日の夏祭りで2人っきりにして、影から見守りつつちょっかいを出して行こうって作戦を立てたんだ」
「なんか今時は漫画でもやらなさそうな作戦ね。ま、そう言うのが一番楽しいのは分かるけど」
「ゴールドシップさんって、今でも『シリウス』の中で伝説の先輩なんですよね……」
ルリイロバショウとデアリングタクトが呟いた。
「ふふっ……それでね、ゴルシさん、チケットさん、ライスさん、そしてスペさんが特攻服着て2人に因縁つけて脅すヤンキー役を演じたんだ」
「スペシャルウィークさんがヤンキーに!?」
目を丸くして驚くデアリングタクトも可愛らしいな、とマリンは口元を綻ばせる。
「結構似合ってたのが面白かったよ。でも結局、私たちがちょっかい出すまでもなくトレーナーさんとマックイーンさんの親密度は既に振り切れてたんだよね。2人にとってはそれが当たり前過ぎて自然に見えてただけだったんだ……」
マリンの語りに、3人のうら若きウマ娘たちは夢中になっていた。そうやって穏やかに、時は流れ行くのだった……
…………
………
……
…
マリンの語りの内容は思い出話から、かつてのシリウスメンバーの現在へと移っていた。3人のウマ娘たちも楽しそうに耳を傾けて、時にはマリンに質問を投げかけていた。
「…………トレーナーさんは宣言通り、スペさんが卒業すると同時にトレセン学園のトレーナーを引退して、マックイーンさんの専属トレーナーになったんだ。当時のシリウスメンバーから最終的にPGリーグへと進んだのはマックイーンさん、ブライアンさん、スペさんの3人で、これはかなり凄い記録なんだって後から知ったなぁ」
「そりゃそうよ。私もここで講師勤めてそこそこ経つから分かるけど、1人のトレーナーの担当チームからPGリーグに進むウマ娘は1人居るだけで凄い事なのよ。それを3人、しかもPGリーグに進んでないだけで海外で活躍しているウマ娘も担当していたなんて、アンタのトレーナーは化け物だって言われてるのよ」
「あはは……今のシリウスの、私のトレーナーさんも『先輩がヤバ過ぎて、それに比べて自分はダメだ〜!』って時々言ってます。私はそんな事ないと思うんですけど……」
マリン、ルリ、タクトがそれぞれ言うと双子たちも話に加わる。
「でも『シリウス』って昔から変わり者のウマ娘たちが集まるチームだってもっぱら有名だよ! 今のメンバーも面白い先輩たちが沢山居るもん。ほら、オルフェーヴル先輩とか!」
「……そうね、あの人は凄いわ。必ずレースで大珍事引き起こすもの……」
「オルフェ先輩は確かにレースの時は豹変しちゃいますけど……普段はとっても優しい方なんですよ。私の事をいつも気にかけてくれるんです!」
ピコピコとタクトは耳を揺らして言った。
「変わり者が集まるチームか……私は『シリウス』に入ってる時は全くそんな事思わなかったけどなぁ。皆んな優しい方ばかりだったし」
「特大級の異物が何言ってんのよ。格闘大会優勝者でレース未経験の高等部のウマ娘に一からレースを教えて下さいって言われて、首を縦に振るトレーナーってまず居ないわよ。どう考えてもリスクしかないもの。アンタ、自分のトレーナーにちゃんと感謝しなさいよ」
「むぅ……言われなくても感謝してますよぉ」
マリンとルリが気の置けない仲らしい会話をしていると、タクトがおずおずとマリンに質問する。
「あの……マリンさん! マリンさんの世代のPGリーグに進まなかった他の方たちは今何をしてらっしゃるのでしょうか? もし教えて頂けるなら……」
「ん、他のみんな? そうだね……みんなそれぞれの道を進んでいるよ。スズカさんは海外レースを中心に走っているし、チケットさんも方向性は違うけど色んな事に挑戦してる。直近だとアイアンマンレースっていう過酷な超長距離レースに出走していたね」
「アイアンマンレースって……あの200kmくらいを丸一日かけて走る世界一過酷なトライアスロンの!?」
リラが驚愕の声を上げる。
「それはヒトの参加者の場合だね。ウマ娘なら350kmだよ」
「うへぇ〜、チケゾーさんってそんなレースに出てたんだ。私には絶対に無理だぁ〜」
足を投げ出して広げて座るリラに「はしたないわよ」とトレミーが注意する。
「ゴルシさんは……あの人らしいと言うか、やっぱり謎なんだよね。海外で何故かよくバッタリと遭遇するんだけど、その度に全く違う国で全く違う仕事をしてて……最後に会った時はインドで注ぎ口が沢山ある謎の装置を背負ってお茶を売っていたよ。時々日本に帰ってきてマックイーンさんの自宅でお世話になってるみたいだけど」
「……本当に謎ね……でも会ってみたい……」
トレミーはゴルシに興味がある様子だ。
「3人組の先輩たちは卒業後もずっと仲良しで、今は一緒にブティックを経営しているよ。結構繁盛してるみたい。勝負服に使う小物の制作を請け負ったりもしてるんだって。後はライスさんだけど…………うーん」
「? どうされたのですか、マリンさん」
デアリングタクトはなにか言い淀むマリンを不思議に思った。
「……君たち、秘密は絶対に守れる?」
「守れる守れる守れる!!!」
リラがワクワク顔でコクコクと頷く。秘密の話というのはいつの時代でも若者の興味を引くようだ。他の若者2人もコクコクと追従する。
「うむ、君たちを信用して教えてあげよう。ライスさんはね、作家をしているんだ。絵本作家から始まったんだけど、今は小説とか舞台の脚本を書いたりもしているんだって」
「……え、そうだったの? ライスシャワーさんが本を書いてるって聞いた事ないわ……」
トレミーは目をパチクリとさせて言った。読書家の彼女にとって意外な情報だったようだ。
「ペンネーム教えてあげる。みんな、こっちに寄って」
マリンがそう言うと3人の学生は彼女に顔を近付ける。そしてマリンがこっそりと作家ライスシャワーのペンネームを囁くと……
「「「えええええええええっ!?」」」
3人は驚愕の表情を浮かべた。
「その人の絵本、私たち小さかった頃に読んでたよ! 今も多分実家に置いてあるっ!」
「……嘘……驚愕過ぎだわ……」
「わわ……私たち、そんな事知っちゃって良かったのかな。だ、誰かに監視されたりしない……?」
若きウマ娘たちは三者三様に動揺する。ライスシャワーは若者なら知らぬ者は居ないと言える程の著名作家となっていたのだ。
「ライスさんは、学園卒業前から出版社と契約を交わしていたんだ。ライスシャワーって名前を隠して本を出したかったんだって。だから今聞いたことは他言無用だからね。もし誰かに話したりしたら私が直々にお灸据えてあげるから。いいね?」
マリンはちょっぴり威圧感を出して警告すると、3人のウマ娘たちはブンブンと首を縦に振る。
「良いの、マリン? こいつらにそのこと言っちゃって」
片膝立てて座るルリがマリンに向かって言った。マリンは「あはは、まぁきっと大丈夫だよ」とにこやかに微笑む。
「……ルリコーチは知ってたの……?」
「まぁね。マリンを通してあの時代のシリウスのレースウマ娘たちとも仲良くさせて貰ってたし」
トレミーの問いかけに、ルリは缶コーヒーを飲みながら答える。その正面に座るマリンもトレミーに分けて貰った水筒のお茶を飲んで一息ついていた。
「……さて、私だけ喋るのもなんだから、そろそろ君たちの事も聞かせて貰おうかな。例えば……レースウマ娘としての目標とかね」
マリンがそう尋ねると、真っ先にリラがビシッと手を上げて元気一杯の声で叫ぶ。
「はいっ! 私は日本ダービー! ダービーダービーダービーダービーッ!!!」
話に聞いていた昔のチケットさんみたいだな、とマリンはクスッと笑う。
「……リラ、うるさい……でも私も同じ。お母さんと同じダービーウマ娘になるのが、私の目標……」
トレミーもマリンの眼を見つめてハッキリと宣言する。
「わ、私は……『トリプルティアラ』……です」
デアリングタクトは小声で呟くように言うと、リラもトレミーも驚いた表情になった。どうやらこの双子たちも初めて聞いた事のようだ。
「ええーー!? タクトちゃん、トリプルティアラ路線に行くの!? 何で!? 絶対にクラシック三冠の方がカッコいいよ! それにスペシャルウィークさんもダービー勝ってるんだよ! 一緒にダービー走ろうよー!!」
「こら、カッコいいとかそんな問題じゃないでしょ」
ゴネるリラを、ルリが諌める。そしてデアリングタクトはおずおずと言葉を続ける。
「その……スペシャルウィークさんみたいなダービーウマ娘になれたら……って思わない訳じゃないんです。でも、私は長距離の適正はあまりないみたいで……」
どこか歯切れの悪いデアリングタクトの言葉の裏に何かがある、とマリンは直感した。
「何か事情がありそうだね。良かったら聞かせてくれないかな、タクトちゃん」
デアリングタクトはマリンの顔を見つめると、おもむろに語り始めた。
「……私は今でこそ『シリウス』に所属していますけど、実は……最初はトレーナーさんにチームへの加入を断られたんです」
ブルーシートの上の、デアリングタクト以外のウマ娘たちの間に衝撃が走った。
「ええええ!? 私、初めて聞いたよ!!」
リラがびっくり仰天な様子である。トレミーやルリまでもが目を見開いていた。
「うん、実はそうだったの。中々言い出せなかったんだ……あんまり明るい話じゃないし、最終的には『シリウス』に入れたから話さないで大丈夫かなって思って」
「……タクトは選抜レースでも1着だった。私たちの世代の有望株で、どのチームにも引っ張りだこだったのに、それでも断られたの……?」
トレミーの質問に、デアリングタクトは俯く。そしてマリンは話の続きを促した。
「ふぅん……タクトちゃんはそんな期待されるウマ娘だったのに、あのサブトレーナーさんは断ったんだね」
「……だからこそ、だったと思います。トレーナーさんって、チームの利益なんて関係なくウマ娘たち一人一人の最善を考える人なんです。私がチームに入りたいって伝えたら、『君は素晴らしい才能を持っている。けれど、その芽を育てるにはシリウスじゃ力不足だ。君が本当に輝けるチームは他にある』と言って、全く取り合ってくれなくて」
皆、真剣にデアリングタクトの話に聞き入っていた。
「それでも私、諦めきれなくて何度もトレーナーさんに『シリウス』への加入を頼み込んだんです。けど、その度に断られていました。ついにはトレーナーさん、私が『シリウス』よりも入るべきチームを熱心に紹介しだして……ふふっ、可笑しいですよね。断れば良いだけなのに、プロジェクターとか資料とか沢山用意して他のチームのプレゼンまでしたんですよ」
デアリングタクトは困ったよう顔を綻ばせる。その表情には、彼女のトレーナーへの深い信頼が見て取れる。
「でも、だからこそ……惹かれたんです。このトレーナーさんの元で、このチーム『シリウス』で走りたいって思ったんです。この人は本当に本気で私の事を考えて心配してくれているのが伝わってきたから。それで食い下がっていると、オルフェ先輩が助け舟を出してくれて、トレーナーさんは渋々私の加入を了承してくれました」
デアリングタクトの話を聞いて、ルリが神妙な顔付きになる。
「まぁ……シリウスのトレーナーがそう言うのも不思議じゃないのよ。マリンには悪いけど、今の『シリウス』はお世辞にも良い成績を残してるとは言えないものね……むしろマリンが居た頃の『シリウス』がおかしかったのよ。癖者揃いと言え、実力も化け物級なウマ娘たちが集まっていたんだもの」
「……トレーナーさんも陰で色々と言われて、落ち込んでいるみたいです。今の『シリウス』に残っているのは名前だけだ、トレーナーの代替わりで落ちぶれたって臆面もなく言う人たちも居て……『シリウス』の名を背負うのは重いと言って他所のチームに移籍するウマ娘も居たらしいです。だから今は最低限の人数しかチームに居ないんです」
マリンはデアリングタクトをじっと見つめて言う。
「……それでも、タクトちゃんは『シリウス』を選んだんだね。あのサブトレーナーさんは私が卒業する直前にシリウスにやって来たから、私はあまり深く付き合った事はないんだ。けど、私のトレーナーさんが言ってたよ。あのサブトレーナーは能力はトレセン学園の中でも下から数えた方が早い、けど誰よりもウマ娘に真摯に向き合える奴なんだ……って」
マリンの言葉にデアリングタクトは目を輝かせる。
「そうなんです! 凄く一生懸命で、見てるこっちが心配になるくらいなんです! トレーナーさんはどんなウマ娘でも絶対に受け入れて、真っ直ぐに向き合ってくれます。あのトレーナーさんだからこそ、オルフェ先輩や他の方々が『シリウス』に集まっているんです。偉そうな事は言えないけど、スペシャルウィークさんを育てたかつてのシリウスのトレーナーさんが、あの人を後任に選んだ理由が分かった気がしたんです……」
デアリングタクトの瞳の奥には、固い決意の炎が燃えていた。
「オルフェ先輩が言ってました。自分の様な厄介者を受け入れてくれたのはあの人だけだ。だから、自分の脚でやれる事は全てやるつもりだって……だから私も、今の自分が1番活躍できる可能性が高い路線に進むと決めたんです!」
デアリングタクトはマリンの瞳を真っ直ぐに見つめる。そこには、自信無さげな少女の姿はどこにもなかった。
「私は、チーム『シリウス』が大好きです!!
スペシャルウィークさんやマリンさんが居た、このチームが……
だからトレーナーさんの為に、『シリウス』を日本一のチームにしたいです!! それが私の夢です!!」
その華のような笑顔を見て、マリンは心の底から安堵していた。彼女は自分と仲間たちが去った後のチーム『シリウス』の現状を、もちろん知っていたのだ。だが、彼女の思い煩いは既に彼方へ消え去っていた。若き芽は、かくも力強く美しく萌えていたのだから……
「〜〜〜〜〜っ、タクトちゃんっっ!!!」
マリンはデアリングタクトに飛び付いて力一杯抱きしめる。華の美少女は突然のことに目をパチクリさせて慌てふためく。
「あぁ、こんなに健気で可愛い後輩が居たなんて、スペさんもきっと喜ぶよ! ほんっっっとうに可愛いなぁもう、まるで花束を抱きしめてるみたい……良い香りがする……!」
「あ、あ、あの、マリンさんっ!? ちょ……ぷっ……く、苦しいですぅ……!」
「あははっ! 分かる! タクトちゃんって凄く抱き心地が良いんだよね! 良い匂いもするし!」
「……じぃぃ……いいなぁ……タクト……」
「ちょっと、マリン。その辺にしておきなさいよ。アンタ、筋力だけならレース現役時代よりも強くなってるんだから。タクトが潰れちゃったらどうする気よ」
ジタバタと暴れるデアリングタクトを名残惜しそうに解放すると、マリンは彼女の肩に手を置いた。
「頑張ってね、タクトちゃん。私、地球の裏側からでも、どこからでもずっと応援しているからね」
その優しい声に、デアリングタクトは力強く頷いた。
「はい、きっと応援に応えてみせます……! と言っても、私のデビューはまだ先なんですけどね……オルフェ先輩も来年からクラシック級ですし、それまでにトレーナーさんとみっちりトレーニングして自分を鍛えますっ!」
デアリングタクトは両手を握って気合い十分な様子だった。他のウマ娘たちが笑顔で彼女を見つめる中、リラは腕を組んで難しい顔をしていた。
「タクトちゃんがそんな思いを秘めていたなんて、私は知らなかったなぁ……でも!」
突然声を上げたリラに皆の注目が集まった。
「タクトちゃん……夢はね、『盛り得』なんだよ! 『シリウス』を日本一のチームにしたいのなら、夢もそれ相応にデッカくなけりゃつまらないよ!」
「何言ってんのよリラ……トリプルティアラって、その時点で相当にデッカい目標じゃない」
ルリは胡座をかいて、右手で頬杖をつきながら言った。しかしリラは「チッチッチ」と生意気そうに指を振る。
「ルリ姉ぇは甘いなぁ。トリプルティアラと言えばもう一つの『三冠』だよ? 今年の春に卒業したディープインパクト先輩を見たでしょ。あの風格こそが日本一って感じがしない?」
「……リラ……あなたまさか……」
トレミーの呟きにキラン!とリラの目が光る。
「そう! 『シリウス』を日本一のチームにしたいのなら、タクトちゃんの目的はただのトリプルティアラじゃあいけない! 目指すならその更に上……
『無敗のトリプルティアラ』ッ!!
そうでしょ、タクトちゃん!!」
『無敗のトリプルティアラ』、リラの言葉にその場の他のウマ娘たちは息を呑んだ。そしてルリは言葉を絞り出すように言う。
「……『無敗』って……デビューしてからクラシック期まで一度も負けずに走って、そこから更にトリプルティアラの3つのG1レースを勝つってこと? 無敗のクラシック三冠と同レベルの難易度じゃない。マリン、今まで『無敗のトリプルティアラ』を達成したウマ娘って居るの?」
「……居ないね。もし達成したら史上初の快挙になる」
「わっ……私が、むっ、無敗の三冠を……?」
デアリングタクトのさっきまでの堂々とした姿はどこかへなりを潜めてしまった。だが、彼女は自分の手を誰かが握るのを感じ取った。ワナワナと震え出したその手を握ったのはトレミーだった。
「……別にリラの肩を持つ訳じゃないけど、夢を語るのを怖がってはいけないと思うわ。スペシャルウィークさんだって、きっとそうだったのでしょう……?」
ジッと見つめてくるトレミーの瞳に、デアリングタクトはハッとさせられた。彼女の心は落ち着いて、凛々しい表情を取り戻して微笑む。
「ふふっ……リラちゃんもトレミーちゃんも、本当に凄いなぁ。私の方がお姉ちゃんなのに、いつも助けて貰ってばかり……よしっ!!」
パンパン!とデアリングタクトは自らの頬を叩いて気合いを入れ直した。
「私は……『無敗のトリプルティアラ』を達成して、チーム『シリウス』を日本一のチームにするっ!!! 絶対に、負けないっ!!!」
決意を新たにしたデアリングタクトの……未来の『無敗のトリプルティアラ』ウマ娘の姿が、黒髪のウマ娘の瞳に眩しく映る。
マリンの目の前に、メジロマックイーン、ゴールドシップ、ウイニングチケット、ライスシャワー、ナリタブライアン、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、そして3人の先輩たち……トレセン学園の制服を来た皆の笑顔が浮かんで見えた。
(あぁ……みんな、私たちの『道』は繋がっているよ。その先もきっと……)
マリンはチーム『シリウス』で過ごした、かつての輝かしい日々を思い出して笑顔を浮かべる。あの頃には決して戻れない、けれど自分たちの後に続くウマ娘たちが確かに居る事を知ったのだ。
そんな誇らしい思いに浸っていると……
キーンコーンカーンコーン……
遠くの本校舎の方から鐘の音が聞こえて来た。
「あらら、もうこんな時間なのね。名残惜しいけど……リラ、トレミー、タクト、片付けてさっさと校舎に戻るわよ」
ルリがそう言うと、リラとトレミーは泣きそうな顔で彼女を振り返った。
「ええーーー!? せっかくマリンさんに会えたんだよ! お願いルリ姉ぇ、もう少しだけ!!」
「……っ……」
双子のウマ娘たちはウルウルと瞳を潤ませる。先の会話でマリンがすぐに日本を発つ事は伝えてあったのだ。
「ダメよ。その制服を着ているのなら、私はアンタたちを大人として扱うわ。一時の感情で我儘を言うのは許されないわよ」
「ふふっ……ルリは立派に先生をしているね。ルリ、トレミー、私が今度日本に帰って来たら、真っ先に会いに来てあげるから……もちろん、タクトちゃんもね。君たちがレースウマ娘として成長した姿を見るの、楽しみにしているよ」
マリンは双子を抱きしめながら、デアリングタクトに話しかける。その温もりを、胸一杯に感じ取る。
「うぅ……マリンさぁん!」
「……ぐすっ……」
さっきの立派な振る舞いはどこへやら。飛び級したと言えども、大好きな人との別れの時には、双子たちは年相応の子供に戻ってしまうようだった。ちなみに実は、大人びた雰囲気のトレミーの方がリラよりも寂しがり屋だったりする。
「タクトちゃん、チームの事、任せたよ。サブトレーナーさん……いや、『シリウス』のトレーナーにもよろしく伝えておいてね」
「はい、任せて下さい! きっとマリンさんたちの時代よりも、もっともっと立派なチームにして見せます!」
その頼もしい返事を聞いて、マリンは満足そうに微笑み返す。学生たちはピクニックシートをテキパキと片付けていく。その様子を見ながら、ルリはマリンに話しかけた。
「で、アンタこれからどうするの? 誰にも帰ってきた事伝えてないって言ってたけど」
「今日はゆっくり休んで、明日はおじいちゃんの所へ行く予定だよ。久しぶりだから色々とやる事があるしね」
「……そう、確かに顔見せなきゃ怒られるわね。いくら日本に居る時間が短いとは言えね」
…………
………
……
…
そうしてマリンは、彼女の幼馴染と3人の若きウマ娘たちが校舎へと戻るのを、その姿が見えなくなるまで見送った。途中途中で何度も振り返る可愛い双子たちに、笑顔で手を振り続けたのだった。
「……ふぅ、本当に来て良かった。『新しい時代』を駆ける彼女たちに、どうか幸あらんことを……」
マリンは天に向かって祈りを捧げた。どこまでも澄み渡る青空が、若きウマ娘たちを見守ってくれているような気がした。
「……ああ、ここまで来ると……やっぱり欲が出ちゃうなぁ」
マリンは本来はここで帰るつもりでいた。しかし、彼女の心がとある場所に向かうようにと急かし続けていた。
「……チラッとだけ覗いて帰ろう。邪魔しちゃ悪いしね。ダンスレッスンのスタジオに居るかもしれないけど、確かどの辺だったかな……」
ザッザッとマリンは芝を踏んで歩き出す。
とあるウマ娘が居るであろう場所を真っ直ぐに目指して……
次回
episode 7:桜色の先生