【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
かつて友人たちと歩いた廊下を、マリンアウトサイダは忍足で素早く移動する。授業時間中で静まり返っているその道で、彼女は懐かしく賑やかな顔ぶれとすれ違う幻影を見た気がした。
実は彼女はUMADとトレセン学園が秘密裏の会合を開く際に使用される『例の裏口』を通ってきていた。正式な手続きを経ずに学園に侵入したので、他の者に見つかっては都合が悪かったのだ。
(あそこだ。この時間ならレッスンは開かれているはず……)
マリンはスタジオの扉の前に辿り着くと、壁に背をつけて覗き窓からこっそりと中を伺った。すると中では多くのウマ娘が真剣に、そして笑顔で振り付けの練習をしていた。そんな彼女たちの中心には……
意気軒昂、一所懸命に、未来を担う若葉を育む
『桜色の先生』の後ろ姿があった
(ああ……『彼女』だ……)
マリンはそのウマ娘を見て目を細める。セミロングの桜色の髪を後ろに束ねた彼女がステップを踏むたびに、トレードマークのハチマキが宙に揺れる。彼女は学生の頃よりずっと背は伸びているが、まだ小柄だと言える体型だった。しかし、その洗練された動きを見れば、誰もが彼女がプロのダンサーである事を疑わないだろう。
マリンアウトサイダのライバル……『ハルウララ』は、現在トレセン学園でダンス指導教官として働いている。彼女のレッスンには連日多くのウマ娘が参加しており、その人気っぷりは学園内でも指折りである。
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ここで、『不屈のアイドルウマ娘』ハルウララの卒業後の進路を記しておこう。
彼女は学園を卒業すると、「大好きなダンスをもっと頑張りたい!」という理由で都内のある有名な劇団に入団した。そこでの下積みを通してダンサーとしての才能を開花させた彼女は、一時期はプロダンスチームの一員として全国を巡って活動していた。だが、四国に立ち寄った際に観た高知レース場でのレースとウイニングライブをきっかけに、トレセン学園の先生になろうと思い立ったのだった。
指導教官となったハルウララの人気は抜群だった。それは元々の知名度とプロダンサーとしての実力があっての事だったかもしれない。しかし、何よりも皆の心を掴んだのは、誰よりもレースでの敗北を知る彼女が尚もひた向きに、そして朗らかであり続けたその『強さ』だった。そんな彼女に、多くのウマ娘が惹かれていたのだ。まるでかつてのマリンアウトサイダのように……
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溢れんばかりの熱意と満開の桜のような笑顔でダンスを教えるハルウララの姿に、マリンは呼吸も忘れて見入っていた。生徒たちの笑顔が絶えないスタジオで、ハルウララは比喩ではなく本当に輝いて見えたのだった。
(……うん、満足だ。彼女を一目見れた。今はこれだけで良い……)
レッスンの邪魔をしてはいけないからせめて……と、マリンは最後にスタジオの風景を目に焼き付けようと窓に目を凝らした。すると……
「入構許可証も申請せずに何をなさってるんですか? マリンアウトサイダさん」
「ひゃうわっっ!?」
ビクン!とマリンは耳と尻尾を逆立てる。ダンスを指導するハルウララにあまりに夢中になっていたのか、いつの間にか側に立っていた人物に気付けなかったようだ。
「大声を出したらレッスンスタジオの中に聞こえちゃいますよ?」
「た、たづなさん!?」
マリンが振り返った先には、昔と変わらぬ緑の服装に身を包んだトレセン学園理事長秘書・駿川たづなが柔らかな物腰で佇んでいた。
「はい、駿川たづなです。お久しぶりですね、マリンさん。日に焼けていたので、誰だか判断に迷ってしまいました」
「お、お久しぶりです、たづなさん……その気配を消す技術、相変わらず見事ですね。やっぱり本当は何か武道を修めているんじゃないですか?」
「ふふふ、私はただの秘書ですよ」
ニッコリと微笑むたづなの笑顔は十数年前から何も変わっていない。マリンはまるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚に陥ってしまう。
「どうして私がここに居ると分かったんですか?」
「秘書の直感です……と言うのは冗談で、貴方が例の裏口を使ったのがモニターで確認できました。この学園も昔よりセキュリティは強化されていますので」
「そうだったんですね……あはは」
マリンはバツが悪そうに頭を搔く。そんな彼女を尻目にたづなはチラッとスタジオを覗き込んだ。
「ハルウララ先生のレッスンをご覧になっていたのですね、マリンさんは」
たづなは目を細めて優しく微笑んだ。レッスンを受ける若きウマ娘たちの未来に思いを馳せるように。
「……はい。本当はすぐに帰るつもりだったのですが、どうしても一目見ておきたくて」
「彼女のレッスンはとても人気があるんですよ。プロダンサーとして活躍していたからと言うのもありますが、何よりも彼女はレースで活躍できないウマ娘たちの気持ちを誰よりも理解している。落ち込んだ生徒たちを励ますことに関しては、彼女の右に出る者はいませんから……」
たづなの言葉に、マリンはかつてハルウララとダンスレッスンを共にしたウマ娘たちを思い出していた。彼女たちも皆、それぞれの道を歩んでいた。中にはハルウララが所属していたプロダンスチームで現在も活躍しているウマ娘たちもいる。
「そうですか……今でも彼女は、たくさんの誰かを救っているのですね。凄いな、本当に凄い……」
マリンがそう言うと、たづなは「ふふっ」と声を出して笑った。マリンがそれを不思議そうに見つめる。
「いえ、すみません。ただ、貴方たちがお互いに尊敬しあってる事がとても眩しくて……ハルウララさんも、マリンさんに対して全く同じことをおっしゃっていたのを思い出したんです」
「え……?」
予想外の言葉に、マリンは目を丸くして固まった。たづなはニコリと微笑んで言葉を続ける。
「ハルウララさんは言ってましたよ。マリンさんが作った新学科のお陰で、学園のウマ娘たちは沢山の道を選べるようになった。『沢山の寄り道をしなさい。もしかしたらそこで大切な物が見つかるかもしれないから』とマリンさんの言葉を迷っているウマ娘たちによく話してあげているそうです」
「そ、そうなのですか!? なんか、照れくさいですね……」
「そして、こんな事も言ってました。『そんな道を作ったマリンさんは、今でも世界中で沢山の人達を助けてるんだ。レースでダメダメだった私と本気で真剣に勝負してくれた、私の自慢のライバルなんだ。とっても凄いウマ娘なんだ』と……」
「っ……!」
たづなから聞いたハルウララの思いに、マリンの胸の奥がジンと熱くなる。
「……確かに、行く先々でトラブルに巻き込まれたりで結果的に人助けをしたりする事もありますが、それでも……ハルウララに救われたのは、他ならぬ私なのです。彼女がいなければ、私はこの道を進む事も、作る事も出来なかった」
マリンは再びスタジオを覗き込む。そこには生徒たちと一緒に踊る、成長した最高のライバルの姿が見えた。たづなも少し身を乗り出してマリンと一緒にその『桜色の先生』の背中を眺める。
「成長しましたね……ハルウララさんもマリンさんも。はぁ……私もオバさんになってしまう訳ですね。最近は若い子たちの輝きが一層眩しく見えてしまいます」
たづなはため息をついて頬に手を当てる。なんだか色っぽいなとマリンは思った。
「いや……たづなさんの若々しさも昔から何にも変わってないじゃないですか。サイ○リヤの間違い探しかってくらい、変わった所が見つからないのですが……」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいですよ、マリンさん」
「ガチでそう思ってるんですけどね……」
今度その若さの秘訣を教えてください、と言ってマリンはスタジオの扉に背を向けた。
「会って行かないのですか? ハルウララさんもきっと喜ぶと思いますよ」
「いえ、それはまた今度の機会に。生徒たちがあんな笑顔で楽しそうにレッスンしているのを邪魔するのは気が引けてしまいますから。たづなさんにも会えて嬉しかったです。秋川理事長にもよろしくお伝え下さい。では……」
そう言ってマリンは足早に立ち去ろうとする……が、
「どこへ行こうと言うのですか、マリンさん……?」
とっても笑顔なたづなさんがマリンの肩をギリギリと掴んで離さなかった。
「確かにマリンさんは新学科の創設者でトレセン学園と深い関係にありますが……所属組織が違うと言う点では貴方は『部外者』なのですよ? UMAD副理事長ともあろう者が学園に無断侵入するのは如何なものでございましょう?」
「あ、あの……すみません……たづなさん……」
マリンは冷や汗を流して振り返る。たづなさんの背後にはかつてと変わらぬ鬼のオーラが浮かんでいた。
「では、理事長室に向かいましょう。秋川理事長がお待ちです。すこ〜〜〜しばかりお説教が待っていますよ。はぁ、この間もチーム『シリウス』の子たちをお説教したばかりなのに、マリンさんもやっぱり『シリウス』なんですね……」
「え、『シリウス』って今でもそんな感じなんですか? おかしいな、タクトちゃんはあんなに良い子なのに……」
そんなこんなで、マリンはたづなに引っ張られるように連行されてしまう。理事長室では積もる話もしつつ、たっぷりお説教を食らったそうな……
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それから数時間後、場面変わって……
学園から離れた閑静な住宅街、その一角に近所で評判の『お花屋さん』があった。お洒落で可愛いらしい雰囲気のそのお店は、店内で小さなカフェも経営している。
今、そこの店員と思われる小柄なウマ娘が1人のお客さんに花束を包んでいる。慣れた手つきでさっとリボンを結ぶと、新聞紙で包んでお客さんに手渡した。
「ありがとうございました。またお越しください」
エプロン姿の小柄なウマ娘は笑顔でお店の外までお客さんを見送ると、「ん〜っ」と腰に手を当てて背中を伸ばした。
「フゥ……やっと一段落かな。チビはまだお昼寝してるし、アタシも一息入れようかな」
涼しい風にエプロンをパタパタとなびかせて、ナリタタイシンは小さく呟いた。学生の頃よりほんのちょっとだけ背の伸びた彼女は、どこか若奥様な雰囲気が漂っていた。まあ、実際そうなのであるが。
彼女が店の中に戻ろうとすると、カツンカツンと足音が聞こえてきた。せっかく休めると思った所にまたお客さんかな、とタイシンは内心でため息をつくが、そこは社会人スマイルでやってきた人物を出迎えるのだった。
「いらっしゃいませ〜。何かお探しでしょうか……って、あれ」
やって来たのはサングラスをかけた、ふんわりとしたポニーテールの髪型をしたスタイルの良い芦毛のウマ娘だった。彼女はタイシンの前まで来ると、おもむろにサングラスを外す。
「やあ、タイシン。仕事の邪魔をしてしまっただろうか。久々に時間が取れたから、君に会いに来たのだが……」
「ハヤヒデ!? 久しぶりじゃん! 何でアタシがここで働いてるって知ってるのよ。まぁいいや、とにかく中に入って! コーヒー出してあげるから」
やって来たのは現役のPGリーグプロランナー『ビワハヤヒデ』だった。妹のナリタブライアンと共にAランク帯で活躍中の、正真正銘の日本のトップランナーの1人である。
その人気っぷりはファンや現役のトレセン学園生ならば会ったら気絶してしまう程なのだが、タイシンは昔馴染みの親友として気さくに彼女に接している。ハヤヒデにはそれが心地良いので、たまに時間を作ってはタイシンに会いに来ているのだ。
「ああ、ありがとう。では、遠慮なくお邪魔させて貰うよ」
タイシンは多くの花々が丁寧に飾ってあるカフェスペースにハヤヒデを案内すると、「ちょっと待ってて」と言ってコーヒーの用意をするのだった。
…………
………
……
…
「お待たせ。最近マンハッタンカフェさんに色々教わってるんだ。少しはコーヒーの腕前が上がったと思うんだけど」
「ああ、素晴らしい香りだ」
ハヤヒデはゆっくりと香りを楽しむと、カップに口を付ける。その様子をタイシンは「相変わらず大人っぽくてザ・美人!って感じよね、ハヤヒデって」と思いつつ見守っている。
「っ、凄いな……! 専門店にも引けを取らない味わいだぞ、これは」
「へへっ、でしょ! ハヤヒデにそう言ってもらえるなら、新メニューに加えちゃっても良いかもね」
そうして2人は気の置けない仲間として、昔に戻ったように他愛の無い会話を楽しんだ。
「…………そこで偶然、君の旦那さんとバッタリ出くわしてね。君のご両親が腰を痛めたから代理でこの店で働いていると聞いたんだ」
「ああ、そうだったの。うん、うちの親が2人とも仲良くギックリ腰よ。暫く動けなさそうだから、ここは今はアタシのお店なの。まあ、チビの世話もしなきゃならないから結構大変だけど、楽しくやらせて貰ってる感じ」
タイシンは現在結婚して、一児の親となっていた。旦那は彼女の元トレーナーで、現在もレース関係者として働いている。
「ふふっ、そうか。楽しくやっているなら何よりだ。君の娘さんも育ち盛りで大変だろうと気になっていたんだ」
「そうなのよ、やたら走り回るから気が休まる時がないわ。このお店やってる時は大人しくしてくれるから良いんだけどね」
2人は再びコーヒーに口を付ける。静かでリラックスできる時間がゆっくりと流れていた。
「……せっかくハヤヒデに会えたのに、2人だけってのは寂しいね」
「……そうだな。学生の頃は静かな日など思い出せないくらい騒がしかったのにな。チケットとマリン殿は海外が拠点だし、『覇王世代』の皆もそれぞれ忙しい日々を送っているそうだ」
ちょっぴりしんみりした空気が漂う中を、カフェスペースから離れた入り口からコンコンとノック音と、カラランと扉の開く音が響いて来た。
「あっ! しまった……休憩中の札を掛けるの忘れてた。ごめん、ハヤヒデ。ちょっと対応してくるね」
「ああ、気にするな。ゆっくりとここの花を眺めているさ」
タイシンは席を立つと、入り口の方へ向かった。そこにはスポーツキャップを被った日焼けしたヒッチハイカーの様な出で立ちのウマ娘が立っていた。
「すみません。ここってナリタタイシンさんのご両親のお店ですよね。私、実は彼女の元クラスメイトで、昔何回かここに来た事が……」
そのお客さんの声を聞いて、タイシンは目を見開く。まるで天然記念物の生き物に出会ったかの様な驚愕の表情を浮かべた。
「うっそ……マリン……!?」
「ブフッ! あちちっ! な、なんだって!?」
タイシンの声を聞いて、ハヤヒデも思わず熱いコーヒーを吹いてガタン!と立ち上がっていた。2人の視線の先には、確かにあのクラスメイトだった黒髪のウマ娘が立っていた。
「えっ……タイシンさん!? それにハヤヒデさんまで!? ああ……本当になんて日なんだ、今日は……」
マリンも2人と同じく、驚愕の表情を浮かべるのだった……
次回
episode 8:仲間たち