【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
ある晴れた日の午後、練習グラウンドで教官指導トレーニングが行われていた。専属トレーナーがいないウマ娘や療養中でチームトレーニングへの参加が難しいウマ娘たちが集まり、合同でトレーニングをしているのだ。
マリンアウトサイダもそれに参加していた。彼女は走りの基礎を学ぶ為に、今年度の残りの期間は教官の指導とシンボリルドルフの個人レッスンを受ける事に決めていた。
そんな彼女を遠くから、腰まで届く長い黒髪を携えたの1人のウマ娘がジッと見つめていた。その娘の名はマンハッタンカフェ。オカルトチックでミステリアスな雰囲気なちょっと変わったウマ娘である。
そして、そんな彼女の後ろから歩いて来るのはアグネスタキオン。ウマ娘の可能性を追究する為に(主に彼女のトレーナーが犠牲になりつつ)日々怪しい実験に励む研究者のようなウマ娘である。
同じチームに所属する2人はトレーニングが早めに終わった為、寮に戻る途中だった。
「……………」
「おやぁカフェ、もしかして君もあの転入生が気になるのかい? 奇遇だねぇ、実は私もなんだよ」
「いえ、タキオンさん……彼女の姿がたまたま目に入っただけです」
「そうだろうそうだろう、気になるだろう! 彼女は世代最強の格闘ウマ娘と謳われていたのにレースウマ娘へ転向したそうだ。それも驚きだが、彼女の格闘の強さの秘密は何なのかが分かれば、私の研究に役立つかも知れない! という訳でカフェ、彼女をラボに連れてきてくれたまえ。私では警戒されてしまうかも知れないからね。武術家というものは警戒心が強いのだそうだ」
「話を聞いてください……というか、一応自分が警戒の対象になる自覚はあったのですね。そちらの方が私にとっては驚きなのですが」
カフェとタキオン、そんな2人が仲良しなのか不仲なのか分からないやり取りをしていると、マンハッタンカフェにしか聞こえない『声』が彼女に囁きかけた。
『…………………………………………………』
「……え? それはどういう……うん、わかった」
「おや、どうしたんだいカフェ? もしかして君の『見えないお友だち』が何か伝えてきたのかな?」
「……ええ、タキオンさんは先に戻っててください。あの転入生に用ができました。そろそろ教官指導トレーニングも終わる頃です。私はそれまでここで待ちます」
それを聞いてタキオンは目を怪しく光らせてニヤリとする。
「いいや、何やら興味深いことが起こりそうな予感がするしねえ。私も側で観察させてもらうよ、いいだろう? 邪魔はしないさ。君の用とやらが全て終わった後に実験に勧誘するとしよう」
カフェはジトッとした目つきでタキオンを見る。タキオンが素直に帰るはずがないのは分かりきってはいたが……という顔だ。
「……まあ、いいでしょう。でも、そんなに面白い話では、ないと思いますが……」
(あの子が直接誰かにメッセージを送りたいなんて……こんなことは今まで無かった。あの転入生は一体……?)
カフェは再びマリンに視線を移した。『お友だち』はいつも多くは語ってくれない。彼女はとにかく時が過ぎるのを待つことにした。
…
……
………
…………
「よおし! 今回はここまでだ。後は各自でしっかりとトレーニング後のストレッチを行うように。では、解散!」
教官に言われた通り、マリンは芝の上でストレッチを始めた。そのレパートリーはルドルフに教わっていた。その全てしっかりと終わらせて、共同ロッカールームへ戻ろうとした時、歩道から2人のウマ娘が彼女に近付いてきた。
どうやらマリンに用がありそうな様子だが、彼女には覚えのない2人組だった。
「……すみません、お邪魔……しましたか?」
マリンに話しかけてきたのは、なんだか不思議な雰囲気なウマ娘だった。マリンは今まであったことのないタイプのウマ娘に目を僅かに細めた。もう1人の怪しい目をしたウマ娘のアグネスタキオンは一歩下がってこちらを見ている。
「いえ、ちょうどストレッチが終わったところです。私に何か……ご用でしょうか?」
「……私はマンハッタンカフェと、いいます。後ろにいるのはアグネスタキオン……彼女は私の話が終わった後に怪しい実験に勧誘してくると思いますが……無視して帰ってください」
「え? はぁ……分かりました。私はマリンアウトサイダと申します。この学園に来てまだ日は浅いですが、よろしくお願いします」
(この2人、一緒に歩いてきたからてっきり友人同士だと思ってたけど、違うのかな?)
マリンは不思議そうに2人を見つめる。
「……マリンアウトサイダさん……転入生のあなたには奇妙に思われるかもしれませんが……私には他の人には見えない『お友だち』がいます」
カフェはじっとマリンを見つめている。暗い深海へと吸い込まれいってしまう、そんな想像をしてしまうような目だった。
「その『お友だち』が……あなたに伝えたいことがあるそうです」
マリンもじっとカフェを見つめ返す。そして……
「そうですか……その『お友だち』は私に何と言っているのですか?」
疑いのない透き通った眼でそう返事をするマリンに、カフェはキョトンとしてしまう。
「……不思議な方ですね。私がいうのもなんですが……『お友だち』のことを伝えると、大抵の人は奇異の眼差しを向けてきます。しかし、あなたにはそれを全く感じない……なぜか聞いてもいいですか?」
そう、マリンが訝しんだのはカフェとタキオンの関係性だけで、見えない『お友だち』について聞いても驚く様子も動揺もまるでなかった。カフェはそれを不思議に思ったのだった。
そして「え? えっと……」とマリンはしばし考えて、口を開いた。
「そうですね……私は幼い頃から山の中で生活してきました。長い間山で生きていれば、不思議なことの3つや4つは経験します。その中には科学では説明出来ない出来事もありましたし、幽霊の様な見えない存在が居ても不思議とは思わないですね。後は私、あまり細かい事は気にしないタチでして……」
カフェはじっとマリンを見つめて、ふと表情を和らげる。
「そうですか……あなたはとても純朴なのですね。大自然に守られて育った雰囲気を感じます。好感が……持てますね」
そして、マンハッタンカフェは真剣な表情になる。
「では、私の『お友だち』の言葉を……そのまま伝えます」
スゥーと息を吸い、彼女は言った。
「お前の『願い』はこの世界では決して叶うことはない」
「!!……っ」
マリンは息を飲んだ。
「耐え難い喪失を味わいたくなければ、レースから身を引くことだ」
「……………………………」
マリンの脳裏にはあの夜に見た夢の光景がよぎった。ゴールの先に『誰か』が立っていた、あの光景が。
「それでも走りたいと願うなら『夢』を探せ。お前の『願い』に替わる、お前の『夢』を……………以上です」
(……『願い』に替わる『夢』……?)
マリンにはなんのことを言っているのか、分からなかった。
「……これが何を意味しているのか、私には分かりません。『お友だち』はあまり多くを語りませんので……確かに伝えました。機会があれば、また会うこともあるでしょう」
では……と言ってマンハッタンカフェは去って行った。
「……………………」
1人残されたマリンの心中はざわついていた。そして、ルドルフが個人レッスンの時に言っていたことを思い出していた。
『マリンアウトサイダ……私には夢があるんだ。全てのウマ娘が幸福に過ごせる、理想の世界を作る……という夢が。子供の戯言のように聞こえるだろう? だが、私は本気なんだ。私と同じ視座で夢を見てくれるトレーナー君と共に、それを叶えたいんだ……』
「夢……」
マリンは呟いた。
「私の夢って……何だろう……」
秋風が吹きつけ、斜陽がマリンの影をターフ落としている。その影も自分に同じ事を問いかけている……マリンはふとそんな気がしたのだった。
…
……
………
…………
「あ、やっと終わったかい? それじゃ、早速彼女を勧誘しに……」
「行かせませんよ」
カフェに制服の襟を掴まれてタキオンは「あう!」と声を上げる。そしてそのままズルズルと引きずられていく。
「カフェ、ちょ、離してくれないか? ちょこっとあの格闘ウマ娘に実験に協力してもらうだけじゃないか〜」
「きっと彼女は善意で協力してくれます。だからこそ駄目です。あの様な素朴さを持ったウマ娘にはそのままで居て欲しい……」
そう言って2人は寮へと去っていく。マンハッタンカフェは彼女の『願い』とは何だろうかと、暫く気にし続けるのだった。
−–−−−
「うーーーん、これは………」
トレセン学園の教官室で、1人の教官が頭を掻きながら、あるウマ娘のデータが書かれた資料を見ていた。
指導したウマ娘たちのデータを管理するのも教官の業務の1つである。後々それらは専属トレーナーに引き継がれることになる為、指導教官という職は非常に重要な役割を担っているのだ。
「マリンアウトサイダ……か」
彼が見ていたのはかの転入生のデータだった、その内容に彼は驚きを隠せなかった。
「特に突出している要素は無し……全体的に平均には達しているが、それだけだな……」
マリンアウトサイダ、世代最強の格闘ウマ娘、いずれウマ娘格闘界の皇帝となるのではないかとも噂された神童。
しかし、目の前のデータにはそれらを読み取れる要素は皆無だった。反射神経と跳躍力には目を見張るものがあるが、レースウマ娘の中では抜きん出て目立つほどではない。
「ガタイの良いウマ娘ってわけでもないしな。格闘大会の映像で見せるあの強さは、純粋な武術の技量による強さってことか」
これは……難しいな、と教官は呟く。彼は椅子に座ったまま背伸びをして、背もたれに寄りかかる。
(潜在能力や走りのセンスがあるかも分からないが、高等部で今からレースを1から学ぶとなると……)
「このウマ娘を指導できるトレーナーは相当に限られてくるぞ……」
誰がいる……?と教官は呟いて、思案を巡らせる。
(シンボリルドルフのトレーナー? 確かに超一流だが、あんな多忙な身の人に頼むわけにはいかない)
(ヤエノムテキのトレーナー? 武術家繋がりだからと言って相性がいいとは限らない。安直に決めるのはリスクが大きい)
(とにかくデータ的には平凡だが……『普通ではない』ウマ娘なのは確かだ。いい意味でも悪い意味でも。そんなウマ娘をこの時期から任せられるトレーナーは……)
「あっ」
1人……たった1人だけ、彼の頭に思い浮かんだ。
「『シリウス』のトレーナー……あいつになら任せられるか?」
チーム『シリウス』……レース界では名の知れわたる、今や名門と評されても良いチームだ。だが、最初はそうではなかった。
一癖も二癖もある超個性的なウマ娘たちを束ね上げたトレーナーの苦労は、涙なしでは語れないエピソードばかりだ。
「せめて仮メンバーという形でも、あいつのチームに入れば何か道が開けるかもしれないな……」
この教官と『シリウス』のトレーナーは旧知の仲だった。今度の飲みの席でそれとなく話を振ろう、と教官は心に決める。
「立場上、本当は1人のウマ娘に肩入れしちゃいけないんだが……なんだかあの娘、俺が見てる他のどのウマ娘よりも『迷子』になっている感じがするんだよな。見過ごせないというか……思い過ごしならいいんだが」
教官はその不安を缶コーヒーと共に、喉の奥に流し込んだ。
ーーーーー
幕間 ある競走馬の生涯Ⅲ
その黒毛の仔馬は一頭だけ取り残されてしまった。
昨日までいたはずの母馬や仲の良い仔馬たちは皆、業者に連れて行かれてしまった。そのストレスからか、仔馬はその後、食欲不振や夜鳴きが酷くなり、その事を聞いた買い取り主の社長も心を痛めた。
だが、そんな仔馬を根気よく懸命に世話をしたある若い厩務員がいた。彼は生まれつき身体が弱く、心臓に少し問題を抱えていたが、親に連れられたホースセラピーをきっかけに厩務員を志した青年だった。
『ミドリ』ちゃんと呼ばれていたその牝の仔馬の心の傷が癒えるまで、彼は業務をこなしながらも、他のほとんどの時間を彼女の為に使った。次第に『ミドリ』は彼に心を開いていった。
青年は愛用の『緑色のパーカー』を着て、非番でも牧場を訪れてミドリのことを気にかけていた。その1人と1頭の様子に、青年は他の厩務員から「まるでお父さんだな」と微笑ましくからかわれたのだった。
そんな彼や他の厩務員の愛情を受けて育ったミドリは見違えるほど成長した。そして彼女が社長の縁で競走馬としてデビューするのは、そこから少し先の話である……
次回
第2章
5話 チーム『シリウス』
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