推しの子 ヒロイン全員好感度100達成RTA   作:重曹ちゃんかわいい

42 / 51
第十話 裏 アクア⑭

 

 アイについて、俺はできる限りの事はしてきたつもりだが、適切な治療を出来ていたかどうかは、途中まで自信がなかった。

 

 俺が本来、精神の領域について診れるのはかなり狭い範囲だ。妊活うつや産後うつ、PMDDなど女性特有の分野が主になり、扁桃体過活動やホルモンバランスが崩れた時の対処が殆どで、精神科の範囲も必要になる分野にいる為、勉強もしてきたが、全体の知識は浅い。

 

 特にアイの抱えている大人の愛着障害は、本来なら子供に対してつく病名の愛着障害を暫定的に「大人の」なんてつけて呼んでいる状態で、まだ、日本では正式な病名がついていない。だからエビデンスの確立された治療法がない状態だった。

 

 アイの場合、長期の虐待が原因によることで起こるとされるアメリカの複雑性PTSDが症状としてかなり近いため、医療技術評価機構が公開している治療ガイドラインも参考にアイを診ていたが、かなり苦労した。治療構造や介入技法の多くは認知行動療法に依拠したものが多かったが、これを子供の俺がアイに対してうまくやろうとするのは厳しかった。

 

 本来なら本職に任せたいが、精神科の範囲は基本が5分診療。診療点数も高いわけではない上に時間がかかる認知行動療法は、医者がやるとコストが釣り合わず、やっているところは少ないし、やろうとしてくれるのかすら怪しい。そもそも自覚すらないアイに精神科に行かせる言い訳が思い付かなかった。

 

 だから、アイをずっと観察して、話を聞いていくと侵入症状、回避、覚醒などの症状も見られ、分かりにくいが気分変動性、自己肯定感の低下、そして、親密な関係を築きにくい点など、診断基準は満たしている事を確認したあとは、信頼を得るために困った事に相談に乗って、支えてきた。

 

 大人の愛着障害の治し方は色々あるが、なにより、その人の世界観を、認知を変えないといけないので、信頼を得ることが大切になる。時間をかけて信頼を得ることが重要だったから家族という一番近い距離に居られるのは治療に対して有利に働いたと思っている。

 

 虐待を受けた子供は、最も信頼できるはずの親からの愛情を貰えなかった経験から世界が敵に見える傾向にある。

 

 虐待を受けなかった人は、基本的に周りの人間は信頼できるが、たまに例外的な人が居ると学習していくのに対して、虐待を受けた人は基本的に周りは信用できないけど、たまに例外的に味方をしてくれる人がいると学習していく。そんな風に世界の認知の差が出てくる。

 

 スタート地点が違うので、途中から同じ環境で育っても認知に差が出てくる。だから、いわゆる普通と違う認知を普通に、正確には生きやすい認知へと変えるには、どう認識しているのか目の前で見られると改善がしやすい。

 

 アイのトラウマは自分がどんなに献身的に尽くしても母親に愛されなかった事。そして、アイドルとして、年頃の女性としてしか愛されないこと、カミキに対して性的な関係を持ったにも関わらず、愛されなかった経験が、本当の自分を愛してくれる人が居ないという認知に繋がっている。

 

 そして、大きな問題として、アイは認知と気分の陰性変化が大きい。喜びや満足、愛情を感じることが出来ない。誰か居ても孤独感を感じてしまうなどの生きにくさを感じているなどの典型的なうつ症状。そして、そのストレスが限界に来ると覚醒の症状が強くでてきて、無謀なことや自己破壊的な行動を取ろうとする。

 

 妊娠、出産などは爆発した結果だし、俺達のことを暴露しかける行動も多かった。解離の症状も出ている為、自分を自分として認識できなくなるなど、かなり厳しい心理状態だった。

 

 だから、まず、その認知を変えないといけない。愛されない存在ではないと、本当の自分でも愛する人が居ることを知らせる必要があった。はじめはアイの内面について観察し、アイの外見などではなく、性格的な面に肯定的な言葉をかける事に時間を費やした。

 

 自分の子供という事で性的な目線があると感じることがないのは大きかったとは思う。でないと容姿が優れているから声をかけていると自己解釈される可能性が高かったから。

 

 認知行動療法は時間がかかるし、患者は今までの世界観を変えさせるわけなので反発もある。あと、俺は医者ではなく子供なので、やり方も変える必要もあった。寛解するまで、かなり時間がかかるかもしれないと考えていた。

 

 だが、アイは思っていたよりも俺を信用してくれたし、状況も良かったこともあり、2年もかけずにうつ症状は緩和されて、喜びや満足、愛情を感じることが出来ないなんてことはなくなっていった。

 

 アイが「愛してる」と心から思って言葉にしてくれた時、医者として、ファンとして良かったと心から思えた。

 

 それからは自分のトラウマの部分を話してくれるようになり、トラウマの治療にもきちんと着手できるようになった。自身の内面的な部分を歌った曲で大ヒットしたのも自信になったのだろう。自分の気持ちが受け入れられたアイは以前よりかなり明るくなり、自分を出せるようになった。

 

 アイの事をどうにかしようと動き出したのが4年前。トラウマの治療に乗り出してから2年。あとは愛されなかったと思っていた時代を否定するだけ周りの人に、自分の内面的なことを話してもファンに愛される経験を積み重ねていけばいいだけ。ようやくその段階まで来た。

 

 だが、俺の・・・・・・雨宮吾郎の死は、そしてかつて愛そうとした人間が自分を殺しに来るなんてことを経験すれば、今の、ようやく幸せを掴もうとしているアイを、自分は多くの人に愛されていていいと思えるようになったアイの認知を歪ませかねない。

 

 100人の賞賛が1人の批判に負けるなんて珍しくもなんともないのに、炎上すれば100の批判どころか、万の批判に晒されかねない。だからこの件はアイに知られたくなかった。できるならなにも知らず、俺が処理をしてしまいたかった。

 

 ずっと、トラウマに苦しみ、辛いはずのトラウマに向き合ってようやく幼少時のトラウマから解放されそうな少女が、苦しむような姿を見たくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が開く音を聞いて、部屋にアイが壱護さんとミヤコさんと一緒に入って来る。

 

 仕事の予定を早めて来たことから、今回の一件はアイに伝わっている可能性が高い。おれのせいで顔を曇らせているであろうアイの顔を直視できず、下を向いて顔を合わせることが出来なかった。

 

 俺が死んだのは自業自得だ。不審者を追いかけるなんて警備員でもやらない。まずは通報して、応援を呼ぶ。アイの身辺警護をするように手配するのが優先だろ。あれは、暴力的な事はされないだろうという過信が産んだ結果だ。問い詰めてどうにか出来ると思いあがった俺のミスであって、アイはなにも悪くない。

 

「アイ・・・・・・ごめん。本当はアイの知らない所で解決したかったけど、駄目だった」

 

 申し訳なさ過ぎて、謝る事しかできない。ここまで努力してきたアイの頑張りが俺のせいで消えてしまうかも知れない。今のアイに自分のせいで死んだなんて思われる人間なんて出したくないし、愛そうとした人の殺意なんてものを直視させるなんてもっとしたくない。

 

 そう言葉を発すると、アイが俺を抱きしめてきた。

 

「アクア、ごめんね。気づいてあげられなくて。アクアはずっと頑張ってくれてたんだね」

 

 頑張っただけでは駄目なんだ。俺たちを産む前のキミはボロボロだった。それに気がつかずに、のんきに過ごして、キミをただ眺めていることしか出来なかった俺には、キミを救う義務がある。

 

 このアイの優しさを受け取る権利は俺にはない。

 

 アイの言葉に何も応えてあげる事が出来ない俺が嫌になる。そんな事を考えて居ると壱護さんが咳払いをする。

 

「はあ、あとは俺がなんとかしてやるから、お前は有馬かなの事だけ考えてればいい。こういうトラブルの解決の為に事務所があるんだからな」

 

 その方法がないから困っているのに、なにを言っているのだろうか?と思った。胡散臭そうに壱護さんを見つめると、自信ありげに言葉を発した。

 

「キー局間の報道協定を利用する。正確にはそれを使わせるぞ。と交渉材料にして、アイの事を報道させないようにする」

 

「報道協定?」

 

 そんなのは聞いた事がない。

 

「お前は生まれてないから知らないだろうけど、テレビ業界そのものがヤバくなった時があってだな。その時はまあ、上手く誤魔化したりしたから電波の停止なんかにはならなかったんだが、目を付けられるようになったり、政府から干渉されるようになった。だから、不味い不祥事が起きた場合、テレビ局同士でどう対処するのかの基本ルールを作ったんだよ。テレビ業界で結託して各社の不祥事を全部揉み消しあったら、自浄作用がないと思われて潰される。そのリスクを減らすために、不祥事がバレたら、公開するってルールができた」

 

 政府には電波使用料金など、テレビ業界を一気に潰すカード自体は保持している。それを使わせないようにテレビ業界自体も対策をいくつも取っている。その対策の一つなのだろう。

 

「ルールは簡単だ。各社は不祥事が起きたら、それを後からもみ消さずになんらかの形で公開すると言って、不祥事の放送を止めて貰う。そして、その不祥事がある程度落ち着けたり、解決した後にきちんと公開するというだけだ」

 

 壱護さんが続ける。

 

「この業界、たしかにコネが大事だが、コネを使った就職をすると、その局員を最終的に推薦した上の奴と推薦された人を紹介したやつ、そして、そいつの所属の大学、ゼミ、サークルの評価も下がるし、信用もなくなる。自分の子供をコネで入れて問題を起こせば、自分の周りの人間に迷惑をかける。だから話次第では、上手くやれるはずだ。特に現職員の不祥事ともなると公開されるとかなり不味い事態になりかねない。カミキの推薦で入るテレビ局は殺人に荷担した事が過去あるからな。風評はかなり悪くなる。避けたいと思うはず」

 

 他社にバレたら、忖度して扱いを小さくはして貰えたり、公表時期をズラして、全部処理した後に出来るが公表自体はしないといけない。局員になったカミキが殺人犯であれば、関係者として公開しないといけないが、局員になる前のカミキなら、放送を止める事が出来る。

 

 就職をする前にその証拠を取引カードとして使うことで、アイに関することもついでにもみ消しをさせるという事だろう。アイの問題がなければ、かなの問題はただの移籍問題でしかない。かなの母親だけを説得できれば、今のかなの事務所の影響力をはねのける事は出来るだろう。

 

 問題はアイの問題をかかえつつ、かなの事務所問題を抱える事が出来ない事なので、アイの問題を片付けてしまうだけで、今の状況はひっくり返せる。

 

 そういう事なんだろうが・・・・・・それには大きな問題を抱えている。

 

「でも、それには大きな問題があるよ。証拠を隠蔽されてしまえばそれで終わる。キャスティングボートを相手に握らせるようなもので、それをすれば、もうこっちに出来る事は無くなる。こっちを潰そうとする可能性もあるし、反社会的団体を使ってこちらを脅迫する可能性だって捨てきれない・・・・・・あまりにリスクが高すぎる」

 

 これは相手次第でいくらでももみ消せてしまうし、もしこっちが既存のメディアを使わずに公開するとある程度のダメージを与える事は出来るだろうが、そんな事できない以上、あっちの都合でなにもかも決まる事になる。

 

 それにカミキを入局させない。これだけで相手はどうにでもなるのだから取引に乗るメリットが無くなる。取引カードとして弱すぎるし、タイミングも今では無い。使うなら入った後。カミキの大学卒業と入局待ちをしないと対価を担保させられない。1年以上先の話になる。

 

「駄目なら仕方ねえ。さっさと有馬かなを回収して、こっちから公開しちまうしかない」

 

「・・・・・・何を言ってるんだ?」

 

 かなの件に関わると、今までの貸し借りの関係が微妙になる。破格の条件で出た過去があるから、その借りを返せ。そんな事を言える貸し借りをしてきたのは、復帰の時の為だ。スキャンダル後の復帰が難しくなってしまって事務所になにも得がない。

 

「アクア、お前、有馬かなを助けたいんだろ?」

 

「それはそうだけど・・・・・・俺は苺プロの人間だ。おれのわがままで事務所に迷惑をかけるわけにはいかないだろ」

 

 かなのことは救いたい。幼少期のトラウマはその期間が長ければ長いほど、そしてケアを怠るほど悪化していく。アイの事も4年以上かけてようやく寛解する目前まで来た。だが、これで終わりじゃない。これからも悪化したり、良くなったりを繰り返す事になるし、一生の問題として引きずっていく事になる。それに今回の件でより悪化して、10年、20年かけても治らない心の傷になってしまっている可能性すらある。心の傷とはそれくらい治りにくい。

 

 虐待を受けた人間は自分の子供にも虐待をする。これは正しいようで正しくない。むしろケアを受けた虐待児は普通の人よりも虐待はしない。だが、ケアを怠るとしてしまう確率が高くなる。一生の問題になりかねない。だから直ぐにでも、あんな母親や事務所から引き離してあげたい。

 

 だが、苺プロは俺の所有物ではない。壱護さんやミヤコさん、アイやB小町メンバーの為を思うのであれば、よその事務所の子の保護よりも、自分の所のタレントを優先すべきだ。

 

「さっき、全員に話して、了承を貰った。アイの元恋人が過去にアイの主治医を殺してるヤバいやつで、アイの命を今でも狙ってる。証拠とかは見つけてあって、あとは警察に言うだけだけど、それをするとアイとお前達との関係なんかがバレる。こっちでも手を尽くすが、報道を止める事はできないかもしれないってな。それにお前の事も話した。それでも良いって言ってんだ。良いだろ」

 

 意味が分からなかった。だって俺のわがままを通す意味がないだろう。B小町のメンバーだって、B小町の一人ではなく、ようやく個人として認知されて仕事を貰えるようになって、お金だって前の何十倍も稼げるようになったんだ。その立場とかを守りたいとかそういうのがあって当然だ。

 

 それにいきなり、アイと俺たちの秘密を話していきなり理解を示して、そんな決断をすぐに出来るものではないだろう。

 

 そんな事を考えて居ると、アイが抱きしめるのを止めてこちらの顔を見つめる体勢にかわった。

 

 見たくなかったアイの顔が目の前に現れる。その顔は・・・・・・いつもの幼い少女のような雰囲気はなく、前世で何度も見た記憶がある母親になった女性の雰囲気そっくりだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。