季節は春。既に雪解けはしているものの、まだ桜も咲き揃っていない4月上旬。首元に白いマフラーを巻き、新品の制服に身を包んだ一人の女子生徒が、学校の校門前に佇み、校舎を見上げていた。
冷たい風が吹き抜け、雪のように真っ白で外ハネのある、少し長い髪がふわりと揺れる。しかし、その少女は身震いひとつせず、サファイアの瞳を爛々と輝かせ、思わずといったように呟く。
「ついに来たんだ、あの白恋中に…!」
白恋中は、北海道にあるサッカーの名門として名の知れた中学だ。もちろん、彼女も例に漏れず、サッカー部に入部するつもりなのだが、彼女にとって白恋中とは、それ以上の意味を持つものだった。
彼女の名前は、『
──最初に、自分に別の世界の記憶があると気がついたのは、FFI決勝戦で、イナズマジャパンが優勝した瞬間だった。私は、特にサッカーに思い入れのある方ではなく、テレビの画面を何となく見ていたのだが、喜ぶべきその瞬間に、激しい虚無感を感じていた。それに気づいてから、私は何度も高熱を出しては倒れ、夢現の中で妙な映像が繰り返し再生された。その影響で、私は全てを思い出し、一つの答えに辿り着いた。
ここは、イナズマイレブンの世界なのだろう、と。
だろう、と曖昧なのは、私が続編のイナズマイレブンGOを未視聴だからだ。もしかしたら、同じ世界だけど違う作品かもしれないという疑念はあった。曖昧ではあるが、ダンボール戦機とコラボしていたような記憶もあるし。
だから、主人公、ストーリーの内容、正史を壊すタブーを知らないのが不安だ。続編でも恐らく、雷門が主人公チームで、目標や倒すべき相手がいるだろうことは予想できるが、一つの失敗が命取りな世界がイナズマイレブンだ。サッカーで世界を支配したり、鉄骨が落ちてきたり、黒幕にとって不都合なことをすると重傷を負う可能性が出てくる。
しかし、そのような不安とは裏腹に、今の私のテンションは最高潮にあった。それは、イナズマイレブンの世界に転生したからではなく、転生する直前、最高にイナズマイレブン熱が高まっていたからだ!
GO未視聴のまま迎えてしまったイナズマイレブンの終わり。ふと思い出しては、懐かしいと思えるようなコンテンツに成り果てていた。次第に、思い出すことすら少なくなっていると、なんとイナズマイレブンの新作が決定したのだ!
懐かしさに釣られて調べてみると、円堂世代に戻っただけじゃなく、アツヤまで生きていて、吹雪兄弟が揃い踏み!
これは、元々2人技だった幻のウルフレジェンドが見られたりするんじゃないか!?、なんて胸アツな妄想をしたり、何なら、エターナルブリザードを2人で撃っちゃったりするんじゃないの!?みたいなことを考え始めると、どんどんとイナズマイレブン熱が復活していった。手始めに無印を見返し、やっぱり吹雪はカッコイイな、となり、その続編のGOを見ようと思っていた矢先、学校からの帰り道、上から鉄骨が落ちてきて死んでしまったのだ。
そして、気づけば私は、『雪守 虎白』という名前で第二の生を歩んでいたようだ。死んでしまったことに気づいてからしばらくは、ショックで放心していたが、前向きに考えれば、これはチャンスかもしれないと私は思った。ここが本当にイナズマイレブンの世界なら、見れなくなったイナズマイレブンの続きを、自分の手でつくり出すことができる。
先ほどからの語りで分かる通り、私はイナズマイレブンのキャラの中だと、吹雪士郎が大好きだ。二次元だけど付き合いたいみたいな恋愛的な意味ではなく、単純にキャラとしてカッコよかったからだ。二重人格と覚醒、氷のストライカー、『エターナルブリザード』という超絶カッコイイ必殺技。これで惚れない奴がいるだろうか? いや、いない。
しかし、吹雪の活躍について、不満がないと言えば嘘になる。私は、覚醒前のマフラーを巻いている吹雪が好きだったし、二重人格もカッコイイと思っていた。物語としての主軸や成長を考えれば当然なのだが、子供心ながら、興奮と同時に残念だとも思っていた。
それに必殺技に関してもそうだ。覚醒して以来、エターナルブリザードを全く撃たなくなって悲しかった。ウルフレジェンドも勿論好きだったけど、氷のストライカーという肩書きは薄れていくばかりだった。世界編では、ウルフレジェンドは簡単に止められ、怪我で出番も減り、吹雪に視点が当たることすら少なかった。
吹雪の力が必要だとか、勝利のカギは吹雪にあるとか、吹雪の頑張りで逆転した、みたいな話が1話くらいあっても良かったと思う。連携必殺技で得点を稼いではいたものの、吹雪単体での活躍はあまり目立ってはいなかった。
メタ視点としては、完璧になってしまったが故に、吹雪士郎の物語は、2で完結してしまったのだと思う。まぁ、吹雪よりも不遇なキャラは大勢いたから高望みし過ぎなのは分かっている。いるのだが……納得は、できない。
だから私は考えた。ここがイナズマイレブンの世界で、自分にも必殺技が使えるのなら、私自身が吹雪になることも可能なのではないか、と。
それに、『雪守虎白』なんて名前が何とも、"氷のストライカー"に相応しい苗字ではないか。しかも、吹雪と同じ北海道生まれ。まだまだ女児ではあるが、将来に期待できそうな顔立ちをしているため、"雪原の皇子"の名にも恥じない少女になるだろう。
生まれ故郷、苗字の親和性。これは最早、運命と呼べるのではないだろうか…!?
──そう、つまり私は、私による、私が見たいがためだけに『吹雪士郎二世』になってやるのだ!
そう誓った私はイナズマイレブンで履修した特訓方法を採用し、スノボやスケートをすることで風になったり、基礎体力やサッカースキルを磨くために、タイヤを使ったり森の中をドリブルしたりと、幼い子供にしては危険なことを毎日のようにしていた。
そんな特訓を続けていたから必然と言えるかもしれない。私は小学校入学前、特訓の最中に事故を起こし、雪山で遭難した。身体のあちこちを打撲し、脚も捻挫していて、自力での下山はほぼ不可能だった。
そんな絶望的な状況で、死すら覚悟していたのだが、人が雪を踏む足音が耳に届いた。意識が朦朧とする中、霞んだ視界に私はその人をハッキリと捉えた。サッカーボールを抱え、見覚えのある白恋中のジャージを着た、あの吹雪士郎が助けにきてくれたのだ。寒さでほとんど動けない私に白いマフラーを巻いて、抱きかかえられた。ありえないことの連続で一時的に意識が回復したので、喉から絞り出すような掠れた声で、マフラーを返すと言ったのだが、その必要はないと断られた。
「それはキミに譲るよ。このマフラーで、誰かを助けられるなら、ボクもアツヤも嬉しいんだ」
吹雪がそう笑ったのを最後に、私の意識は途切れた。次に意識が浮上したときは、病院のベッドの上だった。目が覚めて、あれは幻覚でも見たのだろうかと思ったが、夢でも幻覚でもないことを、 私の首元に巻かれたままの白いマフラーが証明してくれた。
その後、目覚めた私を見て両親は泣きながらすごく心配してくれた。私はこれまで、どこか両親を他人に感じていたのだと思う。それどころか、この世界に私は必要のない存在かもしれないと思っていた。だけどそれは勘違いだったと、このとき初めて気づいた。
それから数日間は入院して、特に問題もなく退院した。毎日特訓漬けだったから、安静にしているのは退屈でしょうがなかった。
入院中に知ったことだが、来年から高校生となる吹雪は上京をするらしく、たくさんの人から盛大に見送られて、この地を離れたそうだ。もしかしたら、あそこはアツヤとの思い出の場所で、最後に見ておきたかったのかもしれない、と私は勝手に思った。
月日が経ち、小学1年生となった私は、近所のサッカークラブに入った。低学年は練習試合がビッグイベントで、公式戦はなかった。家族旅行で行った沖縄で、砂浜ダッシュやサーフィンをしたりと有意義な特訓日和を過ごした。
そして、4年生になった頃、私は大きな挫折を味わうことになる。それは、『性別の壁』だった。少年サッカーの規約により、身体能力の差ではなく、性別の差で、公式戦に出場できなかった。どれだけ努力をしても、性別は変えられない。あまつさえ、女というだけで軽く見られ、努力を否定されたときもあった。泣きたくなるくらい悔しい思いをさせられた。
それでも私は努力し続けた。公式戦には出られなくても、地上最強イレブンのように、未知の敵と戦うためのチームでなら、女子でも真剣勝負の場に立てると思ったからだ。時には、無駄なことをしているんじゃないかと挫けそうな日もあったけど、目の前のボールを蹴り続けた。
転機が訪れたのは昨年のこと。なんと、私が中学校に入学する今年度から、少年サッカーの出場資格が見直され、女子選手の出場を認めると発表されたのだ。
私は感動で打ち震え、今まで以上に特訓に心血を注いだ。ようやく夢の舞台に立てる。『私』が長年夢見た、理想の『吹雪士郎』になってみせる。白恋中に、日本に、世界に、『雪守虎白(私)』の名を轟かせる!
──吹雪から譲り受けたマフラーを握りしめた虎白は、様々な決意を胸に、新たな伝説への一歩を踏み出した。