【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】   作:カンヌシ

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ラストラン②:チケット、武術家ウマ娘、山の中で

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ウィンタードリームトロフィーの半年前。

 

 とある山中の開けた原っぱで、2人のウマ娘が『組手』をしていた。

 

 曇り空で、陽の光で体力が奪われないちょうど良い天気だった。

 

 

「ハァッ! フッ、トリャアッッ!!」

 

 

 そのうち1人は、トレセン学園の体操着を着たウイニングチケットだ。見事な突きと蹴りのコンビネーションを繰り出している。熟練者とは言えないが、それなりに鍛錬を積んできたことが伺える見事な体捌きだった。

 

 その顔つきは凛々しく、真剣で、彼女がレース中に見せる「競技者の表情」をしていた。

 

 普段は天真爛漫な彼女の、そのギャップに心を撃ち抜かれ、ファンになる者も多いという……

 

 チケットはドリームトロフィーリーグに加入してから第二の成長期を迎えたのか、その背丈はビワハヤヒデとあと少しで並びそうなくらいに伸びていた。スラリと伸びた手足でキレのある技を放つ。

 

 ヒュッ!! シュン!!

 

 と、拳と足が風を切る音が聞こえてくる。

 

 そんな彼女の連撃を冷静沈着に最小限の動作で躱し、払い、はたき落とすのは……

 

 チーム『シリウス』のマネージャーを務める武術家ウマ娘、マリンアウトサイダだった。薄手の道着姿で、かつてトゥインクルシリーズで走っていた頃よりも武道の達人然とした風格をまとっている。

 

 

「……そこっ!」

 

「っっっ!?」

 

 

 マリンは中段蹴りを繰り出すチケットに対し、足先を見切り躱して懐に入り込む。

 

 急接近したマリンにチケットが驚くのも束の間、チケットは軸足を刈られ、気付いた時には腕を極められ、草の上に押さえつけられていた。

 

 少し湿った草と土の匂いがチケットの鼻腔に流れ込む。

 

 

「下半身への意識がおろそかでしたね。蹴りは強力ですが、同時に安定を欠く行動である事を常に意識して下さい。そこを突かれるとウマ娘でもヒトに負けてしまいます」

 

「ううう、参った〜! マリンさん降参〜〜〜」

 

 

 草に埋もれながら、チケットはくぐもった声で白旗をあげたのだった。

 

 

 

 

……………

…………

………

……

 

 

 

 

 

 組手もひとしきり終わり、休憩に入ったところで

 

 

「……マリンさんっ! アタシにもっと実践の武術を教えて!」

 

 

 やる気満々な雰囲気で、BNW一番の元気っ子は黒髪のウマ娘に向けて言い放つ。

 

 その言葉に、マリンは唇を曲げて腕を組むのだった。

 

 

「もっと……ですか。チケットさんにはレースのトレーニングもあるじゃないですか。これ以上武術の鍛錬に時間を割くのは『シリウス』のマネージャーとして看過できませんよ?」

 

「それでもっ! マリンさん、そこをなんとかっ!」

 

 

 拝み倒すように両手を合わせるチケット。彼女が好きなものにトコトンのめり込むのはいつもの事だが……

 

 

 

 マリンは明るく振る舞う彼女の中に、何か別の感情がうごめいているのを察知していた。

 

 

 

「……どうして今、そんなに武術を習いたいのですか?」

 

「えっと……この前観たカンフーアクション映画の主人公がカッコ良くって……憧れちゃって……とか?」

 

「チケットさん」

 

 

 ピシャリと、マリンはチケットの目を真っ直ぐ見つめて言う。すると、チケットはいつもの彼女らしからぬバツの悪そうな様子で、目をそらすのだった。

 

 

「アハハ……やっぱり、マリンさんには分かっちゃうかぁ。」

 

「……当たり前です。何年の付き合いだと思ってるんですか。」

 

 

 チケットの微かな憂いを帯びた笑みを見て、マリンは胸の奥が疼いた。

 

 

「チケットさん、私はレース走者を退いて今はチーム『シリウス』のマネージャーを務めさせて頂いています。トレーナーさんからメンバーの全面的なサポートを任されています。もちろん、その中にはメンタルケアも含まれています……ですが」

 

 

 マリンはふわりとした笑みを浮かべ、チケットの瞳の奥を見つめる。

 

 

「私は、チケットさんのことを『親友』だと思っています。なので、今はマネージャーとしてではなく、1人の友として……チケットさんの悩みを、聞かせてくれませんか?」

 

 

 チケットもマリンの瞳を見つめ返し、空を見上げ、おもむろに口を開く。

 

 

「……マリンさん、アタシたち、今年で卒業でしょ。来年のウィンタードリームトロフィーが皆んなと走る最後のレースになると思うんだ。」

 

「ええ、順当に行けばそうなりますね。」

 

「……アタシたちのドリームトロフィーリーグが始まった最初の頃は、勝ったり負けたりを繰り返してさ。皆んないい勝負してたけど、ここ最近は本当に強いよね……オペラオーとトップロード、特に……ハヤヒデはさ。」

 

 

 チケットの言う通り、BNWと覇王世代の最終シーズンではその3人が突出して強いイメージを持たれている。彼女たちはPGリーグへの挑戦を公言しているので、その実力は順当ではあるのだが。

 

 チケットは言葉を続ける。

 

 

「私は3人と違ってPGリーグには進まないからさ。結構自由に活動させてもらってるじゃない? マリンさんに武術を教えてもらったり、海外の長距離レースに参加したり、船舶免許とか大型車両の免許とか取ったりしてさ。他のチームだったら絶対許してくれないよね。」

 

「ふふっ、そうですね。チケットさんがビルのてっぺんにあるような大型クレーンの免許まで取った時は流石に驚きましたよ。」

 

 

 チケットは自分の夢に向かって邁進していた。いずれ世界中を回ってあらゆるフィジカルスポーツやアクティビティに挑戦するという夢に。

 

 彼女はそのためにあらゆる技術の習得に励んでいたのだ。

 

 

「……だけど、最近アタシ、思うんだ。レースを走るたびに、アタシとハヤヒデの道は違うんだ……って。ハヤヒデは純粋にレースの為に技術を磨いてる。だけどアタシは……」

 

 

 チケットがおし黙る。だが、マリンには彼女の気持ちが分かっていた。

 

 

「勝ちたいんですね、チケットさん。ハヤヒデさんに、レースで。」

 

 

 こくり、とチケットは頷く。

 

 

「アタシは自分のやってきた事に後悔はしてないよ。レースのトレーニングだって、本気でやってきた。言い訳なんて絶対にしない。だけど、ハヤヒデに勝つ為には何が必要なのかなって、考えるほどに分からなくなっちゃって……」

 

「チケットさんは昔から考えるより行動する派ですからね。悩むときこそ何かに打ち込む。チケットさんらしくて、私は好きです」

 

 

 マリンは考える。今、ここで、自分がチケットのために出来ることは……

 

 

「……ちょっと趣向を変えてみますか。チケットさん、あれを見てください。」

 

「え?」

 

 

 マリンがチケットの背後を指差す。チケットはくるっとその方向を見るが、原っぱの奥にただ木々が生い茂ってるだけである。

 

 

「別になんにもないよ、マリンさん……え?」

 

 

 チケットが振り向いたのは、ものの2秒程度である。視線を正面に戻すと……

 

 

 

 

 マリンの姿が忽然と消えていたのだ。音も声もなく。

 

 

 

 

「あれ……マリンさん、どこに行ったの!? さっきまで目の前にいたのに!?」

 

 

 チケットはキョロキョロと辺りを見回す。しかし、マリンの姿を見つけられない。

 

 この開けた原っぱに、隠れられる場所は近くには無い。2秒で奥の森まで行けるなら、それこそPGリーグのスプリンターになった方が良い。

 

 

「マリンさーん!! おーい、マリンさーん!! 居ないの〜〜!? これって、もしかして神隠しってやつじゃ…………っっっっっ!?!?」

 

 

 突如、チケットは背筋の凍るような殺気を感じる。そして……

 

 

「はい、ザクッ……ですね♪」

 

 

 楽しそうな声で、マリンアウトサイダが手刀をチケットの首筋にそっと当てていた。

 

 

「ヒュッ……う、うわああああああああ!? マリンさん!? え、なんで、どこにいたの!?」

 

「ずっとチケットさんの後ろにいましたよ。まあ、空が曇っていたから出来たことですが。影があったら流石に気付かれますし」

 

「ほ、本当にアタシの後ろにいたの……!? 全然、気付けなかった……」

 

 

 チケットはバクバクする心臓を押さえて言った。およそ15秒間、マリンは完全に気配を消していたのだ。

 

 

「驚かせてすみません。これは武術というより、暗殺術の類いの技です。おじいちゃんに小さな頃から遊び感覚で教わっていました。どうですか、チケットさん? 武術を教えても良いですが、たまにはこんな異なった技術を習うのも気分転換になるはずですよ。」

 

 

 チケットの心臓はようやく落ち着きを取り戻した。そして、後から湧き上がってきたのは純粋な好奇心とワクワクだった。

 

 

「凄い……凄いよ、マリンちゃん!! 教えて教えて教えてっ!! どーやってやるの!?」

 

 

 さっきよりもずっとやる気満々で、目をキラキラ輝かせながらチケットは両こぶしを握る。

 

 マリンはチケットには悩みを忘れる時間が必要だと思ったのだった。レースのトレーニングについては、後でトレーナーさんに相談すれば良い。だったら今は自分に出来る精一杯をやろう、と。

 

 

「まず気配を消すために、呼吸を自分が草花になったつもりで浅くゆっくりに保つことが肝要です。そして、つま先だけで身体を運ぶ。相手の背後に立ったら、とにかく『首』に注目する。『首』の動きから相手の行動を察知して、それに合わせるのです。」

 

 

 マリンは人差し指を立てて解説する。チケットの素直な反応に嬉しくなり、ちょっぴり得意になっていた。

 

 

「まあ、聞いただけで出来るものじゃないので、まずは……」

 

 

 マリンが1秒ほど、得意顔で両目を閉じて、目を見開くと……

 

 

 

 

 チケットの姿が忽然と消えていたのだ。音も声もなく。

 

 

 

 

「え……………………っっっ!!」

 

 

 ガシィッ!!

 

 

 マリンはとっさに、振り返ると。自分の首に当てられる寸前だった手を掴む。

 

 そこにはマリンの背後で手刀を構えるチケットがいた。

 

 

「うわぁ! やっぱりダメだったかぁ〜〜。すっっっごく集中しないと難しいね、これ!」

 

 

 チケットはアハハと、頭をかきながら言う。

 

 対してマリンは、内心で驚きを抑えることが出来ない。

 

 

(私は……『2秒間』、チケットさんを見失っていた。確かにチケットさんは飲み込みが早い。教えた技はすぐに己のものにしていた。だが、これ程とは……なんという才能だ……!? もしこの感覚を技として伸ばすことが出来ればレースにも……)

 

 

 その時、マリンはふと閃いた!

 

 

「このアイディアは、チケットさんのトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 ……はっ、私は何を? もしかして、これがトレーナーさんの境地……!?」

 

 

「え、マリンさん大丈夫? どうしたの、突然ブツブツ言いだして」

 

 

 キョトンとした顔で、チケットは首をかしげる。

 

 

 そんなこんなで、チケットとマリンの秘密の特訓が始まったのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回

ラストラン③
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