イナズマイレブンGO ブリザード   作:アロイ

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第13話 雪原の皇女(プリンセス)

 

『ホーリーロード北海道地区予選決勝! “氷帝学園”対“白恋中”は、氷帝のシュートが決まって、1-1! 先に2点目を入れるのは果たしてどちらだァ!?』

 

 人格が戻った虎白が、ポジションにつき直す。何とかして現状を打破したいところだが、そう簡単にはいかない。

 

『白恋のキックオフで試合再開です!』

 

 ボールを持っていても仕方がない虎白がパスを出し、雪村が一旦後ろに下げる。センターラインを超え、前進する度に氷帝側からのマークが増えていく。

 

 相変わらず虎白への警戒心が強く、プレーに制限をかけられていた。

 しかし、その分他の選手はいつもより自由に動くことができる。

 

「オレにボールを集めろ!」

「分かった!」

 

 敵陣にいるにも関わらず、まったくのフリーな雪村が指示を出す。

 

「アイツの力なんか無くったって…!」

 

 ゴール付近を目指して走りながら、思いつめた様子の雪村が呟く。その途中、横目で吹雪を覗き見た。

 吹雪はボールを持っている雪村の方ではなく、必殺タクティクスに囚われている虎白に目を向けている。

 

「この試合で、オレがアイツより活躍すれば、吹雪センパイはもっとオレのことを見てくれるはずだ…!」

 

 何としても活躍がしたい雪村にとって、今の状況は好都合とも取れる。

 雪守が封じられた試合で勝てば、吹雪センパイも自分のことを彼女より強いと認めざるを得ない。

 

「雪村!」

 

 パスを受け取った雪村が、ドリブルで攻め込む。

 

『雪村が完全にフリーだァ!!』

「ッ…! こいつらっ…!」

 

 ディフェンスは虎白にかかりきりで、ゴール前にたどり着きそうな雪村には見向きもしない。

 

『白恋、絶好のシュートチャンスです!』

 

 その執拗なまでの虎白へのマークが、雪村の神経を逆撫でする。彼女にパスを出すことばかり警戒されて、自分のシュートなど警戒するに値しないと言われているようだった。

 

「おまえらなんて、オレだけで十分だ!」

 

 そう叫んだ雪村が必殺技を繰り出す。クロスするように、右踵を振り下ろし、左足も振り上げると、雪村の背後に豹の如き気迫が漂う。

 

「パンサードライブッ!!」

 

 ボールを弾くようにして左足で蹴り上げると、それに呼応して豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転のかかったシュートがゴールを襲った。

 

『出たァ! 雪村の必殺シュートだァ!』

 

 必殺技が飛んできても、キーパーの蝦夷は冷静にシュートの軌道を見切る。

 

「すべて計算通りだ。──はああああーーーッ!!!」

「なにっ!?」

 

 蝦夷が構えると背後から黒い影が出現し、形作るように広がっていく。

 

「──いでよ、銀狼レコウス!!!」

 

 蝦夷の化身がその姿を現した。雪のように銀色の毛並みをした狼の化身が佇む。その口から覗く、鋭い牙がキラリと輝いた。

 

「こいつも化身使い!?」

 

 まだ力を温存していた氷帝学園に、雪村を筆頭とした白恋中の面々が驚く中、蝦夷が化身必殺技を繰り出した。

 

「──ホワイトファング!!!」

 

 蝦夷が両手を狼の口の如く構えると、背後のレコウスが唸る。迫り来るシュートを噛みつくように受け止めると、同時にレコウスの牙がボールという獲物に食らいついた。

 

「はあああーーッ!!」

「うおおおーーッ!!」

 

 お互いの気迫がぶつかり合い、銀狼と豹が熾烈な争いを繰り広げる。競っているように見えたそれは、レコウスが豹の喉笛に噛みついたことで終わりを迎えた。

 

 ──豹の牙は、銀狼の牙に届かない。

 

『な、なんと!? 雪村、渾身のシュートが止められてしまったァ!!』

 

 蝦夷の両手には、完全に勢いを無くしたボールがあった。彼に疲弊した様子もなく、雪村を見返して、フッと口の端を吊り上げる。

 

「クソッ…!!」

 

 全力のパンサードライブを止められたことで、雪村の瞳に焦燥が浮かぶ。

 

「雪村くん…」

 

 身動きが取れない虎白が、心配そうにマフラーを握りしめながら、そんな雪村を見つめた。

 

「美幌っ」

「──寄越せッ!!」

 

 蝦夷が投げたボールを美幌が受け取ろうとしたが、横から割り込んできた雪村にカットされる。

 

「野蛮だねぇ…」

 

 どれだけ足掻いたところで、結果は変わらない。雪村のプレーに呆れながら、ドリブルで遠ざかっていく背中を見送った。

 

「オレは強くならなきゃいけないんだ!!」

 

 必死の形相で、再びゴール前に戻る。

 

 ──アイツみたいにならないと…!

 

「強くならないと…また捨てられる…!」

 

 吹雪センパイからも、サッカーからも捨てられる。

 

 ──それだけは嫌なんだ!!

 

「喰らえッ! パンサァァァードライブッ!!!」

 

 ボールを弾くようにして蹴り上げると、豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転がかかったシュートがキーパーを襲った。

 

「無駄だ! ──ホワイトファング!!!」

 

 化身を発動した蝦夷が、両手を狼の口の如く構え、腕を大きく開く。迫り来るシュートを噛みつくように受け止めると、同時にレコウスの牙がボールに食らいついた。

 

『雪村の必殺シュートが、またも化身に止められてしまったァ!』

「くっ…!!」

 

 雪村がギリっと奥歯を噛む。どうしてシュートが決まらないんだと、無力な自分を責め立てた。

 

『そして、ここで前半終了ーッ! 互いに同点のまま後半戦に突入です!!』

 

 ハーフタイムを迎え、お互いの選手はベンチに戻る。白恋イレブンは、必殺タクティクス攻略のため、吹雪に判断を仰ぐ。

 

「一旦、雪守をディフェンスに戻した方がいいんじゃないですか?」

「そうだな。上手くカウンターが決まれば、得点のチャンスがあるかもしれない」

 

 FWとしての役割が封じられているが、虎白はDFもできるため、誰もがポジションを変えるのだろうと考えていた。

 

「…いや、後半もこのままでいく」

「えぇ!?」

 

 だからこそ、吹雪の予想外な指示に全員が驚く。

 

「どうしてですか監督!?」

 

 全員を代表して日高が問いかけると、吹雪は選手たちが納得のいくよう説明する。

 

「今、雪守を戻しても戦局は不利になるだけだ。前半戦を同点で抑えられたのは、必殺タクティクスで、相手の攻撃が手薄になっているからに過ぎない」

 

 虎白に6人割いているので、氷帝側はキーパーを除いた4人で攻めているのが現状。どんな場面でも数的優位を作れるため、簡単には得点できない。

 

「それに、いざという時に雪守のスタミナが切れたら、勝つことはより難しくなる」

 

 虎白なら化身使い相手でも防げるかもしれない。だが、それでは消耗が激しく、シュートを撃つ気力は残らないだろう。

 

「で、でも、このままじゃジリ貧だ…」

「ギャハハ! 雪村がいくらシュートを撃っても意味がねぇからな」

「なんだと!?」

「二人とも落ち着くズラ!」

 

 悪態をつく石に、雪村が食ってかかる。ただでさえ劣勢な状況下で、チームの雰囲気は悪くなる一方だった。

 

「雪村」

 

 そんな中、吹雪が真剣な顔で雪村の名前を呼ぶと、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。

 

「この試合、どうすれば勝てると思う?」

 

 吹雪の真剣な瞳が、雪村の瞳を真正面から射抜いた。

 

「そ、それは…」

 

 一瞬だけ雪村の視線が泳ぎ、虎白を捉える。

 

「オ、オレがシュートを決めれば勝てる! いや、決めてみせる!!」

 

 切羽詰まった様子の雪村が、吹雪に失望されないよう、やる気をアピールする。

 

「その気迫はとても大事だ。でも自分一人で戦う必要はない。仲間の力を合わせれば、出来ることはもっとずっと多くなるはずだ」

 

 必要タクティクスを攻略することではなく、自分が活躍することを考えている雪村に、吹雪は優しく諭す。

 

 しかし、それでは納得がいかない雪村が食い下がった。

 

「オレは吹雪センパイの言ってくれたように、強くなりたいんだ!」

「強く、か…」

 

 その言葉を聞いて、一度目を閉じる吹雪。次に目を開けたとき、その瞳には厳しい光が宿っていた。

 

「雪村。本当に強くなりたいのなら、まずはこの試合でどうやったら勝てるのか。その答えを探すんだ」

「…っ」

 

 自分のことを肯定してくれるとばかり思っていた雪村は、吹雪の予想外に厳しい視線に、返す言葉を失う。

 

「か、監督には勝つ方法が見えてるんですか?」

「あの必殺タクティクスを破らない限り、オラたちに勝ち目はないズラ…」

 

 必勝法を尋ねられた吹雪が頷く。前半戦の攻防で、あのタクティクスに潜む隙を、既に見抜いていたのだ。

 

「必殺タクティクス攻略の鍵…。それは、雪村が握っている」

「雪村が…!?」

 

 全員の視線が雪村に集まる。

 

「オレが…?」

 

 攻略等と呼べるようなものに、思い当たる節がなく、困惑しながら吹雪の顔を見上げる。

 

「そ、その攻略法って…?」

「もっと具体的な指示を下さい!」

 

 吹雪の曖昧な発言に、詳細を求める選手たち。雪村が何をどうしたら勝てるのか、最低限の指示では、まるで理解が及ばない。

 

「それは、雪村自身が見つけなければ意味がない。一つだけ言えることがあるとすれば、“シュートを撃つな”。それだけだ」

 

 アドバイスとも呼べないような無茶を投げかけて、話を打ち切るように、コートのポケットに手を入れた。

 

「シュ、シュートを撃つなって…それじゃあ、どうやって勝つんですか!?」

「あとは雪村が自分で考えることだ」

 

 誰が問いただそうと、決してそれ以上のことを、吹雪は口にしようとしなかった。

 

「ギャハハ! 雪村がシュートを撃ったところで無駄だから、スタミナでも温存して、相手のミスでも待っとけって意味だろ」

 

 もはや試合を投げたと思われかねない指示に、雪村たちは疑心暗鬼になる。それでも、吹雪は沈黙を貫き通した。

 

「っ…」

 

 ──やっぱりオレなんかには期待してないんだ。

 

 雪村がそう解釈して沈んだ顔になる。活躍したい彼にとって、シュートを禁じられるのは自らの意に沿わない指示だった。

 

「シュートを撃つな、か…」

 

 虎白も雪村と同じく、吹雪の言葉に秘められた意図をずっと考えていた。そして、ある考えへと思い至るのだった。

 

 

 ハーフタイムが終わりを迎える。それぞれが自分のポジションへと向かう中、虎白が雪村に声をかける。

 

「雪村くん、少しやってみたいことがあるんだけど聞いてくれるかな?」

「おまえは黙って見てろ」

 

 目も合わせようとしない雪村の腕を掴んで、再び語りかける。

 

「もっと私を信用してほしい。二人の力を合わせれば、きっと──」

「うるさい! オレはおまえには頼らない! オレの力だけで勝つんだ!」

 

 掴まれた腕を振り払って歩を進める。功を焦るばかりで、完全に周りが見えなくなっていた。

 

「雪村くん…」

 

 取り付く島もない雪村に、虎白の言葉は届かない。氷帝の檻に囚われているのは、虎白だけではなく、雪村も同じだった。

 

 

『両チームがポジションにつきました!』

 

 結局、大した作戦を持たないまま試合に挑む白恋中。

 

『さぁ、白恋ボールで後半戦開始です!』

 

 虎白がパスを出し、雪村が半ば独走状態でボールを運んでいく。虎白は例に漏れず、チームから分断させられていた。

 

『雪村がゴール前へ向かっていく!』

「──っ」

 

 そのままシュートを撃とうとした雪村だったが、間際になって吹雪の指示が頭をよぎり、ピタリと足を止める。

 

「なんだ…?」

 

 一向にシュートを撃つ気配のない雪村に、美幌たち氷帝学園が訝しむ。

 

「くっ…!」

 

 しばらくゴールを睨みつけていた雪村だっが、未練を断ち切り、踵を返して自陣へと戻っていく。

 

『お、おおっと!? 雪村、絶好のシュートチャンスを前に下がっていきます!』

「何をしているんだ…?」

 

 この不可解なプレーに、さすがの氷帝学園も、困惑の色を隠せない。

 それは白恋中も同じで、吹雪の指示を疑いながらも、真面目に実行している。

 

「こんなことをしていて、本当に勝てるのかな…?」

「さぁ。俺には監督が何を考えてるのかさっぱり分からねぇ」

 

 雪村が行ったり来たりを繰り返していく中、時には後ろにボールを渡して、意味もなくパスを回したりする。

 

『これはいったい何を狙っているんだァ!? 白恋中、追加点のチャンスにシュートを撃たない!!』

 

 何度目かの往復ドリブルで焦らされたのか、虎白をマークしている選手の一人が、誘い出されるように、ふらりと足を一歩前に踏み出す。

 

「待て!」

 

 突如として声を張り上げた美幌の一喝で、その選手は、ビクっと動きを急停止させた。

 

「完璧に読めたよ。キミたちの狙いが」

「──!?」

 

 自分たち自身が理解していない、吹雪の作戦が看破されたことで、白恋中に動揺が走る。

 

「あえてシュートをせずに戻ることで、ディフェンスを引きつけ、この必殺タクティクスを崩すつもりなんだろう?」

 

 美幌が自信満々に推理を披露する。

 

「ボクたち氷帝が、そんな手に引っかかるとでも思ったのかい?」

 

 チッチッと人差し指を左右に振る。

 

「そ、そうだったのか…! それで監督はあんなことを…」

「でも見破られてしまったズラ! 絶体絶命ズラよ!」

 

 頼みの綱の作戦が失敗に終わり、白恋中が再び窮地に追い込まれる。

 

「クソッ…! やっぱりオレがゴールを決めるしかない!」

 

 作戦が失敗した以上は仕方がないと、痺れを切らした雪村がゴールへと攻め込んで、必殺シュートを撃った。

 

「──パンサードライブッ!!」

「──ホワイトファング!!」

 

 同じことを繰り返しても結果が変わることはない。愚直に放ったシュートは、あっさりと化身に止められてしまう。

 

「どうして決まらないんだ…!?」

 

 自分の抱える思いとは裏腹に、ままならない現実に対し、雪村は悔しさを滲ませる。

 

『ついにシュートを撃った白恋中! しかし、氷帝に防がれてしまったァ!』

 

 雪村の苦難はこれに留まることはない。唯一の希望を失ったことで、同じ目的を志していたチームメイトたちが、各々の判断で動き始めたのだ。

 

 白恋中の結束は崩壊の兆しを見せる。

 

 

「──こっちだ!」

 

 前を走る雪村がパスを求める。王鹿はそんな雪村を一瞥した後、あらぬ方向へとボールを蹴り上げた。

 

「…雪守ッ!」

「なっ…!?」

 

 愕然として足が止まる雪村。ボールの行方は、大勢に囲まれている虎白の下に。当然、パスが通ることはなく、ボールを奪われてしまう。

 

「いただき!」

『王鹿が出したパスを、氷帝がカット!』

 

 瞬時に必殺タクティクスのフォーメーションを解き、攻めに転じる氷帝学園。

 

「まずいぞ!」

 

 白恋が急いで守備に専念する。相手のパスが繋がり続けたが、ゴール一歩手前でようやく阻むことが叶う。

 北厳のスライディングによって、ボールがタッチラインの外に出て、失点のピンチを凌いだ。

 

『白恋がなんとかボールをクリア!』

 

 試合が中断されたことで、激しい怒りに駆られている雪村が、自分を無視した王鹿に詰め寄った

 

「どうしてオレにパスを出さなかった!」

 

 先ほどのプレーに不満を爆発させる。そんな雪村相手に怯むことなく、王鹿は強気に見返した。

 

「雪村のシュートじゃ、また止められちまうだろうが」

「なにっ!?」

 

 どうせ止められるのなら、少しでも得点する可能性の高い虎白にパスをした方がマシだと、王鹿は語った。

 

「おやおや、仲間割れとは醜いねぇ」

 

 呆れ返った様子で、美幌が溜め息をつく。美しさを好む彼にとって、その光景は見るに堪えないものだったのだ。

 

「やめるズラ! こんなときに!」

 

 ヒートアップする二人を見かねて、北厳が仲裁に入り、無理やり引き剥がす。

 チームメイトから距離を置いた雪村が、苛立ち混じりに呟く。

 

「…やっぱり他人なんて信じられない。信じられるのは、サッカーだけだ」

 

 雪村が知っている真実。それは間違っていないはずなのに、心は苦しくなっていくばかりだった。

 

 

『氷帝学園のスローインで、試合再開です!』

 

 投げたボールを美幌が受け取ると、白恋中に対して、大胆な宣言をしてみせた。

 

「そろそろ、この試合も幕引きにしようか。…北斗!」

「任せろ! はああああーーーッ!!!」

 

 パスをもらった北斗が構えると、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。

 

「──白騎士ノーデン!!!」

 

 北斗の化身がその姿を現した。真っ白な甲冑を着た人型の化身が佇む。両手に白い槍と盾を携えていた。

 

「化身!?」

「やばいぞ!」

 

 化身を抑えることができる虎白は、この場面でも数人がかりでマークされ、ディフェンスに参加することができない。

 しかし、ここを通せば追加点を入れられてしまう。それはもはや、この試合の敗北を意味していた。

 

「させるかァーッ!」

 

 逼迫する状況の中、雪村が化身の前に飛び出した。気合いは十分にあるが、化身を止められるほどのパワーには足りていない。

 

「ホワイトランス!!!」

 

 白い槍と盾を前に構えて、北斗のドリブルと共に猛進する。どんどんと加速していき、その勢いのまま、立ち塞がる雪村を槍で突き飛ばした。

 

「ぐわあああーーーッ!!」

「雪村っ!?」

 

 化身と共に駆け抜けた北斗がパスを出す。

 

「美幌!」

 

 そして、ボールは皇帝へと渡った。

 

「現れよ! ──氷魔グライシス!」

 

 化身を発動した美幌が、胸の前で交差させた腕を開いて、ボールを蹴り上げる。すると、ボールを中心にして細かい氷が集まり、氷のドームが出来上がった。

 

「ホワイトインパクト!!」

 

 化身の手のひらに押され、共に空へと飛び上がる。水色のオーラに包まれながら、ボールを蹴り放つと、その背後で化身が吼えた。

 オーラと冷気を迸らせたシュートが、キーパーの白咲を襲う。

 

「ぐあああーッ!!」

 

 シュートを見切れず、ボールが腹部に突き刺さる。白咲の体がくの字に曲がり、ゴールネットにまで叩き込まれた。

 

『ゴール!! 得点は2-1で、ついに逆転されてしまったァ!』

「くそっ…!!」

 

 両膝をついて項垂れる雪村を、美幌が蔑むように見下ろす。

 

「キミは醜いねぇ。醜くて弱い」

「っ…」

 

 言い返すこともできず、ただただ罵声を受け入れる。

 

「結局、キミは彼女に頼ることでしか勝てないんだ。そんな弱さで、よくエースナンバーを背負っていられるね」

 

 自信喪失した雪村に、追い討ちをかける。

 

 そんなことを、わざわざ言われなくとも雪村は分かっていた。雪守が封じられただけで、自分はこんなにも無力なのだと、心底痛感させられている。

 

 誰も自分に期待なんてしていない。吹雪センパイだってそうだ。そんな自分が、強く頼られる存在になれるはずもなかったのだ。

 

 ──やっぱり、雪守の力がないと勝てないのか…? また、アイツに助けてもらうのか…?

 

 立ち上がる気配のない雪村を見て、虎白が異変を感じる。

 

「雪村くん…?」

「諦めたか…。まあそれもいいさ」

 

 立ち去る美幌。それと入れ替わるように、虎白が雪村の下へと駆け寄った。

 

「まだ試合は終わってない。諦めなければ、きっと突破口を見つけられるよ」

「おまえも見てただろ。オレが全力を出したところで、あいつらには敵わない」

 

 心を折られて、弱気な姿勢を見せる雪村。

 

「私だって同じだよ。自分一人の力じゃ、今の氷帝学園には絶対に勝てない。だから雪村くんの力が必要なんだ」

 

 どうか立ち上がってくれと、虎白は切に願う。残り時間は少ないが、まだ逆転のチャンスは十分にある。

 

「一人ではどうにもならないことでも、二人でならきっと乗り越えられる。力を合わせれば、絶対に勝てる!」

 

 その言葉に、雪村がギリっと奥歯を噛み締め、ずっと抱えていた不安や苛立ちを爆発させた。

 

「おまえに頼ってばかりじゃ、オレはいつまでたっても、弱いままなんだよ!!」

 

 大事な存在が、また自分から離れていってしまう。それが怖い。だから、自分一人で戦えることを吹雪センパイに認めさせたかった。

 

「誰かに頼るなんて、弱いヤツのすることだ! オレは強くなりたかったんだ!」

「仲間に頼るのは、全然弱いことなんかじゃない! 信じる強さなんだよ!」

 

 雪村と虎白が、お互いの思いをぶつけ合う。

 

「私は信じてる。あの必殺タクティクスを破ることができるのは、雪村くんしかいないって。それは吹雪監督も同じ気持ちだよ」

「っ…」

 

 自分の不安を吹き飛ばすような雪守の言葉と、強い輝きを放つサファイアの瞳に吸い寄せられる。そこには一点の曇りもなかった。

 

「さあ立って!一緒に勝とう! 勝って全国に行くんだ!!」

 

 虎白が差し伸べた手を、雪村は食い入るように、じっと見つめていた。

 

「雪守…」

 

 彼女も吹雪センパイも、ずっと自分のことを信頼してくれていた。勝手に惨めな気持ちになって、勝手に疑って。

 自分のことばかり考えて、何も見えていなかった。強くなるための答えは、初めからこんなにも近くにあったんだ。

 

 自分のためではなく、仲間のために強くなりたい。そんな思いが、雪村の心に咲き始める。

 

 意を決した雪村が、虎白の手に掴まって立ち上がった。

 

「…いつかおまえを負かしてやる」

「私の目標は『吹雪士郎』だよ?」

「なら、オレは吹雪センパイも超えてみせる」

 

 軽口を叩き合う二人。一瞬の間が空き、同時にフッと口角を上げる。雪村のわだかまりが解け、白恋のストライカーたちが、今ここに並び立った。

 

 

『白恋ボールで試合再開です!』

 

 雪村の心は晴れたが、それで問題が解決したわけではない。依然として、必殺タクティクスの攻略法は分からないままだ。

 

『雪村がまたもやゴール前で動きを止めます!』

「無駄さ。キミにはどうすることもできない」

 

 再び不可解なプレーをし始めた雪村に、美幌が嘲るような視線を送る。

 だが、今の雪村は自分一人で戦おうとしていた、これまでとは違う。

 

 ──どうすればいい!? どうすれば、あの必殺タクティクスを攻略できるんだ!?

 

 雪村が初めて自分のことではなく、仲間のことを視界に入れる。何か攻略の糸口になるものはないかと、必死にフィールドを見渡した。

 

 そのとき──。 

 

「──雪村ァーーッ!!」

「──!?」

 

 雰囲気の豹変した虎白が、大声で名前を叫ぶながら走り出す。反射的に顔を向けると、視線が交差し、それだけでお互いの意思が通じ合った。

 

 雪村が覚悟を決めて前を向く。その姿には、これまでにない強い気迫があった。

 

「──パンサードライブ!!!」

 

 弾くようにして蹴り上げると、豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転のかかったボールが放たれる。

 

『雪村がシュートを撃ったァ!』

「何度やっても無駄だ──ッ…!?」

 

 身構えるキーパー。しかし、雪村が放ったシュートは、ゴールから大きく逸れていった。

 

『コースが! コースが変わったァ! これはいったい!?』

「どこ狙ってるんだ雪村ァ!?」

「違う! シュートじゃない、パスだ!!」

 

 ボールの軌道を追った選手たちが、敵味方関係なく驚きの声を上げる。その視線の先には、マークされながらも、全力で走り込んでくる虎白の姿があった。

 

『なんと!? シュートではない! 雪村から、雪守へのパスだァ!!!』

「っ…!? 現れろ──「遅ぇよ…!」

 

 二人の狙いに気づき、化身を発動しようとするが間に合わない。間に合わせない。

 

「──エターナルブリザード!」

 

 すべての力を乗せた重たい一撃で、パンサードライブを蹴り放つ。ボールに氷が加わり、さらに激しさを増した回転が、迸る風と冷気を切り裂くように鳴動する。

 

「はああああーーッ!!!」

 

 高速で繰り出されたエターナルブリザードによって、ボールは軌道を変える。キーパーの蝦夷は反応できず、真横を通り過ぎたシュートは、ゴールネット奥深くに突き刺さった。

 

『ゴォーール!! 雪村ナイスアシスト! 雪守の動きをよく見ていたッ!!』

 

 生半可なパスではカットされてしまう。しかし、雪村のキック力で蹴られたシュート並みの素早いパスなら、誰にも邪魔はできない。

 そうして生まれた一瞬の隙を突き、虎白がダイレクトでシュートを叩き込む。これが、吹雪の考えた攻略法だった。

 

「バ、バカなっ…!?」

 

 絶対の自信を持っていた必殺タクティクスを破られたことで、美幌たち氷帝学園が、初めて動揺を見せる。

 

『これで得点は2-2! 白恋中、同点に追いついたァ!』

 

 他のチームメイトたちも、吹雪が伝えたかったことを、ようやく飲み込む。

 

「シュートを撃つなって…パスをしろってことだったのか…!!」

「監督はこれを狙って…!」

 

 ただ、それを実現するには、お互いを信頼することが重要になってくる。スピードが足りなければカットされ、威力が足りなければ止められてしまう。

 吹雪が形だけ教えたところで、上手くいくはずもない。だから、雪村が自分でそのことに気づく必要があったのだ。

 

「吹雪センパイの言いたかったことが、やっと分かった…」

 

 出会った頃から教えられてきた、仲間の大切さ。それが、挫折や経験を通して、ようやく雪村の心で実感にまで至った。

 

「なかなか良いパスだったぜ、雪村」

「…そっちもな」

 

 共に認め合い、力を合わせる二人。その光景を見て、在りし日を思い出した吹雪の目と頬が優しく緩んだ。

 

 

『──さあ、同点に追いついた白恋が一気に攻め上がる!』

 

 吹雪の作戦と、雪村の機転によって、氷帝の必殺タクティクスは無力化されたため、虎白が檻から解き放たれる。

 

『氷帝の支配から抜け出し、フィールドを自由に駆け回る! その姿はまるで、“雪原(せつげん)皇女(プリンセス)”!』

 

 スタミナは有り余っているため、鬱憤を晴らすかのように、あらゆる局面に駆けつける。

 

『皇帝と皇女! この試合を制するのは、果たしてどちらだァ!?』

 

 終盤を迎え、調子を上げていく白恋とは反対に、氷帝の動きは明らかに鈍くなっていく。

 本当の意味で逆境に立たされたことがない、という管理サッカーの脆さが露呈した瞬間だった。

 

「ボクたちが、負ける…?」

 

 侮っていた相手に追いつめられ、敗北を予感せざるを得なくなる。

 

「いやだ…」

 

 半ば放心状態の美幌が、ポツリと呟く。

 

「ボクは負けたくない…! 負けたくないんだあああッ!!」

 

 声を振り絞りながら、ボールを持っている選手へとスライディングをしかける。

 

「はあああッ!!!」

「──!?」

 

 これまでとは打って変わった動きに意表を突かれ、ボールを奪われる白恋中。

 こちらが奪い返しても、しつこく追いかけ、時にはヘディングでボールを弾く。度重なる奮闘に、身なりが汚れ、整えていた髪も乱れる。

 

『キャプテン美幌、体を張ってボールを守っている!』

 

 転んでもすぐに立ち上がり、汗だくになりながらも、必死でボールを追いかける。

 

「あ、あれが美幌か…?」

「信じられねぇ…」

 

 チームメイトたちが驚くのも無理はない。誰よりも美しさにこだわっていた美幌が、プライドをかなぐり捨ててまで、白恋中に勝つことに必死になっている。

 

 その闘志溢れるプレーが、チームメイトにも火をつけた。

 

『これはスゴい試合になってきた! 互いに譲らず、得点は2-2のまま!』

 

 激しい攻防を繰り広げる選手たちに、吹雪が思わずといったように声を上げる。

 

「勝ちたいって気持ちが全力でぶつかり合っている。これがサッカーだ!」

 

 革命の兆しが見え始め、自分の成そうとしていることが、決して間違いではなかったことを実感する。

 

『一進一退、互角の戦いが続いている! 残り時間はあとわずか! 先に点を入れるのは氷帝学園か、白恋中か!?』

 

 波乱の戦いも、ついに終局を迎える。雪村と虎白の二人がゴール前へとたどり着き、連携必殺技を繰り出した。

 

「パンサーッッッ──!!!」

 

 クロスするように左右の脚を振るうと、雪村の背後に豹の如き気迫が漂う。左足でボールを弾き上げると、豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転のかかったボールが打ち上がった。

 

「──ブリザードォォォ!!!」

 

 虎白が背面に捻りながら飛び上がると、鋭い琥珀の瞳と獰猛な笑みに豹変した。その勢いのまま、すべての力を乗せた重たい一撃で、打ち上げられたボールを蹴り放つ。

 シュートに氷が加わり、豹が雪豹へと進化を遂げる。さらに激しさを増した回転が、迸る風と冷気を切り裂くように鳴動する。

 

「絶対に止める! ──いでよ、銀狼レコウス!!!」

 

 蝦夷が構えると、背後から黒い影が形作るように広がり、化身がその姿を現した。

 

「ホワイトファング!!!」

 

 蝦夷が両手を狼の口の如く構えると、背後のレコウスが唸る。迫り来るシュートを噛みつくように受け止めると、同時にレコウスの牙がボールという獲物に食らいついた。

 

「はあああーーーッ!!」

「「うおおおおーーーッ!!」」

 

 お互いの気迫と共に、銀狼と雪豹がぶつかり合う。仕留めようとするレコウスの牙を掻い潜り、雪豹の牙がその喉笛に噛みつくと、瞬く間に、全身が凍りついて動きを止める

 

 ──雪豹の牙が、銀狼の牙に届いた。

 

「ぐわああああッ!?」

 

 化身が消滅し、キーパーの蝦夷がボールごとゴールネットに押し込まれる。

 

『決まったァーーッ! ストライカーコンビの新必殺技、“パンサーブリザード”が炸裂ッ! ついに逆転だァ!!』

 

 直後、ホイッスルが鳴り響く。

 

『ここで試合終了のホイッスル! 白恋、見事な逆転勝ちで、ホーリーロード北海道地区予選優勝ッ! 全国大会進出を決めたぞォォォ!!!』

「勝った…俺たち勝ったんだ!!」

「これで全国だぁ!」

 

 近くいるメンバーと喜びを分かち合う白恋中。雪村はベンチにいる吹雪に視線を送り、吹雪もまたそれに応えるように頷いた。

 

「負けた…」

 

 敗北を喫した美幌が放心する。負けるはずがないと慢心していた己の情けなさに、深く恥じ入る。

 

「楽しい試合だった。また来年、強くなった氷帝とサッカーできるのが、今から待ち遠しいよ」

 

 虎白がそう声をかけるが、美幌には響かなかった。

 

「慰めなら不要さ」

 

 敗者は敗者らしく、さっさと退散すべきだと足を動かすと、観客席からは美幌たちに対する温かい声援で溢れかえった。

 

『ご覧下さい! 健闘を称える惜しみない拍手が、氷帝学園の選手たちに送られています!』

 

 大勢から称賛されていることに、驚きを隠せない美幌。信じられないというように、観客席を見上げた。

 

「どうして…?」

「きっと、見てる人たちにもみんなの本気が伝わったんだ。本気のプレーに感動しない人なんていない」

 

 勝つために必死になって、見苦しい姿を晒した。そんな格好悪い自分を、たくさんの人が認めてくれる。

 

「全力のサッカーでも、見ている人たちを喜ばせることができるんだね…」

 

 見苦しいと切り捨てたサッカーに救われる形となり、自身の考えを改めることになる。

 虎白たち白恋中に向き直った美幌が、晴れやな笑顔を浮かべた。

 

「泥くさいサッカーも、そんなに悪くないじゃないか」

 

 白恋中と氷帝学園。お互いに弱さを乗り越え、大きく飛躍を遂げた試合となった。

 

 虎白たち白恋中は、ついに全国大会の舞台へと駒を進める。しかし、その裏では千宮司大悟による陰謀が動き出していた。

 

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