前半が終了して、ハーフタイムを迎える。
陽花戸中のベンチでは、負傷退場した宮地キャプテンの周りに、他の選手たちが集まっていた。
負傷した箇所の腫れはひどく、数週間は治りそうにない。たとえ白恋との試合に勝っても、今年のホーリーロードには出場できないだろう。
自分を心配するチームメイトに、宮地は強がった笑顔を見せる。
「俺のことは気にするな。おまえたちは、この試合に勝つことだけを考えてくれ。なんたって、俺が怪我してまで取れた1点だからな!」
「キャプテン…」
暗い場を和ませようするとが、部員たちの怒りや不満は収まらない。
「でも、こんなことを平気でするなんて、やっぱり白恋中は、フィフスセクターから特別扱いを…」
そう言いかけたとき、宮地が声を荒らげた。
「止めろ! そんなくだらないことを、負けたときの言い訳にでもするつもりか!?」
その迫力に、部員たちがぐっと言葉に詰まる。
「なにより、彼のラフプレーに一番怒っていたのは、白恋じゃないか!」
「キャ、キャプテン! そんなに叫ぶと、怪我に響きます!」
怪我の処置をしていた部員が、慌てた声を出す。部員たちの萎縮した様子に、宮地も落ち着きを取り戻す。
「とにかく、俺たちは正々堂々、サッカーで勝つだけだ。悔いの残らないよう、全力で行け!」
「はい!」
宮地がキャプテンとして喝を入れる。そこで、いつもは騒がしいやつが、妙に静かなことに気づく。
「どうした、七転。まさかおまえまで、弱気なことを言わないよな」
「……せない」
感情が乗っていない声で、ぼそりと呟く。七転の瞳から光が消えて、トランス状態になっていた。
「許せない…」
「お、おい七転…?」
その異様な雰囲気に、宮地を含めたチームメイトが、困惑しながら彼女の様子を窺う。まるで、何かに取り憑かれたようだった。
その頃、白恋ベンチの雰囲気は最悪だった。石のファウルで相手に怪我を負わせた挙句、同点にまで追いつかれたのだから当然だろう。
ギスギスとした空気の中、厳しい表情をした吹雪が詰問する。
「石、どうしてあんなことをした」
「だから言ってんだろ? ちょっと脅かすつもりで、怪我させようなんて思ってなかったってよ」
言い訳を繰り返す石だが、吹雪には通用しない。その目を見れば、反省の色がないことは明らかだった。
「…そうか。なら、石はベンチに下がるんだ」
「ハァ!? おいおい、何言ってんだよ監督!」
突然の交代宣言に、石が目を吊り上げて突っかかる。予想外の指示に、他の部員たちも驚いている。
「ラフプレーをするような選手を、これ以上、ピッチには置いておけない。頭を冷やすんだ」
「なんだと、テメェ…!?」
鼻に皺を寄せた凶悪な顔で、吹雪を睨みつける。見ている1年生たちの方が、恐怖で震え上がってしまう威圧感だった。
そんな一触即発の状況で、日高が素直な疑問を口にする。
「で、でも監督、それだと10人になっちゃいますよ!?」
「あぁそうだ。後半は、この10人で戦う」
吹雪の指示に、北厳も驚いて息を呑む。
「同点の状況でズラか!? 石には厳重注意ってことで、次から気をつけさせれば…」
石を危険視する気持ちはあるが、それと試合の勝敗は別だ。10人で試合を行うなど、北厳たちには考えられなかった。
「ダメだ。怪我でサッカーをできない苦しみ…それが分からない彼に、このフィールドに立つ資格はない」
一切譲る気のない吹雪に、異論の声も押し黙る。
「ケッ! あぁそうかよ! だったら勝手にやってろ! 負けたって知らねぇからな!」
不貞腐れるように、石がベンチにどかっと座り込む。こうして、虎白たちは、後半戦を1人欠けた状態で挑むことになってしまった。
ポジションについた白恋に、陽花戸中の方から、小さなざわめきが広がった。
『間もなく後半戦の開始ですが、なんと白恋は石を下げ、10人体制で臨みます!』
控えもいないのに、選手を下げるなど、普通はありえない。しかし、これで石の行動が白恋の本意ではないことが伝わったはずだ。
「雪村、作戦通りいくぞ」
「ああ」
始めから人格を入れ替えている虎白が、隣の雪村に声をかける。二人とも、前だけを見据えていて、その表情は真剣だ。
『白恋中のキックオフで、試合開始!』
ホイッスルと同時に、ボールを持った虎白と雪村が飛び出した。
『白恋の速攻だァ!』
これには、陽花戸中の選手たちも、すぐには反応が追いつかない。
「は、速いっ!?」
「ディフェンスを固めろ!」
白恋の作戦はこうだ。開始早々の速攻で怯ませて追加点を入れる。相手を突き放した後は、虎白が守備に専念することで、人数の不足を補うというもの。
『雪守と雪村の流れるような連携で、次々とディフェンスを抜いていく!』
「なっ…!?」
「まずいっ…!」
速さが重要な作戦には、虎白と雪村の二人がぴったりだ。そして、相手ゴールまでたどり着いたなら、決定力も兼ね備えている虎白がシュートを撃つ。
「──吹き荒れろッ…!!」
着地と同時に吹雪が舞い、激しく回転するボールに吸い寄せられるように冷気が渦巻き、氷で覆われ尽くす。
「──エターナルブリザード!!」
すべての力を乗せた重たい一撃で、氷塊をぐぐっと蹴り放った。氷に閉じ込められていた回転が再始動し、迸る風と冷気を切り裂くように鳴動する。
『後半開始早々、陽花戸中がピンチ! 前半で得点を決めた、雪守の必殺シュートだァ!』
「……」
前半でリベンジを誓ったシュートに、七転は怯むでも喜ぶでもなく、平静に必殺技を繰り出した。
「──ローリンガード」
七転が助走をつけている途中で躓く。その転んだ勢いを利用して、全体重を乗せた頭突きでシュートとぶつかり合う。押し返した反動で、ボールが地面にめり込んだ。
『と、止めたーッ!? キーパーの七転、雪守のシュートを防いだァ!』
その番狂わせに、白恋のみならず、陽花戸中の選手までもが驚く。
「オレのエターナルブリザードを止めやがった!?」
これまで、虎白のエターナルブリザードを止めた者たちはいる。だが、それは本調子ではなかったり、遠距離から撃ったものだった。
しかし、目の前の七転は、全力のエターナルブリザードを止めた。それに呆然としていると、彼女の様子がおかしいことに気づく。
「こいつ…前半と雰囲気が違ぇ…。明らかに強くなってやがる…!」
今の七転は、仲間を傷つけられた怒りで、我を失っている。それが引き金となり、眠っていた潜在能力が引き出された状態なのだ。
自分と渡り合えるほどの力を手に入れた彼女に、虎白が冷や汗をかいた。
『陽花戸中のカウンターだァ!』
「まずいっ…!」
七転が蹴り上げたボールを追って、虎白と雪村が急いで自陣まで向かう。
ただでさえ人数が少ないのに、その内の二人が守備に参加できない。今の白恋中を切り崩すのは、そう難しいことではないだろう。
『ボールは久留米に繋がったァ!』
フィールドに空いたスペースを使って、相手がロングパスを通し、FWまでボールを届ける。
「行かせないズラ!」
そこに立ち塞がる北厳に、久留米が必殺技を繰り出した。
「──グルメドリーム!」
ラーメンに餃子、明太子や鍋などの幻覚を見せられる。その美味しそうな食べ物の楽園に、恍惚とした表情を浮かべる。
「も、もう食べられないズラ…」
幻の満腹感に襲われた北厳を、久留米が抜き去った。
『ドリブルの久留米、ゴールに攻め込む! 10人で戦う白恋、やはり守りが薄くなってしまったァ!』
ディフェンスが突破され、キーパーの白咲が身構える。
「行くぞ!」
必殺技を繰り出した久留米とパートナーが、交互にボールを蹴り合って、徐々に高く打ち上げていく。
「「──スターマイン!!」」
空高く上がった二人が同時に蹴ると、ボールを中心にカラフルな花火が、ドン!!っと爆発した。
「──クリスタルバリア!!」
迫り来るボールに向かって、握っていた拳をパッと開くと、冷気が瞬時に開花し、氷の結晶となってシュートを阻んだ。
「ぐっ…! ぐぐぐ…ぐわああーッ!?」
シュートの威力を抑えることができず、ピシッと氷にヒビが入って砕け散る。勢いを取り戻したボールが、白咲ごとゴールネットに叩き込まれた。
『ゴール!! 陽花戸中2点目! 白恋、ついに逆転されてしまったーッ!』
「クソッ…!」
完全に作戦が裏目に出てしまい、虎白の顔が歪む。速攻で点差をつけるつもりが、逆に突き放されてしまった。
その結果を受けて、白恋ベンチでは石が笑い出す。
「ギャハハ! どっかの監督のせいで、うちは大ピンチじゃねーか。アイツらも、こんな負け試合はさっさと終わってくれって思ってるだろうよ」
「白恋は、この程度で諦めるようなチームじゃない。よく見ておくといい」
全く動揺を見せない吹雪が気に入らず、石が軽く舌打ちする。心の中で、白恋が負けることを強く念じることにした。
『さぁ、白恋ボールで試合再開!』
雪村がボールを触って虎白に、さらに後ろへパスを出していく。
ボールを回しながら、焦燥が浮かぶ白恋メンバー。なんとか得点を取り返さないといけないが、速攻は警戒されて使えない。
『しっかりとパスを繋ぐ白恋、反撃なるか!?』
ドリブルをする日高が、相手ディフェンスを掻い潜る。しかし、1人欠けた状態では、どうしても数的不利は免れない。
パスを出そうとする日高だが、それに気づいた相手がマークにつく。
「サイドを警戒しろ!」
「くっ…!」
パスコースを封じられ、二人がかりでボールを奪いに来られる。苦しみに喘ぎながらも、必死にボールをキープする。
「もらったァ!」
「っ!?」
日高のわずかな隙を、相手が上手く利用する。ボールは陽花戸中に渡った。
『攻め込む白恋! しかし、ボールを奪われてしまったーッ!』
「まずいズラ!」
陽花戸中の反撃に、白恋全員に動揺が広がる。もう一度得点されたら、逆転の目がなくなってしまう。
「チャンスだ! 上がれーッ!」
ドリブルで駆け出す陽花戸中。攻撃に意識が向いていた白恋中は、ディフェンスが圧倒的に足りていない。
「くそっ…!」
「そんなっ…!」
立ちはだかるディフェンス陣を、陽花戸中が次々と抜き去っていく。
『陽花戸中が、白恋ゴールに迫る!』
ついに、ゴール前まで攻め込まれ、シュート体勢に入る。
「これで終わりだ──っ!?」
絶体絶命のピンチに、全力疾走で戻ってきた虎白が立ち塞がる。
「そうはさせない! ──うおおおーッ!!!」
虎白が一度目を閉じると、その瞳が琥珀色に塗り替えられる。そして、背後から黒い影が出現し、形作るように立ち昇っていく。
「これはっ…!」
「化身…!!」
化身をディフェンス使ってくるのは予想外だったのか、陽花戸中の選手たちがどよめく。
「──冥界の女王ヘル!!!」
内側から黒い影を大鎌で引き裂き、化身がその姿を現した。黒い外套を目深く被り、長い白髪を肩に垂らした氷の女王様が佇む。
その化身のパワーをディフェンスに利用して、相手のボールを力尽くで奪いかかる。
「おらあああーッ!!」
「ぐわああーッ!?」
虎白がスライディングを仕掛けると、相手が化身に吹き飛ばされる。
『なんと雪守、ここまで戻ってきていた!? 化身でゴールを守ったぞ!』
窮地を脱したことで、白恋メンバーの顔色も良くなる。
「もう点はやらねぇ…。勝つのはオレたちだ! いくぞッ!」
虎白が化身を引き連れて、ドリブルで猛進していく。そのプレッシャーに、陽花戸中も余裕がなくなる。
「止めろォ!」
「ゴールに近寄らせるな!」
そんな指示がフィールドを飛び交い、自陣ゴールから相手ゴールまで、突っ切ろうとする虎白を止めようと試みる。
「退きやがれッ…!」
「ぐはっ!」
「うわあああーっ!?」
行く手を阻むディフェンスは化身で蹴散らし、虎白が強引にボールを運んでいく。
『化身を出した雪守が、陽花戸中ゴールまで攻め込むッ!』
虎白の鋭い視線が、尚も無表情の七転を射抜く。わずかに苛立ちを含んだ声で、化身必殺技を繰り出した。
「──ヘルブリザードッ!!!」
ヘルが妖しく微笑むと、氷獄の世界に一変する。その吐息を吹きかけると、冥府の冷気が激しく渦巻き、ボールが回転ごと氷で覆われ尽くした。
「──おぉらあああッ!!!」
虎白が高速回転しながら飛び上がる。限界まで引き絞られた重たい一撃で、氷塊を蹴り放つと同時に、ヘルの大鎌が振り下ろされた。
二つの衝撃に、氷に封じ込められていた回転が再び蘇り、迸る冥府の冷気を切り裂くように鳴動する。
『雪守の化身シュートだァ!』
「よしっ! これで同点だ!」
白恋が追加点を確信した束の間、何かに反応するように、虎白の心臓がドクンと跳ねた。
「まさか…!?」
「──はあああああッ!!!」
七転が構えると背後から黒い影が出現し、形作るように広がっていく。
「──守護天使ゼルエル!」
七転の化身がその姿を現した。天使の輪っかと、筋骨隆々の巨体に白い翼を生やした、神々しい守護天使。威厳を示すかのように、太い腕を胸の前で組んでいる。
「何!?」
突然、化身を出現させた七転に、虎白が目を見開く。
「──エンゼルクラップ」
ゼルエルが悠然と神の腕を開くと、迫るシュートを挟むようにして、巨大な手のひらを打ち合わせた。その圧力に押し潰され、激しい摩擦音を響かせながら、ボールは威力を失った。
『と、止めたァ!? 七転が化身を出現させて、雪守の化身シュートを止めたーッ!』
虎白の化身が止められて、ぬか喜びに終わった白恋が意気消沈する。
「そ、そんな…」
「雪守さんの化身シュートを止めるなんて…」
当の本人も、化身を止められた焦りで、険しい顔つきになっていた。
「こいつ…無意識に化身を発動しやがった…!」
自らの意思で化身を出したというよりも、虎白の化身に共鳴して、防衛本能が働いたように見える。
今の七転は、虎白も経験した暴走状態に近く、化身のコントロールはできていないはずだ。だからだろうか、力のタガが外れていて、より厄介になっている。
『今度は陽花戸中の反撃だァ!』
七転が投げ入れたボールを追いかける。さっきは虎白がカバーに入ったが、やはりディフェンスの人数が足りていない。
混戦の中、北厳が苦し紛れに蹴ったボールが、タッチラインの外に転がった。
『ここは白恋がなんとかクリア!』
試合が中断されたことで、虎白たちが集まって、作戦会議を開く。全員、疲れが顔に出始めていた。
「やっぱり10人じゃ、厳しいズラ…」
「逆転のキッカケさえあれば…」
北厳と日高が口惜しそうにこぼす。それに同意するように、虎白が提案を口にする。
「やっぱり守備が足りてないと思う。相手の攻撃は、私が何とかして食い止めるから、雪村くんは、シュートを決めてほしい」
「いや…。あいつの化身を破るには、おまえの力が必要だ。雪守がディフェンスに回ったら、今度は攻撃が苦しくなるぞ」
「けど…」
虎白がディフェンスに専念することに、難色を示す雪村。すると、その話を聞いていた小樽が、名乗りを上げる。
「その役目、俺たちに任せてくれないか?」
「えっ?」
小樽を筆頭に他の1年生たちも、虎白と雪村に真剣な眼差しを向けた。
「雪村の言う通り、得点するには雪守の力が必要だと思う。だから、俺たちがアイツらの攻撃を全力で食い止める」
1年生たちの顔を見渡すと、全員覚悟を決めた表情をしていた。
「ボールは俺たちが、絶対に届けてやる。雪守は俺たちを信じて、迷わずゴールまで上がってくれ」
それは、エースストライカーに対する最高の言葉だった。
「みんな…」
予想外の提案に目を見張った虎白が、了承するように微笑んだ。
「分かった。もちろん信じるよ」
ここにいる彼らは、虎白が七転に負けたまま終わると思っていない者ばかりだ。虎白なら、必ず点を入れてくれると信じているのだ。
ならば、その信頼には、信頼で応えなくてはならないだろう。仲間なら当然のことだ。
そんな虎白の意思が伝わったのか、1年生たちが嬉しそうに笑い合う。
「よっしゃ! こんなときこそ、特訓の成果をみせるときだぜ!」
「あぁ!」
「うん!」
自分たちの見せ場がやってきて、やる気を漲らせる。以前から1年生たちが頑張っていたのは知っている。きっと、この難題をやり遂げてくれることだろう。
『さぁ、陽花戸中のスローインで試合再開だァ!』
ここからが正念場となる。相手のわずかな動きも見落とさまいと、1年生たちが神経をとがらせる。
相手選手がボールを振りかぶって投げ入れた。今の白恋中では、どうしても全員をマークし切れない。だから、フリーとなっている相手にボールが渡ってしまう。
「──読んでたぜ!」
「なにっ!?」
その弱点を逆手にとって、走り込んできた小樽が、浮いたボールをジャンプでカットする。
『白恋がスローインをカットしたァ!』
「よし!」
着地した小樽が、ドリブルで混戦地帯をいち早く抜け出す。その視線の先には、氷里が走っていた。
「任せたぞ!」
「させるか!」
放られたボールを、お返しだと言わんばかりに、相手がパスコースに割り込んだ。
『今度は陽花戸中がカットだァ!』
「くっ…!」
せっかくのチャンスがふいになる。再び、白恋にとって不利な局面を迎えた。
1年生たちが、ボールに食らいつくように、ゴールまで近寄らせない。少しでも危ないと思ったら、体でボールを止めにいった。
『白恋、決死のディフェンス! 陽花戸中の猛攻を防いでいます!』
「くっ…! なんて粘り強さだ…!」
白恋の不屈のプレーに、陽花戸中の選手たちがわずかに気圧される。
しかし、そんな無茶を続ければ、スタミナの消耗も激しくなる。次第に、白恋のディフェンスに綻びが生じ始めた。
『ああっと!? ついに陽花戸中が抜けたァ!』
「しまった…!」
すぐにシュートを撃たれたが、白咲が咄嗟に飛びついて、パンチングで弾き返す。
『白咲がなんとかセーブ! しかし、弾いたボールは、久留米に転がってしまったァ!』
体勢を崩した白咲は、すぐには起き上がれない。がら空きのゴールでは、ボールを蹴られるだけで失点だ。
ボロボロになった小樽が、尚も強い眼差しで相手を見据える。
「こんなところで諦めてたまるかよ…。信じてくれた仲間のために、俺たちでやらなくちゃいけないんだーッ!」
必ずボールを届けると約束した。この瞬間も、虎白はパスが来ることを疑っていない。自然と湧いた勇気が、新たな必殺技を生み出した。
「うおおおっ! ──バレルロール!!」
勢いをつけてジャンプした小樽が、空中で蹲るように両足を抱えて回り出す。ゴロゴロと転がる大きな樽と化して、ボールを持っている相手に突っ込んだ。
「うわああーッ!?」
『と、止めたァ!? 小樽が新必殺技で、ゴールを守ったぞーッ!!』
間一髪というところで、白恋の危機を救った。
「よっしゃー!」
小樽がガッツポーズを決めて、喜びを噛みしめる。彼だけでなく、1年生たちの折れない心が、実を結んだのだ。
「やったな、小樽!」
「よくやったズラ!」
他の1年生たちや、センパイたちも褒め称える。少し照れくさそうにしながらも、気を引き締めた小樽がパスを出す。
「伊富!」
「はい!」
ボールを受け取って、ドリブルで駆け出す。そこに立ちはだった相手を、王鹿にパスを出して回避する。さらに、氷里や洞爺といったMFたちが上がっていく。
『1年の小樽が奪ったボールを、同じ1年生たちが繋いでいく!』
ドリブルをする洞爺が、ボールを蹴り上げた。
「雪守さん!」
そして、ついに約束が果たされる。みんなの希望は、虎白に届けられた。
「負ける気がしねぇ…!」
チームメイトが頑張って繋いでくれたボール。絶対に外すわけにはいかないと、身体に力が入る。それに、七転の化身に共鳴しているのか、今日はいつも以上に力が溢れている。
「冥界の女王ヘル! ──ヘルブリザード!!!」
化身を発動した虎白が、氷塊を蹴り放つと同時に、ヘルの大鎌が振り下ろされた。氷に封じ込められていた回転が再び蘇り、迸る冥府の冷気を切り裂くように鳴動する。
暴れ回るように軌道が荒々しく揺れ動いたシュートが、化身を発動させている七転を襲った。
「──エンゼルクラップ」
ゼルエルが悠然と神の腕を開くと、迫るシュートを挟むようにして、巨大な手のひらを打ち合わせた。
「…っ!?」
押し潰そうと力を込めても、手のひらが進まない。激しい摩擦音を響かせながら、シュートが手のひらをこじ開けようとする。
そして、ついに抑えきれなくなった両腕を弾き、化身ごと吹き飛ばしたボールが、ゴールネット深くに突き刺さった。
『決まったーッ!! 2-2の同点! 白恋追いついたァ!』
「うおぉーッ!」
白恋が歓喜の声を上げる。10人での不利な試合を強いられても諦めず、チーム一丸となって、見事に逆転の可能性を掴んだ。
「七転の化身が破られた…!?」
陽花戸中の選手たちが呆然とする。普段の彼女ならいざ知らず、今の七転を打ち倒せる相手がいるなど、信じられなかった。
『──陽花戸中ボールで再開して早々、ボールは白恋に渡ったァ!』
勢いづく白恋と、焦り始める陽花戸中。
『残り時間あとわずかで、雪守が陽花戸中ゴールに迫る!』
化身を引き連れながら、ゴール前にたどり着いた虎白が、相変わらず無表情の七転に話しかける。
「そんな寝ぼけた状態で、このオレのシュートを止める気か?」
「……」
抜け殻のような彼女を見て、虎白が大きく息を吸った。
「いい加減、起きやがれ!! 七転ッ!!」
「…ッ!!」
その怒りの咆哮が、七転に衝撃を与える。フィールド全体にもビリビリとした余波が広がり、ゴールポストが震えた。
やがて彼女の瞳に光が宿り、活発な雰囲気を取り戻した。
「あ、あれ…? 自分はいったい…?」
記憶が混濁しているのか、困惑したように周りを見渡す。
「よう。やっと目が覚めたようだな」
「雪守さん…? なんで自分まで化身を…?」
お互いに化身を出現させている状況が飲み込めず、目の前の虎白に戸惑いをぶつける。
「そんなことはどうでもいい。今は、オレのシュートにだけ集中しろ!」
「は、はいッス!」
七転は訳がわからなかったが、キーパーとして、シュートを警戒するように身構える。
「イイ顔になったじゃねぇか。気合い入れて止めろよ!」
「はい!」
これが最後の直接対決だ。虎白も全力で化身の力を高めていき、必殺技を繰り出した。
「──ヘルブリザード!!!」
氷塊を蹴り放つと同時に、ヘルの大鎌が振り下ろされた。氷に封じ込められていた回転が再び蘇り、迸る冥府の冷気を切り裂くように鳴動する。
「これが雪守さんの化身シュート…!!」
その凄まじいプレッシャーに息を呑む。暴れ回るように荒々しく揺れるシュートに、七転が立ち向かった。
「──エンゼルクラップ!!!」
ゼルエルが悠然と神の腕を開くと、迫るシュートを挟むようにして、巨大な手のひらを打ち合わせた。
「な、なんてパワーッスか!?」
押し潰そうと力を込めても、手のひらが進まない。激しい摩擦音を響かせながら、シュートが手のひらをこじ開けようとする。
そして、ついに抑えきれなくなった両腕を弾き、化身ごと吹き飛ばしたボールが、ゴールネット深くに突き刺さった。
「うわあああーーーッ!?」
『ゴォーール!! 雪守の化身シュートが炸裂ッ!』
得点と同時に、ホイッスルがフィールドに鳴り響いた。
『そして、ここで試合終了のホイッスル! 白恋中が逆転勝利! 3-2で陽花戸中を降したぞォ!』
2回戦の決着がついて、大歓声とともに拍手が巻き起こる。その中には、砦やユメの姿もあった。
お互いのベンチでは、宮地がやりきった笑みを浮かべる一方で、石は面白くなさそうに口をへの字に曲げた。
大の字で寝転がる七転に、虎白が近づいていくと、いきなりバッと飛び起きて、立ち上がった。
「くぅ〜! もっと試合していたかったッス! あんなにビリビリしたシュート、初めて受けました! 自分感激ッス!」
どれほど凄かったのか熱弁するが、それは虎白も同じ気持ちだ。
「私のシュートを、あんなに止めることができたのは、七転さんが初めてだよ。スゴい力を秘めてるんだね」
力と力の真っ向勝負は久しぶりで、虎白の闘争心も燃えたぎっていた。白熱した試合だったのは間違いない。
虎白に褒められたことで、七転が目を輝かせる。
「次の試合も頑張ってください! 白恋中が優勝するの、自分応援してるッス!」
溢れんばかりの笑顔で、虎白たちの健闘を祈る。太陽の光で照らされた彼女が、まるで天使のように見えた。