【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
ある年の冬の終わり。
肌を刺すような寒さも、その場所ではなんの意味も成さない。
なぜなら府中の某レース場は、夏を先取りしたかのような熱狂に包まれていたからだ。
その日は特別な日だった。
特別なレースが開催されていた。
それはドリームトロフィーリーグを走るレースウマ娘にとっての、もう一つの卒業式。
年度末の大一番として開催される『ウィンタードリームトロフィー』、そのメインレース。
卒業目前の多くのウマ娘にとって『ラストラン』となるレース。(ちなみドリームトロフィーを走るウマ娘は大学生相当の年齢である)
出走するウマ娘たちの中でも取り分け注目されたのは「6人のウマ娘」だった。
『覇王世代』
テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロード
『BNW』
ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット
コースは芝、2400M、右回り
ドリームトロフィーリーグに同期で参入した6人が、トレセン学園生としての最後のレースでぶつかり合う。
そんなレースを見逃すまいと全国からファンが押し寄せ、『皇帝』シンボリルドルフのラストランと同規模の人数がこのレース場に詰めかけていた。
レース開始直前の沈黙を経て、スタート直後に、大気を揺れ動かす歓声が巻き起こる。
うおおおおおおおおおおおおおお……!!!
ワアアアアアアアアアアアア……!!!
ダッダッダッダッダッダッ!!!!
ドドドドドドドド……!!!!
スタンドまで蹄音が響く。それは観客たちの心を更に震わせ、会場に伝播し広がってゆく。
トゥインクルシリーズより一段階上のレース。各々が進化を遂げた『覇王世代』と『BNW』に皆の注目が集まっている。
ラストランとなっても、彼女たちはいつも通りの落ち着いたレース運びを見せる。
状況が動いたのはレース終盤だった……
先頭の逃げウマ娘を追い、先行していたのはテイエムオペラオーとナリタトップロード。そのすぐ後ろでビワハヤヒデが2人の様子を伺っている。
間を空けてウイニングチケット、後続のバ群でアドマイヤベガとナリタタイシンが貯めた脚を解放する機を見計らっている。
ドリームトロフィーリーグは、トゥインクルシリーズで記録を打ち立て、殿堂入りしたレースウマ娘たちがさらなる研鑽を積みしのぎを削る戦場である。そこで争う上級生たちは、プロ一歩手前の実力者たちなのだ。
彼女たちの基礎体力、戦略眼、レースの把握力や他の走者の気配を察知する能力は、どれを取ってもトゥインクルシリーズのシニア期の頃より遥かに鍛え上げられ、研ぎ澄まされていた。
『ーーーーが最終コーナーを先頭で突き進むっ!! 依然順位は動かぬままだ!! 後続はどう動くか、一瞬たりとも目を離せない状況が続く!!』
実況にも熱がこもる。会場の熱気も最高潮。しかしその熱をよそに、レースウマ娘たちは冷静沈着に状況を見極めていた。
まるで真剣を帯びた武士の立会いのように。
最終コーナーも終盤。
先頭の逃げウマ娘が最終直線に入る。しかし『覇王世代』『BNW』の6人は動かない。仕掛けるタイミングは今じゃない。最後には『この6人』の勝負になることをそれぞれが確信していたからだ。
トゥインクルシリーズ・ドリームトロフィーリーグで培った経験が、その6人の決断の時を収束させる。仕掛けるべきその光明が見えるまで……
最初に動いたのは……
テイエムオペラオーだった。
「スゥ……フッッ!!」
ズドン……ッッ!!!
世紀末覇王の蹄鉄がターフに食い込む。
先頭の逃げウマ娘はもはや王の意識の外、彼女の視界にすら入っていない。
ゴールへと続く覇王の道。
後はそこを踏破するのみ。
もし、このレースがトゥインクルシリーズのシニア期のものだったならば、この時点で勝敗は決していただろう。
参加したウマ娘は皆並以上の実力者揃いだが、最高のタイミングで仕掛けた覇王に後から追いつくことは不可能なのだ……
覇王の仕掛けの気配を察知し、反応出来た『5名』を除いては。
「「「「「ハァァアアアアアッッ!!!!!」」」」」
ほぼ同時にナリタトップロード、ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、アドマイヤベガ、ナリタタイシンが仕掛ける。
トレセン学園の現頂点、その戦いの火蓋が切って落とされた。
ビワハヤヒデは、最終直線の内ラチ側を走る逃げウマ娘が沈んでいくのを流し見る。もう彼女がこの戦いに加わることはないだろうと判断し、意識を前方の2人のウマ娘に向けた。
先頭を躱したことで、オペラオーは内ラチの最良のコースを突き進む。そのアドバンテージは甚大なものだ。
(やはり、先に仕掛けたのはオペラオー君だったか。当然、トップロード君もそれに合わせた……)
次にハヤヒデは後方の気配を探り、少し後ろにウイニングチケット、さらに奥からナリタタイシンとアドマイヤベガが迫って来ているのを察知する。想定通り、最後はこの「6人」の勝負になると確信を得た。
ダッダッダッダッダッダッダッ!!!!
ダッダッダッダッダッダッダッ!!!!
ダッダッダッダッダッダッダッ!!!!
蹄音が後方から近付きつつある。
(追いつかれたら、前の2人を追い抜くスペースが確保できなくなる。ならば……!)
ハヤヒデは進路を少しずつ左に寄せる。ナリタトップロードの左側へ出て、そこから更なるスパートをかける為に。しかし……
(っ……流石はトップロード君だ。オペラオー君をマークしつつ、後方の私が嫌がる位置をキープしている。スタミナの消費は止む無しか、せめてチケットが上がってくる前に……!)
チケットはその性格を体現した真っ直ぐでパワフルな走りをする。底抜けの元気さと、天性の勝負勘が彼女の持ち味だ。チケットに先にスパートをかけられる前に、トップロードの横に出ないと苦戦は必須である。
よって、ハヤヒデは位置取りを優先した。聡明な彼女の判断は間違っていない。
しかし、ハヤヒデは気付いていなかった、
とっくの前から、牙を剥かれていたことに。
ダッダッダッダッダッダッ…!!!
ダッダッダッダッダッダッダッ!!!!
ダッ……ダッダッ……
(……??)
違和感。
ビワハヤヒデは『何か』が変化した事を察した。だが、それが何なのかが分からなかった。
彼女がそれに気付いたのは……
…………ッダッダッダダッッ!!
「………ッッッオリャアアア!!!!」
後方に位置取っていると認識していたチケットが、左手から『自分を追い越そうとしている』のを見てからだった。まるでゲームのラグでキャラが瞬間移動したかのようだった。
(なっ……チケット!? バカな、いつの間に!?)
そして、ハヤヒデは違和感の正体に気付く。
(そうだ……『音』だ。チケットの脚音がいつの間にか聞こえてこなくなった。まさか……『重ねた』のか、私のストロークに合わせて、少しずつ……!?)
ウイニングチケットは、ハヤヒデの背後から徐々に走るペースと歩幅を合わせ、気付かれぬように接近し彼女の左手に躍り出たのだ。
そのようなハイレベルな技術は技巧派のリーグ走者なら会得している者も多い。
問題は、ハヤヒデの認識ではチケットはそのような策を弄する走者ではなかったことだ。
どこまでも真っ直ぐに勝負を挑んでくるチケットが『搦め手』を使うなど、想像だにしていなかったのだ。しかも、彼女にとってのラストランで。
ともあれ結果として、ハヤヒデは正面と左右の三方を塞がれ、閉じ込められてしまったのだ、
もっとも予想外だったウイニングチケットの計略によって。
「チケット……君は……っ!!」
「ごめんね、ハヤヒデ」
ウイニングチケットは低く呟く、その左眼に蒼い炎をやどして。
「このレースが最後だからさ、アタシも勝ちたいんだ。
アタシの1番のライバルにさ」
次回
ラストラン②