イナズマイレブンGO ブリザード   作:アロイ

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第10話 吹き荒れろ!虎白の化身!!

 

 虎白たち白恋中は、ついにホーリーロード準決勝当日を迎えた。スタジアムは大勢の観客で賑わっており、選手たちはそれぞれのベンチ近くで集まっていた。

 

 そんな中、羊ヶ丘中のキャプテン、羊野(ひつじの)が白恋中の元へと向かってくる。シードが何の用か、と警戒する白恋の部員たちに、困ったように笑った。

 

「そんなに警戒しないでくれ。おれは、君たちと戦えるのを、すごく楽しみにしてたんだ」

「楽しみ、ズラか…?」

 

 シードに有るまじき発言に、思わず聞き返してしまう北厳。

 

「白恋中がフィフスセクターに反乱を起こしていることは知っている。だからこそ、君たちとなら、本気のサッカーができると思ったんだ」

 

 彼の真っ直ぐな瞳が、北厳を射抜く。そこに濁りのようなものはなく、本心から語っていることが分かった。

 

「だけど手加減はしない。おれも、羊ヶ丘を守るために、シードとして君たちを迎え撃たなくてはいけないからね。お互い、ベストを尽くそう」

「こちらこそ、よろしく頼むズラ!」

 

 思わぬ激励に、頬を緩ませる北厳たち。キャプテン同士、握手を交わそうと羊野が手を差し出すと、背後から一人の少年が彼の肩に腕を回した。

 

「羊野。敵と仲良くお喋りかぁ?」

犬養(いぬかい)ッ…!」

 

 すぐさま、その腕を振り払う羊野。接触する前に後ろへ避け、ポケットに手を突っ込む犬養。和やかな雰囲気が一変して、険悪な雰囲気で二人は対峙していた。

 

「おまえがフィフスを裏切ろうと勝手だが、そうなったら、うちのサッカー部は即廃部だぜ?」

「ッ…! 分かっているさ…! 倒すべき相手に、塩を送ったりしない」

 

 二人の力関係が見えるようなやり取り。犬養という少年は、羊野と同じ2年生で、羊ヶ丘中に派遣されたシードだ。噂通り、羊ヶ丘中は現在、彼の管理下に置かれている。

 羊野がシードであるにも関わらず、フィフスセクターに批判的なのは、半ば強制的にシードとして名を連ねているからに他ならない。

 

「騒がしくしてすまない。おれは、これで失礼するよ」

 

 犬養の傍にいるのも不愉快だと言わんばかりに去っていく羊野。それを犬養は、「くくっ」と愉快そうに見送ると、白恋中に向き直る。

 

 そして、虎白の目前まで迫ると、鋭い眼光で睨みつける。

 

「雪守虎白。俺を今までのシードと同じだと思うなよ」

「っ…」

 

 犬養の迫力に威圧される虎白。いつもの彼女ならば、強気な態度をとったのだろうが、今はその余裕がない。

 

「俺は、たった一人で、反抗的な羊ヶ丘の連中を屈服させ、フィフスセクターに忠誠を誓わせた。群れを作って動くようなヤツらとは格が違うんだよ」

 

 それが真実であることは、羊野の態度からして明白だった。気に食わない相手に従う姿は、手懐けられた下僕のようだった。

 

「おまえたちは、絶対に俺には勝てない。今からでも、フィフスセクターに並べ立てる、許しの言葉でも考えておくんだな」

「何だとっ!?」

 

 言いたいことは言い終えたと、背を向けて去っていく。虎白のことを警戒しているが、どこか軽く見ている余裕が、犬養の態度からは感じ取れた。

 

「チッ。好き勝手言いやがって!」

「ぜってー、吠え面かかせてやるぜ!」

 

 王鹿と小樽が、反発心を抱く。他の部員たちにしても、犬養にいい感情を持っている者は、誰一人としていなかった。

 

「あの2人が、化身使い…」

 

 マフラーをぐっと握る虎白。この試合で、きっと化身の力が必要になる。そんな使命感にも似た感情が、虎白の中に渦巻く。

 

 それと同時に、昨夜、吹雪に突きつけられた言葉が蘇り、身体が凍ったように強張る。

 

「私たちは、この試合で化身を出してみせる…。恐れることは何一つない…!」

 

 不安を掻き消すための、おまじないのように呟いた。

 

 

 

『お待たせしました! ホーリーロード北海道地区予選準決勝、第1試合! 白恋中と羊ヶ丘中の一戦です!』

 

 フィールドには、お互いのチームがポジションについている。

 

『羊ヶ丘中は、2年生のキャプテン羊野や犬養を中心に、主力である2年生たちが引っ張っていくチームです!』

 

 羊野と犬養がFWとして、フォーメーションの最前列に並んで立っていた。

 

『対して白恋中は、1年生が主力のチーム! 羊ヶ丘中相手に、どう立ち回っていくんでしょうか!?』

 

 こちらのFWは雪村のワントップ。以前と違い、必ずしも虎白をDFに配置する必要はなくなっているので、状況によってはFWにポジションチェンジをする。

 

『本日も私、角間香が熱戦の模様を、お伝えします!』

 

 白恋イレブンとして、本格的に始動する試合。選手たちはどこか落ち着きがなく、緊張で身を固くしていると、「ピーッ!」とホイッスルが鳴り響いた。

 

『白恋のキックオフで試合開始ッ!』

 

 雪村が後ろにいる日高にパスを出して前に上がり出すのと同時に、羊ヶ丘陣内から二つの人影が飛び出した。

 

『羊ヶ丘のツートップ! キャプテン羊野と犬養が切り込んできたァ!』

 

 羊野は、ボールが渡った日高に正面から突っ込んでいく。そして、犬養は日高のパスコースを妨げながら前線へと上がっていく。

 

「なっ…!」

 

 開始早々、素早い連携プレーで選択肢を狭められた日高は、頭が順応できず、羊野にボールを奪われる。

 

「犬養!」

『羊野、日高からボールを奪って犬養に!』

 

 こうなることを予見していたように、絶好の位置でパスを受ける犬養。二人の息の合った連携は、とても先程まで、いがみ合ってた二人だとは思えない完成度だった。

 

「速いっ!?」

「今までの相手とは、全然動きが違うぞ!?」

 

 動揺する白恋イレブン。確かに、二人の動きは別格だ。しかし、白恋中がここまで圧倒されているのはそれだけが理由ではない。

 自由なサッカーを取り戻す、という大義のために気負いすぎて、余計な力が入っていた。明らかに普段より、選手たちのパフォーマンスが落ちている。

 

「オラが止めるズラ!」

 

 攻め込んでくる犬養を止めにかかる北厳。

 

「俺たちもキャプテンに続くぞ、伊富!」

「は、はい!」

 

 その後ろで、小樽と伊富もディフェンスに加勢しようと駆け出していく。虎白を除くディフェンス陣が、犬養の前に立ち塞がった。

 

「ザコが何匹群れようと、関係ねぇ!」

 

 そう不敵に笑いながら、ドリブルで猛進していく。シードとしての実力を遺憾無く発揮し、力任せに三人を蹴散らした。

 

「うわぁーーッ!」

「ぐわぁっ!」

「うわあああっ!」

 

 吹き飛ばされ、倒れ伏すディフェンス陣。頼みの綱は虎白だけとなる。

 しかし、当の本人はどこか上の空で、心ここに在らずといった様子だった。

 

「雪守ッ!!」

 

 そんな虎白を見かねた雪村から怒号が飛んできて、ハッとする。いつの間にか、目前まで犬養が迫ってきていた。

 

「しまっ…!」

 

 気付いたときには手遅れだった。犬養がドリブルで、虎白の横を駆け抜けていく。

 

『ああっと!? 雪守が抜かれたァ!?』

「雪守!?」

「雪守さん!?」

 

 これには、白恋イレブン全員が信じられないものを見たように驚く。どれだけ強い相手だろうと鉄壁を誇っていた虎白のミスに、本当に勝てるのかと、白恋中全体の士気に影が差す。

 

「雪守…」

 

 ベンチから見守っていた吹雪も、痛ましげな表情で、思わず心配そうな声を零した。

 

「…っ」

 

 普段なら考えられないようなミスに、血の気が引いた虎白が挽回をしようと、慌てて振り返る。

 

「羊野っ!」

 

 しかし、虎白が間に合うことはなく、犬養が逆サイドにいる羊野へとパスを出してしまう。

 

『さぁ、ボールはキャプテン羊野に渡ったァ!』

「……」

 

 ボールを受け取った羊野は、難しい顔で犬養を一度見遣った。パスを出さなくとも、犬養がシュートを撃つことができたはずだ、と。

 

 ならば、このパスの理由は、先制点をわざと自分に取らせることに違いない。

 

 それを裏付けるように、本心では白恋を応援したいであろう羊野を試すような、底意地の悪い笑みで、犬養はこちらを見ていた。

 

「くっ…」

 

 意を決した羊野が、目をきつく閉じ、白恋中への思いを断ち切る。再び目を開いたときには、白恋ゴールを強く見据えていた。

 

『羊野、絶好のシュートチャンスです!』

 

 虎白が駆けつけようとするが、犬養からの執拗なマークに足止めされ、ディフェンスに向かうことができない。

 

「おっと、行かせねぇぜ?」

「くっ…!」

 

 右に行けば右に、左に行けば左に、動きに合わせて瞬時に追いつく。虎白と渡り合うだけの瞬発力が犬養にはあった。

 虎白がマークから抜け出すのに手間取っている間に、羊野は必殺技を繰り出す。

 

「お手並み拝見といこうか…! ──マイクロメェーヴ!」

 

 羊野がボールを蹴り放つと、次々に波動が伝播していき、一際強くなった瞬間、羊の鳴き声が轟く。その余波が、ゴールで構える白咲を襲った。

 

『試合開始早々、白恋がピンチ! 羊野のシュートだァ!』

「ッ…!」

 

 白咲は、シュートを撃たれるまでは、止めるべきか迷っていたが、その勢いを目の当たりにして、余裕は吹き飛び、咄嗟に本気で対応する。

 

「クリスタルバリア!!」

 

 固く握った右拳と冷気を、左手で抑えこんで構える。迫り来るボールに向かって、握っていた拳をパッと勢いよく開くと、冷気が瞬時に開花し、氷の結晶となってシュートを阻んだ。

 

「ぐっ…! 何て威力だ…!?」

 

 白咲が顔を歪める。氷に閉じ込めているのに、ボールから振動が伝わってくる。ピシッと氷にヒビが入り、砕けるかという寸前、ようやくボールの振動までもが凍りついた。 

 

『止めたァ! 白咲、羊野の必殺シュートをなんとかキャッチ!!』

「はぁ…はぁ…!」

 

 予想以上の威力に疲労する白咲。犬養は、そんな勝負の結果につまらなそうに鼻を鳴らし、両者を煽る。

 

「おいおい羊野よぉ、そんなザコに止められるようじゃ、シード失格だぜ?」

 

 その言葉を聞いて、白咲はギリッと奥歯を噛む。犬養は白咲と以前から面識があり、その実力、化身を出せないことなども把握していた。

 

「彼の実力が素晴らしかっただけだ。…次は必ず決めるさ」

 

 白咲を見下すような発言に、羊野が嫌悪感を露わにし、次のプレーに備えるため、早歩きで離れる。

 

 

 白咲がボールを待ち、周囲を見渡す。依然として、犬養のマークが厳しい虎白。ゴール前にいるチームメイトには、羊ヶ丘中の選手が近くに控えていた。

 

「石センパイ!」

 

 迷った末に白咲は、手に持っていたボールを落とし、遠くにいる石に向かって蹴った。

 

『試合再開! ボールは石に!』

 

 トラップでパスを受け取った石に、北厳が指示を出す。

 

「日高に回すズラ!」

「ったく、ほらよ!」

 

 気だるげに返事をしながら、指示通りにパスを出す。それを受け取った日高が、ドリブルでボールを運んでいく。

 

「通さない!」

 

 羊ヶ丘中のMFが日高の前に立ち塞がる。その選手が、タックルを仕掛けるが、日高も負けじと踏ん張る。

 

「ぐっ…」

「はあっ!」

 

 しかし、競り合いは日高の劣勢のようで、よろめきながら、何とかボールを維持するので精一杯だった。 

 そんな中、突如として、荒らげた声が日高の耳に入る。

 

「こっちだ!」

『なんと雪村、ここまで下がってきていた!』

 

 危機一髪のところで、パスの届く位置まで走り込み、日高のフォローに入る雪村。

 

「頼んだぞ、雪村!」

 

 日高が体勢を崩しながらも、ギリギリ雪村にパスが繋がる。

 

『日高からパスを受けた雪村! ドリブルで切り込んでいきます!』

 

 上手くボールを繋げたが、少し進んだ先には、既にディフェンスが待ち構えていた。

 

「どけっ!」

「ゴールには近寄らせない!」

 

 その言葉通り、簡単に通してくれるはずもなく、羊ヶ丘中の選手が、必殺技を繰り出した。

 

「──ストレイシープ!」

 

 綿のような子羊がふわふわと宙を漂い、ドリブルをする雪村の判断を迷わせる。その隙をついて、すれ違いざまにボールを奪った。

 

「いただき!」

「くっ…!」

 

 上手く流れに乗れない白恋中。反対に、羊ヶ丘中は見事なチームワークで、ボールを回していく。

 

『羊ヶ丘、丁寧にパスを繋いでいきます!』

 

 白恋中の1年生たちが食らいつこうとするが、巧みなパス回しで躱される。そして、ついにフォワードまでボールが届いた。

 

「羊野!」

『ボールは再び、キャプテン羊野に!』

 

 ゴール前から少し離れた場所でパスを受け取った羊野。それにいち早く反応する虎白。

 

「今度こそ止めるッ!」

 

 同じ過ちは繰り返さないと、羊野の元へと走っていく。そんな虎白を見ながら、犬養はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「…はあああーーーッ!!!」

 

 眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべる羊野の背後から、黒い影が出現して、形作るように立ち昇っていく。

 

「出てこい! ──星獣アリエス!」

 

 渦巻き状の丸い角が生えている、羊の姿をした獣型の化身が佇む。雲のような羊毛に、煌めく星屑が散りばめられていた。

 

『ひ、羊野が化身を出したァ! 白恋中、またもやピンチです!』

「化身…!」

 

 虎白が気圧されたように、ごくっと唾を飲み込む。無意識下で、化身が恐怖の象徴にすり替わっていて、足が凍りついたように動かない。

 

「…ダメだ…このままじゃダメなんだ…!」

 

 恐れを振り払うように、目を閉じて頭を振る。苦しみを吐き出すように叫んだ。

 

「ああああァァァッ!!!」

 

 がむしゃらに走り出して、羊野に立ち向かっていく。示し合わせたように羊野もボールを蹴り始めた。

 

「はあああーーーッ!!!」

 

 お互いに距離を詰め、ボールを同時に蹴り合う。虎白と化身が激突した。しかし、化身のパワーには適わず、競り負ける。

 

「ぐあああッ!?」

 

 化身に吹き飛ばされ、倒れ伏す虎白。そのまま、羊野がゴール前へとたどり着き、化身必殺技を繰り出す。

 

「──ネビュラロード!」

 

 羊野が飛び上がってボールを蹴るのと同時に、アリエスが蹄で強く踏みつける。光輝く星雲が軌跡となって、シュートを勢いよくゴールまで運んでいく。

 

「──クリスタルバリア!」

 

 冷気が瞬時に開花し、氷の結晶となってシュートを阻む。しかしそれは一瞬のことで、ピシッと氷にヒビが広がり続け、ついには耐えきれなくなり、バラバラに砕け散った。

 

「がはっ!!」

 

 必殺技が破られ、白咲ごとボールがゴールネットに押し込まれてしまう。

 

『ゴール! 羊野の強烈な化身シュートが、白恋ゴールをこじ開けたァ! ホーリーロード北海道地区予選準決勝、羊ヶ丘中の先制です!』

 

 得点を挙げた羊野は、これまでのシードと違い、大きく消耗している様子はない。犬養が、そんな羊野の肩に腕を置くと、ベラベラと話しかける。

 

「フィフスに付いて良かっただろ羊野? シードにならなきゃ、この力は手に入らねぇからなぁ」

 

 倒れ伏す白咲を見下しながら話を続ける。

 

「まあ、シードになっても、化身を使えないヤツはそれなりにいるがな…。選ばれた人間だけが、到達できる領域っていうのが、この世にはあるのさ」

 

 それを聞かされた白咲は、表情にこそ出さないが、その瞳の奥を静かな怒りで燃やしていた。

 そんな白咲から視線を外し、今度は虎白を見下ろすと、溜め息交じりに去っていく。

 

「おまえには心底ガッカリだぜ。もっと屈服させがいのあるヤツだと思ってたんだけどな」

 

 犬養の落胆した声に、虎白の中で自分を繋ぎ止める何かが事切れたように、絶望の色に染まっていった。

 

 

 お互いのチームがポジションにつき直す。

 

『白恋中のボールで試合再開です!』

 

 雪村が右後ろの王鹿に、王鹿から氷里にバックパスを回して上がっていく。警戒していたが、犬養と羊野が飛び出してくることはなかった。

 

『さぁ白恋の反撃だァ! 氷里、ドリブルで持ち込んでいく!』

 

 しかし、羊ヶ丘陣内に入ったところで、MFが氷里にスライディングを仕掛けた。

 

「うわぁ!」

『羊ヶ丘、上手くボールをカット!』

 

 そのまま白恋陣内に攻め込んでくる。しかし、日高と伊富の二人がかりでボールを取り返した。その後も、フィールド中盤で繰り広げられるギリギリのプレーで、白恋は劣勢を凌いでいた。

 

『羊ヶ丘中の猛攻に、終始防戦一方になってしまっている白恋中!このまま押し切られてしまうのかァ!? それとも、突破口を見出すことができるのかァ!?』

 

 仲間が苦しさに喘ぐ中、虎白は試合再開から、一歩も動かずに、茫然と立ち尽くしていた。

 

「声が聞こえる…」

 

 誰も何も言っていないはずなのに、先程からチームメイトの心の声が、虎白には聞こえてきた。

 

「(雪守が化身を出せれば…!)」

「(やっぱり、化身がないと…!)」

「(化身があれば勝てるのに…!)」

 

 その内容は、どれも虎白に対して化身を求めるもの。仲間たちが求めているのは、自分ではない。もう一人の虎白だ。

 

「怖い…」

 

 ポツリと漏れた本音。震える身体を、自らの両腕で抱きしめる。

 

 どっちが本当の自分なのか、どちらの自分でいるのが正解なのか、人格の境目が分からなくなる。

 

 ──誰か、私を見つけてくれ…!

 

 フィールドの中にいるのに、虎白は孤独感で押し潰されそうだった。加えて、自分の身勝手でチームを困らせているという罪の意識が、虎白を責め立てていた。

 

 彼女が思い詰めている間も、試合は動いている。中盤での攻防も、徐々に白恋側が押され始めたことで崩れてしまう。羊ヶ丘中のMFが羊野にパスを出す。

 

『さぁ、ボールは羊野に渡ったァ! これは化身が出るかァ!?』

 

 急に羊野から溢れ出した気配に、虚ろな目をしていた虎白もハッとする。

 

「はあああーーーッ! 星獣アリエス!」

 

 羊野の背後から黒い影が立ち昇っていくと、化身が具現化する。アリエスと共に、ドリブルで攻め込んできた。

 

「まずいズラ!」

「何とかして、化身を止めるんだ!」

 

 化身に対抗する術を持たない白恋中が、どうにか凌ごうとする。その動揺が虎白にも伝播し、取り乱した虎白が突然叫び出す。

 

「うわあああァァァッ!?」

「雪守!?」

 

 自分の身を投げ打つような勢いで、羊野に向かって飛び出す虎白。二人がボールを同時に蹴り合った。

 

「はあああァァァッ!!!」

 

 化身と激突した瞬間、別人格の幻影が虎白にブレるように重なり、背後から黒い影が現れる。

 

「「あれはッ…!?」」

 

 羊野と犬養が、目を見開いて驚く。それと同時に、強い衝撃に挟まれたボールが、限界を迎えて押し出される。

 

 わずかに虎白側へと弾かれたボールが、タッチラインの外に出る。羊野と犬養は、それを目で追うことなく、虎白だけを見つめていた。

 

『白恋、クリアして何とか羊ヶ丘の攻撃を凌いだが、ピンチはまだまだ続く!』

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

 今の虎白は、羊野の化身に共鳴して、普段よりも化身の力が目覚めやすくなっている。そのため、感情の昂りに付随して、勝手に化身の力が引き出されていた。

 

 ただ、その反動で体力を激しく消耗している。ほんの一瞬、化身の力が引き出されただけで、膝に手をつき、肩で息をしていた。

 

「くくっ…面白くなってきたじゃねぇか」

 

 虎白から化身の気配を嗅ぎとった犬養が嬉しそうに笑う。一度は失った虎白への興味が、再び熱を持った。

 

 

 両チームの選手たちが、各々位置につく。

 

『さぁ、羊ヶ丘のスローインから、試合再開です!』

 

 犬養と羊野は当然マークされているので、他の選手にボールが投げられる。

 

「これ以上、あの2人にボールを回しちゃダメズラ!」

「全員で守るんだ!」

 

 FWの雪村すら交えて、白恋イレブン全員でディフェンスに専念する。そうしなければ、化身で突破されてしまうからだ。

 

『羊ヶ丘の猛攻! 白恋、捨て身のディフェンスで辛うじて防いでいる!』

 

 パスをカットし、ボールを奪い、ときには身体でシュートを逸らす。ゴールポストに弾かれたボールを、羊ヶ丘中の選手が拾う。その相手から、北厳がボールを奪い返したところで、ホイッスルが鳴った。

 

『ここでようやく前半終了! 得点は1-0で、羊ヶ丘中のリードです!』

 

 

 

 ──全員、疲れ果てた様子でハーフタイムを迎え、ベンチに集まる。

 

「ま、ここらが限界だったんだ。雪守も化身を出せねぇみたいだし、負けても仕方ねぇよ」

 

 石の試合を投げ出したような発言に、言い返すだけの説得力を持たず、顔を曇らせるチームメイト。その弱気な態度に、雪村の怒りが爆発した。

 

「おまえらいい加減にしろよ! この前から化身、化身って…! コイツに頼ってばっかで、恥ずかしくないのかよ!」

 

 それは、自分への怒りでもあった。前半戦、雪守がいなければ、化身を出した羊野に、確実に2点は取られていた。

 

「オレにはチームの正しい形なんて分からない。それでも、雪守が苦しんでるときこそ、オレたちで白恋を引っ張るのが、仲間ってもんじゃないのか!?」

「雪村…」

 

 その必死な訴えが、チームメイトの心に響く。どこか虎白一人に頼りすぎていた、自分たちの考えを省みる。

 

「雪村くん…」

 

 自分を庇う雪村に、虎白は心苦しくなる。マフラーを握って、思い詰めたような顔で俯いた。

 

 吹雪がそんな虎白を静かに見つめると、監督としての指示を下す。

 

「雪守。キミは後半から、雪村と一緒にフォワードに入ってくれ」

 

 それが勝ちに近付くためにできる、吹雪にとっても大きな賭けとなる選択だった。

 

「っ…!」

 

 雪村が悔しさを堪える。彼女がFWになるということは、自分だけでは点を取ることができないと、吹雪が判断したのだ。

 他のチームメイトと同じく、雪守を頼るしかない己の不甲斐なさ。吹雪の期待に応えられない弱さに、心底腹が立つ。

 

「私が…フォワード…」

 

 戸惑う虎白に、吹雪はかける言葉が見当たらなかった。

 

「……」

 

 吹雪は、自分が歩んだ道を進ませることが、彼女にとって、最良で唯一の選択だと信じていた。

 だからこそ、別人格の力と向き合わせ、目を逸らしていた事実を突きつけた。自分の弱さを認めて許さなければ、化身を使いこなすことなど到底できないから。

 

 ──だけど、僕とは違う道が、雪守にあるとすれば…。

 

 吹雪は、ありもしない空想に目を閉じた。

 

 

 

 ──ハーフタイムが終わり、お互いのチームがポジションにつく。

 

『さぁ後半戦も間もなく開始! ここで、白恋はフォーメーションを変えてきました。雪村に加え、雪守がFWに入ります!』

 

 虎白と雪村が、最前列に並び立つ。羊野と犬養の二人と向かい合った。

 

『羊ヶ丘中のキックオフで、後半開始です!』

 

 犬養からパスを受けた羊野がドリブルで攻め上がる。同時に雪村も飛び出した。

 

「何っ!?」

「はあああーッ!」

 

 前半のお返しだと言わんばかりに、トップスピードで羊野に突っ込んでいく。

 

『いきなり雪村がボールを奪ったァ!』

 

 そのまま、ドリブルで駆け上がっていく。速攻を仕掛ける雪村だが、羊ヶ丘中は落ち着いて対処する。

 

「ディフェンスを固めろ!」

「邪魔だッ!」

 

 雪村がディフェンスの一人を素早く躱す。しかし、突破した先で、左右から二人がかりのスライディングを仕掛けられた。

 

「ぐわあッ!?」

『攻め上がる白恋! だが、羊ヶ丘のディフェンスが崩せない!』

 

 素早いパス回しでボールを前へ送る羊ヶ丘中。チームとしての練度が段違いだった。それでも、今の白恋中には前半戦とは異なり、確かな一体感があった。

 

「たあァーッ!」

「くっ…!」

 

 洞爺が気迫のあるスライディングを仕掛けて、ボールを奪うと、ドリブルで駆け上がっていく。

 

「止める!」

「うわぁ!」

 

 しかし、すぐさま羊ヶ丘中のディフェンスが、カバーに入ってきて、洞爺からボールを取り返す。

 

「羊野に回すんだ!」

 

 フリーな位置にいる味方にパスを出す。そこから先を突破されては、フォワードにパスが通るため、白恋のディフェンスが身構える。

 

「雪守さんがフォワードに上がっても安心できるように、オラたちでゴールは守るズラ!」

「おう!!」

 

 北厳、伊富、小樽、それから虎白の代わりにDFに入った王鹿が、気合いを入れる。

 

 雪村の言葉に感化されたチームメイトたちが、虎白を支えるために、それぞれで考え、行動している。

 

「おまえら…!」

 

 雪村が目を見張って驚く。自分の想いが誰かに伝わって、同じ意思を共有することに、感じたこともない不思議な気持ちになる。

 

「くっ…!」

 

 虎白は、そんなチームメイトの頑張りを見て、何もできないままでいる自分に腹が立ち、両手を痛いくらいに握りしめる。

 

 吹雪と同じように、別人格との統合を果たせば、化身に対する恐怖心も消え、晴れて化身使いになれる。チームのことを考えれば、それが最善なのだが、虎白には正しい選択だと思えなかった。

 

 理想に近づくためでもあるが、それ以上に、今の自分が好きだから変わりたくない。

 

 だけど、これ以上自分のために傷つくチームメイトに、頼りきりでいいのかという迷いが、虎白の中にはあった。

 いつまでも迷惑をかけていれば、いつか誰も自分を必要としなくなる。本当に、自分が消えてしまう。そんな不安が脳裏をよぎった。

 

『これは激しいボールの奪い合いだァ!』

 

 白恋中がブロックしたボールに、即座に食らいつき、パスを出す羊ヶ丘中。白恋も負けじとボールをカットする。お互いの選手たちがフィールドを駆け巡った。

 

 それでも、あと一歩が及ばない。

 

「ぐわあっ!?」

 

 これまでは、積極的に動いてこなかった犬養が、突如として白恋中に牙を剥く。ボールを持っていた日高に、後ろから襲いかかった。

 

『犬養、フォワード自らボールを奪ったァ!』

「みんな戻るズラ!」

 

 犬養にボールが渡り、激しく動揺する白恋中。慌ててディフェンスラインを下げようと、北厳が指示を出す。

 

 そんな白恋中の動きを歯牙にもかけず、悠長にダンッとボールを踏むと、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「お遊びは終いだ。こっからは、俺も本気で狩りを楽しむとするぜ!」

 

 そう宣言した犬養が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「来いっ! ──悪魔獣バフォメット!」

 

 黒山羊の頭部に、背中に生えた黒い翼。まさしく悪魔の姿をした人型の化身が佇む。両手には、湾曲している鋭い黒爪が伸びており、見る者に恐怖を齎す。

 

「あ…あぁ…!」

 

 恐れ慄き、化身を見上げる白恋中。しかし、そんな絶望的な状況が、逆に虎白の迷いを断ち切った。

 

 どんな結果になろうと、化身を出すことを決意し、虎白はマフラーを握る。

 

 フィールドを駆け抜けながら、次第に別人格の姿へと変わっていく。白い髪は逆立ち、臆病そうに揺れるサファイアの瞳は、威圧的な鋭さを持つ琥珀色に塗り替えられる。

 

「させるかあああッ!!!」

 

 犬養を追い抜いてゴール前に陣取り、化身を待ち構える。手負いの獣のような気迫を漂わせる虎白に、犬養が好戦的な笑みを浮かべた。

 

「はっ! それがおまえの本性かァ!?」

 

 嬉しそうに化身を引き連れてドリブルで突き進む。虎白も地を蹴って駆け出した。お互いに距離を詰め、ついに激突する。

 

「うらあああァァァッ!!!」

「うおおおォォォーーーッ!!!」

 

 ボールを同時に蹴り合うと、再び虎白の背後から黒い影が現れる。さらに化身の力を引き出そうと、力を振り絞る。

 

「はあああァァァッ!!!」

 

 その気迫とは裏腹に、黒い影が立ち昇るだけで、一向に化身が姿を現す気配はない。ボール越しに虎白の足が、ぐぐぐ…と押し戻される。

 

「くっ…!」

「おまえは、俺より…弱いッ!!」

 

 犬養がさらに力を込めると、バフォメットが天高く掲げた黒爪を、虎白へと勢いよく振り下ろした。

 

「ぐわあああッ!!」

 

 その衝撃で黒い影が引っ込み、吹き飛ばされる虎白。そのまま、犬養がゴール前まで突き進む。化身の圧力に、白咲は息苦しくなるような感覚に陥った。

 

「──デーモンクロー!!」

 

 犬養がボールを左右で二連蹴りすると、続け様に、バフォメットが引き裂くように黒爪を交差させる。ボールを交点にして、空中に爪痕が刻まれた。

 

クリスタル──がはっ…!」

 

 白咲が必殺技を繰り出す暇もなく、化身シュートをその身に受ける。白咲ごとボールがゴールネットに押し込まれた。

 

『ゴール! 犬養の化身シュートが決まってしまったァ! 羊ヶ丘中の追加点で2-0です!』

「くそっ! なんで化身が出ねぇんだよ!」

 

 膝をついた虎白が、固く握った拳を地面に打ちつける。理想を捨てる覚悟で、チームのために化身を出すと決意したのに、何も成すことができなかった。

 

「雪守…」

「雪守さん…」

 

 そんな虎白を、チームメイトは伏し目がちに見ていた。

 

 

 ポジションにつき直し、白恋ボールで試合が再開する。雪村からのパスを受けた虎白が、一人で攻め上がっていった。

 

 ──オレが、オレがどうにかするんだ…!

 

 その思い込みにより、視界が狭まった虎白が、ひたすらゴールを目指す。

 

『雪守、ドリブルで敵陣に切り込む!』

 

 次々に立ち塞がる相手を、素早く躱し、タックルで蹴散らし、フェイントを交えたボール捌きで、ディフェンスを突破する。

 

『あっという間にゴール前だァ!』

「はあああーーーッ!」

 

 虎白が意気込むと、背後から黒い影が出現する。さらに力を込めると、徐々に立ち昇っていくが、化身に具現化することはなかった。

 

「クソッ!」

 

 悪態をついた虎白が、化身を出すことを諦め、必殺技に切り替える。

 

「吹き荒れろッ…!」

 

 着地と同時に吹雪が舞い、激しく回転するボールに吸い寄せられるように冷気が渦巻き、氷で覆われ尽くす。

 

「──エターナルブリザード!」

 

 両腕で勢いをつけながら踏み切り、右脚を構えたまま、空中で姿勢を崩さずに回転する。すべての力を乗せた重たい一撃で、氷塊をぐぐっと蹴り放った。

 

 氷に閉じ込められていた回転が再始動し、迸る風と冷気を切り裂くように鳴動する。力任せに繰り出したシュートが、キーパーに襲いかかった。

 

「──シープクラウド!」

 

 羊の群れのように、モコモコとした雲の団塊が、迫り来るシュートに飛びつき、ボールを包み込む。四方八方から羊雲に拘束され、特大になったボールが、自重で落下する。

 

『雪守のエターナルブリザードが止められたァ!?』

「なっ!?」

 

 化身を出せないどころか、必殺技も止められてしまい、これまで培ってきた自信が粉々に打ち砕かれる。

 

「そ、そんな…!?」

「雪守の必殺技が止められた…!?」

 

 虎白の動揺は、白恋中全体にまで及んだ。その精神的ダメージは大きく、誰もが足を止める。

 

「はあっ!」

 

 その隙を突き、キーパーがボールを遠くへ投げると、放心していた虎白が、正気を取り戻す。挫けそうになりながらも、必死に食らいついていった。

 

『羊ヶ丘中のカウンターだァ!』

 

 白恋中の体制が整わないうちに、反撃を仕掛ける。素早いパス回しで翻弄し、羊野と犬養のいる前線へとボールを送る。

 

 それを追いかけるように、虎白は雪村と共に、急いで走っていた。一秒が惜しい状況で、雪村が虎白に声をかける。

 

「待て、雪守! おまえまた化身を止めるつもりじゃないだろうな!」

「アイツらを止められなきゃ、オレはいる意味がねぇ!」

 

 切羽詰まったような虎白の発言を聞いて、顔をしかめる雪村。わずかに口ごもった後、ハッキリと言葉にする。

 

「これ以上は、身が持たないぞ!」

 

 何とか引き止めようとする雪村。化身に対抗できるだけのパワーがあるのは雪守しかいないのは分かっている。

 それでも、化身の力を無理やり引き出したり、化身と何度もぶつかり合ったりと、気力も体力も大幅に消耗しているため、懸念を抱いてしまう。

 

「点取るには化身(オレ)が必要なんだろ!?」

 

 異常なまでに勝利に執着する様子は、これまでもあった。けれど、今の彼女は、雪村の中にあるイメージからは外れ、怯えているようにも見えた。

 

『白恋中、守備が間に合わないか!? 犬養にボールが渡ったァ!』

 

 その瞬間、虎白がさらに速く駆け出し、雪村を置き去りにする。

 

「はああーーッ!!」

「やめろーーっ!」

 

 雪村の制止を振り切って、犬養の正面に立ち塞がる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

「何度やっても無駄だ! おまえじゃ、俺には勝てねぇよ!」

 

 そう言って犬養が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「来いっ! ──悪魔獣バフォメット!」

 

 犬養の化身が佇む。その圧倒的な恐怖を前にして、既に敗北を刻まれている虎白は、足が震えて動けなかった。

 

「はっ! 化身に恐れをなしたか!」

「っそんなはずねぇ! オレは化身を止める!」

 

 自分を誤魔化そうとする虎白に、犬養は化身必殺技を繰り出した。

 

「これで終わりだ! デーモンクロー!!」

 

 犬養がボールを左右で二連蹴りすると、続け様に、バフォメットが引き裂くように黒爪を交差させる。ボールを交点にして、空中に爪痕が刻まれた。

 

「避けろォ!」

 

 雪村が必死に叫ぶ声が、虎白の耳に届く。しかし、虎白は動かず、迫り来るシュートを腹部で無理やり受け止めた。

 

「はあああァァァッ!!!」

 

 叫びながら気を高めると、主人格の幻影がブレるように重なり、背後から黒い影が出現する。それは、まるで虎白を支えるように広がっていき、守る意識が反映されているかのようだった。

 

「うぐあッ…! ぐっ…ぐぐぐっ…!」

 

 両足で踏ん張りながら耐えるも、威力を相殺することはできず、苦しそうに悲鳴を上げる。徐々に後退っていき、ついに限界を迎えた。

 

「ぐわあああァァァッ!!!!」

 

 後ろに吹き飛ばされ、身体を何度も打ちつける虎白。ゴールポストに背中がぶつかったことで、ようやく動きが止まった。

 

「がはっ…!」

 

 一方、ボールは虎白から跳ね返り、タッチラインの外に出ていた。

 

「チッ! まだあんな力を残してやがったか!」

 

 犬養は苛立たしげに、倒れ伏す虎白を睨むと、その場を去る。反対に、羊野は遠くから心配そうに見つめていた。

 

「雪守っ!」

「雪守さんっ!」

 

 すぐに起き上がらない虎白を心配したチームメイトが、彼女の元へと集まる。何度も自分を呼ぶ声に、虎白が意識を取り戻した。心配していた雪村たちも安堵する。

 

「うぅ…」

 

 そして、よろめきながらも、ゴールポストを支えにして立ち上がる。その姿は、いつの間にか、普段の虎白に戻っていた。

 

「ごめん、みんな…。みんなが頑張ってくれたのに、私はっ…!」

 

 泣きそうになりながら、自分の無力さを嘆く。点は取られ、エターナルブリザードも止められ、化身も出せない。

 虎白が自分を責め立てていると、ようやく人格が戻っていることに気付いて、ハッとする。

 

「私じゃダメなんだ…! 化身を出すには、もう一人の私じゃないと…!」

 

 急いで人格を入れ替わろうとするが、何故か手が震えて、マフラーに触れることができなかった。

 

「白恋に必要なのは化身なんだから!」

 

 続け様に、そう威勢よく言う虎白が、雪村には怯えているように見えた。

 

「私が化身を出さないと、みんな離れていっちゃう…!」

 

 チームメイトが反乱に味方してくれたのも、この試合を諦めていないのも、すべては化身があるおかげだ。みんな化身に期待している。自分が化身を出さなければ、今の雰囲気は壊れてしまう。

 

 不安で押し潰されそうな虎白に、雪村は微かに怒気を含んだような声で詰め寄る。

 

「本気でオレたちが、そんな風に考えてると思ってるのか…!?」

「えっ…?」

 

 本当に理解していない様子の虎白に、雪村は思いの丈をぶつける。

 

「オレたちがついてきたのは、凄いシュートが撃てる雪守でも、ディフェンスが上手い雪守でもない」

 

 そう言って、雪村が虎白の瞳を真っ直ぐに見つめる。かつての自分が、吹雪にしてもらったように。

 

「サッカーのためなら、どれだけ苦しくても、誰かに無茶だって笑われても、絶対に立ち止まったり、逃げ出したりしない。そんなおまえだったからこそ、オレたちはついてきたんだ!」

 

 雪村は、虎白の本質的な部分を見抜いていた。彼女の一番の武器は、高い身体能力ではない。サッカーへの想い、情熱、真剣さでチームを引っ張る力だ。

 

「確かにな。ホーリーロード優勝とか、フィフスに逆らうなんて、考えたこともなかった」

「雪守さんがスゴい人だってことは、みんな知ってるズラ!」

 

 雪村の言葉を肯定するように、チームメイトが次々に、思い当たる行動を、嬉々として語った。

 

「最初の練習試合も、本当にびっくりしたよなぁ…」

「おれは…ちょっと怖かったけど、今はスゴく頼れる仲間だと思ってるよ」

「白咲もそう思うだろ?」

 

 突然話を振られた白咲は、居心地悪そうに同意する。

 

「…まあ、理解し難い部分もありますが、概ねその通りかと」

 

 客観的に見ても、彼女がチームの中核を担っていると分析している。それは、誰もが持っている力ではない。

 

「みんな…」

 

 自分を信頼してくれているのが伝わってくる仲間たちの声に、心が温かくなる。

 

「…悔しいけど、オレじゃあ、この状況を変えられない。おまえの代わりは、オレには務まらない」

 

 雪村は、それをこの試合で強く痛感していた。どんな逆境も、彼女が道を切り拓いてくれたから、先に進むことができた。そして、その役割は、雪守にしかできない。

 

「白恋中には、おまえが必要なんだ!」

 

 その仲間たちの声が、言葉が、虎白の暗く閉ざされていた心の扉に光となって差し込む。本当の自分を見失っていた瞳に、一筋の道が照らされた。

 

 虎白はわずかに俯いた後、正面を向き直し、フッと微笑んだ。その瞳には、仲間たちの姿が映し出されていた。

 

 虎白は既に、誰も前を歩いていない道を進んでいる。ホーリーロードに女子選手が出場すること。白恋中が、女子選手が、フィフスセクターに逆らって優勝を目指すこと。

 

 吹雪というお手本に型をはめて、自分が辿る道は一つしかないのだと思い込んでいた。だけど、違った。自分の道は、自分で切り拓いていけるんだ。

 

「ありがとう、みんな…」

 

 虎白はマフラーをさらりと撫でる。サファイアの瞳を柔和な形に変えて、自信満々に言い切った。

 

「絶対に逆転してみせる。この試合、勝つのは私たち白恋中だよ!」

「おぉー!」

 

 その勝利宣言に、闘志が伝播する。いつもの虎白が戻ってきたことで、ようやくチームが活気を取り戻した。

 

 

『羊ヶ丘中のスローインで試合再開です!』

 

 投げられたボールに、羊ヶ丘中の選手がヘディングでパスを出すと、ゴール前にいた犬養へと渡る。

 

「絶対に点は入れさせない!」

 

 それを先読みし、待ち構えていた虎白が、犬養の前に立ち塞がる。

 

「まだ懲りてねぇのか。おまえじゃ、俺には勝てねぇんだよ!」

 

 犬養が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「──悪魔獣バフォメット!」

 

 犬養の化身が佇む。先程と同じ構図だが、虎白に震えはなく、凛然とした顔で、犬養を見据えていた。

 

「もう何も恐れない! 私を必要としてくれる仲間がいるから、どんな困難な道だって、切り拓くことができる!」

 

 自分自身を見てくれる仲間がいることに気づけたから、理想への道なき道を、進む覚悟ができた。そんな仲間たちの想いに、少しでも応えたい。

 

 ──虎白がマフラーを握りながら、瞳を閉じると、鋭利な琥珀色の瞳に塗り替わる。

 

「うおおおォォォーーーッ!!!」

 

 虎白が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。内側から黒い影を大鎌で引き裂き、化身がその姿を現した。

 

「──冥界の女王ヘル!!!」

 

 黒い外套を目深く被り、長い白髪を肩に垂らした氷の女王様。その容貌は、幽鬼のようで不気味だが、どこか気品さが漂っている。黒紅を引いた唇は、雪化粧を施したかのように真っ白な肌を引き立たせていた。

 

「あれがっ…!」

「雪守の化身ッ!?」

 

 虎白が化身を出したことで、吹雪やチームメイトに衝撃が走る。

 

「化身だと!? …くくっ! 最高だぜ、雪守虎白ーッ!!」

 

 犬養が、化身を引き連れてドリブルで突き進む。示し合わせたように、虎白も地を蹴って駆け出した。お互いに距離を詰め、ついに化身同士が激突する。

 

「うおおおーーーッ!!!」

「おらあああーーーッ!!!」

 

 ボールを同時に蹴り合うと、バフォメットが黒爪を振り下ろす。虎白に触れるかという寸前、ヘルが大鎌で弾き返し、バフォメットの胴体を両断した。

 

「うおーッ!!」

「ぐわあああーーーッ!?」

 

 虎白がボールを押し切る。その衝撃で化身が消滅し、後ろに吹き飛ばされる犬養。

 

『と、止めたァーーッ!? なんと雪守が化身を出して、犬養の化身を止めたぞォ!?』

「犬養の化身が負けたっ!?」

 

 そのまま、化身を引き連れてドリブルで攻め込む。その気迫の前に、羊ヶ丘中は為す術がない。虎白は、あっという間に、ゴール前へとたどり着き、化身必殺技を繰り出した。

 

「はあああーーーッ!!!」

 

 ヘルが妖しく微笑むと景色が一変し、霧が立ち込める氷獄の世界へと誘われる。虎白が低く構えて踏み切ると、白魚のような指を唇に添え、その吐息をボールに吹きかけた。すると、冥府の冷気が激しく渦巻き、回転ごと氷で覆われ尽くす。

 

「──ヘルブリザード!!!」

 

 限界まで引き絞られた、虎白の重たい一撃で、氷塊を蹴り放つと同時に、ヘルの大鎌が振り下ろされる。二つの衝撃に、氷に封じ込められていた回転が再び蘇り、迸る冥府の冷気を切り裂くように鳴動する。

 

 暴れ回るように軌道が荒々しく揺れ動き、猛然とゴールに襲いかかる。

 

「ぐわあーッ!?」

 

 背筋が凍りついて動けないキーパーごと、ボールがゴールネットの奥深くに突き刺さった。

 

『決まったァー! 雪守の化身シュートが炸裂ッ!! 白恋中、1点返したァ!』

 

 人格を入れ替わる虎白。それに付随して、化身も姿を消え去る。

 

「やったじゃないか、雪守!」

 

 念願の化身を出せた虎白の元に、仲間たちが集まり、楽しそうに戯れる。

 

「本当に、化身を出せたんだ…」

 

 信じられないというように、自分の掌を見下ろす虎白。もう一人の自分の力だけど、ずっと振り回されていた化身で、今度は仲間たちの力になれる。それが嬉しくて、拳をグッと握った。

 

 そんな虎白を、吹雪がどこか眩しいものを見るように微笑んだ。

 

「──キミは、僕を越えていくんだね。僕がたどり着けなかった、もう一つの可能性に」

 

 

『さぁ、後半も残りわずか! このまま2-1で終わってしまうのかァ!?』

 

 虎白が、化身を引き連れてドリブルで攻め込む。その前方に、化身を出した犬養が立ち塞がろうとするが、羊野が引き止める。

 

「おまえ一人で適う相手じゃない! ここは力を合わせて…」

「うるせぇ!」

 

 羊野の提案を蹴って、虎白に立ち向かっていく犬養。化身同士で激突するが、再び返り討ちにあう。

 

「ぐわあああッ!」

 

 化身が消滅し、吹き飛ばされる犬養。

 

「──決めろ、雪村ッ!」

 

 ディフェンスを突破した虎白が、雪村へとパスを出す。

 

「──パンサードライブ!」

 

 ボールを弾くようにして蹴り上げると、豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転がかかったシュートがキーパーを襲った。

 

『決まったーッ! 白恋、ついに同点に追いついたァ!』

 

 

 ボールを持った虎白に、犬養と羊野の二人が対峙する。お互いに化身を出していないが、一触即発の状況だ。

 

「コイツは俺が止める! おまえは手を出すな!」

 

 あくまでも一騎打ちに拘る犬養。プライドの高い彼は、負けたままで終わることが許せず、完膚なきまでの勝利を求めていた。

 

「ダメだ! 2人がかりでもなければ、彼女は止められないぞ!」

「オレはシードだ! 群れを作るようなザコ共とは格が違ぇんだよ!」

 

 聞く耳を持たない犬養に、羊野は包み隠さない本音をぶつける。

 

「おれは、おまえがキライだ」

「あぁ!?」

 

 突然、喧嘩をふっかけてきた羊野を睨みつける。荒療治ではあるが、周りに目を向けせることに成功する。

 

「シードとしてウチにやってきて、サッカー部を滅茶苦茶にした挙げ句、脅しをかけるような、最低なヤツだ。でも──」

 

 犬養に真剣な眼差しを向けて、強く語りかける。

 

「今は同じチームの仲間で、負けたくない気持ちは一緒なんだよ!」

「羊野…」

 

 思いがけない言葉に呆気にとられる犬養。気づかれないように、顔を逸らして小さく笑うと、前を向き直す。

 

「…フンッ! 俺の足を引っ張るんじゃねぇぞ!」

「それはこっちのセリフだッ!」

 

 犬養と羊野が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「──悪魔獣バフォメット!」

「──星獣アリエス!」

 

 二体の化身が並び立つ。虎白も同様に、化身を出すために構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「──冥界の女王ヘル!」

 

 化身を引き連れた虎白が、ドリブルで突っ込んでいく。犬養と羊野の二人も駆け出し、ついに三体の化身が激突した。

 

「おらァァァーーーッ!!!」

「はあああーーーッ!!!」

 

 犬養と羊野の二人がかりでボールを同時に蹴り合った。化身たちがせめぎ合う中、虎白が雄叫びを上げる。

 

「うおおおーーーッ!!!」

 

 その気迫に同調したヘルが大鎌を振るうと、二体の化身を消滅させ、犬養と羊野を吹き飛ばした。

 

「ぐわあーーッ!?」

「うわあーーッ!?」

『雪守、化身の二体抜きだァ!』

 

 虎白は化身を維持したまま、ゴールまで突き進み、化身必殺技を繰り出した。

 

「──ヘルブリザードッ!!!」

 

 氷塊を蹴り放つと同時に、ヘルの大鎌が振り下ろされる。暴れ回るように軌道が荒々しく揺れ動いたシュートが、 ゴールネットに突き刺さる。

 

『ゴール! 白恋ついに逆転!』

 

 その直後、ホイッスルが鳴り響く。

 

『ここで試合終了! ホーリーロード北海道地区予選決勝に進んだのは、白恋中だァ!』

「やったぁ!」

「勝ったんだ、おれたち!」

 

 観客が喝采し、白恋中が喜びを分かち合う。虎白の元にも大勢のチームメイトが集まっていた。

 

「お、おいアレ…!」

「何しに来やがった…!」

 

 そんな虎白の元に、犬養がズカズカと向かってくる。警戒する他のメンバーを気にもとめず、燃えたぎる炎のような目で、虎白を睨みつけた。

 

「次やるときは、必ず俺たちが勝つ! 来年のホーリーロードを楽しみにしてろ!」

 

 それだけ告げて去っていく。もっと難癖をつけてくるかと予想していた白恋中は、肩透かしを食らった気分で見送る。

 

「な、なんだったんでしょうか…?」

「リベンジ宣言ってやつ…?」

 

 すると、犬養を追ってきたらしい羊野が、白恋中に話しかけてくる。

 

「今日は楽しかったよ。犬養のヤツも、最後はシードとしての役割を忘れて、本気で勝とうとしてた気がする」

 

 犬養の変化を、嬉しそうに語る羊野。派遣されたシードではなく、羊ヶ丘イレブンとして、本当の仲間になれたことを喜んでいる。

 

「君たちと戦えて、本当によかった」

 

 感極まった様子で、試合前には叶わなかった握手を求める羊野。

 

「私も同じ気持ちだよ」

 

 虎白がそれに応じ、お互いに健闘を称え合った。

 

「また来年、君たちにリベンジできるのを楽しみにしているよ」

 

 羊野は晴れやかな表情を浮かべ、白恋中を地区予選決勝の舞台へと送り出した。

 

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