インフィニット・ストラトス-Eyes Glazing Over-   作:REDALERT

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深夜、織斑千冬は一人第一アリーナ地下のIS保管庫にいた。各アリーナ地下には実技やイベントで使用する学園所有のISがそれぞれ数機ずつ保管されており、保管庫は同時にそれらのISの修理場としても機能している。千冬はマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、専用の固定アームに全身を繋がれた白式のデータを閲覧していた。十時間程前に行われた自身が担当するクラスの代表を決める模擬戦、そこで起こった突然のISの形状変化。その事実に、千冬の中で何かが引っ掛かっていた。傍らには、倉持研究所から送られてきた仕様書も置かれている。

 

 

(一夏がISを起動させた段階で政府は倉持に専用のデータ収集用ISの開発を命じ、機体そのものは三月の時点でほぼ完成していたはずだ。それが二週間以上納品が遅れ、おまけに仕様書には無い事態が起きた。それにあの武装……雪片弐型か。全くどうして嫌味な事をする)

 

 

端末に表示されていく白式と武装のデータを眺め、千冬はマグカップを一気に仰いで中身を飲み干した。そしてそれを雑に仕様書の上に置くと、懐から携帯端末を取り出し何処かへと連絡を取り始める。

 

 

「……ああ、私だ。まだ確証は無いが、恐らく()が動き出した可能性がある。そうだ、五日後に会議を行う。いや、幹部だけで良い。……ああ、ああ、そうだ。それまでに私の方でも出来るだけ調べてみる。……ああ、理由は簡単だ。()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()。それで十分だろう」

 

 

白式に哀れむような視線を向けていた千冬だったが、通話を終えると再び別の相手に電話を掛けた。一度マグカップの中身を見て、何も入っていないことを確認すると新しいコーヒーを入れるべく近くのテーブルの置いてあるコーヒーメーカーへと向かう。端末はスピーカーモードにして仕様書の上に投げられていて、千冬がマグカップに暖かいコーヒーを注ぐ時には既にある人物へと繋がっていた。

 

 

《はーい、もしもしー? 夜更かしは美容の天敵だぞー千冬ぅ》

 

「大事な用だ。()が動いたぞ」

 

《……他に誰に話した?》

 

 

開口一番馴れ馴れしいとも取れる声色だった女性は、千冬の言葉を聞くや否や正反対の重く迫力のある声色に切り替える。その女性は千冬にとって二番目に厄介で、一番頼りになる相手だった。端末を拾い上げ、スピーカーモードを切り替えた千冬は再び耳にそれを当てる。

 

 

「トーニャだ、幹部への連絡を頼んだ。お前にも行くだろう」

 

《OK. ……けど変ね、()()()には何の情報も入ってないけれど》

 

「一夏のISに細工をされた。奴め、零落百夜なんぞ仕込んできた」

 

《わぁお。確か開発先は……倉持研究所だったわね、こっちで探ってみる》

 

「ああ、頼む」

 

 

面倒臭いことになったとぼやく相手に苦笑しつつ、千冬は白式を一瞥した。白亜の装甲、一振りの太刀、そして太刀に秘められた強大な力。かつての愛機------正確には愛機にせざるを得なかった------を彷彿とさせるその姿に、千冬は愛情とも憎しみともつかない感情を抱いていた。自然と端末を握る手にも力が入り、ミシッという嫌な音が耳元で鳴ると同時に、千冬の意識は通話先の相手の声で引き戻される。

 

 

《落ち着きなよ千冬。アンタがそのISをぶっ壊すのは簡単だろうけど、まだ私達の戦力も十分じゃないんだから》

 

「……分かっている。分かってはいるが……どうにもあの忌々しい機体を思い出すのだ、こいつを見ていると」

 

《まー、あのメルヘンはアンタのこと猟奇的に大好きだもんね、どうしようもないか》

 

「全くどうして……こんな事になってしまったのか」

 

 

空いた手で髪を掻き上げると、千冬は深いため息をついた。過去の忌まわしい思い出が、その胸の奥にまだ残っている。それは千冬にとって、一生忘れる事は出来ない傷となっていた。それは通話先の相手も十分理解しているようで、その事に対して彼女は何も言わなかった。しかし相手にも別に思うところがあるようで、それは千冬にとって少々辛いことだった。

 

 

《------それで、やっぱりアンタの弟とあの妹は()()()()を綺麗さっぱり忘れてる訳?》

 

「……すまない、そのようだ」

 

《全く……ふざけんじゃないわよ》

 

「っ」

 

 

突然の罵声に身体が反応するも、千冬にはその罵声を受け止め黙り込むことしか出来なかった。二人の間には親友とも言える絆があるが、その裏側にはどうしても断ち切れる深い因縁がある。それは本人達だけでなく、彼女達の弟妹にも関係のあることだった。

 

 

《七年よ、十年二十年と経ってる訳じゃない。それでも忘れてるって言うの? 七年前に目の前であれだけの事が起きておきながら、何も覚えてない? つくづく運に好まれてるのねアンタとアイツの家族は》

 

「……私にはすまないとしか言いようが無い。それしか言えないんだ、()()

 

《……アンタに怒っても仕方ないわよね、本当。……こっちこそごめんなさい、千冬。頼まれた仕事はちゃんとやっておくから安心して》

 

「ああ」

 

《あと、()()の事……宜しく頼むわね》

 

「ああ、約束する」

 

 

そうして通話の切れた端末を千冬が一瞥した時、その端末全体には大きくヒビが入ってしまっていた。端末を持っている手が震え始めた時、千冬はその端末を壁に投げつけそのまま足早に保管庫を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

同じ頃、一夏とセシリアの戦いを映像で見ている人物が一人いた。薄暗く、足元にネジや乾電池といったゴミ類が散乱する生活感の欠片もない部屋で、彼女は酷い隈があるというのにキラキラとした瞳でその映像を鑑賞している。ある点------一夏が突如光刃を手にし逆襲に転じた------そのシーンだけを何度も何度も繰返しながら。

 

 

「------うん、うん、やっぱり凄いや。破棄された零落百夜の復元も、一から作り直した雪片の完成度も、()()()()()()()()()も全部正常に作動してる。さっすが束さん、計画の第一段階は問題無く完了したね!」

 

 

長くボサボサの髪を掻き毟りながら、その女性------ISの開発者である------篠ノ之束は歓喜に身体を震わせていた。何をするにも全てが気まぐれ、自己満足の完結行為に過ぎない彼女が始めた新しい()()()()。その経過を確認するのが堪らなく彼女にとって楽しいことだった。世界は自分を中心に回り、混乱し、騒いでいる。そういった玩具なのだという認識の彼女にとって、今回の件は正に自身の集大成とも言えた。

 

 

「ちーちゃんも流石に感づいただろうし、あの麻薬みたいな名前をした組織を動かすのかな? ()()()()に動かれると結構束さん的に面倒臭いことになっちゃうんだけど、まあ別にいっか。んっふっふー、それよりも今はこのいっくんの()姿()! ()姿()! ()()! いやぁ、堪らないねぇ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!!!!!」

 

 

侮蔑でも嘲笑でもなく心底尊敬しているといった表情の束はモニターに映る一夏の顔に頬を赤く染めながら、何もない空中にその長く切り揃えられていない爪の生えた指を走らせた。それに追随して空中にキーボード状のウィンドウが表示されていくと、束は目にも留まらぬ速さでキーボードをタッチし始める。段々と血走ってくる目がギョロギョロと動き、モニターは何度も一夏のシーンをリピートし続けている。やがて束は、だらしなく開いたままの口からボソボソと呪詛のような言葉を紡ぎ始めた。止まる事がなく、早口で、思った事をそのまま吐き出して。

 

 

「次はどんな機体にしようかな前から暖めてたアレにしようかなけどあれは時間が掛かるからまた後回しにしてやっぱり別に考えてたあの土偶シリーズにいやでもこれからのことを考えたら待て待て待て待て次のイベント次のイベントイベントがこれかなこれかなこれかなこれかなこれだこれならやっぱりこのシリーズをラインに載せて生産すれば十分間に合うけどけどけどいっくん以外にも()()()()も引き込まないといけないから箒ちゃん箒ちゃん箒ちゃんうふふふふふふふふふやっぱりこっちにしようそうしようそれしかないよ流石束さんカタカタカタカタカタカタキーボード叩いて完成歓声大歓声これで次の計画も完璧だねそうに違いないね流石束さんふふふふふふふ------」

 

 

かつて------正確には今現在も------天才と呼ばれている篠ノ之束、その目と手と頭脳は同時に別々の動きをしながら、それぞれがそれぞれの()()()()()()()を考えていた。

 

 

 

 

月曜日の朝、一組では模擬戦に勝利したセシリアによるクラス代表就任の挨拶が行われる予定だった。しかし電子ボードに書かれていたのはセシリアの名ではなく、織斑一夏の名前だった。その理由は、壇上に立つセシリア自身が説明している。織斑千冬は山田真耶にクラスを任せて朝から出張に出ており、当の山田は教室の隅でジッとセシリアの話が終わるのを待っていた。

 

 

「……私は確かに先日、織斑一夏との勝負に勝ちましたわ。けれど私は素人である彼に武装を破壊され、あまつさえ一度追い詰められた身。英国を代表する者として、これほど恥ずかしい事はありません。あれだけの大口を叩いておきながらこの体たらく、これでは私は皆さんの代表として他のクラスに顔向け出来ませんわ。------ですから、私はクラス代表の地位を辞退し()()()()()()に譲ることに致します。敢えてこの一年を自らの鍛錬の時とし、より高みへと昇る機会へとさせて頂きますわ。それに、皆さんとしても彼が代表となった方が良さそうですし……構いませんわね?」

 

 

セシリアの言葉に、クラスメイト達は誰一人として異議を唱えなかった。辞退する理由に若干の呆れを感じながらも、彼女達にとって最も面白い事が起きるからだ。世界で唯一ISに乗れる男子である織斑一夏と浦城京介、ルックスで見れば双方共に逞しくはあるが強面の京介と違い一夏は声色も優しく優男である。入学して一週間程経過した段階で、殆どの女子生徒は特異な環境において親しみ易い一夏に好感を抱いていた。無論京介への女子人気も無いとは言えないのだが、実際のところ十代の少女は親しみ易い異性に惹かれるものなのである。

 

 

「い、いや、ちょっと待ってくれよ。俺は別に------」

 

「良いじゃん織斑君、せっかくオルコットさんが実力を認めてくれたんだし」

 

「そうだよ。それにクラス代表になったら他のクラスの子からも色々教えてもらえるかもしれないよ?」

 

「け、けど俺みたいな------」

 

「はーい決定ー! 織斑君、クラス代表就任おめでとー! まやまや、紙! 紙出して!」

 

 

有無を言わさぬ姦しい流れに押し流され、一夏は納得のいかないと言った表情のまま一組のクラス代表を決める書類に自身の名前を書き込んだ。それを見届けた後、壇上から降りたセシリアは次は負けないとでも言うように一夏の肩に手に置いて、それから京介に軽くウインクをしてから自らの席へと戻って行く。それを受けた京介は肩を竦めてから、視線を壇上へと連れ出される一夏へと向けた。自棄になったのか、一夏は自分を取り囲む女子のふざけたインタビューに答えている。それを見て鼻を小さく鳴らすと、京介は前の方に座っている篠原------一夏から箒と言う違う名で呼ばれた------が自身をジッと見つめている事に気がついた。目が合うと彼女はバッとすぐに視線を正面に向けなおしたが、京介がその事について彼女を問い質そうとするのに時間は掛からなかった。初めてその姿を見た時からあった違和感、それを解消する為に。

 

 

HR後、一人教室を抜け出した篠原を京介が追いかけると、彼女は遠くの階段の踊り場で振り向いて京介と向き直った。どうやら、彼が自分のところに来ることを分かっていた様子だった。鋭い眼差しが、京介の瞳を射抜いている。

 

 

「……何の用だ?」

 

 

開口一番、冷たく突き放すような声色をした彼女に、京介は動じることなく平然と話しかける。京介の眼もまた、彼女の瞳を射抜いていた。

 

 

「さっきジッと見られてたもんでな、一方的に睨まれるってのは好きじゃないんだ。そっちこそ、何か俺に用でもあるのか?」

 

「用が無くては睨んではいけないのか? ……元々私は目付きが悪い方なんだ、気に障ったのなら謝る」

 

「------お前、本当は篠原って名前じゃないんだろ。下の名前も偽名、違うか?」

 

「っ」

 

 

やっぱり、と京介は心の中の疑惑が確信に変わったのを感じた。目の前にいる少女を、京介はかつて見た事があった。それは七年前、ある研究所のイベントで------。

 

 

「【血塗れの一時間】があったあの日、お前の隣にはあの女がいたはずだ。ISの開発者、篠ノ之束が。あの事件の時、俺も姉さんと一緒に居たんだ。篠原、お前は------」

 

 

「やめろっ! 私は関係無い!」

 

 

突然大声を上げた篠原に京介が思わず身体を強張らせると、大声を聞きつけたのか上級生と下級生がざわざわと野次馬のように階段に近づいてくる音が聞こえてきた。篠原はそれが嫌だったのか、すぐに京介の脇をすり抜けて何処かへと走り去ってしまう。一人残された京介は、彼女が去って行った方を見つめながら小さく唇を動かした。

 

 

「篠ノ之箒」と。

 

 

 

 

「……あら、何処へ行ってらっしゃったんですの? 私、貴方に少しばかり用がありましたのに。もう時間が有りませんわ」

 

「トイレだ、男子用のが遠くてやってられん。悪いけど、後にしてくれ」

 

「分かりましたわ。全く……」

 

 

教室に戻った京介を出迎えたセシリアは、一目で彼が酷く不機嫌なのが分かった。だから要件を先延ばしにするような言い回しを用いて距離を取り、遅れて教室に戻って来た篠原に京介が反応したことにも気付かなかった。もうすぐチャイムが鳴るというのにクラスの女子達は、未だにクラス代表となった一夏の周辺でやいのやいのと騒ぎ立てている。

 

 

「……ふん」

 

 

自分から辞退したとは言え面白くない光景に、セシリアは子供のように鼻を鳴らしてそっぽを向くしかなかった。いつか見ていろと、次こそは完膚なきまでに叩き潰してみせると、何故なら私は英国の顔となる存在なのだから。そう心の奥で闘志を滾らせるセシリアに一夏が馴れ馴れしく声を掛け、強い口調で追い返されるのにはそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

入学式から二週間が経過し、一夏と京介というイレギュラーもそれなりに学園に受け入れ始められた頃、彼らの所属する一組ではあるIS乗りの話で盛り上がっていた。

 

 

「凰鈴音?」

 

 

女子生徒から振られた話題に京介が聞き返すと、盛り上がっていた一部の女子が閲覧していたIS関連の雑誌を呆れた様子で京介の机の上に置いて見せた。その開かれたページには、【中華人民共和国、稀代の天才】という大仰な煽り文句と共に一人の少女の写真が載せられている。幼い風貌をしているが、ISスーツに包まれているその肢体は写真でも分かる程に良く鍛え上げられている。

 

 

「凰鈴音、たった半年で中国のIS訓練校トップの成績を叩き出した大天才。中国代表の(ホァン)(リー)直々の弟子らしいし、今超ホットな話題なんだけど……浦城君知らないの? 代表なのに」

 

「俺はデータを会社に送るだけで良いから、他の代表とかは興味ないの。それにそいつの事知ってたって、学園(こっち)に居ないなら関わる事もないしな」

 

「うわぁ、社会の情報には常に目を向けておかないとダメだよ?」

 

「社会のって、ただのエンタメだろ」

 

「そうだけどさぁ」

 

 

机の上に置かれた雑誌の紙面を面倒そうに京介が眺めていると、急に誰かがその雑誌を京介の手から奪い取った。視線を上げればセシリア・オルコットがやや怒ったような顔をして、奪い取ったばかりの雑誌をクルクルと棒状に丸めていた。そしてその先端をトントンと掌に当てると、セシリアは京介の頭を軽く突く。

 

 

「ただのエンタメでしたら私も別に何も言いませんけれど、こればかりは無視する訳にはいきませんわよ?」

 

「何でだ。つーか小突くな、痛い」

 

「その凰鈴音さん、そこに居ますから」

 

「何?」

 

 

セシリアのその一言と共に、一組の扉が勢い良く開かれた。その大きな音にクラス全体の視線が動き、それの集中する先には一人の小柄ながらもしなやかな身体つきをした一人の少女が立っていた。長く艶やかな黒髪をそれぞれ左右の高い位置で分けているその少女は、そのパッチリとした大きな瞳でクラスの中をゆっくりと見回して行く。だがお目当てのものが無かった所為か、初めは口の端に笑みを浮かべていた少女はすぐにつまらなさそうに口をへの字口に曲げてしまった。

 

 

「ねえ、織斑一夏っていないの? ここに居るって聞いてきたんだけど」

 

 

その少女はつまらなさそうにそう言うと、ズカズカと教室の中へと無遠慮に入って来た。殆どの生徒達が不審者を見るような目で彼女を見ていたが、一部の生徒はヒソヒソと手元にある雑誌と少女の顔を見比べながら言葉を交している。そんな女子達の姿を他所に謎の少女は教室の真ん中まで歩いて行くと、グルッと教室内を見回した。そして教室の端に座っている京介に視線を止まらせると、謎の少女はズカズカと何故か肩を怒らせながら歩み寄った。小柄ながらも京介が席に座っている所為か、彼女は横柄な態度で彼を見下ろしている。彼女を挟むように立っていたセシリアは額に青筋を浮かべ、京介に雑誌を見せていた少女は目の前に現れた彼女に目を丸くしていた。

 

 

「ねえ、アンタ浦城京介でしょ? 織斑一夏、何処にいるか知らない?」

 

 

開口一番そう言葉を投げつけられた京介は、機嫌が悪そうに背もたれに肘を乗せながらその少女を見上げた。自分の質問には答えるのが当然とでも言いそうなその顔を見るだけで無視したくなるような衝動に襲われたが、同時に無視することによって更に面倒な事態になりそうだと直感した京介は、実際の所知る由も無い一夏の行方について適当な解答を用意して口にした。

 

 

「アイツなら今頃トイレじゃないのか。放っておいても戻って来るだろう」

 

 

「あ、そう。じゃあ廊下で待たせてもらうわ、邪魔したわね」

 

 

それだけ言ってその長いツインテールを揺らしながら背を翻した謎の少女の肩を、突然セシリアが掴んだ。謎の少女は初めこそ訝しげな視線をセシリアに向けていたものの、フンッと嘲笑するかのように鼻を鳴らすと腕を乱暴に振ってセシリアの腕を振り払う。その行動に更に怒りを募らせたセシリアは、バッと片手を振るってその少女へと言葉を叩き付けた。

 

 

「突然現れたかと思えばその傲慢な態度、低俗な雑誌で天才と謳われて少々浮かれているのではなくて? 凰鈴音さん?」

 

「ふーん……誰かと思えばイギリスのセシリア・オルコットじゃない。噂じゃド素人(一夏)に一撃喰らわされて自分からクラス代表を辞退したって聞いたけど、どんな謙虚な人かと思えば随分高飛車な感じね」

 

「何ですって?」

 

 

売り言葉に買い言葉、一瞬にして険悪な雰囲気へと突入したセシリアと凰鈴音と呼ばれた少女を前に、クラス内の空気は凍り付いている。その中の何人かは椅子に座ったままの京介に何とかしてくれと言わんばかりの視線を送り、送られた本人は面倒だと言わんばかりに欠伸と共に後頭部を小指で掻いた。

 

 

「英国代表のサラ・アビゲイルは淑女感満載だってのに、アンタは気品の気の字も無さそうじゃない?」

 

「そちらも代表の黄儷と比べると愛嬌も何も有りませんわね。口が悪いだけの子供ですわ」

 

「15、6の人間に何言ってんの? アンタも同じじゃない」

 

頭上を飛び交う言葉の応酬にウンザリした様子を見せていた京介だったが、止めようという気配すら見せずに後頭部で手を組んで虚空を見つめていた。だが二人のやり取りの中で凰鈴音から吐き出された言葉を聞いた途端、その顔が大きく顰められる。

 

 

「アタシは将来フェデーリカ・ジャンネッリも、浦城夏希も、織斑千冬だって倒して見せる女よ。アンタの相手を一々してる暇なんかないのよ」

 

 

「……無理だよ、お前には」

 

 

小さく、だが二人にははっきり聞こえるように呟かれた京介の言葉に、凰鈴音は眉を顰めた。まるで最初からそこに居なかったかのようにセシリアの存在を視界から抹消した彼女は、京介の机の上に手をドンッと置き、その顔を覗き込む。

 

 

「アンタ、今何て言って------ッ」

 

 

だが紡ぎかけた言葉はグッと喉の奥に押し込まれ、凰鈴音はグッと息を飲み込んだ。視線の先、驚く程冷たい瞳をした京介がジッと彼女の目を覗いている。途中で途切れた凰鈴音の言葉を引き継ぐかのように、京介の唇がゆっくりと動いて行く。

 

 

「お前には無理だって言ったんだ。お前程度の奴が、姉さん達に勝てる訳ない」

 

 

お前程度という強い侮蔑の言葉を受け、凰鈴音は一瞬激情に駆られた。だがそれをグッと押し留めると、腕を組んで京介を見下ろすように言葉を投げつける。

 

 

「何? アンタ、シスコン? 自分の大好きなお姉ちゃんが負ける訳ないって?」

 

「お前の言う勝つってのはルール戦(公式戦)か? それともバーリトゥード(野良試合)?」

 

「公式戦に決まってるじゃない、アタシは正式なルールに則って勝ちたいの。記録に残らない非公式戦で勝ったって意味無いのよ」

 

 

そうやって無い胸を張る凰鈴音に、京介はふふっと思わず声を漏らして笑った。初めて見た彼の笑顔にセシリアは目を丸くし、様子を伺っていた他の生徒達の視線も一斉に注がれる。逆に笑われた凰鈴音は馬鹿にしているのかと言わんばかりにグイと顔を京介に近づけると、ジッと至近距離でその茶色い瞳を覗き込む。

 

 

「で、何がおかしいの?」

 

「いや、てっきり表でも裏でも両方勝ちたいものかと思ってたからさ。ルールに則って勝って、全力を出せるバーリトゥードでも勝って、それで漸く相手を超えた事になる……そう思ってるもんかとてっきり」

 

「それが何だっていうのよ」

 

「ルールの上だけで勝てれば良いって考えてるだけのお前が、世界ランク上位の連中に勝てる訳ねえだろ」

 

 

はっきりと断言した京介の言葉に凰鈴音は激昂した様子を隠そうともせずに彼の胸倉を掴むと、唾が飛ぶのも構わず声を荒げた。

 

 

「それの何処が悪いって言うのよ!!!」

 

「物の例えだけどよ、短距離選手に長距離勝負挑んで勝って誇れるか? 格闘部門の黄儷に長距離レースを挑んで勝った相手が自分の方が格上だって騒いでたら、お前も怒るだろうよ」

 

「それは……。勿論、相手の一番得意な部門で勝負するに決まってるじゃない!」

 

 

憤慨する凰鈴音を前に京介は胸倉を掴んでいた手を左手で掴み返すと、そのまま乱暴に引き剥がす。そして乱暴に立ち上がるとグググと相手の細腕を握る手に力を籠めながら、京介は目の前の少女に言葉を吐きつける。

 

 

「俺が言ってるのはな、相手の全力を正面から迎え撃って、その上で捻り潰す気も無い奴が偉そうにトップを倒すなんて言うんじゃねえってことだ……!」

 

 

小さく、だがはっきりと紡がれた言葉に、凰鈴音は腕の痛みに顔を顰めながらも口を開こうとした。だがそれは、横から京介の手に自身の手を伸ばしたセシリアの行動に遮られる。ややムッとしたような表情をしていたセシリアは京介の手にそっと手を重ねると、かぶりを振って咎めた。

 

 

「それ以上はいけませんわ、浦城さん」

 

 

その言葉に京介がすんなりと腕から手を離すと、凰鈴音はすぐに捕まれていた箇所の具合を確かめるように片方の手で擦った。そして視線を一度は視界から抹消した金髪へと向けた時、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

 

「もう授業のチャイムが鳴りますわよ。そもそも彼女の上昇志向を聞くのが目的では無かったのですから、そう目くじらを立てることもありませんわ」

 

 

その言葉に中国稀代の天才は息を飲み、グッと拳を下に向けて握り締める。その様子を一瞥したセシリアは、話は終わりだと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

 

「織斑一夏さんが戻って来られたら、貴女の事は伝えておきますわ。ですから、もうお引取り願えません? 今のお話の続きがしたいのでしたら、また放課後にでもお越しくださいな」

 

 

「ッ、それじゃあ……そうさせてもらうわ。アンタ、覚えてなさいよ」

 

 

セシリアにそう返すと、凰鈴音は京介に一言浴びせてから足早に教室を出て行った。その瞬間、当事者達以外の間に張り詰めていた緊張の糸が途切れたのか、クラスの彼方此方から安堵のため息が次々と零れ落ちて行く。そして京介もまた深く息を吐くと、セシリアの手が重ねられていた手を軽く振り、もう十分だと彼女に伝えた。

 

 

「最初にギャーギャーやってたってのに、最初から私は冷静でしたって顔してくれちゃって…・・・」

 

「貴方の笑い顔と怒り顔を見れば、嫌でも冷静になりますもの。傍から見れば最初の私の姿も醜かったというのが伝わりましたし、仲裁料はそれで勘弁してさしあげますわ」

 

「よく言うよ。ったく……ほら、手離せって」

 

「あら、失礼」

 

 

冷たく細い白い指が手の甲を撫でるようにして離れて行くと、京介は乱暴に立ち上がった所為で斜めになった椅子を足で引き寄せて座り込んだ。そしてセシリアもそれ以上は何も言わずに自席に戻り、後にはただザワザワとした気持ちの悪い雰囲気だけが残っていた。

 

 

 

 

そしてトイレの後に学園内で迷子になっていた織斑一夏が教室へ戻って来たのは、授業が始まってきっかり15分が経過したところであった。

 

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