【本編完結】とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話 −流れ星の転校生−【リメイク版】 作:カンヌシ
これは、私が暗い影の中に『光』を見た、という話だ。
私が『格闘ウマ娘』から『レースウマ娘』に変わる前に見た、ある一場面。
レースウマ娘は、レースの後に歌って踊る。
格闘ウマ娘だった私には不可解な事だけど、レースにはその様な伝統が昔からあるようだ。
ウイニングライブはレースの華やかさの象徴だ。それに憧れてレースを志すウマ娘も多い。
だが、その舞台に立てるのはほんの一握りのウマ娘だけ。
光眩いステージの影に何があるのかを
この時の私は、まだ知らなかった。
……………
…………
………
……
…
「はいっ、そこまで! 次は各グループでポジションを変えながらの練習よ」
とある日のレッスンスタジオ。
そこでは、多人数での合同ダンスレッスンが行われていた。
集まったウマ娘たちは3人ずつにグループ分けされて、ローテーションで1位、2位、3位のポジションのダンスを練習する。
これがそのレッスンの、いつものルーティンだった。
しかし……
「………っ………」
1人のウマ娘がその場を動こうとしなかった。彼女は沈痛な面持ちで立ち尽くしていた。
「そこ、何をしてるの。早くポジションに着いて……」
「……意味……あるんですか……?」
「えっ?」
震える声と共に、そのウマ娘が教官を睨みつけた。
「勝てないレースの……取れもしないポジションのダンス練習なんてして、意味あるんですか!?」
そのウマ娘の叫びに、レッスンスタジオがシンと静まり返る。マリンも別のグループにいて、そのウマ娘を少し離れた位置から見ていた。
「1位のポジションなんて……ほんの一握りのウマ娘しか取れないのに……虚しいんですよ……苦しいんですよ……練習するほどに……自分が惨めに感じるんです……」
「……あなた、自己反省なら別の時間にやってちょうだい。ダンスの精度はトレセン学園の評価に直結するの。その平均レベルを上げるのが私の仕事よ。嫌なら個別のダンスレッスンを受ける事をおすすめするわ」
教官もその道のプロだ。全体の為に、個人的事情を考慮することは少ない。その冷徹な言葉にそのウマ娘は唇を噛む。
「っ……! はい……失礼します」
そう言ってそのウマ娘は出口に向かって歩き出す。
「っ!?」
しかし……別の誰かが、彼女の手首を掴み止めていた。ギロリと、そのウマ娘は振り返った。怨嗟のこもった低い声で呟く。
「……何? 離してよ」
「……どうして、帰ろうとするの? レッスン、まだ終わってないよ?」
引き止めたのは、小さな桜色のウマ娘、ハルウララだった。
「……もう嫌になったの、数年かけて1回踊れるか踊れないかのダンスなんて、覚えても無駄でしょ……!」
「でも、キミはこの前は踊ってたでしょ? わたし見てたよ! キミが全部のポジションをとっても上手に踊ってるところ!」
「……!」
そのウマ娘はバッとハルウララの手を振り払った。
「アンタには……関係ないでしょう……アンタだって……1度もレースで勝った事なんて無いクセに!!!!!」
スタジオがざわつく。誰もが知っていたのだ。ハルウララが全戦全敗だってことを。でも、皆それを敢えて口にすることはない。
皆がハルウララの反応を気にしていた。
ハルウララはポリポリと頬を人差し指で頬を掻いて言った。
「えへへ……そうなの。わたし、ずっとずーーっと負けちゃってて……」
相手のウマ娘の顔が険しくなる。何をそんなにヘラヘラ笑っているんだ、と言わんばかりだ。だが……
「でもね、いつか1着を取るのが楽しみなんだ! とっても! と〜〜〜っても!」
次の瞬間、彼女の目の前には、満開の
相手のウマ娘は面食らって、表情から少しだけ険しさが抜けた。
「わたしね、3着なら取ったことあるんだよ! ういにんぐらいぶを踊ったらね。わたしを応援してくれた人たちがみーーんな喜んでくれたの!」
彼女は目を丸くして、ただハルウララの言葉を聞いていた。
「わたしのお父さんでしょ、お母さんでしょ、商店街のおじさんでしょ、近所のおばあちゃんでしょ、後ね後ね……えっと、とにかくたくさん!」
ハルウララがギュッと両手でそのウマ娘の手を握る。真っ直ぐ、桜の花のような瞳がそのウマ娘の姿を映した。
「その人たちがね、
わたしが1着取った時にはどんな顔をするんだろう
どれだけ喜んでくれるんだろうって想像するとね
胸がとってもドキドキワクワクするんだ!」
「っ…………!」
そのウマ娘の息が詰まる。
「キミにもきっと居るでしょ? そうやって喜んでくれる人たちが。その人たちの喜ぶ顔を想像すると、ダンスの練習もとっても楽しくなるよ!」
ハルウララの言葉に、そのウマ娘は昔の自分を思い出していた。
純粋に、走るのを楽しんでいたことを。
ウイニングライブで踊るウマ娘たちに憧れたことを。
見守ってくれる家族や友達の笑顔に励まされたことを。
……凍てついてしまっていた彼女の心の中に、優しい春風が吹いた。
ポタリポタリとそのウマ娘の目から床に涙が落ちていった。
「っ……ひっ、ぐっ……う、あ……ぁぁ」
ハルウララは無垢そのものだった。地面に落ちる前の、風に舞う桜の花びらのように一点のけがれもなかった。
そんな彼女の言葉だからこそ、そのウマ娘の、悲しみの津波に何度も何度も打ち負かされて、疲弊しきった心に染み渡った。
ウッ…… グスッ……
周りにも、同じように目に涙を浮かべるウマ娘たちがいた。
ハルウララは、負け続けて、勝てなくて、心がボロボロになったウマ娘たちにとって、深い雪を溶かす春の太陽のような存在に思えた。
「あれ? どうしたの。もしかして、さっきの練習でどこかケガしたの!?」
ハルウララは心配そうにそのウマ娘に尋ねる。
「ぐずっ……うん……そうなの……ちょっと、足を打っちゃって……それで、イライラしちゃってたの……ごめんね、ハルウララ……」
そのウマ娘は涙を拭って、他の皆の方を向いて、頭を下げた。
「ごめん……みんなの邪魔しちゃって」
そして教官の方を向いて、さらに深く頭を下げた。
「ごめんなさい……教官。レッスンの続きを……受けさせて下さい……」
教官は腕を組んだまま、俯いて言った。
「ええ……もちろんです。それが私の仕事ですから」
教官の目元にも、一瞬光るものが見えた気がしたが、そこはプロだ。すぐにいつもの厳しい表情に戻り、レッスンを再開したのだった……
これが、私が見た『光』
『レースウマ娘としての敗北』の味を知らなかった私は
まだ、その尊さを理解していなかった。
その『光』が私の道標となることを
私はまだ、知らなかった。
次回
6話 『なぜレースの後に歌って踊るのですか?』