【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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episode 10:それぞれの旅路

 

 

 

 

 

 

「…………もう1日が終わって行くのですね。私にとっては奇跡のような1日だったのに、地球のどこに居ても、あの夕陽はいつも通りに沈んでゆく…………」

 

 

 閑静な住宅街の片隅にある『お花屋さん』の一席で、黒髪のウマ娘は仲間たちと共に、窓の外の洛陽を見つめ呟いた。

 

 

「……そうだな。だが、私は今日この場所でマリン殿と再会できた事を、心の底から喜ばしいと思っているよ。三女神様に感謝の祈りを捧げたいくらいだ。タイシンだってそうだろう?」

 

「……うん、そうだね。名残惜しいったらありゃしない……けど、私も流石に仕事に戻らなきゃいけないな。大人って嫌だね、学生の頃なら怒られる覚悟で門限破ってでも皆んなと一緒に居られたのに」

 

 

 マリンとハヤヒデとタイシンは互いに目線を交わらせる。彼女たちの瞳の中に、トレセン学園の制服を着た若きレースウマ娘だった各々の面影が映っているように見えた。

 

 

「でも……」

 

 

 マリンはおもむろに呟く。

 

 

「大人になって得たものも沢山あります。あの有記念の後……昏睡していた私は、奇跡的に此処に帰ってこれました。私の旅路は途切れる事なく、また皆さんと一緒に走り出せたのです。大人になった今でもこの『新たな旅路』を、皆さんと共に歩めている事そのものに、私は感謝しています……」

 

 

 マリンの言葉に、タイシンは淡く微笑むのだった。

 

 

「……ふふっ、そうだね」

 

 

 夕陽に照らされて、彼女の左手の薬指がキラリと瞬いた。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 『お花屋さん』の店外の入り口付近で、3人のウマ娘は別れの前の最後の立ち話をする。ハヤヒデとタイシンは度々会う機会があるが、マリンは次にいつ会えるのか分からないので、その分名残惜しさが尾を引いていた。

 

 タイシンは休憩中の立て札を営業中の物へ置き換える。カララッと音を立て、パンパンと手をはたき鳴らして彼女はマリンとハヤヒデの方へ向き直った。

 

 

「よし、営業再開っ! ハヤヒデは一度家に帰るんでしょ? 今夜トレーナーとのデートだって言ってたもんね」

 

「あら、そうだったのですか?」

 

 

 マリンはにこやかにハヤヒデの顔を覗き込む。

 

 

「う、うむ……マリン殿が来る前にタイシンと話していてな」

 

 

 ハヤヒデは腕を組み、目をそらし気味に答える。

 

 

「へぇ〜〜……だったら、今夜にでも話を切り出してみてはどうですか? ハヤヒデさんの結婚式、私絶対に行きますので」

 

「そ、そう……だな。検討……しておこう」

 

「こら、あんまりからかわないの。で、マリンはこれからどうするの? 日本を出るのは明後日って言ってたよね」

 

 

 笑顔でグイグイとハヤヒデに顔を寄せるマリンを、タイシンが諌める。

 

 

「ええ、帰国便でもロクに眠れなかったし、もう移動はしたくないので今夜はホテルでゆっくりするつもりです。明日は実家に帰ります。おじいちゃんに顔を見せないといけないですから」

 

 

 それを聞いてタイシンは一瞬目を細めて、柔らかな笑顔になる。

 

 

「……そう。あ、だったら……ちょっと待ってて!」

 

 

 タイシンが店のドアを開くと、チリリンと鈴の音が鳴った。彼女は急いで店内に戻ると、ササっとものの3分ほどで籠入りのフラワーアレンジメントを製作してマリンに手渡した。まさにプロの早業である。

 

 

「はいコレ、おじいさんに。BNWからって事で。お代はいらないから受け取りなよ」

 

「え、こんなに立派なものをタダでなんて……」

 

「そんなの気にしないで。マリンの実家の山には何度もキャンプに行ったし、おじいさんにはお世話になったからね」

 

 

 申し訳なさそうに籠を抱えるマリンに、ハヤヒデも声をかける。

 

 

「タイシンの言う通りだぞ。その花々はBNW全員からのものだ。マリン殿のおじいさまの修行は、私にとって非常に大きな学びとなった。きっとチケットも同じことを言うだろうさ」

 

 

 敬意と懐かしさを込めた瞳で、ハヤヒデはマリンを見つめて言った。タイシンも同じ瞳でマリンを見つめ微笑んでいる。

 

 

「……そう、ですか。ありがとうございます。皆さんの気持ちと一緒に、必ずおじいちゃんに届けますね」

 

 

 マリンは暖かく、柔らかな笑顔で2人に答えた。

 

 

 そうして3人のウマ娘は再会を約束すると、マリンとハヤヒデは名残惜しそうに手を振りそれぞれ反対の方向に去って行く。タイシンは2人の背中が見えなくなるまで、『お花屋さん』の前に立ち見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの街をマリンアウトサイダは歩き進む、心地よい風が残暑を少しずつ吹き去るのを感じながら。

 

 

(ああ……今日は良い日だった。本当に良い日だったなぁ)

 

 

 胸の中にジンと痺れるような温もりを感じながら、黒髪のウマ娘は今日の奇跡のような再会と新たな出会いを思い返していた。

 

 住宅街を抜け、繁華街を通りホテルへと向かう道すがら、マリンはビルの壁面の大型スクリーンを横目で流し見る。

 

 

 

「あっ……!」

 

 

 

 マリンは立ち止まり、スクリーンを見上げた。そこに映し出されていたのは、あるレースのワンシーンだった。

 

 数日前に開催されたPGリーグレースの一戦。先頭を3人のウマ娘がデッドヒートを繰り広げる中、1人のウマ娘が抜け出し、そのまま追いつかれる事なくゴールした。

 

 朝焼けの紫の彩りを放つ勝負服を着たそのウマ娘は、まるで光の道を駆け抜けたかのように見えた。

 

 大きく左腕を天に突き上げ、観客席に笑顔を見せる。

 

 そこには昔と何も変わらず、ただ真っ直ぐに、応援してくれる人々の為に、頂点を目指しターフを駆け続ける1人のウマ娘がいた。

 

 その姿を見てマリンは、胸の奥で魂が震えるのを感じた。

 

 

 

「……トップロードさん……!!」

 

 

 

 マリンが呟くと同時に場面が切り替わり、アナウンサーとスポーツキャスターがそのレースの感想を感動と共に口々に述べる。

 

 

『先日行われたPGリーグランク別対抗戦・長距離部門第3レース、制したのはなんとナリタトップロードっ!! まさに正道を駆け抜けるその勇姿、わたくし感動に打ち震えてしまいました!! 長距離部門において、彼女は一際の輝きを放っています!!』

 

『そうですね、4レースぶりの勝利。彼女がトゥインクルシリーズ時代に勝ち取った菊花賞を彷彿とさせるレース展開でした。クラシック三冠をテイエムオペラオー、アドマイヤベガと分け合ったあの時代を思い出してしまいますねぇ。あの頃から変わらぬ正道を征く走りは、今でも多くのファンに夢を与え、若きレースウマ娘たちの憧れとなっています』

 

『はい、わたくしもそう思います! しかし、ナリタトップロードと共にクラシック期を駆け抜けた名バたちは殆ど引退してしまい、現役で走っているのは彼女ただ1人だと言われていますよね』

 

『ええ、あの世紀末覇王・テイエムオペラオーも一時期は舞台女優を務めながらPGリーグも走るという前代未聞のキャリアを歩んでおりましたが、現在は女優業に専念していますからね。しかし、かつてのライバルたちがターフを去り、覇王世代最後の1人となっても、ナリタトップロードはその世代の強さをファンに示し続けています』

 

『はい、ナリタトップロードの走りにわたくしもいつも勇気を貰っています! では、ここで彼女の勝利者インタビューを振り返ります!』

 

 

 再び場面が切り替わり、汗に額を濡らしたナリタトップロードが現れる。マイクを持ったアナウンサーが彼女に語りかける。

 

 

『ナリタトップロード選手、おめでとうございます! 今回のレースの勝利について、一言お願い致します』

 

 

 マイクを向けられた彼女は、額の汗をぬぐって答える。

 

 

『えっと……はい! その、ありがとうございます! まずは何よりも応援してくれたファンの人たちに、そして支えてくれたトレーナーさんに感謝を伝えたいです!』

 

 

 その後もナリタトップロードはアナウンサーといくつか質問をやり取りする。その姿をマリンは微笑みを浮かべてじっと眺めていた。かつてのクラスメイトの仲間が勝利する姿は何度見ても、身体の芯が震えるくらい感動するものだ。

 

 

『では最後にファンの方々に向けて、これからの意気込みなどをお聞かせください!』

 

 

 ナリタトップロードは「えっと……」と呟いた後、一瞬目を閉じて、顔を上げ前を向く。画面の向こう側から射貫くような真っ直ぐな視線を向けて、言葉を紡ぐ。

 

 

『私はこの群雄割拠なPGリーグ走者の中でも、特別な武器や才能がある方ではありません。今回の勝利も久々でしたし、とても苦しい戦いでした』

 

 

 その落ち着いた声色に、インタビュアーは息を飲んでいた。マリンも静かにスクリーンを見つめている。

 

 

『でも……』

 

 

 次の瞬間には、ナリタトップロードは輝く太陽のような笑顔を見せる。

 

 

『でも……そんな私にも、誰にも負けないものがあります。私はレースウマ娘を目指した小さな頃から、トゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグを走っていた時も、お世話になったトレーナーさんや沢山のファンの皆さんの応援を胸に、「覇王世代」のライバルたちと競い合ってきました。皆さんの応援と、同世代のライバルたちの勇姿が、私にとても大きな力を与えてくれます! 今でも「私たち」は一緒にターフを駆けています!』

 

 

 『光の道』を駆け抜ける勇者は、今でも『覇王世代』の輝きを人々に知らしめる。その旅路は、この先の未来へと続いて行く……

 

 

『いつかウマ娘レース界の頂点に立つ私の姿を、きっと皆さんにお見せします! 私はナリタトップロードですから! これからもずっと……その、ずっとずっと! 応援、よろしくお願いしますっ!!』

 

 

 マリンの他にも、多くの通行人が立ち止まってスクリーンを見上げる中、ナリタトップロードが一礼して、インタビューは幕を閉じた。

 

 

(ああ……多分、私の仲間の中で……誰よりも変わっていないのはトップロードさんだ)

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「こんにちは、マリンアウトサイダさん! 私、ナリタトップロードと言います! このクラスの委員長をしているので、分からない事があったら何でも聞いてくださいね!」

 

「は……はい、よろしくお願いします。ナリタトップロードさん」

 

 

 マリンが握手をしようと手を差し出すと、ナリタトップロードはギュッと両手でその手を包み込むように握った。

 

 

「こんな時期に転校してきて、きっと不安な事も多いでしょう。私、マリンアウトサイダさんのお力になれるのなら『何でも』しますので、遠慮なく頼ってくださいね!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

(初めて会ったあの時からずっと、彼女は私の心を照らしてくれていた……きっと、トップロードさんと出会った他の沢山の人たちもそうだったんだろうな……)

 

 

 マリンはかつて学生だった頃、トレセン学園の教室で初めてナリタトップロードと出会った日の事を思い出した。あの頃から変わらぬ輝きを、今でも彼女は放っていた。

 

 

 そして、番組は次の話題へと移っていた。マリンもスクリーンへ背を向けて、再びホテルへと向かおうとしていたが……

 

 

『続いてのトピックスは、3年ぶりに開催される「グランドライブ」についてです! 十数年前、トレセン学園を中心に復活を果たした新生グランドライブが、さらに規模を拡大して帰ってきます!』

 

 

 ピクン!とマリンは耳を揺らすと、急いで振り返った。

 

 多くのレースウマ娘が戦績に関係なく、様々な楽曲ライブに参加する夢の『グランドライブ』……その規模ゆえ開催は数年に一度とされているそのイベントに、マリンアウトサイダは参加したことがなかった。半端な時期に転入したので、ちょうど彼女の在学期間は開催時期と綺麗にズレてしまっていたのだ。

 

 そんなグランドライブに彼女が反応したのは、それが現在彼女にとって特別な意味を持っているからで……

 

 

『今年のグランドライブはなんと! 中央トレセン学園だけでなく、地方のトレセン学園とも合同で開催される事が発表されています! あのオグリキャップの出身地にあるカサマツトレセン学園のウマ娘たちも中央にやって来るそうですよ! では、ここでグランドライブ企画責任者のライトハローさんにお話を伺いたいと思います! ライトハローさん、よろしくお願いします!』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

 

 ライトハローと呼ばれた大人の色香を放ちながらも、どこか子供っぽい若々しさを備えたウマ娘が、スタジオで挨拶をする。マリンはじっと何かを期待するようにスクリーン上のやり取りを見つめている。そして、話し手はライトハローへと変わる。

 

 

『……今回は地方トレセン学園も合同なので、以前と比べて段取りの忙しさも2倍となっています。ですが、このかつてない試みを成功させるべく、全スタッフ気合を入れて頑張っています! 以前は私がプロジェクト全体を統括していたのですが、私1人ではとても手が回らなくなってしまったので、地方との調整は私の頼もしい直属の部下に取り組んで貰っています』

 

 

 ライトハローの言葉と共にVTRが背景で流れる。そこには、現場を指導する栗毛のウマ娘の姿が移っていて……

 

 

「っ………先輩……!!」

 

 

 マリンは思わず声を漏らす。そう、その栗毛のウマ娘は、マリンのかつてのルームメイトの先輩ウマ娘だった。

 

 夢半ばでトレセン学園を去った彼女は、現在とあるイベント企画運営会社でライトハローの部下となっていた。失意に沈むウマ娘に1人でも多く勇気を与えるために、彼女は身を粉にして働いていた。マリンはもちろん、その事を知っていたのだ。

 

 彼女は数秒間しか画面に映らなかったが、マリンはしっかりとその姿を目に焼き付けていた。そこには、自分が心を許し勇気付けられた、あの頃と同じ先輩の姿があった。

 

 マリンの心は再び満たされる。彼女はギュッと手を握り、感謝の祈りを捧げるように胸に当てた。

 

 

(ああ……本当になんて日なんだ、今日は。多くの再会があって、新たな出会いもあって、画面越しでも『先輩』を一目見れた。この巡り合わせに、心から感謝を……)

 

 

 

 マリンは一瞬目を伏せた後、振り返って今度こそホテルに向かって歩き出した。

 

 小さく鼻歌を唄いながら、人波の中を進んで行く。

 

 その背中には、計り知れないほどの喜びが乗っかっているように見えた。

 

 

 

 ビルの隙間の藍色がかった空に、ひときわ輝く一等星が昇っていた。

 

 それは今を生きるウマ娘たちの『それぞれの旅路』を祝福するかのように

 

 キラキラ、キラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回

epilogue:『ミドリ』

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