インフィニット・ストラトス-Eyes Glazing Over- 作:REDALERT
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四月。まだ強い日差しと心地良い風が織り成す春の陽気を人々に感じさせる中、織斑一夏は反対にその全身を強く強張らせ全身にとめどなく冷や汗を掻いていた。緊張の一言で片付けられるにはあまりにも悲惨なその姿は、彼が膝の上に置いている硬く握られた拳からも見て取れる。その彼の緊張を遥かに超越した心地悪さを感じさせているのは、周囲からの視線だった。
縦が6、横が5で正方形状に並べられた机、その全てに白い制服を着た男女が座っている。小型端末が内蔵されている机を前に、一夏は今は電源が切られている端末の黒い画面をジッと見つめていた。彼が居るのは前から3、左横から2の辺りで、彼より後ろ、または横に座っている白い制服を着た者達の視線を一身に受けている。正確に言えば、彼より前に座っている者達も僅かに身を捩じらせて一夏に視線を向けていた。その
「えー……」
開口一番、一夏が感じたのは彼の声が低いという普通の印象だった。変声期を終えて大人になりかけている少年が放つその低音は、少しだけ一夏の緊張を和らがせる。そんな一夏の様子など露知らず、低音の声を持つ少年はだるそうに後頭部を右手で掻きながら言葉を続けた。
「浦城京介です。この
そう言って軽く頭を下げた低音の少年・浦城京介を歓迎するかのように、クラス中の女子達が一斉に拍手を行った。乾いた破裂音が至る所から響く中、京介はまたポリポリと右手で後頭部を掻いて自分の席へと戻って行く。そして京介が一夏の隣を通った時、彼のずっとポケットに入れられていた左手が僅かに外に出た。その手首に巻かれた黒いデジタル式の腕時計に一瞬一夏が意識を奪われると、次の瞬間には京介の次に勢い良く立ち上がった少女により一夏の視線は再び前へと向いてしまう。そして僅かに解れていた一夏の緊張も、彼の自己紹介の番が来たことによって再び限界まで固まってしまったのだった。
「------それでは、これで全員の自己紹介が終わりましたね。では改めまして、皆さん、ようこそIS学園へ!」
クラス三十人全員の自己紹介が終わると、教室の隅でジッと椅子に座っていた女性が教卓の上へと上り、そして大きな拍手を行った。黒いスーツに白いブラウス、タイトスカートを吐いて細いフレーム眼鏡を掛けた幼い印象を持たせる顔つきの女性だ。だがそのバストは豊満で、その存在を示すかのようにブラウスをこれでもかと押し広げている。拍手を終えた彼女はパチンと指を鳴らすと、背後の電子黒板がブゥンと重低音を響かせながら起動しモニターを青く染めた。そして青から緑色へとモニターの色が変化すると、女性は右手の人差し指でクイッと眼鏡を上げて口を開く。
「私が皆さんの
山田の上ずったような挨拶の後に「宜しくお願いしまーす」と生徒達の間延びした返事が帰って来ると、彼女は目の前の教卓の上にあるパネルをタッチしトン・トン・トンとテンポ良く指を三度動かす。すると生徒達の机に内蔵されている小型端末が一斉に起動し、青白い光を発光させた。そして生徒達の目に飛び込んできたのは、山田のバストアップの顔写真ともう一人黒髪をした鋭い目つきをした女性の写真だった。それと同時に教室の自動ドアがプシュッと圧縮された空気を吐き出しながら開き、山田と同じ黒いスーツに白いブラウス、そしてスラックスを履いた女性が入って来た。その顔は端末に表示されている写真と同じで、その隣には彼女のものであろう名前が記されている。
------織斑千冬。
「すまない、一年生寮の件でゴタゴタがあって遅れてしまった。既に山田先生の挨拶は済んでいるようだし、次は私の紹介をさせてもらおう。尤も、一部の生徒は知っていると思うが……私がこの一年一組の担任を勤める織斑千冬だ。宜しく頼む。私は諸君らの実技一般を担当することになる、この一年間で必要最低限の実力を付けさせるのが目標だ。覚悟しておけ」
狼を思わせるかのような鋭い吊り目の視線に射抜かれた複数の女子生徒が恍惚とした吐息を洩らすと、千冬はサッとタブレット端末を取り出し画面をトントンと叩いた。そしてそれを片手にスッと視線をクラス内に流すと、ゆっくりと口を開く。
「では自己紹介も済んだ所でもう一度名簿と名前を確認させてもらう。呼ばれた者は大きな声で返事をしろ。まずは……相川清香」
「はい!」
活発な少女の返事が教室に響き渡り、この日、IS学園の日常は始まりを迎えた。
10年前、一人の少女が荒唐無稽の代物とも言えるものを発表した。その名はインフィニット・ストラトス、通称ISとも呼ばれるそれは宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツだ。当所はその未知の技術の塊とも言えるISに注目が集ったものの、次第にその性能の未知数さと不安定さから各国は興味を無くし、更に開発者が年端も行かぬ少女だったことも災いしてISは実機を見られることなく机上の空論として一度世界の闇へと葬られた。だがその一ヶ月後、当時無人化が進められていた米海軍の艦艇全てが謎のハッキングを受け、同時に日本を射程に収めていた各国のミサイル全てが同時に発射されるという未曾有の大事件が発生した。数千発を越えるミサイルに加えて更に無人戦闘機までもが日本を攻撃するべく発進し、自衛隊による迎撃態勢が取られるもこちらも謎の不具合によりその能力の殆どを発揮出来なくなってしまったのである。そして絶望的な数の兵器が日本------東京を破壊しようとした時、白銀の装甲を持つ一機のISが現れた。
それは白騎士と呼ばれる機体で、当所ISの開発者であった少女が最初に発表したものと同型であった。その白騎士は何も無い空間からいきなり大型の日本刀にも似たブレードと当時まだ実用段階では無かった荷電粒子砲をそれぞれの手に握ると、押し寄せる兵器達にただ一人立ち向かう。どういう訳か、誰がやったのかも分からぬ全世界同時生中継という形でその身を晒しながら。
「------結果として白騎士は僅か一時間足らずで全てのミサイルと無人機を撃破、更に何者かにハッキングされ制御を失っていた人工衛星3基を
織斑千冬が上げた手によって言葉を遮られたその女子生徒は、音読の範囲が終わったのだと理解するとスッと席に座りなおした。今は朝のHRとガイダンスが終わり、初日ということもあって昼までで終了する全4限ある内の2限目である。生徒達は皆熱心に分厚い教科書のページを眺め、端末に表示されているデータと照らし合わせノートにせっせと情報を書き込んでいた。唯一人、織斑一夏を除いて。千冬は教卓の端末を操作すると、黒板のモニター上に白騎士と呼ばれた世界初のISの画像を映し出す。手足に付けられた装甲、胴体はウェットスーツのようなものに包まれているだけで装甲は無い。その頭部はバイザー型のハイパーセンサーと呼ばれるサポートユニットに包まれており、素顔もまた不明。ただ分かるのは、白騎士の後頭部からは千冬と同じ長い黒髪を一房に纏めたものが伸びているというだけだった。
「この白騎士は後にその詳細なデータを各国へと公開され、同時に篠ノ之束氏により開発されたコアを譲渡された国から順にISの開発競争が始まった。日本、アメリカ、カナダ、ロシア、イタリア、イギリス、フランス、ドイツといったG8に始まり今では20数カ国でISは運用されている。だが現在運用されているISは宇宙開発用でも無ければ兵器でも無く、一種の競技種目として広まっている。それが何故か、分かるか?」
千冬の問いに一人の生徒が手を上げると、スッと立ち上がった。長くロールがかった金髪をした、白人の少女だった。彼女はキリッとした鋭い表情のまま一度だけクラス中を見回すと、胸元に手を当て自信満々と言った風に口を開いた。やや甘ったるさを感じさせる、高い声だ。
「それは
「ああ、そうだ。だがオルコット、手を上げて発表してくれるのは構わんが次からは名前を呼ばれてから口を開け。いいな」
「あら、それは失礼致しました。何分慣れない土地での生活が始まったばかりで」
オルコットと呼ばれた白人の少女はそう言うと髪をサッと手で梳かすと、まるで貴族の令嬢のように静かに椅子に座りなおした。その様子を見てから、教卓に立っていた千冬が再び口を開く。
「白騎士事件、そして血塗れの一時間、共にISの危険性を示すには十分な出来事だった。その為現在運用されているISのコアには全て機能制限、つまりリミッターが掛けられている。そして現在各国が所有しているISのコア数は全部で467基、何故このような半端な数字なのか……織斑、答えてみろ」
「えっ」
慌てて立ち上がった所為で椅子が大きな音を立て、彼の周囲に座っていた女子達がそれに反応し責めるような視線を送る。だがそれに気付く事は無く、一夏はしどろもどろになりながらも問題に答えた。
「え、えーと……ISのコアが467基しか無い、のは……あ、開発者である束さ、んんっ、篠ノ之束さんが行方不明になったからです」
「その通りだ、座って良いぞ。今から3年前、突如として篠ノ之束は姿を眩ませた。ISのコア譲渡数が予定の半分にも達していない状況でな。これにより特殊合金で形成されていたコアの詳細なデータを持つ人間がいなくなってしまい、事実上コアの開発技術は失われてしまった。現在もコアの解析作業は続けられているが、未だ判明しているのは篠ノ之束が自身で発表したコアの自己進化理論と、コアが謎のエネルギーを発すると同時にアメリカ全土の電力を一年以上賄えるだけの発電能力を有しているということだけだ」
千冬は言葉を続け、生徒達は一心にノートを取り続ける。今学んでいるのは基本中の基本であり、入学前の段階でも分かる簡単な知識でもある。それでも必死に学ぶのは、三年間脱落せず無事に卒業を迎える為であった。IS学園は世界中からISを学び、触れる為に生徒が集る為倍率が非常に高く、入学後一年間は徹底的に基礎と操作技術を学ぶ。そして二年次からは操縦科と整備科に分かれ、それぞれ必要な専門知識を叩き込まれるのである。その途中様々な試験が行われ、一定以上の評価を得られなかった生徒は即退学となってしまうのだ。
だがそれは一般生徒に限った話であり、この制約に囚われない生徒達も存在する。それは専用機持ち、或いは代表候補生と呼ばれる存在である。彼女達は国や企業のバックアップを受け、専用機と呼ばれる個人用のISを所有している。IS学園に持ち込まれた各国・企業のISはそのデータを公表しなければならないというルールがあり、ある国は自国のIS技術の高さを見せる為に、ある国は敢えて古い技術を使った機体を送り他国のデータを覗く。だが勿論こういった存在は国の顔という立場も併せ持っており、一般生徒以上に重い責任が課せられる。その為代表候補生達の中には強いエリート意識を持った者も多数存在していた。
その中の一人が、先程手を上げたオルコットと呼ばれた少女。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットだった。
「そのクラス代表、このセシリア・オルコットが立候補致しますわ!」
ガタッと大きな音を立てて立ち上がったセシリアに周囲の人間が顔を顰めるも、彼女はそ知らぬ顔で胸元に手を当て自信満々といった風で立っていた。入学式の後組み込まれていた4限の授業が全て終わり、HRにて担任である織斑千冬がある事について喋っていた途中である。
「一年間、この一年一組の代表を務めるに相応しいのはこのセシリア・オルコット以外存在致しませんわ! 他に立候補したい方がおられれば、どうぞお手を上げてくださいまし。私、正々堂々代表の座を賭けて勝負致します!」
クラス代表、一年間クラスの顔として学校行事や会議に参加するクラスのまとめ役を決めるという千冬の言葉を聞いた瞬間、セシリアは真っ先に自薦したのである。窓から差し込んでいる日差しがその金髪に反射し、キラキラと光る高貴な姿に殆どの生徒はその力強い態度も合わせて見とれていた。そんな彼女を値踏みするような目で見ていた千冬だったが、やがてセシリアから視線を逸らすと他の生徒達を見回し始める。その視線は鋭く獲物を狙う猛獣のようで、
「自薦他薦は問わんが、誰も手を上げないという事はオルコットに決定で良いということだな? 何も必ず代表候補生がクラス代表を勤めなくてはならないという訳でもないが……他に誰もいないのか?」
教卓の前でそう千冬が言うと、スッと一人の少女が手を伸ばした。長く艶やかな黒髪をリボンでポニーテールにし、千冬に負けず劣らず武人のように凛とした顔付きの日本人だった。千冬から篠原と呼ばれた少女は、スッと立ち上がりセシリアへと向き直る。そしてその全身を上から下へと視線を動かし、次に自分とセシリアの間に座っていた織斑一夏へと動かした。
「……私は、
その一言でクラス内は一気に騒然となり、何が面白いのか笑みを浮かべる篠原に対しセシリアは憤怒の表情を浮かべ顔を真っ赤にする。そして千冬が手を叩き生徒達を沈めると、篠原は静かに言葉を続けた。
「みんな知っている通り、織斑一夏はここにいる織斑先生の弟だ。『モンド・グロッソ』初代覇者、ブリュンヒルデと呼ばれた先生の弟をクラスの顔として立てるのは悪い話ではないだろう」
モンド・グロッソ、それは今から六年前に開催された世界初のISによる世界大会だ。精密動作、射撃、飛行技術、格闘、長距離レースといった全五競技を行い、総合得点により優勝したチームの選手内からブリュンヒルデの名称と世界覇者の栄誉が授けられる。当時18歳だった織斑千冬は日本代表メンバーの一人として参加し、総合格闘部門にて全ての対戦相手に無傷で勝利するという実力を見せつけ見事ブリュンヒルデの称号を手にしていた。そして本来ならば三年前に二度目のモンド・グロッソが開催されたが、大会中開催国ドイツにてISを狙った大規模テロ事件が起こりやむを得ず中止。二連覇を期待されていた千冬はその後一身上の都合として引退を表明している。
「ブリュンヒルデの弟がクラス代表か……箔は付きそうだけど……」
「織斑君、確か素人でしょ? 来月には代表戦もあるって言うし……」
「けど、実はISの操縦は上手かったりして! ほら、能ある鷹は爪を隠すって言うじゃない! 私達誰も織斑君がISに乗るところ見たことないしさ!」
篠原の言葉に再びざわめきだした生徒達を見る一夏の目は戸惑っていて、右往左往していた視線はやがて教室の端に座っていた浦城京介へと向いた。この学園に居るたった二人の男子、自分とは違う専用機持ちとしてここにいる彼ならば何か意見してくれるかもしれない。そう考える一夏に反応するように、窓の外を見ていた京介は口元に僅かに笑みを浮かべた。そして一夏が安堵の笑みを浮かべると、京介は肩を竦めて再び窓の外へと視線を向けてしまう。その事に対し思わず声を上げそうになった一夏だったが、その意識は手を大きく叩いた姉である千冬の行動によって強引に変えられてしまった。
「ではクラス代表候補はセシリア・オルコットと織斑一夏の二名とする。本来ならばこのまま両名の決意表明から挙手による多数決に移りたいところだが、生憎この後の事情で時間が無い。よってクラス代表は明日のHRにて決定する。それでは各自寮の自室へと向かえ、以上!」
解散の指示を受けた女子生徒達はワッと張り詰めていた糸を緩めたように騒ぎ出し、千冬や山田に挨拶をしてから続々と教室から出て行った。入学式を終えてから息つく暇も無かった所為か、彼女達の足取りは軽やかだ。そして千冬と山田もまた教室を出て行こうとした時、一夏がその前へと躍り出た。その顔は混乱の極みに達しており、少しばかり怒っているようにも見える。
「待ってくれよ、千冬姉! 俺、クラス代表をやりたいなんて一言も……!」
「なら何故お前の名前が挙がった時に拒否しなかった? 自薦他薦は問わないとは言ったが、拒否してはならないとは一言も言っていないぞ」
「それは……っ、分かった、クラス代表は明日のHRで正式に辞退するよう言うよ。けど千冬姉! 俺はまだ他にも聞きたいことが沢山あるんだ!」
「……悪いが今から新入の代表候補生達への
千冬は乱雑に一夏の肩を持ってその身体を自分の前から強引に退かすと、まだ教室に残っていた二人の専用機持ちに声を掛けた。自らの名前を呼ばれた二人は怠そうに、又は凛々しく立ち上がり、スッと千冬の傍まで歩いて行く。そして一夏の傍を通り過ぎる時、彼は一瞬だけセシリアと目が合った。
「……っ」
その時一夏が彼女から向けられたのは、強い敵意と怒りに染まった蒼い瞳だった。何か彼女を怒らせる様なことをしてしまったのかと考える一夏だったが特に思い当たることも無く、仕方なく彼は逃げるように京介へと視線を動かす。だが既に彼は一夏に背を向けて教室のドアに近づいており、プシュッという音と共に開いたドアの向こうへと消えてしまった。その後にセシリアが続くと、千冬は一夏に背を向けたまま再び口を開いた。それはあくまで事務的で、久方ぶりに再会した家族との会話とは程遠いものであった。
「それと織斑、ここでは織斑先生と呼べ。いいな」
「っ、千冬ね------」
一夏が投げ掛けた言葉が自動ドアに阻まれると、彼は意気消沈した様子で自分の机まで歩き鞄を取った。それを肩に掛け自分も寮へと向かおうとした時、彼の前に新たな人物が立ち塞がった。
「お前は……」
その少女は篠原と呼ばれた、一夏をクラス代表へと推薦した生徒だった。凛々しい顔つきに長い黒髪をポニーテールにした、一夏の記憶を何処かムズムズとさせる出で立ちをしている。彼女は両腕を組んで仁王立ちをした状態で、視線を一夏の全身をじっくりと品定めするように動かしていた。自身を面倒な事に巻き込んでくれたこともあり、一夏はその少女に良い印象を抱いていない。何故かその姿を見るだけで頭の奥がざわつき、喉から何かが出そうになる。口を開こうにも何を喋って良いのか判断も付かない中で、少女篠原が先に口を開いた。
「久しぶりだな、一夏」
セシリア・オルコットは憤慨していた。今でこそ世界最強の称号を持つ伝説の女性が目の前に居る為に押さえているものの、実際はゴミ箱の一つでも蹴り飛ばしたい衝動に駆られていた。その理由はつい先程、クラス代表を決める際に立候補した自分に対して他薦された人物である。
(このセシリア・オルコットという存在に対して有ろうことか素人の男性を挙げるですって……? 気に入りませんわ! 確かにどなたとでも勝負するとは言いましたけど、よりにもよってブリュンヒルデの弟というだけで何も無いような男を挙げるなんて……!)
カスタム自由のIS学園の白い制服のロングスカートを揺らしながら歩くセシリアは、一度だけ自分の隣を歩く一人の男子生徒を一瞥した。浦城京介、織斑一夏と同じ
「……悪いけどさ、オルコットさんだっけ? あんまりジロジロ見るの止めてもらっても良いかな」
脳内で色々と過去の出来事を思い起こしていたセシリアはその低い男性の声によってハッと現実に戻され、何時の間にか自身の顔を見つめていた京介の瞳に気付いた。慌ててその場を取り繕う為に軽く咳払いをした後、セシリアは普段通りエリートとして振舞う為に口を開く。そう、自分は偶然のような存在では無く、多数の人間の中から専用機を勝ち取ったエリートなのだと自覚し直す為に。
「んんっ、すみません。少し考え事をしておりまして……」
「それは良いんだけどさ。凄い顔してるぜ、お前」
「お前? いきなりにしては随分と馴れ馴れしいんじゃありませんこと?」
「ん? ああ、悪かった。オルコット、これで良いか?」
「まあ、許してあげますわ。貴方はまだどういった方か分かっていますから」
言いながら、セシリアは京介とは反対側に顔を背け窓の外を見た。まだ昼頃という事もあって、遠くに見えるISを動かす為のアリーナや中庭には人は少なく、代わりに反対側にいる校舎の中で沢山の女子生徒が動いているのが見せる。
(そう、この浦城とかいう方はまだどういった人間かが分かる程度には全ての情報が開示されています。研究所との関係は、姉の浦城夏希選手共々研究所長である敷島隆造博士の養子。国から支給されていた二つのコアの内一つは浦城選手の乗機に、そしてテスト用のもう一つを浦城京介用の専用機に。飛行時間もその稼動風景も必要最低限の事は全て公開されていましたけれど。けれど、織斑一夏だけは分からない、何も、何も公開されていない……! 姉が世界最強というだけで、バックに日本政府以外の何がいるのかすら……! 何も分からない、それが非常に腹立たしいんですの!)
ギュッと両拳を握り締め、鋭い視線を前に向けているセシリアの姿を見ながら、京介はボソッと呟く。自身もまた今置かれている状況に疲れている所為もあってか、かなり毒を大目に含んだ呟きを。
「だから顔が怖いって言ってんだろう……? 何がそんなに嫌なものかよ……」
そしてそんな二人を背後にしながら、千冬もまた考え込むように視線を伏せていた。まるでこれから先、良くないことが起きてしまうのではないかと、不安がるように。