推しの子 ヒロイン全員好感度100達成RTA   作:重曹ちゃんかわいい

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注意:スピカの内容を含みます。


第十話 裏 アクア㉑

 

 

 星野アイは普通の女の子だった。

 

 彼女の息子として、医者として一緒に過ごしてきて、彼女とふれあい、語り合って、時には治療を行い、最終的にたどり着いた結論がそれだった。

 

 彼女が普通と認識されなかったのは発達障害によるものだ。

 

 発達障害とは知性にばらつきがある人を指し、特定の能力が低い事によって、日常生活に支障をきたしている人だ。先天的に感覚過敏を持ち、人とは感じ方が違う事、そして中枢性統合能力の欠如が大きく関係していると言われており、脳構造が違うため、普通の人と比べて得意不得意な事が違う。アイの場合、言語系に不安を抱えている。それが欠けていると女性社会で生きるのが厳しくなる傾向にある。

 

 女性のコミュニケーションは男性と比べると、ボディーランゲージや皮肉、マウンティングなど言葉そのもの以外の情報が沢山あるとされている。言葉がそのままの意味ではなく、別の意味が混ざっている事が多い。それを複数人で会話して読み取る言語系能力が低いと周りがなにを言っているのかが理解出来なくなり、相手の意図を理解出来ずに失言が多くなる。特に仲が良くない相手に対しての女性のこの手のコミュニケーションは攻撃する用途として多用される。

 

 アイはB小町のメンバーから見れば、いきなり自分達を差し置いて、経験も実績もない素人で歌もダンスも上手でなく、当時は飛び抜けて容姿に差があったわけでもないのに、壱護さんの独断でセンターに抜擢された人間であり、沢山の嫌みや皮肉が混じった会話をされてきたというのは当然とも言える。

 

 だが、アイはそれを嫌みや皮肉と気がついていなかった。そもそも、発達障害は中枢性統合能力が低い為、相手の気持ちを考えることが苦手という特徴があるのに、さらに言葉の裏を読めというのは難しい。裏の意味を読み取れず、言葉そのままの意味で受け取り、嫌みや皮肉で牽制している行動を無視して続けていく。それは、B小町としては煽りとして受け止められている。B小町としては喧嘩、アイとしては難癖。当人同士で受け取り方が違う為、円滑なコミュニケーションが出来ていない事が分かる。思春期のあたりで女の子から女性のコミュニケーションに一気に変わる。脳構造がそもそも違うアイはその変化についていけなかった。

 

 壱護さんもそういった女性のコミュニケーションが理解出来ていなかった。男性の場合、社会的立場をもって、そういった事が理解出来るようになったり、女性と付き合ううちに身につけるものなのだが、基本的に女性に距離を取られる人だし、風俗店を出禁にされる程度には、遠回しの拒絶が理解できない人なので、気がつかない。揉めてても嫉妬だろと切り捨ててしまい、間に入って問題を解決しようとしなかった。むしろ、人気とお金になるアイを贔屓にする行動はどんどん多くなっていった。

 

 例えば、アイはよく自分がより可愛く映る為にスタッフに指示をして照明などを弄ったり、より自分が目立つような立ち位置に居るようにする。監督やスタッフの打ち合わせの結果として決まった事を現場判断というか、アイの独断でお願いして変えて貰うやり方だ。

 

 時には、そういう風に自分が目立つために意見を出す事も大切だ。そうやって目立たなければ埋もれてしまうし、全体の利益だけを考えても仕方ない。自分が目立つようにアピールも要る。それは正しい。

 

 だが、いきなり抜擢されて不和を起こしている人が、仲間と相談せずに、自分の利益だけを考えた行動ばかりをして、納得されるかと言えばそうではない。それでアイが売れても、他のメンバーに利益なんてないから当然の話だ。むしろ、自分がどんどん追いやられていくのだから、関係はより悪化する。陰口攻撃に対して、権力者を使って攻撃しかえして来た。そんな風に受け取られる。B小町の当時のメンバーは言葉での嫌みが通じないアイに対して物を隠したり、壊したりをして攻撃するようになっていった。

 

 風俗店から出禁になるくらい女やルールにだらしなく、借金持ちの男性と認識されている絶対的な権力者である壱護さん。その人が贔屓しているアイにとって邪魔になるメンバーを切り捨てている姿を見て、男に媚びて、自分にとって都合の悪いメンバーを切り捨てているという評価になるというのは正直、仕方の無い事だ。普段の生活態度がその人の評価になる。人間としての信頼が全くない人がリーダーをしていた結果、内部分裂を起こしていた。それはそういう環境なんだと、あの社長はそういう人なんだと諦められるまで続いた。

 

 仲間から嫌われても意にも介さず、誰にも縋らず、奔放で、孤高で、自分が目立って人気になるためならなんでもするアイドルになるために生まれてきた少女…………そんな風に思われていた星野アイはそうやって作られていった。本当の姿は発達障害の特性に振り回され、コミュニケーションが理解できずに嫌われた普通の女の子でしかなかったし、B小町は、そんな特性を理解できない普通の女の子でしかなかった。

 

 普通なら、母親に、父親に、友達に、先生に…………だれかしらに注意されるだろう。だが、芸能界はそういう事が人気があれば許される世界だった。なにをしても、売れれば正義の世界で、星野アイのわがままは正義だったし、周りもそれを受け入れてしまった。わがままな子供の自覚がなく、わがままな子供を続けてしまった。

 

 そんなアイとB小町の関係はアイが妊娠するまで続くが、15歳前後で発達障害の女の子は躓くことが多い。アイも多分に漏れずそうなった。

 

 虐待児は人間不信になって距離を取るタイプと、小さい頃から殴られる位置から逃げられなかった経験からか殴られるような近い距離感のまま居るタイプが居る。アイは後者で、母親に対する距離…………より少し後ろの距離で接しているアイは男からすると、父親、もしくは恋人くらいの距離で接してくれる女性にしか見えない。

 

 発達障害を抱える人は対人関係の細かい使い分けが苦手だ。全員、同じように人に接するので、その距離感のままでいると男性から可愛さとか愛嬌として好かれる一方で同性には男に媚びてるとか言われてしまう。B小町のメンバーよりさらに一歩、二歩近い距離でファンサをすると男のファンは、アイが特別に見えるだろう。壱護さんがアイを娘のように感じるようになったのも、この距離感が原因だし、例の殺人犯もこの距離感の近さで勘違いをした。

 

 異性にモテない男は、女性にそういった距離感で接してもらう事がない。だから、それを好意として勘違いをしてしまうし、好きになってしまったり、実際の何倍も可愛く見えたりする。その効果は俺自身が身をもって知っている。

 

 アイドルという職業にとって、男性に好かれる事は人気という形になる為、上手くいっているように見えるが、それが性的な魅力が出てくる15歳頃になると一気に性欲という波に襲いかかられる。

 

 特に発達障害と虐待はとにかく相性が悪い。虐待によって自己肯定感を失っているタイプはここでよく失敗をする。

 

 発達障害女性は性的被害に遭いやすい。思春期を境に女性としてのコミュニケーションが出来ずに女性から孤立しているから危険な男性の情報とか恋愛のルールとかを学べない為騙されやすい。コミュニケーションが下手なので、外見的な魅力や肉体的な奉仕で関心を引こうとする。そして、間違った人間関係を理解してしまう。そして、なによりも、恋愛、特に性行為をする場合は直接的な物言いでは話さないので、言葉の裏を読めない発達障害女性は簡単に騙されてしまう。

 

「何もしないから」なんて嘘に決まってる。なんて言えるのはその障害を持っていない人の脳構造だから出来る事であって、発達障害の女性は分からず、レイプされるケースが多い。でも、そういった自身の特性の事を理解していないと、自己肯定感の低さから自分が悪かった事にして、我慢をしてしまう。

 

 美しさとか体つきの良さを自分の価値だと思い込んで、モデル体型を目指して倒れるまでダイエットをしてしまったり、過食嘔吐を繰り返してしまう子。高級な化粧品や可愛い服装を着たりする為に性を売る子。整形をしてどんどん顔や体を変えていって止められなくなってしまう子。健康を一生引きずるレベルで壊す子は山ほどいるが、それでも愛されることに飢えてしまった子は止められないし、止まらない。自分の内面的な部分に自信がないので、自分の価値と性的な価値が同じように感じてしまうし、自分の判断に自信がもてないので、我慢に我慢を重ねてしまう。

 

 可愛くなることで愛されようとしたアイのように、内面を愛されない子は容姿に、そして性的魅力で自分の価値をあげようとしてしまう。自分は性格が悪いからと、自分はつまらない人間だからと、それ以外の要素を伸ばそうとしてしまうし、それを利用されてしまう。性的な魅力を前面に押し出す事は、男女の自殺率の差を考えると、その選択自体は間違いではない。ある意味、それで許されている人も沢山居る。ただ、それでも上手くいかない時はより悲惨な状態になる。

 

 そんな風に体を使って関心を引こうとして壊れてしまった女の子を産婦人科医として嫌になるほど見てきた。SOSを出せず、ずっと苦しんで、同じ女の子と上手くいかず、助けを求めた先で性的に狙われ、妊娠して捨てられ、それに対して、馬鹿だとか、股がゆるいなどと誹謗中傷される。特に芸能界なんてその規模が何十、何百倍規模に膨れ上がり、誹謗中傷の嵐にさらされ、一生残るような傷を残す。

 

 よくある女性の間で生きられない女性の行き着く先の一つだ。

 

 アイの場合、アイドルというただでさえ、男を呼び寄せる職業に居るのに加えて、虐待児特有の距離感の近さと、発達障害による対人距離の取り方の下手さで自分に好意があると勘違いする男。あのアイを殺そうとした男みたいな奴を量産して、その勘違い男の中で知識のなさから、一番だめなカミキを彼氏として選んでしまった。

 

 発達障害の女性は、自分の苦しみを共感して欲しい気持ちから、脳構造の似ているタイプの発達障害の男性を選ぶ傾向があるが、お互いに足りない部分が同じなので、難しい部分も多い。カサンドラ症候群なんて言葉もあるくらいだ。いわゆる普通の人でさえ、支えるのが難しいのに、お互いの欠点が似ていると共感は出来ても、支え合えるまでに時間と労力がかかる。そして、発達障害の中で攻撃的な人と自己愛性パーソナリティーは似ている為、同族意識を持って近づいて、騙されて、使い捨てられるケースもある。アイはこのタイプだ。

 

 発達障害を抱える女性が恋愛に失敗をするパターンは大体似通っていて、アイもそのパターンで失敗している。ただ、勘違いをする男の数があまりに多くて、多すぎたからその中にサイコパスじみた男が混ざっていた。確率的にはなにもおかしくない。

 

 星野アイは普通の女の子だ。行動も考え方もなにもかもが普通で…………ただ、発達障害を抱えている事以外は普通の女の子でしかない。

 

 だからずっと守ってあげるのが良いと思っていた。

 

 発達障害は知的障害と混同されるが知能障害だ。だから、社会に適応できるように教育すれば社会で問題なく暮らす事が出来る。だからこそ、支援学級や支援学校は整備されているし、医療補助、手当も揃っている。グレーゾーンと呼ばれる軽度のものなら高校生で見つかることも珍しくない為仕方ないが、大人になってから診断を貰った人、大人になってから見つかったなんて事は、基本的に親や教育の問題だ。

 

 発達障害の子供はほとんどの子が虐められる。だから、大人は早く気づいてあげてないといけない。虐待、虐めなどの加害行為を受けると発達障害は加速度的に悪化して、行動治療すらまともに出来なくなる。だから、その前に助けないと、十年、二十年かけても社会で生きていく事が出来なくなってしまう。

 

 星野アイは、親にも教員にも…………さらに酷いのは養護施設の職員にも助けて貰えていない。まともな所なら発達障害の比率が高くなる養護施設は専門的な知識を持ってしかるべき教育をしているはずなのに養護施設職員としての職務を放棄されている。本来、あり得てはいけない事が起きている。大人になってから発達障害を治療する支援は少ない。元々、発達障害は児童だけの病気という認識の時代が長い為、法整備がされてないから、子供のうちになんとかしないといけないのに子供の最後のセーフティーネットが仕事をさぼるなんてありえない。そんな意識が頭の中にあったのかもしれない。

 

 社会のあらゆる教育、福祉の穴を何千、何万分の1なのかわからない確率でくぐり抜けて、子供を守る為の仕組みを全部通り抜けて大人になってしまったのが星野アイであり、そして、女性の最後のセーフティーネットの産婦人科医だった俺も見逃してしまった。治療者として、なによりも大人として、こんな事が当たり前に起こるような事はあってはいけないし、そういう子を全力で守らないといけない。大人としての職務を放棄してしまった。だから、彼女を守る事、治す事は雨宮吾郎の役目。そう思っていた。

 

 

 

 

 目の前にはアイが俺の…………雨宮吾郎の墓の前で長い時間手を合わせている。

 

 俺が死体を見つけたと警察に知らせて数日が経った。親戚が身内だけで処理をしたようで身内以外は知らされていなかったが、狭い町だ。どこからか殺人によって死んだという噂が広がってしまったようだ。色々騒ぎになったが、直ぐに警察の死体の調査などが終わって、直ぐに埋葬する流れになったらしい。

 

 アイは忙しい中、こうして墓参りまでしてくれていた。出来れば、アイには知って欲しくなかったという気持ちと、アイの中で雨宮吾郎が残っていた事に対して嬉しいという感情も交ざっている。

 

 墓の前には幾つも花があったようで、遠目から昔診た患者さんと思われる人も通りすがったのを見た。

 

「沢山の人がせんせの事を慕っていたんだね」

 

 墓にいくつもある花束を見てアイはそう呟いた。

 

「…………うん、そうだね」

 

 身内は俺の残った貯金なんかの相続なんかで揉めていたようだ。正直、あんまり地元の人も関わり合いになりたくないだろうし、あれから時間も経ったから誰も来ないだろうな。と思っていたが、少なくない人が来てくれたようだった。

 

「せんせはさ。私にも色々と相談にのってくれたり、寂しくしていると、なんでもない雑談とかをしに来てくれてたんだ。ずっと、ずっと病院にいて、いろいろな仕事をして、忙しそうにしているのに、なんでもない顔をして私の事を助けてくれた。嬉しかったな。あの時は本当は寂しくて不安だったから…………今、来た人達もせんせのそういう所に救われた人だったのかもね」

 

「…………うん」

 

 別に俺が名医だったというわけじゃない。医者は大抵の場合、診察に三分かけても十分かけても同じ報酬の為、いかに少ない時間で終わらせるのかが病院の収入に、そして医者の給与に関わってくる。一人当たりの時間を減らす事で…………人時生産性を上げる事で収入がよくなるのは普通の仕事と変わらない。

 

 俺は、腕が無かったので、サボっているなんて言って時間をとって相談にのっていた。それだけだった。そんな事でも、救われた人が居たのなら…………無駄じゃなかったと思える。

 

「今、思うとね。もしかしたら私はそんなせんせの事が好きになっていたかもしれないんだ」

 

「えっ?」

 

 驚いた様子の俺を見て、少しびっくりしたような顔をしてから、アイは少し笑顔を見せて言葉を続けた。

 

「アイドルをして、人の表情をみればどう思っているのかは大体わかるようになった。だから、せんせが私に好意をもってくれていた事はすぐ分かったんだ。最初は私がアイドルで可愛いからそうなのかな? って思ってた。でもね。違ったんだ」

 

 あの時、すぐに見抜いていたのか…………自分の大根役者っぷりにため息が出る。

 

「せんせはさ。さりなちゃんって、恋人が居たんだよ」

 

 正直、否定したい気持ちでいっぱいになったがやめておいた。なんで知ってるんだと言われたら、何も言えないし、アイの中ではそうなっている以上、何を言っても変えられないだろう。

 

「さりなちゃんって子はさ。私のすっごいファンだったみたいで、私みたいになりたいって思ってくれていたらしいんだ。でも、病気で死んじゃって、夢は叶わないで終わってしまった。せんせは、そんなさりなちゃんの為に私を助けたいって思ったらしいんだ。それを聞いてさ。私はこれが欲しいって思っちゃったんだ」

 

「…………そうだったんだ」

 

 そんな事を思っていたなんて気づかなかった。

 

「その時の私は、可愛いって思われる事でしか愛されない事が嫌だった。けど、可愛くある事でしか愛される方法が分からなくて、頭の中がぐるぐるしてた。でも目の前に、可愛いからとかそういうのを超えた愛情を向けられてる子が居て…………そんな風に愛情を向けてる人が居て、その愛情のうちの少しだけ向けてくれていただけでもこんなに居心地が良くて、幸せになれるならって思ったんだ。もし、その気持ちを全部受けられたならどんなに幸せなんだろうって」

 

 アイは過去を思いだしているのか、本当に羨ましそうな顔をしていた。

 

「でもそれは、さりなちゃんのもので、私のものじゃない。だから諦めたんだ。けど、それを見なかった事にして、気持ちに蓋をして、忘れようとした。でも、そういう気持ちを向けられたい。愛されたいって気持ちは溢れてきちゃった。そんな時に、ヒカルくんから電話がかかってきたんだ。ヒカルくんがもし、そんな気持ちを少しでも向けてくれたのかもしれないって期待しちゃったのかもしれない。でも、そのせいで、せんせは死んじゃった…………」

 

 アイの顔から涙が流れた。

 

「なんでこうなっちゃったんだろう。ヒカルくんはなんでこんな事をしようとしたんだろう。わからないよ」

 

 カミキヒカル、話を聞く限り、あいつは才能があったんだろう。そしてそれを生かす場所もあった。それがなんであんな人間になったのかと言えば、まあ、相応の努力が出来なかったのだろう。だから失敗した。それが認められず、ずっとそのストレスをぶつける場所を欲していた。それが、女と殺人だった。それだけだろう。

 

 芸能界でも俳優は特に難しい世界だ。テレビに限るなら男優上位五十人前後の枠を奪い合うし、それ以下はサラリーマンをやるより稼げない。舞台も需要に対して供給が多すぎて、兼業ばっかりになる。有名どころなら専業でも食えるが、ごくごく一部。上位0.1%に入れても安定なんてしない。旬が過ぎるとまた逆戻りなんて世界だ。

 

 芸能界は努力が報われにくい業界だし、コネだのまくらだのが飛び交う業界だが、それでも成功したいのならやり続けるしかない。どの世界もトップクラスは15時間、16時間と当たり前のように努力する。アイもそうだが、ルビーやかな、あかねのような幼い少女達だって、勉強に演技に努力して、報われない時も努力を続けてきたからこそ今がある。

 

 それなのに、才能にかまけて努力を怠っているにも拘らず、自分を過大評価して、その評価の根拠として、努力を重ねた女性を抱く事で、それより凄い存在なんだと、そんな存在を殺す自分は価値のある存在なんだと思い込もうとするなんて、ネットの有名人アンチをより悪化させたようななにかだ。声望のある人を扱き下ろすと自分がそんな人間よりも上のような気分になれるかもしれないが、自分の価値なんて1ミリも上がらないのにずっと勘違いをしている子供でしかない。

 

 犯罪心理学で、いじめで子供を殺した加害者の子供が何の刑罰も受けずにいるとどんな人間になるのかという事を聞いた事がある。人を殺したにも拘らず、捕まらなかった事を自信にして、自己肯定感が高い人、自己愛に溢れた人になるらしいが、それに近い。

 

 カミキヒカルは子供だった。ただ、自己愛に溢れすぎて、善悪なんてものよりも自己愛を拗らせて暴走して、それが、神かなにかの加護…………いや、呪いか。それで露見せずに暴れていただけの子供でしかない。

 

「もし、ヒカルくんと別れて居なかったら、私がヒカルくんを捨てなければ、ヒカルくんは私の事を愛してくれたのかな? そして、せんせも死ななくて済んだのかな? そしてヒカルくんも…………」

 

 アイはそんなありえないIFを語る。そうだったとしてもアイが殺されただけだろう。

 

「…………多分、そうはならないよ。カミキヒカルがアイに近づいたのは、初めから、人気アイドルの星野アイを自分のものにして、そんな自分は凄い人間だって思うための道具でしかない。そして、アイと違って、そうやってつきあい続けた人は殺されてるみたいだから、その中の一人にアイが居ただけでなにも変わらない」

 

 カミキに同情するところがあるとするなら、過去に11歳の頃には性行為をさせられていたであろう事だろう。幼い未完成の脳に快楽物質をぶち込めば、それ以外の達成感や感動、喜びが色あせて見えてしまう。演技で得られる達成感が吹き飛ぶくらいに。幼い頃から性依存になった子供のケアは難しい。薬物依存に近いケアが必要になる。それが放置されて、歪んだとするなら大人の責任。カミキが加害者側に立たなければ心から同情していたと思う。毎日、毎日、努力して結果を掴むより、手頃な娯楽の方が楽しかったら、そっちに流れてしまうのは仕方ない。

 

「初めから、カミキヒカルは自分のものじゃなくなった女性は殺していたし、つきあい続けた女性も、最盛期と思われる時期が過ぎると殺していた。アイにカミキを説得は出来ないよ。あれはもうそういう人間だった。そして、そうなったのは、ララライの中での出来事が原因だった。だから、アイは悪くないよ」

 

「でも、せんせはそれで死んじゃったんだよ? せんせは私に関わって後悔してるんじゃないかな」

 

 アイは悪くない。それは胸を張って言える事実だ。けど、アイにはそれが受け入れがたいのだろう。無関係な人を巻き込んだと思っているだから、そう思ってしまうのは仕方ない。

 

「…………検死の結果、死因が転落死だったみたいだ。雨宮吾郎の家と病院の間にはそんな場所はなくて、犯人を追って、崖のある所で突き落とされたんじゃないかって言われてる。雨宮吾郎は、自分の意思で犯人を追いかけた。殺されることは予想出来なくても、暴力沙汰になる事は分かって居た上で、犯人を追った。多分、それはアイの秘密を守る為なんだと思う。アイがこれからも笑って生きられるように。アイを守る為に」

 

 アイの涙を拭う。

 

「アイがもし、雨宮吾郎の意思を酌んでくれるなら、泣いて後悔するのではなく、笑って、幸せに過ごして欲しい。それが、雨宮吾郎への一番の供養になると思う」

 

「そうなのかな? でも……、アクアが言うなら信じる。信じられる」

 

 そう言うと、アイは雨宮吾郎の墓の前で別れた後に何があったのか、どう感じたのかの報告をとびきりの笑顔で、自分がどれくらい幸せなのかを語ってくれる。

 

 その姿を見て、雨宮吾郎が星野アイにとってどれだけ大きい存在だったのかを知る事で、どれくらい力になれたのかを聞ける事で、雨宮吾郎としての人生への後悔が消えていくのを感じていた。

 

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