栄道学園の選手が、ゴール前までたどり着く。残すは、キーパーとの直接対決だが、そうはならないことをお互いに理解している。この試合は、3-0で栄道学園の勝利。ならば、ここで得点を与えておくのが賢い選択だからだ。
「くっ…!」
ゴールを決められる前から悔しさに顔を歪める白恋のキーパー。
「パーフェクト──」
左右の指で、カメラのファインダーを覗くように四角形を作り、シュート軌道の最適解を分析する。
ゴール端に狙いを定め、もう少しでボールに足が触れるかという瞬間、白い突風が横切る。
「──!?」
突然、体勢が崩されて尻もちをつき、ボールも見失った栄道学園の選手が、首をキョロキョロと動かし、周囲を見渡す。そして、驚きのあまり、目を徐々に見開いていく。
「う、ウソだ…!?」
数メートルは離れた場所。そこにいたのは、確かに後ろに抜き去ったはずの白恋中の女子選手だった。顔に影が落ちているが、特徴的な白いマフラーが記憶と一致する。
息一つ乱さず、ついさっきまで自分の足元にあったはずのサッカーボールが、彼女の足元に転がっていた。
『な、ななな…なんというハイスピードディフェンス! これが彼女の真価なのかァ!?』
虎白が、シュート直前にブロックしたことに気付いて驚愕する実況と、雄叫びのような歓声が、一拍遅れて響き渡る。
「何!?」
「雪守…!?」
栄道学園の選手や監督、白恋中のセンパイたちまでもが驚く。しかしそれは、虎白のディフェンス能力に驚いたのではなく、栄道学園のシュートチャンスを阻止したことに対してだ。
「どういうことですか!」
「い、いや俺たちは何も…!」
「まさか、白恋中はフィフスセクターに逆らうつもりですか?」
お互いのチームのキャプテンが言い争う。片方が詰め寄り、もう片方は必死に釈明する。
そんなやり取りの中、虎白は白恋中のセンパイに何の合図もせずにパスを出す。それがきっかけとなり、詰問は打ち切られ、キャプテンたちはボールを目で追いかける。
「えっ…!?」
混乱の最中、パスを出されたセンパイは戸惑い、上手く受け止めきれずに、ボールを取りこぼす。
そのスキを突き、近くにいた栄道学園の選手がボールを奪い、ドリブルをする。
「ッ…!」
トラップを失敗したセンパイが、反射的に追いかけそうになるのを自制する。これ以上、フィフスセクターに疑いの目を持たれるわけにはいかない、と判断してのことだ。
だが、虎白は止まらない。その選手目掛けて駆け出し、必殺技を繰り出した。
「──アイスグランド!」
「ガッ!?」
一瞬で氷漬けにされる栄道学園の選手。再び、ボールは虎白の元へと渡った。
『おおっと、雪守! またも栄道学園から華麗にボールを奪ったぞ!?』
「これはいったい…?」
「雪守…」
フィールドに不穏な空気が流れ始める。それは、栄道学園だけではなく、白恋中からも漂っていた。
「……」
そんな空気を気にする素振りも見せず、もう一度センパイにパスをする虎白。今度は、全員が現状を理解し、落ち着きを取り戻している。
しかし、そのパスをセンパイが受け止めることはなかった。
『白恋中、またしてもトラップミス! 栄道学園にボールを奪われてしまったァ!』
誰も虎白の顔を見ることができず、気まずそうに顔を伏せる。
もう一度ボールを奪い、パスを出す。しかし、そのことごとくが失敗に終わる。
「なんで…」
虎白の実力をもってすれば、一人で攻め込んでシュートを決めることもわけないだろう。
「どうして…」
虎白が自分でオフェンスに回らなかったのは、チームメイトを信じていたからだ。
「こんな…」
だが、どれだけ守ってボールを送ってもすぐに奪われてしまう。
『これで何度目でしょうか!? 雪守、またもや栄道学園をブロック! しかし、ボールが得点へと繋がらないッ!』
虚無感で立ち尽くす虎白に、白恋中のキャプテンが大股で詰め寄る。
「いい加減にしろ!お前だって分かってるんだろ!? こんな無駄なこと、もう止めるんだ!」
フィフスセクターに対する、やり場のない怒りを虎白へとぶつける。
それを受けても、虎白は態度を変えることはなく、キッパリと言い張る。
「止めません!」
「…ッ!」
虎白の柔和なサファイアの瞳が、キャプテンを力強く射抜く。その濁りのない輝きに怯み、微かに動揺する。そのスキを見逃さず、虎白は捲し立てる。
「センパイたちは、どうして本気でサッカーをやらないんですか!」
「おまえに…」
自分たちだって、気持ちは同じだ。本気のサッカーがしたい。しかし、一時の感情に身を任せたとして、その結末には悲惨な未来しか待っていない。
「おまえに、俺たちの何が分かるッ!」
それは苦悩を伴った心の叫び。解き放ちたくとも、堪えるしかない願望。
普通の人間ならば、その苛立ちを含んだ返事に、押し黙るかもしれない。しかし、虎白もまた同類。
「センパイたちに、私の何が分かるっていうんですかッ!」
「…っ」
その気迫のこもった声と、必死な瞳の揺らぎに、キャプテンが自身と同じだけの重みを受け取る。自分たちが背負う苦悩と似ている、悲痛な叫び。両者ともに、勝利を望んでいるにも関わらず、決して交わることのない平行線。
二人が睨み合っている内に、前半終了のホイッスルが鳴る。
『ここで前半終了! 両チームともに得点はなし! 後半戦ではこれまで以上の激戦になるでしょう!』
「…とにかく、これ以上、栄道学園の邪魔をするな」
そう忠告し、ベンチに足を運ぶキャプテン。顔を俯かせている虎白も、ゆっくりとその後を追う。
ベンチの雰囲気は最悪だった。八百長試合をしているので、疲れてもいないのに皆が顔を伏せ、暗い表情をしている。虎白の周りには人が寄り付かず、一人だけ明らかに浮いていた。
それを見兼ねてか、監督が虎白の前に立ち、話しかける。
「雪守さん、白咲くん、君たち1年生にはまだ言ってませんでしたね。この試合…いえ、中学サッカー界の実情を」
虎白は、沈んだ瞳で監督を投げやりに見る。
「この試合は始めから、3-0で白恋が負けることに決まっているんです」
「ずいぶんと細かいんですね」
感情のこもっていない声で呟く。虎白は、白恋中がわざと相手を勝たせようとしていることは分かっていたが、具体的な点数まで決める必要性を感じなかったため、疑問に思う。
「フィフスセクターは知っていますね」
「はい…」
日本のサッカーを管理している組織。今まで公式大会に参加出来なかった、虎白のような女子選手の出場が許可されたのもフィフスセクターの判断だ。
「ただ管理しているだけではありません。フィフスセクターは、試合の点数まで決めて、勝敗指示として、各学校に通達してくるんです」
「えっ…?」
自身を救ってくれた一方で、サッカーを貶めるような行為を強制して、虎白の好きなサッカーを奪おうとしている。今まで、無表情を保っていた虎白が、激しく動揺する。
「ど、どうして、フィフスセクターがそんなことを…!」
「秩序を守るためです。今は、学校の価値がサッカーの強さだけで決まる時代。弱ければ見向きもされない。だから、どの学校にも公平に勝ちが回るように、フィフスセクターが勝敗指示を出しているんです」
確かに、イナズマジャパンの優勝以来、そういった問題が目立っていることは知っている。だが、そのやり方にはとても賛同できなかった。
「そして、指示に従ってさえいれば、勝ち試合が来て、学校も評判を維持できる。それに、勝敗指示がない試合が稀にあるので、生徒たちも従っているんです。このことを知っているのは、サッカーに関わっている一部の人間だけ」
一通り説明を終えた監督だが、虎白には腑に落ちない点があったため、それを指摘する。
「指示に逆らった場合は、どうなるんですか?」
勝敗指示は、全てフィフスセクターや不利な学校側の事情で、サッカー強豪校が素直に従うには恩恵が少なすぎる。もちろん、そういった社会問題に与しなければバッシングを受けるが、秘匿されているなら無視をする学校だってあるはずだ。
「何もない、ということはないでしょうね」
あえて濁すように答える監督。それを聞いた虎白は、さっきまで立っていたフィールドを静かに眺める。
サッカーの勝敗を操作するのは間違っている。だが、それを指示したのは、大恩のあるフィフスセクターだ。
話の流れから推測しただけだが、フィフスセクターというのは、恐らく、『イナズマイレブンGO』で倒すべき相手なのだろう。
今ここで、私が敵対する道を選んだとして、無事でいられる保証はない。サッカーができないような大怪我を負わせられるかもしれない。きっと、チームメイトから本格的に嫌われるだろう。
勝敗指示に逆らうというのは、サッカーの恩人への裏切りであり、また危険な賭けでもある。
「私は…」
虎白は、何かを確かめるように、マフラーを大切に撫でる。命の恩人であり、目標としている吹雪から貰い受けたもの。このマフラーに恥じないようなサッカーをしたいと、ずっと思っていた。
ハーフタイムが終わり、各々がフィールドに散らばる。
『さぁ両チーム、ポジションにつきました! まもなく後半戦の開始です!』
栄道学園のキックオフで、試合が再開する。相変わらず、接戦を演じてはいるが、勝敗指示の都合上、3点を与えなくてはいけないため、白恋側が押され気味だ。
『攻め上がる栄道学園に、守る白恋! これは後半開始早々、激しいぶつかり合いだァ!』
その退屈な茶番を後方から眺めていた虎白は、再び自分に問いかける。
「私は…私は、どうしたい?」
─目の前の現実を受け入れて、たまにあるという自由な試合を待って、そこで真剣勝負をするのか。
─フィフスセクターに抗って、大勢から恨まれながら、自由なサッカーを追い求めるのか。
迷っている虎白の瞳に、諦めた顔でボールを奪われるセンパイたちが映る。
「ッ…!」
虎白は、その表情を見て無性に、ふざけるな、と怒鳴り散らしたい気分になった。それは、彼女が幼い頃から幾度となく経験してきた、『諦めたことを認めない弱さ』だったからだ。
女子が相手だから本気を出せない、公式戦じゃないからやる気がでない。そんな、下らない言い訳を考えている表情。
「私も、そんな顔をしていたのかな」
自分を戒めるように、マフラーを強く握る。すると、虎白の周囲で微かに吹雪が舞った。
──私がどれだけの思いで、今日まで頑張ってきたと思っているんだ。私が何度、挫けそうになったと思っているんだ。それなのに、周囲は簡単に諦めて、自分の弱さを、私の強さを認めようとしない。誇りだろうと、恵まれた境遇だろうと、軽々しく切り捨てて、無造作に扱って。私には、対等に争う権利すら与えられなかった。
──やっと、やっと辿り着いたと思ったのに…。
──これが、こんなものが、私の望んだサッカーだったのか…?
──冗談じゃない。
「…冗談じゃねぇ! こんなのサッカーじゃねぇ!」
──イナズマイレブンじゃない!
その怒りのパワーが爆発し、虎白を中心にして、フィールドに猛吹雪が巻き起こる。フィールドや観客席からも、悲鳴とどよめきが起こる。
『こ、これは一体どういうことでしょう!? フィールドを包むような吹雪が突如として発生しております! 異常気象でしょうか!?』
「ぐっ、何事ですか…!?」
英道学園のキャプテンが腕で顔を庇いながら、薄目を開ける。次第に吹雪は止み、視界が晴れる。
そこには、白い髪を逆立たせ、怒りに満ちた琥珀の瞳へと変貌させた虎白が立っていた。
「雰囲気が、変わった…?」
「よすんだ雪守!」
動揺する栄道学園と、焦るセンパイたち。練習試合の時に一度だけ見た、雪守虎白のもう一つの顔。それは、今この場に最も居合わせてほしくないものだ。
「おまえらを倒すなんざ、オレだけで十分なんだよ!」
そう高らかに宣言して全力でダッシュする虎白。しかし、それは敵陣ではなく、ボールを持っている味方にだった。
「うぉぉぉーーっ!!」
虚勢ではなく、本気でフィフスセクターに逆らう選択をしたのだと判断したキャプテンが、チームに指示を飛ばす。
「雪守にボールを渡すな!」
それを聞いた虎白は、顔を怒りで歪ませる。
「こんの…腰抜け共がーーッ!」
「うわぁ!」
ボールを持ったセンパイに、スライディングをしかける。虎白の気迫と勢いに、身動きが取れずに、あっさりとボールを手放す。
『なんと雪守、味方からボールを奪ったぞ!?』
「こんなことをして無事でいれると思っているのか!?」
「うるせぇぇぇ!!!」
栄道学園のキャプテンが、脅迫紛いに立ち塞がる。しかし、覚悟を決めた虎白には何の効果も発揮されず、目にも留まらぬ速さで抜き去られる。
『ああっと、雪守! 一人でフィールドを駆け抜けていく!?』
味方にパスを出すこともせず、ひたすらドリブルで上がっていく。
「邪魔なんだよ!」
「うわぁ!?」
それを阻止しようというなら、誰であろうと、敵味方関係なく蹴散らしていく。
『止まらない、止まらない!あっという間にゴール前だァ!!!』
「うおぉらァァァーーーッ!!!」
ドリブルの勢いを維持したまま、左足を強く踏み込み、全体重を乗せた右足でボールを蹴る。その威力は、ただのノーマルシュートとは思えないほどで、激しい風を纏っている。
「ムーンサルト──ぐわぁ!?」
必殺技を繰り出す暇もなく、シュートと共にゴールへと押し込まれるキーパー。
『ゴ、ゴール…! 期待の紅一点、雪守虎白がこの試合、初得点! やはりサッカー名門校の白恋には、新進気鋭の栄道学園でも太刀打ちできないのかぁ!?』
虎白のシュートで腹部に衝撃を受け、起き上がれないでいるキーパーが、倒れ伏した体勢で虎白を見上げ、恨み事を呟く。
「と、得点は無しなはずじゃなかったのかよ…!」
虎白がフィフスセクターの指示を無視し、ゴールを決めた。その動揺は、栄道学園よりも、被害を受けるであろう白恋中の方が大きく、センパイたちは大きく取り乱す。
「ほ、本当にやりやがった…!」
「何をしてる!?」
3年生やキャプテンが虎白に詰め寄る。その顔はどれも、恐怖と怒りで支配されている。
しかし、虎白は強気な態度を崩さない。
「それはこっちのセリフだぜ。オレはただサッカーをしてるだけなんだからな」
「っく…! このっ…!」
「テメェら、本気で今のサッカーが正しいと思ってんのか?」
虎白がセンパイたちに鋭い視線を向けるが、誰一人として目を合わそうとはしない。その弱気な姿勢に見切りをつけ、小バカにするように鼻で笑う。
「ハッ。だったらこの試合、オレ一人で勝ってやるぜ」
大言壮語なセリフだが、実際にそれは可能だろう。虎白の身体能力やサッカーセンスは、栄道学園の選手たちとは雲泥の差だ。
決定的に虎白がチームと対立し始め、ここまで、静かに動向を見守っていた監督が立ち上がる。
「雪守さん、交代です」
「なっ!?」
交代を告げられた虎白は愕然とした表情で、監督に視線を向ける。その顔は、一軍選考のときに雪村へと向けた、厳しい顔つきとよく似ていた。
『おおっと、ここで雪守を交代!? 先ほど、キャプテンと言い争っていたようですが、何かあったんでしょうか!?』
納得のいかない虎白が、監督に詰め寄る。大人相手でも怯まずに、怒りに満ちた鋭い眼光をぶつける。
「本当にこんなサッカーでいいのかよ、監督ッ!」
虎白の必死の訴えに、監督は一度強く目を閉じた後、厳しい声色で諭す。
「…では、一人でサッカーをするのが、正しいサッカーですか?」
「っ…!」
正論をかざす監督に、虎白は反論することができず、言葉に詰まる。しかし、簡単に納得することもできず、悔しさに押し潰されそうになる。
「クソッ!」
拳を強く握り、地面に向かって泣き叫ぶように悪態をつく。
自分は正しいはずなのに、間違っていないのに、誰にも認めてもらえない。やっと真剣勝負ができると思ったのに、またしても非情な現実が立ち塞がる。あの頃の挫折感が再び蘇ってくるようだ。
何をしても前に進めない。先の見えない道を歩かなくてはならない不安と絶望の日々。
そんな感情を抱きながら、虎白はフィールドから引き離され、ベンチに腰を下ろす。
どうしようもない現実から、目と耳を塞ぐようにタオルを頭に被り、試合が終わるまでの間、ずっとベンチに座っていた。
──しばらくして、ホイッスルが鳴り響く。
『ここで試合終了! 雪守の離脱で調子を崩したのか、3-1で、栄道学園の勝利で終わってしまったーー!!!』
虎白が期待していた白恋中サッカー部、初めての練習試合は、敗北で終わった。
栄道学園との練習試合が終わり、白恋中の男子更衣室では、悲惨なムードが漂っていた。その原因は言うまでもなく、虎白が得点を決めたことだ。
「白恋中はもうお終いだ…!」
「雪守なんかがスタメンになったから、こんなことに…」
フィフスセクターに逆らった罰を恐れ、センパイたちは、この場にいない虎白を責め立てる。それを聞き流しながら、考え事をしていたキャプテンが、ボソリと呟いた。
「女子選手の出場が認められた途端に、あんな強い女子部員がウチに入ったんだ。…シードかもしれない」
「シードだって!?」
その衝撃の推測に、周りが騒然となる。予想外の反応に、発言を撤廃しようとするも、既に手遅れだった。
「だがありえるぞ。シードにはフィフスセクターから、特別なカリキュラムが与えられて、誰もが桁違いな力を手に入れられると聞いたことがある」
「それなら、あの強さにも納得がいく、か…」
自分の思わぬ発言が原因で、ありもしない憶測が虎白へと向けられ始めたことに焦ったキャプテンが、事態を収拾しようとする。
「お、落ち着け! 俺は可能性の話をしているだけで…!」
何の確証もない話だ、と続けようとしたが、それに被せるように、2年の『
「ギャハハハ! とうとう、この白恋中にもシードが送り込まれたのかもな!」
「お、おい!」
次第に大きくなる不確定な疑惑に、キャプテンが何とか止めようとする。しかし、またしても邪魔が入る。今度は、1年生の白咲だ。
「センパイ。オレ、見ちゃったんです。雪守さんがスーツを着た大人の人と話してるの」
「本当か、白咲!?」
もちろん嘘なのだが、白咲は、この状況を利用して、白恋中サッカー部の結束力を、致命的なものにしようと目論む。
もしも、雪守虎白が白恋中を先導し、フィフスセクターに反旗を翻すことを決意したならば、十分に成功する可能性があると予測する。
そうなったとき、叱責はシードである自分に降りかかると判断し、それを未然に防ぐためにも、先手を打っておく。
「いや、だが待て。それはおかしいだろ。アイツは勝敗指示を無視して、本気で勝ちに行こうとしていたぞ」
「た、確かに…。言われて見ると変だ」
キャプテンの冷静な意見に、一部の部員が正気を取り戻す。しかし、白咲の嘘は続く。
「雪守さんのプレイに感化されて、フィフスに逆らわないかどうか、試してるのかもしれませんよ」
「な、なるほど…」
一度、その人物に対して疑う心を持ってしまえば、後は適当な理由をでっち上げるだけで十分だ。
「白恋中をつぶすための口実にされるかもしれませんね。安易に、彼女の口車に乗らないように気をつけましょう」
ここで、より確実に誘導するため、石に目配せをする。この石という部員は、白咲と同じシードであり、白恋中をフィフス寄りの学校に侵食するために送り込まれている。
「まぁ、シードが何しようと、俺たちはフィフスセクターの勝敗指示に従ってれば何の問題もねーんだ。サッカーなんて内申点のためにテキトーにやってればいいんだよ」
「あ、あぁ…そうだな」
こうして、本物のシードである2年の石と、1年の白咲とが協力して、虎白をシードに仕立て上げることに成功した。
──校長室。
「さ、3-1!?」
練習試合の結果を人伝に知らされた校長が、椅子からひっくり返りそうになるほどに仰天する。あれだけ釘を刺したにも関わらず、フィフスセクターに逆らう真似をするとは予想外だった。
「す、すぐに、坂本くんを呼びなさい!」
「は、はい!」
休み明け。監督が勝敗指示を破った責任を取らされ、退職することを通達された白恋中サッカー部は、酷い恐慌状態に陥っていた。しかし、その元凶とも呼べる虎白の姿はどこにもない。
「監督が辞めさせられたのは、やっぱり見せしめなのか…?」
「俺たちは3年生だぞ! フィフスに逆らって進学できないなんてことになったら、どうなるんだ!?」
頭を抱え、自分にまで罰が及ぶのではないかと怯えるセンパイたち。その割合は、圧倒的に3年生が多いが、2年生にも不安を感じてヒソヒソと話し合う者が多い。
1年生たちは、そもそも状況が飲み込めておらず、センパイたちが怯えているのを見て、言いようのない不安を感じつつも静かに様子を見ている。
そんな中、白咲が一歩踏み出して発言をする。
「危なかったですねセンパイたち。もし、雪守さんの味方をしていれば、内部工作の被害がセンパイたちにまで及んでいたかもしれないですから」
白咲は、自分たちに都合のいい方向へ進んでいるのを見て、更に不安を掻き立てようとする。それを受けて、キャプテンが深く頷いた。
「俺も半信半疑だったが、何もしていない監督が処分を受けて、当の本人はお咎めなしだ。これで確定的になったな。雪守はシードだ」
昨日までは、中立を保っていたキャプテンが意見を変える。部内の中心人物が虎白をシードだと断定したことで、2、3年生のほとんどが追従する。
「俺も最初から怪しいと思ってたんだ…!」
「ああ。アイツはシードで間違いない!」
しかし、一部の部員は庇おうと試みる。
「ま、まだそうと決まったわけじゃないズラ…!」
「そ、そうですよセンパイ。後で本人に直接確かめればいいじゃないですか」
彼らは決して、純粋に虎白の味方というわけではなかったが、根拠の少なさと、サッカー部内の険悪な空気を嫌ったが故に、擁護派に回った。
しかし、キャプテンたち3年生にその説得が響くことはなかった。
「もしシードじゃないとしてもだ。アイツが勝敗指示に逆らって、自分勝手なサッカーを続ける限り、連帯責任でとばっちりを受けるかもしれない。そんな危険なヤツと同じチームにはいられないし、信用もできない。俺たちは…」
わずかに躊躇ったが、二の句を継ぐ。
「俺たちは、サッカー部を辞める」
その衝撃の発言に、1、2年生たちが慌てふためいた。
「ほ、本気で言ってるんですか、キャプテン…!?」
「キャプテンたちがいなくなったら、サッカー部はどうなるズラ!?」
一部の部員が必死に縋るが、キャプテンたち3年生は背を向け、下級生たちを置き去りにする。
「おまえたちも、とっとと退部した方がいいぞ。危ない目に遭いたくなければな」
そう言い残したキャプテンが、左腕につけていたキャプテンマークを放り捨て、退部するために校舎へと向かう。
「俺たちも行こうぜ」
「ど、どうする…? 退部した方がいいんじゃないか…?」
「あ、あぁ…」
その姿を見て、多くの2年生も後を追い、1年生数人もついていく。
「キャプテン…」
地面に捨てられたキャプテンマークを、北厳が拾い上げ、遠ざかる背中を見つめていた。
それを終始、冷めた目で見ていた雪村が、吐き捨てるように自分の考えを口にする。
「フン。ちょうどいいじゃないか。フィフスだかシードだか知らないが、センパイたちが退部すれば、オレが試合に出られるんだからな」
「雪村っ! おまえ!」
日高が雪村の胸ぐらを掴むが、物怖じすることもなく、淡々と話す。
「アンタだって2軍で燻ってたから、邪魔なセンパイたちが消えて、本心じゃ喜んでるんじゃないのか?」
「本気で言ってんのか!?」
雪村と日高が喧嘩を始めると、1年生たちも、不安そうに話し合う。その混乱ぶりを見ていた石が、退部した元部員たちを嘲る。
「ギャハハ! これで白恋サッカー部も終わりか。とんだ腰抜け集団だったな」
「石! お前までそんなことを! キャプテンたちがずっと苦しんでたことくらい知ってるだろ!」
今度は、石と喧嘩を始める日高。日頃から石のラフプレーに不満を溜め込んでいたのもあり、激しい口論に発展する。
その状況についていけない1年生が、温厚そうな北厳に声をかける。
「あの、センパイたち。フィフスセクターとかシードって、何なんですか…?」
質問された北厳は、フィフスセクターの裏の顔と、シードの存在、栄道学園との練習試合で起こった事のあらましを説明をする。
ようやく現状が理解できた1年生たちが、今の状況に対する疑問を投げかける。
「それで、雪守さんが、そのシードだと…?」
「証拠は何もないズラ。でも、みんなそれだけフィフスセクターを恐れているズラ…」
一度は黒にまで持っていった疑惑を、グレーに戻そうとする北厳に、白咲は口を挟む。
「証拠も何も、雪守さんだけが処罰を免れたことが、全ての真実では?」
「そ、それは…でも、こんなの無茶苦茶ズラ! 一方的すぎるズラ!」
潜入したシードが暴れて、その責任を他者に取らせる。仮に虎白がシードだったとして、それは避けようのないハメ技だ。
「こんな理不尽なこと…いくらフィフスセクターだって許されないズラ…」
全て虎白のせいにしてしまおうと画策していた白咲だったが、フィフスセクターの分が悪くなったのを感じ取り、軌道修正をする。
「まあ確かに自作自演だとすると、臭すぎますね。もしかしたら、監督を辞めさせるために送り込まれたシードが、雪守さんだったのかもしれませんよ」
「監督が…!?」
ある意味、逆転の発想だが、これもまた証拠がない言いがかりだ。しかし、白だと判断できる確証もないので、北厳は反論することができなかった。
「何か不正でもしたんですかね。怖い怖い」
こうして、見えない本当のシードたちにより、白恋中はキャプテン含む3年生全員、2年生十数人、1年生数人が退部し、白恋中サッカー部は11人にまで部員数を減らした。
2年生で残ったのは、(北厳、日高、石)の3名。1年生で残ったのは、(虎白、雪村、白咲、
「白恋中は、どうなってしまうズラ…」
結局、何一つとして現状が良くなる考えは浮かばず、白恋中サッカー部には、大きなヒビが入った。
──サッカー部が崩壊寸前の頃。
虎白は坂本元監督を追いかけ、校門前まで来ていた。その顔には、後悔の色を覗かせていた。
「監督、私…」
虎白が謝罪の言葉を口に出す前に、坂本がそれを遮る。
「私なら大丈夫です。これは分かっていたこと。役目を終えただけです」
「えっ…?」
自分の都合で巻き込んだはずの監督から、出るはずのない言葉が聞こえ、理解が及ばないでいる虎白。
そんな虎白を微笑ましそうに見た後、一度空へと視線を向ける。
「私は、あなたのような人が現れるのをずっと待っていたんです」
「私のような…?」
頷き、虎白を優しく見守る。
「えぇ。サッカーが大好きで、フィフスセクターに革命を起こす、風になれるような存在をね」
虎白が予想もしていない真実に圧倒されている中、坂本は伝えるべきことを口にする。
「これから、強力な助っ人が白恋中に訪れます。その人が、あなたたちを導いてくれるでしょう」
「助っ人…?」
虎白の質問には答えず、坂本は真剣な顔になる。虎白は、その雰囲気に自然と背筋を伸ばし、次の言葉を待った。
「あのときのように、一人で戦おうとしてはいけない」
それが、練習試合で仲間を信じなかったことだと、言われずとも分かった。
「あなたが、その人を信じ、仲間を信じ、サッカーを信じれば、きっと望む方向に進むことができるでしょう」
それは、先の見えない道かもしれない。また、挫折を味わうかもしれない。
「雪守虎白さん。あなたならきっと、このサッカー界に革命を起こすことができます」
けれど、自分を信じてくれる人がいる。今のサッカーを変えたいと思ってくれる人たちがいる。
「本当のサッカーを取り戻したとき、また会いましょう」
それだけで、虎白は自分のサッカーを諦めずにいられると信じられた。
「私はそれを楽しみに…そうですね。温泉巡りでもして待っていますよ」
そう最後に笑いながら言い残し、坂本は白恋中を去っていく。
「監督…ありがとうございました!!」
虎白は、その背中が見えなくなった後も、ずっと頭を下げ続けた。
夜遅く、人目のつかない公園で二つの人影が動いていた。
「──まさか、あなたに来ていただけるなんて思いませんでした」
喜ばしそうに深々と話すその声の持ち主は、白恋中を追放された坂本だった。
「これで、白恋中はもっと強くなりますよ」
そして、もう一つの影が動く。古びた電灯に照らされ、坂本が密会していた相手──『吹雪士郎』の姿がはっきりと表れる。
「ご期待にそえるようがんばります」
その端正な顔には、覚悟を決めた強い意思が宿っていた。