【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
時刻は夕方に差し掛かるところ。西陽が射す住宅街のとあるお花屋さんの扉は、いつもなら開いているはずなのにその時は閉ざされていた。
店内ではコーヒーの芳醇な香りが3人のウマ娘を包み込んでいた。店のオーナー(代理)であるナリタタイシンは店の入り口に「休憩中」の札を立てたので、この貴重な時間は今は誰にも邪魔される事はないだろう。
「……それにしても、本当にビックリした。まさかマリンがやって来るなんて誰が予想出来るってのよ」
「ああ、驚愕も驚愕だ。海外の仕事が一段落ついたから、日本に立ち寄った……と言った所か。私たちに帰国を伝えなかったと言うことは、今回の滞在はほんの僅かな期間だけになるのだろう。マリン殿の事だからな、皆に迷惑をかけまいと考えたんじゃないか?」
「うわ……流石ハヤヒデさんだ。私がまだ何にも話していないのに、説明することが無くなっちゃいました。そうなんです、明後日の早朝には日本を発たなきゃいけなくて。私もまさかタイシンさんとハヤヒデさんに会えるとは思わなかったですよ」
マリンはタイシンの用意したコーヒーに口をつける。その美味しさに驚いた彼女が賛辞するとタイシンはニカッと笑顔になった。それから3人は簡単に互いの近況を伝え合うと、気の置けない仲間同士で、ゆったりと歓談に興じるのだった。
話題はマリンが今日体験した数々の再開と新たな出会いへと移り変わってゆく。
それはシンボリルドルフの話だったり……
「何、ルドルフ殿に会ったのか!? しかもバーで小一時間語らっただと……あのお方は常に御多忙な身で、私ですら会えるのは数ヶ月に一度くらいなんだぞ」
「へぇ、なんかトレセン学園にいた頃のアタシのシンボリルドルフの印象と変わらないな。生徒会長を辞めた今でもずっと忙しく働いてるんだ」
「ええ、再会できたのは本当に幸運でした。ルドルフさんとは色々な事を話しましたが、取り分け面白……コホン! 印象に残ってるのは、ルドルフさん、最近はディープインパクトに懐かれすぎて困ってるみたいです」
「え……どゆこと?」
アドマイヤベガの双子の娘たちの話だったり……
「リラもトレミーも大きくなっていて驚きました。2人の制服姿が本当にアヤベさんそっくりで……とても懐かしい気持ちになりました」
「ふふっ、子供の成長って本当に早いよね。うちのチビもついこの間までハイハイしてたのに、いつの間にか大きくなって疲れ知らずに走り回ってるし」
「アヤベ君の娘たちか、元気だったのなら何よりだ……暫く会っていないが、懐かしいな。あの双子が小さかった頃はよく髪の毛をイタズラされていたものだ」
「そんな事もありましたね。あの双子、しっかりとアヤベさんのフワフワ好きが遺伝しているみたいですし」
デアリングタクトの話だったり……
「へぇ……今の『シリウス』にそんな子がいるんだ、楽しみだね。デアリングタクト、覚えておこう」
「しかし、『無敗のトリプルティアラ』とは大きく出たな。その道はあまりに険しいぞ。それこそクラシック三冠に比肩する程だ」
「そうですね。でも……あの子ならそれを成し遂げてしまうって、なんだか確信があるのです」
「武術家としての勘ってヤツ? でも、マリンがそう言うなら本当に実現しそうだね」
たづなさんの話だったり……
「後、学園内でたづなさんにも会えましたよ。昔から何一つ変わっていなくて、本人はオバさんになったって言ってたんですけど俄には信じられません」
「え、マジ? ちょっと話聞いてこようかな……結婚してから、少し身体が気になってて……」
「タイシンは気にしすぎだ。昔から全然変わってないぞ。なんならレースにも復帰できるんじゃないか?」
「ああ、良いですね。いつかBNW全員参加でレースを開催したらファンも大歓喜間違いなしですよ。出来れば私も参加したいです」
「バカ言わないでよ。マリンとチケットは今でも身体鍛えてるんだろうけど、アタシが引退して何年経ってると思ってるのよ」
秋川理事長の話だったり……
「…………そんなこんなで、結局たづなさんに理事長室に連行されてしまいまして。十数年ぶりに秋川理事長に説教を喰らってしまいました……」
「それはマリンが悪いでしょ」
「うむ、入構許可証を申請するのは常識だろう」
「う……2人とも容赦なくバッサリ切ってきますね。その通りなのでぐうの音も出ないのですが」
「で、秋川理事長は元気にしてた? アタシは卒業以来ずっと会ってないからなぁ。新聞で見かけるくらいだし」
「ええ、相変わらず豪快なお方でしたよ。背もハヤヒデさんと同じくらいに伸びて凄く美人に成長してて、より威厳が増していました。ただ、あの猫ちゃんはお年を召してて、もう理事長の頭には乗れなくなっていたんですね……理事長室に置いてあるバスケットで丸くなってました。まだまだ元気そうではありましたが」
そして更に話題は、マリンたちと特に仲の良かったウマ娘たちに移ってゆく。まずはメイショウドトウの話になり……
「そうだ。猫と言えば、マリンは知ってる? ドトウのとこの猫の話」
「ドトウさんの猫……ええ、少し前からSNSで話題になっていましたよね。確かMETOちゃんでしたっけ? 近々写真集を発売するのだとか」
「ドトウ君も中々会えない友人の1人だな。あの娘が北海道で農業に従事しているとは……やはり予測の付かない未来と言うのも有るものだな」
「そうだね。でも、今でも時々連絡は取り合ってるし、仲の良い人達には毎年沢山ニンジンを送ってるみたい。ウチにもたまに山のようなニンジンとか牛乳が届くよ。」
「そうなのですか……会いたいですね。いつか皆と一緒に北海道に行くのも楽しそうです」
そして、今この場に居ないウイニングチケットの話になる。
「ところでマリンってチケットに会ったんだよね。元気にしてた? この前アイツから『ハワイで久しぶりにマリンさんに会ったよ〜〜!!!』ってメールと写真が送られて来たけど」
「ええ、相変わらず元気の塊と言った感じでしたよ。チケットさんがハワイでアイアンマンレースに参加する時期に私も所用でアメリカに居たので、そのまま飛行機便を予約して飛んで応援に行きました」
「私にも沢山写真と動画が送られて来たな。相変わらずフットワークの軽い君たち2人が羨ましいよ。ブライアンにも見せたら『ふっ……元気そうだな』と言って微笑んでいたよ」
「チケットさん、完走した後に私を見つけるとそのまま猛ダッシュで私の所へ突撃して飛んで抱き付いて来たんですよ。周りの人たちもビックリしていました。400km近く走った後なのに、とんでもない胆力とスタミナですよね」
「チケットは純粋な運動量だけなら、PGリーグ走者をも凌いでいるだろうからな。本当に大したものだよ。私も負けていられないな。今は多少ゆとりが有るが、そろそろ次回のプレミアムレースに向けてトレーニングに本腰を入れるつもりだ」
「ああ、ハヤヒデとブライアンは出走がほぼ確定してるもんね。後はニュースで見たけど、サイレンススズカさんも出るんだよね?」
「ええ、アメリカでスズカさんとも会ったのですが、彼女も久しぶりの日本のレースに気合が入ってるみたいでした。チーム『シリウス』の皆と走れるのを凄く楽しみにしていると言ってました。後はタイシンさんが出走してくれれば、かつての『シリウス』とBNWの奇跡のコラボレーションの完成ですよ。観客動員数の更新間違いなしです」
「ははっ、だから何言ってんの。アタシはとっくに引退して……って、アレ? 何よマリン、その言い方だとまるでチケットも出走するみたいじゃない」
「え?……………あ。い、いや、これはその、言葉の綾というか、そうなったら楽しいだろうなぁ〜〜って私の願望というか」
タイシンの指摘にマリンはしどろもどろに答える。そしてマリンの隣に座るハヤヒデの眼鏡がキラン!と光った。
「……ほう、それは確かに夢のある話だなマリン殿。しかし、先程から君の態度には些か疑念を禁じ得ない。サイレンススズカとアメリカで会ったとも言っていたし、更に多忙な君が都合良くハワイのアイアンマンレースを観戦しに行く余裕が有ったと……何か隠してはいないか?」
「あぁ……確かにそうだね。これは詳しく話を聞かなきゃねぇ」
BNWのBとNが目に怪しい光を浮かべてニヤリとマリン迫って行く。
「いやその……あ、あはは…………うぅ、油断した。久しぶりに2人に会えて、懐かしい雰囲気に安心しきってしまった…………」
黒髪のウマ娘は観念したように、ガックリと項垂れたのだった。
次回
episode 9:『春天の3200mも「短距離」だなって』