インフィニット・ストラトス-Eyes Glazing Over- 作:REDALERT
IS学園は全寮制であり、学年別に寮が存在する。その内一年生寮と本校舎の間にはISの実習や体育等で使われる第一アリーナがあり、その地下には射撃場が存在する。この射撃場では基本的にIS訓練の一環として遊戯銃による射撃訓練を行うことが可能であるが、それ以外に
IS学園が開校したのが七年前であり、当所からコア取引や開発、そしてISに関する技術公開等を義務付けるアラスカ条約が締結された。IS学園ではそのアラスカ条約の一部が無効とされており、特にIS学園に送られたISについての技術公開は原則行われない為、各国の最新鋭機のデータを取る為の代表候補生は必ず複数名入学していた。それ以外にも基本的なISに関する技術を学び卒業後国のIS開発に関わる人材を育てる為に代表候補生とされ、学園に入学する生徒も多数存在していた。そんな中とある国の代表候補生の一人が帰国途中に誘拐される事件が発生し、この候補生は後に遺体となって発見される。まだ纏っていない状態の他国のIS技術の取得を目論んだ他国家の陰謀やISによる攻撃を目論むテロリストの仕業等と事件は大きく取り扱われ、世界は通常学園か国内訓練場以外での使用が禁止されているISに関し、専用機を持っている者の緊急時におけるISの使用を許可した。だが殺害された候補生は専用機を持っていなかった為に、加えて専用機持ち以外の候補生保護の為に拳銃の携行を認めたのだ。
拳銃の携行は基本的に学園内部では禁止されており、学外や母国へ帰る時等に携行が許可されている。そして全ての候補生にはその身分を国家とIS学園が保障する身分証が交付され、仮に街中での銃の抜き差しや発砲があり問題となった場合でも、この身分証を地元の警察に提示することで身柄の拘束を解かれ状況説明と母国への報告書提出が求められる。更に銃自体は各国軍からの提供であり、誰が何の銃でどの弾を使うのか学園側できっちり管理している。その為学園の存在する日本国内で発砲事件等があった場合、その時外出していた代表候補生の銃が確認されることも有りうる。 弾丸も学園側が管理している為、自分で勝手に補充したりは出来ない。
そしてこの地下射撃場では候補生以外にも審査を通った生徒達も射撃訓練が行えるようになっている。一般生徒は入学後、自由参加による武器の適性テストとして射撃訓練を受け、そこで一定以上の成績をとり、その後希望者だけ別途試験を受け合格者だけ銃の携帯許可が下りる。合格者は月に一定以上の訓練と月一回のテストに合格する限り権限継続、不合格の場合は取り上げ、生徒手帳にその旨の記載が入り学園外で問題があった場合はそれを提示する。この制度は思ったよりも大きな効果を齎し、施行後三年以内に十二件の候補生による自衛発砲があったものの、それからは現在まで零のままであった。
そして第一アリーナの一階部分からエレベーターで地下へ降りた千冬、京介、セシリアの三人を出迎えたのは数人の候補生と担当教員。そして火薬の匂いが僅かに香る床と壁、レーン、屈強な肉体をした二人の警備員だ。千冬はツカツカと革靴を鳴らしながら受付前で他の教員と合流すると、小声で何事か相談した後に警備員に向けて手を挙げる。それが合図だったのか警備員の一人が胸元のトランシーバーに何事か報告し、雑音にも似た返答が来ると受付脇の扉から大きな黒い鉄のケースを二人掛りで持った警備員が現れた。同じく屈強な肉体を持つ二人の警備員はケースをゆっくりと運ぶと、それを床の上へと置いて側面に付けられていた二つの南京錠を外し、更に掛かっていたロックを上へと跳ね上げて解除し蓋を開く。中に入っていたのは鈍い輝きを放つものや、ポリマーフレーム製の為やや玩具のような印象を持たせるような様々な拳銃だった。
京介達含む十名にも満たない生徒達の目はそのケース内へと向けられており、次に手を叩いた千冬へと向く。彼女は彼らの名前が記載されている名簿紙が挟まれたボードを片手に持ち、口を開いた。
「これより今年度の新代表候補生達への銃器登録を行う。事前に各国各研究所から申請を受けたものを用意しているが、一部携行するに当たって問題有りと判断されたものはこちらで変更させてもらった。これより名前を呼ばれた者は自身に与えられる銃器を確認し、そのまま担当の者がいるレーンに向かい射撃技能の確認を行う。ここで一定以上の評価を得られなかったものは次の筆記試験までの間にここで何度か訓練を行ってもらうつもりであるから、気を引き締めて掛かれ。ではアルファベット順に名前を呼ぶ、アリー・アリソン!」
「はい!」
初めに名前を呼ばれたそばかすの茶色い髪をした少女はスッと千冬の前まで歩いて行くと、ケース脇に膝を付いていた警備員が書類と照らし合わせてケースから自身の拳銃を取り出すのをジッと見つめていた。そしてケース内から小柄な拳銃が取り出されると、警備員からそれを受け取った千冬が目の前への少女への確認を行う。
「イタリア・ベレッタ社製Px4サブコンパクト、使用弾薬は9mmパラベラム弾、装弾数は13プラス1、間違いないな?」
「はい」
「では一番レーンにて担当教員から弾薬を受け取り試験を開始しろ」
「はい!」
そうして千冬からグリップ部を前にして差し出された拳銃を受け取ると、そばかすに茶髪の少女はキビキビとした動きで受付横に広がる射撃場へと進んで行った。次に呼ばれた少女もまた同じ拳銃を受け取り、同じように射撃場へと進んで行く。そして少しばかり問題があったのが、真ん中辺りで名前を呼ばれたセシリア・オルコットだった。
「オルコット、貴様が申請していたワルサーPPKだが残念ながら担当官より変更願いが出ていた。同じワルサーでもワルサーP99コンパクトだ、使用弾薬は9mmパラベラム弾、装弾数は10プラス1、いいな?」
「……変更願いの理由は、お教え頂けますの?」
「ボンド・ガールになるには年齢が足りんそうだ。兎に角五番レーンに行って来い、良いな」
「分かりましたわ。……はぁ、今日は厄日ですの」
ムスッとした雰囲気から千冬の言葉に押されて諦めたのか、ややトボトボとした歩調で射撃場へと向かったセシリアを見ていた京介の意識は、次に呼ばれた自分の名前によって目の前へと引き摺り戻された。正確にはセシリアの次では無く間に一人居たようだが京介は興味が無く、わざと大きく一歩を踏み出し千冬の前に立つ彼の前で、警備員が一丁の拳銃をケースから取り出し千冬へと手渡す。全長180mmのそれを目の前に出されると、京介は身体の内側から湧き上がる興奮を抑えながらも口を開く千冬に意識を向ける。
「シグザウエル社製、P229、使用弾薬はこれも9mmパラベラム弾、装弾数は13プラス1、これで合っているな」
「はい」
「なら七番レーンに向かえ。……撃つのは板だけだぞ」
「分かってます」
少しばかり違和感のある言葉を交した後、京介も指定された場所へと向かい担当員から弾薬の詰まった箱を手渡された。20m程の距離のあるレーンの一番奥に、人の上半身を模したターゲットが描かれた板が天井のレールに嵌められている。操作により自動で動くそれを前に、京介は手前の台に先程渡された拳銃と弾薬箱を置くと左右のレーンとの仕切り板に掛けられていたイヤーマフを手に取り装着した。そして同じく仕切り板に掛けれていた防護グラスを掛けると箱を開いて弾丸が嵌められている中身の台を引っ張りだし、拳銃からマガジンを抜く。そして手馴れた様子で一発ずつ丁寧に弾丸を装填すると、タブレットを持った担当員に準備が出来たことを伝えグリップにマガジンを差し込んだ。スライドを引き、そのまま手を離すことによって薬室に初弾が装填される。そして利き手である左手でしっかりとグリップを握り、右手の指で左手の指を上から支えるようにする。そして前に向けて真っ直ぐ伸びている左手の親指にクロスするように右手の親指を重ねると、京介は左肘に少し余裕を持たせた状態で右肘を曲げて右足を前に出すようにして銃を構えた。
スライド上部の照準器で遠くに見えるターゲットを狙い、小さく深呼吸してから京介は左手の人差し指でグッとトリガーを引いた。ダンッという破裂音と共に衝撃が腕に走るも、京介は続けざまにトリガーを二回引き再び二度の破裂音が響く。そして一度銃口を下に向けた後、マガジンを抜いてスライドを引き薬室に残っていた弾丸を取り出す。その様子を横で見ていた担当員がタブレットをタッチすると遠くにあったターゲットがレールに沿って動きだし、二人の前にその面を晒した。喉下と心臓、そして右脇腹の付近に穴が開いている。
「三発全て命中、狙いは中々ね。次はターゲットをランダムに左右へ動かすわ、装弾数は五発」
「了解」
タブレットの操作により表面に空いた穴が塞がったターゲットが再び下がって行くのを前に、京介はマガジンに残っている弾丸の数を数えるのだった。
代表候補生達による銃器登録が終わった後、自身の銃を預けなおした生徒達は順番に地下射撃場から地上へと戻って行っていた。京介もまた左手に銃の反動でも残っているのか、何度も手を閉じたり開いたりしながら一年生寮へと向かっている。すると、京介の背後から突如彼を呼び止める声が響いた。既に日は落ちかけていて夕日に照らされる中、振り返った京介の目の前に居たのはセシリア・オルコット。白い肌に長くロールがかった金髪が夕日に映えている。彼女はやや垂れ目がちな目を精一杯細ませながら京介の前まで歩いて行くと、何を言うでも無く大きなため息をついた。
「おい、何だよいきなり」
「いえ、何でもありませんの。……その、少し貴方の意見をお訊きしたくて」
「俺の? 何の意見だよ」
「織斑一夏に関してですわ」
織斑一夏、その名前を聞いた途端京介はセシリアよりも更に大きなため息をついて見せ、やめてくれと言わんばかりに肩を竦めた。その顔は嫌な仕事を嫌いな上司に押し付けられたサラリーマンのようで、セシリアからして見れば浦城京介が織斑一夏に対して強い嫌悪感を抱いているように見える。
「冗談止してくれよ、初対面のアイツに対して俺が何の意見を言えるって言うんだ?」
「HRでのクラス代表についての話ですわ。貴方は、彼が十分にISを操る事が出来るとお考えで?」
「無理だな」
即答。やや虚を突かれたセシリアは顔を顰めるも、京介はそのまま言葉を続ける。
「アイツが初めてISに触れたのは前の冬の一回だけだ。試験会場で迷っただの何だの言っていたが、アイツがISに乗ったという情報は一つも流れてこなかった。奴はド素人だ、恐らく展開は出来てもまともに動けるかどうかすら怪しいだろう」
「ですが彼のお姉様はあのブリュンヒルデです。何かしらの手解きは受けていると思いますが?」
「射撃場に行く前の会話を聞いたか? あれじゃあ久しぶりに顔を合わせたって感じだろう」
「では私が最初に思った通り、彼はISに関して全くのド素人でありながらこのセシリア・オルコットの対抗馬として推薦されたということですわね?」
僅かに硬直したセシリアの顔を見た京介は右手で頬をポリポリと掻くと、「そうじゃないのか」と投げやりな返答をした。その急激に興味を無くしていった様子の京介とは対照的に、セシリアは一度抑え込んだ怒りが沸々と湧き上がってきているようだった。とある理由から本国で複数いる代表候補生の中より選ばれ、エリートとして専用機を受領しこの日本までやって来た彼女にとって、素人を対抗馬にされるというのは耐え難い苦痛だった。相手が世界で初めてISを起動出来た男であろうと、彼女には関係無い。寧ろ世界最強の弟という名ばかりの存在に対して、明確な殺意にも近いものを感じている。
「まあ怒る理由は何となく分かるけどよ、アイツ、クラス代表辞退するみたいだし放っておいても良いんじゃないか?」
目の前にいる京介にそう言われても、セシリアの中では既に放っておけるラインを遥かに過ぎてしまっていた。一度この自分の対抗馬として挙げられたのなら、何をしてでも同じ舞台に立たせ決着をつけさせる。彼を推薦した女子生徒にも、彼自身にも自らの力を見せ付ける必要がある。セシリア・オルコットは強張らせた顔のまま笑みを浮かべて見せると、京介に対し一礼してその場を去って行く。その全身から放出されている怒りのオーラを見ながら、京介は呆れたように呟いた。
「……ちょっと煽り過ぎたかな」と。
翌日、朝のHR前。一年一組の教室は異様な雰囲気に包まれていた。殺意や怒気といった負の感情が床から天井まで満ち溢れており、その中心には一組の男女がいる。クラスメイト達の両肩に重い重圧を掛けているその負の感情を放っていたのは、その女性の方。セシリア・オルコットだった。彼女はただキッと刺す様な視線を目の前に居る男、織斑一夏へと向けている。
「認めませんわ」
開口、セシリアが放ったのは明確な拒否。その言葉をぶつけられた少年、織斑一夏は居心地が悪そうに視線を泳がせている。
「絶対に認めませんわ、この私との勝負を辞退するだなんて……」
「そんなこと言われても……。俺はISに関しては素人なんだし、乗ったのだってたったの二回なんだぞ。それで勝負しろだなんて……」
「ブリュンヒルデの弟ともあろう存在が、随分情けないことを言いますのね。貴方を推薦した方にも申し訳ないとは思いませんの?」
そう言って一夏の肩越しに見える篠原を一瞥したセシリアに、彼は僅かながら表情を強張らせた。セシリアが彼の中にある
「残念ですが、ここで昨日のクラス代表の件は無しにしてくれと言われましても、私、もうやる気に満ち溢れておりますの。特異な方とはいえ相手はブリュンヒルデの弟、そうそう関われるものではありませんし……それにこの勝負、貴方にとっても悪い話では無いと思うのですわ」
「何で……その、俺にとって悪い話じゃないんだ?」
「貴方が素人であるなら、ここでIS同士の戦いを経験出来るのは大きなアドバンテージを得られるからですわ。勝敗はどうであれこれから沢山の好奇の目に晒されるのでしょうから、早めにISに慣れておくのは必要でしょう? 勿論、貴方があのブリュンヒルデの弟という肩書きに似合わぬ無様な姿を晒したいのであれば、無理強いはしませんが」
ブリュンヒルデの弟、その言葉が繰り返される度に一夏の眉間に皺が寄り、セシリアの顔に笑みが広がって行く。彼女の予想通り、織斑一夏にとって唯一の家族である姉の存在は何事もにも変え難いものであるようだ。セシリアの目の前で、一夏はさり気なく拳を握り締める。
「そんな事……!」
ISを初めて起動させた時の世界の異様な盛り上がりを知っている為か、一夏自身もこれから自分に付いて回るであろう世界最強の弟という肩書きに思うところはあった。織斑一夏にとって千冬は唯一の存在である。彼女の顔に泥を塗るような真似はしたくない、そういった心構え自体はかつてより胸に抱いていた。その強い思いが大きく揺れ動いた時、一夏は口を開く。
「……ああ、分かった、ISで勝負してやる。そこまで言われて黙ってられるか」
「なら話は早いですわ。今週の土曜日、第一アリーナと訓練機を一機お借りします。そこでクラス代表決定も含めた勝負を行いましょう?」
「ああ、いいぜ」
「それでは勝負の日まで、それなりにはISの練習を行っておいて下さいな。いくら素人とはいえ、まともに動かせないのであれば勝負にすらなりませんので。時間の無駄ですわ」
別れ際にボソリと呟かれたセシリアの言葉にムッとした表情を浮かべた一夏だったが、予鈴と同時に教室に入って来た千冬の前では何も言えず、ただ自身とセシリアの勝負が決まったという事を伝えるだけだった。
そしてHR終了後、一夏は真っ先に京介の下に向かった。次の授業の準備の為に机の中に入れていた教科書を出していた京介が自身の隣に立った一夏に気付くと、彼は京介が口を開く前に言葉を発する。それは一夏からの、京介へのお願いだった。
「浦城、頼みがあるんだ。俺に……その、ISの動かし方を教えてくれないか」
「……は?」
ISの動かし方を教えてくれ、その一夏からの頼みに京介が最初に発したのは疑うような声だった。まるで意味が分からないとでも言うような表情を浮かべた京介は、取り出した教科書を机の上に置くと、至極面倒くさそうに欠伸をしながら一夏へと向き直る。
「お前、俺を便利屋か何かと勘違いしてないか?」
「え……」
「嫌に決まってるだろう。同じ男子同士なら気兼ねなく教えてくれるとでも思ったか? 生憎だが俺は誰かに一々教えてやる程優しくねえんだよ。そもそも、自分が素人だって分かってんなら最初に相談すべき人がいるだろう」
「いや、その、本当は先生に聞くのが一番良いってのは分かってるんだけど、どうにも言い出し難いっていうか……」
「呆れた。良くそんなのでオルコットと勝負する気になったな、お前」
「う……」
自身の見通しの甘さを指摘されたからか、黙り込む一夏。その顔を一瞥した京介は何を言うでもなく、ただ手をヒラヒラと動かして彼を自分の傍から遠ざけた。トボトボと去って行く一夏に途中篠原が駆け寄るのを見るも、京介に取って既に興味は無くなっていた。そのはずだった。
「……チッ」
小さな舌打ちの後、彼は自身の左手に巻かれている黒い腕時計を一瞥するのだった。
同日、放課後。第一アリーナには織斑一夏と彼の副担任である山田真耶の姿があった。二人共ISスーツと呼ばれる水着のような特殊な服に身を包んでいる。山田はノーマルなレオタードタイプで、一夏は特注品の露出の少ないものを身に付けていた。二人の前には、二機の打鉄と呼ばれる日本製の第二世代型ISが膝を付いて鎮座している。日本ならではの技術力の高さから開発されたこの打鉄は堅牢な装甲と圧倒的な扱いやすさを誇り、拡張性の無さ等から世界シェア三位であるものの他国から非常に高い評価を得ている。IS学園には訓練機として、この打鉄と同じく世界シェア二位のフランス・デュノア社製第二世代型IS【ラファール・リヴァイヴ】をそれぞれ20機ずつ所有している。無論コアの一部は他国から借りているものもあり、非常時の際には一部のコアを返還しなければならない。
その打鉄の装甲に触れながら、山田は目の前に立つ一夏に視線を向けた。クラス代表を決める為の戦いを週末に控えた一夏から、直々に操縦を教えて欲しいと頼まれたのである。勿論山田が生徒からの頼みを拒否する理由も無く、すぐに訓練機とアリーナの使用許可を得て準備を整えていた。
「それでは織斑君、時間も無いことですしまずはISを装着してみましょうか。やり方はもう分かりますね?」
「は、はい。えっと……」
童顔からは想像出来ない程の豊満な胸を持つ山田から視線を逃すようにしていた一夏は、僅かに慌てるようにしながらも打鉄の装甲をよじ登り中心部に開いていた二つの穴に両足を突っ込んだ。そして腰周りに固定具を取り付けると、装甲前部に固定されていた両腕のパーツの穴に自身の腕を突っ込み、一気に引っ張り挙げる。それに連動して腰の左右に固定されていた肩パーツが跳ね上がり、腕と足のパーツが四肢と固定される。臀部の辺りにあったパーツもせり上がり背中や腰周りを包むと、打鉄のコアに火が灯り一夏の全身に掛かっていた重量が一気にゼロになった。そして手や足は装甲と一体化したような感覚に陥り、一夏は身体全体が大きくなった感覚を無骨な指先を動かすことによって確かめる。
訓練機故に殆どの機能をオミットしてある打鉄の装着を一夏が済ませると、既に目の前にいた山田もまた打鉄を装着し終えていた。鎧武者のような姿をした山田の打鉄が軽く地面を蹴ると、それだけで重そうな打鉄の身体が宙に浮く。ISコア由来の新技術
「それでは織斑君、練習がてらまずはこのアリーナの内側を一周してみましょう。私がゆっくり先行しますから、それに付いて来て下さいね」
「はい!」
そうやってゆっくりと飛び始めた二機のISを、アリーナ内に二箇所存在するピットから覗く二人の人影があった。一人は篠原と呼ばれる少女で、もう一人はセシリア・オルコットだ。二人は真横に並んでいるものの、言葉を交すような雰囲気では無かった。それは当然、セシリアにとって篠原は代表候補生である自分に素人である一夏を推薦した人物であり、彼女にとってあまり良い印象の無い人物だったからだ。一方篠原もまた、セシリアに全く興味の無い様子でISに乗る一夏を眺めている。そんな二人の背後で、新たな人物の来訪を知らせる圧縮空気の抜ける音が響いた。反射的に振り向いた二人の前に現れたのは、HR後に一夏の申し出を即座に断った浦城京介だ。何故か制服ではなく、黒い飛行服にも似たISスーツに身を包んでいる。京介の姿を見た二人は不思議そうな表情を浮かべ、京介もまた二人の顔を見るとおかしいなとでも言いたげに首を傾げて見せた。
「どうしたよ、二人してこんなところで」
「私はただ、ここで織斑一夏がどういった練習を行うか見に来ただけですわ」
「私もだ。仮にも奴を推薦したのは私だからな、気にはなる」
「っ……。と、ところで浦城さんはどうしてここに? 朝はあんなに興味が無さそうでしたのに」
「ん? ああ、そうだな……」
スーツの具合を確かめながら二人に並んだ京介は、退屈そうに欠伸をするとグッと身体を伸ばした。そして山田の指導を受けている一夏を見下ろし、口を開く。
「初めは知ったこっちゃなかったんだがな、気が変わった。それにあの調子じゃあ一ヶ月経ってもオルコットには勝てないだろうし、少しは健闘するところを見てみたくなったのさ」
「思ったより優しい方ですのね、貴方。私、勘違いしておりました」
「出来ればそのまま勘違いしたままでいてくれよ、そこまで出来た奴じゃない」
言うが早く、京介は左手の黒い腕時計に触れた。そしてセシリアは即座に篠原の肩を持って後方へと下がり、無理矢理引っ張られた篠原はドスンとピットに尻餅を付いてしまう。そしてはだけたスカートを押さえようとした時、その布を黒い風が巻き上げた。
「っ!」
篠原の目の前では京介を中心に黒い何かが地面に渦を巻く様に蠢いており、その渦は少しずつ勢いを増しながら京介の身体を包んで行く。半透明なその黒い何かの向こうに見える京介の身体がゆっくりと浮かび上がると、篠原の視線はその渦の正面------京介の向いている方向へと移動する。そこには無骨なシルエットをしたISの姿がホログラムとして映し出されており、黒い渦の中に浮いている京介はスッと両腕を左右に広げた。そしてその瞬間ホログラムのISが渦の中にいる京介と重なり、その手や足、そして胴体にまで
全身装甲と呼ばれるタイプのそのISを身に纏う京介の脇には、最初に表示されたホログラムのものと同じ形状をしたヘルメットのようなものが抱えられており、京介はそのヘルメットを両手に持つと傍らに立つセシリア達二人へと視線を動かした。
「続きを見たいって言うんなら、ピットの上に移動した方が良いぜ。これから少しだけ激しくなるからな」
言いながら京介がヘルメットを被ると、開いていた口元が閉じ、更に僅かにむき出しになっていた首を守るように胴体側から装甲がスライドしその身体を完全に包み込む。そして左手に刃の付いた大型銃器------荷電粒子砲を展開し地面に置くと、京介は小さな声で呟いた。自身のISの名を。
「行くぞ、黒百合」