上空でジェット機が隊列を組み、カラースモークを出しながら、五色ラインを描いて空中飛行をする。
始まりを告げるラッパの音が会場に響いた。
『中学サッカーの頂点を決めるホーリーロード、ついに開幕!』
それを皮切りに、複数の楽器の音が鳴り響き、会場は賑やかになる。
『北海道地区予選の参加チームが続々と入場しています』
フィフスセクターの人間が旗を持って先頭を行進し、それに続くように選手たちも後ろを歩く。
『勝者は全国大会への出場権利を手にします』
各チーム二列に並んで、整列する。11人しかいない白恋中の列は、他のチームと比べて浮いて見える。
「監督は、本当に勝つつもりなんでしょうか…?」
「だとしたら、どうかしてるぞ」
これから始まる試合の行方を、不安そうに呟く洞爺。日高もそれに同意する。
「監督が何と言おうと、オレたちはフィフスセクターの指示通りやりましょう」
「そうだな」
白咲がいつも通り誘導し、虎白と雪村の二人以外は、服従の意思を固める。
「……」
センパイたちが負けるつもりでいることに、もはや慣れてしまった虎白は、その会話を聞き流す。今は何を言っても考えを変えてはくれないだろう。
大事なのは、試合に勝っていくこと。吹雪が言うには、雪村と力を合わせろとのことだったが…。
隣に並んでいる雪村を横目で見やるも、退屈そうに開会式が終わるのを待っており、特に意気込むということもしていなかった。
その器の大きさは賞賛に値するのだが、チームメイトとしては心配になり、小さく溜め息をつく。
「私一人でも何とかしないと…」
負けたくないと、虎白はマフラーを強く握り、そう呟いた。
『ホーリーロード北海道地区予選第一戦! 白恋中対、宝鮮中! 優勝を目指すには、まずこの一戦から!』
ホーリーロードは単にサッカー日本一を決める大会ではない。少年サッカーの指導者、『聖帝』を選ぶ選挙でもある。
聖帝というのは、フィフスセクターの頂点に位置する者の称号で、聖帝となった者はサッカーを支配したも同然の権力を得ると噂されている。
そして、多数の学校が支持するのは、現総帥である『イシドシュウジ』だ。
そして、そのイシドが聖帝であり続けられるよう、試合はフィフスセクターの指示通り進められなくてはならない。
『さぁ昨年、全国大会に出場した白恋と、名門宝鮮! 栄光のロードへと駒を進めるのはどっちだ!? おなじみ、角間香がお伝えします!』
まとまりを欠いたまま、白恋中サッカー部は遂にホーリーロード一回戦を迎える。お互いにフィールドのセンターラインに沿って整列して向き合う。
「礼!」
「「よろしくお願いします」」
宝鮮中のキャプテン、
「いやいや、初戦敗退とは気の毒だなぁ」
「っ…」
「ま、白恋中のみなさん、試合が盛り下がらないよう、せいぜい上手に負けてくださいよ」
続け様に、他の選手たちも白恋中を煽り立てる。その一人が虎白を指差し、バカにするような声で話す。
「見てみろよ白恋中のヤツら、女子がスタメン入りしてるぜ?」
「フィフスに逆らったから、3年は辞めさせられたって聞いたぞ」
「おいおい! じゃあ、まともなメンツが残ってなくて、数合わせにマネージャーでも出してるってのか?」
耳障りな笑い声を出す宝鮮中。それを聞いた虎白の顔から表情が消え失せ、その瞳は冷たくなっていく。
両チームが、それぞれのポジションにつく。虎白の位置からは、エースナンバーである10番を背負った雪村の背中が見える。
『な、なんと!? 白恋中は、前回の練習試合と違い、メンバーを大きく変えてきました! これにはいったいどういう意味があるんだァ!?』
フォーメーションはFWを雪村のみに配置したワントップ。虎白はゴール前のセンターバックでDFとして相手を食い止め、ボールを雪村に送り、その雪村がゴールを決めるというシンプルなもの。
『新体制で挑む白恋中。今回はどんな試合を見せてくれるのでしょう。さぁ、キックオフです!』
天海が味方にパスを出して走り出す。天海からボールを受け取ったMFがドリブルで攻め上がってきた。
「ほらほら、退きなって!」
勝敗指示を盾に、苦悩する白恋中を踏みにじるように命令し、動きの固い1年生たちを通り過ぎる。
『ああっと!? 白恋中、緊張しているのか、宝鮮中の動きにまったくついていけない!』
「なるほどね…」
後方から見守っていた虎白が呟く。センパイたちがカバーに入れそうな場面もあったのに、積極的に動く気配もなかった。
それは、単に負けるためだけではなく、勝敗指示を遵守している姿勢を見せつけて、白恋中に対するフィフスセクターの印象を回復しようという企みなのだろう。
「あとは…雪村くんだけが頼りか」
雪村は、敵陣に入り込んで、虎白からのパスを待つように、こちらを見ている。この試合、虎白が止められなければ、確実に点が入る。
つまり、虎白は最後の砦なのだ。
白恋中のディフェンスをあっという間に突破し、宝鮮中の選手がパスを出す。
「天海!」
ボールを受け取った天海が、ゴール前に立っている虎白に命令する。
「ジャマだ、退けよ」
虎白がそれに答えるように僅かに身体をズラすと、天海は満足そうに笑ってドリブルで駆け抜けていこうとする。
「それでいいんだよ!」
しかし、両者がすれ違う瞬間、虎白がボールのみを的確に刈り取るように足で奪う。
「何!?」
突然、ボールを蹴る感覚がなくなった天海が、後ろを振り返り、ボールを持っている虎白の姿を捉える。
『出たァ! 雪守のハイスピードディフェンスだァ!』
虎白がボールを奪ったことで、宝鮮中から呆れ混じりに文句が飛んでくる。その誰もが、油断した天海からマグレでボールを奪ったと思っている。
「おいおい、ここで1点入れさせる方が、得策なんじゃないのかよ?」
「雪守…」
白恋中からも、また同じことを繰り返すつもりなのかと、不安そうに虎白を見る目がある。
「どういうつもりだ、お前」
暗に、フィフスセクターに逆らうつもりなのかと、問いかける天海。
先ほどの交戦で、虎白の力の一端を感じ取ったのか、余裕の笑みは消えており、天海と虎白が睨み合う。
「私は本気で勝ちに行く。キミたちの好きにはさせない」
虎白はフィールドを見渡す。ここで雪村にパスを出せば、得点のチャンスかもしれない。それでも、まだ希望を捨てたくない。
「北厳センパイ!」
虎白が北厳にパスを出す。一瞬、驚いた顔をするも、すぐに、期待には応えられないというような暗い顔になる。そんな北厳に、宝鮮中の選手が近寄り、気安く声をかける。
「それもらうよ!」
「…くっ!」
悔しそうな顔で、ミスを装ってボールを敵チームに渡す北厳。
『おおっと、トラップミス! ボールは宝鮮中に奪われた!』
わざと弾かれたボールを、さも偶然のように奪い、すぐに天海にパスを出す。
天海と虎白が、再度睨み合った。
「もう一度だけ言う。退け」
「キミじゃ、何度やっても同じだよ」
その押し問答に飽きた天海が、強引に突破しようと、虎白に向かってくる。
「女だからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「そんなことは関係ない!」
虎白が、両腕を広げて助走をつける。両手を交差させながら、スピンをするように空へと飛び上がる。
「──アイスグランド!」
つま先から着地した衝撃が、氷の刃となって天海へと襲いかかり、氷塊に閉じ込める。雪風が運んできたボールを、上半身でキープしながら氷の上を滑る。
「バカなっ!? この俺からボールを奪っただと!?」
「アイツ、ただの数合わせじゃなかったのか!?」
必殺技を繰り出してまで止めた虎白に、それを喰らった天海も、宝鮮中のメンバーも驚きを隠せずにいた。
「反撃開始だよ。──雪村くん!」
意表を突かれた宝鮮中の目を盗み、ボールを強く蹴って、雪村にパスを出す。それは、放物線こそ描いているものの、速く正確な完璧なパスだった。
『雪守から雪村への強烈なロングパス! 白恋中、絶好のシュートチャンスだァ!!』
雪村がロングパスを受け取り、ゴールに向かってドリブルをしていく。反応の遅れた宝鮮中は、雪村に追いつくことができない。
「はあああーーっ!!」
雪村が勢いに任せた力強いシュートを、ゴール目掛けて撃ち放つ。
そのシュートを真正面から構えていた宝鮮中のキーパーが必殺技で迎え撃った。
「あまいぞ! ──フィッシングネット!」
キーパーが腕を振るうと、雪村の放ったシュートに網がかかった。まるで捕らえられた魚のようにボールが暴れ、威力が落ち始めたところをキーパーが網を手繰り寄せ、両腕で抱えるようにキャッチする。
『雪村渾身のシュートが防がれてしまったァ!?』
「フッ! 生温いシュートだ」
キーパーが挑発するように嘲ると、雪村が悔しさに顔を歪め、キーパーを睨みつける。
「クソッ…! 次はもっと強いシュートを喰らわせてやる!」
そして雪村同様、一部始終を見ていた虎白も苦い顔をして、嘆くように呟いた。
「タイミングは完璧だったのに…!」
二人だとどうしてもロングパスからドリブルまでの時間に、キーパーが身構えることができてしまう。
「もっとスピードがなきゃダメだ」
虎白の脳裏に過ぎる敗北の予感。この状況を打開できるとすれば──。
躊躇いがちにマフラーへと手を伸ばしかけたところで、横から大音量で吹雪が叫ぶ。
「二人とも落ち着くんだ! お互いを信じれば、きっと上手くいく!」
ベンチから二人を励ます声に、ハッとした虎白は、咄嗟にマフラーから手を遠ざけ、さっきまでの考えを振り払う。
一方、雪村は、吹雪の言葉に反吐が出るといった様子で、虎白と吹雪を冷たく一瞥する。
「信じるなんて無理に決まってる」
どうせ、みんな自分を裏切る。サッカーだけが、自分を裏切らない。それは雪村が知っている、この世界の真実だった。
「天海まで回せ!」
キーパーがDFにボールを投げる。さらに、MFがパスを受け取り、ドリブルで攻めていく。その選手を雪村が全力疾走で追いかける。
「負けが決まってるのに、なに頑張っちゃってんの?」
「オレは負けない!」
並走しながらもボールを奪おうとする雪村。
「バカだなぁ、おまえも。たった二人で俺たちに勝てるわけないじゃん。──天海!」
しかし、味方が誰もフォローに回らないため、簡単にパスを通され、ボールを受け取った天海が、ゆっくりとドリブルをする。
『キャプテン天海へとボールが渡ってしまったァ! 白恋中、このピンチを凌げるか!?』
天海と虎白の二人は、お互いに離れた位置で睨み合う。
「今度こそ退いてもらうぜ」
「ゴールは私が守る。誰にも点は入れさせない!」
「そうかよ!」
天海がドリブルで駆け出して、虎白との距離を詰める。しかし今度は、無理やり突破しようとはせず、ゴール前で止める。
『またもや雪守と天海の一騎討ちだァ!』
ちょうど、天海とゴールの直線上に、虎白が立っている。嗜虐的な笑みを浮かべた天海が、必殺技を繰り出した。
「少しだけ本気で相手をしてやるよ! ──バブルショット!」
天海がボールに何重かの泡を纏わせ、宙に浮かせる。そして、虎白を巻き込むような軌道で、思い切りシュートする。キックの衝撃が連鎖するように、次々と泡が弾けて威力を増していく。
「避けなきゃケガするぜ!」
自分の必殺技に絶対の自信があるのか、得意げに笑う天海。反対に、虎白はいつになく冷静な顔で正面を向く。
その瞳には、ボールの回転までもが鮮明に映っており、軌道のブレすらしっかりと捉えていた。
「見えた──」
虎白がその場で軸足を捻って一回転する。そして、飛んできた必殺シュートにタイミングを合わせて、遠心力を利用した足蹴りを喰らわせ、威力を完全に相殺した。
「なっ!?」
「何っ…!?」
これには、天海どころか、真後ろで見ていた白咲や他の選手たちも思わず声が出る。
『お、恐るべし雪守! 天海の必殺技を、いとも簡単に止めてしまったぞ!?』
必殺技をただの蹴りでブロックする。それは、二人の間に大きな実力差があるということだ。
「おまえ、何者なんだよ…」
徐々に目の前にいる少女の不気味さに気づいていく天海。その視線を受けて、薄く笑う虎白。
「私が何者かって?」
そう答えながらマフラーを触ると、静謐さが鳴りを潜め、獰猛な雰囲気を漂わせる。琥珀色の瞳を挑戦的に輝かせ、唇の端を吊り上げる。
「──オレは、白恋中のエースストライカー、雪守虎白だ!」
一瞬にして、天海の横をドリブルで通り過ぎる虎白。
「バカなっ!」
天海は、自分が反応することもできなかったことに驚く。マフラーをなびかせながら遠ざかっていく背中を凝視する。
「──どうやら、おまえにはアレを使うしかないらしいな…」
一度目は、ボールを奪った後は、雪村へとロングパスを出していた虎白だったが、今度は自ら攻め込んでいく。
「オラオラァ! さっきまでの威勢はどこいったんだァ!?」
『雪守! 敵陣内に切り込んでいきます! その速さはまさに、電光石火のドリブルだァ!』
ブロックをしようと二人のMFが立ちはだかるが、虎白の勢いを削ぐこともできずに蹴散らされる。
「うわあああッ!」
「なんてパワーだ!?」
「たった二人でオレが止まるわけねぇだろ!」
相手チームを挑発するように吼える虎白。その証拠に、どんどんとフィールドを駆け抜けていく。
『雪守、早くもゴール前です! シュートを撃つのは、果たしてどっちだァ!?』
そこには雪村の姿があり、前後から相手チームに追われている虎白よりも、よほど安全圏にいた。
「こっちだ!」
雪村がパスを求めるも、虎白がそれに応えることはせず、作戦も、吹雪の言葉をも無視するように独善的な行動に出る。
「おまえも勝ちたいんだろ!? なら、オレに任せればいいんだよ!!」
「おいっ!」
どんどん敵陣深く攻め込んでいく虎白。しかし、まともに動くのは、虎白と雪村の二人。守備を固めれば、突破するのは厳しくなる。
「オレにシュートを撃たせやがれ!」
ボールを奪おうとする相手がぞろぞろと増えていくことに、苛立ったように叫ぶ虎白。
雪村は、その姿を見て、吹雪の考えを否定するように呟く。
「…だから言っただろ。信じられるヤツなんていないんだ」
自分が必要とされていないことを痛感した雪村は、歩みを止めて虎白を冷めた目で見る。
「たった二人しかいないのに、仲間割れか」
動きを止めた雪村を視界から外し、虎白のみに集中するキーパー。しかし、気を緩めることはしない。
「全員でコイツの動きを止めろ!」
この女はタダ者ではない、全員がそう警戒した宝鮮中は、虎白を取り囲むようにして守りを固める。
『ああっと、雪守! 宝鮮中に囲まれてしまったァ! これは絶体絶命のピンチです!』
その絶望的な状況に、虎白はニヤッと笑う。
「来たな…! へっ…雪村っ!!」
「何っ!?」
反対方向にいる雪村に、鋭いセンタリングを上げる。ボールは綺麗に雪村の頭上へと飛んでいった。
「まさか、自分を囮にして…!?」
「戻れーッ!」
これは、虎白が仕組んだ罠だ。執拗に相手を挑発したのも、雪村への態度も、すべてはこの時のため。自分に、DFとキーパーの意識が偏り、守りが崩れる瞬間をずっと狙っていたのだ。
「おまえ…」
驚きに目を見張った雪村だったが、すぐに気を引き締め、自分へと上がったパスに集中する。
「おりゃあああーーーッ!!」
片足を踏み切って高くジャンプする。急いで雪村の方へと戻ろうとするキーパーをその瞳が捉え、がら空きになっているゴールを狙って、ボレーシュートをする。
「させるかーッ!」
必殺技を繰り出す間もなく、雪村のシュートに飛びつくキーパー。しかし、手に当てることも叶わずにゴールを許す。
『ゴォーール! ゴールです! 白恋中、雪村のシュートで先制点を決めましたァ!』
雪村が勝敗指示を無視して得点したことで、白恋中も宝鮮中も驚く。
「またやっちまった…」
「雪村のヤツ…!」
虎白に続いて雪村まで勝敗指示に逆らったことで、白恋中の雰囲気は暗くなる。
「良い連携プレーだったよ、二人とも!」
吹雪は、二人で協力してゴールを決めたことに、満足そうな笑みを浮かべる。
虎白が自分のポジションに戻ろうとすると、立ち止まっていた雪村から、すれ違い様に話しかけられる。
「オレはおまえを信じられなかった。そんなオレに、どうしてパスなんか上げたんだ」
雪村の瞳はいつになく真剣で、虎白も立ち止まってありのままを答える。
「私も、吹雪監督が何も言わなかったら、雪村くんを信じきれずに、自分でシュートしたと思う。だから、お互い様だよ」
本心を伝えて去っていく虎白。
雪村は、その背中を見つめる。
エースナンバーを背負っている自分より、何倍も頼りがいのある9番の背番号。
途端に、自分の背負っている10番が薄っぺらに、そして重くのしかかる。
「だけど、おまえはオレを信じたじゃないか…!」
雪村も頭の中では、雪守がシュートをした方が成功率が高いことは分かっていた。それでも、あの1点でも欲しい土壇場で、自分にパスをしてみせたのだ。
サッカープレーヤーとしての本能が、自分でシュートをした方が勝てると叫ばなかったはずがない。
きっと、自分がその立場になったとき、雪守を信じることはできなかっただろう。
自分と彼女との差を、まざまざと見せつけられたような気分になり、今までの人生で一番、悔しさが心を支配する。
しかしそれは、雪村が経験したことのない、ドロドロとした悔しさとは違う、どこか清々しさの残る悔しさだった。
「──どういうつもりだ」
宝鮮中の天海は、誰にも聞こえないような小声で呟く。彼は、宝鮮中のシードであり、同じシードの白咲や石に視線を送ると、二人は目だけで、無関係を訴えてくる。
「ふんっ」
どこまで本当かは分からないが、背を向けて、自分を待つチームメイトの下に向かう天海。
「バカなヤツらだねぇ」
「フィフスセクターに歯向かったらどうなるか、知らないわけじゃねぇだろうに」
白恋中を憐れむように嘲笑うチームメイト。同調するように、天海も不敵な笑みを浮かべる。
「では、俺たちも本気を出すとしようか。勝利を目指して」
侮っていた虎白との直接対決に負けた上、先制点を入れられたにも関わらず、宝鮮中には十分な余裕が感じられた。
不穏な空気が残ったまま、お互いにポジションにつく。
『──さぁ試合再開です!』
宝鮮中のボールから始まり、天海がドリブルで駆ける。そして、白恋中に向かって宣言をした。
「ここからは強引に行くぞ!」
宝鮮中の選手は、ほとんど動いていないセンパイや1年生たちにもタックルをして攻めていく。
「うわぁーっ!」
「氷里くん!」
不干渉を貫いているチームメイトにも、ラフプレーをしかけてくる宝鮮中を睨みつける虎白。
『宝鮮中の強引なドリブル! しかし、ホイッスルはなしだ! そして、ボールは天海に!』
ボールを持った天海が、虎白の下へと近づいてくる。その顔は、一度負けた人間だと思えないほど余裕のあるものだった。
それを少し不気味に思った虎白が探るような視線を向けると、天海が構えるような姿勢をとった。
「もうおまえごときじゃ、止められねぇぞ!」
「これは…っ!?」
天海の背中から黒い影が出現する。その気配に虎白が警戒していると、次第に形作っていき、ハッキリと具現化した。
「いでよ我が化身──海獣マーフォーク!」
上半身は男、下半身は魚の半魚人のような姿の化け物が、天海の背後に、まるで『マジン・ザ・ハンド』や『爆熱ストーム』の魔神のように佇んでいる。
「まさか、あれは…!?」
「化身!?」
北厳たち2年生が驚く。化身のことは彼らの耳にも届いていたが、実在しているとは思わなかった。
『な、なんと!? フィールドに現れたのは、サッカープレーヤーたちの間で噂される、あの化身なのかァ!?』
『化身』とは、人がつくりだす目には見えない気が極まったときに、その姿が形として現れたものだ。
「本当にいたのか、化身使い…!」
「都市伝説じゃなかったズラ…!?」
その存在感に圧倒される白恋中。天海が自分に向かってドリブルをしてくるのを察知した虎白は、真正面からぶつかり合う。
「はあああーーーッ!!!」
「化身に勝てるわけないんだよ!」
天海の化身が意思を持ったように動き、虎白を吹き飛ばす。そのパワーは、先ほどの天海とは比べ物にならない大きなものだった。
「うわあああーーーッ!」
予想外のパワーに、弾き飛ばされて転倒する虎白。すぐには立ち上がれず、上半身を起こして、天海を見る。
「おまえに、化身のシュートが止められるかな!」
ゴール前ががら空きになり、白咲が化身と対峙する。白咲はシードではあるが、化身使いではない。その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
化身の両手から、渦巻くような水が発生する。天海がボールを蹴るのと同時に、化身が渦巻きを放出し、水の竜巻のようなシュートが白咲を襲う。
「ぐっ…」
不幸にも真正面にシュートが飛んできたため、両手で受け止める形で対処することになる。
「ぐおおおーっ!」
段々とシュートの威力に押され、足の踏ん張りが利かなくなり、ボールごとゴールに叩き込まれる。
『決まったーッ! 同点! 宝鮮中同点です!キャプテン天海の放ったシュートが、白恋ゴールへと突き刺さったァ!』
「はぁ…はぁ…見たか…! これがおまえたちのような凡庸な存在とは違う、シードの力だ!」
虎白に勝ち誇るように、高笑いをする。しかし、天海は体力を酷く消耗したようで、その顔には疲労感が色濃く表れていた。
『ここで前半終了! 1-1の同点で、後半戦を迎えます!』
──ハーフタイムに突入し、白恋中の控え室では、多くの部員たちの空気が沈んでいた。
「あんなのがこの先もいたんじゃ、どうせ勝てっこないですよ」
「だよな…。シードを倒せなきゃ、監督の言う本当のサッカーなんて、夢のまた夢なんだから」
吹雪の登場、虎白と雪村の快進撃。それぞれの心に、僅かにでも芽吹いていた反逆の意思が完全に摘み取られる。
「白恋の敗北は決まっていた、ということですよ。まして、あの雪守さんでも適わないのですから。化身使いのいない白恋中ではお手上げです」
白咲がそう言ったとき、座って休憩していた虎白が突然、ガタッと立ち上がる。
部員たちは、白咲の発言が彼女の逆鱗に触れたのだと思い、固唾を呑んでその動向を見守る。
「おっと…。事実とは言え、気に障ることを言ってしまいましたね。謝罪します」
一触即発の空気の中、虎白が白咲の前へと移動する。白咲も、表面上は強がっているものの、内心では強く警戒していた。
「白咲くん、グローブを見せてくれる?」
「は…?」
急な要求に呆気にとられる部員たち。戸惑った白咲だが、隣に置いてあったグローブを、少し警戒しながら、「どうぞ…」と渡す。
「ありがとう。…へぇ、結構威力があったんだね」
恐らく、去年から替えていないのだろう。よく使い込まれており、努力の跡が見受けられる。そして、先ほどボールを受け止めたせいか、手のひらの辺りが摩擦で焦げていた。
「私のエターナルブリザードと、シードの化身シュート、どっちが強かった?」
「さぁ。そもそも、雪守さんの必殺技は受け止めてませんからね」
虎白は化身と戦ってから、ずっと不思議な感覚に陥っていた。負けて悔しいはずなのだが、それ以上に、強敵の存在に、どこかでワクワクしている自分がいた。
「だけど、両方を間近で見たのは白咲くんだけだよね。教えてくれない?」
「あのシュートを、最初から止める気なんてありませんでしたから。比較になりませんよ」
どちらが優れていたのかの明言は避け、あくまで答えをはぐらかす白咲。そんな白咲を責めることはなく、「そっか」と優しく微笑みかけて、グローブを返す。
「その割には、本気で止めようとしてた気がするけどね」
「誰だって、ボールが目の前に来たら、受け止めようと身構えます。勝敗指示に逆らうつもりは毛頭ないですよ」
仲間意思を持たれたら厄介だと思い、キッパリと反論する。
「そうかな? 普通は逃げるんじゃない?」
どれだけ言い逃れようと、しつこく食い下がってくる虎白に、段々と窮屈になり、白咲は答えるのを止める。
「なら、最後に教えて」
どこまでも落ち着いて、静かに語りかける。
「私とシード。どっちが強いと思う?」
「そ、それは…」
目を泳がせて、言い淀む白咲。それこそが虎白を認めている証拠であることは一目瞭然だった。
「よくそれで、勝てないなんて言えるね」
妖しく笑う虎白。その身も凍りつくような雰囲気に、ごくりと唾を飲み込み、どこか恐怖心を覚える部員たち。
決して怒っているわけではない。むしろご機嫌のようにも見えるのだが、それが逆に不気味だった。
「雪守、どこか体調でも悪いのかい?」
普段の虎白の言動と少し異なり、様子がおかしいと思った吹雪が声をかける。
「体調…? むしろ良いくらいですよ。私、どこか変でしょうか?」
本当に理解が及んでいない顔で、吹雪に聞き返す。自分自身でも分かるくらいに力が漲っているため、何故そんなことを聞かれるのか、虎白は不思議だった。
「…いや、ならいいんだ」
もう一人の雪守なら、チームメイトに圧をかけるような発言も頷ける。しかし、今は普段通りにも関わらず、強気な発言が多いため、吹雪には自我が安定していないように感じたのだ。
それが、何か良くないことが起こる前兆ではないのかと、不吉な予感を募らせる吹雪だった。
──ハーフタイムが終わり、全員がポジションにつく。
『ホーリーロード、地区予選初戦! 白恋中対、宝鮮中の後半戦! 白恋中のボールでキックオフです!』
白恋中からのボールで始まり、雪村が後ろにパスを出す。それを、すぐさま宝鮮中が奪い、天海へとパスをする。
「通さないよ」
虎白が天海の正面に立ち塞がる。そうすると、自分の内側から闘志と共に力が湧き上がってくるのを感じた。
「フッ。止められるかな、俺の化身が! ──出てこい、海獣マーフォーク!」
シードとしての力を誇示するように、天海の背中から黒い影が出現し、化身を具現化させる。
『出たぁ! 宝鮮中、天海の化身!いっきに勝負を決めるかぁ!?』
「はあああーっ!」
化身出現と同時に、立ち向かっていく虎白。そんな彼女を、獲物が自分からやってきた、と言わんばかりの笑みで天海は迎え撃った。
「やれ、マーフォーク!」
「ぐわあああーっ!」
化身のパワーで吹き飛ばされる虎白だが、今度は倒れることはせず、手をついて受け身をとり、すぐに立て直した。
「やるね…」
そう穏やかに呟きつつ、マフラーを触って人格を入れ替え、どこか嬉しそうに天海へと駆けていく。
「──やるじゃねぇか! 正直ナメてたぜ! こうじゃなけゃ面白くねぇ!」
ゴールに近づかれる前に、一瞬で距離を詰める虎白。天海は、焦ることなく化身で振り払おうとする。
「何度やっても同じだッ!」
「どうかなァ!?」
獰猛な笑みを浮かべた虎白が、自ら化身にぶつかっていく。
「吹っ飛ばされたくなきゃ、しっかり化身を出しとけよ…オラァ!」
「何っ!? コイツ、真っ向から!?」
虎白がボールを蹴ろうとするのを察知した天海が、蹴り飛ばされないように化身で対抗する。
「させるかあああーーッ!」
「うらァーーーッ!」
虎白と天海がボールを同時に蹴り合うと、その衝撃の余波が選手たちを襲う。
「ぐっ…! こっちにまで衝撃が…!?」
「なんてパワーなんだ…!」
二人の力は拮抗しているように見えたが、徐々に虎白の足がボールを、ぐぐぐ…と押し始める。
「ば、バカな…!?」
「化身の力ってのは、こんなもんかァ!?」
「ぐぅっ…ぐわあああーーーッ!?」
虎白のキック力に押し負け、天海は後ろに吹き飛ばされ、化身が消滅する。
蹴り上げられたボールが、虎白の足下へと落ちてくるのと同時に、ダンッとボールを踏む。その衝撃の結末に、全員が息を呑んだ。
『なんという強さだ雪守! あの化身をも圧倒してしまったぞ!?』
「あ、ありえない! 化身使いでもないおまえなんかに!?」
化身も、シードとしての誇りも打ち破られた天海は、青ざめた顔で後ずさる。
彼の目には、逆光で顔に影が落ち、琥珀色の瞳だけが、爛々と輝く
「何だその程度かよ。これならまだ、熊の方が張り合いあったぜ」
心底残念そうに溜め息をつく。天海との決着はついたが、今なお続いている虎白の疼きは全く満たされていない。
「他に化身使いはいねぇのかァ!?」
「ひぃ…!」
虎白がフィールドを見渡しながらドリブルをすると、蛇に睨まれた蛙のように、宝鮮中の選手たちの動きが止まる。化身を素のパワーで破る虎白に、完全に戦意を削がれていた。
「何だよ、コイツだけかァ!?」
虎白の渇ききっていた心に、化身という一滴の水が垂らされたことで、歯止めの利かない闘争心が解き放たれてしまった。
「こんなもんじゃ満足できねぇ! もっとオレを楽しませろォ!!」
悲痛な叫びのように吼える虎白。
今まで虎白は、その高い能力に反して競争相手に恵まれることがなかった。しかし今日、化身という自身と渡り合える存在に出会ってしまった。
化身が、虎白の内なる力と共鳴し、心の奥に眠る資質を呼び覚まそうとしている。
だからこそ、その糧となれる存在が必要不可欠であり、真剣勝負に飢えた心が、獲物を喰らえと叫び出す。
「やっと面白くなってきたところじゃねぇか。もう終わりなのかよ!?」
やり場のない闘争本能をぶつける相手がいない。その事実を認めることができなかった。
「ふざけんじゃねえええーーーッ!!!」
フィールドのほぼ中央から、相手キーパーに射抜くような視線を向ける。その殺気を感じ取ったキーパーが、一瞬にしてイヤな汗を浮かべる。
「エターナルブリザード…!」
片足を踏み込み、ボールと共に宙へと浮く。足の側面でボールを掠め、身体を背面に捻ると、着地と同時にボールが氷で覆われた。
「はああああーーーッ!!!」
低く構えた姿勢の重心を移動して踏み切り、左半身を軸に回転した勢いを乗せて氷塊をぐぐっと蹴り放つ。氷に閉じ込められていた回転が再始動し、風と冷気を切り裂くように鳴動する。
暴れ回るように軌道が荒々しく揺れ動き、かなりの距離があったにも関わらず、全く勢いが衰えることなく、キーパーに襲いかかる。
触れる間でもなく、強力なシュートだと分かったキーパーが、急いで必殺技を繰り出した。
「フィッシングネット!!!」
キーパーが腕を振るうと、虎白の放ったシュートに網がかかった。しかし、その威力は到底捕らえられるものではなく、暴れ回ったボールが網から飛び出し、キーパーごとゴールネットへと叩き込む。
「がはっ!?」
『ゴ、ゴーール! ほぼセンターラインから撃ってみせた雪守の必殺技が、見事に炸裂ッ! 宝鮮中を突き放しました!』
必殺技を撃って、ゴールを決めたにも関わらず、虎白の疼きは全く満たされていない。むしろ、精神的な飢餓状態が酷くなっているように感じた。
「もっとだ…!もっとオレに撃たせろォ!」
長年の特訓で蓄積された力や激情が、ここから解き放てと、虎白を突き動かす。糧になれる存在がいないのなら、身を削ってでも昂らせろと、内なる力に支配される。
そこからの試合は一方的であり、蹂躙とすら思える光景が繰り広げられていた。
「エターナルブリザード!」「エターナルブリザードッ!」「エターナル…ブリザードッ!」「エターナルブリザードッ!!」「エターナルブリザーーードッ!」「エターナルブリザァァァドッ!!」「エターナル……ブリザァァァド!!!」
スコアボードに表示された点数が、次々と増えていく。
「うおおおおおッ!!! エターナルブリザーーード!!!」
虎白がボールを奪っては必殺技を撃つ。それを止められる者はフィールドに誰一人としていなかった。
『あ、あっという間に得点は10-1です!』
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
必殺技の連打で、体力を激しく消耗した虎白が肩で息をする。発汗も異常なほどしており、顔色も悪いのだが、その瞳だけはギラギラと輝きを増している。
「お、おい…」
雪村は、前半戦で感じた眩しい姿とは大きくかけ離れている、今の虎白に違和感を覚え、どこか心配そうに声かける。
「まだだ…まだこんなもんじゃ足りねぇんだよ! もっと本気で…」
しかし、虎白には雪村の声が聞こえていないのか、うわ言のように闘争を求める。あと少しで何かが掴める、その矢先だった。
「オレは…私はっ…ぐっ…!?」
突然、頭を抑える虎白。内なる力を抑えきることができず、ついに、限界を迎えた。
「うわああああああッ!!!」
化身のオーラに酷似した黒い影が、虎白の全身から湧き出てくる。しかし、そのオーラは天海の比ではなく、内側から膨張するように増え続ける。
そのエネルギーが衝撃波となって、会場全体を襲う。選手たちや観客席からもたくさんの悲鳴が上がる。
『か、会場が揺れています! これは、いったい何が起こっているのでしょうか!?』
「ぐあああああああッ!!!」
当の本人は、完全に正気を失っており、苦痛に耐えるように大音量で叫んでいる。
「おい、しっかりしろッ!」
雪村が、その叫び声にかき消されないよう、さらに大きな声で呼びかけるが、何の反応も示さない。
「いけない!」
吹雪が衝撃波に耐えながら、虎白の状態と、その原因を見極めようとしていたが、虎白の体からとめどなく力が溢れ出しているのに気付き、顔色を変える。
このままでは、抑えきれないエネルギーが爆発を起こし、会場は大惨事になるだろう。
「ああああァァァーーッ!!!」
自分が危険な状態にあることも知らず、制御しれない力を本能のまま解放しようとする虎白。
「このままでは…!」
もはや、一刻の猶予もないため、吹雪は、一か八かの賭けに出る。
「雪村っ!雪守のマフラーを外すんだ!」
自分では間に合わないため、最も近くにいた雪村に大声で指示を飛ばす。それは、吹雪にとっても雪村を危険に晒す、苦渋の決断であった。
それを聞いた雪村が、中心地である虎白に近寄る。衝撃に吹き飛ばされないように、じりじりと歩みを進め、マフラーに手を伸ばす。
「くっ…! これでいいのか!?」
雪村は、指示通りに虎白のマフラーを引っ張り、首元から取り上げて、吹雪にも見えるように掲げる。
「ッ──!」
すると、徐々に力の奔流と叫び声が止んでいき、虎白を覆っていた黒い影が消滅する。
「戻った…のか?」
「はっ…はっ…はっ…!」
糸が切れた操り人形のように座り込み、浅く呼吸をする虎白。その姿を見て、吹雪が安堵の溜め息を漏らす。
「間一髪か…」
雪守の暴走。それは恐らく、化身に共鳴した普段の雪守と、もう一人の力が、無理やり表に出てこようした弊害だったのだろう。
ハーフタイムなどで前兆はあったものの、絶対の保証はなかったため、賭けにはなってしまったが、無事に終わってよかった。
虎白が正気を取り戻したのと同時に、ホイッスルが鳴り響く。
『こ、ここでホイッスル! あ、圧倒的! 雪守が驚異の連続得点で、白恋中、一回戦突破です!』
ありえない展開の連続で、どこに驚いたらいいのか、思考が追いつかない白恋中。
「ほ、本当に勝っちゃったズラ…」
「しかもホーリーロードの地区予選。今度ばかりは言い逃れできないぞ」
だが、未だに現実味がないのか、二人にそれほど恐怖心はなかった。なにより、虎白なら本当にホーリーロード優勝を成し遂げてしまうかもしれないという予感があった。
「何ということだ…」
やはり、自分の見立ては間違いではなかった。雪守虎白は、化身使いのシードすら圧倒するポテンシャルを秘めている。白咲はそう確信した。
「すぐに聖帝に報告しなくては」