【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが学園に鳴り響くと、それに合わせて教室のウマ娘たちの耳がピクンと揺れる。
そんな光景を見ながら、マリンアウトサイダは授業初日の小さな発見に思考を巡らせた。
(やっぱり前の学校よりチャイムの音が小さいな。トレセン学園にはウマ娘しか居ないからなのかな……?)
マリンが以前通っていた私立学校は共学校だった。そこに通う生徒の大半はヒトの男女で、ウマ娘はごく少数しかいなかった。なので校舎の基本設備はヒトに合わせて造られており、ウマ娘にとって不便なことも少々あった。
特にマリンを含めたウマ娘たちにとって、チャイムは苦手なものの筆頭だった。ヒトの聴力に合わせた音量は、聴覚の優れたウマ娘にとっては刺激が強過ぎたのだ。ウマ娘しか通わないトレセン学園ではきっと、あらゆるものがウマ娘基準になっているのだろう。
と、マリンがそんなことを考えつつ帰りの支度を進めていると、鋭く凛々しい目つきをしたウマ娘が近づいてくるのが見えた。
コツコツと足音を立てて、彼女はマリンの机の側で立ち止まり軽く腕を組んだ。
「マリンアウトサイダ、少し良いだろうか? トップロードも一緒に聞いてくれ、君に頼みたいことがある」
マリンに話しかけ、トップロードに振り返って声をかけたのは、生徒会副会長のエアグルーヴだった。同年代とは思えない美貌とプロポーションは眼前にすると圧巻である。
格闘ウマ娘のマリンでも、彼女がレース走者として躯体を鍛え上げている事が一目で分かる。まさに女帝と呼ばれるに相応しいウマ娘だった。
そんな女帝に先に返答したのはナリタトップロードだった。少し離れた席を立って、トコトコとやって来る。
「はいっ! どうされたんですか、エアグルーヴさん?」
「ああ、トップロード。実は君に『彼女』の校内施設案内を頼みたいんだ」
エアグルーヴはマリンに視線を移しながら言った。
「本来は生徒会のメンバーがやるべき仕事なのだが、この時期は色々と立て込んでいてな。生徒会に手の空いてる者がいないんだ。そこでクラス委員長の君を頼ろうと……」
「はい、やりますっ!!!」
突然の大きな声に、マリンの耳がビクンッと揺れる。
「私がお力になれるなら、何でもお任せください!」
トップロードは目をキラキラと輝かせている。誰かに頼りにされる事がそのまま彼女の活動エネルギーに変換されているようだ。エアグルーヴはそんな彼女に微笑み返す。
「ああ、よろしく頼む。マリンアウトサイダにとっても学園に馴染む良い機会となるだろうし、他に誰か誘うのも良いだろう」
と、エアグルーヴが言い終わるや否や、隣の席からもう1人ウマ娘が大声を上げるのだった。
「あっ、はいはーーい! アタシ!! アタシも一緒に行けるよぉーー!!!」
突然の大きな声に、再びマリンの耳がビクンッと揺れる。エアグルーヴとトップロードは慣れているのか特に動じていない。
マリンが隣を見ると、チケットがブンブンと手を振っていた。
トレセン学園はチャイムの音は小さいが、声の大きいウマ娘がたくさんいるようだ。
「まあ、チケットと一緒なら退屈はしないだろう。マリンアウトサイダもそれで良いだろうか?」
「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」
と、そんなこんなでマリンはトップロード&チケットに施設案内をしてもらうことになったのだった。
……………
…………
………
……
…
「ねえねえマリンさん、どこ見に行きたい!?」
チケットが耳をピコピコさせながらマリンに尋ねる。本当にすごく元気な方だなぁと、マリンは自然と頬が緩んだ。
その隣のトップロードさんが宥めるように続けて言う。
「チケットさん、それは私たちが決めて案内してあげなきゃですよ。うーん、時間にあまり余裕もないですし……ジムに行って、その後プールに行くか……それとも先に食堂に行った方が良いのかな?」
チケットもトップロードもこの後にトレーニングを控えているらしい。なので限られた時間内に校内を廻らなければならない。
現在3人は本校舎のエントランスにいる。マリンは数秒目を瞑り、以前見た学園案内図を脳内で確認した。
「提案なのですが、まずは隣接する校舎の図書室に行くのがよろしいかと。そして東口から外へ出て南へ向かえばプール施設に着きます。そこから本校舎を中心に時計回りに移動して、途中の校舎を通り抜けながらジムやグラウンドを見学し、最後に食堂へ向かう。これが全ての施設を巡る最速のルートだと思います」
「えっ」
マリンがそう伝えると、トップロードはポカンとした表情でマリンを見つめた。マリンが目も顔もまん丸いお餅みたいだなと思ったのはナイショだ。
「え、えっと……それなら確かに全部回れそうですね。マリンさん、もしかして既に見て回ったんですか?」
「いえ、トレセン学園のパンフレットに地図が描かれてあったので、それを記憶しているだけです」
マリンの言葉にチケットが両手を握って目を見開く。
「スッゴイ、そんな一瞬でどう回れば一番早いか分かったの!? マリンさんって、すごく頭良いんだね! アタシなんて、今でもたまに校内で道間違えるのに!」
マリンの脳内にハヤヒデとタイシンにお世話されているチケットの姿がありありと浮かんだ。
「あはは、でもマリンさん……もしかして案内しなくても大丈夫だったりしますか? 余計なお世話をしてたら申し訳ないですし」
トップロードが耳をちょっぴり垂らしてマリンに尋ねる。
「いえ、施設の位置関係を把握しているだけで実際に見たわけではないので……色々と教えてくれると、とても助かります」
パァとトップロードの耳がピョコン!と元気に立つ。
「任せてください! 聞きたいことがあったら何でも聞いてくださいね! それじゃ、ルートも決まった事ですし、急ぎましょう!」
「おー!!!」
と、チケットが拳を突き上げるとトップロードと2人で駆け出した。
タッタッタッタッタ!!と軽快な足音が鳴るが、黒髪のウマ娘は立ち止ったままで……
「えっ!? あ、あのっ! ちょっと待ってください!!」
マリンは困惑した声で、彼女たちを呼び止めた。
「えっ、どうしたんですか、マリンさん?」
トップロードとチケットが足を止めて、不思議そうに振り返る。
「校内って……『走って良い』んですか?」
「「へ?」」
2人のウマ娘はキョトンとする。
「その、以前の学校では『ウマ娘は校内を走ってはいけない』と、とても厳しく指導されていたので……」
あー、とトップロードは納得した表情になる。
「そっか、マリンさんの以前通っていた学校は共学だったんですよね! ヒトの多い場所だと確かに危ないですし」
「そー言えば、アタシも小学生の時は『廊下を走っちゃいけませーん!』って何回も叱られちゃってたなぁ」
チケットはあははと笑いながら頭の後ろに手を組んだ。
「大丈夫ですよ、マリンさん。このトレセン学園では走って移動する事はある程度は許されています。もちろん、全速力はダメですけどね」
「たまに全力で走ってるところをたづなさんに見つかって叱られてる子もいるけどね〜」
「そう……なのですか。なんだか不思議な感じです」
どうやらこのトレセン学園では、常識のアップデートが必要なようである。
「では気を取り直して、行きましょう!」
「そうだね! 行こう、マリンさん!」
「えっ」
グイッとトップロードとチケットが、マリンの手をそれぞれ引いて走り出す。
眩しい笑顔に引っ張られて、マリンも自然と駆け出していた。
タッタッタッと3人の足音が重なり響く。それはマリンの新たな学園生活の始まりを告げるファンファーレのようだった。
……………
…………
………
……
…
そうして、マリンはトップロードとチケットに幾つかの施設を案内して貰った。流石はトレセン学園、大規模なトレーニングジムやプールはまさに圧巻である。
レーストレーニングに関係する施設には恐らくとんでもない予算がかけられているはずだ。やはり目の当たりにしないとその凄さの実感は湧かない。
「保健室も行きましたし、この校舎で他に案内するところはなかったかな?」
マリンの隣を歩いているトップロードがほっぺに人差し指を当てて考えている。
(すっごくプニプニしてて触り心地が良さそうだ。頼んだら触らせてくれるかな……トップロードさんなら触らせてくれそうだなぁ……)
マリンはそんなことを考えつつ、3人で廊下の曲がり角に差し掛かったのだが……
「はわわわわわ! オペラオーさんのゲリラ公演を手伝うって約束したのに遅刻しちゃう〜〜!」
ダッダッダッダッタ!と何者かが廊下を全速力で走っていた。
「!! トプロさん、危ない!!」
「え……」
と、チケットが叫ぶもトップロードは反応に遅れたようだった。
このままでは彼女は廊下を走ってきた何者かと衝突してしまうが……
タンッ!
間一髪、マリンがトップロードとその走るウマ娘の間に踏み込んだ。目配せした一瞬で、彼女は状況を把握する。
走ってきたウマ娘は非常に慌てている様子で角から出てきたトップロードに気づいてないようだ。
(体格もガッシリしていて、見た目以上に筋力はありそうだ。てか胸大き……スタイルも良いな、トレセン学園にはこんなウマ娘が多いのかな)
そんなことを一瞬のうちで考えつつ、マリンは両手を添えるようにそのウマ娘の肩と腰を受け止める。そして背後のトップロードに衝撃が行かないよう力の流れをコントロールして、
グルンッ!!
と……その場で箒を回すように、彼女をグルンと一回転させた。
「ひょうわああああああたあ!!…………へ?」
グルゥンッ! スタッ…………
マリンはそのウマ娘が怪我をしないよう、勢いを両手で殺して着地させる。合気道の投げの技術の応用だが、回された当人からしたら世界が突然ぐるりと回って混乱したはずだ。
実際に何が起こったか分からない様子なので、マリンはともかく周囲が無事か確認する。
「お怪我はありませんか? 可能な限り勢いは中和したつもりですが」
「あ、あれれ……ワタシ、また誰かにぶつかっちゃったはずなのに突然フワッと体が浮いてぐるぐるっと回ったようなぁ……?」
彼女はまだ少し混乱しているらしい。ポヤポヤと夢から覚めたような可愛らしい声だ。
「マ、マリンさん! それにドトウちゃんも、大丈夫ですか!?」
トップロードが慌てた様子で尋ねたので、マリンは振り返る。
「私は大丈夫ですよ、トップロードさん。えっと……貴方はドトウさん、でよろしいですか? そんなに急いでいたのなら、きっと大事な用事だったのではないですか?」
マリンの言葉にドトウさんがハッとして耳をピンと立てる。
「そ、そうなんです! オペラオーさんとの大事な約束があるんです! みなさんすみません、すみませぇん!! 今度はちゃんと気をつけて走りますぅ!! また改めて謝罪に来ますので〜〜!!!」
ピューン!とそのウマ娘は走り去って行ってしまった。
「あっ、ドトウちゃん! ………行っちゃいました。すみません、マリンさん。ドトウちゃんって本当はとっても良い子なんですよ。ちょっぴりおっちょこちょいな所もありますけど」
「いえ、私は気にしてませんよ」
(それよりも彼女が言ってたオペラオーって……あの『世紀末覇王』の事だろうか? レースに疎い私でもその名は聞き及んでいる。最強のウマ娘の1人と聞いているけど、どんな方なのだろう?)
「ねえねえマリンさんっ! さっきのドトウちゃんがグルグルって回転してたのって武術の技なの!?」
チケットが目をキラキラさせて聞いてくる。
「技と言うほどのものではないですが、そんな感じです」
そうして、マリンはメイショウドトウとのファーストコンタクトを果たした。「今度改めて紹介しますね!」とトップロードが約束して、彼女たちは施設案内を続行したのだった。
……………
…………
………
……
…
「あとは食堂だけですね。中央広場を通り向ければすぐですよ!」
トップロードが先導して、その後をマリンとチケットがついて行く。
中央広場にはたくさんのウマ娘が行き交っていた。
どこかへ急いでいるのか小走りで駆ける者。
ベンチで仲間と語らう者。
今どきの若者らしく、集まって自撮り写真を撮るウマ娘たちも居て、マリンは何となしにその光景を眺めていた。
彼女の視線の先で、芦毛でショートヘアのウマ娘が何人かの取り巻きと一緒に可愛らしいポーズで自撮り写真を撮っていた。元気な声が少し離れたマリン一行の方まで届いている。
「……それでね! 映える角度ってみんなそれぞれ違うから、カレンはツーショット撮る時は相手の映え角度も意識してるの!」
「えぇー! カレンチャンすっごーーい! ねえねえ、どーやってするの!? マヤにも教えて!」
オレンジがかった鹿毛髮の小柄なウマ娘はそう言うと、スマホを持ってツーショットを撮ろうと芦毛のウマ娘に寄りかかる。
「あ、キャッ!」
が、小柄な方のウマ娘は勢い余って、バランスを崩し芦毛のウマ娘に思い切り倒れ込んでしまった。しかも運の悪いことに他のウマ娘も巻き込む位置に立っている。しかし……
「っ!」
芦毛のウマ娘は小柄なウマ娘を受け止めつつ、流れるような自然な動作で他のウマ娘を避けた。最後には小柄なウマ娘の肩を掴んで立たせた。
「わわっ、カレンチャンごめんなさ〜い!」
「ううん、全然平気! カレンは気にしてないよ」
なんて事ない、良くある日常の一場面。ほんの数秒の出来事だった。しかし……
黒髪の格闘ウマ娘の目には、そうは映らなかった。
(……ん?)
マリンは違和感に立ち止まる。妙に、あの芦毛のウマ娘が気になってしまった。
あのウマ娘が倒れ込んだ友人を支えた場面。
(一瞬だったけど、あの芦毛のウマ娘の足運び、重心の移動……)
遠目だから確信は無いが、マリンの目にはそれが武術家の動きに見えた。しかも、同じ合気道を修めた者のそれだったような……
「あれっ? マリンさん、どうされたんですか?」
立ち止まったマリンに気付いたトップロードが振り返って尋ねる。チケットも「どうしたの〜?」と駆け寄ってきた。
「すみません。ちょっと広場の景色に見とれてしまって。あの、少々お尋ねしたいのですが……」
「え、なになに?」
チケットが子犬のような純真無垢な目でマリンを見つめる。
「向こうにいらっしゃる、芦毛で短めの髪をしたウマ娘についてです」
「ん〜……あ、カレンチャンのことかな。大人気ウマスタグラマーなんだよ! フォロワーが300万人くらい居るんだって」
「彼女は、何か武術を修めているのですか?」
マリンがトップロードとチケットの瞳を見てそう尋ねると、2人は「えっ」とポカンとする。先に答えたのはトップロードだった。
「カレンチャンが武術を……すみません、少なくとも私は知らないですね。彼女のルームメイトのアヤベさんからもそんな話は聞いた事ないです」
「アタシも〜。カレンチャンがアチョー!ってやってる姿って想像つかないなぁ」
交流関係の広そうな2人が知らないとなると……さっきのは見間違いか、はたまた彼女がそれを隠しているかのどちらかだろう。
「そうですか……変なことを聞いてすみません。ふと気になってしまったので」
「ううん、気にしないで! それじゃ、気を取り直して食堂にレッツゴーだよ!」
そんな元気溢れるチケットの掛け声とともに、マリンたちは食堂へと向かう。
中庭を離れた後も、マリンの脳裏からあのカレンチャンの姿が消えることはなかった。
武術家としての本能が、隠れた強者の匂いを敏感に察知していた……
…
……
………
…………
……………
(……大丈夫……だったかな?)
チラッとカレンチャンは、食堂へと続く通路の方向を流し見る。
もう、腰に緑色のパーカーを巻いた黒髪のウマ娘の姿は見えない。
カレンチャンは小さくホッと胸をなでおろした。
(あのウマ娘、噂のマリンアウトサイダさん……だよね。遠目からコッチ見てたのは気付いていたけど……)
大人気インフルエンサーであるカレンチャン、彼女には誰にも明かしていない秘密があった。
それは彼女が合気道の有段者であること。
(……まさかバレてないよね? 別に変なことしてないし、自然体だったつもりだし。でも勘付かれてたらヤダなぁ)
カレンチャンが武術家であることを隠す理由、それは一重に彼女の『カワイイ』の追求のためだった。
(カレンは自分の武術には誇りを持っているつもりだけど、今はまだ皆んなに知られたくない。あの転入生さんには気を付けないと……)
彼女には彼女だけの絶対のルールがあり、合気道有段者である事実はあくまで現段階では『カワイイ』と両立するのは厳しいと判断していた。
それはこの世間の『ウマ娘』に向けられる評価と価値観によるものだが、その事は後々に語られるべき事だろう。
兎にも角にも
マリンアウトサイダとカレンチャン
世代最強の格闘ウマ娘と、爪を隠した『カワイイ』強者
2人の武術家ウマ娘が相対するのは、もう少しだけ先のお話である。
次回
4話 転校生とマンハッタンカフェと『お友だち』