ブルーアーカイブ -Blue Archive- 『黎明の貴方に向けて』   作:古賀幸也

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誰かのためのキリエ

 暗い、暗い夜の闇の中だった。

 ずぅっと、暗いそこをあてどなく歩き続けていて、何処に行けばいいのかもわからなくなって、何処に行きたかったのかもわからなくなっていた。

 それでも、止まることは出来なかった。ただ、進み続けるための目的が欲しかったのかもしれない。怒りも絶望も喪失感も、全て本当だったけど、何よりも怖かったんだ。

 自分のしてしまったことの結末。それをただ立ち止まり確認することが。他の何かに意識を向け続けていないと、その切っ先がすぐにでも背中に突き立てられそうで。

 

 だから、理由をそこに置いて、追いかけていた。優しい声に、止まりそうになった足を踏み出して、振り返りそうになった体を前へ向けて。

 いくら馬鹿でも、わかってたはずなのにね。そんなことをしたって、逃げ続けられるわけがないって。自分がどういう存在で、何をしたのかなんて、本当はずっとわかってたんだから。

 最悪の形で、足は止まって。見せつけられるみたいに、『私』はそこにいた。

 

 でも、その『私』はまだ間に合うから、もう邪魔なんて出来なかった。

 だから、私は悪役のまま、せめて主人公を助けられる最期を選んで……。

 選んだはずで。だから、私は夜の暗闇の中で倒れるはずで……。

 

 ――なのに。

 

 ずるいよ。ねぇ、そんなの眩し過ぎるよ。

 私、ずっと暗いところにいたんだよ。目が痛くなっちゃうよ。

 どうしてそんなに、貴方はきらきらしてるのかなぁ。

 まるで、運命の人みたいに。暗い夜の底にいた女の子を照らしてくれる運命みたいに。

 そんなの私、信じちゃうじゃん。

 だから、だから私は、この想いを――。

 

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ブルーアーカイブ -Blue Archive-

『黎明の貴方に向けて』

 

 

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 雨が降った後は、土の匂いがする。

 ずっと前から、何となくわかっていたこと。道を歩いているときに、ふと香ってくる。今まではそのくらいの認識だった。

 でも今は、強く実感を伴った言葉に変わっている。

 

「あーぁ、何もこういう作業の日の前に降ってくれなくてもいいのに」

 

 わざとらしく、愚痴を声に出しながらしゃがみこむ。

 地面との距離が縮まって、余計に土の香りが強くなった気がした。

 それに合わさるように、草花のものだと思うけど、青臭い匂いも混ざる。

 濡れて、日光に温められて、強く鼻につく。

 少し顔を顰めるけど、もうそのくらいだ。慣れてしまったから。

 

「うえぇ……」

 

 でも、さすがにぬかるんだ土がべっとりと手につくと、声が漏れた。

 雑草を掴んで、雨水とまざってぬるりとした土から引っ張りだす。

 どうやったって汚れてしまうのだから、仕方ない。それでも必要なことだから、平気なふりをして作業を続ける。

 正直なことを言ってしまえば、こんなことしたくない。

 今までは、ティーパーティーの一員として、自分が普通の生徒よりもずっと恵まれた生活をしていたことはわかってる。それこそ、教室の掃除程度すらまともにした記憶はない。

 だから、文字通りの泥仕事なんて、ちょっと気持ち悪い。

 しょうがないじゃん。だって虫とかも出るんだよ。虫とか。

 

「……でも、しょうがないよね」

 

 思わず口から漏れ出た言葉に、自分で納得する。

 むしろ、このくらいのことで済んでることが奇跡だとすら思う。

 自分がしでかしたことが、どれほどのものだったかはわかってる。これくらいのことで贖罪になるのなら、自分から進んでやるくらいじゃないと駄目なくらいに散々なことをした。

 まぁ、そういうわけだし、こうしてサボらずにしっかりやってるわけだけどさ。

 

 考え込んでいる間に、無意識で引っこ抜いていた雑草を一纏めにして、少し休憩のつもりで空を見上げた。

 昨日の雨なんてなかったみたいな、綺麗な快晴。こんな日に、いつもの場所でお茶会でもしたら気持ちよくお喋り出来て、美味しいお茶が飲めただろうな。

 ちょっとした誘惑。それと同時に襲い掛かってくるのは、想像と現実との落差からくる嫌だなって感情。サボりたくなってしまう気持ち。

 

 それをぐっとこらえる。

 自然に力が入った手が、新しい雑草を手探りで見つけて、引っこ抜いていた。

 以前までの自分なら考えられないことだと思う。

 うん、多分ここまで頑張ったとは思えない。どうせ、って諦めてた気がする。

 でも、今は違った。空に浮かんでいる輝くお日様を、もう一度見上げる。

 

「照らされちゃったもんね」

 

 手を伸ばす。当然、それは届かなくて、少しだけ寂しくなった。

 夜の暗闇の中で蹲っていた私を照らしてくれた光に、今は届かないことを思い出して。

 きっと、あれは優しさなんだってわかってる。

 わかってるけど……。

 

「寂しいものは、寂しいんだよね」

 

 だから、頑張れる。寂しいからこそ、頑張れる。

 だって、このままでいれば寂しいままだから。

 簡単に許してもらえるなんて思ってない。そもそも、全てを許してもらえるとも思っていない。馬鹿な私だって、それくらいのことはわかる。

 トリニティ全体での私の評判だって、ちゃんとわかってるしね。

 

 それでも頑張れば、許してくれる人は増えるかもしれない。私のことを見直してくれる人が出てくるかもしれない。またナギちゃんやセイアちゃんと、笑ってお茶会がいつでも出来るようになるかもしれない。

 何もしないよりはずっといい。何もしないよりは……。

 頑張った方が、あの人の心に、近づけるはずだから。

 

 そんなことを考えこんでいたせいか、私はぼうっとしていたんだと思う。

 近づいてきていた気配なんて全くわからなくて、気が付いたときには、雨水でぬかるんだ地面に転がっていた。

 

「うわ見て、ボランティアとか言って、泥遊びしてるだけじゃないの?」

「私たちが真面目に頑張っている間に遊び惚けてるなんていいご身分よね」

「ちやほやされてた頃の癖が抜けてないんじゃない? 前も似たようなものだったでしょ」

 

 背中を押してきたのだろう子たちの声が聞こえてくる。

 抜き終わった後の雑草が、べったりと服に張り付いてしまっていた。それを見て、面白がっているんだろうなってわかるクスクスという笑い声まで響いてきた。

 

「……はぁー」

 

 溜息を一つ吐き出す。

 そうすると、笑っていた子たちがビクリと震えた。

 怖がるなら、やらなければいいのに。まぁ、そんなことも考えられないから、こんなことするんだろうけどね。

 

 そそくさと逃げていく後ろ姿からすぐに視線を外す。

 今は、そんなことより大事なことがあるんだから。

 纏めておいたはずの抜き終わった雑草が、私の服に張り付くし、散らばっちゃってるしで大変だよ。取り敢えずこれをまた纏め直さないと。

 

 うん、今はこっちの方がずっと大事。

 先生は、ずっと私のことを見てくれている。私のことを考えてくれている。

 生徒のことを、見て、考えてくれている。

 だから応える。ちゃんと応えたい。それでまた、近づきたい。

 近づいて、それで……。

 

「……笑った顔、見せてくれるかなぁ」

 

 見せてくれたらいいな。そうしてくれたら、嬉しいな。

 ただの想像。うぅん、妄想って言っていいと思うそれ。

 でも、それは今は難しいことだと思うけど、妄想で終わることでもないと思う。

 だって、見せてくれたことはあるんだから。見惚れるくらいの笑顔で、頭が真っ白になっちゃうくらいの言葉をくれたことは、あるんだから。

 そう、だから笑いかけてもらうだけじゃなくて……。

 あのときの言葉を、もう一度。

 

「……よしっ、まだまだ時間はあるし、頑張ろっと☆」

 

 それは今日のボランティアの時間のことでもあるけど、それだけじゃなくて。

 私と……聖園ミカと先生との時間のことでもあった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

MomoTalk

 

『先生~』

『今ってちょっと時間あるかな?』

 

先生

『ミカ?』

『どうしたの?』

 

『お昼ご飯食べるところなんだけど』

『良かったら、トリニティの中庭で一緒にどうかなって☆』

 

先生

『うん、いいよ』

『ちょうど、トリニティの近くにきてたから』

 

『そっか、良かった~』

『それじゃ、トリニティで待ってるね』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 あっさりと、いいよと返事をくれたことに、相変わらず胸が弾む。

 生徒からのお願いを、先生はよっぽどじゃない限り拒まない。それはわかってるけど、だからこそ、私はまだちゃんと先生の生徒なんだなってわかって嬉しくなっちゃう。

 まぁ、お願いを聞いてくれるってわかっていても、さすがに、シャーレからここまで移動してもらうのは気が引ける。なので、今日。

 前に聞いた今日の先生の予定なら、この時間だとトリニティの近くにいるはずだってわかってたから。これくらいならいいよね……迷惑だって思われたりは、しない、よね。

 

 あー……今更になって、ちょっと不安になってきたかも。

 そもそも、特に用事もなく先生をご飯に誘うってどうなんだろう。他の子たちならまだしも今の私って気軽に先生を呼び出していいような立場でもない気が……。

 でもでも、先生と会えるタイミングって、シャーレの当番の日でもないと難しいんだよ。色んな学校の色んな生徒のことで、沢山することがあって忙しいから。

 うん、そう……。先生は生徒たちのために、とっても頑張ってる。

 凄く疲れてると思う。だから……。

 

「……ちょっとの移動でも、疲れたりしてないかなぁ」

 

 気にすると、どんどん変な方向に考えていっちゃう。

 良くない良くない。それに、私らしくないよね。もっと明るくしてないと。

 だから、先生が疲れてるなら、元気になってもらえるように頑張る。それくらいの気持ちでいないとダメだ。

 

 ……私が、先生に元気を。

 それは、ちょっと……かなり、いいかもしれない。

 もし、そう出来たら、凄く嬉しいと思う。

 

 変に心配していたのが嘘みたいに、先生がきてくれるのを楽しみにしだす自分がいた。

 ベンチの汚れを払って、ハンカチを敷いて……。

 大切な人を、座って、待つ。

 それだけの時間が、何だかとても楽しくて、嬉しくて……。あれから、辛いことや悲しいことだって勿論あるけど、今に繋がる選択をしてきて良かったって、心から思える。

 今に繋がる選択を、してくれた人たちのことが、本当に愛おしいと思える。

 

「──Kyrie Eleison」

 

 好きなわけじゃないのに、あのとき口ずさんだ歌が唇からこぼれた。

 主よ、憐れみたまえ。

 なんて……別に、憐れんで欲しいわけじゃない。

 けれど、誰かのための頑張りを、もしも神様が本当に見てくれているのなら、その人の罪をほんの少しでもいいから、赦してあげてほしいと思う。

 前は、自分に対しては、そうは思えなかった。私は終わるだけの存在で、ただの悪役で、主人公には決してなれなくて。だから、そんな人たちのために祈るだけ。

 でも今は、自分のためにも……。

 

「──Kyrie Eleison」

 

 祈ることができるよ。そう、思えるよ。

 あなたの、おかげで。だから、早く会いたいな。

 ぷらぷらと、機嫌の良さを表すように、足が揺れる。

 青空の下に吹く風が、妙に気持ちが良くて、空に浮かぶお日様がやけに温かく感じた。

 ここまで運んでくれた人たち。照らして温めてくれた人。

 うん、何でもない昼下がりだけど。

 とっても、幸せだ。

 

"ミカ、お待たせ"

「わひゃうっ!?」

 

 急に後ろから聞こえてきた声で、ビクッて肩が跳ねた。

 それに変な声も出ちゃった気がする。恥ずかしー……。

 パタパタと手で顔を扇いでから振り返る。

 

「先生、もう来てたんだ?」

"うん、近かったから、本当にすぐだったよ"

 

 普段通りの優しい笑み。それは、先生が生徒へ当たり前に向ける顔。

 だから嬉しくて、だから少しだけ詰まらない。

 この人の生徒であれることが嬉しい。この人のただの生徒であることが悔しい。

 私にとって、先生はどこまでも特別な存在なのに。

 

「そっか、でも少しは歩いたでしょ。ほら、座って座って、隣あいてるよ☆」

 

 でも、それは仕方ない。したことがしたことだもん。

 こうして気軽に会ってくれることだって、普通はしてくれないと思う。

 でも、先生はお願いすればきてくれる。忙しい中でも、時間さえ合えば、こうやって私と同じ時間を過ごしてくれる。

 だから、今はこうして来てくれるだけで、当たり前の顔を見せてくれるだけで、満足して喜ぶんだ。諦めたわけじゃ、ないけどね。

 

"うん、それじゃあ失礼するね"

 

 先生が、隣に座る。

 ……隣?

 えっと、これ、拳何個分くらい距離あいてるかな。

 たしかに、結構大きなベンチだから、余裕をもって座れはするよ。

 それでも、一緒にご飯を食べるなら、もう少し近くてもいい気はするんだけどな……。

 

「……」

 

 けど、それを指摘するための言葉は、結局出てこなかった。

 距離をあけて座る先生に向かって少しだけ困ったように笑ってみせて、それだけ。

 もし、指摘したときに、嫌がられるような素振りを少しでも見せられたら、ちょっとの間立ち直れないかもしれないし。勿論、先生がそんな風に思ったりはしないってわかってる。わかってはいるけど、不安になる気持ちはどうにもならないと思うんだ。答えなんて殆ど決まってるし、わかっていることでも、女の子としては確かめるのが怖いことだってあるんだよ。

 

 ……うん、誰に言い訳してるんだろうね。

 でも、自分で考えて、改めて驚く。

 女の子としては、か。

 あんなことがあったのに、今そんな風に考えられるなんて、びっくりだよ。

 それも、この人のおかげなんだよね。複雑な気分。

 

「……先生のそれ、お弁当?」

"うん、給食部が作ってくれたんだ"

「ふぅん、そっかぁ……美味しそうだね」

 

 気を逸らしたくて話し出したことだったけど、実際に美味しそうだった。彩もあって、手間のかかってるだろう料理が幾つも入っていて。

 でも、給食部ってことは、ゲヘナの子が作ったんだ。そっかぁ。

 少し、機嫌が悪くなりそうになったけど、我慢。

 折角先生と一緒にお昼を過ごせるんだもん。別に先生が何食べてても関係ないよね。

 

"ミカのそれは、サンドイッチ?"

「え、あ、うん……気軽に外食とかできなくなっちゃったし、一応手作り」

 

 安物のパンと、ちぎった野菜にハムとチーズ。なんとなしに、それと先生が食べているお弁当を見比べてみて、恥ずかしくなった。

 関係ない、関係ない。

 そう思ってはみても、やっぱり気になってしまう。

 思わず先生の視線から隠すように動こうとして、先生が手を伸ばして指をさす。

 

"それ、少し貰ってもいい?"

「えっ」

"美味しそうだったから"

 

 その言葉に少しだけ固まってしまう。

 最近の……あれからの先生は、あんまりこういう風に近づいてくれなかったから。

 だから、思わずびっくりしちゃって。若しかしたら変な顔しちゃってたかも。

 

「う、うん……いいよ。それじゃあ、どうぞ」

 

 慌てて笑顔を意識して、サンドイッチを差し出す。

 それを手に取った先生は、躊躇うこともなく口に運んで、あっさりと食べちゃった。

 心の準備、全然出来てないのに。まずいわけじゃないとは思うけど、大丈夫かな。

 特別美味しいってものでも、ないと思うし。

 こんなことならもっと料理の練習して、ちゃんとしたお弁当作ってくるんだった。

 

"このソースって、手作り?"

「……う、うん。調べて作って、自分に合うようにちょっと味付け変えただけ、だけど」

"そうなんだ、美味しいね"

 

 何でもないように言われる。本当に、先生からしたら何でもないことなんだろうな。

 でも、当たり前みたいに言われたから、お世辞とかじゃないのもわかっちゃう。

 そんなの、嬉しくなっちゃうじゃん。

 

"お返しに、ミカもお弁当どうぞ"

「あ、うん……ありがとう。いただきます」

 

 だから、不意を打つように差し出されたお弁当を、何も考えずに食べちゃった。

 ゲヘナの子が作ったっていうことも忘れて。

 

「もぐもぐ……コクン。あ、美味しい」

 

 ただ思った言葉が、手のひらで隠した口からこぼれた。

 そんな私を見て、先生は小さく笑う。

 

「……こんなことしなくても、今更ゲヘナの子と喧嘩したりしないよ」

"そっか、偉いね"

 

 何だか、してやられたような感じがして、また悔しくなる。

 わざわざ先生が急に近づいてきてくれた理由はこれかぁ、なんて。

 でも、まぁいいかな、って気分にもなっていた。

 今に繋がる選択をしてくれた人たちに祝福を送るのなら、それはきっと学園の区別だって関係はない。トリニティとか、ゲヘナとか、そういうのもきっと関係はない。

 

 だから、祈ってあげるよ。あなたたちにもさ。

 ──キリエ・エレイソン。

 

 その後は、二人でご飯を食べながら、何でもないことをただ話した。

 昼食を口にする午後。その短い間だけの先生との時間。

 何でもない、大切な時間。何でもないから大切なんだって、今なら凄くわかる。

 

「それで、セイアちゃんがまたよくわからない話ばっかりしてきてさぁ。あ、でも前よりは歩み寄ってくれてる感じはしてるかな……?」

 

 私の話に相槌を打ってくれる。話を聞いてくれてる。それがこんなにも嬉しい。

 おしゃべりは元々好きだけど、好きと好きが重なると、こんなになっちゃうんだね。

 

"ナギサやセイアと、また仲良くやれてるみたいだね。良かった"

「あはは、まぁ前ほど二人と一緒にいると、迷惑かけちゃうかもだから、程々にね。一応まだ私はティーパーティーって扱いではあるから、繋がり自体はあるし」

 

 そう、だから今は、いつもお昼は一人で食べてる。

 ずっと二人と一緒にいるのは、多分良くないから。私と一緒にいて、あの二人にも嫌がらせされるなんて、絶対に許せないし。

 

"そっか、三人とも、お互いのことがとても大切なんだね"

 

 言われて、すとんと言葉が胸に落ちる。

 私は、今結構寂しい。先生といられる時間は嬉しいけど、そうじゃなくて。

 セイアちゃんと、ナギちゃんと、いつだって好きなだけ一緒にいられた時間。当たり前だと思っていたそれを私は手放してしまっていて、少し……うぅん、とっても苦しい。

 けど、それ以上に、二人が今の私みたいな目に合うのも嫌だ。

 

 どの思いも、二人のことが、大切だから。

 思い上がりじゃなければ、二人も私に対して同じようなことを考えてくれていると思う。私たちはまだ、友達でいられていると思う。そう、信じてる。

 だからこそ、二人も信じて、待ってくれているんだ。

 つまり、今頑張ってる理由は、先生への想いがあるからってだけじゃなくて……。

 

「だめになっちゃっても、直せるんだよね」

 

 夜のプールを思い出す。

 私たちの始まりの場所。再出発の場所。

 ……やり直し始めた場所。

 

「それって、どんなものでもかなぁ?」

"うん、どんなものでも、だと思うよ"

「そっかぁ……」

 

 私がこれからも頑張り続ければ、いつか先生は笑いかけてくれるかな。

 贖罪を続ければ、トリニティの皆の私を見る目は変わってくれるかな。

 寂しい気持ちを我慢すれば、また、二人と……。

 

「一緒に毎日、お茶会できるかなぁ」

"できるよ"

「え、あはは……声に出ちゃってた? はずかしーなーもー……」

 

 そんなの嘘。本当は、意識して声に出していた。

 私は悪い子だから。強い主人公なんかじゃないから。

 誰より信じてる人からの保証が欲しかったの。

 望む未来がきてくれるよって、言ってほしかったんだ。

 

「……ありがとね、先生」

"お礼を言われるようなことは、してないよ"

 

 隣に、隣より少し遠くに座った先生が、小さく笑う。

 その小さな笑みの分、離れていた距離が縮まった気がして、また嬉しくなった。

 でも、ずるいよね。先生は、ずるいよ。

 

 触れさせてはくれないのに、近くにはいてくれて。

 直接は言ってくれないのに、言葉に想いだけ滲ませて。

 お礼はさせてくれないのに、いつだって助けてくれて。

 

 ほんと、大人って……ずるいなぁ。

 私がその隣に追いつける日なんてくるのかなって、少し自信がなくなっちゃうよ。

 勿論、諦めるつもりなんて端から無いけどさ。

 

「……この中庭ね、私が掃除したんだよ」

 

 ご飯を食べ終えて、二人でベンチに並びながら、庭を見渡す。

 放置されて生い茂っていた雑草は全部抜いて、汚れていたベンチを綺麗に拭いて、ずれていた花壇の枠組みを整えて、花の種を植え直した。

 

「しばらくしたら、あの花壇にも綺麗な花が咲いてくれるんじゃないかなぁ」

 

 膝の上に肘を立てるようにして、両手で頬杖を突きながら、今は何もない花壇を見る。あそこが綺麗に彩られてくれれば、泥だらけになった甲斐も少しはあるかな。

 そうなるまで、結構時間はかかりそうだけどね。

 

"頑張ってるみたいだね、ミカ"

「うん、すっごく頑張ってるよー。だからさー先生褒めてよー」

 

 へにゃりと体から力を抜きながら、おねだりしてみる。

 今の先生は、そこまで甘やかしてくれないってわかってても、ついやっちゃう。

 だって、褒められたいもん。誰よりも、先生に。

 

 頑張ったね、って。

 偉いね、って。

 

 そのまま撫でてくれたりもしたら、言うことないなぁ。

 いや、想像なんだしもうちょっと欲張ってもいいよね。抱きしめてくれちゃったりとか。……うーん、ただ中庭を掃除したくらいで、そこまで大袈裟なのはないかぁ。

 実際に褒められるなんて思ってなくて、そんなことを考えこんでぼーっとしていた。

 だから……。

 

"うん、頑張ったね。偉いよ、ミカ"

「へ……?」

 

 生徒が頑張ったら褒める。当たり前のこと。

 そうしてくれないはずがないのに、期待しないようにし過ぎてた私は……。

 

「……」

 

 それだけで、恥ずかしくなって、嬉しくて、何も言えなくなっちゃった。

 さっきまで気を抜いていたのが嘘のように、ぎゅっと体を縮こめるように力を入れて、顔を下に向けて赤くなっているだろう頬を隠した。

 

"それじゃあ、私はそろそろいくね。これからも頑張るんだよね、応援してるよ"

「あ、うん……ありがとう、先生」

 

 そんな状態だから、立ち上がって歩き出す先生を呼び止めることもできない。

 まぁ、忙しい先生をいつまでも引き留めることもしないけどさ。

 でも、これくらいはいいよね。

 

「……またね」

"うん、またね、ミカ"

 

 それから、先生が去っていた中庭で、私はしばらくの間ベンチに座り込んでいた。

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