【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
シニア期を終えた私は、ドリームトロフィーリーグへの進出が叶った。
トップロードさんとオペラオーも殆ど同時期に選出されていたから、私たちの縁は途切れることなく、ターフの上でも続いて行くことになった。
私が選出された時のトレーナーの様子は……まぁ、多くは語らなくても良いでしょう。大の大人がボロボロ泣いて、他の場面だとしゃんとしてるくせに、私の前だと……
ともかく、シニア最後の年も終わり、学年も一つ上がった新たな春。
ドリームトロフィーリーグへ向けて、私たちは本格的に活動を始めた。
レースウマ娘としての新たな門出……この脆い脚でたどり着けるとは思っていなかった舞台。
そんな環境の変化が、私を後押ししてくれたのか分からないけれど……
そんなある春の日に
私は、トレーナーさんに告白をした。
その日は、ドリームトロフィー初年度の大まかな目標を話し合っていた。トレーナー室の座り心地の良いソファーに一緒に座って、レース資料を一緒に眺めていた。
シニア期を無事に走り抜けたとは言っても、私の脚は未だ不安を抱えていた。
だから、今後出走するレースは厳選して最小限に抑える方針に2人で決めた。
トレーナーは満足そうに頷いてたのを覚えている。
だけど、私にはどうしても確かめなければならない事があった。
「……貴方は、本当にそれで良いの?」
「え? 特に問題はないと思うけど……何か、気になることがあるのかい?」
「……貴方はチームを作って、他のウマ娘も指導して、実績や賞金を得ることを目指しても良いのよ。むしろ、それが本来のトレーナーの仕事でしょう? だだでさえ、ドリームトロフィーはレース数が少ないのに、私1人だけを担当したままだと、実績も賞金も、僅かだけになる」
その時の私は、トレーナーの顔をまっすぐ見られなかった。
「それでも……良いの?」
この人は、ずっと私だけを担当していた。
チームを作る機会はいくらでもあったはずなのに。
優秀なトレーナーは、普通はチームを担当するもの。その方が得られるものが多いから。
学園から直々にチーム担当の打診が来ていたのに、彼はそれをずっと断っていた。
私が、トレーナーさんのキャリアの足を引っ張ってるんじゃないかと思ってた。彼の凄さは、私が誰よりも知っているから。
かすかに抱いてた罪悪感が、ずっと胸に刺さったままだった。
だけど彼は……
「さっきも言ったけど、もちろん良いさ。僕は君の後追い星なんだ。
今まで通り、勝手について行って、勝手に支えるよ。
君がレースを走り終えるまで、ずっとね。僕にとっての1番は、君なんだ」
なんて事ないように、はにかんで、彼はそう言った。
「……そう」
本当に彼は、恥ずかしげもなく、そんなことを言う。
私は、熱くなった頬を隠す様に顔を背けた。
「それに僕は君が言うほど優秀なトレーナーじゃない。今、君を支える事に手一杯で、他のことなんて考えられないよ」
これが本当に言葉通りの意味なのが分かる。この人はいつも、私のことで頭がいっぱいだ。
そして、いつの間にかそれに嬉しさを感じる自分がいた。
「本来ならドリームトロフィーリーグを走るのと並行して、その後のキャリアプランを立てるのが定石らしい。だけど、全てはその時その時の君の脚の様子を見て決めたいんだ。先の予定は立てられない。君がレースを走り終えた後の事も含めてね」
特にその日は、真剣な彼の声が耳に心地良かった。
「でも……そう言えば、僕たちってあまりそんな話をしてこなかったよね」
そんな彼の声を、胸の奥ががぽかぽかして、頭の中がふわふわして……
「アヤベは将来、ドリームトロフィーを走り終わったら、何かやりたいことはあるの?」
彼の問いかけに……私の口は、自然と答えていた。
「分からない……だけど、何をするにしても
きっと、貴方と一緒に居ると思う……
この先の未来も、ずっと……」
トレーナーさんは「…え?」と言って固まってしまっていた。
その時の私は、本当にどうにかしていたと思う。
何かの魔法か、もしかしたら妹が私を後押しするために何かしたんじゃないかとも思った。
だけど、覆水は盆に返らない。私は、その言葉を繰り返した。
さらにゆっくり、はっきりと、エチュードを弾くかのように。
「私は……貴方と、一緒に居たい……
レースを走り終えて、この学園から卒業した後も、ずっと……
もし貴方が、許してくれるなら」
隣りに座るトレーナーさんの体温が、高くなったような気がした。
もしかしたら、それは私の体温が上がったからかもしれなかったし、その両方かもしれない。
「アヤベ……それって、つまり……」
「……『そういう意味』で言ってるつもりよ」
顔を逸らす私の頬は、きっと紅く染まっていたと思う。
でも、彼は言い淀んでいた。
きっと断る前提で、私が傷付かないように必死に言葉を探していたのだと思う。
それも当然だろう。当時の私は学生で、しかも未成年だったのだから。
彼が成人男性として、そしてトレーナーとして、節度と常識をわきまえる人物なのは知っていた。
だから……私はこう続けた。
「すぐに恋人同士になりたいわけじゃないわ。私が、この学園を卒業してから……レースを全て走り終えてから……ってこと。ダメ……かしら?」
私は、恐る恐る彼の表情を窺った。ぎゅっと両手をへそのあたりに握りしめながら。
すると、彼は左手を、私の両手にふわりと、優しく添えた。
「……ありがとう。君がそう思ってくれていたのは……とても嬉しい。でも君はまだ学生だから、僕はすぐには答えられない。だけどもし、君が全部のレースを無事に走り終えた時に、同じ気持ちのままだったら……その時は……」
彼は添えた左手に、優しく力を込めた。
私は握った手を緩めて、彼の左手を両手で包んで、握り返した。
「ええ、分かってるわ。だから今は……これで良い。よろしくね、私のトレーナーさん」
私はその時の、彼の手の温もりをずっと覚えている。
その先から、何度も、何度も
握り続ける彼の手を。
次回
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