イナズマイレブンGO ブリザード   作:アロイ

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第7話 雪村の必殺技!

 

「はぁ…」

 

 早朝。人も疎らな教室で、窓辺の席に座った虎白が、頬杖をつきながら、憂鬱そうな表情で溜め息をついていた。

 

 窓の外に視線を向けると、グラウンドでは、朝練に励む運動部の姿がある。それを羨ましそうに見た後、今度は深い溜め息をつく。

 

「特訓、したいなぁ…」

 

 虎白は退屈していた。いつもなら、サッカー部で朝練を行っている時間であり、本来なら虎白もそれに参加しているのだが、今朝は事情が異なり、不参加を強制されたのだ。

 

「はぁ…」

 

 何度目か分からない溜め息をついて、今朝のことを思い出す。

 

 

 ──ホーリーロード1回戦を勝ち抜き、次の試合に備えて練習をするため、虎白は意気揚々と白恋中へ向かっていた。

 

 ただ、そのためだけではなく新たな力の予感に心躍らせ、いち早く把握するための特訓をしたいという思惑も持っていた。

 

 しかし、サッカー部に到着した虎白が、吹雪から告げられたのは、衝撃の内容だった。

 

「──特訓、禁止…?」

「そうだ」

 

 呆然と見上げることしかできない虎白を、厳しい顔で見つめる吹雪。

 

「ど、どうしてですか!?」

「それはキミ自身が一番よく分かっているんじゃないのかい?」

 

 吹雪の言う通り、身に覚えのある虎白は言葉を詰まらせるが、一度冷静になって言葉を重ねる。

 

「暴走したことは謝ります。でも、あの力は危険なものなんかじゃないと、私には分かるんです。だから、練習に参加させて下さい」

 

 虎白は、試合終了後に吹雪から正気を失っていたときのことを聞いた。原因は不明だが、自我を失ったことで、内なる力を制御しきれずに大勢を危険に晒した、と。

 

 吹雪は原因が不明だと濁していたが、それが、あのシードから感じた化身に近いものだという感覚が虎白にはあった。

 

「今のキミに必要なのは休息だ。しっかり、心と体を休めるんだ」

 

 吹雪の言いたいことも理解はできる。暴走状態になった自分を案じてくれるのもありがたいことだ。だが、虎白の望みとは異なっていた。

 

「それじゃダメなんです! この力を使いこなすためにも、もっと特訓をしたいんです!」

「ダメだ。2回戦までの二日間、特訓はおろか、ボールに触れることも禁止する」

 

 せっかく掴みかけた化身の感覚が薄くなってしまう。虎白には、それがとても恐ろしいことのように思え、どうしても焦ってしまう。

 

「私が化身を使えるようになれば、白恋中のためになるはずです…! 」

 

 必死の訴えも虚しく、吹雪は意見を翻すことなく、冷静に諭す。

 

「もし雪守が化身を使えるようになったとして、今のキミでは、この先も白恋が勝ち上がることはできないと、僕は思っている」

 

 暖簾に腕押し。今の吹雪の考えを覆すことができないことを、虎白は悟る。顔を俯かせ、吹雪にもう一度だけ確認をした。

 

「どうしてもですか…」

 

 答えは変わらないようで、背を向けて離れていく吹雪。その間際に、小さく呟いた。

 

「その力とよく向き合うんだ」

 

 

 ──こうして、朝練に参加することなく、暇を持て余しているというわけだ。

 

 前の試合で暴走したのは反省してる。だが、それは力のせいではなく、自分がサッカープレーヤーとして未熟だからだと虎白は考えていた。

 それをコントロールするためには、休息だけでは不十分であり、特訓が必要だと分からない吹雪でもないだろう。

 

 つまり、この指示にはイナズマイレブンの監督特有の裏の意味があるはずなのだが、今回は少々事情が異なっている。

 

 今の虎白の状況には、ビッグウェイブス戦が類似するだろうが、あれは久遠監督からの隠された特訓指示だった。しかし今回は、ボールに触れるなとまで言われている。

 

 そんな状態でサッカーの特訓が成立するとは思えない。付け加えるなら、暴走した虎白に謹慎を命じても何ら不自然ではない。

 

「本当に休むだけなのかなぁ…」

 

 吹雪の真意が読めず、ただただ溜め息をつく虎白だった。

 

 

 

 ──虎白が教室で落ち込んでいる頃。

 

 しばらく練習に打ち込んでいた雪村が、吹雪の指示で小休憩に入っていた。

 普段なら、虎白と吹雪が話したりしているのだが、今は沈黙が二人の間を流れている。雪村が好んで人と話す性格ではないことが分かっているため、吹雪も無理に話しかけたりはしない。

 

 しかし、今日は違っていた。

 

「どうしてアイツにあんなこと言ったんだ」

 

 そっぽを向きながら、唐突に話を切り出す雪村。珍しく雪村の方から話を振られた吹雪は、すぐには反応できずにいた。

 

「アイツを認めるのは癪だけど、雪守が化身を使いこなせれば、白恋中はもっと強くなる。そうすれば、フィフスセクターだって倒せるんじゃないのか」

 

 返答をもらう前に、自分の考えを一方的に話す。吹雪は雪村の様子を探るために視線を向けたが、後ろ姿しか見えなかった。

 

「そうだね。僕もそう思ってる」

 

 その矛盾した吹雪の答えに、今度は雪村が視線を向ける。そして、ポツポツと自分の考えを呟いた。

 

「…オレはアンタを信じてない。でも、アイツはきっとアンタを信じてる。本人が望んでるなら、化身を使いこなす特訓をしてやればよかったじゃないか」

 

 雪村がそこに込めた思いは複雑なもので、虎白との差がこれ以上広がってほしくない、だけど吹雪に信頼を寄せる彼女には報われてほしい、というものだった。

 

「アンタも雪守も、本気でフィフスセクターを倒したいと思ってる。なら、強くなりたいって思うアイツの気持ちを裏切るのは可哀想だろ」

 

 雪村から見ても、今日の虎白は普段通りだった。だからこそ、特訓を禁止されたことで、志を共にする吹雪から信用されていないようで、傷付いたのではないかと心を重ねる。

 

 その思いを汲み取った吹雪が、雪村に聞かせるように独り言を話す。

 

「今の彼女は、強大な力を前にして自分を見失っている」

 

 そこには、倒すべき相手に対して仲間の少ない現状への焦りも混ざっているのだろう。自分一人で何とかしなければいけないと思い込んでいる。

 

「化身は本来、あんな風に暴走することはないんだ。普通は力のコントロールよりも、化身になるほどの力を高める方が難しいくらいだからね」

 

 その理屈は雪村にも分かった。天海(あのシード)が自在にコントロールできて、雪守が暴走したのは、力の大きさが違っていたからだろう。そして、自分に化身が使えないのは、その溢れるほどの力がないからだということも。

 

「あの娘は、きっと幼い頃から無茶な特訓を繰り返してきた。だけど、それを使う場面がなかったんだろうね。自分が制御しきれないほどの力を、今更に自覚してしまった」

 

 だから、急に成長したように錯覚し、その力が衰えることを恐れている。その不安がある内は、安定した化身コントロールはできないだろう。

 

 恐らく、雪守の化身が目覚めるのは、白恋中が一致団結したときだろうという予感が吹雪にはあった。

 

 話が一段落して、吹雪は雪村の方を見ながら軽く微笑んだ。

 

「キミたちはどこか似ている」

「オレが、アイツと…?」

 

 そう言われた雪村は、どこか嫌そうな声で聞き返す。いつもなら苦笑するところだが、吹雪は真剣な顔で話す。

 

「うん。二人とも自分の力を周囲に認めさせたい、誰にも負けない力が欲しいと思っている」

 

 そして恐らくは、どちらも自己の諦観を天秤にかけているところも。吹雪には、二人のサッカーの有り様に、自分なんてどうなってもいいという根底がある気がしていた。そういった感情も、暴走したことに起因するだろう。

 

「今の雪守には、休息が必要なんだ」

 

 急がば回れ。力を蓄えることはさせず、力に馴染む時間を強制的につくらせる。それが指導者である吹雪にとっての、最良の選択だった。

 

「化身を使いこなせるようになるためにもね」

「えっ…?」

 

 反対しているように見えた吹雪が、その裏では準備を進めていたことを知り、雪村は固まった。

 

 

 

 ──放課後になり、チャイムが鳴り響いた。

 

 いつもなら一目散に部活へと足を運ぶ虎白だが、今日は教室に残っている。今朝同様に、頬杖をつき窓の外を眺めていた。

 

 そんな虎白の様子を窺うように、数人のクラスメイトたちはヒソヒソと内緒話をしていた。

 

「今日はどうしたんだろうね、雪守さん」

「朝からずっとあんな感じらしいよ。教室にも一番乗りだったって」

「サッカー部で何かあったとか?」

 

 虎白がサッカー部に在籍していること、その熱中具合を把握している女子たちには、不調の原因に心当たりがあった。

 

「でも、雪村くんは朝練してたよね?」

「あのカッコイイ監督と一緒にね」

「じゃあ違うのかな」

 

 教室に残っている男女共に、異様な雰囲気の虎白を意識しているのだが、誰も話しかけに行ったりはしない。

 

 虎白は、そのルックスに人当たりの良さ、運動神経抜群で成績優秀なので、男女共に人気があるのだが、どことなくミステリアスな雰囲気で、仲良くなりたいと思っていても、近寄り難い存在なのだ。

 

 雪村も、ルックスだけなら人気はあるのだが、男女問わずキツい態度で接しているため、苦手に思う者も少なくない。しかし、そこがいいという熱心なファンもいる。

 

 しばらく教室に残っていた彼女たちだったが、キリのいいところで雑談を打ち切り、通学鞄を持って席を立つ。

 

「今日どこか寄ってく?」

「あそこ行きたい! 駅前にできたあの店!」

「行こ行こー!」

 

 賑やかに教室から出ていこうとすると──。

 

「ねぇ」

 

 その鈴を転がすような声一つで、騒がしかった教室が静寂に包まれる。

 

「私もついていっていい?」

 

 虎白は、どうせ特訓できないなら、気分転換に誰かと遊ぼうと軽い気持ちで声をかけたのだが、急に憧れのクラスメイトに話しかけられた彼女たちは、すぐに返事をすることができず、口をはくはくと動かすだけだった。その様子に、虎白は眉を下げる。

 

「ダメだったかな?」

 

 その哀し気な瞳を見て、断ってはいけないと本能で感じたクラスメイトたちが、何度も首を振る。

 

「だ、大丈夫です! ねっ!?」

「う、うん!」

「むしろ歓迎っていうか…!」

 

 顔を見合わせて、落ち着きなく同調する。とにかく、目の前の彼女を受け入れなくては、という思いでいっぱいだった。

 

「ありがと」

 

 柔らかく微笑む虎白に、教室に残っていたクラスメイトたちの心は見事に射抜かれた。

 

 

 ──虎白がクラスメイトと遊んでいる頃。

 

 雪村は一人でシュート練習をしていた。吹雪は今、校長室に呼ばれているので、指導者がいないのだが、雪村にとっては自分のやりたいことに専念できて、逆に好都合だった。

 

 雪村は焦っていた。化身をコントロールする準備を進めている虎白に対し、化身の気配さえ感じない自分では、彼女と肩を並べることもできない。

 

 だから、この前の試合を経て、自分に足りないものを授業中もずっと考えていた。そして、一つの結論に至る。それは──。

 

「オレだけの必殺技…!」

 

 自分と彼女との一番の差、それは必殺技の有無だ。最初のシュートチャンス、自分に必殺技さえあれば、雪守の手を借りることなく得点を入れられた。

 

「はあああーーーっ!」

 

 大きく叫びながら渾身の力でボールを蹴る。しかし、それは雪村の目標とするイメージからは、ほど遠いものだった。

 

「くそっ…!」

 

 膝に手をつき、呼吸を整える雪村。肉体的な疲労はそれほどではないが、理想と現実とのギャップによる落胆の影響が大きい。

 

「今日はいつもより熱心だね」

 

 用事を済ませて戻ってきた吹雪が、気迫を漂わせる雪村を見て、思わず声をかけた。

 

「スゴいシュートだったよ」

 

 吹雪が本心から褒めるが、今の雪村には届かなかった。抑えきれない悔しさが滲んだ声で呟く。

 

「だけど、アイツにはぜんぜん敵わない…!」

 

 吹雪が、雪村の目標としている人物を察する。そして、雪村が変わり始めているということも。

 

「このままじゃダメだ。このままじゃ、オレは先へは進めない」

 

 未だに敵愾心は残っているが、虎白を見ようとしている。それは、敵としてではなく、味方として虎白を見たときに生じた雪村の感情だった。

 

「どれだけ練習したら、あんなに強くなるんだ」

 

 吹雪は、雪村に成長の兆しを感じていた。しかし、一人で抱え込むタイプの雪村は、遠い目標に心が折れてしまうかもしれないと危ぶむ。

 

「雪守を目指す必要はない。キミはキミだけの強さを手に入れるんだ」

 

 誰かと比べたり、誰かになろうとしても、辛いだけだと、吹雪は知っている。

 

「雪守にだって、できることとできないことがある。そうすれば、自ずと答えは見えてくる」

「そうなのかな…」

 

 吹雪の言葉は届いているが、弱気な態度が抜けきらない雪村。それだけの絶望が、心を蝕んでいるのだろう。

 

「アイツのエターナルブリザードを見て、オレなんて必要ないんじゃないかって思った。雪守が化身を使えるようになったら、本当にオレなんて…」

 

 顔を俯かせ、打ちひしがれている雪村を見て、吹雪は自分の過去を語る。

 

「僕もキミくらいの頃、自分なんていらないんだって思ってた」

 

 予想外の言葉を聞いて、雪村が弾かれたように顔を上げる。雪村にとって吹雪は、今もプロ選手として活躍する雲の上の存在。そんな人間に、自分と同じ悩みを抱えていた時期があるなんて思いもしなかった。

 

「アンタも…?」

「うん。だけど、自分一人で戦ってるんじゃない。みんなで戦っているんだって思ったら、すごく気が楽になった」

 

 それは、家族が遺してくれた言葉であり、仲間たちが気付かせてくれた、とても大切なことだった。

 

「キミの力も、雪守の力も、決して別のものなんかじゃない。全部引っくるめて、大きな一つの力になるんだ」

 

 雪村は、吹雪の力強い瞳を直視しながら、真剣に耳を傾けている。

 

「雪守の力も、キミの力となって背中を押してくれるはずだよ。そして、今度はキミが雪守の背中を押すんだ」

 

 吹雪の実感のこもった話が、雪村の心にすっと染み込んでくる。他人も自分も一つの力でしかない。そんなことは考えたこともなかった。

 

 チームメイトであっても敵で、信じられるのは自分の力だけだった。だけど、そんな仕切りは元々ないのだと言われ、自分の中にあった靄のようなものが晴れていく。

 

 思い出すのは、昨日の試合。必殺技のない自分は、雪守のパスで助けられた。あのとき、確かに彼女の力が自分の支えになって、一つの力になっていた感覚があった。

 

 あのときのように、今度は自分が雪守の支えとなる。それは、まだ雪村には想像が及ばないことで、小さく芽生えただけのものだったが、今日この日が、雪村にとって大きな転換点となった。

 

 

 

 ──同日。

 

 蕗ノ下中サッカー部では、2回戦で当たる白恋中との試合に向けて練習を行っていた。

 

 休憩時間となり、噂好きの部員が鼻息荒く、同じ2年生で固まっている集団へと駆け寄っていった。

 

「なぁ、知ってるか。白恋中の噂」

「知ってるよ。フィフスに逆らったから、3年生が全員辞めさせられたってやつだろ?」

 

 今、白恋中がフィフスセクターに逆らっていることは、同じ地区にいる中学には周知されている。それを阻止するために、蕗ノ下中のシードたちも躍起になっている。

 

「そっちじゃなくて、もっとヤバイ噂の方だよ!」

「はぁ?」

 

 フィフスセクターに逆らったことより、話題性のある噂が、白恋中にあると思えない2年生たちは、訳が分からないという視線を向けた。

 

「白恋中の女子選手が、一人で10点入れたらしい、って噂だ」

 

 多少の誇張があるが、虎白のアシストで獲得した得点なので、大きく間違ってはいない。

 それを聞いた2年生たちから失笑が漏れる。

 

「そんなのウソに決まってるだろ?」

「ウソじゃないかもしれないんだって! 実際に白恋中は10点とってるじゃないか!」

「大方、フィフスのルール変更が正しいってゴリ押すために、点をとらせてもらったんだろ。フィフスがやりそうなことだ」

 

 噂の真偽はどうでもいいのだが、自分の持っている情報の信憑性を疑われたことにムキになる。

 

「じゃあ、なんで今回の勝敗指示はおれたちの勝ちなんだよ。それに、3年生を辞めさせたのと辻褄が合わないじゃないか」

「そ、それは…」

「ほらな!」

 

 これ以上付き合うのも面倒だと思い、納得したフリをしてこの話を終わらせようとする。

 

「分かった、分かった! それで、そいつの名前は?」

「ええっと。確か…雪守虎白、だったかな…?」

 

 その名前を口に出した時、ガシャンという耳障りな音が響き、話していた2年生たちが一斉に振り向いた。

 その視線の先には、手が震えている1年生の姿があり、足下にはカラーコーンが散らばっていた。

 

「あーあ、何やってんだよ…ったく」

「さ…さっき、雪守虎白って言いました!?」

 

 声をかけた2年生に、言葉を被せるようにして、噂に食いついてくるのを見て、2年生たちが顔を見合わせる。

 

「それが何だよ。知り合いなのか?」

 

 軽い気持ちで聞くと、1年生が何度も頷いた。

 

「お、おれ、雪守をジュニアチームの練習試合で、一度だけ見たことがあるんです」

 

 そう切り出す1年生の顔色は青ざめており、ひどい怯えようだった。

 

「そのときはベンチで観戦してて、雪守は女だからっていうのもあって、すごく目立ってたんです」

 

 その1年生と、虎白がいたチームとは公式戦で何度か当たっていたが、虎白は出場することができなかった。しかし実力で言えば一番だったため、その日はスタメン入りしていたのだ。

 

「しかも、プレーも上手くて、スゴいディフェンダーがいるんだなって思ってたんですけど…」

 

 そんな虎白は、知らない人から見れば、お遊びで参加してるように見えたのだろう。

 

「こっちのチームのおじさんたちが、女子に負けるなとか、女子のポジションが狙い目だとか、ふざけて囃し立てたんです。監督も時代錯誤な人で、女子にボールを奪われ続けてることでチームのメンバーを怒ったんです」

 

 当然、それは虎白にも聞こえていた。自身の努力を貶められ、女というだけで侮られる。

 屈辱を感じながらも、そう言われることには慣れていたため、無視していた。

 

「それで雪守にブロックされたヤツが、女のくせに…って悪態をついたんです。そしたら──」

『私が女だから負けを認めないのか…? おまえたちは私より努力してきたのか!? 私よりサッカーが好きなのか!?』

 

 虎白は、小学生時代から圧倒的な強さで同世代を寄せ付けず、常に妬み嫉みに晒されてきた。

 そのくだらない悪意から自分を守るために、プライドを張り詰め倒した。高みを目指し、誰にも負けず、自分の力を認めさせた。

 

 それでも、限界というものがある。長年積み重ったストレスが、ついに崩壊を迎えた。

 

『オレの全力を見せてやるよ!』

「──人が変わったみたいに、激しいプレイスタイルで攻め込んできて、結局ディフェンスもキーパーも、フィールドの誰もアイツを止められなくて、たった一人に20点取られたんです」

 

 まるで、恐ろしい怪談を聞いたかのように、2年生たちが、ごくりと唾を飲み込む。

 

「雪守を知ってるやつらは皆、フィフスのルール変更は、あいつを出場させるためなんじゃないかって、思ってるんですよ」

「はぁ? それじゃあ、そいつはシードと同じくらい強いってことじゃねぇか」

 

 本人は、半ば茶化す勢いで言ったのだが、それを聞いた1年生は、真剣な顔で頷く。

 

「はい…。センパイたちも注意しておいた方がいいですよ。アイツの強さは異常です」

 

 シードと同等だと真面目な顔で忠告してくるのを見て、多くの2年生たちが沈黙する。

 

「噂は本当だったのか…!」

 

 しかし、この噂話を持ってきた当人だけは、一人で舞い上がっていた。

 

 

 ──クラスメイトと放課後を満喫した虎白は、家に帰ってきた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。珍しいわね、こんなに早く帰ってくるなんて」

 

 虎白の母親が、娘の珍しい行動に目を丸くして話しかける。普段なら部活中であり、休日も特訓に出掛けているので当然だろう。

 

「ちょっとね」

 

 そう曖昧に答えて虎白は階段を上っていく。特に、体力を使ったわけでもないのに、その足取りは重かった。

 

 誰かと遊ぶなんて久しぶりで、良い気分転換にはなった。それでも、特訓をしていないと、自分はこのままでもいいのかと、不安になってしまう。

 

 自分の部屋に入り、荷物を下ろすと、自然と溜め息をついてしまった。

 

「力に向き合え、か…」

 

 虎白は、朝に吹雪から言われた言葉がずっと引っかかっていた。

 そこに含まれている意味は、化身を使うためにはどうするべきか。

 

「…を考えろって意味じゃないよね。だったら、特訓禁止なんて言わないし」

 

 ということは、化身のことではなくて、もっと違うことだろう。そもそも、自分は何のために化身を使いこなしたいんだろうと虎白は考える。

 

 白恋中のため?、フィフスセクターを倒すため?

 

「…違うよね」

 

 もっと原始的な欲求だ。誰にも負けないために、化身(この力)が欲しい。

 

 虎白は、女だからという理由で自分を否定されるのが悔しかった。そして、サッカーを始めてから、ずっと溜め込んでいた闘争心と悔しさが切り離され、別人格となって表れた。

 

 もう一人の虎白が、男勝りで攻撃的な言動をしているのは、アツヤのイメージに引っ張られたのもあるが、そういった激しいストレスの影響が含まれている。

 

「この前の試合も、化身と戦うのが楽しくて、勝手に出てきてたみたいだからね」

 

 自覚はなかったが、暴走する前の兆候としては、自我との混同が初期症状として表れるらしい。

 

 よく分からないので、内側に意識を向けると、何となく別人格がいるのは感じるが、特に化身の力を感じることはない。

 

 すると、不意にある考えが頭を過ぎった。

 

「あれ…? そういえば私って、もう一人の私の状態で、内側に意識を向けたことあったかな?」

 

 人格が替わるときは、大体サッカーをやってるときだけだ。感情が激しく揺らぐと勝手に入れ替わったりもするけど、ほとんどの時間を、普段の自分で過ごしている。

 

 比較対象が吹雪しかいないので、虎白の中のイメージはそれで固定されていたし、疑問に思うこともなかった。

 

 しかし、別人格の自分を理解するのは、暴走状態になった原因を理解することに繋がるんじゃないだろうか。

 

 物は試しでマフラーを触る。

 

「出てきて…」

 

 人格を入れ替えると、いつも通り容貌が変化する。それを鏡で確認していた虎白が、身動ぎした。

 

「この姿で制服着てるのは変な感じだな」

 

 何だか落ち着かなくて、意味もなく腕を動かしたり、制服を引っ張ったりしてしまう。

 

「ったく、吹雪監督も面倒な真似しやがるぜ。手っ取り早く化身をコントロールする特訓をさせてくれりゃいいのによぉ」

 

 文字通り、人が変わったように思いのままを話す虎白。

 

「オレが化身を使えりゃ、白恋中は敵なしなんだからな──」

 

 発声が奇妙な形で途切れると、普段の虎白に戻る。その表情は、妙に疲れていた。

 

「──はあ。もう一人の私が、こんな考えなら、暴走するのも仕方ないか」

 

 普段の虎白も、別人格の虎白も力が欲しいと思っているのだから、暴走した理由も、吹雪が特訓を禁止した理由にも、納得がいく。

 

「でも、化身をコントロールするための糸口は見つけられた」

 

 それが嬉しくて、虎白は目を輝かせる。

 

 きっと吹雪は、大事なのは化身の力ではなく、もう一人の力と向き合うことだと、教えてくれたのだろう。

 

 

 ──翌日の放課後。

 

 昨日遊んだクラスメイトたちは、今度は自分たちの方から虎白を遊びに誘っていた。

 

「あ、あの…雪守さん。今日も一緒に遊びませんか?」

「ごめんね、今日はやることがあるから。それじゃあ、またね」

 

 それだけ告げて教室から去っていく。取り付く島もない虎白に呆気に取られ、しばらく立ち尽くすクラスメイトたち。

 しかし、廊下に出ていったはずの虎白が、踵を返して教室に戻ってきた。

 

「そうだ、忘れてたよ。これ、ホーリーロード2回戦の観戦チケットなんだ。昨日は気分転換できて楽しかったから、そのお礼」

 

 一人のクラスメイトの手を取り、チケットを握らせる。何が何だか分からず、状況についていけないまま流される。そんなクラスメイトに微笑んで、もう一度別れを告げた。

 

「私が活躍するか分からないけど、よかったら見に来て。今度こそ、またね」

「は、はい…!」

 

 クラスメイトたちが、上ずった声で返事をする。虎白は、教室を出ると踊るように廊下を走っていった。

 

 

 虎白は学校から直接、くまごろうのいる森にまで来ていた。特に理由はないのだが、精神統一をするのに思い浮かんだ場所が、ここだった。

 

「がるるっー!」

 

 虎白がやって来たことに気がついたくまごろうが、嬉しそうに駆け寄ってくる。虎白はそんなくまごろうを撫でる。

 

「今日は特訓はしないよ」

 

 万が一特訓をしたくなってはいけないと思い、サッカーボールも持ってきていないので、こんな森の奥深くでやれることは何もない。

 

「それじゃあ、もう一人の私とも仲良くね」

 

 最後にくまごろうを一撫でした後、虎白がマフラーを触り、人格を入れ替える。すると、先ほどまで小動物のようだったくまごろうが、「ガルルッ…!」と威嚇する。

 

「よぉ、久しぶりだな。おまえとは特訓中でしか会わねぇからな」

 

 くまごろうは、別人格の虎白には懐いておらず、本能的に危険を感じているのか、警戒するように唸る。

 

「そういや、おまえとの特訓のおかげで、この前の化身使いじゃ物足りなかったぜ」

「ガルゥ…!」

 

 そんなくまごろうを無視して、気さくに話しかけるが、警戒は解けない。少し気分を害した虎白が、軽く威嚇するように睨む。

 

「オレは本気でやってもいいんだが、アイツが特訓は禁止だってうるせぇからな。また今度相手してやるよ」

 

 そう言って、くまごろうから距離を置き、木陰で座禅を組む。

 しばらく目を瞑って内側に意識を向けていたが、試合中は感じていた力の流れが、今の虎白には全く感じられなかった。

 

「…やめだ。試合中でも特訓中でもないのに、気を高めるなんて無理だ!」

 

 叫びながら後ろに倒れる虎白。手を頭の後ろに組んで枕にし、流れる雲を見ながら、虎白は考えを巡らせる。

 

 化身の原理は、恐らく必殺技の魔神と似たようなものだろう。ならば、円堂が『マジン・ザ・ハンド』を習得したときの気付きが役に立つかもしれない。

 そう思い立って、上半身を起こす。

 

「確か、あのときは心臓の気がどうとか言ってやがったな」

 

 今度は、明確に意識して、化身の気配を探る。どんどんと感覚が研ぎ澄まされていき、森を吹き抜ける風を肌で感じ、遅れて木々のざわめきが届く。

 

 自発的に気を高めていくと、人間には見えない気が立ち昇り始める。しかし、野生動物には感じるものがあったのか、目をつぶって寝ていたくまごろうが、ビクっと反応して起き上がる。

 

「静かにしてろ。集中が乱れる」

 

 片目だけ開けた虎白が、くまごろうに命令すると、「がるぅ〜…」と怯えたように鳴いて、元の姿勢に戻った。

 

 

 ──日が半分以上沈み始め、部活で残っていた生徒たちも帰宅した頃。

 

 サッカー部のグラウンドでは、雪村と吹雪の二人が、特訓に励んでいた。

 

「がんばれ雪村! その調子だ!」

 

 既に何十、もしかした百近くのシュートを撃っているかもしれない雪村。その疲労に反して、どんどん気迫を増していく。

 

「うおおおーーーッ!」

 

 満身創痍になりながらも、全力のシュートを繰り出す雪村。それは、普通のシュートとは一線を画す威力だった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

「少し休憩にしようか」

 

 激しく息切れし、体力の限界が見え始めた雪村を気遣い、吹雪がそう提案する。

 しかし、雪村はその場を動くことなく、吹雪に話しかけた。

 

「…なあ、アンタ。どうして、オレの特訓にここまでつき合ってくれるんだ?」

 

 雪村にはそれが不思議で、いつの間にか吹雪士郎という人間に対して、強い関心を抱くようになった。

 

「オレは、はみ出し者だから、今までこんな真剣に練習につき合ってくれた人はいなかったのに…」

 

 最初は、熱心な雪村の肩を持ってくれるコーチもいた。しかし、チームメイトと衝突を繰り返す内に、段々と雪村を疎ましく思うようになり、多数派の味方に変わっていった。

 

 だけど、目の前にいる吹雪は違った。自分が自分でいることを肯定してくれたのだ。だからこそ、そんな吹雪のことがもっと知りたいと思った。

 

 雪村の真剣な瞳を見て、吹雪は考える。最初は、過去の自分を見ているようで放っておけなかった。でも、今は雪村豹牙という一人の人間の行く末に興味があった。

 

「キミはもっと強くなれる。…僕は見てみたいんだ、強くなったキミを」

 

 その声が、言葉が、雪村の暗く濁っていた心の奥深くに光となって差し込む。誰も信じることができず、疑うばかりだった虚ろな瞳に光が宿った。

 

「次で最後にしよう」

「はい…!」

 

 定位置について深呼吸をする。今の雪村の頭の中にあるのは、自分を信じてくれる吹雪の期待に応えたい、ただそれだけだった。

 

「はあああーーーッ!!!」

 

 クロスするように右踵を振り下ろし、その勢いのまま左足を振り上げると、まるで獣の爪で切り裂かれたかのような力が蓄積されていく。

 

「うおおおらァァァーーーッ!!!」

 

 雪村が雄叫びを上げると、その背後に獰猛な豹のような気迫が漂う。ボールを弾くようにして蹴り上げると、呼応して豹の雄叫びが轟き、激しい縦回転がかかったシュートがゴールを襲った。

 

 ゴールネットとボールが擦る音が長々と響く。次第に威力がなくなったボールが零れ落ち、何度かバウンドしてグラウンドを転がる。

 その動きが、ピタッと止まったと同時に、雪村が声を張り上げた。

 

「で…できた! オレだけの必殺技! ついにできた!」

 

 感情が抑えきれず、歳相応に飛び跳ねて喜ぶ雪村。

 

「やったじゃないか、雪村!」

 

 そんな雪村を微笑ましそうに見ながら、まるで自分のことのように喜ぶ吹雪。

 

 雪村は、吹雪を正面から見つめる。この人がいたから、信じてくれたから、自分は強くなることができた。その感謝の気持ちが、言葉となって溢れ出した。

 

「…オレ、やっと信じられる人に会えた。これからもよろしく『吹雪センパイ』!」

 

 それは、雪村が見せた初めての笑顔だった。

 

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