【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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epilogue:『ミドリ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹々の緑葉が擦れる音

 

 

 鳥の羽ばたきと鳴き声

 

 

 風が山道を吹き抜ける音

 

 

 遠くの川のせせらぎ

 

 

 自分の呼吸音と足音

 

 

 

 

 多くの音に包まれながら、黒髪のウマ娘は故郷の土を踏み締め進んでいた。

 

 彼女は右手には革製の大きなトランクケースを、左手には花畑を掬い入れたかのような手提げ籠を持ちながら、木漏れ日の差し込む山道を登って行く。

 

 額の汗も流れるまま、友が作ってくれたフラワーアレンジメントを崩してしまわないように気を遣いながら、スイスイと足速に移動する。

 

 そのウマ娘は山歩きには慣れている様子だった。その動きは見る者が見れば、相当に体幹を鍛え込んでいるのが分かるだろう。

 

 

 

 彼女の名は『マリンアウトサイダ』

 

 

 

 かつて世代最強の格闘ウマ娘として名を馳せ、その後レースウマ娘へと転身した特異な経歴を持つウマ娘である。

 

 一時期は心臓に問題を抱えながら走った彼女は、ある年の有記念でレコード勝利を飾るも、その負担により約4ヶ月昏睡状態となり生死の境を彷徨った。

 

 そこから奇跡的に復帰した彼女は、多くの仲間たちの支えと伴に、トレセン学園の卒業までレースウマ娘として走り切った。その輝かしい思い出は、今も彼女の胸の内で、彼女を勇気づけ、奮い立たせている。

 

 

 そんな彼女は今、生まれ育った山にある彼女の実家へと向かっていた。

 

 

「ふぅ…………着いた」

 

 

 山道を抜けた先、遮るものがなくなった陽の光に目を細め、マリンは額に手で日除けを作る。

 

 そこは開けた土地となっており、古びた道場とその裏手に母屋があった。

 

 マリンは真っ直ぐ道場へと向かって行く。彼女の育ての親である老人はそこに居る事が多かった。

 

 マリンは入り口で立ち止まり革製のトランクケースを地面に置くと、木製の引き戸に手を掛ける。立て付けが悪いのか、ガガッと音を立てて扉は横にズレていった。

 

 

 彼女は、道場の中へ一歩踏み込み。スゥと息を吸い込み、よく響く大きな声で挨拶をする。

 

 

 

「ただいま、おじいちゃん!!」

 

 

 

 

 鍛錬場の床に、入り口に背を向けて正座をする老人の姿があった。

 

 小柄な老人なのに、マリンの目にはその『背中』がとても大きく写る。それは彼女が今でも憧れ続けている武道家の背中だった。

 

 瞑想をしていたのか、伏せていた顔を上げ、彼はゆっくりとマリンの方を振り返る。

 

 

「……なんだ、騒々しい。しばらく振りに帰ってきたと思ったら、老いぼれに向かってそんなデカい声だすんじゃない。デカくなるのは図体だけで良いってのによ。だからお前はいつまで経っても『ミドリ』なんだ」

 

 

 老人はぶっきらぼうに呟く。

 

 マリンが帰って来ても、老人は歓迎する素振りは一切見せない。

 

 しかし、マリンを見つめるその眼差しには、穏やかな温もりが混じっていた。

 

 ほんの一瞬だけでも、確かに老人は『孫の来訪を喜ぶおじいちゃん』となっていた。

 

 

 そんないつものやり取りが……

 

 

 そんな光景(まぼろし)

 

 

 見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 黒髪のウマ娘は、静かに鍛錬場を見渡す。

 

 シィーン……と静まり返ったその空間には、彼女以外の姿は無い。

 

 床には埃が溜まり、長らく誰もそこを使っていない様子だった。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 マリンアウトサイダは、小さく息を吐いた。

 

 

「さて! まずはここの床の雑巾掛けから始めるか。雑巾はどこに仕舞ってたっけ……」

 

 

 そう言って彼女は、トランクケースを手に取ると、裏手の母屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅ、美味し」

 

 

 

 鍛錬場の床に雑巾を掛け

 

 傷んだ障子紙を貼り替え

 

 崩れた屋根瓦を修理し

 

 建物全般の埃を掃き取り

 

 また雑巾掛けをした。

 

 

 実家の掃除も一通り終わり、彼女は休憩にお茶を一服していた。

 

 母屋の庭に面した軒先、その縁側に座り急須に入れたお茶を啜る。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 マリンは静かに外の景色を眺めている。庭の左手の方には、一人暮らしの老人が住む家にしてはかなり長い物干し竿が掛けられている。それは、かつて多くの門下生たちが住み込んでいた時代の名残だった。

 

 遠くの方にはまた雄大な山々が見える。マリンが幼い頃よりずっと見ていた景色だ。

 

 この景色をずっと、育て親の老人の傍で眺めていた。

 

 

 

 

 

「……………」ズズ

 

 

 マリンはお茶を一口啜って、横を見る。マリンから少し離れた隣の位置、そこが老人の定位置だった。今は誰も、そこには座っていない。

 

 

「……うん、そろそろ行こうかな」

 

 

 マリンは茶碗と急須を乗せた盆を持ち、台所へと向かった。

 

 遠くの山々で鳴く鳥の声が、風に乗って軒先に流れ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 ザッ、ザッと草と土を踏む音が響く。

 

 道場の母屋から暫く歩いて、マリンは目的地へと辿り着く。

 

 片方の手に道中で花を採集して作った彩り鮮やかな花束、もう片方にはフラワーアレンジメントの花籠を持っている。

 

 そこには古びた墓石が建てられている。マリンの会ったことのないおばあちゃん、『ヤマブキツキミソウ』のお墓だった。

 

 マリンは花束をそっと墓前に添える、彼女の祖父がかつてしていたように。

 

 そして花籠を両手に抱え、その隣に建てられた比較的新しい綺麗な黒い墓石の前に立った。

 

 

 

 

「おじいちゃん、ただいま。帰ってきたよ」

 

 

 

 

 マリンは墓石に語りかけるように呟いた。

 

 

 そこには『角間源六郎』、マリンの育て親であり、武術の師である男の名が刻まれていた。

 

 

 マリンはそっと花籠を墓石の前に置くと、数歩下がって、2つの墓石を見られる中間の位置に立ち、両手を合わせ、顔を伏せ、黙祷する。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 辺りは風の音、鳥と虫の声、草花が揺れ擦れる気配だけで満たされている。

 

 マリンは自然と一体になったかのように、静かに祖父母への祈りを捧げ続けた。

 

 

 

 幾分か時が過ぎ、マリンは伏せていた顔を上げる。

 

 ゆっくりと源六郎の墓へ近付いて、屈み込む。

 

 そっと手を伸ばし、刻まれた名を指でなぞる。

 

 一瞬、寂しそうに口元を歪めるが、すぐに笑顔を作り目の前の祖父に語りかけた。

 

 

「……ごめんね、帰るのがちょっと遅くなっちゃった。今回の仕事は移動距離が長くてさ、ルドルフさんの頼み事もあって東西南北ぐるぐる飛んで回ってたんだ」

 

 

 マリンは墓石からそっと指を離す。膝を抱え込むような姿勢で、そのまま語り続ける。

 

 

 

「そうそう。昨日はね、本当に奇跡みたいな1日だったんだよ!

 

 飛行機で日本に着いた後、空港から散歩がてらに歩いてホテルに向かってたらあの記念館の前を通りかかってさ。何となく立ち寄ってみたら、私が勝った有記念を実際に見てくれていたファンとその娘さんに会ったんだ。引退してもう随分経つのに、今でも私が一番速いと思ってるんだって言ってくれて……嬉しかったなぁ。

 

 

 で、その後町を歩いてたら突然ルドルフさんに声をかけられたんだ。多忙な方なのに、偶々余裕のある日だったみたいで、バーで色んな事話し込んじゃって……この時点であり得ないくらい幸運なのに、こんな事がまだまだ続くんだよ。

 

 

 ルドルフさんとの話が終わった後は、前から日本に戻ったら寄ろうと思ってたトレセン学園に向かったんだ。そしたらまたラッキーなことに、校庭でお昼を食べていたルリとアヤベさんの双子の娘たちに会えたんだ。ルリはすっかりみんなに頼られる先生になってて、リラもトレミーも大きくなってて……成長を見届けるのはこんなに胸が暖かくなる事なんだね……チーム『シリウス』にもデアリングタクトちゃんって、成長するのがすごく楽しみな子が加入してて、この先の未来を見るのが待ち遠しいんだ。その後、会えなかったけど一目ウララさんを見れて、秋川理事長とたづなさんとも久しぶりに話せて……

 

 

 あ、そう! で、学園を出て気まぐれでタイシンさんの実家のお花屋さんに行ったの。そしたらそこにタイシンさんとハヤヒデさんが居たんだよ! 私もうビックリしちゃって……三女神様のお導きってやつだったのかな。またそこで色んな事を話し込んじゃって……懐かしいなぁ……BNWの3人と覇王世代の4人とはよくこの山でキャンプしたよね。ふふっ……毎回必ず予想外の騒ぎが起こったけど、楽しかったなぁ。タイシンさんとチケットさんは特に熱心におじいちゃんからサバイバルの技術を教わってたよね。チケットさんなんて、今ではもう私が追いつけないくらいのサバイバルのプロになってるし。砂漠地帯とか凍土で生き延びる技術も身に付けてるみたいだし……本当に凄いよ。

 

 

 その帰りに街中の巨大ビジョンでトップロードさんのレースとインタビューも見れたし、チラッとだけどニュースに映った先輩も見れて……ああ、本当に良い1日だった……」

 

 

 

 マリンは満ち足りたように目を細めて、墓の手前にある色鮮やかな花籠に視線を移す。

 

 

 

「このフラワーアレンジメント、タイシンさんが作ってくれたんだよ。BNWの3人からおじいちゃんへの贈り物だってさ。ハヤヒデさんも、おじいちゃんにとっても感謝していたよ」

 

 

 マリンは再び墓石に刻まれた名前を見つめる。心なしか、その瞳は潤んでいて……

 

 

「っ…………今日は、本当はここまで走って来るつもりだったの。おじいちゃんが話してくれた飛脚の話、今でもずっと心に残ってるんだ。海外を旅するときも、走れる限り絶対に自分の脚で移動していたんだよ。でもね……タイシンさんが作ってくれたこのフラワーアレンジメントを崩したくなくてさ……私、初めて麓の町まで電車に乗ってきたんだ……だらしないって…………言われる、かな…………」

 

 

 マリンの声が、微かに震えてくる。

 

 彼女の両の目に、雨の雫が溜まり、溢れそうになる。

 

 

「……っ……ぅ……ダメ、だよね。こんな歳になっても、ベソかいてんじゃねぇって……叱られ、ちゃうよね……っ……」

 

 

 ツゥ……と涙が一筋、マリンの目元から伝り落ちる。また一筋、また一筋と増えてゆき、川の流れの如く合流して、彼女の膝に滴ってゆく。

 

 

「ひっ……う……ぁぁっ……!」

 

 

 黒髪のウマ娘は立ち上がり、墓石にもたれ掛かるように抱きついた。

 

 両腕に、胸に、頬に、墓石の冷たさが伝わる。

 

 しかしその冷たさが、逆にあの老人の温もりを強く思い出させてくれた。

 

 マリンは墓石に額を当てて、すすり泣きながら、涙声で彼に聞こえるように囁きかける。

 

 

 

 

「おじいちゃん、『ミドリ』だよ……

 

 『ミドリ』は、ここに居るよ……」

 

 

 

 

 黒髪のウマ娘は、墓石に頬を摺り寄せる。かつてどこかで、誰かにしていたように。

 

 惜しみない愛情をその涙に込めて、彼女は泣き続けた。

 

 『この世界』で『ウマ娘』のマリンアウトサイダを、誰よりも愛し慈しんでくれたのは、ここに眠る老人だったのだから。

 

 

 

 

 角間源六郎が亡くなったのは、マリンがトレセン学園を卒業したすぐ後だった。彼は孫の晴れ姿を見た後に、徐々に身体が弱っていった。まるで最後の役目を果たしたと、彼の身体が悟ったかのように。

 

 周囲の人々は老人に入院を薦めたが、彼は断固としてそれを聞き入れなかった。死ぬならば亡き妻と過ごした山で、という彼の心をマリンは理解していた。

 

 そうして老人は、愛する孫娘とともに、この山で最期の数日間を過ごし、眠るように息を引き取ったのだった。

 

 彼の葬列には、全国のUMAD関係者と並んでトレセン学園理事長と生徒会、チーム『シリウス』のメンバーとトレーナー、BNWや覇王世代などマリンの友人たちも多く参列したという。

 

 

 

 

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 どれほど時が経ったのか、マリンアウトサイダは惜しむようにゆっくりと身体を離し、俯いたまま立ち上がる。

 

 右の手と二の腕で顔を拭うと、泣き腫らした顔に陽の光が当たり、眩しさに一瞬目を伏せる。

 

 すぅぅ……ふぅぅ……と深呼吸を一つ。

 

 そうして彼女はいつもの調子を取り戻す。赤くなった目以外は、凛とした雰囲気のレースウマ娘であり、格闘ウマ娘であるマリンアウトサイダになっていた。

 

 

 マリンは祖父の墓標に向き直る。彼女は、生前の彼の言葉を思い出していた。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

『なぁ、ミドリ……武の道は果て無く長ぇもんだ。だが、武を極めるのに人生ってのは短すぎる。俺は武術家として未熟のままで死ぬ。それは別に構わねぇんだ、分かっていた事だからよ。

 

 だけどよ……ツキが、お前のばあちゃんがよ……死ぬほんの少し前に言ってたんだ。あいつは家族と格闘ウマ娘たちの為に、自分の人生を全部使っちまった。そんなあいつが初めて自分の胸ん中に在った望みを、願いを俺に呟いたんだ。

 

 俺はそれを叶えてやれなかった……それだけが、心残りでな……』

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「待たせてごめんね、おじいちゃん」

 

 

 黒髪のウマ娘は、背筋を伸ばして屹然と言い放つ。

 

 

「私はやるべき事を果たしたよ。UMADの規模を少しだけ世界に広げた。トレセン学園にウマ娘の新しい道を切り拓く新学科を作った。それを助けてくれたルドルフさんの恩に報いる為に世界中を飛び回った。それがやっと一段落ついたんだ。

 

 だから今度は…………」

 

 

 マリンは再び源六郎の墓石に近付いて屈み込む。

 

 そこに眠る老人に語りかけるように、おもむろに言葉を紡いだ。

 

 

「……おばあちゃんの『願い』とおじいちゃんの『思い』を、この背中に乗せて走るからね」

 

 

 マリンは清々しく立ち上がる。そこには未来に向けてどこまでも駆けて行く……そんな雰囲気を感じさせる威風堂々としたウマ娘の姿があった。まるでかつての有記念のパドックのように……

 

 

「それじゃ……おじいちゃん、おばあちゃん、また来るね!」

 

 

 そう言ってマリンは颯爽と去って行く。

 

 その背中は、昔よりもずっと大きく成長していた。

 

 それは彼女が憧れ追い続けている『武術家』の背中に、ほんの少しだけ近付いていたはずである。

 

 

 そんな孫娘の姿を、墓標の傍で老人と月の妖精のような白いウマ娘の夫婦が、寄り添いあって見送っていた。

 

 それはきっと幻ではなかっただろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

…………………

……………

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、モンゴル国のとある地域……

 

 

 

 

「…………………………っ」

 

 

 マリンアウトサイダは、言葉を失っていた。

 

 それは決して悪い意味ではなく、ただただ目の前の風景に圧倒されていたのだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

『叶うのならば、そうですね……モンゴルの大草原を思いっきり走ってみたいです。そこで生きたウマ娘は、生涯その青空と草原を忘れる事は無いと聞きます。この脆弱な身体でも、もし叶うのならば……』

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「……凄い。ここがおばあちゃんが来たかった場所……これがおばあちゃんが見たかった景色……」

 

 

 マリンの目の前には、無限に広がる青空と、果て無く続く草原があった。

 

 どんな絵の具でも再現出来ない、どんな高性能なカメラでも写せない、雄大な自然の本物の『色彩』がどこまでも広がっていた。

 

 ここで生まれ育ったのならば、この光景はきっとその遺伝子にも刻まれるだろう。そう言われても信じてしまうほどの、あまりに美しい風景だった。

 

 

「おじいちゃん、おばあちゃん、見てる……? 来たよ、モンゴルの大草原に」

 

 

 マリンは空に向かって語りかける。

 

 

 マリンは海外の友人のツテでモンゴルに住む遊牧民の一家とコンタクトを取り、ホームステイのような形でこの国に滞在していた。

 

 来た当初は運悪く天候に恵まれなかったが、3日程経ってようやく雲が去り、太陽が顔を覗かせた。

 

 マリンは革袋を一つ肩に掛け、居住地に程近いなだらかな丘を登って行った。見上げた坂を登り切ると、見たことのない世界が広がっていた。

 

 

「……はぁ……ぁぁ……」

 

 

 言葉で言い表せない感動が、マリンの全身を駆け巡る。

 

 火にくべられて弾ける薪のような、ジンと痺れさせる熱がみぞおちで燻っている。

 

 まるで身体の細胞一つ一つが故郷に帰って来たのを喜んでいるかのようだった。

 

 

(そう言えば……一説ではウマ娘の起源はこの大陸の何処かだって聞いた事がある)

 

 

 スゥ……とマリンは鼻からゆっくりと空気を吸い込む。太古から変わらぬ草原の匂いが、肺いっぱいに満たされる。

 

 マリンは青い大地を見下ろし、青い空を見上げた。

 

 

(……私は自分の本当の親を知らない。けれど、もしかしたら全てのウマ娘は、この大地と大空で繋がっているのかも知れない。私の本当の親とも、おばあちゃんとも、日本に居る仲間たちとも、みんなみんな……繋がっているのかな)

 

 

 空を見上げたまま、マリンは物思いに耽る。すると、マリンの背後遠くから元気な声が聞こえてきた。

 

 マリンが振り向くと、小さな影がちょっとずつ大きくなりながら彼女の方へ向かって来ているのが見えた。

 

 耳と尻尾のあるその影は、マリンがお世話になっている家族の小さなウマ娘のものだった。

 

 全力でマリンを追いかけて来たのだろう。彼女はゼーハーと肩で息をしながらヨロヨロと立ち止まる。しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように元気に勢いよく耳と尻尾を動かしてマリンを見上げた。

 

 

「『もう! お姉さんズルイよ、1人で先に行っちゃうなんてさ!』」

 

 

 ぷんぷんとほっぺを膨らませ、現地の言葉でその小さく可愛らしいウマ娘はマリンに向かって言った。独特で繊細な意匠が施された日本の着物の様な民族服が風に靡いて波打っている。

 

 マリンも習得した現地語で返事をする。

 

 

「『ごめんね。空がとっても青かったから、脚が走り出すのを止められなかったんだ』」

 

 

 2人のウマ娘は一緒に空を見上げる。しばらくして、小さなウマ娘がにっこりと笑顔でマリンに話しかける。

 

 

「『うん、その気持ち、私もとっても良く分かるよ! 私の3つ上のお姉ちゃんも、5つ上のお姉ちゃんも、みんな天気が良いと外に飛び出して行くの! 一緒に競争をしたりするの! 2人も後で友達を呼んでここに来るんだって!』」

 

 

 マリンも微笑んで、その無邪気でクリクリとした愛らしい目を見つめ返す。この子は3人姉妹の末っ子で、マリンに1番懐いていた。

 

 

 マリンはふと、この小さなウマ娘に問いかけたくなった。この大地で、この青空を見ながら育ったのならば、きっとこの子も自分たちと繋がっているかもしれない。

 

 

「『……ねぇ、君は走るのは好き?』」

 

 

 小さなウマ娘はキョトンとした表情になる。さも当然のことを問いかけられて、逆に呆気に取られたみたいだった。しかし、彼女はすぐに太陽に負けないくらいの笑顔で、元気に答える。

 

 

「『うんっ!!! とっても、とーーーーっても大好き!!! お姉さんもでしょ? 遠い東の日本のウマ娘たちも、きっとそうだと思うなぁ!」

 

 

 そう問い返されて、今度はマリンが一瞬キョトンとする。そして流れ星のような煌めく笑みで、その小さなウマ娘に答える。

 

 

「『……うん! 私たちも、走るのが大好きなんだ!』」

 

 

 2人のウマ娘は互いに笑顔を返し、見つめ合う。

 

 マリンはその小さなウマ娘の笑顔の中に、ルリイロバショウ、チーム『シリウス』のメンバー、覇王世代とBNWの仲間たち、オグリキャップと伝説の世代の3人、シンボリルドルフ、ハルウララ、尊敬する先輩ウマ娘、友人たちみんなの姿を見た気がした。

 

 

 そうしていると、遠くの方から更にたくさんの声が聞こえて来た。

 

 他のモンゴルの子供のウマ娘たちがこちらに向かって走ってくる。

 

 

「『あっ、みんな来た! ねえねえ、私たちも走ろうよ!』」

 

 

 小さなウマ娘がワクワクを抑えきれない様子でマリンを見上げる。

 

 

「『うん、ちょっと待ってね』」

 

 

 マリンは皮袋を開けてガサゴソと中から何かを取り出した。バサっとそれを両手で目の前に広げる。

 

 

 それは、あの『緑色のパーカー』だった。年月が経ってしまったからか、少し色も褪せて、所々にほつれがあるが、それでも綺麗だと言える状態だった。

 

 マリンは勝負服の袴は記念館に寄贈したが、このパーカーだけは手放さなかった。普段は大切に保管しているのだが、今日この日はこれを着て走りたいと強く感じていたのだ。

 

 

 マリンはパーカーに袖を通す。それは現役のレースウマ娘だった頃はピッタリとしたサイズだったものの、今のマリンには少しだけ小さいようだ。だが、それが似合い過ぎる程に似合っているのは昔と変わらなかった。

 

 マリンはいつの間にか、周りを子供たちに囲まれていた。楽しそうな笑い声で「早く走ろうよ!」と跳ね回ってはしゃいでいる。

 

 

「『……うん、みんなで一緒に走ろう! かけっこだ! お姉さん、とっても速いんだぞっ!』」

 

 

 行くぞー、そぉれっ!とマリンが掛け声をするとビュンッ!と風を切る音が聞こえる。

 

 さっきまでそこに居たウマ娘たちは、もう遠くの小さな影になっている。

 

 キャハハ、キャハハ、と子供たちの声が風に乗って広がっていく。

 

 何処でも決して変わることのない、走る事が大好きなウマ娘たちの姿が、モンゴルの大草原の中に描かれていた。

 

 太陽が全てのウマ娘たちを見守っていた。彼女たちのそれぞれの旅路を祝福するかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無限に広がる青空の下

 

果ての無い大地(ミドリ)の上を

 

子供たちの笑い声とともに

 

黒髪のウマ娘は

 

どこまでもどこまでも

 

思いっきり、駆け抜けて行った

 

 

 

 

彼女は生きてゆく

 

走る喜びを

 

胸いっぱいに抱き締めながら

 

彼女が生き抜いた先に見た景色は

 

あのゴールの先で見た景色と

 

同じものだったという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

After Story

アフターストーリー

 

The Outsider on the Green

アウトサイダー・オン・ザ・グリーン

 

〜Fin〜

 

 

 

 

 

 

 

 






この物語を読んでくれた全ての方々に心からの感謝を。
本当にありがとうございました。


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