推しの子 ヒロイン全員好感度100達成RTA 作:重曹ちゃんかわいい
昔の事を思いだした。かつて宮崎の病院でアイと一緒にこんな事を喋っていた事を。
「ねえ、せんせ。せんせは恋愛ってどういう事だと思う?」
アイはいきなりそんなことを言ってきた。
「えっ? なに? いきなり、そんな話をしてたっけ?」
「してないけどさ。せんせって看護師さんにモテモテだって聞いてさ。もう30歳とかでしょ? 結婚とかしないのかなって?」
「ぐふっ、いや、ちょっと止めて! 30歳くらいの男ってそこら辺デリケートだから! あ~あ、周りはもう結婚して子供も居るのになんで俺は独り身なんだろう? とか考え出して鬱になってるもんだから。止めて!」
「そうなの?」
アイが首を傾げる。あっ、可愛い。
「そうなの!」
「じゃあ、なおさら不思議だなぁ。看護師さんとかいっつも話してるよ。せんせはイケメンで優しくてお給料もいっぱい貰ってるし、女の人からもいっぱい言い寄られてるのになんで結婚したり、お付き合いしてる人も居ないんだろう? って。看護師の人とかとも仲良いよね?」
「いや、単純に看護師とは上司と部下だし、部下に手を出そうものなら普通に周りに軽蔑されるからね。あと付き合ったら、直ぐに噂が広まって、病棟中に広がるし、喧嘩しようものなら周りから責められるし、離婚した時、滅茶苦茶気まずいし。そんな環境で働きたくないんだけど」
デメリットエグいんだよなぁ。同じ病棟内での恋愛。あと言ってないが、こんなことすると、医者としての出世は死ぬ。出世なんてしなくても十分すぎるお金が貰えるので手を出してしまう人も居るが。
「芸能界とかだとそんな事ないけどね~。事務所の先輩と後輩もそんなことばっかり起きてるけど?」
「いや、それは芸能界がおかしいよ…………」
「へ~、そうなんだ。働く所でそういう事とかまったく違うんだね。知らなかった。でも、せんせモテそうだけど、外では作らないの? 彼女?」
「えっ、続けるの? シングルマザーになる子にそういう事、話すのって大丈夫なのかって心配なんだけど」
「大丈夫。大丈夫。私、そういうこと気にしないから」
キミが気にしなくても俺が気にするんですけど! と思ったが、まあ、相談したいことの前振りとして話して来ている可能性もある。話に付き合うことにした。
「う~ん、そうだな。まず、始めに聞かれた恋愛について話しとくかな。恋愛ってやつは、医学的に言うと、恋が性衝動。つまり性欲だな。顔の良さとか体つきが好きとかそういうので、愛が相手の人格面でのリスペクト。考え方や実際の行動で尊敬出来たり、好きなところ。そこに加えて、付き合う事によって得られる利益の足し算で構成されてるって説がある。数式で言えば、恋愛=恋+愛+利益だな」
「え~、恋が性欲とか言われてる。私、恋の歌とかいっぱい歌ってるのに…………」
「医者だからそういうのには幻想がなくて悪かったな。あと、ついでに言うと、性衝動は大体2~3年で落ち着くとか言われてる。顔が良くて体の関係が良ければ、別に他の要素が無くても付き合ったり、結婚する人も沢山居るけど、大体、性衝動の魔法が解けて、それくらいで別れる事になる。若いうちって、性欲が頭を支配するもんだし、大体がそういう理由で付き合いだしてるかな。ちなみにホストとか芸能界での顔売りってこれを使って回してるからね。2~3年は顔だけ良ければ性衝動で売れるから、なんにもスキルも無くても売れるし、仕込みも要らないからコスパが良いんだよ」
「え~、そんな仕組みだったんだ。知らなかった」
「で、大人になると、そもそも性欲が弱くなる。顔だけで夢中になれなくなる。愛情は目に見えないし、付き合って数ヶ月くらいしないとよく分からないから、利益…………男の場合、年収かな。それでモテが決まったりするからね。田舎で医者の嫁になると、まあ、勝ち組の中の勝ち組扱い。俺がモテる要因ってほとんどこれ目当てだから、ちょっと辟易してて、恋愛はまあ、疲れたんだよ」
まあ、これに関しては自業自得な面もある。医者が恋愛できるのは学生時代だけ。そんな事はよく言われている。俺は東京の国立大学に行ってしまったから、普通に恋愛が出来なかった。
東京の最難関層の国立大学なんて行くのは、東京の良い病院に就職したいから。別に難易度を落とせば入れる所がいくらでもあるのに、わざわざそこを選ぶのはそれ相応の理由がある。将来の事を考えるなら、付き合うにしても東京に住む予定の男と付き合いたいと思うのは当然だと思う。死ぬ気で努力をして最難関層の国立医大に行った努力が無駄になってしまう。
当時は大体七割が大学病院で研修医として働いて、そこから医局で決まった病院に勤務するのが当たり前。最初はそんな事を知らなくて、女学生と付き合って、将来の事を話し合っているうちに宮崎に帰る事を伝える事になって…………知らないうちに別れる事になってを繰り返して居た。
都心の人気病院だと年収400万なんて研修医は珍しくない。逆に田舎だと研修医でも住居と車支給、年収1000万からなんて事もある。だから、学力だけで医学部に来た人はそれに釣られるのはよくあるが、これも結局、戻ってくる事が前提で、そのまま地方に居るなんて女に引っかかった以外だとまあ、ない。旧帝含めて5指に入る大学にわざわざ選んだのにそれを溝に捨てる真似に等しい。特に俺の大学はそういう認識の所だった。
愛は全てを超越するなんて言うけど、そんな事はない。結局のところバランスが大切なんだと気づいた頃には俺は実家に帰ることになっていた。その後の恋愛はまあ、いろいろな女性と付き合ってみるも、そういう利益目的なのが分かって冷めてを繰り返して居た。
年齢を考えると、いつまでもそんなことをしているんだ? と思うが、さりなちゃんの…………見た目は子供で性衝動なんてまったく起きないし、付き合う事での利益なんか全くない子でも一緒に居たいと思えるだけの愛情を向けてくれた子を思いだしてしまう。あの子の半分、いや10分の1の愛情を向けてくれる人が居たのなら、また違うのかも知れないけど、そういう気持ちを向けられた事はあれから無かった。
求められるのは医者の嫁という立場とお金。俺自身を見てくれる人は居なかった。俺はついでだった。仕方ない。恋愛ってそういうものなんだから。そう思うしか無かった。それでも、愛情を求めてしまうのは、あの時間を取り戻したいと思ってしまう気持ちが何年経っても冷めずにいるから。いい歳をして何言ってんだかと思ってしまうが、別に結婚を急ぐ理由もないので、ずっとそのままにしてる。
「でも、ちょっと分かるな。私は可愛いからね。つきあいたい、結婚したいって言う人は沢山居たけど、本当に愛してくれるのかって分からなくて、そういう関係になりたいな~っていう気持ちがあんまり湧かなかった。実際に恋愛みたいなことをしてみても失敗しちゃったから、今後もそういうのはいいかな~って思ってる」
「星野さん、若いうちの恋愛ってそんなものだと思うよ。みんな、そうやって経験を積んで、より良い相手を見つけるものなんだから。もちろん、人生で自分を愛してくれる人っていうのは本当に少ないけど、居るはずだ」
アイドルに恋愛を勧めるなんて駄目なんだろうが、今から、幸せを諦めようとする女の子を止めないのは違う気がした。
「うん、分かってる。でも、子供が居るのにそういう事ばっかりしているのも違うからさ。子供が大きくなって、きちんとそういう事が分かるようになるまではしなくていいかなって」
まあ、男漁りをしている母親なんて情操教育上よくないのは事実だ。
「せんせはさ。話を聞いている限り、愛された事があるんだよね。その子とは付き合わなかったの?」
アイの真剣な表情にドキっとしてしまう。初めて見る彼女のそんな真剣な質問を誤魔化すのは違うと思った。
「その子はまだ12歳だったからね。当時の俺が25歳とかだから、まあ、付き合うとかそういうのは考えなかったよ」
「今なら私と同い年だから結婚もできるんじゃないの?」
「…………もう亡くなってるんだよ。12歳の時に」
沈黙が流れる。
「…………ごめんなさい」
「いや、もう昔の話だし、気にしてないよ。その子は物心つく前からずっと病院で過ごしててさ。病気で歩く事すら難しい中、アイドルになりたいって一生懸命生きてた。そんな子を応援したくて声をかけ続けているうちにね。懐かれて、結婚してとかそういう事を言ってきてくれてた。前にキミのファンが居たって話をしただろ? その子の憧れのアイドルがキミなんだ」
「私?」
「ああ、ほら、これ」
名札の裏にあるアイのキーホルダーを見せる。さりなちゃんの形見の品だ。常に持ち歩いている。
「あっ、私のキーホルダーだ。これを作ったのって本当に最初の頃だけなのに。本当に居たんだね。私のファンのほとんどって男の人なのに」
「まあ、彼女が本当に居た事の証明になったかな。あとは…………そうだなあとはキミと同じウサギのキーホルダーもずっと付けてたんだ」
携帯の待ち受けにもしているさりなちゃんの写真を見せる。そして、そこまでしてから頭の中に「結果、ロリコンってことですね」という言葉が脳内によぎる。12歳の少女の写真を待ち受けにする30近いおっさんって、年頃の女の子からみるとどうなんだ? と考える。結構ヤバいかもしれない。
「ほんとだ。私のとおそろいだ。会ってみたかったな。その子に」
セーフだった。危なかった。
「ああ、俺も1度でも会わせてあげたかった。宮崎でライブがあっただろ。そこの一番良い席の予約をとってさ。毎日、毎日、その日のことを楽しみにして、一緒にライブへ行って、キミに会わせたいって思ってたんだけどね。その前に病状が悪化してね。亡くなってしまったんだ」
預けていた携帯をそっと閉じる。
「俺は彼女の好きなアイドルであるキミとさりなちゃんを重ねて見ているんだと思う。彼女が夢を見た道を歩くキミを応援したいから…………あの時、さりなちゃんが夢中になっていた星野アイで居て欲しくてキミのことをフォローしているのかもしれない」
つい口が滑ってしまった。ここまでは言うつもりは無かった。
「ねえ、せんせ…………その子は亡くなってるんだよね。ならなんでその子の喜ぶ事をしたいと思うの?」
まあ、亡くなった患者にそこまで思い入れるのはおかしいよな。でも、それは未だに言語化できない思いだから説明できない。
「ただ、そうしたいからだよ。そこに意味なんてなくても、もし彼女が生きていたなら、アイを助けてあげて! って怒るだろうなって。ただそれだけ。そこにあんまり深い意味なんてないよ」
「素敵な話だね」
「そうか? それ話したら俺、看護師の人にロリコン扱いされたんだけどな」
「素敵な話だよ! 絶対! さりなちゃんとせんせのお話もっと聞きたいな~! 聞かせて!」
アイは明るい顔でそう言うと、彼女との思い出話を強請ってきた。
俺が死ぬ前の話。それからアイと俺は少しだけ仲良くなったと思う。さりなちゃんの事も関係なく、純粋に彼女を助けたいと思うようになったのはこの頃からだった。